Tetsu-to-Hagane
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Effects of S-content on Gigacycle Fatigue Properties of SCM440 Steel
Yoshiyuki Furuya
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2025 Volume 111 Issue 4 Pages 218-226

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Abstract

Our previous study clarified the effect of MnS on gigacycle fatigue properties of SCM440 steel by conducting gigacycle fatigue tests on High-S steels whose S-content was so high as to be close to an upper limit of the JIS standard. On the other hand, this study discusses methods to avoid fatigue-failure from MnS by conducting the gigacycle fatigue tests on Low-S steel whose S-content is as low as possible in commercially available processes. Three types of materials were prepared with different working ratios, and the fatigue tests were conducted in transverse directions. The Low-S revealed higher fatigue strengths than the High-S. The fatigue strengths of Low-S with high working ratios were as high as those of a hot-rolled round bar. The Low-S with the lowest working ratio was fractured from shrinkages, resulting in low fatigue strength. The Low-S with the highest working ratio was fractured from oxides and matrix. As the results, MnS caused fatigue failure in a few specimens of the Low-S only with the middle working ratio. These results meant that the MnS-induced fatigue-failure was avoidable by minimizing the S-content. The fatigue test results were analyzed by using a previously derived prediction. The analysis results suggested that the MnS of High-S and the shrinkages of Low-S were more harmful than others. This was probably attributed to the large number of the MnS of High-S and of the shrinkage of Low-S, which accelerated crack propagations by interaction between the MnS inclusions and between the shrinkages.

1. 緒言

引張強さが1200 MPa以上の高強度鋼1)では,主に介在物を起点とした内部破壊2,3,4,5,6,7,8,9,10)が生じ,ギガサイクル疲労11)が問題となる。通常,鋼では疲労限が存在するため,107回以降での疲労破壊は皆無となる。しかし,高強度鋼で内部破壊が生じると107回以降でも疲労破壊が頻繁に観察され,109回以上のギガサイクル域でも疲労破壊が生じる。この現象は超高サイクル疲労と呼ばれることも多いが,我々はギガサイクル疲労と呼んでいる12)

高強度鋼のギガサイクル疲労で問題となる典型的な介在物は,酸化物系介在物である。そのため,過去の研究では酸化物系介在物を対象としたものが圧倒的に多い。しかし,介在物には複数の種類があり,中でもMnSは注意を要する介在物である。MnSは圧延や鍛造等の加工により細く伸びるため,通常は無害と考えられている。しかし,十分な加工度が得られない場合や,細く伸びた介在物に対して横方向に力が作用した場合には大きな疲労強度の低下をもたらすことが知られている13,14,15)。そこで前報では,S量が高い鋼材を用いて,ギガサイクル疲労特性に対するMnSの影響を調べた16)。本研究はその続報であるが,S量を低くすることでMnSを無害化できることを実証する。

ギガサイクル疲労の研究では,繰返し速度が20 kHzの超音波疲労試験17,18,19,20,21,22,23,24)が必要不可欠である。通常の疲労試験方法では109回までの疲労試験に数か月を要するが,超音波疲労試験では1日で完了できる。超音波疲労試験では繰返し速度の影響が議論となるが,高強度鋼で内部破壊が生じる場合には通常の疲労試験による結果と超音波疲労試験による結果はよく一致する25,26,27)。超音波疲労試験を用いることにより高強度鋼のギガサイクル疲労の研究は大きく進展し,水素の影響28,29)や寸法効果30,31,32)において通常の疲労とは大きく異なることが明らかになった。また,これらの研究により,高強度鋼のギガサイクル疲労に関する膨大なデータが蓄積された。

その後,蓄積したデータを活用して,ギガサイクル疲労強度の予測式を導出する研究を行った。先ずは,ビーチマーク法を用いて内部き裂の伝ぱ速度を測定することにより,ギガサイクル疲労が内部微小き裂の伝ぱ寿命により支配されていることを突き止めた33,34)。そこで,内部微小き裂の伝ぱ寿命を算出するための力学モデルを提案し,ギガサイクル疲労強度の予測式を導出した35,36)。この研究の過程で,ギガサイクル域で新たな疲労限が存在する可能性があることが分かった。そこで,1011回までのギガサイクル疲労試験を実施することで,ギガサイクル域での疲労限の存在を確認した37)。このようなギガサイクル域での疲労限は,アルミニウム合金38)やTi–6Al–4V合金39)でも確認された。

