2025 Volume 33 Issue 2 Pages 38-49
This paper attempts to examine community bus services in the Tama region of Tokyo in terms of the operational characteristics and the role of bus services that municipalities aimed for. In the process of adoption by municipalities, there was a certain degree of regional cohesiveness that surrounding municipalities of the precedents were likely to initiate their operations. In addition to analysis of fare systems, the percentages of bus routes independently operated by community bus operators were calculated based on GIS analysis to understand the role of community buses in the region. As a result, in the early 1990s, community bus services were provided in a manner similar to that of other bus services. On the other hand, municipalities began operating community buses in the late 1990s tended to fill the gap left by the declining services of private bus operators. In the 2000s, such examples led to their spread to neighboring municipalities and accelerated the adoption in the study region.
近年,農村部・都市部に限らず,鉄道駅やバス停などが一定の距離圏内にない「交通空白地」が生じており,公共交通の利用が困難となる交通弱者・交通難民が全国的に問題視されている.背景には,不採算バス路線の廃止や住民の高齢化に伴う免許返納などが考えられる.このような交通空白地を解消し,交通弱者・交通難民の問題に対処するため,各自治体でコミュニティバスの導入が進められてきた.
コミュニティバスとは,一般的に,交通空白地(不便地域を含む)の解消などを図るために市町村などが主体的に計画し,①民間事業者に委託して運行するものと,②市町村自らが行う市町村運営有償輸送によって運行されるものを指す(国土交通省,2012).その先駆けとして,東京都武蔵野市が,1995年に市内の交通ネットワークから外れた交通空白地域の解消を目的に運行を開始したコミュニティバス「ムーバス」が知られている.ムーバスの特徴には,既存の民間路線バスと比較して短い約200 m間隔でのバス停の設置,100円均一運賃の導入,循環型の経路設定などがある.2020年には,その運行開始からの累計乗車人員が5,000万人を超えており,地域の身近な交通機関として定着していると言えよう.このような武蔵野市の成功事例は,全国からも注目され,地方自治体によるコミュニティバスの導入が各地へと広がっていく契機となった(竹内,2009).
これに加えて,2002年に「改正道路運送法」が施行されたことによる影響も大きい.従来,公共交通の運営に関しては,車両やバス停などの設備費のほか,運行コストに多額の費用がかかるため,バス運行事業者を免許制にし,新規参入の規制と運賃の統制が行われてきた.しかし,その結果公共交通の運営は既存事業者の独占状態となってしまい,事業者間の競争が発生しにくくなり,運賃の値下げや増発などサービスの向上が見込めなくなっていた(中部地域公共交通研究会,2009).2002年の法改正によって,タクシー事業者や貸切バス事業者など,従来,乗合バス事業に参加が認められていなかった事業者も乗合バス事業に参入でき,新規路線の開設や自治体からのバス事業受託を行えるようになった.他方で,バス事業からの撤退に関しても規制緩和が行われ,従来,自治体の同意が必要だったものが,運行事業者が運輸局への事前の届け出のみで,バス路線の廃止が可能になった.結果的に,長年運行されていた民間バス路線が赤字を理由に廃止される事案も発生した.また,路線バス運行費の補助制度が,国から事業者という流れではなく,地方自治体からバス路線自体へと変更された.そのため,地方自治体が,地域の公共交通の運営方針を主体的に検討する必要性が高まった(吉田,2009).
武蔵野市による「ムーバス」の成功と国による規制緩和という2つの要因に影響され,2000年代に入ると全国の自治体で交通空白地帯の解消,もしくは廃止された民間バス路線の代替を目的としたコミュニティバスが導入されていった.それに伴い,コミュニティバスをはじめとする公共交通機関の路線網や役割の変化を対象にした研究蓄積が進んだ.そうした研究は,分析スケールの観点から大きく2つのタイプに分類できる.
