2023 Volume 1 Pages 55-65
This report summarizes the present knowledge about the current status of civil space. In the past few years, a number of studies and surveys on the shrinking civic space have been published. Accordingly, more knowledge about civic space has been accumulated, and the discussions have been enriched during the period. First, this report briefly reviews the early discussions on civic space and, second, picks up key academic articles and research papers on several different topics. It includes the following topics: 1) the geographical spread of shrinking civic space, 2) factors contributing to the shrinking civic space, 3) funding flow to NGOs, 4) the relationship between civic space and development, 5) conservatization of civil society, and 6) civil society under the COVID pandemic. Lastly, this report points out that there is still no unanimous view on the background and causes of the shrinking civic space, while there are areas where a certain degree of consensus is emerging amidst the many studies and reports issued. In order to effectively respond to the shrinking civic space, it is necessary to clarify the background and causes. This remains an issue that researchers and practitioners need to tackle.
非政府組織(NGO)や市民社会組織(CSO)を巡っては、市民社会スペースの縮小が近年大きな議論となってきた。特に2010年代に入ってから、研究者や実務家がこの問題に言及したり、研究対象として取り上げたりという機会が多くなっている。この問題が研究者や実務家の世界で注目される背景には、市民社会スペースが無視できない程に縮小しているというだけでなく、問題の原因や現象が複雑なため、さまざまな理解や認識が可能ということもあるだろう。
本稿は、近年の市民社会スペースに関する研究者による論文や実務家の報告を参照しながら、この問題に関する現在の理解の到達点を提示することを目的とする。そうすることで、この問題に対する知見が蓄積されつつも、問題解決に至る道筋が依然として不透明であることが明らかとなる。本稿ではまず、市民社会スペースの定義を取り上げる。当初、市民社会スペースについては、個別の問題が取り上げられることが多く、包括的に理解するという視点が欠けていた。しかし、近年公的ドナーがこの問題に取り組むことが多くなる中で、市民社会スペースというものについて一定の共通認識が生まれつつある。次に、市民社会スペースの問題が顕在化してきた頃の初期の議論を振り返る。当時、市民社会スペースを縮小する動機は、欧米、特にアメリカへの反発であった。その後の議論の変遷を明確にする上でも、ここでは初期の議論を概観する。最後に、研究者や実務家による近年の研究や報告で提示されている論点を整理する。現在の研究や報告は、初期の研究の指摘を越え、市民社会スペースについてさまざまな視角や理解の枠組みを提供している。これらの研究や報告を取り上げることで、現在蓄積されつつある市民社会スペースの知見の現在地を確認する。
