2025 Volume 111 Issue 6 Pages 336-343
The friction-type joints using high-strength bolts are frequently employed for the assembly of structural steel components. The drawback of the combination of the friction-type joints and hot-dip galvanized steel plates for highly corrosive environments is the low slip coefficient at the friction interface in the as-coated condition. To increase the slip coefficient, labor-intensive blast processing or phosphate treatment is applied to the surface of the galvanized steel plates before assembly. In this study, we investigated the slip mechanism at the friction interface between as-galvanized steel plates through slip resistance tests on high-strength bolted friction joints, in hope of determining effective methods for overcoming the low slip coefficient in the as-coated condition. In the as-galvanized material, both the outermost Zn- and ζ(FeZn13)-phase layers exhibit c-axis texture. Since the easiest basal (dislocation) slip plane for the Zn phase with the hexagonal close-packed structure is parallel to the friction interface, the Zn phase is geometrically prone to plastic deformation due to the shear stress applied on the friction interface. The evidence that the coarse-grained Zn phase was refined to small crystal grains upon macroscopic slippage at the friction interface indicated that the low slip coefficient was attributed to the readily deformable nature of the outmost Zn phase. Potential strategies for increasing the slip coefficient without pre-surface treatment include strengthening the soft Zn phase through grain refinement or texture modification, or complete removal of the Zn phase during galvanizing.
鋼構造部材の接合に高力ボルトを用いた摩擦接合法がよく採用される。この方法は,鋼構造部材間接合面の摩擦抵抗力を利用するもので,その力はボルトの軸力と接合面の摩擦係数に比例する。せん断荷重が接合面の静止摩擦力(いわゆるすべり耐力荷重)を超えた場合にすべりが生じる。すべり耐力荷重Pslipは,ボルトの軸力(垂直抗力, N),すべり係数(µs),接触面の数(m)およびボルトの数(n)と以下の関係がある:
(1) |
すべり係数は基本的に静止摩擦係数に相当し,標準規格に従って適切に接合された組立体を用いたすべり耐力試験によって測定できる1,2)。
非めっき鋼部材の場合,通常,摩擦接合実施前の大気暴露により表面に赤錆が形成され,この自然酸化プロセスにより,すべり係数は0.45以上を確保できる。しかし,沿岸部などのより腐食性の高い環境では,犠牲防食効果を有する亜鉛めっき(溶融亜鉛めっき:GI)鋼板と高力ボルトが使用される。ところが,めっきまま(as-coated)状態では,すべり係数は0.1から0.2程度と低く3,4),直接使用には適していない。そのため,0.4以上のすべり係数を達成するためにブラスト処理5)やリン酸塩処理6)などの表面処理が施されるが,これらの処理は工期とコストの増加をもたらす。したがって,表面前処理を必要としない高いすべり係数を示す溶融亜鉛めっき鋼が求められる。
