2025 Volume 77 Issue 3 Pages 91-100
東北地方,栗駒火山の北麓に発達する剣岳地すべり地A~Cは,栗駒火山の最新期のマグマ噴火で生じた剣岳溶岩円頂丘(約8.1~6.4 cal ka)の崩壊により形成されたが,その形成年代については不明である。本稿では,主に地すべり地内の湿地堆積物や被覆層から得られたテフラや14C年代に基づき,これらの上限年代の制約を試みた。その結果,剣岳地すべり地Aは約5.3 cal ka以前,同Bは約3.6 cal ka以前,同Cは十和田aテフラの降下(西暦915年)以前にそれぞれ形成されたことが明らかになった。剣岳溶岩円頂丘は形成から約2,800年以内に崩壊した。
This study investigates the upper-limit ages of the Tsurugidake Landslides, which resulted from the collapse of a lava dome on the northern foot of Kurikoma Volcano, Tohoku Region, Japan. Age constraints were determined using tephrochronology and radiocarbon (14C) date of wetland and aeolian deposits covering the landslide masses. The results indicate that the Tsurugidake Landslides A, B, and C were formed before 5.3, 3.5 and 1.0 cal ka (corresponding to AD915; Age of To-a tephra), respectively. The Tsurugidake Lava Dome, formed by the latest magma eruption of Kurikoma Volcano in 8.1 – 6.4 cal ka, collapsed within ~2,800 years after its emplacement.
山体崩壊を含む大規模地すべりは,火山体の解体や土砂生産において無視できない地形形成プロセスである上に,発生した場合には甚大な斜面災害を引き起こしうる(八木, 1990; 大八木, 2003; 井口, 2003; 井口, 2006; 吉田, 2010など)。火山地形発達史の理解に加えて斜面災害リスクの評価においても,個々の大規模地すべりの発生年代や活動時期の把握・蓄積が必要である(中里, 1997など)。後期更新世以降の地すべりの発生・活動時期の絶対年代の推定には,テフロクロノロジーや14C年代測定などが有効である(林・山口, 19717; 渡部・八木, 2003; 八木ほか, 2001; Pánek, 2015など)。これらの年代決定・測定法の発展とともに,国内外では第四紀後半の地すべりの年代制約資料が蓄積され,気候水文環境変化や古地震などとの関連が議論されてきた(八木, 1990; 渡部・八木, 2003; 中里, 1997; Yamada et al., 2018など多数)。日本列島,特に東北地方の第四紀火山とその周辺地域には数多くの大規模地すべりが分布している(阿部ほか, 1993; 大八木, 2003など)が,未だに年代が十分に明らかになっていない大規模地すべりは残されており,これらの年代制約資料の蓄積が求められる。
東北地方中部,栗駒(くりこま)火山の北麓に発達する須川(すかわ)地すべり地と剣岳(つるぎだけ)地すべり地は,更新世末期~完新世に形成されたと考えられている大規模地すべり地である(土井, 2018など)が,後述のとおり信頼性の高い年代資料は得られていない。しかし,剣岳地すべり地内には湿地(地すべり湿地)が多数認められ(国土地理院, 2012; Sasaki and Sugai, 2022),完新世の年代決定に有効なテフラも分布する(町田・新井, 2003)ことから,テフロクロノロジーや14C年代測定に基づき,地すべり土塊を覆う風成堆積物(土壌)や地すべり湿地の成立年代を明らかにすることで,それぞれの地すべりの発生年代を制約することが可能とみられる。本研究では,栗駒火山北麓の剣岳地すべり地内の土壌および湿地堆積物を対象に14C年代測定やテフラ対比を実施し,これらの大規模地すべりの発生年代の制約を試みた。
栗駒火山は,奥羽脊梁山脈中部に位置する第四紀の安山岩質火山である(藤縄ほか, 2001; 早田, 2005; 気象庁, 2013など; 第1図)。火山体は東西約12 km,南北約10 kmの範囲に分布し,約50万年前以降に形成された6つの火山体から構成される(藤縄ほか, 2001)。