市民社会スペースの定義を巡っては、これまでにさまざまな定義付けが試みられてきた。市民社会スペースの縮小の問題は、さまざまな個別的な課題の束と捉えることができる。異なる多くの課題が市民社会スペースの問題に含まれることが、この問題の理解や定義付けをより複雑にしてきた。そのような中、統一された共通の定義は依然として存在しないものの、大きく2つの方向に議論の収斂が進んできている。
まず、市民社会スペースを比較的厳格に定義付けるのが、市民社会スペースの問題に市民社会の立場から警鐘を鳴らし続けてきたCIVICUSである。CIVICUSは、市民活動に影響を与える要因として資金の流れや政府との対話の質、CSOへの市民の信頼などの重要性を指摘しつつ、市民社会スペースについては、結社の自由、集会の自由、表現の自由を市民がどの程度行使できているかという点に限定して問題を捉えている1)。
他方で、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development、経済協力開発機構)や国連は比較的広く市民社会スペースを定義付ける。OECDは市民社会スペースを非政府主体が情報にアクセスし、表現し、結社し、集会を開き、公的な領域に参加できる法的、政策的、制度的、実際的な条件としている2)。また、ICNL(International Center for Not-for-Profit Law)とUNDP(United Nations Development Programme、国際連合開発計画)は、市民社会スペースとは社会の構成員が市民活動に従事する程度を決めるさまざまな要因(法的、政策的、手続き的、経済的、文化的、慣習的要因)を指し、換言すると活気ある市民社会を形成するための条件である、としている3)。同様の定義付けは、他の国連の文書でも確認できる4)。
このように見ると、CIVICUSのように市民社会に生きる人々が自由を享受し権利を行使できているかという行動主体の側から見る見方と、国際機関のように市民社会を取り巻く環境や条件から判断する見方があることがわかる。OECDや国連などドナーの属性を持つ機関は、市民社会スペースを環境や条件という視点から定義付ける一方で、市民社会に属するCIVICUSは権利行使の実態的側面に焦点を当てているといえる。
本節では、市民社会スペースの縮小の問題が指摘され始めた初期の議論を振り返る。市民社会スペースの問題は2000年代中盤から指摘され始めた。現在の議論の到達点を理解するために、ここでは初期の議論を振り返る。
市民社会スペースの縮小は、民主主義の後退の一部に位置付けられることが多い5)。ダイアモンドによれば、世界は2006年前後から緩やかな民主主義の後退を経験している6)。世界の自由度を数値化しているフリーダム・ハウスによると、2006年以降多くの国や地域で自由度は低下し、向上している国は少ない7)。この世界的な民主主義の後退の背景には権威主義の深化があるとされる。2000年代前半から競争的権威主義体制 (Competitive Authoritarianism)下の国では、政党や社会運動、メディア、選挙監視者、NGOに対する国際的な資金の流れを違法化する法律が作られる現象が顕著になった。このことが市民社会スペース縮小の議論として研究者や実務家に指摘され始めたのが2000年代半ばである。
市民社会スペースの縮小を指摘した初期の論文としてカロザーズによるものと、ガーシュマン、アレンによるものがある。カロザーズは2006年の論文の中で、アメリカが長らく民主化支援プログラムを実施してきた国でNGOに対する取り締まりが強化されている事実を指摘した8)。まずはこの論文の内容を振り返りたい。
アメリカは長くにわたり中東欧、中東、アフリカ、中南米で民主化支援プログラムを展開してきた。その際に、民主党国際研究所(National Democratic Institute、NBI)や共和党国際研究所(the International Republican Institute、IRI)、フリーダム・ハウス(Freedom House)、オープンソサエティ(Open Society Institute)、アメリカ民主主義基金(National Endowment for Democracy、NED)といったアメリカの民間団体がプログラムを展開する中で重要な役割を果たしたとされる。
民主化支援に取り組むこれらの団体は、1980年代後半から1990年代前半にかけて旧ソ連、バルカン、アフリカ、中東などの競争的権威主義体制の国に入っていった。競争的権威主義体制とは、レヴィツキーとメイが概念化を試みた体制であり、これらの国では政府が信用と正当性を得るために社会のアクターに一定程度の政治的自由が認められる9)。例えば、少数の野党、独立した市民社会組織・メディアに対して、政権への脅威とならない範囲で一定の政治的自由を認める統治の形をとる。アメリカの団体は、このような体制下の国で活動を重ねることで経験を蓄積し、民主化を実現する効果的なアプローチを確立していったと言われる。特に活動の中で重視したのが選挙であった。与党に対抗するために選挙を通じて野党やCSOに技術的、財政的な支援を展開した。支援の表向きは、自由で公正な選挙プロセスの維持であったが、実際には独裁者の失脚を狙っている場合も多くあったとされる。