1960年代から,高力ボルト摩擦接合の機械的挙動に関する広範な研究が行われてきた。例えば,Munse3)は,疲労試験初期において摩擦接合面が潤滑的にすべり,最初の数サイクル後に固着するロックアップ現象を解明した。しかし,めっき皮膜内で生じるすべり現象を冶金学的観点から詳細に調査した研究はほとんどない。これは,薄いめっき皮膜内の微細組織を詳細に観察および分析する方法が,近年まで十分に発達していなかったためである。
GI鋼板のめっき皮膜は,純亜鉛相だけでなく,Fe–Zn金属間化合物7,8,9,10,11,12)も含んでいる。最も鉄含有量の少ないζ(FeZn13)相8,13)は最外層の亜鉛相の直下に位置し,Fe–Zn化合物の中で最も軟らかく,一方でΓ(Fe4Zn9)相およびδ1k(FeZn7)相のような鉄含有量の高い相は,極めて低い破壊靭性を示し,極端な脆さを示す14,15)。これらの化合物相から構成されるGI鋼板が,めっきまま状態で低いすべり係数を示す理由は,めっき皮膜最外面の滑らかな表面での潤滑すべりのみに起因するのか,それとも軟質層の塑性変形や脆性層の破壊が摩擦接合面での巨視的なすべりを引き起こすのか,依然として不明である。
本研究では,GI鋼板の摩擦接合面におけるすべりのメカニズムを冶金学的観点から解明し,めっきまま状態においても高いすべり係数を示す可能性のあるめっき微細組織について検討することを目的とする。
株式会社スタンダードテストピースより入手した1個または2個のボルト孔を有する溶融亜鉛めっき(GI)SS400鋼板4枚を,2本の溶融亜鉛めっき高力ボルト(M12)で接合した。使用部材の諸元をTable 1に,GI鋼板および組立試験片の寸法をFig.1に示す。接合手順は溶融亜鉛めっき高力ボルト協会のガイドラインに従った;(i)トルクレンチを用いて50 N·mのトルク値まで一次締め,(ii)ボルト,ナット,およびワッシャーに位置印をつけ,(iii)ナットを120°回転させて最終締め付けを行った。上記の組立試験片について,万能試験機(株式会社島津製作所製Autograph AGX-100kNV)を用いてすべり耐力試験を実施した。変位速度は1 mm/minとした。
Steel material | SS400 |
Steel plate size | 150×40×6 mm3 |
Bath composition | Zn |
Bath temperature | 480°C |
Dipping time | 90 sec |
Coating amount | > 550 g/m2 (HDZ55) |
High-strength bolt | F8T/M12 (JFE steel) |
Coating amount | > 350 g/m2 (HDZ35) |
(a) Appearance and (b) dimensions of assembled pieces of structural joints with high-strength bolts. (Online version in color.)
すべり耐力試験において摩擦面のすべり係数を算出するには,ナットおよび高力ボルトの締め付けによって摩擦面に生じる締付力の値が必要である。しかし,通常,すべり耐力試験中に締付力の値をモニターすることは困難である。そのため,まず,2枚のひずみゲージをボルトの対向する側に取り付けた高力ボルトの引張試験を行った(Fig.2の挿入図参照)。2枚のひずみゲージのひずみ値がわずかに異なるのは,ボルト孔に対する中心軸ずれにより生じたボルトの反りに起因していると考えられる。Fig.2に,荷重を平均ひずみ値の関数としてプロットした。次に,ひずみゲージを取り付けた高力ボルトを用いて,同じ手順で摩擦接合部材を組み立てた。摩擦接合に組み込まれた高力ボルトのひずみ値は0.228%であった。したがって,荷重–ひずみ較正曲線(Fig.2)を用いて,摩擦接合面に作用する締付力は63.1 kNであると推定した。
Load-strain curves for calibration of the tensile load of high-strength bolts. Two strain guages, indicated by magenta arrows, are attached to the opposite sides of a galvanized high-strength bolt whose head has been partially cut off for securing tight hold with the chucks of the tensile testing machine. The load-strain curve averaged over the two guages (solid black line) is extrapolated (dashed black line). (Online version in color.)
