Tetsu-to-Hagane
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Effect of Prior Heat Treatment and Machining Condition on the Surface Carbon Concentration in Gas Carburized Nb-Bearing Case Hardening Steel
Yutaka EtoMinoru UmemotoMasakatsu Yoshida
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2013 Volume 99 Issue 9 Pages 564-572

Details
Synopsis:

In our previous paper, we reported that the surface carbon concentration (Cs) in carburized Nb-bearing steel (SCM420Nb) decreases substantially with increasing machining speed before carburizing. In the present study, a systematic study was made to clarify the effect of the hardness of starting material and the effect of machining condition (cutting depth, cutting speed, feed per revolution) on the Cs. It was found that the Cs in eleceropolished Nb-bearing steel was reduced from 1.0% to 0.7% with the change with microstructure from Ferrite + Pearlite to Martensite (in other words, with the increase in hardness). It was also found that the Cs in Ferrite + Pearlite Nb-bearing steel decreases almost linearly with the increase in logP (P:cutting power). To obtain normal Cs in high speed machined Nb-bearing steel, two methods were shown to be effective, removal of severely deformed surface layer by polishing and oxidation treatment at about 600ºC in air prior to gas-carburizing. The formation of Cr oxide layer was observed only on the surface of specimens exhibited abnormally low Cs. Thus, it was concluded that abnormally low Cs observed in Nb-bearing steel was due to the formation of Cr oxide layer during gas-carburizing which prevent the carbon atoms enter into steels.

1. 緒論

歯車部品や軸部品など自動車に用いられる動力伝達部品の多くは,機械加工で成形された後に熱処理が施され,疲労強度や耐摩耗性などの機能が付与されている。部品の製造に対しては常に生産性の向上が求められており,熱間鍛造や冷間鍛造によるニアネットシェイプ化,機械加工においては切込み量,周速,送り速度などが上げられ,結果として高負荷切削加工となってきている。また,機械加工後の熱処理としては大量生産性に優れ,操業も容易であることからガス浸炭焼入れが工業的に広く利用されている1)。しかし冷間鍛造後にガス浸炭を行う場合や,浸炭のサイクルタイム短縮による生産性向上を目的として高温浸炭を施す場合などには,オーステナイト結晶粒の粗大化が問題となることがある2,3,4,5)。旧オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する方法として,Nb6,7,8),Ti9),またはAl10)などの炭窒化物によるピンニング効果が工業的にも活用されている6)。これに伴って,Nb等のマイクロアロイを添加した鋼の高負荷切削加工がその後の浸炭挙動に与える影響の研究が重要になってきている。

筆者らは,ガス浸炭後の表面炭素濃度(以下,Cs)に対するNb添加と浸炭前の切削加工条件の影響について研究した。その結果,Nbを含まないSCM420鋼(以下,Nb無添加鋼)では,ガス浸炭後のCsに対して浸炭前の切削加工条件の影響は小さいが,Nbを微量添加したSCM420鋼(以下,Nb添加鋼)を高負荷切削加工した後にガス浸炭焼入れを施すと,Csが所定の濃度の半分以下に異常低下する11)ことを明らかにした。しかし,素材硬さや切削加工因子がCsに与える影響やCsの異常低下を防ぐ方法については明らかになっていない。そこで本研究では,切削加工前の素材硬さおよび切込み量,周速,送り速度の加工因子がCsに与える影響について定量的に明らかにするとともに,Nb添加肌焼き鋼の,Csの異常低下を回避するための加工方法や熱処理方法を明らかすることを目的に行った。

2. 実験方法

本研究には前報11)と同じJIS G4053 SCM420(Nb無添加鋼)と,SCM420をベースとして結晶粒粗大化抑制のため0.06%Nbを微量添加したSCM420Nb(Nb添加鋼)を用いた。本研究に用いた供試材の化学成分をTable 1に示す。受け入れ材はφ65mmに熱間圧延後空冷したものである。切削加工時の試験片の硬さを変えた実験には,受け入れ材と,受け入れ材をFig.1(a)に示す条件で加熱し油焼入れした材料(以下,油焼入れ材),およびFig.1(b)に示す条件で加熱し水焼き入れした材料(以下,水焼き入れ材)を使用した。これらの素材からFig.2に示す直径の異なる部分を持つ円柱状試験片に機械加工した。

Table 1. Chemical composition of materials (mass%).
CSiMnPSCrMoNb
SCM420 (Nb free steel)0.210.240.820.0170.0270.980.150
SCM420Nb (Nb-bearing steel)0.210.250.740.0210.0201.120.160.06
Fig. 1.