以上の研究は,酸化物系介在物を前提としたものであった。すなわち,MnSについては,評価の手法を確立できていなかった。このような背景から,前報16)ではMnSについての研究を行った。MnSを多く含む鋼材のほうが研究に適していると考え,S量を規格上限値付近まで高めた鋼材を作製した。また,MnSの加工により細く伸びるという特徴を考慮し,加工度を変えた3種類の材料を作製してギガサイクル疲労試験に供した。その際,細く伸びたMnSに対して横方向に力が作用するように,メタルフローに対して直角方向に試験を採取した。その結果,疲労強度は加工度に対応した序列となり,加工度が高くなるに従って起点で観察されるMnSが細く伸びる傾向となった。これらのデータを分析した結果,加工度の影響はMnSの寸法の違いにより説明できることが分かった。また,酸化物系介在物を対象とした予測式で,ギガサイクル疲労強度を概ね予測できることが分かった。ただし,細く伸びたMnSを評価するためには有効寸法15,16)を定義する必要があった。

このように,前報の研究でMnSのおおよその特徴を掴むことができた。そこで,次のステップとして,MnSを無害化するための指針を探索することとした。具体的には,S量を可能な限り低く抑えた鋼材を作製して同様の実験を行うことにより,S量とギガサイクル疲労強度の関係を調べた。現在の製鋼技術では,S量を規格上限値より一桁以上低く抑えることが可能である。このような鋼材について加工度に対応したギガサイクル疲労強度を求め,前報の結果と比較した。その結果,以下のようなことが分かった。

2. 実験方法

2・1 供試材

Table 1に供試材の化学成分を示す。Table 1には前報の供試材の化学成分も示しているが,S量が高い前報の供試材をHigh-S,S量が低い本報の供試材をLow-Sと呼ぶ。供試材は低合金鋼SCM440であるが,Low-SのS量はHigh-Sの1/20以下である。供試材は150 kgの真空溶解で作製し,インゴットの概略寸法は,最小直径部の端面でφ190 mm,最大直径部の端面でφ240 mm,長さが430 mmである。その後,熱間鍛造により,断面寸法が150×150 mmの角棒形状に仕上げた。150×150 mmの角棒を半分に切断し,一方を熱間鍛造により75×150 mmの形状にし,更にその半分を20×150 mmの形状に仕上げることにより,同一のインゴットから,加工度の異なる3種類の材料を得た。以上の供試材の作製方法は前報と同じである。また,便宜的に150×150材の加工度をゼロとし,75×150材と20×150材の加工度を算出することとした。すなわち,150×150材の断面積をA0,他の材料の断面積をAとしたときに,減面率=(A0A)/A0とした。この場合,150×150材の減面率は0%,75×150材の減面率は50%,20×150材の減面率は87%となる。

Table 1. Chemical compositions of the tested steel.

SteelSymbolElement (mass %)
CSiMnPSCrMo
SCM440Low-S0.400.250.75<0.00200.0011.050.22
High-S0.410.250.86<0.00200.0271.050.22

熱処理は,φ12 mmの丸棒形状に下加工した後に行った。試験片の採取方向は,メタルフローに対して直角方向で評価を行うために,150 mmとなっている板幅方向とした。その際,150×150材については板厚と板幅の区別ができないため,いずれかの150 mmの辺に平行な方向から採取した。熱処理条件は,1153 K×30 min,油冷による焼入れと473 K×60 min,空冷による低温焼戻しである。熱処理後のビッカース硬さは,150×150材がHV584,75×150材がHV593,20×150材がHV599となり,3つの材料とも同程度であった。3.26HVの関係から推定した引張強度は,150×150材が1904 MPa,75×150材が1933 MPa,20×150材が1953 MPaである。Fig.1に旧オーステナイト粒界を出現させた組織写真を示すが,いずれも焼戻しマルテンサイトの様相を呈し,3つの材料で大きな違いは認められなかった。ただし,旧オーステナイト粒径はやや粗大であり,50 μm程度であった。以上の熱処理後の硬さと組織は,前報のHigh-Sと概ね同じである。なお,Fig.1の組織写真は熱処理した丸棒試験片の横断面,すなわち,元の材料に対しては長手方向と平行な縦断面で撮影したものである。

Fig. 1.

Microstructure of the heat-treated specimens.