1つ目のタイプは,単独または少数の地方自治体でのコミュニティバスの導入・普及を扱った研究である.たとえば,田中(2011)は,広島県北広島町において,デマンドバス1)の運行が開始される際に,自治体のみならず交通事業者もリーダーシップを取り,自治体と利用者の双方をつなぐ役割を担ったことで,交通経営と利便性の点で両者にメリットとなるサービス供給体制が構築されたことを明らかにした.また,井上(2006)は,京都市において,規制緩和を機に,新規にバス事業に参入しようとした事業者に対する既存の公営バス事業者の対応やその関係性を調査した.既存事業者は,新規事業者への対抗策として,定期券運賃の引き下げなどのサービスの向上を行なったことや,自治体などが事業者間の協調を促し,既存事業者の一部バス路線を新規参入事業者に委託することで,単独での新規参入をとどまらせた.飯島・浅野(2002)は,東京都葛飾区を対象にコミュニティバス沿線住民にアンケート調査を行い,地理情報システム(GIS)を用いて地区ごとの利用頻度の解析を行った.その結果,①コミュニティバスは既存の路線バスに比べてバス停間隔が狭いことから利用者のバス停までのアクセス距離が短いこと,②そのためバス停の勢力圏は民間バスと比較すると広くないこと,③大回りとなる路線は利便性を低下させ,潜在的な需要をとり逃すことを明らかにした.
2つ目のタイプは,より広域な自治体や自治体間の関連性に着目した研究である.例として井上(2005)は,関西2府4県において自治体のバス交通サービスの実態を調査した結果,①コミュニティバスの運行目的が,赤字などで廃線になった民間バス事業者の路線の代替から交通空白地帯への新規路線の開発へと変化したことや,②コミュニティバスの運営は,近隣の自治体の先行事例に左右され,その形態や運賃に地域的な連続性が見られたことを明らかにしている.これと同様の傾向は他地域でもみられ,俣野・谷(2013)は,南関東1都3県の議会・委員会の会議録を通して,自治体がコミュニティバスを導入する際には,よく知られた自治体の成功事例のほか,近隣の自治体での先例を参照しており,コミュニティバスの普及過程に,「近接効果」とも呼べる状況を示した.
その他,樋口・秋山(2000)は,関東地方1都3県のコミュニティバス90路線を対象に自治体にアンケートを行い,その結果からコミュニティバスの導入過程に政治的側面が強く影響しており,沿線住民のニーズの把握がなされていないことが乗車率低下を招いていると指摘した.また規制緩和を扱った研究として,川端・佐野(2019)は東海地方3県(愛知,岐阜,三重)内において規制緩和に伴い,これまで参画のなかったタクシー事業者が公共交通事業に参画する傾向を自治体に対するアンケート調査によって明らかにした.
以上,規制緩和以後,地方自治体の運営する公共交通事業を対象とした研究は多数行われてきたが,大半の研究が前者のタイプで,後者の自治体間でのコミュニティバスの普及過程に着目した研究は限定されている.そのため,自治体による新たな公共サービスの導入と普及に関する知見を深めるという視点から,公共サービスの一種ともとらえられるコミュニティバスの導入・普及について,その萌芽期から現在に至るまでの地域的な拡大や変化を把握できていない.また,多くが自治体や利用者に対するアンケート調査や聞き取り調査を基にした研究で,交通ネットワークに関する空間データを利用し,GISを用いた定量的分析は地理学の分野では多くはない.
一方で都市計画,土木,建築学の分野ではGISの活用が進んでおり,事例として,バス路線の評価指標を算出してバス路線網計画支援システムの構築を検討した杉尾・磯部・竹内(2001)やバス系統ごとの商圏人口をもとにコミュニティバスの一般路線バス化を検討した松崎(2015),居住人口と運行頻度の関連性に着目した近藤・野際(2023)が挙げられる.また,自治体で地域公共交通計画などを作成する際,GISを活用してバス路線の人口・施設のカバー状況を把握することが多い.しかし,バス停の位置情報に関する全国的なGISデータは近年まで整備・提供されてこなかったため,これらの研究・自治体による検討では,個々のバス停単位での空間分析を踏まえ,自治体間で比較し,コミュニティバスの普及過程・運行形態の特徴に言及することができていない.