栗駒火山北麓には,北西方向に馬蹄形状に開いた滑落崖(須川爆裂火口; 藤田・藤縄, 1996; 須川馬蹄形火口; 藤縄ほか, 2001)があり,その下方に須川地すべり地 [SkL](須川岩屑なだれ堆積物; 藤縄ほか, 2001; 栗駒山岩屑なだれ堆積地; 国土地理院, 2012)が広がる(第1図)。須川地すべりの滑落崖の直下には,栗駒火山の最新期のマグマ活動で生じた剣岳火山体(剣岳溶岩円頂丘 [TuD]; 藤縄ほか, 2001; 国土地理院, 2012; 第1図)が発達する。さらに,TuDの北西面には,北西~北北西方向に開いた2つの馬蹄形の滑落崖(剣岳北面崩壊壁; 藤縄ほか, 2001)があり,その下方にはそれぞれの滑落崖に対応する剣岳地すべり地(剣岳二次堆積物; 藤縄ほか, 2001)が,SkLを覆って分布する(第1図)。国土地理院(2012)は,剣岳地すべり地を「岩屑なだれ堆積地」とみなし,剣岳西側の滑落崖に対応する地すべり地を「剣岳岩屑なだれ堆積地A」,東側のそれを「剣岳岩屑なだれ堆積地C」としている(第1図)。さらに,「剣岳岩屑なだれ堆積地A」の北西末端部には,その二次すべりとして形成されたとみられる「剣岳岩屑なだれ堆積地B」がある(国土地理院, 2012, 第1図)。本稿では,上記の国土地理院(2012)による地形区分を踏襲しているが,「剣岳岩屑なだれ堆積地A~C」をそれぞれ「剣岳地すべり地A~C [TuL-A, TuL-B, TuL-C]」と呼称する1)(第1図)。
SkLの発生年代を,藤田・藤縄(1996)は「須川爆裂火口」の形成時期として18,000 – 17,000年前頃(18 – 17 ka)という年代を示した一方,土井(2018)は約11.9 kaとした。藤縄ほか(2001)は,SkL形成後に形成されたTuDのK-Ar年代を測定したものの,有効な年代測定値を得ることができず,その原因として,TuDが数万年以内と若い可能性や大気アルゴンが多い可能性を挙げた。一方,土井(2013)は,剣岳溶岩(TuD)が7,245 – 5,650 y BPの期間に少なくとも2回噴出したと述べた.上記の年代値は,山元(2014)の暦年較正により8,067 – 6,405 cal yr BPとされた。しかし,土井(2013; 2018)はSkLやTuDなどの年代の根拠となる記載を示していない。
SkLおよびTuL-A,TuL-B,TuL-Cの地形は起伏に富み,複数のブロックや亀裂,圧縮リッジ,ならびに凹地やそこに発達した湿地が多数分布する(国土地理院, 2012; Sasaki and Sugai, 2022)(第1図)。TuL-A内には多数の亀裂やしわが認められる(国土地理院, 2012)ほか,シラタマノキ湿原(通称「泥炭地」)や須川湖,イワカガミ湿原などの湿地が載る(第1図)。TuL-B内の「野鳥の森」には,複数の湿地が点在する(第1図)。TuL-Cは起伏が大きく,火山岩の岩塊が地表に露出するが,名残ヶ原などの湿地(平坦地)も発達する(第1図)。
TuL-A上のシラタマノキ湿原では,過去に行われた泥炭の採掘によって湿原堆積物が人工露頭で観察可能である(池田・若松, 2011)。Wang et al. (2020) は,シラタマノキ湿原の堆積物中に最上位のTo-aを含め計3枚の火山灰層が挟在することを記載し,最も下位の植物片(L01)から5,310 – 5,286 cal yr BPの14C年代値を得た。
第1図 研究対象地域の地形分類
地形分類は国土地理院(2012)を編集したものである。一部の地形区分の名称は,本研究での呼称に変更し,国土地理院(2012)での名称を括弧内に併記した。背景の陰影起伏図と傾斜量図は国土地理院から提供された2 mメッシュDEMから作成した。インデックスマップの傾斜量図・陰影起伏図は地理院地図による。
Fig. 1 Landform classification of study area
Landform classification is from Geospatial Information Authority of Japan (GSI)(2012). Part of the classification names was based on those used on this study, with the original names from GSI (2012) shown in parentheses. The hillshade and slope maps of the base figure were generated from the 2-meter mesh Digital Elevation Model (DEM) provided by GSI. The hillshade and slope maps of the index map were derived from the GSI Map.