民主化支援の団体の動きが大きな影響を与えた例がクロアチアやセルビアである。セルビアでは野党やCSOの選挙キャンペーンを支援するために6千万ドルから1億ドルの資金が欧米の団体から提供されたといわれる。最終的にこれらの国では政権が交代することとなった。その後もアゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア、キルギス、ウクライナなどの国で同様のアプローチがとられた。
このような西側の民主化支援に対する抵抗はプーチン政権下のロシアを中心とした旧ソ連圏で主に始まった。アメリカの介入により政治秩序が破壊されることを強く懸念していたロシアを始め、ウズベキスタン、ベラルーシでNGOに対して圧力がかけられ始めた。この動きは地理的に拡大し、ジンバブエ、エチオピア、エリトリアでも欧米のNGOを追い出したり、海外からの資金を受け取る現地NGOに圧力がかけられた。南米も例外ではなく、ベネズエラのチャベス大統領が「NEDやIRIが野党を支援している」と批判するなどアメリカを意識した動きが世界的に活発になった。
特にブッシュ(子)政権になって以降、民主化支援を外交の中心に据えたことが世界で反発を生んだとされる。ブッシュ大統領が民主化を掲げてイラクに軍事的に介入したことは、民主化支援が政権交代と密接に関連している印象を関係国に与えた。さらに、抑圧的な政権であるにも関わらずアメリカの友好国であれば民主化支援の対象にならないケースがあることは、アメリカの政策が恣意的であることを示していた。そのため、権威主義国のリーダーらは、アメリカの民主化支援を介入主義として批判した。欧米の民主化支援に反発する国の中には、民主主義への抵抗というだけでなく、欧米からの介入というものに反発している国がある点は重要である。
2006年に論文を発表したガーシュマンとアレンも市民社会スペースの縮小のきっかけはアメリカによる民主化支援への反発であることを指摘する10)。民主化に抵抗する動きは、民主主義の第3の波の後、競争的権威主義の国でみられるようになった。しかし、2004年のウクライナでのオレンジ革命は、ロシアやベラルーシ、さらには中国、旧ソ連諸国、南米の一部の国に衝撃を与えたとされる。国外からの民主化支援によって力を得た国内の勢力によって権力を追われる現実性が増してきたことは、競争的権威主義国のリーダーらにとっては脅威であった。そのため、民主化を求める団体を抑圧し、国際的な支援の流れを遮断する動きがこれらの国で始まったとされる。
これらの国のNGOに対する基本的な戦略は、政府が管理できるNGOに対して政治的空間へのアクセスを与え、政権に批判的な主張を展開するNGOの弱体化を図るものである。特に資金の流れを制限することは団体の活動の規模や質に直結するため、NGOへの資金を規制する政策の導入が積極的に模索された。比較的早い時期にNGOへの資金管理を強めた国がロシアやエジプトなどである。
市民社会スペースの縮小が指摘され始めて以降、さまざまな研究や実務者からの報告が蓄積されてきた。本節では、2010年代後半から現在までの比較的最近の研究や調査を参照しながら、市民社会スペース縮小についてこれまで明らかにされていることを整理する。この作業を通して、欧米による民主化支援への反発から始まったNGOへの単純な圧力が、空間や分野を越えて市民社会の再編にも繋がりうる状況が明らかとなる。
1.市民社会スペースの縮小の地理的広がり
当初、ロシアや中東で始まった市民社会スペース縮小の動きは、その後世界規模に拡散していった。まず、アフリカ、中南米などの権威主義的傾向を有する国で同様の動きが広まった。これらの地域の状況については、フリーダム・ハウスやCIVICUSが報告書を発表している11)。
さらに、民主主義が比較的定着しているとされる国でも市民社会スペース縮小の動きが強まっているとする研究が近年発表されている。スウィーニーは、民主主義が定着している59カ国のNGOに関連する法律を網羅的に検討するとともに、事例としてアメリカやオーストラリア、イタリア、オーストリアでNGOを制限する法律がどの程度制定されているかを詳細に分析した12)。具体的には、1)NGOを管理するための法律、2)集会に関する法律、3)資金獲得に関する法律、4)テロリズムに関する法律に焦点を当て、分析を行った。その結果、強い民主主義体制を持つと考えられる国においてもNGOを制限する法律が成立しており、市民社会スペースの縮小は世界的な傾向であることを指摘している。