2・2 疲労試験

疲労試験は,超音波疲労試験により,繰返し速度20 kHzで行った。使用した試験機は島津製作所製超音波疲労試験機USF2000である。打切り繰返し数は1010回であるが,破断しなかった試験片についても介在物寸法を確認するため,試験終了後により高い応力振幅で強制的に内部破壊させた25)。試験片形状をFig.2に示すが,最小部直径が3 mmの砂時計型の形状とした。その際,最小部付近表面の最終仕上げはバフ研磨(周方向)とした。また,試験中は試験片の発熱を防ぐために試験片を空冷した。空冷には,5.5 kWのコンプレッサー(流量600 L/min.)とボルテックスチューブ型のクーラーを使用した。空冷により十分に発熱を防ぐことができたため,間欠試験21)は行わず,全て連続試験により実施した。疲労試験は室温大気中で行い,応力比の条件はR=−1とした。

Fig. 2.

Profiles of fatigue-test specimens in mm.

破面観察は,走査型電子顕微鏡(SEM)により行った。その際,通常の2次電子像(SE image)だけでなく,反射電子像(BSE image)による観察も行った。MnSを観察する際には,反射電子像のほうが鮮明な像が得られるためである。

3. 実験結果

Fig.3に,疲労試験結果を示す。板厚毎に分けて,本報のLow-Sと前報のHigh-Sを比較可能な形で結果を整理した。また,×印は同じ鋼種の熱間圧延丸棒の結果37)である。TD(Transverse direction)はメタルフローに対して直角方向を意味し,LD(Longitudinal direction)はメタルフローに対して平行方向を意味している。150×150材と75×150材では,Low-Sのプロット点はHigh-Sのプロット点よりも高強度側に分布している。20×150材では差が小さくなっているが,Low-Sのプロット点はHigh-Sのプロット点よりも高強度側でばらつく傾向となっている。熱間圧延丸棒のプロット点と比較すると,150×150材ではLow-Sの疲労強度はHigh-Sと熱間圧延丸棒の中間となっているが,75×150材と20×150材ではLow-Sの疲労強度は熱間圧延丸棒と同等になっている。

Fig. 3.

Fatigue test results.

Fig.4に,1010回疲労強度を板厚および減面率に対して整理した結果を示す。1010回疲労強度は,1010回で全ての試験片が破断しなかった最大の応力振幅とその一つ上の応力振幅の平均とした。また,過去の研究結果37)から,1010回疲労強度はギガサイクル域の疲労限に概ね対応している。High-Sでは,1010回疲労強度は板厚と減面率に対して線形になっており,1010回疲労強度が飽和する傾向は認められない。それに対して,Low-Sでは減面率で50%から1010回疲労強度が飽和する傾向となっている。また,Low-Sで飽和した1010回疲労強度は,熱間圧延丸棒の1010回疲労強度と概ね一致している。

Fig. 4.

1010 cycles fatigue strengths correlated with plate thicknesses and reduction ratios.

Fig.5に,MnSを起点として内部破壊した破面の代表例を示す。前報で報告した通り,MnSはSE imageでは不明瞭であるが,BSE imageでは明瞭である。EDS分析を別途実施し,この介在物がMnSであることを確認している。Fig.6に,High-SとLow-SでMnSの様子を比較したSEM像を示す。ここでは,減面率が同じである75×150材で比較を行った。Fig.6から明らかなように,Low-SのMnSはHigh-SのMnSに比べて非常に小さい。Fig.7に,MnS以外の内部破壊起点の様子を示す。MnS以外にも,鋳造欠陥(Shrinkage),組織自体(Matrix),酸化物(Oxide)が内部破壊起点として出現した。組織自体とは,起点に介在物等が認められず,組織自体が内部破壊起点になったと考えられる場合である。また,酸化物には,クラスター状のB系と単体のD系があった。

Fig. 5.

SEM images for a typical fracture surface at around the internal fracture origin of MnS. This is a 75 × 150 specimen fractured at 4.53 × 107 cycles at 800 MPa.

Fig. 6.

Comparison of MnS between Low-S and High-S on the BSE images of the 75 × 150 specimens.

Fig. 7.

Internal fracture origins other than MnS observed on fracture surfaces.

Table 2に,各介在物,組織自体および鋳造欠陥が内部破壊起点として出現した割合を材料ごとに整理した結果を示す。High-Sでは内部破壊起点の大半がMnSであったのに対して,Low-SではMnSが出現した割合は非常に低くなっている。Low-Sの150×150材は疲労強度が低かったが,MnSは出現せず,内部破壊起点は全て鋳造欠陥であった。Low-Sの75×150材と20×150材の疲労強度は同程度であったが,組織自体が内部破壊起点として出現する割合が多かった。ただし,介在物が出現した場合には違いが認められ,75×150材ではMnSとB系の酸化物,20×150材ではD系の酸化物が内部破壊起点として出現した。

Table 2. Type of internal fracture origins of each material.