剣岳地すべり地内に発達する湿地や風成の堆積物を対象として,露頭による地表地質調査を実施した。露頭で観察できない場所では,ボーリングコア試料を採取した。ボーリング作業には主にハンドオーガーを用いたが,ハンドオーガーでの回収が困難なミズゴケ泥炭などの層準はピートサンプラーおよびポストホールオーガーを用いて掘削した。肉眼で確認されたテフラ層は,実験室内で後述の分析に供した。炭素試料(植物片,泥炭など)は採取後,アルミホイルで包み,後述の分析に供した。なお,泥炭のbulk試料として採取した試料から,測定に適した植物片などが見いだされた場合,それを測定に供した。
2. テフラ分析採取したテフラ試料は,超音波洗浄した後に篩を用いて,3φより大きい粒子と3 – 4φの粒子,4φ以下の粒子に篩分した。3φより大きい粒子の試料は双眼実体顕微鏡を用いて,3 – 4φの試料は光硬化剤によりプレパラートに封入したのち偏光顕微鏡を用いて観察し,町田・新井(2003)に基づいて火山ガラス形態および有色鉱物の組み合わせを記載した。さらに,東北大学所有の温度変化型屈折率測定装置RIMS2020(株式会社京都フィッション・トラック製)を用いて,3 – 4φの試料に含まれる火山ガラス粒子の屈折率を測定した。1試料につき,30粒子の火山ガラス片を測定した。なお,完全に水和していない火山ガラス粒子は,石村ほか(2014)と同様に水和した部分(山下・檀原, 1995など)の屈折率を測定した。
3.14C年代測定露頭やコアから採取された植物片や泥炭を用いて,14C年代測定を実施した。以下の分析試料の前処理および年代測定は,株式会社加速器分析研究所に依頼し,AMS法で実施された。
前処理では,メス・ピンセットを使って付着物や現成の根等を取り除いた後に,酸─アルカリ─酸処理,もしくは酸処理のみを行い,不純物を化学的に除去した。14C の半減期は Libby の 5,568 年を使用し,炭素同位体比(δ13C)による同位体分別効果の補正をした。その後,得られた14C年代に対して,IntCal20 較正曲線(Reimer et al., 2020)およびOxCal v4.4 較正プログラム(Bronk Ramsey, 2009)を使用して暦年較正した。
剣岳地すべり移動体の上に載る堆積物が観察可能な露頭の観察を2ヶ所,ボーリングコアの掘削を2ヶ所で実施した(第1図,電子付録S1)。
1) シラタマノキ湿原
TuL-A内に位置し,Loc. 1(N38°58’25.22”, E140°45’18.78”)では,湿原を構成する泥炭などが露頭で観察可能である(第1図,第2図)。地表(掘削前の湿地の平坦面)から深度約60 cmの泥炭層中には,層厚2 – 4 cmの白色ガラス質テフラ層(Ss-1)が挟まる(第2図,電子付録S1)。また,地表から深度約360 cmの泥炭層中には,層厚10 cmほどで砂~泥サイズの岩片からなり,明褐色~白色ないし青灰色を呈するテフラ層(Ss-2)が挟在する(第2図,電子付録S1)。露頭は,Ss-2の約80 cm下まで確認された(第2図)。上記の観察結果はWang et al.(2020)の柱状図の一部とほぼ同様である。Ss-2の約80 cm下位の泥炭中から採取された植物片(葉)を「SRT-1-C1」とし,14C年代測定に供した(第2図)。
2) 野鳥の森
TuL-Bの滑落崖直下に位置するLoc. 2(N38°59’06.05”, E140°45’21.28”)にて,コア(YCOコア)を掘削し,湿地の堆積物を採取した(第1図,第2図)。地表付近はミズゴケ泥炭でハンドオーガーでの回収が困難であったことから,地表から深度1.00 mまではロシア式ピートサンプラー,深度1.00 – 1.60 mはポストホールオーガー,深度1.60 – 3.02 mはハンドオーガーを利用して採取した(電子付録S1)。なお,深度1.00 – 1.60 mはポストホールオーガーでの掘削範囲であるため,電子付録S1にコア写真は示していない。また,掘削時にコア上方に付加したスライムと考えられる範囲は写真に「Slime」と示した(電子付録S1)。スライム直下のコア上部はそのひとつ前のコアの最下部に連続すると解釈される(電子付録S1)。地表から2.72 mまでは泥炭であり,それより下位は灰色を呈する砂礫とシルトの互層である(第2図,電子付録S1)。また,ポストホールオーガーでの掘削のために乱れてしまったものの,地表から1.30 – 1.40 mの層準に白~灰色のガラス質テフラ(Ym-1)が見出された(第2図)。また,深度2.68 – 2.69 mの泥炭から見出された植物片を「YCO-1-C1」とし,14C年代測定に供した(第2図,電子付録S1)。
