Tetsu-to-Hagane
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Crystallographic Analysis of Lath Martensite in Ferrite-Martensite Dual Phase Steel Sheet Annealed after Cold-Rolling
Hiromi YoshidaShusaku TakagiShota SakaiShigekazu MoritoTakuya Ohba
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2013 Volume 99 Issue 10 Pages 625-633

Details
Synopsis:

Cold-rolled and annealed ferrite-martensite dual phase (DP) steel sheets are a useful material for automotive applications because of their excellent balance of strength and ductility. Although few research papers have examined the crystallography and microstructure of lath martensite in DP steel, the characteristics of lath martensite have been investigated in single-phase martensitic steel. In the present study, the crystallography and microstructure of lath martensite in a ferrite-martensite dual phase were studied using electron microscopy and electron diffraction analysis, and the crystallographic orientation relationship between the ferrite and martensite was analyzed. The main results are as follows: (1) The lath martensite in DP steel consists of some number of packets, and these packets consist of blocks. This structure is the same as the microstructure of single-phase lath martensite. (2) The habit planes of the martensite laths in a packet tend to be parallel to the close-packed plane of the adjacent ferrite grain, whose fraction is about 30%.

1. 緒言

マルテンサイト組織は,古くより焼入れ焼戻し処理を施した機械構造用鋼や厚鋼板などに用いられてきた。昨今では,フェライトとマルテンサイトから成る二相組織鋼(Dual Phase Steel,以降DP鋼と表記)など所謂複合組織鋼にも用いられており,厚鋼板・薄鋼板問わず,マルテンサイトは鋼の組織強化に欠かせない重要な組織のひとつとなっている。超高強度鋼板の開発が盛んな近年では,マルテンサイトの組織構成および力学的特性を評価・把握する重要性が年々増加している。

従来マルテンサイトの組織構造解析に関する研究は種々おこなわれており1,2),特に近年では後方電子散乱図形解析法(Electron Back Scatter Diffraction,以降EBSD法と表記)を用いた解析により,マルテンサイトの組織構成および結晶学に関する新たな知見が報告されている3)。鋼のマルテンサイトには種々の形態があるが,多くの実用鋼では0.2μm程度の厚みを持つ微細なマルテンサイト晶で構成されている「ラスマルテンサイト」が出現する。Fig.1にラスマルテンサイトの組織構成を模式的に示す。ラスマルテンサイト組織は,高温相であるオーステナイトの粒界がそのまま継承され,旧オーステナイト粒界で囲まれた領域は,複数の同じ晶癖面を持つラスの集団であるパケットによって分割されている。パケットは複数のブロックから成り,そのブロックは結晶方位がほぼ同じ微細なマルテンサイトラス(以降,ラスと表記)で構成されている。

Fig. 1.

 Schematic illustration showing structure of lath martensite in low carbon steel.

上述したようなマルテンサイトの組織構成に関する研究は,その多くがマルテンサイト単一組織に関するものであり,DP鋼中に存在するラスマルテンサイトに関しては,パケットやブロックの有無といったその組織構造解析は殆どおこなわれていない。これは従来,ラスマルテンサイトが硬質相であり組織に関係なく変形しないと考えられてきたため,DP鋼中のマルテンサイトの組織構造に関心が払われなかったことが原因と考えられる。例えばSugimotoら4)やKuriharaら5)はDP鋼の延性や破壊,成形性について調査しているが,いずれもマルテンサイトの分布形態に関しての検討であり,マルテンサイト内部組織については考慮されていない。一方近年,Hasegawaら6)はDP鋼中のマルテンサイトの分布と機械的性質の関係について調査し,マルテンサイト分率の上昇によりマルテンサイトの塑性歪が増加することを示している。また,Uejiら7)はラスマルテンサイトの塑性変形組織はラスの並び方によって不均一になることを示している。破壊挙動に関しても,DP鋼中のマルテンサイトが変形して破壊挙動に影響を与えること8)やフェライト−マルテンサイト界面でボイドが発生し,これが連続することで破壊が起こることも示されている9)。最近ではSatoら10)がDP鋼の破面近傍でボイドの発生箇所とマルテンサイトの三次元形態との関係を調べ,マルテンサイトのくびれ部でボイドが発生することを示唆する結果を示している。よって,DP鋼中のマルテンサイトの組織構造やフェライト−マルテンサイトの結晶方位関係を明らかにし,マルテンサイトの変形に関する理解を深めることによって,DP鋼の特性を向上できる可能性がある。

