2024 Volume 76 Issue 4 Pages 181-189
本稿では,土質柱状図やコア堆積物の解析と分析にもとづき,若狭湾中部南岸の小規模な沖積低地である小浜低地の沖積層およびその下位に分布する更新世堆積物の特徴を報告する。沖積層は下位から基底礫層,中部砂泥層,上部砂礫層に大別され,これらの下位の更新世堆積物にも礫層と泥層の組み合わせが複数回認められることから,104-105年スケールでの低地の沈降が示唆された。河口付近は海洋酸素同位体ステージ2から1の海水準上昇により浅海域となったが,その分布は河口から3-4 km程度の範囲に限定される。この浅海域は,流域面積が小さいながらも,大きな河床勾配をもつ北川やその支流から供給された礫を含む粗粒な堆積物によって急速に埋積された。
This study investigates the characteristics of the Pleistocene-Holocene deposits in the Obama Lowland, central Japan, based on the analyses of existing borehole logs and deposits. The main results are summarized as follows: 1) The incised-valley-fill deposits since around the Last Glacial Maximum (LGM) are conveniently divided into three layers: basal gravel (BG), middle sand and mud (MSM), and upper sand and gravel (USG) in ascending order. 2) The alternation of gravel and overlying mud layers is observed several times in the incised-valley-fill deposits and their lower part, suggesting subsidence of the lowland over 104-105 years. 3) The area near the present river mouth was drowned by the Holocene sea-level rise, though the distribution of the shallow sea was very limited. 4) The Kita River and its tributaries with large riverbed gradients supplied coarse-grained sediments and buried the shallow sea.
山地や丘陵に富む日本では沖積平野に人口が集中しており,開発の過程において平野の地形調査や平野下の地盤調査が実施されてきた。日本には109本の一級河川があり,これらの河口付近に広がる平野の地形分類は,国土地理院の治水地形分類図作成などによって全国的に実施されてきた。沖積層の層序についても,ボーリング柱状図やコア堆積物試料の解析・分析にもとづき,平野間での共通性が認められている(井関, 1983)。また,沖積層のみでなく,最終氷期最盛期以前の地下地質を詳細に検討した研究もおこなわれてきた(杉谷, 1983; 堀, 1998)。さらに,1990年代後半以降,東京低地や濃尾平野,越後平野といった規模の大きい平野において,これまでに蓄積されたボーリング柱状図の解析に加え,多数のオールコア堆積物が採取され,堆積相解析や放射性炭素年代測定にもとづき,沖積層の堆積過程や海水準変動・気候変動に対する応答が高時空間分解能で議論されるようになった (大上ほか, 2009; Tanabe et al., 2013, 2015)。しかし,小規模な河川下流部に形成される沖積層を取り扱った研究は比較的少ない(鹿島ほか, 1985)。
近年,国土地盤情報検索サイトKuniJibanなどで全国の土質柱状図が公開されるようになり,既存資料の利用も容易になってきている。また,道路建設や堤防点検といった社会資本整備の際に実施された土質調査の堆積物が関係機関に保管されていれば,それを地形学・堆積学的研究にも有効活用できる場合がある(牧野内ほか, 2001)。本稿では,小規模な沖積平野の一つである,北川が形成する小浜低地において,既存資・試料の解析・分析により,沖積層やその下位に分布する更新世堆積物に関する新たな情報を得たので,その概要を報告する。
小浜低地は,三遠三角地(吉川, 1951)とよばれる沈降域の南西部に位置する,横断幅の狭い低地である(第1図)。低地の南東縁は,走向N70°W,傾斜90°,長さ12 kmの熊川断層によって限られている。熊川断層は左横ずれ成分を持つ活断層と考えられているが,活動履歴は解明されていない(中江・吉岡, 1998)。一方,三遠三角地北東では,コア堆積物の解析などにもとづいて層序や断層変位が検討されてきた(岡田ほか, 2010; 石村ほか, 2010)。
低地内には,野坂山地の三十三間山(標高842.1 m)付近に源流をもち,小浜湾に流入する北川が東南東から西北西に向かって流れている。また,北川には合流していないものの,河口付近においては南川や多田川といった河川が北川に並行して流れている(第1図)。北川の流域面積は210.2 km2,幹線流路延長は30 kmで,一級河川のなかでは本明川(長崎県)や菊川(静岡県)に次いで流路延長が短い。平均河床勾配は,河口部約10 kmの範囲において約2.5/1,000となっており(第2図),1/1,000を超えている。国土地理院の治水地形分類図によれば,北川沿いには旧流路が多く認められるものの,自然堤防の発達は顕著ではない。また,河口付近には海岸線と直交するように砂州・砂丘が分布する。流域には,丹波帯を構成するジュラ紀の堆積岩類が広くみられる(中江・吉岡, 1998)。
Fig. 1 (a) Study area, (b) Locations of borehole sections and cross sections
陰影起伏図は地理院地図を使用。
Shaded relief map is after Geospatial Information Authority of Japan (GSI).