MaterialMnSOxide
(Type B)
Oxide
(Type D)
MatrixShrinkage
Low-S150 × 1500%0%0%0%100%
75 × 15016%21%0%63%0%
20 × 1500%0%37%63%0%
High-S150 × 150100%0%0%0%0%
75 × 150100%0%0%0%0%
20 × 15090%0%10%0%0%

Fig.8に,各介在物および鋳造欠陥の寸法を極値統計で整理した結果を示す。介在物および鋳造欠陥の寸法は楕円で近似して代表寸法areaincで求めたが,細く伸びた介在物の場合には前報16)と同様の定義を用いた。すなわち,細長い形状の長さをl,幅をWとしたとき,長さがl=4Wを超えるものについてはl=4Wの楕円として近似するという定義である。Low-Sの鋳造欠陥(+)の寸法はMnS(●)や酸化物(◆,■)に比べて大きかったが,High-Sの150×150材(〇)や75×150材(△)のMnSに比べると小さかった。Low-SのMnSと酸化物の寸法は,High-Sの20×150材のMnS(◇)や熱間圧延丸棒の酸化物(×)と同程度であった。これらの鋳造欠陥寸法および介在物寸法の傾向は,疲労強度の傾向と概ね対応している。すなわち,Low-Sで鋳造欠陥が起点となった150×150材の疲労強度は,High-Sの150×150材や75×150材より高い。また,Low-Sで介在物が起点となった75×150材と20×150材の疲労強度は150×150材より高く,熱間圧延丸棒と同程度であった。ただし,High-Sの20×150材の介在物寸法は熱間圧延丸棒やLow-Sで介在物が起点となった材料と同程度であるが,疲労強度はそれらより低い。

Fig. 8.

Inclusion sizes measured on the fracture surfaces at the internal fracture origins.

4. 考察

今回の実験結果では,S量を可能な限り低く抑えることで,MnSを概ね無害化できることが分かった。As-castに近い150×150材では鋳造欠陥が問題となるため疲労強度が低くなるが,減面率で50%以上の加工を加えることにより,熱間圧延丸棒と同程度の疲労強度が得られるようになる(Fig.4)。ただし,減面率50%である75×150材ではMnSやB系の酸化物が内部破壊起点として出現するため(Table 2),減面率50%では十分な加工度とは言い切れない。減面率を87%以上とすることで,20×150材のようにMnSが内部破壊起点とならないような材料とすることができる。

Low-Sの150×150材で鋳造欠陥が内部破壊起点として出現した点は,MnSの寸法が鋳造欠陥の寸法より小さかったためと考えられる。すなわち,MnSを無害化できているのではなく,MnSより鋳造欠陥のほうが有害だったためと考えられる。一方,High-Sの場合にはMnSの寸法が鋳造欠陥の寸法より大きかったため(Fig.8),150×150材でもMnSが内部破壊起点になったと考えれる。このように,S量を低く抑えることによりMnSの数が少なくなるだけでなく,寸法も小さくなると考えられる。ただし,High-Sの20×150材とLow-Sの75×150材および20×150材とで介在物寸法が同程度であったにもかかわらず,High-Sの20×150材の疲労強度が低かった点については疑問が残る。これは,High-SのMnSがLow-SのMnSよりも有害である可能性を示している。

そこで,各材料の介在物および鋳造欠陥の有害度を評価するために,過去の研究36)で求めたギガサイクル疲労強度の予測式との比較を行った。ビッカース硬さが同程度のSCM440鋼について求めた予測式は以下であるが,これは酸化物系介在物が起点となったデータに基づいて求めたものである。

  
σa=292.2(Nf)0.049×(areainc)0.171(1)

ここで,areaincは介在物寸法である。Fig.9に,応力振幅を式(1)で求めた疲労強度の予測値で基準化した修正S-N線図を示す。式(1)には破断繰り返し数Nfが入っているため,原理的には修正S-N線図のプロット点は1付近で水平となる。

Fig. 9.

Modified S-N diagram. The stress amplitude σa is normalized by σa’ calculated by Eq. (1).

