Quarterly Journal of Geography
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Research Note
A Study of Objective and Perceived Neighborhood Environmental Factors Associated with the Subjective Well-Being of Urban Residents
Karen UMEDATomoya HANIBUCHIRyo TANIMOTOTomoki NAKAYA
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2024 Volume 76 Issue 3 Pages 106-119

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要旨

地理学や都市計画において生活の質は,主に近隣の生活環境の充実度といった社会的側面から検討されてきた。しかし,生活の質については人々が主観的に幸福を感じている状態といった心理的側面からも評価される必要がある。そこで,本研究では仙台都市圏を対象に,近隣の客観的環境指標が認知的環境指標を介して主観的幸福感に影響を及ぼす経路の解明を目的として,SEM(構造方程式モデリング)による分析を実施した。その結果,客観的環境指標が主観的幸福感に与える影響のほとんどは,利便性,安全性,コミュニティ意識の認知的環境指標によって媒介される間接効果と推定された。都市のコンパクト性に関する指標群は利便性を介して間接的に主観的幸福感を高める経路が析出されたものの,全体効果は確認できなかった。他方で,近隣の困窮度を測る地理的剥奪指標はいずれの認知的環境指標にも負の影響を及ぼし,これを介して主観的幸福感に対して負の全体効果を与えていることが確かめられた。

Abstract

 Quality of life in geography and urban planning has mainly been examined from its social aspect by using objective and perceived environmental indicators in Japan. However, the psychological aspect of quality of life also needs to be assessed by subjective well-being of residents. Therefore, in this study, structural equation modelling (SEM) was conducted in the Sendai metropolitan area to elucidate the pathways by which objective neighborhood environmental factors influence subjective well-being through the mediation of perceived environmental evaluations of living neighborhoods. The results showed that most of the effects of objective environmental indicators on subjective well-being were estimated to be indirect, mediated by perceived neighborhood-environmental indicators of accessibility (convenience), safety, and community awareness. The group of indicators of urban compactness had a statistically significant indirect pathway to subjective well-being via the accessibility factor, but no overall effect could be confirmed. Area deprivation at the neighborhood level had negative effects on all of the three perceived environmental indicators and a negative overall effect on subjective well-being.

I. はじめに

1. 研究の背景

1960年代後半以降,都市問題の発生や人々の価値観の転換により,生活を非経済的側面からミクロに捉える「生活の質(QOL)」へ関心が向けられてきた(関根, 1993)。生活の質は,人々がいかに暮らしやすい社会環境であるかを表す社会的側面と,満足感や幸福感など個人の心理的側面の二種類から測定される(Zautra and Goodhart, 1979; 荻原, 1978; 石井, 1997)。生活の質の社会的側面は,個人の生活を取り囲む社会環境を重視し,関根(1993)は,地理学においてこれを測定する際には,居住地を中心とした生活状態を表す「生活環境」を用いることを提案している。そしてその分析にあたって重要なスケールは,生活に密着したコミュニティレベル(近隣レベル)1)であると述べている。これに対して生活の質の心理的側面は,主観的幸福感(Subjective Well-being:SWB)として計測される(石井, 1997; 伊藤ほか, 2003)。地理学・都市計画分野での主観的幸福感に関する研究は,海外では居住地近隣の生活環境についての総合的な評価である近隣満足度(Hur et al., 2010; Cao et al., 2018)との関連から,数多く議論されてきた。この近隣満足度は生活全般への満足度や主観的幸福感に対して強い正の影響を及ぼすことが指摘されている(Cao, 2016; Cao et al., 2018; Rojas, 2006)。

しかし,国内の地理学・都市計画研究における生活の質研究では,そのほとんどが生活の質の社会的側面に注目し,心理的側面として最も包括的な概念である主観的幸福感との関連は明らかにはされてこなかった(関根, 1993; 吉田ほか, 1998; 鈴木ほか, 2021)。そこで本研究では,生活の質の社会的側面である近隣の生活環境が,生活の質の心理的側面である主観的幸福感に影響する仕組みを明らかにすることを目的とした。