3) 須川温泉
TuL-C内のLoc. 3 (N38°58’44.10”, E140°46’15.63”; 第1図)周辺には直径数 mの安山岩の巨礫が点在し,ここではその巨礫間の谷間を埋める,小規模な平坦面の断面が観察可能である。露頭上部には斜交葉理を伴うシルト混じり砂層があり,チャネル状に下位の腐植質土壌を削り込んでいる(第2図,電子付録S1)。その土壌中には,層厚最大4 cmで灰白~灰褐色のガラス質火山灰層(So-1)がパッチ状に挟在する(第2図,電子付録S1)。土壌層の下位には厚さ1 m以上の淡黄褐色の礫混じり砂~シルト層がある(第2図,電子付録S1)。
4) 名残ヶ原(なごりがはら)
TuL-C内に立地する平坦地で,草本類が繁茂する (第1図)。Loc. 4 (N38°58’31.57”, E140°46’36.09”)において,ハンドオーガーを用いてコア(NGRコア)を採取した(第1図,第2図,電子付録S1)。地表から約12 cmまでは現生の草本植物根が多く含まれる泥炭があり,その下位にはシルト混じりで不淘汰な灰白~淡褐色砂礫層がある(第2図,電子付録S1)。深度9 – 10 cmの泥炭を「NGR-1-C1」としてbulkで採取した(第2図,電子付録S1)。
第2図 地質柱状図
Fig. 2 Geological columnar sections
Loc. 1のSs-1,Loc. 2のYm-1,Loc. 3のSo-1は,いずれも軽石型(繊維状,スポンジ状)の火山ガラスを多く含み,その屈折率はおおむねn = 1.502 – 1.509の範囲にある(第2図,第1表,電子付録S1)。また,有色鉱物として主に直方輝石と単斜輝石を含む。これらの記載岩石学的特徴から,上記の3つのテフラは十和田aテフラ(To-a; AD915; 町田・新井, 2003)に対比される(第1表)。
Ss-2 の構成物のほとんどは,一部風化変質した火山岩片である(第2図,電子付録S1)ことから,栗駒火山の水蒸気噴火に関連して堆積したテフラ層である可能性がある。しかし,本稿の目的上,Ss-2は記載にとどめ,栗駒火山の水蒸気噴火史に関しては別稿で報告・議論する。
第1表 ガラス質テフラおよび既知テフラの記載岩石学的特徴 Table 1 Petrographic properties of vitric tephra beds and typical ones |
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Locality | Name | Age | Mafic mineral | Glass morphology | Refractive index of volcanic glass (n) | n |
(typical) | Toawada a(To-a) | AD915 | opx, cpx | pm | 1.500 – 1.508 (Iwate) | − |
Toawada Chuseri(To-Cu) | 6 ka | opx, cpx | pm | 1.508 – 1.512 | − | |
Kikai Akahoya(K-Ah) | 7.3 ka | opx, cpx | bw, pm | 1.508 – 1.516 | − | |
Hijiori Obanazawa(Hj-O) | 12 – 11 ka | opx, ho; qt | pm | 1.499 – 1.504 | − | |
Loc. 1 | Ss-1 | − | opx, cpx | pm | 1.498 1.503 – 1.509 |
1 29 |
Loc. 2 | Ym-1 | − | opx, cpx | pm | 1.502 – 1.508 | 30 |
Loc. 3 | So-1 | − | opx, cpx | pm | 1.502 – 1.507 | 30 |
opx:直方輝石,cpx:単斜輝石,ho,普通角閃石,qt:石英,pm:軽石型火山ガラス,bw:バブルウォール型火山ガラス。既知テフラの情報は町田・新井(2003) による。
opx:orthopyroxene, cpx:clinopyroxene, ho:hornblende, qt:quartz, pm:pumice type, bw:bubble-wall type.Data of typical tephras are from Machida and Arai (2003).