このような観点から,Sakaiら11,12)は熱延材および熱延焼鈍材を用いてDP鋼の組織学的な特徴を明らかにした。一方薄板分野では,板厚や表面外観・表面性状などの観点から,熱間圧延(以降,熱延と表記)後に冷間圧延(以降,冷延と表記)を施し,これを焼鈍して製造された冷延DP鋼が実用的に多く用いられる。そこで,本研究では冷延焼鈍して得られたDP鋼中のマルテンサイトの組織構成を調査し,マルテンサイト単一組織鋼中のマルテンサイトとの相違を明らかにするとともに,フェライトとマルテンサイトの結晶学的な関係を明確にすることを目的とした。

2. 実験方法および組織解析方法

2・1 供試材

供試材は,C-Si-Mn系の低炭素鋼とした。その成分をTable 1に示す。Fig.2には供試材の加工および熱処理履歴を模式的に示す。実験室で溶製した真空溶解鋼を1523Kで溶体化処理後,オーステナイト域で熱延をおこない,室温まで空冷して板厚5mmの熱延材(以降,HR材と表記)を作製した。このHR材を研削して板厚4mmとした後,冷延して板厚2mmの冷延板とし,ソルトバスを用いてフェライト−オーステナイト二相域である1053Kで1.2ks保持後,水冷してフェライト−マルテンサイトのDP鋼サンプル(以降,CA材と表記)を得た。

Table 1. Chemical composition of the steel used (mass%).
CSiMnPSAlN
0.131.52.00.010.0010.030.004
Fig. 2.

 Rolling conditions and heat-treatment diagram of specimens.

2・2 組織解析方法

各試料を切断し,Fig.3に示す圧延面断面(TD面)を耐水研磨紙,アルミナ懸濁液で機械研磨し,コロイダルシリカでバフ研磨した。この研磨面に3%硝酸−アルコール(3%-nital)液による腐食を施し,光学顕微鏡観察をおこなった。また,走査型電子顕微鏡/後方電子散乱図形解析法(JEOL JSM 7001FA/EDAX-TSL OIM Ver.5.3,以降SEM/EBSD法と表記)で組織観察および結晶方位解析をおこなった。また透過型電子顕微鏡(JEOL JEM-2010,以降TEMと表記)を用いて,試料の板厚1/4位置付近の下部組織観察をおこなった。

Fig. 3.

 Schematic illustration showing observed face of specimens.

ラスマルテンサイト単一組織は,複数の組織単位が階層構造を持つことが知られている3,13)。パケットは,組織学的には「同じ晶癖面をもつラスの集団」としているが,結晶学的には「母相オーステナイトと同一最密面平行関係を持つラスの集団」とみなすことができる。また,パケットを平行に分割するように存在するブロックについては,ほぼ同じ結晶方位を持つラスの集団と定義され,ブロック境界は60°程の高角粒界とされている。今回用いた供試材(CA材)はFig.4に示すように微細なフェライト−マルテンサイト組織を有しており,光学顕微鏡でのパケットの観察および同定は困難であったため,パケット・ブロック共SEM/EBSD法で同定をおこなった。

Fig. 4.

 Optical micrograph of a CA specimen (3%-nital etched). The specimen contains martensite regions (gray) and ferrite regions (white). The ferrite grain boundaries are not smooth.