2. 近隣生活環境に関する先行研究

主観的幸福感に寄与する近隣の生活環境の要素として,国内外の既往研究ではほぼ共通して,利便性・安全性・コミュニティ意識の3つが取り上げられてきた。

利便性の側面は,地理学においては主に,人がある場所に到達することや財・活動機会を得ることの容易さと定義されるアクセシビリティ(近接性)の概念を用いて議論されてきた(谷本, 2020)。これは,到達に必要な距離や時間など定量的に測定できる物理的(客観的)な側面と,到達する主体の諸属性(心理・経済力など)によって変化する社会的(認知的)な側面に分けられる(Moseley, 1979; 関根, 1993; 谷本, 2020)。例えば,Cao (2016)は,アクセシビリティの物理的側面のうち,人口密度や土地利用多様性が高く,袋小路密度が低いほど,近隣の市街地や買物ができる施設,公共施設に対して人々がどの程度アクセスしやすいと感じているかといった認知的アクセシビリティが高まり,高い居住地への満足度に寄与すると報告している。

安全性について,Mouratidis and Yiannakou (2022)は,認知的な近隣の安全性が近隣満足度に対して正の影響を与えることを示している。さらに,中心市街地に近いほど,あるいは近隣人口密度(Mouratidis and Yiannakou, 2022)や貧困世帯割合・失業率・低学歴住民割合からなる近隣の剥奪指数(社会経済的困窮度)(Mouratidis, 2020)が大きいほど,認知的安全性が低下することが報告されている。

コミュニティ意識は,大きく社会関係に関するものと,場所に関するものに二分され,前者はコミュニティ内での近隣住民との交流の程度,後者は現在居住している地区やその周辺が自分の期待や理想を満たしている程度を指す(Zhang et al., 2022)。コミュニティ意識の社会関係の側面はソーシャルキャピタル(社会関係資本)と概念的に対応する点が多い。Sun et al. (2022)は,近隣住民が互いに助け合っていると感じるか・近隣住民を信頼できるかなどの設問群から推定したソーシャルキャピタルの得点が,近隣満足度に正の影響を与えていることを明らかにした。関連して,Du et al. (2023)は,近隣住民との交流頻度や交流強度(住民と良い関係を築いている・信頼できるなど)の地区差を説明する要因を検討し,主観的公共交通アクセシビリティが高いほど近隣住民との交流頻度が乏しくなり,主観的なレジャー施設の充実度と近隣安全性が高いほど,交流強度が高くなる傾向を確認している。一方で,コミュニティ意識の場所の側面は,場所やコミュニティへの愛着としても研究され,Mouratidis (2020)Mouratidis and Yiannakou (2022)は近隣に対する愛着の程度も近隣満足度に正の影響を与え,近隣の社会経済的困窮度が低く,市街地への距離が短いほど,近隣に対する愛着の程度が高まる傾向を報告している。

以上のことから,主観的幸福感あるいはこれを強く規定する近隣満足度には近隣環境の特性が影響すること,この近隣環境の特性は利便性・安全性・コミュニティ意識の3つの主要な次元からなる認知的指標とこれに関連する客観的指標によって整理されること,が理解される。しかしこのように近隣に関する客観的指標と認知的指標の両方を用い,多次元の近隣環境の評価がいかに主観的幸福感に寄与しているかを検討した研究は限られており,管見の限り,日本の文脈では未だ議論されていない。

そこで本研究では,居住する近隣の生活環境特性を示す客観的環境指標と認知的環境指標(近隣の利便性・安全性・コミュニティ意識の評価)が,それぞれ居住者の主観的幸福感に影響する経路,また客観的環境指標が認知的環境指標を介して主観的幸福感に影響を及ぼす経路を想定した。そしてこれらの経路を,日本の都市圏居住者を対象とした社会調査資料を用いて検証することにした。

II. 方法

1. 対象地域と資料

本研究の対象地域は,金本・徳岡(2002)の都市雇用圏設定に基づく仙台都市圏である(第1図)。仙台都市圏は仙台市を中心として西部には山間地,北部には宅地開発の進んだ丘陵地,南部・東部には平野が広がっており,居住地によって多様な近隣環境を有している(清水ほか, 2022)。

主観的幸福感と認知的環境指標については,「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査(通称:GULP)」(埴淵, 2022)の仙台都市圏版として2021年1月15日から2月9日までの期間に実施されたインターネット調査「地域での暮らしに関するアンケート調査」の回答資料を用いた。回答者はNTTコムオンライン・マーケティング・ソリューション株式会社および株式会社マクロミルの登録モニターである。回収の際には2020年1月1日時点での住民基本台帳に基づいて性別・年齢階級・居住地(仙台市・その他市町村)別の回収数に関する割付を行い,母集団の構成比と大きな差が出ないように設計されている。調査で回答された住所に基づいてアドレスマッチングを行い,調査の個票データと小地域(町丁字等)単位の客観的環境指標をArcGIS Pro3.1.2(Esri社)を用いて結合し解析に用いた。全回収数は2,487票であるが,本研究では,住所を町丁字の精度で推定できなかったもの2),学歴を不明と回答したもの,回答に論理的なエラーがあるもの3)を除外した1,731票を利用した。