さらに、民主主義国家において、市民社会スペースの縮小が実際にどのような過程を経て進んでいったかについて、シムサはオーストリアを事例に詳細に検討している13)。シムサによると2010年代中盤からNGOに対する批判的な言説が目立ち始め、政府とNGOの対話の機会が減少していった。その後、一部のNGOへの資金が削減され、集会の自由など市民権の制限へと制約が強化されていく。この論文では、市民社会スペースの縮小は、突発的に発生するものではなく段階を経て進んでいくことが明らかにされている。
市民社会スペースの縮小は、権威主義的な国家であるか民主主義的な国家であるかを問わず世界的に進んでいる。この流れが弱まるきっかけは見えていない。
2.市民社会スペース縮小の要因
市民社会スペースが縮小している要因については、異なる視点からの指摘がある。前述のダイアモンドは2015年の論文において、市民社会スペースの縮小が進んだ要因として、アメリカにおける民主主義の機能不全と外交政策としての民主化支援の後退があることを指摘した14)。アメリカでは社会の分断が進み、民主主義が機能不全に陥っている。そのことが、一部の権威主義の国にとって民主主義を批判する根拠となっていると論じている。また、1990年代には、アメリカの民主主義には健全さがあり、世界的な民主化支援をアメリカが牽引していた。しかし、近年、アメリカの外交政策上、民主化支援は優先事項ではなくなっている。その結果、民主化を促す推進力は世界的に見て弱体化していると主張している。この視点は、アメリカの内政や外交政策から世界の市民社会スペースの縮小を説明しようとしている。
他方で、競争的権威主義国同士の繋がりに着目する研究もある。2000年代中盤に指摘されていたように、カラー革命の後、これらの国々は、アメリカの民主化支援団体が現地のNGOに与える影響力を認識し、国内のNGOを締め付ける動きを始めた。ギルバートとモーセニは、この動きの背景として競争的権威主義国同士の繋がりに焦点を当てる15)。この論文では1995年から2013年の間にNGOを規制する法律を導入した40の競争的権威主義の国とロシア、中国との関係を分析した。その結果、ロシアや中国と貿易や安全保障分野において強い関係を持つ国でNGOを規制する法律が導入されやすいとの結論に至った。権威主義的傾向を持つ国が互いに学びあうことで市民社会スペースが縮小しているとこの論文は指摘する。
ブロムレイ、ショファー、ロングホファーらも同様の指摘をしている16)。彼らは論文の中で、1994年から2015年にNGOを規制する法律を導入した60の国について分析を行った。その結果、上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)や独立国家共同体(Commonwealth of Independent States)、イスラム協力機構(Organization of Islamic Cooperation)、米州ボリバル同盟(Alianza Bolivariana para los Pueblos de Nuestra América)などの非自由主義的な属性を持つ国際機構と関係のある国ほど、NGOを規制する法律を導入する傾向が強いという結果を得た。その上で、この結果の背景には、自由民主主義に対する反発があると指摘する。そして、NGOは自由民主主義世界の一部を代表しているとみなされるため、NGOに対する制約は権威主義的な国で続いていくと論じている。
国際社会の対立という視点をポッペとウォルフの論文も強調する。この論文は、市民社会スペースの縮小の背景には、自由民主主義国と競争的権威主義国の間で規範の衝突があると指摘する17)。民主化支援を展開する自由民主主義を標榜する国々は自由で民主的な政治体制に現代的な政治の規範を見出している。他方で、権威主義的傾向を有する国々は主権と自決という現代国際社会の重要な規範の視点から、欧米の民主化支援を干渉と捉えている。ポッペとウォルフは、国連人権理事会の議論を事例とすることで、この規範の衝突を論じた。規範のせめぎ合いが顕在化しているということは欧米を中心に形成されてきた国際社会の構造が深刻な挑戦を受けていると考えることもできる。
上記の研究は、国際社会の対立という視点からNGOの規制を検討しているのに対し、周辺国同士の作用によりNGO法の採用が増加していると主張するのがグラシウス、シャルク、ランゲの論文である18)。この論文は、1992年から2016年の間に96カ国で施行されたNGOを管理する法律の文言を精査することで、後から制定された法律の文言が先行していた法律の文言に酷似していること、地域的に隣接している国同士が相互にNGO法について学び合っていることを指摘した。そして、国内のNGOに脅威を感じることがNGO法を制定する主要な理由ではなく、他国の事例を模倣してNGO法を制定する傾向が強いと論じている。