結晶学的に,マルテンサイトの各パケットに含まれるブロックを構成するラスは晶癖面が同じであり,ラスの(011)M共通最密面と[111]M最密方向は,もとのオーステナイトの(111)A最密面,[101]A最密方向と平行であるとするKurdjumov-Sachsの方位関係(以降,K-S関係と表記)を基本に考え,{001}Mおよび{011}M正極点図(Pole Figure,以降PFと表記,下付のAとM,Fはそれぞれオーステナイトとマルテンサイト,フェライトを示す)から,マルテンサイト領域内で共通の最密面を持つ領域をパケットとして同定すると共に,パケット内で方位差5°以内を同じ方位とみなして50~60°前後の高角粒界を形成する境界をブロック境界とした。5°以内を同一方位とみなした理由は,K-S関係の任意のバリアントにおいて,異なるパケットに属し最も結晶方位差の小さいバリアント間の結晶方位差が10.5°であることと,単一バリアント内の結晶方位差は概ね5°以内とみなせる14)ためである。なお,低炭素鋼の場合,ブロックの内部には10.5°の方位差を持つ2種のラスが存在する。これらは結晶学的に異なるラスの集団であり,サブブロックと呼ばれる3)が,今回の解析ではサブブロックの判別はおこなわなかった。

旧オーステナイト領域やパケット径は,画像ソフトウエア(Olympus analySIS FIVE)により各粒の面積を測定し,その平均値の平方根を公称粒径とした。ブロック厚tの測定は,SEM/EBSD法で得られた結晶方位データからパケット中の異なるバリアントのラスの共通最密面法線を求め,同じデータを使った結晶方位図上に法線の投影線を引き,次に長さLの投影線を横切ったブロック境界の数nを数えた。試料面法線と共通最密面法線の角度をθとすると,ブロック厚tは(1)式で表される;   

t=L×sinθ/n(1)

このθが40°以上になるパケットを選択し,Lがパケット内に収まる条件でブロック厚を測定した。

3. 結果

3・1 試料の組織観察

Fig.4にCA材の光学顕微鏡組織を示す。CA材はフェライトとマルテンサイトから成る二相組織であり,その面積分率はフェライト:マルテンサイト=44:56であった。フェライト組織は圧延方向に比較的伸びた形状で,凹凸の多い界面をもっており,その公称粒径は4μmであった。マルテンサイト組織は,粗大なものと微細なものが存在し,フェライト粒界に割り込むように複雑な形状で存在しているものが多かったが,一部でフェライト粒内に孤立して存在するマルテンサイトも観察された。

CA材をSEM/EBSD解析した結果をFig.5に示す。(a)はSEM像であり,(b)はこの視野を菊池図形の鮮明度(Image Quality,以降IQと表記)で示した図である。(c)は(b)内に四角枠で囲った領域を拡大したものであり,(d)では,パケット−1をブロック毎に異なる色で示した。(a)に示されるように,SEM像で一塊に見えるマルテンサイトも,(b)および(c)のIQ像に示すようにミクロには複数個のパケットから構成されており,そのパケットは(d)に示されるように1~数個のブロックで構成されていた。(e)と(f)はそれぞれ(d)内に示したパケット−1中のブロックの方位を{001}MPFと{011}MPF上にプロットした図であり,図中の色は(d)のブロックと対応させている。DP鋼中のマルテンサイトも,従来報告されているラスマルテンサイト単一組織鋼中のマルテンサイトと同じ組織構造を持ち,組織内に含まれるブロック間の結晶方位関係もラスマルテンサイト単一組織鋼と同様に,同じオーステナイト最密面と共通最密面平行関係を持ち結晶方位差がおよそ60°となることが明らかとなった。

Fig. 5.

 (a) SEM image, (b) image quality map, (c) magnified map of the white square in (b), (d) block map of Packet-1 with image quality data, (e) {001}M pole figure and (f) {011}M pole figure of a CA specimen.