第1図  対象地域

2. 変数

使用した変数一覧を第1表に示す。

1) 主観的幸福感

本研究の最終目的変数は主観的幸福感である。「全体として,あなたは幸せだと思いますか」という質問に対する5件法の回答(「1.全くそう思わない」~「5.とてもそう思う」)に基づく5段階の変数を主観的幸福感の観測変数とした。

2) 認知的環境指標

先行研究を踏襲し,近隣の認知的環境指標の主要な要素として,利便性・安全性・コミュニティ意識を潜在変数(因子)として想定した。そして,それぞれを,第1表に示すような設問の回答を観測変数とする確証的因子分析によって推定した。例えば,認知的利便性であれば「食料品など普段の買い物をする商店」から「散歩やジョギングに適した道」それぞれの多寡に関する評価設問を利用して推定されている。

3) 客観的環境指標

客観的環境指標については,先行研究において利便性・安全性・コミュニティ意識の3つの認知的環境指標との関連性が指摘されている人口密度・街路接続性・施設種類数・地理的剥奪指標,およびコミュニティ意識に関連すると予想された社会的断片化指標を含む合計5種類の変数を用意した(電子付録A)。このうち人口密度・街路接続性の交差点密度・アクセス可能な施設種類数については谷本ほか(2023)のJPWI (Japan Postcode-level Walkability Index)と同様な手順を国勢調査小地域単位で作成したものである。

① 人口密度

人口密度は,各小地域の代表点(人口が最大の5次メッシュの中心点)から道路網1 km圏にかかる人口1以上の5次メッシュについて,その総人口(2020年国勢調査による)を当該メッシュ群の総面積で除した値である(人/km2)。

② 街路接続性

交差点密度を標準化したものから行き止まり(袋小路)密度を標準化したものを引いた値を街路接続性スコアとして用いた。交差点密度と行き止まり密度はそれぞれ小地域の代表点から道路網1 km圏内の交差点,もしくは行き止まり(道路網データ上でただ1本のリンクと重なっているノード)の数をその圏内面積で除して算出した。どちらも単位は個/km2である。なお標準化の際には対象地域である仙台都市圏内での平均と標準偏差を用いた。

③ 施設種類数

各小地域の代表点から道路網1 km圏内について,生活関連施設18種(コンビニエンスストア,スーパーマーケット・デパート,その他食料品店,書店,薬局,役場,集会施設,図書館,カフェ・喫茶店,ファストフード店,その他飲食店,ジム・フィットネスクラブ,都市公園,郵便局,銀行,医療施設,クリーニング店,理髪店・美容院)中の何種類の施設があるかを得点としている。なお各施設の位置情報は2010年~2021年の国土数値情報と2020年のNTT電話帳(ハローページ)データを使用している。

④ 地理的剥奪指標

近隣の社会経済的な困窮度(相対的貧困の集合的程度)を示す指標として,地理的剥奪指標(Senior, 2002)を利用した。これは小地域を単位とし各地区に暮らす居住者の中で生活水準の低い状態におかれ支援の必要な人々の構成割合を反映する社会指標であり,値が大きいほど当該地区の困窮度が高いことを意味する。本研究では,Nakaya et al. (2014)において導出された8種類の国勢調査指標(高齢夫婦世帯割合,高齢者単身世帯割合,母子世帯割合,賃貸住居世帯割合,グレーカラー従業者割合,農林漁業従事者割合,ブルーカラー従業者割合,失業率)を重みづけ合計で求める計算式を2020年の国勢調査小地域統計に適用して算出された指標値を利用した。

⑤ 社会的断片化指標

コミュニティ意識に関連する客観的環境指標として,近隣における社会的つながりの欠如や孤立の増加などの状況を反映した指標である社会的断片化指標(Congdon, 1996; 埴淵, 2018:104-105)を用いた。当該の指標が大きいほど,社会的なつながりを欠いた居住者の割合が多いことが想定される。今回は2020年度国勢調査において,無配偶割合・単独世帯割合・民間借家割合・居住1年未満割合をそれぞれ標準化し足し合わせたものを用いる。標準化の際には日本全国での平均と標準偏差を用いた4)