 Heat treatment processes (a) Oil quench (b) Water quench.

Fig. 2.

 Schematic illustration of specimen.

熱処理が異なる3種類の試験片を切込み量,周速,送り速度を変えて切削加工した後,連続ガス浸炭炉にてガス浸炭焼入れを行った。切削加工ではφ50mm部をクランプし,φ60mm外径部を旋削加工した。加工には超硬チップ(サンドビックCNMG120408-MM 2025)を用い,(株)森精機製NL-2500にて湿式旋削加工を行った。加工条件としては切込み量を0.1, 1.0, 2.0mmの3水準,周速を0.8, 3.0, 5.8m/sの3水準,送り速度を0.1, 0.3, 0.5mm/revの3水準に変化させ,各水準の組み合わせにより全27種類の旋削加工を行った。本研究で用いた超硬チップは通常の切削加工では切込み量は0.5mm程度,周速は3.3m/s程度,送り速度は0.2mm/rev程度で用いられることが多い。本研究では,通常の切削加工条件を中心に,加工負荷の広い範囲をカバーした。ガス浸炭焼入れ条件をFig.3に示す。ガス浸炭焼入れはDOWAサーモテック(株)製ローラーハース型連続ガス浸炭炉にて950°Cで合計13.2ks浸炭し,その後150°Cに保持した油にて焼入れを行った。浸炭ガスとしてはプロパンガスを使用した。なお,Fig.3のCPはカーボンポテンシャル(Carbon Potential)を示す。また,浸炭挙動に対する切削加工後の熱処理の影響を検討するために,切込み量2.0mm,周速5.8m/s,送り速度0.5mm/revの高速加工条件で切削加工した試験片を,電気炉を用いて大気中で200°C,600°C(以下,200,600°C加熱酸化部品)で処理した後取り出して空冷した試料,真空炉を用いて5×10−3Pa以下の雰囲気で200,600°C(以下,200,600°C真空加熱部品)で加熱処理した後100°C以下になるまで炉冷し,その後空冷した試料,また,常温の飽和食塩水に48h浸漬した後,取り出して乾燥することを3度繰り返し,計144h浸漬し酸化させた試料を作製した。電気炉での200°C処理については7.2ksおよび10.8ks,600°C処理については3.6ks保持した。酸化温度を600°Cより高くすると,試験片表面が酸化スケールにより大きく荒れたため600°Cを最高加熱温度とした。また,真空炉での200°C,600°C処理について3.6ks保持した。これらの試料をFig.3に示す条件でガス浸炭焼入れを行った。本研究で作製した試験片の処理とその処理順序をFig.4にまとめて示す。

Fig. 3.

 Gas-carburizing process.

Fig. 4.

 Flow chart of specimens preparation.

ガス浸炭焼入れ後,試料を電子線マイクロアナライザ(EPMA)による炭素濃度分布測定,マイクロビッカースによる硬さ測定,光学顕微鏡および電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)による組織観察,X線光電子分光法(XPS)による表面化学組成の同定に供した。なお,硬さ測定では,断面の硬さ測定には2.94N,試験片表面の硬さ測定には98Nの荷重を用いた。また,組織観察には腐食液として5%ナイタルを用いた。

3. 実験結果および考察

3・1 熱処理による切削前組織と硬さの変化

Fig.5にNb添加鋼の受け入れ材,油焼入れ材,および水焼き入れ材の光学顕微鏡組織,また各熱処理材から作製した試験片(各27個)の表面硬さをビッカース(荷重98N)により測定した際の平均値を示す。受け入れ材ではフェライト+パーライト組織(以下,F+P組織),油焼入れ材ではフェライト+ベイナイト組織(以下,F+B組織),水焼入れ材ではマルテンサイト組織(以下,M組織)となっていることがわかる。硬さ測定は切削加工前の試験片の最表面に対して行った。F+P組織の受け入れまま材の平均硬さはHv172,F+B組織の油焼入れ材の平均硬さはHv277,M組織の水焼入れ材の平均硬さはHv382であった。

Fig. 5.

 Microstructures of samples. (a) As rolled (b) Oil quenched (c) Water quenched.