1.2 研究目的・研究方法 1.2.1 研究目的本研究の目的は,全国的にも早期にコミュニティバスの運行が始まった東京都多摩地域を対象に,各自治体におけるコミュニティバスの導入時期ならびに現在の運行形態を明らかにすることである.特に,後者に関して,GISを用いて,コミュニティバスと既存バス事業者のサービス圏の重複を定量的に評価することで,各自治体で新たに導入されたコミュニティバスの運行が,既存の民間バス路線の補完・拡充を目的としたものか,または既存のバス路線が運行されていない交通空白地のニーズを満たすことを目的としたものかを確認する.このような分析を通じて,多摩地域におけるコミュニティバス導入の空間的な普及過程の特徴ならびに交通空白地の解消を目的としたコミュニティバスが担う役割に関して考察を加える.
1.2.2 研究方法研究資料として,自治体や自治体が運行を委託している民間バス事業者のホームページなどからコミュニティバス路線の概要や系統数,運行開始年,運賃制度などの情報を収集し地図化した.次に,国土交通省『国土数値情報 バス停留所』データからコミュニティバスおよび民間バスのバス停を抽出し,バッファを作成したうえで,それぞれの面積の重なりの割合を計算した.
本研究の対象地域は,26市3町1村で構成される東京都多摩地域とした(図1).対象地域は,最西部に山間地域,西部に多摩川による扇状地が位置し,中央部から東部にかけては丘陵や平野が広がり,多様な地形条件がみられる.一部の地域では,地形起伏が大きく高齢者などの交通弱者の移動困難性が高い.多摩地域の30市町村の総面積は1,159.81 km2,2024年1月現在の総人口は429万531人である(東京都,2024).八王子市(約57.8万人)の人口が最も多く,ついで町田市(約43.2万人),府中市(約26.3万人)の順となる.他方,檜原村(1,866人)の人口が最も少なく,ついで奥多摩町(4,344人),日の出町(約1.7万人)の順となる.東部は大手町や丸の内などの東京中心部のオフィス街や新宿,渋谷などの副都心からの距離が比較的近く,鉄道や高速道路といった交通機関も整備され,都心で働く人のベッドタウンとなっている.また多摩市,稲城市,八王子市,町田市の4市にまたがって造成された多摩ニュータウンは,2019年時点での人口が約22万人と日本有数の大規模ニュータウンとして知られる(東京都都市整備局,2023).他方,近年では高齢化が進む自治体もあり,特に最西部でその傾向が顕著である(東京都総務局行政部振興企画課,2021).

1西東京市,2武蔵野市,3三鷹市,4調布市,5狛江市,6清瀬市,7東久留米市,8小平市,9小金井市,10府中市,11稲城市,12東村山市,13国分寺市,14国立市,15東大和市,16立川市,17日野市,18多摩市,19町田市,20武蔵村山市,21昭島市,22瑞穂町,23羽村市,24福生市,25八王子市,26青梅市,27日の出町,28あきる野市,29奥多摩町,30檜原村
現在,多摩地域に位置する全30市町村のうち25の市町村でコミュニティバスが運行されている.表1に,コミュニティバスを運行する25の自治体と,コミュニティバスに類似する運行形態を持つ福祉バス・デマンドバスという公共交通を運行する2つの自治体とを合わせた合計27の自治体の運行状況について,運行開始年順に整理した2).なお,対象地域のうち,現在までに経路変更や一部系統の廃止はあるものの運行自体を取りやめた市町村はない.コミュニティバスを運行する25の自治体の中で最も早く運行を開始したのは,武蔵村山市の「MMシャトル」で,1980年の運行開始は,全国的にみても早い.軌道交通機関がない武蔵村山市では,路線バスが主な公共交通機関となっており,その補完を目的に導入された(武蔵村山市,2021).続いて,1986年には,日野市で「ミニバス」の運行が始まる.この「ミニバス」は,市が民間バス事業者に運行を委託した点が特徴的である(竹内,2009).そして,1995年に武蔵野市の「ムーバス」が運行を開始した.ムーバスは,200 mと短いバス停間隔,日中のみ運行される15分間隔のダイヤ,100円運賃と利用者にわかりやすい運行形態を採用したことで,高齢者を中心に受け入れられ,「コミュニティバス」が全国に普及するきっかけとなった.ムーバスの成功を背景に,2000年から2005年までに14もの自治体で,相次いでコミュニティバスの運行が始まった.2020年代に入ると,2021年に瑞穂町,2022年に日の出町と山間部の自治体において,利用者を町内在住の高齢者など交通弱者に制限していた福祉バスが,コミュニティバスとして運行されるようになった.