4) 統制変数

最終目的変数である主観的幸福感と客観的・認知的環境指標との関係を考えるうえで,主観的幸福感に影響を及ぼすと考えられる性別や年齢,世帯構成,社会経済的地位(教育歴・所得・職業)等の個人属性を統制変数として利用した(第2表)。統計モデルの分析にあたっては,各個人属性の変数はカテゴリ変数であるため,最も人数が多いカテゴリを参照カテゴリとした。

第1表 変数一覧

N=1731
変数 平均 標準偏差 最小値 最大値 備考
主観的幸福感 3.59 1.03 1 5
認知的環境指標
 利便性 住んでいる地域に以下のものがまったくない=1, たくさんある=5
  食料品など普段の買い物をする商店 3.57 1.07 1 5
  郵便局や医療機関など生活に必要な施設 3.61 0.98 1 5
  散歩や運動ができる公園・緑地や広場 3.72 0.99 1 5
  バス停や駅など公共交通機関の乗り場 3.70 1.01 1 5
  散歩やジョギングに適した道 3.69 1.02 1 5
 安全性 住んでいる地域に以下のものがたくさんある=1, まったくない=5
  交通事故が心配な道や交差点 2.57 0.96 1 5
  防犯面で心配な道や場所 2.76 0.88 1 5
  落書きやごみの放置が目立つ場所 3.50 0.98 1 5
  老朽化した空き家など荒廃した建物 3.30 1.04 1 5
 コミュニティ意識
  この地域に愛着がある 3.51 1.03 1 5 まったくそう思わない=1,強くそう思う=5
  この地域を自分の手で良くしたい 3.00 0.98 1 5 まったくそう思わない=1,強くそう思う=5
  この地域の文化や景観を残したい 3.20 1.00 1 5 まったくそう思わない=1,強くそう思う=5
  自分の人生はこの地域に強く結びついている 2.95 1.10 1 5 まったくそう思わない=1,強くそう思う=5
  近所の人は一般的に信頼できる 3.43 0.93 1 5 そう思わない=1,そう思う=5
  近所の人と互いに助け合っている 3.02 1.04 1 5 そう思わない=1,そう思う=5
  近所の人の勤め先や家族構成を知っている 2.37 1.18 1 5 そう思わない=1,そう思う=5
  自分はこの地域の一員だと感じる 2.93 1.05 1 5 そう思わない=1,そう思う=5
  参加している地域活動種類数 0.66 0.94 0 5
  地域の催し(お祭りなど)への参加程度 2.75 1.12 1 5 催しがあることを知らない=1,よく参加する=5
客観的環境指標
 人口密度 6535 3140 233 14824 人/平方km
 街路接続性 0.00 1.19 −3.62 3.64
 施設種類数 13.49 3.26 0.00 18
 地理的剝奪指標 5.74 1.25 0.00 12.36
 社会的断片化指標 0.38 0.82 −1.50 3.69
第2表 個人属性変数の一覧

N=1731
変数 度数 %
性別 男性 893 51.6
女性 838 48.4
年齢 20代 224 12.9
30代 364 21.0
40代 356 20.6
50代 450 26.0
60代 337 19.5
居住年数 1年未満 108 6.2
1~5年未満 406 23.5
5~10年未満 269 15.5
10~20年未満 388 22.4
20年以上 560 32.4
婚姻状況 既婚 1,110 64.1
未婚 498 28.8
離別/死別 123 7.1
家族類型 単身 318 18.4
非単身 1,413 81.6
住居 一戸建ての持ち家 757 43.7
一戸建ての借家 46 2.7
集合住宅の持ち家 278 16.1
集合住宅の借家 618 35.7
その他 32 1.8
学歴 中学校・高校 441 25.5
高専・短大・専門学校 500 28.9
大学 711 41.1
大学院以上 79 4.6
世帯年収 200万円未満 176 10.2
200~700万円未満 840 48.5
700万円以上 450 26.0
不明 265 15.3
職業 ホワイトカラー 631 36.5
グレーカラー 311 18.0
ブルーカラー 137 7.9
その他/分類不能 165 9.5
非就労 487 28.1