3・2 無加工浸炭材の炭素濃度分布におよぼす組織(硬さ)の影響

Nb添加鋼の無加工浸炭材の浸炭挙動を調べた。熱処理の異なる3種類の試験片を用いて,切削加工前の試験片表面を電解研磨により40μm程度研磨し,理想的な無加工状態とした(Fig.4 プロセスC)。その後,試験片(以下,電解研磨材)をガス浸炭し(以下,電解研磨浸炭材),炭素濃度分布をEPMAで測定した。その結果をFig.6に示す。各熱処理材での電解研磨浸炭材のCsを比較すると,F+P組織の受け入れ材ではCsは1.02%,F+B組織の油焼入れ材ではCsは0.85%,M組織の水焼入れ材ではCsは0.72%と,低温変態組織になる程Csが低下することがわかった。鋼内部への炭素濃度の分布はCsと良い相関を示しており,表面から一定の距離における炭素濃度の低下は炭素の拡散が阻害されているのではなく,Csの低下が原因であることがわかる。ガス浸炭では,オーステナイト単相温度域であるA3点以上まで加熱し炭素を浸入拡散させるので,浸炭前の素材組織の影響は受けないと考えられる。今回,電解研磨浸炭材で初期組織がマルテンサイトの場合Csの低下が認められたことから,Csの異常低下を引き起こす原因は,金属組織の影響が残っている浸炭の加熱中のA3点以下で発生していると考えられる。つまりマルテンサイト組織のように多くの格子欠陥を含む場合には,電解研磨材であっても切削加工の場合と同様にCsが低下すると考えられる。

Fig. 6.

 Measured carbon concentration profiles of SCM420Nb specimens carburized after electropolishing.

3・3 表面炭素濃度におよぼす素材組織(硬さ)および加工条件の影響

熱処理の異なる3種類の試験片を種々の加工条件で切削加工した後に浸炭焼入れを施した際のCsをEPMAにより測定した。Fig.7に切削加工前の素材硬さとCsの関係をまとめて示す。Fig.7(a)にはNb添加鋼の受け入れ材,油焼入れ材,水焼入れ材における電解研磨浸炭材と種々の条件で切削加工した全ての試験片のCsを示す。まず,Nb添加鋼の電解研磨浸炭材では,Csは図中に点線で示すようにF+P組織では1.02%と所定の値であるのに対して,F+B組織では0.85%,M組織では0.72%となっており,低温変態組織になるにつれてCsが低下することがわかった。次に,Nb添加鋼の切削加工試験片においては,いずれの熱処理材においてもCsの分布は0.4~0.8%の範囲にあり,本研究の結果からはCsの値に対して素材硬さの影響は小さいことがわかった。今回行った最も低速な加工条件(切込み量0.1mm,周速0.8m/s,送り速度0.1mm/rev)でのCsを破線で,ほぼ中間の加工条件(切込み量1.0mm,周速3.0m/s,送り速度0.3mm/rev)のCsを実線で示す。両者を比較すると,すべての素材硬さで加工負荷が大きいとCsは低くなる傾向にあることがわかる。また,通常の操業に近い加工条件(切込み量1.0mm,周速3.3m/s,送り速度0.2mm/rev)よりも高速な加工条件で加工した際のCsを黒く塗り潰して示す。黒く塗り潰した点はCsが低いところに集中している。以上の結果から,通常の操業においてもCsの異常低下が起こり得ると考えられる。一方,Fig.7(b)には,Nb無添加鋼の3つの熱処理材の電解研磨材と加工負荷の最も高い条件(切込み量2.0mm,周速5.8m/s,送り速度0.5mm/rev)のCsを示す。Nb無添加鋼では,いずれの熱処理材においても加工負荷の最も高い条件で加工した場合でもCsの値は1.0%程度となっており,Csの低下は殆ど認められない。この結果から,Csの異常低下にはNbの存在が大きく影響していることがわかる。また,各熱処理材において電解研磨浸炭材のCsを比較すると,Nb無添加鋼の電解研磨浸炭材では,素材組織(硬さ)が異なってもCsは殆ど変わらない。

Fig. 7.

 Relationship between Vickers hardness and surface carbon concentrations after carburizing in (a) SCM420Nb and (b) SCM420.

