2025 Volume 111 Issue 9 Pages 503-513
The strengthening mechanism of ausforming in martensitic steels is believed to be due to the inheritance of dislocations in austenite by the subsequently transformed martensite. However, no studies to date have quantified the dislocation density before and after ausforming. In this study, the dislocation densities of Fe–5%Mn–C alloys were analyzed, and the relationship between hardening by ausforming and dislocation accumulation, as well as the effect of carbon on this relationship, were investigated. The hardness of ausformed martensite increased with the ausforming reduction in austenite, and the strengthening effect of ausforming increased with the addition of carbon. Similarly, the dislocation density of ausformed martensite increased with the ausforming reduction in austenite, and the dislocation accumulation by ausforming increased with the addition of carbon. Because the hardness of the ausformed martensite follows the Bailey–Hirsch relationship, the strengthening mechanism owing to ausforming could be explained by dislocation strengthening. To understand the dislocation accumulation process during ausforming, the dislocation density of austenite immediately after ausforming was measured by in-situ heating neutron diffraction. Consequently, the dislocation density of the ausformed austenite was not dependent on the carbon content, indicating that dislocations are not inherited in carbon-free steels. By contrast, in steels with sufficient carbon content, not only are dislocations inherited but additional dislocations are introduced during martensitic transformation.
オースフォーミングは加工硬化状態のオーステナイトをマルテンサイト変態させる加工熱処理であり,一般的には,等温変態曲線(Time-temperature-transformation:TTT)図のノーズ温度以下の準安定オーステナイト域で加工したのち室温まで焼入れして施される1)。オースフォームされた鋼の特徴は,高い引張強さや硬さを有するにもかかわらず靭性や延性がほとんど損なわれないことにあり2,3,4,5),その優れた機械的性質の起源を明らかにするため,電子顕微鏡による組織観察6,7,8,9),中性子回折を用いた相変態挙動の解析10),組織形成における結晶学11,12)などについて,過去に多くの研究がなされてきた。それらの報告の中で,オースフォームドマルテンサイトの高い強度については,しばしばオーステナイト中の転位がマルテンサイトへ「引き継がれる」と説明されている1,2)。それを示唆する実験結果として,実際にオースフォーミングによってマルテンサイト中の転位密度が増加することが確認されている上に10,13),加工硬化オーステナイトの段階で形成された転位セルがマルテンサイト変態後にも存在していることが示されている7)。
しかしながら,オースフォーミングによるオーステナイト中の転位密度の変化を測定したうえで,マルテンサイトへの転位の引継ぎについて検討した事例は見当たらず,転位を引き継ぐという考え方は依然推察の域を出ていないと思われる。また,オースフォーミングによる強化には炭素の存在が重要であることが実験的に示されているが14),転位の引き継ぎと炭素の関係については明確にされていない。さらに,オースフォーミングはノーズ温度以下まで拡散変態が生じない条件で冷却する必要があることから,十分な焼入性を有する高合金高炭素鋼を対象とした研究4,7,14)が多い。そのため,生成するマルテンサイト組織はレンズマルテンサイトに関するものが多く,実用上重要なラスマルテンサイトのオースフォーミングに関する情報は不足している。レンズマルテンサイトとラスマルテンサイトでは変態時の補足変形機構が異なるため,実際に転位の引き継ぎが起こっていたとしても,そこでの転位蓄積挙動が変わっても不思議ではない。つまり,無拡散せん断で生じる格子変形時にはオーステナイト中の転位はそのまま保存されたとしても,その後の補足変形で多量の転位が導入されるラスマルテンサイトでは導入される転位と既存の転位が相互作用を起こすと,転位の消失や増殖などが生じて,転位密度の変化に影響を与える可能性があると想像される。さらにそこに炭素原子が存在すると,転位の固着などを生じてますます複雑な現象となるであろう。
本研究ではそれらの挙動を明確に示すため,モデル合金としてFe–5%Mn–C合金を採用し,実際に変態前後での転位密度を測定することで転位密度変化の定量評価を行うことを試みた。本合金系は少なくとも炭素濃度が0.3%Cまでは完全なラスマルテンサイトを形成することが確認されており15),双晶変形を伴う補足変形は生じない。さらに,本合金の拡散変態はMnの拡散律速で進行するPLE(Partition Local Equilibrium:分配局所平衡)モードで進行するため,γ→α変態に非常に長時間を要することから16),オースフォーミングの過程でフェライトの生成を懸念する必要がないという利点も有している。したがって,Fe–5%Mn合金をベースに炭素量を連続的に変化させた鋼材で測定を行えば,転位密度に及ぼす炭素濃度の影響を議論することも可能であろう。本合金を用いてオースフォーミングにおけるラスマルテンサイトの強化に及ぼす炭素量の影響を明らかにしたうえで,転位密度増加の機構に及ぼす炭素量の影響を考察することが本研究の目的である。
本研究では,炭素量の異なるFe–5%Mn–(0.02, 0.05, 0.1)%C合金(mass%)を用いた(0.02C鋼,0.05C鋼,0.1C鋼)。詳細な化学組成をTable 1に示す。真空溶解炉にて各試料の50 kgインゴットを溶製後,1473 Kで熱間圧延し,空冷した。熱延板から5 mm厚の試料を切り出し,Fig.1(a)に示す熱処理を実施した。1473 Kで600 sのオーステナイト化処理後に直ちに水冷した試料を無加工焼入材(Q材)とした。また,同様のオーステナイト化処理後に723–873 Kの温度で300 s保持し,1パスで10~50%圧延した後に直ちに水冷した(オースフォーム材:AF材)。
| C | Si | Mn | P | S | Al | Fe | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 0.02C steel | 0.018 | 0.020 | 4.99 | 0.0011 | 0.0026 | 0.020 | bal. |
| 0.05C steel | 0.050 | 0.031 | 5.02 | <0.002 | 0.0019 | 0.018 | bal. |
| 0.1C steel | 0.095 | 0.021 | 4.98 | 0.0011 | 0.0027 | 0.018 | bal. |