ギルバートは、さらにこの議論を進める。競争的権威主義国が他国から学ぶ点は肯定しつつも、それだけでは説明できない事例があることを指摘する19)。この論文では、ベラルーシ、ロシア、アルメニアの事例から、競争的権威主義国の間でもNGOを規制する法律を導入する国(ベラルーシ、ロシア)と導入しなかった国(アルメニア)の状況を分析した。その結果、アルメニアではNGOが政治的であると認識されておらず、アメリカの民主化支援の動きも強くなかったことが確認された。必ずしも競争的権威主義な政府が一律にNGOを規制するわけではないことを指摘している。
また、人権条約との関連から市民社会スペースの縮小の要因を探ろうとした研究もある。バッケ、ミッチェル、スミッドは、市民社会スペースへの制約と人権条約に加盟している国との関係を分析した20)。1994年から2014年の間にNGOを規制する法律を制定した149カ国を対象に分析したところ、人権関連条約に加盟している国は、その国が深刻な人権侵害をしている場合、人権状況を改善させつつ、人権団体や活動家に制約を加える傾向が強いと結論付けた。通常、NGOは国家が条約を履行しているかどうか監視し、遵守していない場合は国際社会などに対して現状を訴えるが、国家は実態が明らかにされることを嫌う。そのため、当該国の政府は条約の公約を守るために行動を改善しつつ、並行してNGOにも制限を課すことで、国内の人権状況が改善していることを印象付けることを狙っているとする。
さらに、DACを中心とする公的ドナーの姿勢が途上国政府における市民社会スペースの縮小を促しているとする指摘もある。ウッドは、ケニアでの聞き取り調査を基に、欧米ドナーによるNGO支援がケニア政府による取り締まりの強化に繋がっていると主張する21)。その原因としていくつかの要因を指摘する。まず、1990年代からの欧米ドナーの民主化支援の成功がケニア政府によるNGOに対する敵意を生み、結果的に市民社会スペースを縮小させるモチベーションになっているとする。2点目は、対テロ政策の強化である。欧米諸国にとってケニア政府は対テロ政策を進める重要なパートナーと位置付けられるため、欧米諸国側でケニアでの市民社会スペースの縮小の問題への関心が薄れている。そして、3点目は民間セクターの台頭である。欧米諸国が貿易や投資など民間セクターとの協力を重視しているため、民主主義や権利の問題に焦点が当たらなくなっている。最後に、欧米ドナーのNGO支援の枠組みが、短期的、プロジェクトベース、数的成果を重視するため、長期的な活動が求められる民主主義を促進するような取り組みを効果的に支援できていないことを指摘する。民主化支援の弱体化を主張するこの論文は、民主化分野におけるアメリカの外交政策の衰退を指摘したダイアモンドの主張と重なる。
3.NGOへの資金の流れ
NGOへの資金の流れを規制する方法は、市民社会スペースに制約を加えたい政府が導入する方法としてもっとも一般的なものの1つである。ダイアモンドは論文の中で、西側諸国以外の98カ国中51カ国で市民社会に対する外国からの資金提供が禁止または制限されており、その傾向が強まっていることを指摘している。CIVICUSやシオルティーノによるラテンアメリカや東南アジアにおけるNGOの資金獲得状況についての報告書からも、世界各国でNGOへの資金の流れが厳しくなっていることが確認できる22)。
それでは、NGOへの資金の流れを制約する法律はいつ導入されているのだろうか。デュプイ、ロイ、プラカシュは、選挙とNGOへの資金の流れの規制に関係があると指摘する23)。この論文では、1993年から2012年までの中低所得国153カ国でのNGOの資金関連の法律について分析した。その結果、法律を導入する政府は、海外からのNGOへの資金が野党に流れることで政権の脅威になると認識するため、選挙の前後でNGOの資金調達を制限する政策を導入している。論文は、このような政策の導入は国際的な批判を引き起こすが、政府は政権維持のためにリスクをとってでも政策を導入していると指摘している。
資金の流れの変化は、受け取り国側の事情だけで起こっているわけではない。一般的に資金獲得に制約がかかるのは政権に批判的なアドボカシーNGOであり、サービスを提供するNGOへの制約は少ないと言われている。そのため、アドボカシーNGOが資金難に陥る理由は当該国の政府に求められがちだが、ジニオグルによると、ドナーからの資金も非政治的な団体に流れる傾向が強まっている24)。この論文では、EU(European Union)からトルコのNGOに流れる資金を事例としている。EUは市民社会支援やアドボカシー団体への支援を重視すると考えられてきた。しかし、近年、EUの資金が短期的、活動ベース、測定可能、目に見える形での成果などを求めるようになってきていることを論文は指摘している。政治的な課題に取り組むアドボカシー活動は成果が見えにくく、長期的な活動が求められることから、求められる成果の質が変化することでトルコではアドボカシー団体による資金の獲得が難しくなっているとされる。資金獲得に制約を課す主体は必ずしも当該政府だけではなく、ドナー側に起因することもある点で重要な指摘である。