すべり耐力試験の前後において,光学顕微鏡(OM, Nikon製 Eclipse LV150N)および走査型電子顕微鏡(FE-SEM, JEOL製 JSM-7200F)を用いて,めっき皮膜の表面および断面を観察した。GI鋼板の孔近傍から小片(約5×5×6 mm3)を切り出した。断面観察のため,2つの小片をめっき表面を対向させてG-Bondで接着した。その後,ダイヤモンド懸濁液(9,3,および1 µm, Buehler社製MetaDi Supreme Suspension)で機械的に研磨し,続いてコロイダルシリカ懸濁液(0.04 µm, Struers社製OP-S Suspension)で機械化学的研磨を行った。加速電圧15 kVのFE-SEM内で電子後方散乱回折法(EBSD, Oxford Instruments社製 Symmetry)により,めっき皮膜内の結晶粒の相および結晶方位を分析した。すべり耐力試験の前後において,荷重0.245 N(25 g),保持時間10秒の条件でマイクロビッカース硬さ試験機(株式会社島津製作所製 HMV-G21DT)を用いて,GI鋼板のめっき皮膜表面のビッカース硬さを測定した。
めっきままGI鋼板の高力ボルト摩擦接合のすべり耐力試験に先立ち,FE-SEMによりめっき皮膜断面を観察した。Fig.3(d)にめっき皮膜断面の後方散乱電子像(BEI)を示す。めっき厚さは約100 µmで,Zn相,ζ相,および他のFe–Zn金属間化合物相から構成されているが,BEIのみでは明確に区別することは困難である。めっき最表面はわずかに波打っているが非常に滑らかである。ζ相は,めっき皮膜表面法線方向に伸長した柱状結晶粒から構成されている。Znおよびζ相のEBSD結晶方位マップをそれぞれFig.3(b,c)および(f,g)に示す。Fig.3(b,f)はめっき皮膜表面法線方向の結晶方位を,Fig.3(c,g)は断面に垂直な方向(めっき面内方向)の結晶方位を示している。Zn相は,数十µmの粗大な結晶粒から成る。Fig.3(b)中の赤色は,Zn結晶粒の[0001](c軸)方向がめっき皮膜表面法線方向に配向していることを示す。同様に,Fig.3(f)中の赤色は,柱状ζ結晶粒の[001](c軸)方向がめっき皮膜表面法線方向に配向していることを示す。したがって,Znおよびζのいずれの相もc軸配向を示している16)。
Crystal structures of (a) Zn and (e) ζ phases and their primary slip planes. (d) SEM back-scatter electron image and its corresponding EBSD orientation maps for (b,c) Zn and (f,g) ζ phases, respectively. The crystal orientations along the (b,f) coating normal direction and (c,g) in-coating direction, respectively, are described according to the color keys in (a) and (e). Both the Zn and ζ phases are preferentially aligned along their c-axes ([0001] for Zn and [001] for ζ phases, respectively) towards the coating normal direction. Thus, the planes on which the maximum shear stress is applied during slip resistance tests are (0001) for Zn and (001) for ζ phases, respectively. (Online version in color.)
ここで,Znおよびζ相結晶粒における転位すべり運動の主すべり面と,摩擦接合の供用時に最大せん断応力が作用する摩擦接合界面との関係を考察する。Fig.3(a)に示すように,Zn相における主すべり面は(0001)面(底面すべり)である。Zn相結晶粒のc軸配向(Fig.3(b))により,主すべり面は摩擦接合界面とほぼ平行となる。したがって,摩擦接合界面にせん断応力が印加された際,底面すべりが容易に作用し,Zn相において顕著な塑性変形が生じると考えられる。一方,Fe原子を中心とするZn12二十面体クラスター(Fe@Zn12)から構成されるζ相では,主すべり面としてFe@Zn12クラスターが破壊されないような(110)面が選択されることが知られている13)。(110)面は摩擦接合界面とほぼ平行な(001)面に直交するため,ζ相における転位すべりは低いシュミット因子の観点から非常に困難であると予想される。したがって,Zn相の転位すべり変形は容易に生じるが,ζ相のそれは抑制されるようなめっき皮膜微細組織構造を有することが明らかとなった。
3・2 めっきままGI鋼板および高力ボルトからなる摩擦接合のすべり耐力試験Fig.4に,めっきまま鋼板(Fig.1)を用いた摩擦接合部のすべり耐力試験における荷重–変位曲線を示す。荷重は(i)および(iv)に示すように,それぞれ約20 kNおよび30 kN付近で急激に低下する。これらの荷重低下は,摩擦接合界面におけるすべりの発生を示している。最初のすべりは接合部の一方の側(Fig.4中の模式図の下側)で,2回目のすべりは他方の側(同上側)で生じている。最初の荷重低下後,高力ボルトの側面がGI鋼板のボルト孔の内側に接触するまですべりは継続し(Fig.4(ii)),約15 kNから約25 kNにかけて荷重が増加する(Fig.4(iii),支圧接合状態)。2回目の荷重低下後,2番目のボルトと孔との間にほとんど隙間がないため,荷重は直ちに再び増加する(Fig.4(v))。荷重は約65 kNまで増加し(Fig.4(vi)),そこでGI鋼板および/または高力ボルトが降伏し,塑性変形が開始する。式(1)を用いて,最初のすべり時の荷重(21.5 kN)とボルト張力(締付力,63.1 kN)から,すべり係数は0.17と推定される。このすべり係数値は,表面の前処理を行っていないため,高力ボルト接合に要求される値(0.4)よりもかなり低い。すべり後の試験片を観察するため,同様の試験を実施し,最初のすべり発生直後に停止した。その後,断面観察用試料(3・3節)および平面ビッカース硬さ測定用試料(3・4節)を調製した。
Load-displacement curve for slip test of as-galvanized steel plates connected with high-strength bolts. Points (i) and (iv) correspond to the 1st and 2nd slippage, respectively. Point (vi) corresponds to the onset of plastic deformation of the steel plates and/or high-strength bolts. Point (iii) indicates that the bolt side surface touched the inside of the hole of GI steel plate. (Online version in color.)