Heat treatment route for (a) ausforming process and (b) in-situ neutron diffraction test.
各試料に対して,光学顕微鏡および電界放出型走査電子顕微鏡 (FE-SEM, SIGMA500, Carl Zeiss Microscopy GmbH製, 加速電圧20 kV) による電子線後方散乱回折 (Electron Backscatter Diffraction:EBSD) 法による組織観察を行った。観察面は圧延直角方向の面(TD面)とした。光学顕微鏡観察には,湿式研磨およびダイヤモンド懸濁液による鏡面研磨後,3%ナイタール溶液(硝酸:エタノール=3:97)による腐食を行った試料を用いた。EBSD測定には,湿式研磨後,酢酸および過塩素酸の混合溶液(酢酸:過塩素酸=9:1)を用いたツインジェット電解研磨法で作製した試料を用いた。EBSD測定で得られた方位差15°以上の大角粒界をブロック境界として,ブロック幅の測定を行った。
ビッカース硬さ試験を,荷重196 N,荷重時間10 sの条件で実施した。各試料に対して12点測定し,そのうち最大値および最小値を除いた10点の平均値を用いて評価した。炭化物および転位観察には,透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM, JEOL社製JEM-3200FSK, 加速電圧:300 kV)を用いた。転位密度の評価をX線ラインプロファイル解析(modified Williamson-Hall/Warren-Averbach法17,18,19,20,21))により行った。湿式研磨後,リン酸クロム酸水溶液による電解研磨を施した試料に対して,X線回折装置(線源:Cu-Kα1)による測定を行った。本研究では,湿式研磨による加工層を除去するため,最低でも50 µmの電解研磨を行った試料を用いた22,23)。Satoらは,X線回折用の試料に対して50 µm以上の電解研磨を行った場合,X線回折と後述の中性子回折で同様の結果が得られることを報告している23)。また,オースフォーミング直後のオーステナイト中の転位密度を測定するために,J-PARC MLFのBL19(Takumi)の装置内に高周波加熱装置を設置し,中性子回折法による加熱中その場測定を行った10)。φ6.6 mm×12 mmに切り出した円柱状試料に対し,1273 Kで600 sのオーステナイト化処理後,873 Kまで1 K/sで冷却した。873 Kに到達後に300 sの保持を行い,その後,加工速度0.5 mm/s(初期ひずみ速度:4.2×10−2 /s),加工圧縮率50%の条件でオースフォーミングを行い,再び873 Kで300 sの保持をした。オースフォーミング直前,および直後に300 sの保持をした際の回折ピークプロファイルを用いて,オーステナイトの転位密度を解析した。ビームサイズを5 mmw×7 mmh,測定箇所を試料中心とし,加圧軸方向と径方向の2つの検出器で取得された平均のデータを解析した。なお,オースフォーミング後の測定時間300 sの保持の間に回折ピークの半価幅は変化せず,回復などの転位密度変化が生じていないことを確認している。中性子回折法による加熱中その場測定における転位密度解析には,Ribárikらが開発したフリーソフト(CMWP-220429)を利用したCMWP(Convolutional Multiple Whole Profile)法24,25,26)を適用した。
Fig.2は各鋼種におけるQ材(0.02C-Q,0.05C-Q,0.1C-Q材)の結晶方位マップを示す。なお,Fig.2(d)–(f)は,マルテンサイトの結晶方位情報(Fig.2(a)–(c))からKurdjumov-Sachs(K-S)関係({111}fcc//{011}bcc, <110>fcc//<111>bcc)に基づき計算した,焼入前の旧オーステナイト再構築像を示す27)。いずれの試料でも典型的なラスマルテンサイト組織が得られている。旧オーステナイト粒は等軸状であり,その平均粒径はいずれも数百 µm程度と粗大である。Fig.2(g)–(i)に代表される高倍率観察結果よりブロック幅を測定すると,0.02C-Q材:5.8 µm,0.05C-Q材:3.7 µm,0.1C-Q材:3.5 µmであり,過去の知見通り,炭素量の増加に伴いブロックが微細化している様子が確認できた28)。Fig.2(a)–(c)中に示したビッカース硬さは炭素量の増加に伴い上昇している。この硬さ上昇の主要因は固溶炭素による固溶強化であると考えられているが29),炭素添加による転位密度の変化もわずかに硬さに影響している可能性がある。Fig.3は各鋼種のQ材の転位密度に及ぼす炭素の影響を示す。X線ラインプロファイル解析を用いて炭素鋼マルテンサイトの転位密度を評価する場合,正方晶性に起因するピークのブロードニングにより転位密度が過大評価される恐れがある。そこで著者らは,回復が生じない573 Kでの低温焼戻しで正方晶性の影響のみを除去し,焼入マルテンサイトの真の転位密度を測定できることを明らかにしている30)。本研究においては,Q材(●)および焼入後に573 K-16.2 ksの焼戻しを行った試料(○)の転位密度測定を行った。その結果,焼戻しによる転位密度の測定値の変化は小さく,その炭素量依存性も確認できないことから,0.1%Cまでの低炭素鋼では正方晶性の影響は考慮しなくても良いと考えられる。したがって以降の結果では,焼入れままの試料で測定された転位密度を示すこととする。Fig.3においてQ材の転位密度に注目すると,炭素量の増加に伴い,転位密度も緩やかに増加するという過去の知見30,31,32)と一致する結果が得られた。マルテンサイトの転位密度の炭素量依存性について,Moritoら31)は,炭素量が増えるとマルテンサイト変態時の体積膨張量が増加し,補足変形に必要な転位量が増えるためと報告している。また,補足変形時に転位が炭素原子によりピン止めされたと考えれば,変態を進めるためにはより多くの転位を導入する必要があったとも推察される。