4.市民社会スペースと開発の関係
市民社会スペースの問題は人権や権利に焦点が当てられがちであり、貧困や開発の視点で議論されることが少ない。しかし、実際には貧困や開発にもこの問題は大きな影響を与えている。ホサインとオーストロムは市民社会スペースの縮小が続くと、最初に影響を受けるのは社会から周縁化された人々であると主張する25)。NGOが貧困や開発の問題に影響を与えるには2つのプロセスがある。1つは開発や貧困に関する政策過程に影響を与えること、もう1つは疎外された人々にサービスを提供することである。この論文では、ブラジル、エチオピア、パキスタン、ジンバブエの調査から、どちらのプロセスにも制約がかかっていることを明らかにし、市民社会スペースの縮小によって周縁化された人々がもっとも影響を受けていることを示した。
デュプイとプラカシュは、NGOへの資金の流れが制限されることで、開発や貧困削減の主な資金となる二国間援助がどの程度減少するかを分析した26)。134カ国の援助受入国について1993年から2012年の間に受け入れた二国間援助の額とNGO法の関係を分析したところ、NGOへの資金の流れを制限する法律が導入された国では、二国間援助が32%減少したことが明らかになった。減少した理由は、援助を受け入れるNGOをドナーが見つけられないためである。多くのNGOが開発や貧困削減の現場で資金の多くを使っていることを踏まえると、資金が減少した影響をもっとも受けているのは支援の対象となっていた人々である。
5.権力に取り込まれる市民社会、保守化する市民社会
市民社会は、国家と市場の間でバランスを取りながら活動する組織で構成される領域であり、それらの組織が自発的に社会に関与することで民主的価値を推進する機能を果たすことが期待されてきた。例えば、ツサレムは市民社会が第三の波の民主主義を安定化させ、崩壊から守るとしている27)。しかし、バングラデシュ、タイ、フィリピンを事例に研究を行ったロッチは、これらの3カ国では市民社会の動員により権威主義が崩壊したが、その後一部の団体は権力に取り込まれ抵抗勢力として機能しなくなったと論じている28)。市民社会スペースの縮小を論じる際には、市民社会組織自体が縮小に対抗する主体として見られがちであるが、この論文は変質する市民社会組織という新たな視点を提示している。
これに似た論点として、保守的な団体の存在も顕著になっている。ヨングスは、市民社会の中で保守的傾向を示す団体が各国で勢力を強めているとし、ブラジル、インド、タイ、ウクライナ、トルコ、ジョージア、ポーランド、ウガンダ、アメリカといった世界各国の事例を分析した29)。その結果、各国でリベラルな規範に不寛容な姿勢を持つ組織の勢力の拡大がみられるとしている。ただ、保守的とはいえ組織が持つ属性はさまざまで、例えば宗教的価値や国家的アイデンティティに寄りどころを持つ組織や、排他的な民族アイデンティティ、地域の伝統に基づいたアイデンティティを持つ組織などがある。政党システムと密な関係を築く団体もあれば、完全に独立している団体もある。民主主義規範を強化する団体もいれば、疑問視する団体もある。さまざまな属性を持つ団体が存在するが、これらの団体の多くは自らが社会的に深いルーツを持っていると考えている。この背景には、リベラル的な規範を持つ外部団体の「介入」に対するローカルの団体の懸念の表明があると考えられる。
このような保守的団体の台頭には、国家の政策的な裏付けが強く影響していることもある。ロッジバンドとクリズサンは、クロアチア、ハンガリー、ポーランドを事例に、政府が特定の団体を選択的に排除したり支援したりしていることを指摘した30)。この論文では、事例を通して、女性の権利を守る団体の活動領域が狭められると同時に、反ジェンダーの団体が政治的な場へのアクセスを増やし、資金調達を強めている状況が明らかにされている。特にハンガリーとポーランドでは政府が反ジェンダー的な政策を推し進める中で保守的な団体への支援が強化されている。このことは、市民社会スペースが単に縮小しているということではなく、国家によって恣意的に市民的空間の再編成が行われていることを示している。