3・4 F+P組織のNb添加鋼の表面炭素濃度と切削加工条件の関係

Fig.8にF+P組織(受け入れまま)のNb添加鋼を種々の加工条件で加工した後に浸炭した際のCsの値を,横軸に切削速度,縦軸に送り速度を取ったグラフに示す。Fig.8(a)は切込み量0.1mm,Fig.8(b)は切込み量1.0mm,Fig.8(c)は切込み量2.0mmである。図中のプロットの横の数値はそれぞれの加工条件におけるCsの値を表す。実線はCs=0.6%の境界,破線はCs=0.5%の境界を示す。Fig.8より,図の左下の領域ほどCsの値が高く,右上に行くほどCsの値が低下する傾向にあることがわかる。また,切込み量が大きくなるにつれて,Cs=0.6%,Cs=0.5%を示す境界線が左に移動しており,切込み量2.0mmではすべての条件でCs<0.6%であった。つまり,切削加工条件が高速である程その後のガス浸炭でのCsが低下し,切込み量2.0mmでは周速と送り速度の値を小さくしても,Csが0.6%を超えないことを示している。

Fig. 8.

 Relationship between surface carbon concentration, cutting speed and feed per revolution (cutting depth=(a) 0.1mm, (b) 1.0mm and (c) 2.0mm) in SCM420Nb.

次に,Csを切込み量,周速,送り速度の関数として重回帰分析を行い,次式を得た。   

Cs=1.02{0.37+0.05CD+0.03CS+0.11FR0.30(CD1.03)(FR0.30)}(1)

ここで,

Cs:ガス浸炭後の表面炭素濃度(mass%)

CD:切込み量(mm)

CS:周速(m/s)

FR:送り速度(mm/rev)

である。

(1)式により求めたCsの計算値と実験値との比較をFig.9に示す。実験値と計算値との差は最大で0.1%程度であり良好な一致を示す。(1)式からも,切込み量,周速,送り速度を上げて加工条件を高速にするほどCsが低下することがわかる。また,Csの低下に対する切削加工因子の影響は,送り速度が最も大きく,続いて切込み量,周速の順であった。実操業において,切削加工条件からある程度Csを予測することができれば,所望のCsを得るための切削加工条件設定の簡素化や浸炭後の品質の安定化が期待される。また,所定の部位のみ強切削加工を施すことによってCsの値を下げられる可能性があるため,切削加工の防炭への応用も期待される。

Fig. 9.

 Relationship between measured and calculated value of surface carbon concentration in the F+P specimens.

本研究の結果,切削加工条件が高速になる程,Csが低下する傾向が明らかになった。そこで,加工条件から推定される切削動力とCsの関係について検討した。切削動力は(2)式12)で表される。   

P=(CDCSFRKc )/(1000η) (2)

ここで,

P:切削動力(kW)

CD:切込み量(mm)

CS:周速(m/s)

FR:送り速度(mm/rev)

Kc:比切削抵抗(MPa)

η:機械効率係数(本研究ではη=0.8として計算)

である。また,比切削抵抗Kcの値は,SCM材では送り速度FRが0.1,0.3,0.5mm/revの時それぞれおよそ3610,2880,2550MPaである12)。比切削抵抗Kc(MPa)は,送り速度FR(mm/rev)×切込み量CD(mm)で求まる切削断面積1mm2あたりの切削抵抗(kgf)を表す。F+P組織の受入れ材を種々の切削加工条件で加工した場合のP値を(2)式により計算した。計算で求めたPの値とCsの関係をFig.10に示す。Fig.10より,切削動力Pが大きくなる程,Csが低下する傾向にあることがわかる。また,CsとPの関係は重回帰分析の結果次式で表されることがわかった(Fig.10中の実線)。   

Cs(%)=0.50.1logP(kW)(3)

Fig. 10.

 Relationship between cutting power (P) and surface carbon concentration (Cs).