マルテンサイトの組織構成を詳細に確認するため,TEMで下部組織を観察した。Fig.6にTEM像の一例を示す。Fig.6(a)は明視野像であり,(b)は電子回折像である。Fig.6(a)中に矢印で挟んだ領域がラスであり,マルテンサイトはラスで構成されていることが確認できた。そのラス厚は100~200nm程度であり,通常の低炭素マルテンサイト組織と同程度のサイズであった。Fig.6(b)の電子回折図形上で共通の(011)Mをもつ複数の方位が観察され,その回折に対応した面とラスの晶癖面が同じであることから,Fig.6(a)中に線で囲んだ領域はパケットであり,複数のブロックが存在することがわかった。なお,Fig.6(b)で水色の矢印で示した回折点はオーステナイトの(111)Aを示しており,マルテンサイトと共にフィルム状残留オーステナイトの存在を示唆するものである。これらの結果から,DP鋼中のマルテンサイト組織はマルテンサイト単一組織鋼と同様の組織構成であることが明らかとなった。また,Fig.6(a)に示されるようなフェライトに挟まれた比較的微細なマルテンサイトは,その厚さ方向にはパケットが一つしか存在しなかった。すなわち,マルテンサイトの厚さは旧オーステナイト粒の厚さと考えられ,それがパケット径にほぼ等しくなっていた。冷延DP鋼中のマルテンサイトはこのような特徴も持つ。

Fig. 6.

 (a) TEM bright-field image of a CA specimen showing the structure of martensite consisting of several packets, (b) electron diffraction pattern taken from Packet-1. The sky-blue and black arrows indicate (111)A.

次にブロック厚を調査した。CA材は前述したように粗大なマルテンサイトと微細なマルテンサイトが混在している組織であった。例えばFig.7に示す領域A,Bが微細なマルテンサイトであり,領域Cが粗大マルテンサイトである。旧オーステナイト粒径は粗大なもので7μm,微細なもので2μmであった。そして,それぞれのマルテンサイトブロック厚は0.65μmと0.46μmであり,旧オーステナイト粒径が小さくなるに従ってブロック厚は薄くなった。これはMoritoら15)がFe-0.2C-2Mn鋼のマルテンサイト単一組織鋼で示した結果や,Sakaiら12)が熱延材を焼鈍して作製したDP組織鋼で示した結果と同様の傾向であった。

Fig. 7.

 Orientation image map with image quality data of a CA specimen showing analysis areas A, B, and C.

3・2 フェライトとマルテンサイトの方位関係解析

一般にラスマルテンサイトはオーステナイト粒界から生成することが知られており16) ,マルテンサイト単一組織鋼ではオーステナイト粒界およびオーステナイト間の結晶方位の拘束によるマルテンサイトのバリアント選択則が生じることが報告されている17)。一方,Sakaiら11,12)は熱延材およびこの熱延材を焼鈍した素材(以降,熱延焼鈍材と表記)を用いて,DP鋼中のマルテンサイトの組織構造およびフェライトとマルテンサイトの結晶方位関係について解析をおこなった結果,マルテンサイトブロックの約半数~40%は,その最密面である{110}M面が隣接するフェライトの{110}F面と平行関係を有するという特徴を持つことを明らかにした。この結果から,DP鋼中のマルテンサイトは隣接するフェライトの方位の影響を受ける可能性が考えられる。本研究では,二相域焼鈍から冷却して生成するマルテンサイトの結晶方位に及ぼすフェライトの影響を明らかにするため,CA材でマルテンサイトとこれに隣接するフェライトとの方位関係を調査した。マルテンサイトのパケットおよびブロックを同定したときと同様に,{001}MPFおよび{011}MPFからマルテンサイトとそれに隣接するフェライト粒の最密面平行関係を確認した。CA材はフェライト−マルテンサイト組織で,全組織に亘って旧オーステナイト粒を確定することが困難であり,且つラスマルテンサイトがパケット単位で観察されることから,同定はマルテンサイトのパケットを単位とした。マルテンサイトパケットに含まれるラスの共通最密面{011}Mとこれに隣接するフェライトの最密面{011}Fの方位差が5°以内であるときに,「マルテンサイトパケットの共通最密面とフェライトの最密面が平行関係をもつ」と判定した。この判定を,方位解析が可能だったパケットに対しておこない,「隣接するフェライトと最密面が平行であるパケット数/判定をおこなったパケット数」を求めてマルテンサイトパケットの共通最密面と隣接するフェライトの最密面が平行である割合とした。最密面同士の方位差を5°以内とした理由は,単一バリアント内の結晶方位差は概ね5°以内とみなせる14)ためである。