Fig.9では,Low-Sで介在物が起点となったプロット点(●,◆,■)は,縦軸の1付近でばらつく傾向となっている。また,熱間圧延丸棒の結果(×)と同程度である。詳細にみると,MnSの結果(●)が高強度側で酸化物の結果(◆,■)が低強度側となっているが,全体的に見ればばらつきの範囲内のように見える。一方,High-Sのプロット点(〇)は全てMnSが起点であるが,縦軸で1より低い領域でばらついている。Low-Sで介在物が起点となったプロット点の縦軸での平均値が0.96であるのに対して,High-Sのプロット点の縦軸での平均値が0.88であることから,High-Sの結果は低強度側である。すなわち,High-SのMnSが有害であることを示す傾向となっている。Low-Sについても,鋳造欠陥が起点となったプロット点(+)は,High-Sのプロット点と似た傾向になっている。つまり,鋳造欠陥も有害であるという傾向になっている。

High-SのMnSが有害な点については,前報で既に議論している。そこでは,可能性の一つとして,介在物と母地との密着性の影響をあげていた。酸化物系介在物が母地と剥離しやすい40)のに対して,MnSでは母地との剥離が見られないため,MnSの物性が疲労強度に影響を与えた可能性を指摘していた。しかし,今回の結果では鋳造欠陥も同じ傾向を示している。つまり,鋳造欠陥は空洞であるため,MnSの物性の影響の可能性は否定されたといえる。

もう一つの可能性として,High-SではMnSの数が多いという点を指摘していた。数が多いと隣接するMnSとの距離が近くなるため,干渉効果により応力拡大係数が高くなり,き裂が進展しやすくなるという可能性である。この考え方に基づけば,Low-SのS量はHigh-Sの1/20以下であるため,High-SのMnSはLow-SのMnSよりも確実に多い。そのため,Low-SよりHigh-SでMnSが有害な点を説明できる。また,鋳造欠陥については正確な数は不明であるが,数が多いと仮定すればHigh-SのMnSと同様に有害であったと理解することができる。

ただし,一連のHigh-Sの研究では,異方性の影響も調べた41)。その結果,TD(メタルフローに対して垂直)の結果はLD(メタルフローに対して平行)の結果より疲労強度が低く,Fig.9のような修正S-N線図でも差が認められた。修正S-N線図でのLDの疲労強度は熱間圧延丸棒の疲労強度に近く,今回のLow-Sで介在物が起点となった結果と同程度である。この点を同時に考慮すると,MnSの数が多いというだけでは,High-SでMnSが有害だった点を説明できなくなる。従って,Low-Sについても異方性の影響を調べ,High-Sで観察された異方性の正体を突き止める必要がある。

5. 結論

前報では,S量が高い鋼材(High-S)を作製してギガサイクル疲労試験を実施することで,MnSのおおよその特徴を掴んだ。それに対して本研究では,S量を可能な限り低く抑えた鋼材(Low-S)を作製して同様の実験を行うことで,MnSを無害化するための指針を探索した。ギガサイクル疲労試験は,メタルフローに対して垂直なTDに対して行った。また,加工度の影響を調べるために,同一インゴットから150×150材(減面率0%),75×150材(減面率50%),20×150材(減面率87%)の3材種を作製して実験に供した。その結果,以下のような結論を得た。

(1)Low-SはHigh-Sよりも高い疲労強度を示し,150×150材の疲労強度は低かったが,75×150材と20×150材の疲労強度は熱間圧延丸棒と同等であった。すなわち,Low-Sでは減面率で50%から疲労強度が飽和する傾向となり,熱間圧延丸棒と同等の高い疲労強度に達した。

(2)Low-Sの内部破壊起点は,150×150材では鋳造欠陥,75×150材ではMnS,B系の酸化物,組織自体,20×150材ではD系の酸化物と組織自体であった。ここで,組織自体とは,内部破壊起点に介在物等が認められなかった場合の分類である。

(3)Low-Sの鋳造欠陥は,MnSや酸化物に比べて大きかったが,High-Sの150×150材と75×150材のMnSに比べると小さかった。このような鋳造欠陥寸法および介在物寸法の傾向は,疲労強度の傾向に概ね対応していた。

(4)S量を可能な限り低く抑えることで,MnSを概ね無害化できることが分かった。減面率で50%以上の加工を加えることで熱間圧延丸棒と同程度の疲労強度を実現でき,87%以上の加工を加えることでMnSは内部破壊起点として出現しなくなった。

(5)予測式により基準化した修正S-N線図を用いて介在物および鋳造欠陥の有害度を評価した結果,High-SのMnSと鋳造欠陥が有害な傾向となった。この理由として,High-SのMnSと鋳造欠陥は数が多いため,干渉効果によりき裂が進展しやすくなった可能性が考えられた。

文献
 
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