低地下の堆積物の分布を明らかにするため,KuniJibanからxml形式の柱状図をダウンロードした。また,地盤情報配信サービス『地盤情報ナビ』に掲載されていた柱状図および中日本高速道路株式会社敦賀工事事務所(以下,NEXCO中日本)から提供された柱状図については,産総研のボーリング柱状図入力システムを用いてxml形式のデータを作成した。これらのデータを産総研のボーリング柱状図解析システムに取り込み,断面線の両側250 m以内にある柱状図を投影して,地下地質断面図を描いた。
NEXCO中日本提供のコア堆積物(本稿ではb1,b2,b3とよぶ)については,約1 mごとに,数gを採取して乾燥・秤量後,目開き63 μmの篩の上で水洗した。泥を洗い流した残渣を乾燥後,秤量して泥分含有率を算出した。さらに,残渣を目開き2 mmの篩によって砂と礫に区分した後,秤量して砂と礫の含有率を求めた。また,堆積物に含まれていた貝殻片を同定した。堆積年代を検討するため,2つの貝殻片について,加速器分析研究所および韓国地質資源研究院(KIGAM)において加速器質量分析計による放射性炭素年代測定を行った。得られた年代値はOxCal 4.4 software(Bronk Ramsey, 2009)を用いて,Marine20の較正曲線(Heaton et al., 2020)にもとづいて暦年較正した。その際に較正曲線からの地域的な差異(ΔR)は-200(Marine13で0と同義)と仮定し,2σの範囲で暦年代を求めた。
堆積物は土質やN値にもとづいて,基底礫層(basal gravel:BG),中部砂泥層(middle sand and mud: MSM),上部砂礫層(upper sand and gravel:USG)に大別した(第3図)。BGよりも下位については,一部の柱状図のみからしか詳細なデータが得られず,連続性が不明瞭なため,層序区分はおこなわず,後で具体例を挙げて説明する。
BGは砂礫を主体とし,層厚は最大10 m程度である。礫は亜角礫〜亜円礫を主体としており,玉石を混在する場合もある。N値は20以上のことが多く,50を超える層準もみられる。
MSMは北川沿いの河口に近い地点ではN値5未満の泥(シルト・粘土)を主体とし,BGを覆う最下部には,b1コアやb2コアのように砂層や礫混じりシルトが分布することもある。一方,b2やb3ではMSMに砂や礫が多く含まれている。この違いは北川や丘陵・山地からの距離に関係していると考えられる。また,河口から3.5 km程度上流において,MSMは砂を主体とする(第4図)。MSMには貝殻片の混入がみられ,b1コアではアラムシロ(Reticunassa festiva (Powy)),ヒメカノコアサリ(Veremolpa micra (Pilsbry)),イヨスダレ(Paphia undulata (Born)),ゴマフダマ(Natica tigrina (Röding)),b2コアではウラカガミ(Dosinella angulosa (Philippi)),イヨスダレ,ヒメカノコアサリ,マメウラシマガイ(Ringiculina doliaris (Gould)),ホソウミニナ(Batillaria cumingii (Crosse)),ナミマガシワ(Anomia chinensis Philippi),b3コアではホソウミニナが確認された。アラムシロやヒメカノコアサリ,イヨスダレ,マメウラシマガイは,小浜市街地の沖積層,とくにMSMに対比される堆積物からも報告されている(福岡, 1986)。放射性炭素年代値は,b1コアの深度9.85 mから採取したイヨスダレが6890±40 yr BP(7250-7540 cal BP)(IAAA-91911),同コアの深度13.6 mから採取したゴマフダマが7640±60 yr BP(7960-8320 cal BP)(KIGAM-OCa110004)であった(第3図)。これらの貝類化石の産出や放射性炭素年代値は,MSMの堆積が完新世において,潮間帯〜水深20-30 m以浅の浅海域で生じたことを示唆する。