Fig.5は,すべり耐力試験における最初のすべり後のめっき皮膜中のZn相およびζ相の結晶方位マップを示す。最も脆性的なFe–Zn系金属間化合物相であるΓおよびδ1k相14,15)を含め,めっき皮膜内に明確な破壊は認められなかった。ζ相はほとんど変形せず,柱状結晶粒を維持していた。一方,すべり耐力試験以前には数十µmオーダーで粗大であったZn相(Fig.3(b,c))は,拡大した結晶方位マップ(Fig.5(a')および(b'))に示されるように,c軸配向ではなくなり数µmにまで微細化されていた。この結晶粒の微細化は,すべり中のZn相における顕著な塑性変形に起因する動的再結晶によるものと考えられる17)。摩擦接合界面における巨視的なすべりの本質的なメカニズムは,めっき皮膜最表面での潤滑すべりや,Feを多く含み硬質な金属間化合物相の破壊や変形ではなく,めっき皮膜表面直下のZn相における塑性変形に起因している。せん断応力下でZn相における底面すべりが極めて容易に生じることが,めっきままGI鋼板摩擦接合のすべり係数が低い主要因であると考えられる。
EBSD orientation maps of coating layer of GI steel plate after slip resistance test. The crystal orientations along the (a,a’) coating normal direction and (b,b’) in-coating direction, respectively, are described according to the color keys indicated on the top-right of the figure. (a’) and (b’) are magnified orientation maps of the portion indicated by yellow rectangles in (a) and (b), respectively. (Online version in color.)
Fig.6(a)および(b)は,それぞれすべり耐力試験前後におけるGI鋼板のめっき皮膜表面の光学顕微鏡像を示す。すべり耐力試験前の表面は結晶粒界の溝が顕著に見えるものの全体的に平坦で滑らかな状態である のに対し,すべり耐力試験後の表面はZn相の塑性変形に起因する縞状のパターンを呈している。マイクロビッカース硬さは,圧子が下層のζ相層まで到達することを防ぐため,比較的小さい0.245 N(25 gf)の荷重を用いて測定した。Fig.6(c)に示すように,すべり耐力試験後のめっき皮膜表面で測定された硬さ(81.6±10.7)は,試験前(57.7±5.3)と比較して約41%の顕著な増加を示した。摩擦接合界面のすべりに伴う加工硬化および結晶粒微細化が,めっき皮膜表面の硬さ上昇をもたらしたと考えられる。
Plan-view optical microscope images of the surface of the Zn-coated steel plate (a) before and (b) after the slip test. (c) Vickers hardness values of the Zn-coating measured before and after the slip test.
