2025 Volume 33 Issue 3 Pages i-iii
地理情報システム学会では,学会機関誌として『GIS理論と応用』をこれまで年2回刊行し,地理情報科学における学術的成果を公開してまいりました.本誌を構成する主たる原稿,とりわけ原著論文は,厳正な査読を経て独創性を有する研究成果を掲載することにより,学術的信頼性の確立と研究分野の発展を編集方針の根幹としてまいりました.しかし,年2回の刊行では掲載可能な論文数に限りがあるため,学会誌を通じて得られる情報が十分とは言えず,本学会に会員として参加する魅力を損ねかねない点が懸念されてきました.そこで,刊行頻度を年4回に増やし,そのうち1回を「企画特集号(special insights issue)」として,原著論文投稿に依拠する従来方針とは異なり,依頼原稿による解説記事を中心に編集し,地理情報科学の最新動向を会員と共有する機会とすることといたしました.本号は,その最初の試みとなります.
この背景には,地理情報システム学会の活動を特徴づける多様な学問領域の広がりがあります.地理情報科学は,基盤整備,学術的基礎論,応用領域の多様化を包含する学際的な性格を持ちますが,原著論文は必然的に基礎論に偏りがちとなる傾向があります.学会という性格上,発表される成果に学術的厳密さや新規性を求める姿勢に変わりはありません.しかし一方で,会員の関心は個別研究の独創性にとどまらず,基盤的データの整備動向,応用領域での展開,学際的連携の可能性など多岐にわたっています.こうした関心に応える情報発信もまた,学会に求められる重要な役割であると認識しています.このような観点から,企画特集号の導入により,通常号における新規性の高い研究成果の発表媒体としての役割を堅持しつつ,会員に対して地理情報科学の先端的動向を俯瞰的に提供し,分野の裾野拡大と学術コミュニティの活性化に資することを企図いたしました.
企画特集号は,特定のテーマを扱う「主題特集記事」と,本学会企画委員会からの依頼に基づく「企画特集記事」とで構成されます.
本号の主題特集「GeoAI:AI時代のGISフロンティア」は,本学会GeoAI分科会(代表:厳 網林)による活動成果を集約したものです.人工知能技術の急速な進展は,地理情報科学においても新たな研究領域「GeoAI」を切り拓き,既に多くのデータ分析や実務的情報処理に応用されています.同時に,人工知能技術そのものの発展においても,地理情報科学が重要な役割を果たすことが期待されています.深層学習によるリモートセンシング解析,自然言語処理を応用した地理空間情報抽出,大規模データを対象とする空間統計やシミュレーションなど,その応用範囲は極めて広範です.本特集では,こうした技術的進展を多角的に紹介するとともに,基盤情報の整備状況やデータ流通の課題,実務応用の可能性について包括的に解説しています.
本主題特集は,以下の原稿によって構成されています.
〈主題特集:GeoAI:AI時代のGISフロンティア〉
「GeoAI―G空間情報から時空間知能への進化」(厳 網林)は,「AI for GIS」の視点からGeoAIのコア技術とその一層の発展に貢献できるGIS for AIの可能性を展望しています.
「GeoAIにおけるGISとBIMの融合における課題と展望―BIM確認申請を契機とした建築データ利活用の可能性―」(片山 耕治)は,GISが本格的に3次元空間モデルへ展開する制度づくりについて論じています.
「GeoAI標準化の取り組み―OGC,ITU,ISOでの活動と信頼できるGeoAI―」(金 京淑)は,いち早くGeoAIの国際標準化活動に参加された経験に基づき,その最新の動向を報告しています.
「GeoAIプロンプトエンジニアリングの理論と実践―ウォーカビリティ評価へのアプローチ―」(大場 章弘・厳 網林・金森 貴洋)は,大規模言語モデル(LLM)をベースとしたプロンプトGeoAIツールを試作し,まちづくりプロジェクトでの運用結果を報告しています.
「空間情報処理のサイクルにおけるAI技術の体系と展望」(金森 貴洋・佐藤 俊明)は,空間情報処理サイクルの概念を提案し,空間トポロジーの構築と業務フローの革新に期待を示しています.