Crystallographic orientation maps of 0.02C (a)(d)(g), 0.05C (b)(e)(h), and 0.1C (c)(f)(i) steels quenched without ausforming. Maps (d)–(f) show prior austenite orientation reconstructed from maps (a)–(c), respectively. (Online version in color.)

Change in dislocation density as a function of carbon content in specimens quenched without ausforming and tempered at 573 K for 16.2 ks.
Fig.4は各鋼種における773 Kでの50%AF材(0.02C-50%AF,0.05C-50%AF,0.1C-50%AF材)の結晶方位マップを示す。Fig.2と同様,Fig.4(d)–(f)は焼入れ前のオーステナイト再構築像を示す。いずれの鋼種でも旧オーステナイト粒が圧延方向に伸長しており,再構築像の旧オーステナイト粒内では結晶方位回転により生じた不均一な方位分布が観察される。つまり,オーステナイトはオースフォーム時にほとんど再結晶を生じず,加工硬化状態のまま焼入れされたことがわかる。なお,上記の試料より圧延率が低い10%,30%AF材では同様に再結晶が生じていないと考えてよい。これらのAF材についてブロック幅を測定した結果,0.02C-50%AF材:3.4 µm,0.05C-50%AF材:3.2 µm,0.1C-50%AF材:2.7 µmとなった。Q材とAF材を比較すると,0.02C鋼では顕著に微細化が生じているが(5.8→3.4 µm),炭素量の増加に伴ってブロック幅に及ぼすオースフォーミングの影響は小さくなり,0.1C鋼ではその変化はわずかである(3.5→2.7 µm)。なお,X線回折の結果より,いずれの試料においても残留オーステナイトは存在していないことを確認している。

Crystallographic orientation maps of 0.02C (a)(d)(g), 0.05C (b)(e)(h), and 0.1C (c)(f)(i) steels quenched after ausforming by 50% at 773 K. Maps (d)–(f) show prior austenite orientation reconstructed from maps (a)–(c), respectively. (Online version in color.)
オースフォーミングによる炭化物の有無について,TEM観察による調査を行った。Fig.5は0.02Cおよび0.1C鋼のQ材および50%AF材の明視野像および制限視野電子回折像を示す。いずれの試料においても炭化物由来のコントラストや回折パターンは確認されず,本実験では粒子分散強化の影響は無視できるほど小さいと考えられる。

Bright-field TEM images and selected area electron diffraction patterns in (0.02C and 0.1C)-(Q and 50%AF) specimens.
