Tetsu-to-Hagane
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Powder X-ray Diffraction Analysis of Lime-Phase Solid Solution in Converter Slag
Ippei NishinoharaNaoki KaseHirokazu MaruokaShoji HiraiHiromi Eba
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2013 Volume 99 Issue 9 Pages 552-558

Details
Synopsis:

X-ray diffraction analysis of converter slag was performed by focusing on the lime-phase solid solution. Solid solutions of Ca1-xFexO and Ca1-xMnxO (0 < x < 1) were prepared by mechanochemical processing or high-temperature solid-state reaction, and the relationships between solid solubility x and lattice parameters were determined. Crystallized lime could be distinguished from undissolved lime by the shift of the diffraction angle associated with the formation of the solid solution. The effect of slag aging treatment with vapor was examined by comparing the solid solubility x and the amount of lime phase in the slag subjected to aging treatment with vapor and in the slag that is not subjected to aging treatment. It was confirmed that x affects the hydration behavior of the lime phase and that crystallized lime with high x tends to remain unchanged even after aging. Moreover, about two-thirds of the lime phase was confirmed to have been removed by hydration as a result of the aging process.

1. 諸言

銑鉄を強靭な鋼に精錬する製鋼過程では,鋼として不要な成分であるSi,P,Sなどを除去するために生石灰(CaO)が添加され,副産物として製鋼スラグが発生する。わが国における製鋼スラグの年間生成量は約1500万tに達し,主にCaOやSiO2を成分とするため道路用路盤材やアスファルトコンクリート用骨材,土工用材・地盤改良材などとして有効利用されている。しかし製鋼スラグの中にはCaOの一部が未反応の状態で残存し,これは遊離石灰と呼ばれ,水和反応(CaO+H2O→Ca(OH)2)を起こすことで約2倍の体積膨張をする。したがってそのまま利用すると道路,コンクリート等の崩壊の原因となるため,鉄鋼メーカーでは生成直後の遊離石灰を含んだ製鋼スラグを屋外で養生することで雨水等により水和反応を促進させるか,または蒸気や高圧蒸気を利用して短期間に反応させ,その後の膨張量を減少させるなど,安定化のためのいわゆるエージング処理を施している1)

一般に遊離石灰量の多い製鋼スラグは膨張性が大きいが,遊離石灰の粒子の大きさ,含有状態,他の化学成分の量によっても膨張量は異なるため,遊離石灰量だけで製鋼スラグの膨張量を予測することは困難である。特に転炉スラグ中の遊離石灰には,精錬過程で一度溶融し凝固過程で再析出した晶出石灰と,溶融しないまま残った未滓化石灰とがあり,晶出部分には二価金属酸化物FeO,MnO,MgOが固溶しやすい。そして水和反応はこれらの固溶度に応じて抑制されると言われている2,3)。したがって固溶度による水和挙動を把握すること,さらに製鋼スラグ中の遊離石灰に二価金属酸化物がどの程度固溶しているかを知ることは,スラグの膨張性を把握し,また適切なエージング処理を行う上で重要である。

本研究では遊離石灰に対する固溶度が高くなりやすいFeO,MnOの固溶体について評価するため,Ca1-xFexOとCa1-xMnxO(0<x<1)を合成し,粉末X線回折法(XRD)により固溶度と格子定数の関係を調べた。つづいて製鋼スラグ試料のXRD測定を行った。遊離石灰に相当するのは純粋なCaO(未済化石灰)と相図上でこれと連続し鉱物学的にライム相と呼ばれる固溶体(晶出石灰)であるので,製鋼スラグのXRDパターンからライム相の回折線に着目して固溶度の見積もりを行った。そしてエージング処理による変化を調べた。ここで固溶体の合成はメカノケミカル法と高温固相反応法の二種類の方法を用いた。後述のとおり,CaOに対するFeOの固溶率は1100°C付近で最大となり10mol%程度である。これより低温では固溶度は低下し,またフェライト相Ca2Fe2O5が出現するため,固溶率の高い固溶体は準安定相である。メカノケミカル法は,機械的エネルギーの付与により室温における準安定相を生成できることが知られており4),固溶体の合成や不純物のドーピングなどにも利用されている。また一般的に高温固相反応では試料内での組成分布が不均一になりやすいため,ここではメカノケミカル法が有利と考えた。