3. SEM(構造方程式モデリング)

客観的な生活環境の地理的指標(客観的環境指標)が主観的幸福感に与える直接効果と,認知的な生活環境の評価値(認知的環境指標)を介して主観的幸福感に与える間接効果,さらにはそれらを足し合わせた全体効果を想定した,Structural Equation Modeling(構造方程式モデリング:以下,SEM)を実施した。これは,客観的環境が居住者の抱く認知的環境に影響し,それが近隣満足度を経て主観的幸福感に至る経路を想定した先行研究の理論的枠組み(Campbell et al. 1976; Cao, 2016)に概ね従った設定である。ただし,認知的な環境によって媒介されずに客観的な環境の状態が主観的幸福感に影響を及ぼしている可能性(部分媒介)を考慮した。

なお,本研究で利用した資料には,生活環境の領域別満足度に関する設問回答が含まれ,例えば,「買物・交通の利便性」「防犯・防災面での安全性」「住民間の人間関係」についても5段階の満足度変数が利用できる(清水ほか, 2022)。しかし,本研究で評価した客観的・認知的環境指標の内容とこれらの設問文で指示されている環境の内容は必ずしも対応していない。またこの満足度の変数がなくとも,多次元からなる近隣環境について,客観的環境の状態が居住者によって認知的に評価された状態である認知的環境を経て最終アウトカムである主観的幸福感に影響を及ぼす経路を視野に含めた分析は可能である。そのため本研究の分析では,個別の生活環境への満足度変数を中間変数としてはSEMに含めないこととした。

SEMは潜在変数である因子を表現する測定方程式と変数間の因果関係のパスを表現する構造方程式の2種類の方程式から構成される。本分析では,測定方程式は認知的環境指標の推定に,構造方程式は客観的・認知的環境指標から主観的幸福感への寄与を推定する。

まず,認知的環境指標の測定方程式は以下のように設定した。

Xl, iαlCONiεl, i

Xm, iαmSAFEiεm, i

Xn, iαnSOCiεn, i

ここで,iは回答者を示す添え字,CONは利便性,SAFEは安全性,SOCはコミュニティ意識の水準に相当し,それぞれは潜在変数として推定される。添え字l, m, nは,それぞれの潜在変数と関連づけられている観測変数Xの種類を示す。αl, αm, αnはそれぞれの係数である。

これらの認知的環境指標が,客観的環境指標(PD:人口密度,SC:街路接続性,DF:施設種類数,ADI:地理的剥奪指標,SFI:社会的断片化指標)によって規定されている状況を,次の構造方程式が表現する。

CONiλconβcon1PDiβcon2SCiβcon3DFiβcon4ADIiβcon5SFIi + Σkβcon6, kSDk, i + εcon, i

SAFEiλsafeβsafe1PDiβsafe2SCiβsafe3DFiβsafe4ADIiβsafe5SFIi + Σkβsafe6, kSDk, i + εsafe, i

SOCiλsocβsoc1PDiβsoc2SCiβsoc3DFiβsoc4ADIiβsoc5SFIi + Σkβsoc6, kSDk, i + εsoc, i

ただしλβは推定されるべき係数であり,SDk,iは回答者iの種類kの統制変数(個人属性変数)である。

最後に,主観的幸福感が,認知的環境指標および客観的環境指標によって規定されている構造を次のように表現する。

SWBiλswbβswb1PDiβswb2SCiβswb3DFiβswb4ADIiβswb5SFIiβswb6CONiβswb7SAFEiβswb8SOCi + Σkβswb9, kSDk, i + εswb, i

なお,ある変数が別の変数に直接及ぼす影響(直接効果)の大きさは,上記のモデルの係数値βで表現される。客観的環境指標が認知的環境指標に影響し(効果1),認知的環境指標が主観的幸福感に影響する(効果2)ような場合を間接効果と呼ぶが,その効果の大きさは(効果1の係数×効果2の係数)によって評価される。さらに,各客観的環境指標について,直接効果と間接効果を合計したものを全体効果と呼ぶ。

SEMの推定にはR4.1.2のlavaanパッケージ(Rosseel, 2012)を用いた。また,特に断りがない限りは5%の有意水準に基づいて統計学的な有意性を判断した。