Fig.5で示した各パケットについて解析した例をFig.8に示す。{011}MPF中の黒円は結晶方位図中に白円で示すパケット−2の共通最密面を示している。パケット−2の共通最密面は隣接するフェライト(青色)の最密面と平行であることが確認できたが,パケット−1では隣接するいずれのフェライトとも最密面平行関係を持っていなかった。供試材の特徴として,大きな一つのフェライト粒の周囲に,複数の微細なマルテンサイトが存在しており,観察視野の中で比較的大きなフェライトの周囲に存在するマルテンサイトについて解析したが,中にはIQ値が低く指数付けができないマルテンサイトもあった。また,Fig.9に示すように,二次元視野中でフェライト粒内に孤立するように存在するマルテンサイトパケットは,その囲まれているフェライトと最密面平行関係を持たない傾向が認められた。

Fig. 8.

 (a) Orientation image map with image quality data, (b) {001}M and {011}M pole figures of Packet-2 and ferrite in a CA specimen. Packet-2 has a close-packed plane parallel relationship with the adjacent ferrite grain.

Fig. 9.

 (a) Image quality map, (b) orientation image map with image quality data, which is a magnified map of the square in (a), and (c) {001}M and {011}M pole figures of Packets-1 and -2 and ferrite in a CA specimen. Packet-2, which has an island-like shape, does not display a close-packed plane parallel relationship with the adjacent ferrite grain.

このように方位特定できたマルテンサイトパケットについて解析した結果,その3割が隣接するフェライトと最密面平行関係を持っていた。マルテンサイトパケットと隣接するフェライト同士が最密面平行関係を持つ割合は,Sakaiら11,12)が熱延焼鈍材で同様の調査をおこなった結果では40%であったことから,熱延焼鈍材に比べて,今回調査した冷延焼鈍材のマルテンサイトパケットとその隣接するフェライト間での最密面平行関係は希薄であったと言える。

3・3 DP鋼の三次元組織観察

DP鋼のミクロ組織はFig.4に示したように二次元視野では微細で複雑な粒形状であり,Fig.9に示したように,二次元視野中でフェライト粒内に孤立するように存在するマルテンサイトパケットの存在が複数観察された。しかし,このようなマルテンサイトは三次元的には周囲の別なフェライトと隣接している可能性がある。そのため,CA材をコロイダルシリカ懸濁液でバフ研磨後,集束イオンビーム加工で0.2μmずつTD方向に掘り下げ,SEM/EBSD観察を繰り返し,20μm深さまで連続観察をおこない,孤立したマルテンサイトが周囲の別なフェライトと隣接する可能性について検討した。集束イオンビーム加工はGaイオンを用いて30kV,3nAの条件で実施し,SEMによる組織観察およびEBSD測定にはFEI Quanta 3D 200を用いた。

観察結果の一例をFig.10に示す。Fig.10(a)の上段はIQ像,下段は結晶方位図である。 No.1の画像内に矢印で示した黄色いフェライトに着目して視野を掘り下げていくと,No.4の視野でこのフェライト中に異なる方位(紫色)の領域が出現した。IQ像で見ると同一領域にIQ値が低いことを示す黒い領域が現れていることから,この紫色の領域はマルテンサイトであると考えられる。この紫色の領域が観察されていないNo.2と3において,同一視野中にIQ値の低い領域が存在していることがわかる。これは紫色のマルテンサイトによって黄色のフェライトが局所的に塑性変形を受けていることを示している。さらに掘り下げていくとフェライト粒は形状を変え,マルテンサイトもその領域が拡大して複数のフェライト粒と隣接するようになった。No.4の視野で黄色いフェライトとその中に島状に出現した紫色のマルテンサイトはNo.10の視野位置では,桃色の別なフェライトと隣接していた。この結果から,二次元視野でフェライト粒内に孤立して存在しているマルテンサイトも,三次元的に見れば別なフェライトと隣接していることがわかった。また,Fig.10(b)に各視野位置で得られた粒形状を立体的に示したように,二次元視野で複雑な形状をしていたDP鋼の組織は,三次元的にも粒界が非常に複雑になっていた。

Fig. 10.