2. 実験方法

2・1 固溶体の合成

原料のCaO(和光純薬工業製,99.9%)はこれに含まれるCa(OH)2を取り除くため,前処理として空気中において800°Cで約8時間以上熱処理を行ってから用いた。

2・1・1 Ca1-xFexO

(1)メカノケミカル法

FeO(高純度化学研究所製,99.9%)とCaOを任意の割合で試料の総重量が0.3~0.6gになるように混合し,ジルコニアボール(直径10mmφ)30gとともに80mLのジルコニア製ポットに入れた。なお周知のとおりFeOは非化学量論相であるため,厳密な化学式としてはFe1-σOなどと書くべきであるが,本論文ではFeOと記すこととする。試料の酸化を防ぐため純アルゴンまたは純窒素(99.995%以上)を用いてポット内部を1気圧の不活性ガス雰囲気に密閉し,遊星型ボールミル(ナガオシステム製,PLANET M2-3F型)を利用し800rpm,15分の条件でミリングした。原料の偏りをなくすため,一旦ポットの蓋を開け,容器の側面に付着した粉末を薬さじで削り落とし800rpm,15分の条件でもう一度ミリングした。生成物のXRDパターンを粉末X線回折装置(マックサイエンス製MXLabo,Cu Kα,40kV-30mA,グラファイト結晶モノクロメータ使用)により測定し,固溶体の形成を確認するともに,格子定数を決定した。なお回折角度は,別途測定した粉末X線回折用標準物質NIST SRM 640d(シリコン粉末)の回折角度を用いて較正した。

(2)高温固相反応法

Abbattistaらの方法5)を参考に合成した。CaOとFeOの粉末を任意の割合で均一になるまで混合したのちペレット状に成型した。このペレットについて,赤外線ランプ加熱炉(ULVAC製,MILA-3000)を用いて不活性ガス雰囲気で1383K,7時間焼成し,高温のまま取り出して液体窒素で急冷した。空気酸化により表面にCa2Fe2O5を形成しやすいため,やすりで表面を削って除去した後,XRD測定を行った。

2・1・2 Ca1-xMnxO

高温固相反応法により,Ca1-xFexOの合成と類似の手順で合成した。CaOとMnO(高純度化学製,99.9%)の粉末を混合しペレット状に成型したものを,不活性ガス雰囲気で1473K,2時間焼成することで得た。

2・2 製鋼スラグ中の遊離石灰の分析

高炉メーカーにおいて実操業によって得られた転炉スラグ試料の分析を行った。エージング前のスラグと,メーカーにおいて一般的な処理法によりエージングしたスラグ(典型的には100°Cの水蒸気により2~4日)について,縮分と74μmアンダーの粉砕を行ったものを試料とした。これらの2試料を(株)コベルコ科研の乾らが蛍光X線法(ガラスビード法)により元素分析した結果(酸化物換算)をTable 1に掲載する。このスラグの塩基度(CaO/SiO2比)は3.5前後である。

Table 1. Chemical composition of converter slag used in the present experiments (wt%).
Slag sampleT-FeSiO2CaOAl2O3MgOP2O5TiO2MnOCS
Before aging16.7214.6148.912.192.962.5740.241.860.460.075
Aged slag19.5112.4845.082.433.402.7540.172.170.800.05