3・5 ガス浸炭後のSEMによる組織観察およびXPSによる表面組成分析

Nb無添加鋼およびNb添加鋼において,高速加工浸炭材(切込み量2.0mm,周速5.8m/s,送り速度0.5mm/rev)の組織をSEMにより観察した結果をFig.11に示す。表面組織から,Nb無添加鋼では平均粒径500nmの粒状生成物が認められる。粒状生成物以外の部分はFig.11(c)に示すように,高倍率で観察すると不完全焼入れ組織のパーライトが観察されることから,鉄基地であることがわかる。一方,Nb添加鋼では表面が粒状生成物で一様に覆われており,鉄基地は観察されない。また,断面組織から,Nb無添加鋼では試料表面の所々に粒状生成物が観察されるが,Nb添加鋼では表面全体が250~500nm程度の厚さの皮膜により覆われていることが認められる。試料表面で観察されたこれらの粒状生成物および皮膜はXPSにより組成を同定した。Nb添加鋼において,高速切削加工後(ガス浸炭前)および高速切削加工後ガス浸炭を施した試料表面をXPSにより分析した結果をFig.12にそれぞれ点線と実線で示す。金属CrにおいてCr2p3/2およびCr2p1/2のスペクトルのピークはおよそ574.4eV,584.2eVであり,Crが酸化物として存在する場合のCr2p3/2およびCr2p1/2のピークはそれぞれおよそ576.5~579.5eV,586.3~589.3eVである。ガス浸炭前(切削加工後)とガス浸炭後の試料において観察されたピークは,ガス浸炭前で574.4と584.2eV,ガス浸炭後で577と586.5eV付近であり,このことはガス浸炭前ではCrは金属Crとして存在し,ガス浸炭後ではCrは酸化物として存在していることを示している。Cr酸化物は切削加工中の加工発熱によっても生成する可能性が考えられるが,本実験において最も高速な切削加工条件で加工した場合でも,ガス浸炭前にはCrは金属Crとして存在していることから,本実験で行った加工条件範囲では,Cr酸化物は加工中には生成しないことがわかった。これらのことから,Fig.10に示すように切削動力が大きくなる程Csが低下する原因は,加工中のCr酸化皮膜の形成ではないことが明らかとなった。切削動力が大きくなる程Csが低下する原因は,切削加工により格子欠陥密度が増加し,ガス浸炭中のCrの拡散が促進されることでCr酸化皮膜の形成が容易になったためと考えられる。また,Nbを添加することで浸炭中のCr酸化皮膜の形成が促進されることが明らかになった。一般にCr酸化物は炭素を殆ど固溶せず,炭素はCr酸化物中を拡散することができない13)。従ってNb添加鋼でCsが大きく低下した原因は,浸炭中に試料表面全体を覆うCr酸化皮膜が形成され,浸炭ガスから鋼への炭素の浸入が妨げられたことにあると考えられる。また,マルテンサイト組織や高速加工組織は粒界や転位などの格子欠陥を含んでおりCr原子の材料表面への拡散を促進し,Cr酸化皮膜の形成を助長したと考えられる。本研究で使用した鋼材のCr濃度は約1.0%であり,このように低いCr濃度でCr酸化皮膜が鋼材表面全体を覆い,浸炭を阻害するという報告は見当たらない。

Fig. 11.

 SEM images of specimens carburized after high speed machining. (a)(c) Surface and (d) cross section in Nb free steel, (b) surface and (e) cross section in Nb bearing steel.

Fig. 12.

 Cr2p photoelectron peaks for the surface of high speed machined SCM420Nb before and after carburizing.

3・6 Nb添加鋼における表面炭素濃度の回復対策

Nb添加鋼では,電解研磨浸炭材でCsが1.0%となる浸炭条件において,切込み量0.1mm,周速0.83m/s,送り速度0.1mm/revの極めて低速な加工によってもCsが0.65%へと大きく低下し,表面硬さも電解研磨浸炭材のHv800程度から740Hv程度へと低下した。加工条件を高速にするにつれてCsはさらに低下し,部品の表面硬さも低下した。切削加工工程の生産性向上のためには,より高速な加工条件にする必要があるが,そうすることにより耐摩耗性などCsに大きく依存する機械特性の低下を招く恐れがある。そこで,高速加工条件でも所望のCsを得る方法を検討した。