ここで表1に記載される運行開始年代と運賃形態を,図2に地図化した.その分布をみると,1980年代に運行を開始した武蔵村山市と日野市,その後の1990年代の武蔵野市,西東京市(当時は保谷市),町田市,多摩市,三鷹市をあわせた計7市のうち,日野市(1986年)・多摩市(1997年)・町田市(1997年)と武蔵野市(1995年)・西東京市(1996年)・三鷹市(1998年)はそれぞれが互いに隣接している.つまり,井上(2005)や俣野・谷(2013)による関西地方や南関東を対象とした先行研究での指摘と同様に,多摩地域においてもコミュニティバスの運行開始時期に,一定の地域的まとまりを確認できる.その後,2000年代には,上記の7市の周辺自治体でコミュニティバスが導入され,多摩地域の広範囲がカバーされるに至った.

2.2 運賃形態
次に,現在の運賃形態について表1および図2の情報に基づいて分類を行う.1999年までに運行を開始した7市のコミュニティバスのうち,一般の路線バスと同様の対距離運賃や150~210円の均一運賃に設定しているのは6市に上る.つまり,路線バスの補完として,コミュニティバスが運行されていることを示唆している.この時期に唯一100円均一運賃を導入したのが武蔵野市の「ムーバス」であった.上述の通り,その成功が広く知られ,2000年代に運行を開始したコミュニティバス全14市のうち,約半数の6市で100円均一運賃が導入されている.
図2をみると,昭島市を除き100円均一運賃を適用している8の自治体は,100円均一運賃を適用する自治体のいずれかに隣接している.自治体によって運行委託事業者は異なるが,同一の運賃形態を採用する地域がまとまって分布する.同様の傾向は,他の均一運賃や対距離運賃にもみられる.このことから,多摩地域では,運賃形態の設定にあたっては近隣の先行事例に「倣う」傾向があることがわかり,他地域での事例(井上,2005;俣野・谷2013)とも類似していた.
100円均一運賃を採用する自治体には,大きく2つの地域的なまとまりがある.第1のまとまりは100円運賃の先駆的存在である武蔵野市を含む地域で,多摩地域の中でも東側に位置し,東京都心部に近い地域である.第2のまとまりは檜原村や日の出町など多摩地域の中でも人口が少なく,高齢化が進んでいる中山間地域である.第1のまとまりから離れたかたちで第2のまとまりが中山間地域にみられる理由として,あきる野市のコミュニティバスの導入時(2000年)に隣接自治体でコミュニティバスの運行を行う自治体がまだ無く,成功例として全国から注目されていた武蔵野市の運賃形態を飛び地的に採用し,その後あきる野市を先行事例として近隣自治体へ同様の運賃形態が拡大したことや,利用客の大半を占める高齢者がわかりやすく利用しやすい価格に採算度外視で設定を行なったことが挙げられる.昭島市では,実際にそうした理由で100円均一運賃にしたことが議事録に記されている(昭島市,2001).
このような地域的まとまりは,100円以上の均一運賃を採用する自治体にもみられる.多摩地域で初めてとなるコミュニティバスを1980年に導入した武蔵村山市を起点として,2000年代前半に隣接する自治体(東久留米市,東村山市)に,2000年代後半にさらに隣接する自治体(清瀬市)へとすべて同水準の均一運賃(180円)で拡大した.また,2020年代に福祉バスをコミュニティバスに転換した瑞穂町も武蔵村山市と隣接することから180円の均一運賃を採用している.