2・2・1 エチレングリコール抽出法による遊離石灰の定量

製鋼スラグ中の遊離石灰を定量するための方法として,1981年に社団法人日本鐵鋼連盟スラグ資源化委員会・製鋼スラグ専門委員会がまとめた製鋼スラグのフリーライム分析試験鉄連統一法6)があり,エチレングリコールによる抽出を用いるEG法として採用されている。EG法ではスラグ中のCaOおよびライム相がほぼ完全に抽出される一方,カルシウム・シリケ−ト系,カルシウム・フェライト系等他の鉱物中のカルシウムはほとんど抽出されないことが報告されている。本研究ではまず遊離石灰のEG法による分析を行い,その後XRD測定による結果と比較した。

エージング前後の転炉スラグ試料それぞれについて,鉄連統一法に従い0.50gを三角フラスコに入れ,エチレングリコール(和光純薬,特級)20mLとともに70°Cにおいて30分間撹拌した。遠心分離(4500G,30分)により液相と固相を分け,液相のカルシウム濃度を定量した。また本研究では,三角フラスコの代わりに,固溶体合成に用いたものと同じジルコニアポットにジルコニアボールとともにスラグ試料0.50gとエチレングリコール20mLを入れ,遊星型ボールミル装置によって40°Cにおいて700rpmで30分間撹拌することで,カルシウム抽出率の比較を行った。

ここでエチレングリコール液相中のカルシウムの定量法としては蛍光X線(XRF)分析法を用いた。標準溶液として,~3000ppmの濃度のCaOエチレングリコール溶液を調製して液体試料用セルに入れ,蛍光X線分析装置ED-10(テクノエックス社製,タングステンターゲット,7.2keV−2.0mA)を用いてCa Kα線のXRF強度を測定し(100秒積算)検量線を作成した。抽出後のエチレングリコール相についても同様にXRF強度を測定して濃度を求め,そしてスラグ中の遊離石灰の含有量を算出した。

2・2・2 XRD法による遊離石灰の分析

エージング前後の転炉スラグ試料についてXRD測定を行い,含まれる結晶相の確認を行った。特にライム相の最強線である200回折線の現れる2θ=37~38°付近において,XRD測定を10回繰り返して積算し,回折角からライム相の格子定数aを求めた。そして上記で合成した固溶体と比較した。

3. 結果および考察

3・1 得られた固溶体

3・1・1 メカノケミカル法により合成したCa1-xFexO

メカノケミカル法により合成したCa1-xFexOのXRDパターンをFig.1に示す。ここで固溶度xは仕込み組成である。合成原料の粉末試薬CaOおよびFeOについて測定したパターンも,同時に示している。これら純物質の回折角に対して,x=0.06,0.10,0.60,0.65,0.70の各試料において組成に応じた回折線のシフトがみられ,固溶体の形成を確認することができる。一方,x=0.20に関してはライム相とウスタイト相のそれぞれの固溶体による二相共存状態であった。過去に報告されているCaO-FeO擬二元系状態図7,8)によると,ライム相へのFeOの固溶限界は1100°Cにおいて最大12mol%程度である。メカノケミカル法では,固体物質の粉砕過程での摩擦,圧縮等の機械エネルギーにより局部的に発生する高いエネルギーによって,状態図上に現れない非平衡相が生成することも期待されるが,本研究の条件では固溶限界を超えた試料は得られなかった。なお,α-Feは原料のFeO試薬に混入していたものが,反応後もそのまま残ったものである。

Fig. 1.

 X-Ray diffraction patterns for Ca1-xFexO obtained by mechanochemical synthesis.

3・1・2 高温固相反応により合成したCa1-xFexO固溶体

高温固相反応により合成したCa1-xFexOのXRDパターンをFig.2に示す。メカノケミカル法と同様にピークのシフトが見られライム相固溶体の形成を確認することができた。メカノケミカル法では格子歪や構造欠陥が導入され,また結晶子が小さくなるために回折線のプロファイルがブロードであったのに対し,高温での熱処理では結晶性が高く結晶子の成長した試料が得られ,シャープなプロファイルを示している。なお,炉から取り出した後に生成したと思われるCa2Fe2O5とCaCO3が不純物として若干含まれている。

Fig. 2.