Fig.6は各鋼種のオースフォーミングに伴うビッカース硬さ変化を示す。ここでは,773 K-AF材の結果を示している。いずれの鋼種でもオースフォーミング圧延率の増加に伴って硬さが上昇しており,その上昇傾向は炭素量が増加するほど大きくなっている。773 K-AF材におけるQ材からの硬さ上昇量と炭素量の関係を整理すると(Fig.7),いずれの圧延率の場合でも,炭素量の増加に伴ってオースフォーミングによる硬さの上昇量も増加している。したがって,ラスマルテンサイト鋼においてもオースフォーミングによる高強度化には炭素添加が必要であることが明らかとなった。Fig.8は0.02Cおよび0.1C-AF材の硬さとオースフォーミング温度(723–873 K)の関係を示す。興味深いことに,いずれの鋼種,いずれの圧延率においてもオースフォーミング温度は硬さに影響を与えておらず,炭素量と圧延率のみによってオースフォーミングによる強化量が決まっている。この結果は,前述した通り,オースフォーム時に再結晶,回復,炭化物析出といった温度依存性がある現象は生じておらず,オーステナイトの加工組織およびそれが変態組織へ及ぼす影響のみがオースフォーミングによる強化と関係していることを示唆している。

Changes in Vickers hardness as a function of thickness reduction by ausforming at 773 K.

Changes in increment of Vickers hardness by ausforming at 773 K as a function of carbon content.

Relationship between Vickers hardness of 10%, 30%, and 50% ausformed 0.02C and 0.1C steels and ausforming temperature.
オースフォーミングによる強度上昇をもたらした主な機構として転位密度の増大が考えられる。Fig.9は各鋼種における773 KでのAF材の転位密度と圧延率の関係を示す。0.02C鋼では圧延率にかかわらずオースフォーミングによる転位密度の変化がほとんど認められない一方で,0.05Cおよび0.1C鋼ではオースフォーミングによりマルテンサイトの転位密度はQ材よりも上昇し,その上昇量は炭素量の増加に伴って大きくなっている。一方,Fig.10は導入される転位密度に及ぼすオースフォーミング温度の影響を明らかにするため,0.02Cおよび0.1C-AF材の転位密度をオースフォーミング温度(723–873 K)で整理した結果を示す。測定値にばらつきが大きいものの,Fig.8の硬さと同様,オースフォーミング温度の影響は確認できず,オースフォームドマルテンサイトの転位密度は炭素量と加工率によって決定されることがわかる。以上の測定結果より,硬さおよび転位密度の炭素量依存性には同様の傾向があり,オースフォームドマルテンサイトの高強度化には転位強化の寄与が大きいことは間違いない。一般に,転位強化された金属材料の強度は,ベイリー・ハーシュの関係33)に代表されるように転位密度の平方根に対して直線的に上昇することが知られている。そこで,オースフォームドマルテンサイトの硬さを転位密度の平方根で整理した結果をFig.11に示す。0.02C鋼ではオースフォーミングによる転位密度変化がほとんど生じないため直線を引くことができないが,0.05Cおよび0.1C鋼ではオースフォーミングによって高密度の転位が導入され,転位密度の平方根に対して直線的に硬さの上昇が生じている。炭素量によってベースの強度レベルに違いはあるものの,直線の傾きに及ぼす炭素量依存性は小さい。硬さの上昇量に対してベイリー・ハーシュの関係が成立することは,オースフォーミングにおける強化機構が主に転位強化で説明できることを意味しており,炭素は固溶強化で基地の強度を底上げすると同時に,転位密度の増大を促進することでAF材の強度に寄与していると言える。