 (a) Image quality map (upper line) and orientation image map (lower line) in a CA specimen. (b) stereogram in which figures No.1-10 are overlaid sequentially.

続いてこの紫色のマルテンサイトについて周囲のフェライトとの結晶方位関係を解析した。その結果Fig.11に示すように,No.4の視野で黄色いフェライトとその中に島状に出現した紫色のマルテンサイトは最密面平行関係を持っていないが,一方でFig.12に示すようにNo.10の視野では,紫色のマルテンサイトは隣の桃色のフェライトと最密面平行関係を持っていた。この結果から,二次元視野でフェライト粒内に孤立して存在しているマルテンサイトも,三次元的に見れば別なフェライトと隣接しており,そのフェライトとは最密面平行関係を持っている可能性が示唆された。

Fig. 11.

 (a) No.4 orientation image map of Fig.13, (b) orientation image map with image quality data, which is an enlarged map of the square in (a), (c) {001}M and {011}M pole figures showing that a close-packed plane parallel relationship does not exist between the martensite (red) and ferrite (blue) indicated by the double-headed arrow.

Fig. 12.

 (a) No.10 orientation image map of Fig.13, (b) orientation image map with image quality data, which is a magnified map of the square in (a), (c) {001}M and {011}M pole figures showing that a close-packed plane parallel relationship exists between the martensite (red) and ferrite (yellow) indicated by the double-headed arrow.

4. 考察

4・1 旧オーステナイト粒径とブロック厚の関係におよぼす組織の影響

マルテンサイト単一組織においては,ブロック厚の変化は旧オーステナイト粒径と炭素量に依存することが知られている。3章で述べたように,過去のMoritoら15)の報告や,Sakaiら12)の報告同様,本結果も旧オーステナイト粒径が小さくなるに従ってブロック厚は薄くなる傾向が一致した。本研究で測定したブロック厚と同じ手法で測定されたこれらの結果と,本研究の結果をTable 2にまとめ,マルテンサイトのブロック厚に及ぼす旧オーステナイト粒径の影響をFig.13に示す。旧オーステナイト粒径がマルテンサイトのブロック厚に及ぼす影響は,マルテンサイト単一組織鋼とDP鋼とで異なり,同じ旧オーステナイト粒径で比較するとDP鋼の方がブロック厚は小さくなった。マルテンサイト単一組織鋼を調査したMoritoら15)の結果に依れば,Fe-0.2%C-2%Mn鋼では,ブロック厚t [μm]は旧オーステナイト粒径dA[μm]に対し,(2)式が成り立つ;   

t=0.006×dA+ 1.08 [μm](2)

Table 2. Relationship between prior austenite (γ) grain size and block thickness in Fe-C-Mn alloys. (Chemical compositions of materials: this study and Sakai et al.12): Fe-0.13C-2Mn, Morito et al.15): Fe-0.2C-2Mn).
StructureDual phaseSingle phase
StudyThis studySakai et al.Morito et al.
Prior γ grain size [μm]272.7196.314.655190349
Block thickness [μm]0.460.650.60.91.01.21.72.03.4
Fig. 13.

 Relationship between prior austenite (γ) grain size and block thickness in Fe-C-Mn alloys.