以上を小括すると,多摩地域のコミュニティバスの普及過程には,先行事例となる自治体を核に周辺自治体へと拡大していくような近接効果が認められるとともに,導入に際しては,運賃などの運行形態も先行事例を参考に設定されていることが示唆された.
本章では,各自治体におけるコミュニティバスの現在の運行経路に関して,個々のバス停データを用意し,①バス停からのサービス圏内に含まれる公共施設数および②コミュニティバスと民間バスとのサービス圏の重複度合を評価する.分析に使用するデータとして,国土交通省『国土数値情報ダウンロードサービス』から「バス停留所」(2010年),「バスルートデータ」(2011年),「公共施設ポイントデータ」2006年)をそれぞれ入手し,ESRI社のArcGISで解析した.なお,使用するデータの都合上,福祉バス,デマンドバスおよび2020年代以降に福祉バスから転換され,運行を開始したコミュニティバスを運行する自治体を除く,23の自治体を対象とした.
本研究では,バス事業者のサービス圏を,バス停ポイントから半径200 mのバッファと定義した.一般的にバス停のサービス圏は半径300 mに設定されているが(国土交通省都市局都市整備課,2014),対象地域の大部分は住宅が密集する地域で,かつバス停の間隔を短くし,高齢者などの交通弱者に配慮したコミュニティバスが分析対象であることから半径200 mとしている.
3.1 サービス圏内の公共施設件数コミュニティバスは公共サービスの一種であるため,民間バスと比較して役場や図書館といった公共施設付近にバス停が設置されることが多いことが想定される.そこでサービス圏内に含まれる公共施設数について,コミュニティバスおよび民間バス別に集計を行った(表2).分析に使用した『公共施設ポイントデータ』には,役場や図書館,病院,郵便局,学校などが含まれる.
分析の結果,対象自治体全体でのコミュニティバスサービス圏内および民間バスサービス圏内公共施設数は,それぞれ1,517件,2,345件,割合にすると38.5%,59.5%となり,バス停数が多く,サービス圏内面積が大きい民間バスの方が高い値となった.しかし,1平方キロメートルあたりの公共施設数を算出すると,11.3件,10.3件となり,自治体のコミュニティバスサービス圏内面積の平均は6.2平方キロメートルということを考えると,コミュニティバス,民間バスのサービス圏内公共施設数ほぼ同水準であるとわかった.このことから,公共サービスという側面を持つコミュニティバスではあるが,民間バスと比較して公共施設付近により多くバス停を設置するといったことは特段行われていないと考えられる.
3.2 コミュニティバスと民間バスとの比較分析次に,コミュニティバスが,民間バスの補完を目的にしたものであるのか,交通空白地の解消を目的にしたものであるのかを判断するため,コミュニティバスと民間バスのサービス圏に対してオーバーレイ分析を行った.その上で,全バス停のサービス圏面積に対して,民間バスのサービス圏が重複しないコミュニティバスのサービス圏の面積割合を「独自区間」として求め,その割合の高い自治体順に平均値と平均値±1標準偏差で分割し,グループ1~4とした(表3).なお一部の自治体では市内に鉄道駅が複数あり,鉄道での市内移動が可能な地域も存在する.そこで鉄道駅から500 m圏内を駅勢圏とし,駅勢圏のカバー範囲を除いた上で独自区間の面積割合を算出した.参考として駅勢圏のカバー範囲を含んだ独自区間の面積割合も同様の方法で算出,グループ分けを行った結果,駅勢圏の有無で独自区間の面積割合およびグループ分けの結果に大きな差はみられなかった.このことから本研究の以降の分析ではコミュニティバスのサービス圏は駅勢圏を除いたデータを使用する.