 X-Ray diffraction patterns for Ca1-xFexO (lime phase) obtained by high-temperature solid state synthesis.

3・1・3 Ca1-xFexO固溶体の固溶度と格子定数の関係

Fig.1と2のXRDパターンから,各固溶度における立方晶の格子定数aを求めTable 2にまとめた。またその関係をプロットしたものがFig.3である。2つの合成法において前述のとおり回折線の半値幅と結晶性には違いがあったが,格子定数には明らかな差は見られなかった。

Table.2. Lattice parameters of Ca1-xFexO. SS: high-temperature solid state reaction, MC: mechanochemical reaction.
x of Ca1-xFexOLattice parameter (nm)Synthesis method
0 (CaO)0.4817(1)-
0.0230.4802(2)SS
0.0400.4798(1)SS
0.0630.4791(2)SS
0.060.4788(5)MC
0.0800.4785(1)SS
0.0880.4781(3)SS
0.1040.4774(2)SS
0.100.4776(6)MC
0.600.4501(2)MC
0.650.4466(3)MC
0.700.4439(5)MC
1 (FeO)0.4321(3)-
Fig. 3.

 Lattice parameter a as a function of the mole fraction x of Ca1-xFexO. (a) 0≦x≦1 and (b) enlargement of the lime phase.

なお,合成原料として用いたFeO試薬について測定された格子定数a=0.4321nmより非化学量論組成(FeδO,δ<1)を見積もると,格子定数に対する理論式a=0.3856+0.0478δ9)を用いてFe0.973Oと求められた。固溶体を形成した際にもFeの欠陥が導入されれば,欠陥量によって格子定数は変化するため,特にウスタイト相では非化学量論性の考慮は重要である。一方,ライム相においては陽イオンサイトにおけるFeの割合は10%前後と小さいため,欠陥量も少ないと考えられる。FeO試薬における3%程度のFe欠陥が仮にこのままの割合で固溶体に引き継がれるとすると,陽イオンサイトの欠陥量は0.3%になる。この欠陥の有無が格子定数へ与える変化は1万分の1nm程度(格子定数の小数第4位の値の変化)となり,これは測定誤差の程度である。よってここでは,非化学量論性は小さくライム相固溶体の格子定数へ与える影響は無視できると考えた。Fig.3より固溶度に対して格子定数は直線的に減少していき,Ca2+よりもFe2+のイオン半径が小さいことに対応している。格子定数の変化はライム相とウスタイト相の間では不連続であるが,ライム相内では直線性がよく,すなわちベガード則が成り立つとみなされ,最小二乗法により次の式(1)が得られた。   

a=0.0379x+0.4814 (r2=0.9817)(1)

なお,メカノケミカル法で合成した固溶体について,80°Cの蒸気に3時間曝露した後の変化をXRDにより調べたところ,x≧0.60ではCa(OH)2の回折線は検出されず水和反応を完全に抑制できた。一方,x=0.10ではCa(OH)2および,Ca(OH)2が二酸化炭素を吸収することで生成するCaCO3の回折線が見られたが,x=0と比較して回折強度が小さいことから水和反応がある程度抑制されていることがわかった。一方,x=0.06では固溶体は完全に水和してライム相からの回折線は消滅した。

3・1・4 高温固相反応により合成したCa1-xMnxO固溶体

高温固相反応により合成したCa1-xMnxOの固溶度と格子定数の関係をFig.4に示す。固溶度xの増加とともに格子定数は直線的に減少しており,Ca2+よりもMn2+のイオン半径が小さいことに対応している。ベガード則に従う全率固溶体が形成されており,xと格子定数との関係は純CaOから純MnOまでの全組成範囲を直線で結ぶ,次の(2)式が得られた。   

a=-0.0371x+ 0.4815 (r2= 0.9988)(2)

Fig. 4.

 Lattice parameter a as a function of the mole fraction x of Ca1-xMnxO.