USGは砂や礫を主体とする。N値は礫の層準であってもBGに比べて小さいが,b1やb2コアのように,下位のMSMから上昇傾向を示す場合が多い。
b1コアのように掘進長の大きい柱状図では,BGの下位に,泥層とそれに覆われる砂礫層が分布していることがある(第3図,第4図)。砂礫層は泥を混じえることがあり,層厚は泥層に比べて厚く,N値は50以上を示す場合が多い。泥層のN値は前述したMSMよりも大きく,5以上となることが多い。また,このような泥層と砂礫層の堆積が複数回みられる地点もある。一方,丘陵や山地に近いb2やb3コアでは基盤岩が浅い深度に分布する。
断面図A-A′は河口から約1 km上流に位置する(第4図)。BGの上限深度は標高−20 m程度となっている。また,MSMの層厚は10 m以上となっている。
断面図B-B′は河口から約2.5 km上流の断面図である。BGの上限深度,下限深度は,それぞれ標高−14 m,−20 m前後である。北川の河道付近では貝殻片を多く含むMSMが厚さ10 m程度堆積している。前述のように掘進長の大きいボーリング柱状図(b1など)では,BGの下位に,泥層と砂礫層の堆積の繰り返しが認められる。
断面図C-C′およびD-D′は,河口から約4.5 km上流(遠敷(おにゅう)川合流点付近),約6 km上流にそれぞれ位置する。どちらの断面図においても,砂礫層の堆積が顕著で,断面図A-A′やB-B′のような厚いMSMの堆積はみられない。両断面図において,BGとUSGの境界を決めることは難しいが,土質やN値にもとづくと,両者の境界は標高0 m付近にあると考えられる。
断面図E-E′は北川に沿う縦断方向の断面図である。BGの上限深度は河口から約1 km地点で標高−20 m程度だが,上流に向かって急激に高くなり,河口から4.5 km付近で標高約0 mになる。したがって,BGを結ぶ縦断勾配は5/1,000程度になる。なお,河口から1.6 km程度の柱状図において層厚5 m以上の礫層が分布するが,これは丘陵・山地に近く,開析谷の中心から外れている可能性が高い地点(第1図)を断面図に投影したためであると考えられる。
断面図B-B′付近において,掘進長約80 mのボーリング調査2)が行われており(第1図中の黒四角),BGに対比されると考えられる礫層の下位に,泥(シルト)層と礫層の繰り返しが少なくとも2回認められる。MSMに対比されると考えられる深度10 m付近の泥層中からは7.3 kaに降下した鬼界アカホヤテフラ(K-Ah),深度12-17 mの堆積物からは7600-8600年前の放射性炭素年代値が得られている。また,BGのすぐ下に位置する泥層と礫層のうち,深度26.5-28 mの泥層から大山松江テフラ(DMP)あるいは大山蒜山原(ひるぜんばら)テフラ(DHP)に対比される可能性をもつテフラが検出されている。さらに,この下位に分布する泥層と礫層のうち,深度35-36 mの泥層中に阿多鳥浜テフラ(Ata-Th)が含まれている。これらテフラに含まれるジルコンのフィッション・トラック(FT)年代は,DMPが180±60 ka,DHPが140±50 ka(木村ほか, 1999),At-Thが240±40 ka(檀原, 1995)と報告されており,層位などから,DMP,DHPはそれぞれ海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage:MIS)5にあたる130 ka,115 ka(山元, 2015),Ata-ThはMIS7(町田・新井, 2003)に噴出したと考えられている。