コミュニティバスの独自区間の面積割合が最も高いグループ1に分類される自治体は,羽村市,東村山市,日野市,清瀬市である.これをコミュニティバスの運行開始年順と重ね合わせた(図3).すると,1980年代から1990年代前半にかけて,武蔵村山市や日野市など最初期に運行を開始した自治体では,2010年現在,民間バスよりもコミュニティバスの方が,サービス圏の面積が大きいまたはほぼ同程度となっている.またコミュニティバス独自区間も,武蔵村山市を除き,面積割合の高いグループ1・2に区分された.他方,1990年代後半に運行を開始した自治体である多摩市や三鷹市をみると,グループ4に区分され,民間バスよりもコミュニティバスの方がサービス圏の面積が小さく,かつコミュニティバス独自区間の面積割合も最初期の自治体と比較し低下した.2000年以降に運行を開始した自治体には,交通空白地の解消を目的にしたグループ1・2と,立川市や小平市,狛江市など独自区間の面積が少なく,民間バスを補完する目的としたグループ3の両者がある.それぞれのグループに,一定の地域的まとまりが確認される.

注:地図上の数値は運行開始年を示す
3.3 サービス圏内の人口規模
運営主体がバス路線を設定する際には,沿線人口を考慮していると考えられるため,本節ではコミュニティバスと民間バスのサービス圏内の人口を比較する.使用する人口データは,総務省統計局の『平成22年国勢調査』内の小地域別人口及び世帯総数データである.
この人口データを,駅勢圏500 mを除いたコミュニティバス,民間バスそれぞれのサービス圏面積で按分した.そのうえで,コミュニティバス,民間バスのサービス圏内のカバー人口,自治体内全住民人口に対するサービス圏内の人口カバー率,サービス圏内の人口密度を算出した(表4).
この結果をみると,コミュニティバスのサービス圏よりも民間バスのサービス圏の方が約2倍広いこともあり,サービス圏内の人口および人口カバー率は民間バスで高い.一方でサービス圏内の人口密度に関して,コミュニティバスサービス圏内の人口密度が民間バスよりも1,000人/km2程度高くなっている.このことからコミュニティバスは民間バスと比較しても,相対的に人口が多い地域を運行していることがわかる.
次に,コミュニティバスの独自区間の面積割合に基づく4つのグループ間で比較してみると(表5),グループ1のように,コミュニティバスの独自区間の面積が大きく,交通空白地解消を目的にバスを運行している考えられる自治体では,サービス圏内の人口カバー率が約30%と多摩地域全体のコミュニティバス人口カバー率よりも高い水準にある.他方,グループ4のように,コミュニティバスの独自区間の面積割合が小さく,民間路線バスの補完を目的としたコミュニティバスを運行していると考えられる自治体では,人口カバー率は低い水準となっている.
人口密度をみると,グループ1とグループ3が比較的低い値,グループ2とグループ4が高い値となる.グループ1が低い値になっている理由としては,交通空白地解消のためこれまでバスの運行がなかった比較的低人口密度の地区を運行するルート設定を行っていることが考えられる.一方グループ4が高い値となった理由としては,人口密度の高い地区を経由する民間バス路線を代替や補完する目的でルートが設定されていることが考えられる.
以上,バス停のサービス圏に基づく分析からは,全体傾向として,各自治体のコミュニティバスの運行形態に応じて,交通空白地解消を目的とする場合は,人口カバー率を重視した路線を運行し,民間バスの補完を目的とする場合は,人口密度の高い地区を結ぶ基幹路線が運行されていると指摘できる.
多摩地域におけるコミュニティバスの普及過程およびその導入目的に関して,以上の分析から得られた知見は次節のように3つの観点から整理できる.
4.1 コミュニティバスの普及過程と近接効果2章ならびに3章では,多摩地域におけるコミュニティバスの普及過程と近接効果を確認した.まず運行開始年に注目すると,1990年代までにコミュニティバスの運行を開始した自治体は,互いに隣接して位置していたことが明らかになっており,2000年代前半にはその周辺を取り囲むようにコミュニティバス運行自治体が増加した.2006年以降にコミュニティバスを運行開始した自治体は,さらにその周囲に位置している.このことから,多摩地域においては武蔵村山市や日野市など中央部や,武蔵野市や西東京市など23区に近い地域から運行を開始したコミュニティバスが隣り合う自治体に影響を与え,さらに隣り合う自治体に影響を与えるという形式で,コミュニティバスの運行が空間的に連坦して広まったと推察できる.