なお,MnOはFeOと同様に非化学量論組成をとりやすいが,3・1・3項での議論と同様,CaOリッチな遊離石灰では欠陥量は少ないと判断し,非化学量論性は考慮していない。

端成分であるCaOとFeO,MnOはいずれも立方晶系の塩化ナトリウム型構造をとり,Ca1-xFexOおよびCa1-xMnxOは置換型固溶体である。合金の場合にはHume Rothery則が知られており,置換型固溶体が形成しやすい条件は置換するイオン同士の大きさが15%以内とされている。本研究の固溶体は非金属系(酸化物固溶体)であり,イオンの大きさを明確に決めることが困難であることなどから数値化は難しいが,大きさの最大の差は15%よりいくらか大きくなると言われている。Shannonの表10)より6配位構造におけるイオン半径の値(Fe2+:0.061nm,Ca2+:0.100nm,Mn2+:0.083nm)を使用し次の(3)式を用いCaOとFeOの系についてCaイオンを溶媒と考えた場合のイオン半径の差を求めると39%であった。   

|r0rA|/r0×100r0rA(3)

この値は15%を大きく超えているため固溶範囲は狭く,混合のエントロピー増加が大きな正のエンタルピーを相殺できるような高温域においてのみ限られた組成範囲で固溶体が形成すると理解される。Fig.3において格子定数の変化はライム相とウスタイト相の間で不連続であり,ウスタイト相の欠陥構造による格子の縮小を考慮しても両者はつながらない。この事実からも,両相が異なる性質のもので,CaOとFeOとが完全には混ざり合わないことが理解できる。一方,Ca1-xMnxOではCa2+とMn2+のイオン半径の差が小さく,互いに置換しやすいため組成の全域で固溶体が生成すると考えられる。また今回の研究では対象としていないがFeO-MnO系も基本的には全率固溶するとされており11),同様にイオン半径の差が小さいことに対応している。スラグ中のライム相は濃度の低いMgOを無視すれば,CaOにFeOおよびMnOが固溶したものとみなすことができるが,FeOとMnOとは全率固溶する程度に性質が近いことや,(1)式と(2)式の傾きが比較的近く,つまりFeOおよびMnOの固溶度が格子定数へ与える変化が類似していることから,本研究ではスラグ中のライム相へ固溶する二価金属酸化物として,FeO,MnO,MgOのすべてを考慮する代わりに,FeOに代表させることとした。つまり,以降はライム相の二価金属酸化物の固溶度を,(1)式を用いてFeOの固溶度xとして表し,固溶体としての評価を進める。

3・2 転炉スラグ中のライム相の分析

3・2・1 エチレングリコール抽出法による定量

CaO試薬をエチレングリコールに溶解して調製した標準溶液のXRF測定では,~3000ppmの濃度範囲でCa Kα線強度に対する直線性のよい検量線が得られた。これを用いてエージング前後それぞれのスラグ試料について,エチレングリコールに抽出されたカルシウムの濃度を決定した。これより試料粉末0.50gから抽出されたカルシウムの量を算出し,スラグ中の遊離石灰量(wt%)として求めた結果をTable 3に示す。ここでのカルシウム量はいずれも酸化物(CaO)換算で表している。エチレングリコール抽出法をXRF法と組み合わせることで,簡便かつ迅速に定量を行えることが確認された。一方,抽出操作にボールミルを利用すると抽出量は明らかに増加した(Table 3)。転炉スラグの水浸膨張試験において,ウスタイト相,フェライト相などの安定相に囲まれたライム相は水和しにくいという報告12)があるように,固相であるスラグからのエチレングリコール液相への抽出は,スラグ粒子のサイズや形状のほか,組織の影響によって物質移動が遅くなり,抽出平衡に達するまでに要する時間も相応して長くなると考えられる。三角フラスコによる撹拌では抽出平衡に達するまでに十分な時間をかける必要があり,抽出時間が不十分であると遊離石灰含有量を低値に見積もる傾向になる。一方でボールミル使用時は,ウェットミリングによりスラグ粉末が微細化されて表面積の増加やライム相の露出によって,固相からの移動が促進されると考えられる。