III. SEMの推定結果

仙台都市圏を対象とした資料に基づいて本研究のSEMを推定した結果について,第2図は,潜在変数である各認知的環境指標の測定方程式の推定結果について,第3図は,構造方程式に基づく係数の推定結果から作成した変数間の関係のパス図である。ただし,統制変数とした個人属性変数の効果は第3図では省略してある。各環境指標について,直接効果・間接効果・全体効果の推定値は第3表に示した。

この結果より,客観的環境指標から主観的幸福感に向かう経路をみると,直接効果はすべて統計学的に有意ではない一方で,多数の有意な間接効果が確認され,客観的環境指標が主観的幸福感に及ぼす効果は,すべて3つの想定した認知的環境指標によって媒介されていることが確かめられる。また,客観的環境指標の全体効果は地理的剥奪指標のみ有意であるが,その他にも複数の有意な間接効果が確認される。Campbell et al.(1976)は,同じ客観的環境指標が主観的幸福感に正と負の両方の影響を及ぼす可能性があることを指摘しており,客観的指標のみを用いた分析では,これらの影響が互いに相殺され,近隣の生活環境(社会環境)が主観的幸福感に影響する仕組みが見えなくなってしまう可能性がある。本研究の結果は,これと同様に客観的環境指標が複数の認知的な環境指標を介して主観的幸福感に影響を及ぼす複雑な仕組みの一端を推定したものと考えられる。

なお,モデルの適合度については,CFI (Comparative Fit Index)とTLI (Tucker-Lewis Index)がいずれも0.9以上であり,またRMSEA (Root Mean Square Error of Approximation)とSRMR (Standardized Root Mean square Residual)についてもいずれも0.08以下であることから,モデルの適合度は妥当な水準にあるといえる(Browne and Cudeck, 1993; Cao, 2016)。

第2図  SEMの認知的環境指標の測定方程式の推定結果

標準化済み係数を表示。丸枠で囲まれた数字は残差分散。

第3図  SEMの構造方程式から得られる主観的幸福感を規定する近隣環境要因のパス図

標準化済み係数を表示。有意な経路は実線,非有意な経路は点線で表示。

丸枠で囲まれた数字は残差分散。

**p値<0.01; *p値<0.05

CFI=0.977, TLI=0.971, RMSEA=0.062, SRMR=0.043

第3表 SEMに基づく直接効果・間接効果・全体効果の推定結果

目的変数

説明変数

認知的環境指標 主観的幸福感(SWB)
利便性 安全性 コミュニティ意識
直接効果
客観的環境指標 人口密度 0.181** −0.087 0.024 0.007
街路接続性 0.062* 0.078** −0.014 −0.007
施設種類数 0.275** −0.137** −0.027 −0.039
地理的剥奪指標 −0.088** −0.089** −0.055* −0.014
社会的断片化指標 −0.009 −0.024 0.026 0.013
認知的環境指標 利便性 0.202**
安全性 0.061*
コミュニティ意識 0.279**
間接効果 利便性→SWB 安全性→SWB コミュニティ意識→SWB total
客観的環境指標 人口密度 0.037** −0.005 0.007 0.038*
街路接続性 0.012* 0.005 −0.004 0.013
施設種類数 0.056** −0.008 −0.008 0.040**
地理的剥奪指標 −0.018** −0.005 −0.015* −0.039**
社会的断片化指標 −0.002 −0.001 0.007 0.004
全体効果
客観的環境指標 人口密度 0.045
街路接続性 0.006
施設種類数 0.000
地理的剥奪指標 −0.052*
社会的断片化指標 0.017

標準化済み係数を表示。第2表に掲載する個人属性の統制変数によって調整済み。

有意な係数を太字で表示 **p<0.01; *p<0.05

CFI=0.977>0.9, TLI=0.971>0.9, RMSEA=0.062<0.08, SRMR=0.043<0.08

IV. 考察

認知的環境指標である利便性,安全性,コミュニティ意識はいずれも主観的幸福感に対して有意に正の影響を及ぼしており,これは英語圏での先行研究であるCao (2016)Mouratidis and Yiannakou (2022)Sun et al. (2022)Zhang et al. (2022)と同様の結果であった。ただし,本研究では,安全性は他2つに比べて主観的幸福感に及ぼす効果の大きさ(第2図に示す標準化係数の絶対値)が1/3から1/5程度と小さかった。これは日本においては全体的に治安に優れており5),治安に関連した近隣の安全性が主観的幸福感の個人差を作り出す程度が,欧米社会に比べれば弱い状況を反映していると思われる。そして,これら認知的な環境評価(認知的環境評価指標)は,生活環境の状態を示すと考えられた多様な客観的環境指標と関連していることが確かめられた。全体効果のみに着目すると,客観的環境指標は主観的幸福感とほとんど関連しないように見えるが,実際には認知的利便性を高めたりコミュニティ意識を低下させたりといった認知的な環境の評価を介して,主観的幸福感に影響を及ぼしていると推定された。