一方本研究のCA材およびSakaiら12)の熱延焼鈍材のDP組織では(3)式が成り立ち,その傾きから,DP組織ではマルテンサイト単一組織と比較して,旧オーステナイト粒径が小さくなるとブロック厚が急激に薄くなることが明らかとなった;   

t=0.022×dA+ 0.48 [μm](3)

この相違の理由として,まず,Moritoら15)の用いた鋼と本研究で用いた鋼の成分の違いが考えられる。Moritoら15)の供試材はFe-0.2%C-2%Mnであるのに対し,本研究で用いた供試鋼は,Table 1に示したようにFe-0.13%C-2%Mn-1.5%Siである。DP鋼のマルテンサイト中の元素濃度は,焼鈍中にフェライトとオーステナイトへの元素分配が発生するために供試材の平均組成とは異なる。CA材は,フェライトとマルテンサイトの体積分率が44:56のDP鋼であることから,マルテンサイト中の元素濃度はTable 1に示した供試材成分値と異なり,その炭素量はマルテンサイト分率から計算すると0.23mass%となる。これはMoritoら15)の供試材と同程度の炭素量と判断できる。一方,SiおよびMnについては,Tojiら18)が,本研究で用いた鋼と同一成分の鋼を1073Kでフェライト−オーステナイト二相域焼鈍をおこなった後に焼入れた材料について調査した結果では,1000秒の焼鈍では,Mnはオーステナイト中に2.5%程度まで,Siは定量化されていないが,それぞれフェライト中に濃化することを示している。この結果と,SiがMoritoら15)の供試材には添加されていないことを勘案すると,CA材はMoritoら15)の用いた供試材と比較して,マルテンサイト中のMn量が0.5%,Si量が1%程度多いと考えられる。一方Makiら19) はパケット径に対する合金元素の影響について,炭素以外の合金元素は組織に大きな影響を及ぼさないとしている。今回の本結果とMoritoら15)の供試材における合金元素濃度の相違では,旧オーステナイト粒径とブロック厚の関係に影響する可能性は低いと考える。

もうひとつの可能性として,オーステナイト粒界の凹凸がブロック厚におよぼす影響が考えられる。Fig.4Fig.11に示されるように,CA材の組織はHR材に比べて複雑に入り組んでおり,Sakaiら12)の結果においても,熱延焼鈍材は熱延材に比べ複雑に入り組んでいた。一般的に,ラスマルテンサイトはオーステナイト粒界から現れ,粒界や周囲のオーステナイトとの結晶学的な拘束条件により生じるブロックのバリアントが決定される20)。本試料の場合,オーステナイトの周りにフェライトが存在しオーステナイト−フェライト界面が平滑でないため,ブロック生成の拘束条件が単一組織鋼と異なると考えられる。そのため旧オーステナイト粒径−ブロック厚の傾斜が単一組織鋼とDP鋼とで異なっていたと考えられる。

CA材の組織は,Sakaiら12)の調査したHR材と比べて複雑に入り組んでいた。この異相境界の形態の違いは冷延処理によるものと考えている。これはSakaiら12)の用いたDP鋼は熱延板を焼鈍したものであり,二相域焼鈍時にベイナイトの逆変態もしくはそれに含まれる残留オーステナイトが成長するのに対し,本研究で用いたDP鋼は熱延後に冷延・焼鈍を施して得られたものであり,焼鈍中に回復・再結晶したフェライト或いは未再結晶フェライトから微細なオーステナイト粒が生成および成長したと考えられる。また,フェライトも加工されているため,焼鈍中に回復と再結晶が起こり,局所的な界面の凹凸が現れたと考えられる。

4・2 フェライトとマルテンサイトの方位関係

次に,Sakaiら12)がおこなった実験で示された熱延焼鈍材に比べて,本研究の冷延焼鈍材(CA材)のフェライトとマルテンサイト間の最密面平行関係の割合が低くなった理由について考察する。

第一に冷延・再結晶の影響が考えられる。冷間圧延により,焼鈍前のフェライトに転位が導入され,加熱および焼鈍中に二相域でフェライトからオーステナイト変態する際にフェライトとオーステナイトの方位関係が冷間圧延で入った転位の影響により,K-S関係からずれた可能性がある。もしくは,フェライトからオーステナイトに変態した後に,そのオーステナイト周囲のフェライトが回復・再結晶により方位変化をしていくことで,フェライトとオーステナイトの結晶学的方位関係がK-S関係からずれやすくなったことが考えられる。例えばFig.9のPFを見ると,一つのフェライト粒内部にも方位の広がりが認められる。Sakaiら12)の熱延焼鈍材ではこのような同一フェライト粒内の結晶方位分散はさほど見られない。IQ像を重ねて表示しているFig.7の結晶方位図からは,比較的粗大な一部のフェライト粒内の色が単色になっておらず方位が単一でないこと,また粒内にはIQ値が低いことを示す黒~灰色掛かった箇所が存在して加工組織が残っていることがわかる。すなわち冷間圧延によってフェライトに導入された転位の影響は無視できず,このようなフェライト粒内の方位分布は冷延焼鈍材の特徴とも言える。