1)研磨(polishing)および電解研磨(electropolishing)による表面加工層除去

まず,切削加工した後に加工層を除去する方法について検討した。Fig.2に示す形状の試験片に高速加工(切込み量2.0mm,周速5.8m/s,送り速度0.5mm/rev)を施し,浸炭条件を一定にするため,同一試験片上に①高速加工ままの領域,②切削加工痕がなくなるまで#1200の研磨紙で研磨した領域,および③研磨紙で研磨した後,電解研磨によりさらに加工層を約40μm除去した領域を作製した。本実験の加工手順をFig.4のDプロセスに示す。この試験片をこれまでと同じようにFig.3に示す浸炭条件にてガス浸炭した後,組織観察およびEPMAによる炭素濃度観察に供した。ガス浸炭焼入れ前の加工部の外観写真,およびガス浸炭焼入れ後の断面の光学顕微鏡写真をFig.13に示す。高速加工ままの部分での腐食は淡く浅いのに対して,研磨紙により高速加工層を除去した部分は約0.7mmの深さまで濃く腐食されており,さらに電解研磨した部分は約1.2mmの深さまで濃く腐食されている。そこで,それぞれの表面でEPMAによる炭素濃度分布およびマイクロビッカースによる硬さ分布の測定を行った。Fig.14に炭素濃度分布を測定した結果を示す。Fig.14から,高速加工ままの部分はCsが0.38%であり,Csの異常低下が確認される。これに対して,研磨紙により高速加工層を除去した部分はCsが0.72%となっており,Csの回復が認められた。さらに,電解研磨により加工層を除去した部分ではCsが0.87%となっており,高速加工ままの部分のCsと比較してCsの大幅な回復が認められた。研磨紙により高速加工層を除去した部分のCsが電解研磨した部分のCsと比較して低い理由として,高速加工層は除去されたが,研磨紙による加工の影響が現れた可能性が考えられる。以上の結果から,実際の操業においては,高速加工した場合,研磨により高速加工層を除去することによって,Csおよび硬さを回復させることが可能である。

Fig. 13.

 Optical micrograph of specimen (a) surface before carburizing (b) cross section after carburizing. Pictures of specimen surface are as machined (left), polished 40μm in depth by emery paper (center), and further electropolished 40μm in depth (right).

Fig. 14.

 Measured carbon concentration profiles of SCM420Nb specimens carburized after high speed machining, polished by emery paper and electropolished.

2)切削加工後の熱処理による方法

高速加工したNb添加鋼においてCsを回復させるための対策として,前項では研磨により加工層を取り除く方法が有効であることを述べた。しかし,実際の操業で高速加工層を除去する工程を追加した場合,除去状態の管理が困難である。そこで,機械加工に依らない方法として,切削加工後に熱処理を施した後,ガス浸炭焼入れを行う方法について検討した。耐熱鋼などの高Cr合金では浸炭中に表面に生成する緻密なCr保護被膜の影響で浸炭が進まない,もしくは炭素濃度が低下することが知られている。このような高Cr合金における浸炭対策として,浸炭前に大気中等で加熱し,Cr酸化膜に代えて,ポアやクラックの多い鉄系酸化物を生成させ浸炭する方法が報告されている14,15)。この予備酸化処理が本研究のような1%程度の低いCr濃度であっても有効かどうかを検討した。本研究では,試験片に高速加工(切込み量2.0mm,周速5.8m/s,送り速度0.5mm/rev)を施した後,種々の温度での大気中加熱酸化処理,真空炉を用いた加熱処理(真空加熱処理)および飽和食塩水に浸漬して酸化させた塩水酸化処理を施した後,ガス浸炭を行い浸炭挙動を観察した。加熱酸化処理,真空加熱処理,および塩水酸化処理後の高速加工部表面の状態をFig.15(a)~(g)に示す。200°C加熱酸化部品では処理時間が長くなるにつれ,金属光沢は失わずわずかに赤みが増す傾向であった。600°C加熱酸化部品では完全に金属光沢を失い,表面は灰色であった。真空加熱部品は処理後も表面に金属光沢があり,200°C真空加熱部品では高速加工ままの部品との違いは認められなかった。600°C真空加熱部品は200°C加熱酸化部品と同程度の外観であった。塩水酸化部品は金属光沢を失い,表面は灰色であった。Fig.15(a')~(g')に,高速加工まま,加熱酸化処理および真空加熱処理後浸炭を施した後の断面の光学顕微鏡写真を示す。高速加工ままの部品の腐食は淡く浅く,Csが低下していることがわかる。7.2ks,10.8ks保持した200°C加熱酸化部品では一様に腐食が淡く浅く,Csの回復は認められなかった。600°C加熱酸化部品は全体が濃く腐食されており,Csの回復が認められた。塩水酸化部品においても全体が濃く腐食されており,Csの多少の回復が認められたが,600°C加熱酸化処理部品と比較して腐食は浅かった。次に,それぞれの浸炭後試験片でEPMAによりCsを測定した。Fig.16に処理温度とCsの関係を示す。高速加工ままの部品のCsは0.41%と低い。また,200°Cで7.2ksおよび10.8ks保持した加熱酸化部品はそれぞれCsが0.38%と0.39%となっており,Csは低いままである。一方,600°C加熱酸化部品のCsは0.99%となっており,高速加工ままの部品と比較してCsの大幅な回復が認められた。真空加熱部品は処理温度に関係なくCsは低いままであった。また,塩水酸化部品のCsは0.54%であり,Csの多少の回復が認められた。

Fig. 15.