Changes in dislocation densities of martensite as a function of thickness reduction by ausforming at 773 K in 0.02C, 0.05C, and 0.1C steels.

Relationship between dislocation densities of ausformed martensite and ausforming temperature in 0.02C and 0.1C steels.

Relationship between Vickers hardness and square root of dislocation density in ausformed 0.02C, 0.05C, and 0.1C steels.
ここで,転位強化以外の強化機構の寄与について考えてみる。まず粒子分散強化については,本研究で得られたオースフォームドマルテンサイトには析出物が認められなかったことから(前掲Fig.5),その強度への影響を考慮する必要はない。ただし,より高い炭素濃度やV,Moといった炭化物生成元素を含む場合,粒子分散強化の影響が現れる可能性はある2)。結晶粒微細化強化については,オースフォーミングによってブロック幅が微細になっていたことから(前掲Fig.2および4),マルテンサイトの硬さにブロックサイズが影響を及ぼす可能性は考えられる。しかしながら,顕著にブロック幅の微細化を生じた0.02C鋼では硬さ上昇がわずかであり,大きく硬さが上昇した0.1C鋼ではブロック幅がほとんど変化していなかったことから,その硬さへの寄与は小さく,本研究においてオースフォーミングによる硬さ上昇の炭素濃度依存性を議論するに当たり,結晶粒微細化の影響を考慮する必要はないと判断される。最後に固溶強化については,オースフォーミングによってMs点が変化すると,自己焼戻しの程度によって固溶炭素量が変化し,マルテンサイトの強度に及ぼす固溶強化の寄与が変化する可能性がある。実際にTsuzakiら34)はFe–9Mn合金を773 Kでオースフォームすると,オーステナイトの加工安定化が生じてMs点が低下することを報告している。また,Heら35)はFe–0.2C–1.5Mn–2Cr合金を823 Kで圧縮加工したとき,加工率が20%以下の時はMs点が上昇し,さらに加工率が大きくなるとMs点が低下することを報告している。しかしながら,それらのMs点の変化量は±15 K程度であり,圧延率によって自己焼戻しによる固溶炭素量の変化が生じたとしても,その影響は僅かであると考えられる。以上の考察からも,本鋼種におけるオースフォーミングによるラスマルテンサイトの強度上昇は,転位密度の上昇,すなわち転位強化量の変化によってほぼ説明できると結論される。
3・4 オースフォーミングによる転位導入挙動と炭素量の関係従来,オースフォーミングによる転位密度の増大は,オーステナイトに導入された転位が変態後も引き継がれるためと説明されてきた。つまり,焼入れによるマルテンサイト変態で導入される転位密度にオースフォーミングで導入された転位密度が加算されるという考え方である。しかし,オースフォーミングで導入された転位が変態時に消失したり,あるいは可動転位として働き,補足変形を担ったりするようなことがあれば,マルテンサイト変態によって新たに導入される転位は減少し,オースフォーミングによる転位密度の増大は抑えられると予想される。そのような考え方に基づいて,無加工で焼入れたマルテンサイトの転位密度;ρα'Q,オースフォーミングによりオーステナイトに導入される転位密度;ργAF,およびオースフォーミング後に焼入れされたオースフォームドマルテンサイトの転位密度;ρα'AFをそれぞれ考えると,その収支として以下の3つのケースに分類できよう。
(1)オーステナイトに導入された転位がマルテンサイト変態後も全て引き継がれ,それとは別に補足変形によって転位が新たに導入される。この場合,ρα'Q+ργAF=ρα'AFの関係が成立する。
(2)オーステナイトに導入された転位が格子変形時に引き継がれるが,その転位が補足変形を担うため,新たに導入される転位は減少する。この場合,ρα'Q+ργAF>ρα'AFの関係が成立する。
(3)オーステナイトに導入された転位が,格子変形時あるいは補足変形時に一部または全て消失する。この場合もρα'Q+ργAF>ρα'AFとなる。
ρα'Qとρα'AFについては既に測定結果を示しているので,ここではその場加熱中性子回折実験によりオースフォーミング直後のオーステナイトに対してργAFを測定した結果を示す。なお,装置の仕様上,オーステナイト化処理は1273 K,オースフォーミング温度は加工しやすい873 Kとした。Fig.12は0.02Cおよび0.1C鋼におけるオースフォーミング前後のオーステナイトの中性子回折ピークの半価幅を示す。オースフォーミングに伴う転位導入により,両鋼種とも同程度にオーステナイトの半価幅が増加している。ργAFをCMWP法により算出したところ,0.02Cおよび0.1C鋼でそれぞれ4.2×1014 m−2および4.8×1014 m−2とほぼ同等であり,この段階では炭素量依存性が現れなかった。また,これらの値は最終的に得られるオースフォームドマルテンサイトの転位密度の1/10程度にすぎない。