Table 3. Free lime content of the slags determined by ethylene glycol extraction.
Slag sampleCaO concentration in ethylene glycol (ppm)Amount of CaO extracted from 0.50g of slag (g)Amount of free lime in slag (wt%)
Before agingflask18080.0408.0
ball mill27880.06212.4
Aged slagflask13950.0316.2

フラスコによる抽出においてエージング前後での遊離石灰の含有量を比較すると,エージング処理を加えたスラグであっても,エージング前と比べて遊離石灰量がそれほど減少していないという結果が得られた。EG法ではスラグ中のCaOおよびライム相とともに,Ca(OH)2の50%以上,CaCO3の10%弱も抽出されると言われており6),エージングにより実際は水和安定化されているCa(OH)2(およびCaCO3)をも含んだ値になっているためと考えられる。一方でエージングによる水和が十分完了しておらず,実際にライム相が残存しているためとも考えられる。特に,二価金属酸化物の固溶度の高いライム相すなわち晶出石灰部分は水和反応性が低く,水和除去されていない可能性が考えられる。この場合,水和反応性が十分低く仮に恒久的に安定とすれば,路盤材等の資材として利用しても問題ないことになる。そのような意味では,エチレングリコールによって固溶度の高いライム相も抽出されるならば,Ca(OH)2抽出による寄与とともにEG法では水和反応性を過剰に見積もる傾向になる。よってエチレングリコール抽出を製鋼スラグの水和反応性評価に用いるためには,水和反応を起こすCaOおよびライム相のみを選択的に分離できるような抽出条件を探索するか,別途Ca(OH)2や固溶体の定量を行う工夫が必要といえる。

3・2・2 XRD法によるライム相中のFe固溶度の決定

転炉スラグのXRD測定により同定された結晶相としては,ライム相のほかに,炭酸カルシウムCaCO3,水酸化カルシウムCa(OH)2,ウスタイト相,フェライト相Ca2Fe2O5,シリケート相β-Ca2SiO4,Ca2SiO4・H2O,マグネタイトFe3O4が確認された。エチレングリコール抽出法ではライム相とともに定量値に含まれるCa(OH)2やCaCO3は,XRDでは異なる結晶相としてライム相とは完全に識別できる。特にCa(OH)2は三方晶系(菱面体晶系)の六角板状結晶がc軸配向しやすく,このために0001回折線(Cu Kα線で2θ=18°付近)が強く現れ,またこのような低角域には他の回折線が重ならないため極めて明瞭で,XRD法によるCa(OH)2の確認は非常に容易である。エージング前後の転炉スラグのXRDを比較すると,エージング処理によりライム相の回折強度がエージング前よりも弱くなり,Ca(OH)2の回折強度は明らかに強くなった。

上記のとおり,スラグは非晶質成分も含む様々な物質の混合物であるため回折線が重なり合って解析は容易ではないが,ライム相からの最強線である200回折線は比較的判別しやすいためこれに着目することとした。2θ=37~38°付近を中心とする範囲のライム相200線付近のXRDパターンをFig.5に示す。エージング前後でライム相の200ピークがシフトしていることがわかる。これは転炉スラグに含まれるライム相のうち,未滓化石灰を中心とする固溶度の低い部分がエージング処理により除去(→Ca(OH)2)された一方,3・2・1項でEG法による定量結果について考察したとおり固溶度の高い部分(晶出石灰)がエージング後も残っていることを意味している。エージング前のスラグには晶出石灰と未滓化石灰の両者が含まれているが,これらの回折線が重なって一つのピークのようになっている。ここでは単一ピークとして扱うこととし,エージング前/後ともに擬フォークト関数にフィッティングしピークトップから回折角2θを求め格子定数を決定した。上述のとおり,ここではCaOにFeOのみが固溶していると仮定し,格子定数から(1)式を用いて固溶度を算出した。その結果エージング前のライム相の固溶度はx=0.04,エージング後はx=0.11と求められた(Table 4)。この固溶度はいわば平均的な値であり,エージング前には未滓化石灰や固溶度の低い石灰が含まれているため,値が小さい。エージング処理後は固溶度の高い成分が残ったことから,以前より報告されているとおり2,3)水和反応性は固溶度に依存し,固溶度が高くなると水和しにくくなることが確認できた。

Fig. 5.