次に,運賃形態に関しても100円均一運賃,100円以上の均一運賃,対距離運賃という3つの形態による地域的まとまりがあった.このまとまりは運行委託先の事業者の差に影響されず成立していることを考えると,コミュニティバス運行形態の設定には自治体の意向が運行事業者の意向よりも重視され,自治体の意向は近隣の自治体の先行事例に大きく影響されていると考えられる.
またコミュニティバス独自区間割合の視点でみても運賃形態ほどではないものの独自区間割合の上位下位で地域的まとまりがあり,自治体間にある程度の近接効果がみられる.以上のことから井上(2005)や俣野・谷(2013)で明らかになったコミュニティバス運行形態には近隣自治体の先行事例が影響を与え,運賃形態や運行ルート設定に一定の近接効果がみられるという特徴が,本研究においてもみられるということが明らかになった.
4.2 運行開始年による運行形態の特徴本研究においてコミュニティバス運行形態は運行開始年によって3つの時期に分けられた(表6).
1990年代前半までのコミュニティバス最初期に運行を開始した自治体では,運賃水準が民間バスと同等もしくは近い値に設定されていることが多い.つまり,運行本数が少ない一般バス路線や交通空白地の解消を目的に自治体が運行する一般バス路線と同等の役割がコミュニティバスに求められていたと考えられる.
1990年代後半に入ると民間バスと運賃水準が同等で,コミュニティバス独自区間の面積割合が小さい路線が開設されたが,この時期は採算面などの問題から減便が行われた一般路線バスの利便性を維持するための代替のバス交通としての役割をコミュニティバスが担うという傾向が見られる.
2000年代になると,これまで運行例が少なかった100円均一運賃など低価格のコミュニティバスが開設され,そのように運行形態の導入には地域的まとまりがあった.これは近隣自治体のコミュニティバスの成功に触発された自治体がその運行形態を踏襲して新たにコミュニティバスを開設し,それがさらに近隣自治体のコミュニティバス開設を呼び込むという循環が行われた結果ではないかと考えられる.
このように,運行開始年によって,自治体がコミュニティバスに求めた役割が,当初の自治体による一般路線バスから代替バス交通,交通空白地の解消へと変化しているという傾向は,3.2で行った2011年時点でのデータを用いた面積計算でも示唆されている.また2000年代にコミュニティバスの導入が急速に拡大したもう1つの理由として,規制緩和が考えられる.これまでの状況ではバス路線を開設することが困難であった地域にも,運行が認められるようになった乗合バス事業の環境変化や民間事業者に委託する際の選択肢の増加が,コミュニティバス拡大の一因になっている可能性がある.
具体的な事例としては,小金井市において,従来小型バスでも運行することが困難であった狭小な道に規制緩和によって乗合バス事業に参入したタクシー事業者のミニバンを用いてコミュニティバスを運行した事例(小金井市,2024)が挙げられる.
4.3 民間バス路線との比較3章でのコミュニティバスと民間バスのバス停から半径200 mのバッファをもとに設定したサービス圏の比較によって,コミュニティバスと民間バスの相違点が明らかになった.運行ルート周辺の公共施設の立地という観点ではコミュニティバスと民間バスとの差異は小さかったが,沿線人口という観点では,多摩地域内の全体的な傾向としてコミュニティバスの方が民間バスよりも人口が多い地域を運行する割合が大きいということが明らかになった.この理由として,後発のコミュニティバスは,自治体内における居住分布の現状を考慮した運行ルート設定が可能であるという点や,小型バスで運行されることが多く,住宅密集地の狭小な道路も運行ルートに組み込むことが可能である点が考えられる.また,一般的に1つの自治体で運行が完結するコミュニティバスは,河川などが位置し,人口が少ないことも多い市境を通過しないこともあり,自治体間を跨いで運行されることも多い民間バス路線と比較すると,沿線人口が多いという結果になった可能性がある.