粗大粒c軸集合組織を示していたZn相(Fig.3(b,c))が,すべり耐力試験後に微細な等軸粒組織(Fig.5)へと劇的に変化したという事実は,すべり過程においてZn相が顕著な塑性変形を被ったことを示している。したがって,めっきままGI鋼板における低いすべり係数は,Zn相の容易な塑性変形の開始に起因しており,これが高力ボルト摩擦接合界面における巨視的すべりを引き起こしていると考えられる。このような軟質なZn相がめっき皮膜中に存在しなければ,すべり係数は増加するはずである。めっきまま状態のGI鋼板の低いすべり係数が軟質なZn相に起因するという仮説を確認するため,種々の表面処理により軟質Zn相を除去または改質したGI鋼板についても追加的なすべり耐力試験を実施した。以下の3種類の表面処理を施したGI鋼板を準備した:
A)ζ研削材:めっきままGI鋼板の表面をロータリーバーで研削し,軟質Zn相を除去したが,ζ相層の一部は残存させた(Fig.7(a))。
B)ζ研磨材:上記と同様の処理を施した後,表面を鏡面研磨して表面粗さを1 µm未満とした(Fig.7(b))。
C)Zn研削材:めっきままGI鋼板の表面をわずかにロータリーバーで研削し,Zn相の大部分を残存させつつ表面を粗くした(Fig.7(c))。
SEM-EBSD観察の結果,金属間化合物であるζ相はZn相に比べると比較的硬質で機械的表面処理によっても塑性変形せず,研削(Fig.7(a))または鏡面研磨(Fig.7(b))後もζ相層は変化しないことが確認された。一方,Zn研削材(Fig.7(c))では,ロータリーバーによる研削のため,表面近傍でZn相が微細化している。拡大したEBSD方位マップ(Fig.7(c'))は,Zn相中にレンズ状の微細構造を示している。母相とレンズ状部分との境界のトレースは{1012}面に対応しており,また,位置X–Yに沿った方位差プロファイルに示されるように,境界を横切る方位差は86~88°である。これは,Zn相において{1012}双晶が生じ,母相と{1012}双晶との理想的な角度が86°であるという報告と整合している18)。ロータリーバーによる機械的表面処理中の圧縮応力により導入された変形双晶に起因する軟質Zn相のこの微細構造化は,すべり耐力試験中のせん断応力により導入された微細構造化(Fig.5)と類似している。
EBSD band contrast images and orientation maps of coating layer of GI steel plates after (a) grinded, (b) grinded and polished to the middle of the ζ-phase layer, and (c) grinded to the middle of the Zn-phase layer. (c’) Magnified orientation map of the region indicated by yellow rectangle in (c), indicating the introduction of deformation twins in the Zn-phase layer. Disorientation profile along X–Y is also shown below the magnified orientation map. (Online version in color.)
Fig.8は,これらの表面研磨処理を施したGI鋼板に対して実施したすべり耐力試験の荷重–変位曲線を示している。表面処理を施したGI鋼板では,めっきまま状態のものと比較して初期すべりの発生がより緩やかである。さらに,図中の矢印で示すように,表面処理を施したGI鋼板における初期すべり時の荷重値は,めっきまま状態のものよりもはるかに大きく,Table 2に示すように0.30以上のすべり係数が得られている。C材の場合,軟質Zn相は結晶粒微細化により強化され,一方A材の場合は軟質Zn相が除去され,硬質なζ相が最表面に露出している。結晶粒微細化によるZn相の強化であれ,硬質なζ相の表面露出であれ,このような塑性変形しにくい表面層の存在がすべり係数を向上させたと考えられる。表面を平滑化したζ相を有するB材のすべり係数が,粗い表面を有するA材と比較して有意な差を示さないという事実は,摩擦接合前に施される表面前処理(ブラスト処理やリン酸塩処理)の主な目的が,潤滑すべりを防ぐための「表面粗さ」を創りだすことではないことを示唆している。むしろ,表面前処理の本質的な役割は,軟質Zn相の強化または除去にあると考えられる。
Load-displacement curves for slip resistance tests of as-coated (dashed) and surface-treated GI steel plates jointed with high-strength bolts. The arrows correspond to the first slippage. (Online version in color.)