特に人口密度,街路接続性,施設種類数の3つはいずれも,ウォーカビリティ指標を構成する要素として知られ(谷本ほか, 2023),都市のコンパクト性の程度を反映するが,いずれも利便性を高めることを介して主観的幸福感を高める間接効果が推定された。集約的な都市開発である「コンパクトシティ・プラス・ネットワーク」政策(国土交通省, 2008)に基づいた,都市機能や住居を交通アクセスの良い指定区域内に誘導させる立地適正化計画を仙台市(2019)も2023年4月から開始しており,このような政策により人口密度・街路接続性・施設種類数の増加が期待できるとすれば,そうしたコンパクト性を高める都市形成が利便性の向上を介して主観的幸福感の向上にも寄与する可能性を指摘できる。

一方で,全体効果が有意でないことは,コンパクト性を高める都市形成による上記のような正の影響を相殺する負の影響をもたらす経路が機能していることを示唆する。例えば,施設種類数は3つの認知的環境指標のうち安全性を低下させる有意な効果が推定されている。これはCao(2016)Foord (2010)Mouratidis and Yiannakou (2022)の結果と同様であり,居住する近隣周辺に多様な施設が立地していることは,多様な生活ニーズを満たす目的地へのアクセスがより容易になる反面,地区外からの多様な人々の往来が安全性を低めているとも考えられる。そのため,コンパクト性を高める都市計画をもって主観的幸福感を高めるには,安全性への負の影響に対処する必要性が示唆される。

これら都市のコンパクト性に関する生活環境指標に対して,社会経済的な困窮度を反映した地理的剥奪指標は,主観的幸福感に対する有意な負の全体効果が推定された。これは,困窮度の高い地区では主観的幸福感が低くなる傾向が認められることを意味する。Ludwig et al. (2012)はアメリカの低所得者に対する社会実験を通して,困窮度の高い地区から小さい地区に移住することで主観的幸福感が向上したことを報告している。また,個人の社会経済的地位を調整しても近隣の剥奪度と個人の主観的幸福感やこれに関連する主観的健康感が関連することは日本社会でも繰り返し報告されており(中谷・埴淵, 2016; 安本・中谷, 2021),本研究の結果は,そうした先行研究の結果と整合的である。

本研究では,主観的幸福感に対して困窮度がもたらすこの負の全体効果は,困窮度が高いほど,利便性,安全性,コミュニティ意識のすべてが低下する仕組みによって媒介されており,その中でも特に利便性とコミュニティ意識を経由する経路が統計学的に有意なものとして確認された。つまり,個人の社会経済的属性を調整してもなお,相対的に貧困な人々が多く居住する近隣では,近隣の施設の利便性やコミュニティ意識の醸成が阻害されやすい傾向を示している。Mouratidis(2020)も同様に,困窮度が安全性および(コミュニティ意識に含まれる)近隣に対する愛着に影響すると報告している。貧困者は費用負担力の低さに加え,生活時間に余裕がないことから,近隣の施設を効果的に利用できない,あるいは近隣住民とのコミュニケーションが少ないことが想定される。そうした人々が多い近隣では,利用可能な財・サービスの質が劣るために利便性が低く評価されたり,互いの情報共有や共通の関心事に基づいた行動が難しいためにコミュニティ意識の評価が低くなったりするような文脈効果が働いているのかもしれない。

一方で,社会的断片化指標は,これが大きいほど社会的結束性や結束型社会関係資本が欠如した状態を表すとされるため(埴淵, 2018:104),コミュニティ意識との関連性を予想してこれをモデルに投入したが,今回の結果ではそうした関連性は確認されなかった。これは,仙台都市圏の場合,コミュニティ意識は,統制変数となっている単身世帯など個人レベルの属性によって説明されてしまい,社会的断片化指標による追加的な説明力に乏しかったことを示唆している。また,学生が多く居住する地区はその指標の特性から社会的断片化指標が高くなる傾向があるが,学校での交友関係を通して社会関係が維持されていたり,一時的な居住者である学生を除いた長期的な居住者間でコミュニティ意識が保たれているといったことが,こうした学生街での認知的コミュニティ意識の低下を妨げているのかもしれない。いずれにせよ,主観的幸福感に影響する3つの認知的環境指標の中で,コミュニティ意識による効果が最も大きく,このコミュニティ意識の地区差を形成する地理学的な文脈性の解明については,さらなる検討が求められる。