Full width at half maximum for neutron diffraction peaks of austenite measured before and after ausforming at 873 K in 0.02C and 0.1C steels.
ρα'Q+ργAFおよびρα'AFをそれぞれFig.13に棒グラフで示す。ただし,ρα'AFについては測定値のばらつきが大きかったため,各温度での50%AF材の平均値としている。まず0.02C鋼に着目すると,ρα'AFがρα'Q+ργAFに比べて明らかに低くなっている。これは上記の(2)または(3)のケースであり,既存の転位が補足変形を担った可能性,または変態時に消失した可能性,あるいはその両方を考える必要がある。それに対して炭素を含む0.1C鋼では,ρα'AFがρα'Q+ργAFを上回り,4.4×1014 m−2ほど大きくなっている。オースフォーミングによる転位密度上昇量がργAF以上の値になったということは,単に転位が引き継がれるというケース(1)の状況に加えて,既存転位がオースフォーミング後の焼入れで導入される転位の量を増大させたことに起因すると考えざるを得ない。

Comparison among ρα'Q, ργAF, and ρα'AF in 0.02C and 0.1C steels. ρα'Q: dislocation density of martensite formed by quenching without ausforming, ργAF: dislocation density of ausformed austenite measured via in-situ neutron diffraction, ρα'AF: dislocation density of ausformed martensite.
以上の結果に基づいて,オースフォーミングによる転位密度の上昇機構の炭素濃度依存性に関する考察をFig.14に模式的にまとめた。オースフォーミングによってオーステナイト中に導入される転位密度は炭素濃度によらずほぼ一定であるが,その後の焼入れで得られるオースフォームドマルテンサイト中の転位密度には強い炭素濃度依存性が現れる。炭素濃度が低い鋼では,オースフォーミングで導入された転位が比較的自由に運動できることから,それ自身がマルテンサイト変態時の補足変形を担ったり,一部の転位は対消滅を生じたりすると考えられるため,変態後に残存する転位密度が顕著に増大することはない(ρα'Q+ργAF>ρα'AF)。すなわち硬化も生じにくい。一方で炭素を含む鋼では,オースフォーミングで導入された転位が炭素原子に固着されていると考えられるので,可動転位として補足変形を担うことは困難となる。さらにそれらの固着された既存転位が変態時に新たに導入される転位の運動を阻害すると,補足変形時にさらに数多くの転位を運動させることが必要となり,結果的に転位密度の上昇を引き起こすと考えられる(ρα'Q+ργAF<ρα'AF)。その上昇した転位密度がオースフォームドマルテンサイトの硬さを引き上げることになる。