 Optical micrograph of oxidized SCM420Nb specimens before carburizing. (a) As high speed machined, (b) oxidized in salt water (c) oxidized in air at 600ºC×3.6ks (d) oxidized in air at 200ºC×7.2ks (e) oxidized in air at 200ºC×10.8ks and (f) heated in vacuum at 200ºC×3.6ks (g) heated in vacuum at 600ºC×3.6ks. Cross section pictures after etching. (a’) As severely machined, (b’) oxidized in salt water (c’) oxidized in air at 600ºC×3.6ks (d’) oxidized in air at 200ºC×7.2ks (e’) oxidized in air at 200ºC×10.8ks and (f’) heated in vacuum at 200ºC×3.6ks (g’) heated in vacuum at 600ºC×3.6ks.

Fig. 16.

 Relationship between heating temperature and surface carbon concentration of carburized specimens.

600°Cでの大気中加熱でCsが回復した原因としては,鋼表面にFe酸化物が生成し,ガス浸炭中に炭素の浸入を妨げるCr2O3膜の生成を抑制したことが考えられる。また,常温での塩水酸化でCsが多少回復し,600°C加熱酸化処理でさらに大きくCsが回復したことから,酸化膜の種類もCsに影響を与えると考えられる。真空中の加熱では,雰囲気に含まれる僅かな量の酸素により,加熱中にCr2O3膜がある程度生成しておりCsが低下したことが考えられる。

以上の結果から,切削加工後ガス浸炭を施す前に加熱酸化処理を行うことによって浸炭後に所望のCsを得られることが確認された。ガス浸炭前の加熱酸化処理により部品表面に生成したFe酸化膜は,酸素分圧の低いガス浸炭雰囲気下では還元され,予想される脱炭層も浸炭中に回復する。従って,表面粗さに影響を与えない温度域での加熱酸化処理であれば,ガス浸炭後の面粗度に対して大きな影響を与えないと考えられる。

また,Csの低い場所を部分的に得たい場合には,部品全体を酸化処理した後に,低いCsが必要な部位に対してのみ高速加工を施し,ガス浸炭を行うことで,部分的にCsを低下させることが可能であると考えられる。

4. 結論

本研究ではNb添加鋼(SCM420Nb)とNb無添加鋼(SCM420)の2種類の肌焼鋼を用いて,切削加工前組織および切削加工条件がガス浸炭後の表面炭素濃度(Cs)に与える影響について検討した。また,実操業において所望のCsを得るための対策を検討した。以下に,本研究によって得られた結果を示す。

1.Nb無添加鋼では,切削加工条件によるCsへの影響はほとんど認められなかった。一方,Nb添加鋼では,切削加工条件が高速になる程Csが低下する傾向が認められた。

2.Nb無添加鋼では,素材の組織や硬さに依らず,無加工浸炭材のCsは1.0%程度であった。一方,Nb添加鋼の電解研磨浸炭材では,フェライト+パーライト組織でCsが1.0%であったが,ベイナイトやマルテンサイトの低温変態組織になる程,Csが低下することがわかった。

3.フェライト+パーライト組織のNb添加鋼において,切込み量,周速,送り速度の加工因子によりガス浸炭後のCsを予測する回帰式を導出した。Csの低下にあたえる影響は送り速度,切込み量,周速の順で大きく,Csは切削動力Pの対数に比例して低下することがわかった。

4.Nb添加鋼において,鋼材表面に高速加工を施した場合でも,表面加工層を研磨により除去する方法と,ガス浸炭前に600°C以下の大気中で酸化処理を施す方法により,無加工材と同じ高いCsを得ることが可能であることがわかった。

5.Nb添加による浸炭中のCr酸化皮膜形成の促進が確認された。このことがNb添加材のCs低下の原因と考えられる。

文献
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© 2013 The Iron and Steel Institute of Japan

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