「GeoAIの社会実装の動向」(髙瀬 啓司)は,産業界におけるGeoAIツールの開発と社会サービスでの活用事例を整理しています.
「地理空間AIを活用した地盤評価予測システムの開発と実践」(小尾 英彰・林 秋博)は,地盤関連ビッグデータを対象とした深層学習と地盤評価プラットフォームの実運用事例を紹介しています.
「GeoAIにおける衛星リモートセンシングの動向と展望」(小林 優介・森 裕樹・山之口 勤)は,「AI for GIS」が最も活発に研究・開発されているリモートセンシング分野の研究・応用事例を整理しています.
以上の報告からもわかるように,国内において「AI for GIS」に関する研究や運用の蓄積は一定の進展を遂げてきました.しかし,厳の展望論文で示された海外の動向とは依然として大きな隔たりがあるのが現状です.関連する新しい技術は急速に研究・開発が進められており,今後もその発展が続くものと考えられます.学会としても,これらの動向を継続的に注視し,国内外の研究交流を一層促進していきたいと考えております.
さらに,本特集号には,主題特集とは別に,地理情報の基盤的整備状況や研究拠点の整備,ならびに地理情報科学を支える先端的な技術や先進的な応用事例に関する企画特集記事も含まれています.それは基盤的整備,先端的な解析技術,社会実装の展開を含む広範な領域を対象とし,その俯瞰的な整理を通じて,研究者のみならず実務家にとっても有益な知的資源を提供することを目指しています.
本号の企画特集記事には,以下の原稿が含まれています.
〈企画特集〉
分科会活動解説:「若手分科会の活動紹介と今後の展望―地理情報システムに関わる若手コミュニティの活性化に向けて―」(関口 達也・相 尚寿・桐村 喬・武内 樹治・上杉 昌也)は,本学会の分科会の1つでる若手分科会のこれまでの活動を振り返り,さらなる活性化に向けた今後の展望を示しています.
GIS研究拠点解説:「中部大学 中部高等学術研究所 国際GISセンター―問題複合体を対象とするデジタルアース共同利用・共同研究拠点―」(杉田 暁・福井 弘道)は,デジタルアースを核とするGIS研究拠点の背景をなす学術的理念,研究対象,共同研究の広がりを紹介しています.
地理空間情報の現在地:「国土地理院の最近の動向―長期計画,標高改定,3次元地図等―」(石関 隆幸)は,防災・減災はもとより多くの領域で共通に必要とされる地理空間情報の基盤的整備として,国土地理院が進める最近の成果をまとめています.
地理空間情報処理の社会実装:「民間企業における3次元地理空間情報技術の最新事例― Project PLATEAUの取り組み―」(溝淵 真弓・山本 尉太・黒川 史子・守屋 三登志・鈴木 翔太)は,都市計画分野を中心とした3D都市モデルの利活用について,そのユースケースとともに3D都市モデルの更新に関する先端的な技術開発を紹介しています.
地理空間情報解析の最前線:「Rによる空間統計モデリング:近年のパッケージの概観とsdmTMBの紹介」(村上 大輔)は,空間的な相関を考慮する確率過程(ガウシアン過程)を利用した空間統計モデリングについて,大規模データに対応する計算処理の考え方とあわせてRに実装された実用的パッケージを解説しています.
地理空間情報解析の最前線:「LLMによる人流生成の最前線―空間情報科学から見た手法・応用・課題―」(龐 岩博・関本 義秀)は,LLM(大規模言語モデル)を利用した人の移動軌跡を生成する最先端のGeoAIに関連した研究動向を整理しています.
本企画特集号が,会員各位の研究活動や実務に新たな視座をもたらすとともに,地理情報科学の発展に寄与することを期待しています.会員の皆様におかれましては,本誌の新たな編集方針の趣旨をご理解いただき,引き続きのご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます.
副会長・企画委員会委員長・編集委員会委員 中谷 友樹(東北大学)
監事・GeoAI分科会代表 厳 網林(慶応義塾大学)