14C年代測定結果は第2表に示した。Loc. 4のNGR-1-C1のみ,測定可能な植物片が少なかったため,試料から現生の根を取り除いて篩分した106 µm以下の土壌および植物片をすりつぶした試料を酸処理したのち測定した結果である。Loc. 1のSRT-1-C1からは4,834 – 4,585 cal yr BP,Loc. 2のYCO-1-C1からは3,834 – 3,648 cal yr BP ,Loc. 4のNGR-1-C1からはModern(AD1950以降)の年代値(いずれも2σ範囲)がそれぞれ得られた(第2表)。
第2表 放射性炭素年代測定結果 Table 2 Results of14C dating |
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Locality | Material | Sample name | Lab code | δ13C(‰)(AMS) | 14C age(±1σ) | Calibrated age(±2σ) |
Loc. 1 | Plant fragment | SRT-1-C1 | IAAA-211030 | −27.64±0.21 | 4,177±27 yr BP | 4,834–4,785 cal BP(21.1%) 4,768–4,616 cal BP(72.7%) 4,597–4,585 cal BP(1.6%) |
Loc. 2 | Plant fragment | YCO-1-C1 | IAAA-211032 | −28.46±0.19 | 3,540±26 yr BP | 3,834–3,689 cal BP(92.3%) 3,660–3,648 cal BP(3.1%) |
Loc. 4 | Peat | NGR-1-C1 | IAAA-211031 | −24.97±0.28 | Modern | − |
テフラ対比と14C年代測定の結果,ならびに地形の新旧関係に基づき,各地すべりの形成年代の上限値を推定する。
TuL-A上のLoc. 1で確認できた最下位の植物片の年代から,シラタマノキ湿原の成立は4.8 – 4.6 cal ka以前である(第2図,第2表)。しかし,Wang et al. (2020)は同地点にて,YCO-1-C1より下位とみられる堆積物中の植物片(L01)から5,310 – 5,286 cal yr BPの年代を得ていることから,本湿原の成立とTuL-Aの形成は約5.3 cal ka 以前に遡る(第3図)2)。
TuL-B上のLoc. 2では,湿原堆積物である泥炭の最下部付近から3,834 – 3,648 cal yr BPの年代が得られた(第2図,第2表)。泥炭の下位にみられた砕屑物層は,その層相から地すべり移動体を構成する堆積物,もしくは凹地底に堆積した砕屑物であると考えられる(第2図,電子付録S1)。上記から,野鳥の森湿地を載せるTuL-Bの形成は約3.6 cal ka以前である(第3図)。
TuL-C内に発達する名残ヶ原(Loc. 4)の湿地堆積物は著しく薄く,TuL-Cの形成年代推定の参考となる14C年代を得ることはできなかった(第2図,第2表)。しかし,Loc. 3ではTuL-Cを被覆する土壌中からTo-aが確認された(第2図,第1表)ため,TuL-Cの形成年代は遅くともTo-a降下期(AD915)以前である(第3図)。
上記から,TuL-Aは約5.3 cal ka以前,TuL-Bは約3.6 cal ka以前,TuL-CはAD915以前にそれぞれ形成されたことが明らかになった(第3図)。TuL-AとTuL-CはTuDの崩壊によって形成されたことから,これら3つの地すべりの形成年代の上限値はTuDの形成年代(約8.1~6.4 cal ka; 土井, 2013; 山元, 2014)より前に遡ることはない(第3図)。なお,TuL-BはTuL-A形成後に形成された(第1図,第3図)ことから,今後TuL-Aの詳細な形成年代が判明すれば,TuL-Bの下限年代も制約されうる。
仮に,それぞれの地すべり発生後,すみやかに湿地が成立したとするならば,TuL-AとTuL-Bをもたらした崩壊は連鎖的に発生したわけではなく,約1,000年程度の間隔を空けて発生したと考えられ,TuL-AとTuL-Bの発生誘因は異なる可能性が示唆される(第3図)。ただし,気候水文的な制約や土塊内での二次移動等により,崩壊の発生から土塊内の凹地の形成ないし湿地の成立までに時間差が生じる可能性はあるので,この点は検討が必要である。