As-coated | ζ-grinded | ζ-polished | Zn-grinded | |
---|---|---|---|---|
Load at slippage (kN) | 21.5 | 41.2 | 37.6 | 43.6 |
Slip coefficient, μs | 0.17 | 0.33 | 0.30 | 0.35 |
本節では,めっき当初は軟質であったZn相の強化がすべり係数の向上に寄与していることを再確認するために実施した追加実験について述べる。めっきままGI鋼板に対して1回目のすべり耐力試験を実施した後,除荷し,2回目のすべり耐力試験を行った。Fig.9に示すように,初期すべり荷重は16.6 kNであり,これは0.13という低いすべり係数に相当する。しかしながら,除荷後に再度すべり耐力試験を実施したところ,両矢印で示すように,より高いすべり荷重が観察され,結果としてすべり係数も増加した。この増加は,初期すべり時の塑性変形によるZn相の結晶粒微細化および強化に起因すると考えられる(Fig.5参照)。これはMunse3)が報告したサイクル疲労試験でのロックアップ現象の発生メカニズムと同様であると考えられる。つまり,サイクル疲労試験初期のすべりでZn相が微細化・強化されるためにすべり係数が増加し,それ以降のサイクルですべりが生じにくくなる(固着)と推察される。
Load-displacement curves for successive slip resistance tests of as-coated GI steel plates jointed with high-strength bolts. The initial slip test was halted just after the 1st slippage, and then, the test pieces were unload, followed by the 2nd slip test. (Online version in color.)
上述のように,最表面の軟質Zn相の塑性変形が摩擦接合界面における巨視的すべりを引き起こす決定的な要因であり,これが低いすべり係数をもたらしている。ブラスト処理5)やリン酸塩処理6)などの煩雑な前処理を行うことなくすべり係数を向上させるためには,摩擦接合界面に加わるせん断応力に対して抵抗性を示すよう,軟質Zn相を改質する必要がある。以下のアプローチが有効な解決策として考えられる。
(i)結晶粒微細化および/または集合組織制御による強化:Sb,Pb,Biなどの合金元素を溶融Zn浴に添加することでZn相の表面張力が低下し,Fig.3(b)で観察されたような粗大c軸集合組織の形成が促進されることが知られている19,20)。このような合金元素を減少させるか,あるいは集合組織形成を促進しないことが知られているAl,Mg,Snなどの合金元素19,21)に置き換えることで,めっき状態におけるZn相の強化が期待できる。
(ii)めっき過程におけるZn相の除去:ζ相はFe–Zn金属間化合物の中で最も軟質ではあるが,表面の粗さや平坦性に関係なく,摩擦接合界面に加わるせん断応力に対して十分な抵抗性を有している(Fig.7(a)および(b))。したがって,追加加熱(合金化処理)などにより純Zn相を除去することも,前処理を必要とせずにすべり係数を向上させる有効な手段となるであろう。
めっきままGI鋼板を用いた高力ボルト摩擦接合のすべり耐力試験,ならびにすべり耐力試験前後のめっき皮膜の微細構造観察を通じて,以下の結果を得た。
(1)めっきままGI鋼板のめっき皮膜中のZnおよびζ相はともにc軸集合組織を示す。Zn相の容易な(転位)すべり面が摩擦接合界面にほぼ平行であるのに対し,ζ相のそれは摩擦接合界面にほぼ垂直である。その結果,めっき皮膜最表面のZn相は,摩擦接合界面に加わるせん断応力により塑性変形を生じやすい。
(2)めっきままGI鋼板を用いた高力ボルト摩擦接合のすべりの素過程は,めっき皮膜最表面の潤滑的すべりや硬質なFe–Zn金属間化合物相の破壊/変形に起因するものではなく,めっき皮膜表面直下の軟質Zn相の塑性変形に起因する。
(3)現在実用されている表面前処理の主たる役割は,表面粗さの増大ではなく,むしろ軟質Zn相の除去または強化にある。
(4)表面前処理を必要としないすべり係数向上のための潜在的方策として,(i)結晶粒微細化または集合組織制御による軟質Zn相の強化,あるいは(ii)めっき過程におけるZn相の完全除去,が挙げられる。
本論文に関して開示すべき利益相反はない。
本研究は,東北大学金属材料研究所研究教育助成基金事業(溶融亜鉛めっき高力ボルト技術協会)の助成を受けて実施した。