日本の他の沖積低地同様に,基底部に玉石を混在する砂礫層(BG)がみられ,それを覆ってN値の低い海成泥層(MSM)が分布することやb1コアの貝殻片の放射性炭素年代値にもとづくと,BGは海水準が現在に比べて120 m程度低かったMIS2に形成された開析谷の基底を充填する堆積物と考えられる。また,BGを覆うMSMの堆積は,海水準上昇期から安定期であったMIS2から1に生じた。一部の柱状図において,BGの下位にみられる礫層と泥層の堆積時期は,礫層や泥層が河成か海成かどうかが不明なものの,泥層にDMPあるいはDHPに対比できそうなテフラが含まれることから,一つ前の氷期・間氷期サイクルであるMIS6から5の可能性が高い。さらに,これらの下位には,礫層およびAta-Thを含む泥層が認められることから,MIS8から7の氷期・間氷期サイクルも,沖積低地下の地層に記録されている可能性がある。
沖積低地下の礫層とそれを覆う砂泥層の堆積の繰り返しは,沈降速度の大きい濃尾平野(須貝ほか, 1999)などにおいて認められている。小浜低地の沖積層やその下位の更新世堆積物の層厚は,濃尾平野に比べて薄いものの,低地下において礫層と泥層が繰り返し堆積していることは,104-105年スケールでの低地の沈降を示唆する。低地下の地層形成と熊川断層の活動との関係は未解明であるため,今後,詳細な検討が必要である。
MIS2からMIS1の海進にともなって河口付近は浅海となり,MSMの堆積が生じたものの,MSMの分布は河口から3-4 km以内に限られる。また,その後の海退期には,MSMを覆って,礫を含むUSGが堆積している。礫の堆積は,河口から約2.5 kmに位置する断面図B-B′においても顕著である。これには,小規模ながらも河床勾配の大きい北川やその支流などから粗粒な堆積物が低地に供給され,河口近くまで届いてきたことが反映されている。
Fig. 3 Borehole columns, N values, and gravel-sand-mud ratio of b1, b2, and b3 cores.
本報告では,既存試料や資料の解析・分析にもとづいて,小規模な沖積平野である小浜低地の沖積層およびその下位に分布する堆積物の特徴を明らかにした。主な結果は以下のとおりである。1)沖積層は下位から基底礫層(BG),中部砂泥層(MSM),上部砂礫層(USG)に大別される。2)沖積層とその下位には礫層と泥層の組み合わせが複数回認められ,104-105年スケールでの低地の沈降を示唆する。3)河口付近はMIS2からMIS1の海水準上昇にともなって浅海域となったが,その広がりは河口から3-4 km程度に限られる。4)河床勾配の大きい北川やその支流から礫を含む粗粒な堆積物が供給され,浅海域の埋積が進んだ。
本研究で用いた柱状図の一部およびコア試料は,中日本高速道路株式会社敦賀工事事務所から提供していただいた。記して謝意を表します。
1) 国土交通省,河川整備基本方針・河川整備計画,北川水系,基本高水等に関する資料https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/pdf/kitagawa68-2.pdf(2024年4月18日閲覧)
2) 関西電力株式会社 (2009)新耐震指針に照らした耐震安全性評価のうち活断層評価について 大飯発電所,高浜発電所の敷地周辺の地質・地質構造 コメント回答 (第1回)https://www.da.nsr.go.jp/view/NRA023000308?contents=NRA023000308-002-009#pdf=NRA023000308-002-006(2024年4月17日閲覧)