Schematic illustration of dislocation introduction behaviors during ausforming and quenching in low- and high-carbon steels. ρα'Q: dislocation density of martensite formed by quenching without ausforming, ργAF: dislocation density of ausformed austenite measured via in-situ neutron diffraction, ρα'AF: dislocation density of ausformed martensite.
本研究で用いた供試材では炭素濃度が0.1%までに限られていたが,実用的にはさらに高濃度のマルテンサイトが対象となる場合も想定される。炭素濃度が0.1%以上に高められた場合に今回の結果がどのように変化するかは定かではないが,Fig.13の結果から,0.1%Cですでにオースフォーム時に導入された転位の全てがオースフォームドマルテンサイトに引き継がれる状態が実現されている。それ以上に炭素含有量を増やしても,固溶強化による鋼の硬化は生じるであろうが,オースフォーミングによる転位密度の上昇,ならびにそれによって硬化量を高めることは,少なくとも本合金系においてはあまり期待できないと思われる。一方,今回の実験結果は炭素量と同時に圧延率が大きな影響を与えることを示した。したがって,マルテンサイト鋼のオースフォーミング効果をより高めるには,適度な炭素量(~0.1%C)と,なるべく大きな加工率が重要であると結論できる。最後に加工温度について,本研究では873 K以上の高温でのオースフォーミングの影響の調査には至らなかったが,工業的には回復や再結晶が起こりうる高温での加工の可否が重要になるであろう。873 K以上でのオースフォーミング効果については今後の課題である。
ラスマルテンサイト組織を有し,過冷オーステナイトのフェライト変態を生じにくいFe–5%Mn–C合金を用いて,オースフォームドマルテンサイトの硬さや転位密度に及ぼす炭素量,圧延率,圧延温度などの影響を調査し,オースフォーミングによる鋼の強化機構ならびに転位の引き継ぎについて考察した。得られた結論は以下の通りである。
(1)ラスマルテンサイトのブロックはオースフォーミングにより微細化される傾向にあり,とくに無加工での焼入れにおいて粗大なブロックが形成される低炭素鋼における微細化効果が顕著である。
(2)オースフォーミングによるラスマルテンサイトの硬さの上昇量は,オーステナイト域での圧延率が高くなるほど増大する。炭素をほとんど含まない鋼(0.02%C)では圧延率の影響は小さいが,炭素量が増加するほどその上昇傾向は大きくなる。
(3)オースフォーミングによるラスマルテンサイトの硬さ上昇は転位密度と対応しており,得られる硬さは転位密度の平方根に対して直線的に増大する。すなわち,オースフォーミングによる硬化は転位密度の増加によって説明され,硬化に及ぼすブロックの微細化や固溶炭素量の変化の影響は小さい。上記結言(2)に記した炭素量増加に伴うオースフォーム材の硬化量の増大は,転位密度の増大が炭素添加により促進される効果による。
(4)オースフォームされたオーステナイトの転位密度は,炭素量にかかわらずほぼ一定であり,その値はその後の焼入れで得られるオースフォームドマルテンサイトの転位密度の1/10程度に過ぎない。
(5)炭素をほとんど含まない鋼(0.02%C)のオースフォームドマルテンサイトの転位密度は,オースフォームしていない焼入れマルテンサイトの転位密度と同じかやや低い値となった。つまり,低炭素マルテンサイト鋼では,オースフォーミング時に導入された転位が全て引き継がれることはなく,補足変形時にそれ自身が可動転位として運動したか,新たに導入される転位と相互作用を生じて消失した可能性が考えられる。一方,炭素を含む鋼(0.1%C)のオースフォームドマルテンサイトの転位密度は,焼入れマルテンサイトの転位密度にオースフォーミングによってオーステナイト中に導入された転位密度を加算した値よりも大きな値となった。これは,オーステナイトに導入された転位がマルテンサイト変態後に引き継がれただけでなく,固溶炭素に固着された既存転位が補足変形を阻害し,導入される転位の量を増大させた可能性が考えられる。
本研究の遂行に関する利益相反は無い。
本研究におけるTEM観察に際しまして,施設・装置を利用させて頂き,科学的・技術的ご支援を賜りました九州大学超顕微解析研究センターに心から謝意を表します。中性子回折実験は日本原子力研究開発機構のJ-PARC内のMLFに設置されたBL-19「匠」(課題番号:2022I0019)として実施された一部である。