V. 結論

本研究では,生活の質の社会的側面である近隣の生活環境が生活の質の心理的側面である主観的幸福感に与える影響を明らかにすること,特に近隣の生活環境の指標として客観的環境指標と認知的環境指標の両方を用い,客観的環境指標が認知的環境指標を介して主観的幸福感に与える経路を明らかにすることを目的として,仙台都市圏を対象としたSEM(構造方程式モデリング)を実施した。その結果,本研究では,近隣の生活環境が主観的幸福感に影響を及ぼす多様な経路が析出された。

都市のコンパクト性に関連する人口密度・街路接続性・施設種類数の3つの客観的環境指標は,利便性を高めることを介して間接的に主観的幸福感を高めており,コンパクトシティ政策の有用性を部分的に示唆する結果であった。しかしこれらの都市のコンパクト性の中には,認知的な安全性指標への負の効果を与えるものもあり,主観的幸福感に及ぼす全体効果は有意ではなかった。これは,都市のコンパクト性を高める施策を進めるにあたって,認知的な安全性への配慮が生活の質の心理的側面を高めるうえで重要であることを示唆している。

地理的剥奪指標(困窮度)については,主観的幸福感に対する有意な負の全体効果が認められた。そしてこの負の全体効果は,困窮度が3つの認知的環境指標を低下させる効果によって媒介されていることが推定された。この結果は,地区の困窮度に応じた環境の不平等(環境の不公正)が,生活の質の心理的側面における格差をもたらしているものと解釈できる。そのような生活の質の格差縮小には,貧困の地理的な集中の抑制とともに都市環境の公平な社会的配分を追求する施策が必要である。

なお,本研究では先行研究を参考として環境の指標群を設定したが,緑地や親水性といった自然環境の快適性など,利用可能な資源の種類や分類の細分化も可能である。逆に,本研究では利用した社会調査資料の制約もあって,考慮できていない環境の認知的評価や,主観的幸福感指標の算出においては単一の設問を用いているため,実際の主観的幸福感の多面的側面を十分に反映できていない可能性がある。そうした諸点の検討を通して,日本の都市における近隣の生活環境が,そこに住む人々の生活の質をどのように規定しているかを明らかにするような研究の蓄積が求められる。

付記

「地域での暮らしに関するアンケート調査」は,科研費17H00947の助成を受けて実施されたものである。また客観的環境指標については,科研費20H00040,20J00161およびAMED(22ck0106778s0201)に基づく成果を利用した。

1) 関根(1993)は生活環境を測定する際のスケールとしてコミュニティレベルという表現を用いている。その上位には都市,都道府県,国家があるとしており,ここでのコミュニティとは居住地において形成される近隣コミュニティと理解できる。すなわち関根(1993)が主張するコミュニティレベルとは近隣レベルと基本的には同義と考えられる。

2) 株式会社マップルのMAPPLEアドレスマッチングツールを利用し,ジオコーディングレベルが5以上のもの(住所が町丁字以上の精度で推定されているもの)を分析に使用した。

3) 次の2条件両方に該当する2票を無効な回答として除外した。すなわち,通勤通学の有無について有(自宅外へ通勤通学している)と回答しているにもかかわらず,通勤通学先への認知距離・通勤通学先への距離のいずれかの設問に対して「普段行かない」を選択している,かつ,本研究で用いる近隣環境評価設問に対して連続して同じ数字を入力している回答である。

4) 社会的断片化指標については,先行研究(埴淵, 2018)を踏襲し,これを構成する変数の標準化に全国の平均と標準偏差を用いた。

5) ICVS(2023)によれば,例えば2000年のスリの被害率はアメリカが0.8%,イギリスが1.4%,フランスが1.3%なのに対し日本は0.1%であった。詐欺や暴行などのほかの犯罪でも,またいずれの調査年の結果でも,日本の犯罪率はどの国よりも低い結果となっている。

References
 
© 2024 The Tohoku Geographical Association
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