第二に,二次元視野での観察限界の可能性が挙げられる。CA材において二相域焼鈍時のフェライト−オーステナイト組織が微細化し複雑になったため,二次元視野でフェライト粒内に孤立して存在するマルテンサイトパケットが,三次元では別なフェライト粒と接していることをFig.10およびFig.11で示した。そして立体的に接しているフェライトとマルテンサイトパケットとの間に最密面平行関係があることをFig.12で示した。すなわち,或る二次元断面視野で隣接するフェライトとマルテンサイト同士が最密面平行関係を持たない場合でも,三次元的に接しているどこかのフェライトと最密面平行関係を持つ場合があると言える。本研究の冷延焼鈍材はSakaiら12)が用いた熱延焼鈍材よりもさらに組織が入り組んでおり,二次元視野ではマルテンサイトと最密面平行関係にある隣接するフェライトを把握できていない割合が多いと考えられる。冷延焼鈍材の最密面平行関係の割合は実際には本研究で得られた値よりも高いことが示唆される。

Shibutaら21)は,その場観察およびセクショニングをおこない,マルテンサイトのパケットは粒界面と角度差の小さい晶癖面が選択される傾向があり,パケット形成に対して粒界が影響を及ぼすことを示唆している。また,Satoら22)は,DP鋼中のマルテンサイトについて三次元観察し,焼鈍温度条件によりマルテンサイトが様々な形態をとることを示している。組織が微細であることが多い高強度冷延鋼板におけるDP組織中のマルテンサイトに関して結晶学的組織解析をする際には,三次元観察によるフェライト粒との方位関係の同定が必要であると考える。

5. 結言

冷延焼鈍後のフェライト−ラスマルテンサイト二相組織鋼とラスマルテンサイト単一組織鋼中のマルテンサイトの組織構成の相違および二相鋼中のフェライトとラスマルテンサイトの結晶学的な関係に関する研究をおこない,以下のことが明らかになった。

(1)二相鋼に含まれるマルテンサイトは,パケットとその中に含まれるブロックから構成され,マルテンサイト単一組織と同じ構造をもつことが明らかとなった。

(2)マルテンサイトパケットとこれに隣接するフェライトとの間の方位解析をおこなった結果,パケットの共通最密面とフェライトの{110}面は30%程度の割合で平行関係を持っていた。また冷延焼鈍材は熱延焼鈍材と比較して最密面の平行確率が低かった。その理由について考察した結果,冷間圧延の影響により,焼入れ前のフェライトとオーステナイトの方位関係がK-Sの関係からずれた可能性が考えられた。さらに,二次元観察ではマルテンサイトが隣接するフェライトと最密面平行関係を有していない場合でも,三次元解析により,最密面平行関係を有する別のフェライトと隣接している場合が確認された。このような方位解析の実施には,二次元のみならず三次元的に組織を考える必要性が示唆された。

(3)熱延板を冷延焼鈍したDP鋼では,従来のマルテンサイト単一組織鋼での結果に比べ,マルテンサイトのブロック厚が薄くなる傾向があった。この原因は冷間圧延組織を焼鈍することにより,オーステナイト粒界の凹凸が多くなるためと考えられる。

謝辞

本研究の一部(三次元組織解析)は,東北大学 金属材料研究所と島根大学との共同研究 (森戸,課題番号08K0095,09K0016)による結果を使用させていただきました。

文献
 
© 2013 The Iron and Steel Institute of Japan

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