最新期のマグマ噴火で生じた溶岩ドームであるTuD(土井, 2018)は,形成直後,ないし形成から遅くとも約2,800年以内に大規模崩壊を発生させた(第3図)。溶岩ドームの崩壊は形成直後に限らず,ドームの風化や変質によって二次的に不安定化した結果,形成から数十~数百年以上の間隔を空けて崩壊が発生する場合もある(Harnett et al., 2019など)が,資料が少なく十分に議論は進んでいない。本研究では,TuL-A~TuL-Cの形成がTuDを形成した噴火の直後か否かを特定することはできなかったが,今後,100~1,000年の時間スケールで溶岩ドームの安定性を評価するためにも,TuL-A~TuL-Cに加え,TuDの詳細な噴出過程の復元や年代決定も必要である。
第3図 栗駒火山北麓における大規模地すべりの発達史
TuDとSkLの年代は,藤田・藤縄 (1996),土井 (2013; 2018),山元 (2014),TuL-Aの年代はWang et al.(2020)に基づく。
Fig. 3 Developmental history of large-scale landslides on the northern foot of Kurikoma Volcano
Ages of TuD and SkL are after Fujita and Fujinawa (1996), Doi (2013; 2018), Yamamoto(2014), and that of TuL-A is after Wang et al.(2020).
栗駒火山北麓に発達する剣岳地すべり地(TuL-A~TuL-C)を覆う被覆層および湿地堆積物から得られたテフラと14C年代に基づき,各地すべりの発生年代の上限を推定した。その結果,TuL-Aは約5.3 cal ka,TuL-Bは約3.6 cal ka(少なくともTuL-Aの形成より後),TuL-CはAD915以前にそれぞれ形成されたことが明らかになった。栗駒火山の最新期のマグマ噴火で生じたTuDは,形成後遅くとも約2,800年以内に崩壊した。溶岩ドームの安定性を評価するためにも,今後,TuDの詳細な年代資料なども得る必要がある。
明治大学の佐々木夏来氏,大阪公立大学の奥野充氏,東北大学の高橋直也氏と諏訪貴一氏には,調査に同行頂くとともに助言を頂いた。岩手県南振興局,秋田県生活環境部,林野庁岩手南部森林管理署,同秋田森林管理署湯沢支署には,入林や試料採取等の許可を頂いた。国土地理院には,航空レーザー測量データおよび火山土地条件図のシェープファイルを貸与・提供頂いた。本研究には,令和3年度栗駒山麓ジオパーク学術研究等奨励事業補助金(代表者:高橋尚志)と深田地質野外調査助成(代表者:市川玲輝)を使用した。本稿は,第2著者の市川が東北大学理学部に提出した卒業論文の一部を骨子としつつ,再検討した上で大幅に加筆・修正したものである。本稿の内容の一部は,東北地理学会2022年春季学術大会にて発表した。匿名の校閲者のコメントによって本論文は著しく改善された。記して感謝を申し上げます。
1) 国土地理院(2012)は,本稿でSkL,TuL-A~Cと呼称する地すべり地をすべて「岩屑なだれ堆積地」と呼称している。しかし,地すべり地内に微地形として認められる多数の亀裂やしわは,山体崩壊に伴う高速な崩壊物質の移動だけとはかぎらず,緩慢な崩壊物質の移動による通常の地すべりも含む可能性がある。筆者らは,これらの流動様式に関する新たな資料を得ていないのでこれ以上の議論は行わないが,本稿ではより包括的な用語として,これらを「岩屑なだれ」ではなく「地すべり」と呼称することとした。
2) 土井(2012)には,「須川湖南方の泥炭地の湿原堆積物下部に介在する水蒸気爆発堆積物(火砕サージ)の年代は7,535±25 y BP」であるという記述があり,この「須川湖南方の泥炭地」がシラタマノキ湿原(Loc. 1)のことを指すのであれば,TuL-AおよびTuDの形成年代は7,535±25 y BP以前に遡る可能性がある。しかし,土井(2012)では,この年代が得られた堆積物の詳細な採取位置や層準,試料形態などは示されておらず,本研究でもこれと同じと考えられる「水蒸気爆発堆積物」は追認できていない。このため,現時点では土井(2012)が報告した上記の年代値をTuL-AおよびTuDの年代制約には採用していない。