本研究では,全国的にも早期にコミュニティバスを導入した東京都多摩地域において,コミュニティバスの普及過程ならびに運行形態の特徴を検討した.その結果,運賃や運行開始年に加え,GISを用いた空間分析に基づいたコミュニティバス独自区間の面積割合の算出結果により,先行研究と同様に,コミュニティバス導入時に近隣自治体の先行事例が影響を与え,運賃や運行ルート設定に一定の近接効果が現れるという特徴が東京都多摩地域においても確認された.
また運行形態の特徴について運行開始年別の運賃形態やコミュニティバス独自区間の面積割合から検討すると,1990年代前半以前の最初期に運行を開始した自治体においては,コミュニティバスは,自治体が運行する一般路線バスと同じに見なされていた.1990年代後半に運行を開始した自治体では,サービスを縮小した民間路線バスの補完が目的となり,さらに2000年代に入ると,自治体でのコミュニティバス運行の成功が,その近隣の自治体へと波及するようになった.このように,運行開始年によって運行形態の特徴が変化していることが示唆されており,自治体がコミュニティバスに求めた役割やコミュニティバスに対する社会全体の認識に変化が生じていることが,その要因であると考えられる.
今後の研究課題を挙げると,先行研究では研究対象地域を関西地方2府4県全域や南関東1都3県としていたが,本研究では東京都多摩地域を対象地域としており,より狭小な範囲での研究である.そのため隣接する東京特別区や隣接する他県の自治体からの影響が考慮されていない.今後,本研究と同様の分析を,関東地方全域に拡大して運行実態などを検証する必要がある.
またサービス圏の面積計算に利用したバス停,バスルート,人口データの年次は,ともに2010年頃であり,コミュニティバスの運行開始時点とはずれがある.そのため,本研究の成果は2010年前後における多摩地域のコミュニティバスの状況である.今後,時期別のバス停位置データの作成や,時刻表や運行経路,運賃等の情報を1つにまとめたオープンデータであり,国土交通省が整備を推進している「標準的なバス情報フォーマット」を活用することで,より精確な分析を実現できると考えられる.
近年では導入から約20年が経過した小金井市において,運賃の値上げを含めたコミュニティバス再編事業(小金井市,2022)が行われるなど多摩地域の自治体においても,コミュニティバスの廃止や減便,運賃の値上げなどサービスの縮小が発生している.サービスの縮小という新たな傾向についても先行研究や本研究で明らかになった近隣自治体との地域的まとまりが見られるのか研究が可能であると考えられ,今後の課題としていきたい.
本稿を執筆するにあたり匿名査読者2名の方には本稿の改善に繋がる貴重なご意見を多数いただきました.また,ご指導いただきました花岡和聖先生をはじめとする立命館大学大学院文学研究科行動文化情報学専攻地理学・地域観光学専修の先生方,卒業論文執筆時に共同研究室でさまざまなアドバイスをしていただいた立命館大学文学部地域研究学域の同期たちにも深く感謝申し上げます.
本研究は,2022年度に立命館大学文学部に提出した卒業論文を大幅に加筆・修正したものである.また,研究の一部は2024年6月に行われた2024年度地理科学学会春季学術大会にて発表を行った.
1) 国土交通省中部運輸局(2013)「デマンド型交通の手引き」によればデマンドバスとは一般のバス交通と異なり,利用者の予約があった際にのみ運行される交通で運行方式,運行ダイヤ,発着地の自由度の組み合わせにより多様な運行形態が存在するのが特徴であるとしている.
2) 福生市では利用対象を市内在住の高齢者など交通弱者に限定する代わりに,運賃が無料である福祉バスが運行されている.この福祉バスは運行本数および時刻表が設定,公表されており,利用者を限定しているもののコミュニティバスに近い運行形態となっているため表1に記載している.檜原村では名称にデマンドバスと付けられているが,時刻表に沿って定期運行を行う便と利用者の予約があった際にのみ運行される便の両方が運行されており,運賃は1利用あたり100円である.定期便と予約便の双方が存在し,コミュニティバスとデマンドバスの中間型と言える.今回は定期運行便についての情報を表1に記載している.東久留米市,青梅市,奥多摩町では自治体が主体となって計画,運行委託を行うコミュニティバスについては運行されていない.