 X-Ray diffraction patterns of converter slags comparing before and after aging treatment.

Table 4. Estimation of the solid solubility x and the integrated intensity of 200 reflections of lime phase in the converter slag before and after aging treatment.
Slag sampleBefore agingAged slag
2θ200(degree)37.487(1)37.701(9)
Lattice parameter, a(nm)0.4798(4)0.477(3)
Solid solubility, x(Ca1-xFexO)0.040.11
Peak area of 200 reflection (counts)87023011

Fig.5のエージング前後それぞれの回折線について,フィッティングしたプロファイルのバックグランドを除去し,ピーク面積(積分強度)を求めるとTable 4に示したような値となり,これらの比をとると,エージング後におけるライム相の残存率は35%であることがわかった。エチレングリコール抽出法による定量結果(Table 3)について同様に残存率で表すと,78%と大きく,これは3・2・1項で考察したとおりCa(OH)2等も含む定量値になっているためである。XRD法によってライム相のみを識別することで,エージング処理による水和が実際には3分の2ほど進んでいることがわかった。なお,固溶体ではCaサイトを原子散乱因子の相対的に大きなFeが置換するとX線散乱能は大きくなるので,厳密な定量のためには固溶度に応じた補正が必要となる。固溶度x=0.11における200回折線強度はエージング前のx=0.04のときに対して約4.6%大きくなると見積もられるが,ここでの議論においては影響のない程度である。今回のXRD分析ではライム相の絶対量は求めなかったが,既知量のCaOを添加する標準添加法を用いればXRD法による定量も可能である。今後分析を進め,ボールミルを使用したエチレングリコール抽出による定量値との整合性などを確認していく予定である。

4. 結言

本研究では転炉スラグに含まれる遊離石灰について,XRD法を用いてスラグの水和膨張の原因となるライム相からの回折線に着目し分析を行った。晶出石灰では二価金属酸化物の固溶により回折角度が変化することを利用し,未滓化石灰との識別ができる。エージング前後での回折線プロファイルの相違から,固溶度によって水和反応性が異なり晶出石灰が残存しやすいことを確認し,またライム相のスラグ中含有量のエージングによる変化を見積もることができた。

本研究により具体的には次の結果が得られた。

(1)本研究では晶出石灰を模擬したライム相固溶体の合成に取り組み,メカノケミカル法および高温固相反応によってCa1-xFexO固溶体(x≒0~0.10,0.60~1.0)を得た。またCa1-xMnxOに関しては高温固相反応により全率固溶の固溶体を合成できた。そしてこれらの固溶度と格子定数との間の関係式を求めることができた。

(2)本研究で入手した転炉スラグのライム相について,CaOにFeOのみが固溶していると仮定した場合の固溶度を求めた。スラグ中にはさまざまな固溶度をもつライム相が含まれているが,それらの代表値として,エージング前はx=0.04,エージング後はx=0.11と求められた。

(3)転炉スラグのライム相では,未滓化石灰や固溶度の低い石灰はエージング処理により水和するが,晶出石灰のうちの特に固溶度の高い成分はエージング後も残ることがXRDにより確認された。

(4)本研究の転炉スラグではエージング処理により約3分の2のライム相が水和除去されていることが,回折強度の変化より確認された。

謝辞

本研究は,日本鉄鋼協会分析技術部会技術開発型(B型)研究会の活動の一部として実施されました。有益なご助言を下さった研究会メンバーおよび,鉄鋼協会のサポートに感謝いたします。

文献
 
© 2013 The Iron and Steel Institute of Japan

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