自由民主主義国家では保守的な団体の台頭を含めて組織間の競合が激化していることを指摘するのが、ストラチェウィッツとトプラーである31)。ストラチェウィッツとトプラーは、ドイツ、オーストリア、イスラエル、ギリシアを事例に、市民社会の政治化という現象を指摘している。多くの分野で異なる価値観を持つ団体が台頭してくることで、政策決定の政治過程の中で市民社会組織の間で権力を巡る争いが起こっている。例えば、右翼的なポピュリズムの興隆を背景に、難民、移民、気候変動、リプロダクティブ・ライツなどの分野ではこれまで政治過程と一定の距離を置いてきた団体も政治的な争いに巻き込まれているとされる。また、保守的な団体に加えて、新しい市民運動も興隆している。例えば、「未来のための金曜日」は、問題を官僚的に管理しようとする既存の体制を批判することで、気候変動の問題を高度な政治判断が必要な争点に押し上げることに成功している。
市民社会の保守化とそれにともなう市民社会の断絶は、市民社会スペースが縮小する時代において特徴的な現象である。保守的な団体の存在が必然的に民主的価値の後退を促すことにはならないものの、市民社会の中で組織間の競合が激しくなる状況下では市民社会スペースの縮小に計画的に対応することは難しくならざるをえない。
6.コロナパンデミック下での市民社会
2020年に世界大に拡大した新型コロナ感染症は、市民社会スペースにも大きな影響を与えた。ICNLなどのNGOによると世界各国でさまざまな制約がNGOに対して課された32)。制約は大きく分けて、集会や言論の自由に関係するものと移動の自由に関係するものである。多くの国で、政府への批判を抑えるために市民が発言したり集会を開いたりということが難しくなり、取り締まるための監視も強化された。政府の持つ情報へのアクセスが制限され、政策決定過程への関与も難しくなった。さらに、報道が制限され、オンライン上でも取り締まりが進んだ。全体として、新型コロナ感染症を封じ込めるために権威主義を正当化するなど、民主主義規範の希薄化が進んでいるといえる。
もう1つは移動の自由に関連するものである。感染対策を理由に自由な移動が制限された結果、支援を必要とする人々への支援が難しくなった。社会経済的な対応の多くが政府の管理下に置かれるようになったため、結果として権力の集中が起こっていると言われている。これらの制約に加えてNGOを苦しめているのは資金難である。デジタルツールを駆使して新たな資金獲得の取り組みを始めた団体はあるが、多くの団体は既存の活動形態を維持しており、その結果資金難に苦しむ団体が増えている。
ただし、一部の報告書や研究は、新型コロナ感染症の拡大が市民社会スペースに与えた影響はマイナスばかりではないと指摘する。EUの報告書は、新型コロナ感染症の拡大にもっとも迅速に対応したのが市民社会の団体であり、組織や分野を超えて連帯することで効果的な対応を実現しようとしたと評価した33)。また、アンダーソンらは、モザンビーク、ナイジェリア、パキスタンを事例に新型コロナ感染症の拡大によって市民社会が受けた影響やその対応について包括的な調査報告書をまとめた34)。報告書によると新型コロナ感染症の拡大は市民社会に対して「分断と機会」をもたらしたと指摘する。まず、パンデミックは社会の分断をいっそう進めた。中央と地方、民族、宗教などの違いがさらなる分断を生んだほか、特定のグループを敵視したり隔離したりといったことが各地で見られた。ドナーの資金の流れにも変化が起きた。モザンビークとパキスタンではドナーが福祉や人道分野など非政治性の高い分野で活動する団体への支援を好む傾向が現れた。また、パンデミックに関連した課題へ資金が流れた結果、パンデミック発生以前の「古い」課題に対応する団体間の資金獲得の競争が激化したことも指摘されている。他方で、「新常態」ともいえる新しい動きをする市民社会も出現している。特にオンライン上で新しい団体や連合が現れ、新しい抗議行動のレパートリーが出現した。報告書では、このような可能性を「機会」と捉えている。
その上で報告書は、今後市民と国家の関係がより対立的に再構成される可能性を指摘する。パンデミック下では、公衆衛生と市民的自由に安全保障化の波が訪れた。安全保障化とは、安全の保障を名目に国家が介入を強めることである。市民社会は、公衆衛生と市民的自由を安全保障化から守るために、国家とさらなる対立的関係に陥る可能性がある。その結果、双方に対する信頼が低下し、二極化が進む可能性が高いと報告書は指摘している。また、市民社会の中でも断片化と競争の激化が予想される。市民社会の中には、課される制約を乗り切る団体、回避する団体、積極的に抵抗する団体に細分化される。それにともない、市民社会を支援する国際的な援助関係者は、支援対象を選ぶ際に政治的な判断を迫られる機会が増えることを報告書は指摘する。
市民社会にとっての機会に特に着目した研究もいくつか出されている。ローチとソンバットポーンシリの論文は、コロナパンデミック下の東南アジア(フィリピン、インドネシア、ミャンマー、タイ、マレーシア)で調査を行った35)。パンデミック以前の東南アジアでは、市民社会に対する制約が強化されており、政権に批判的な団体は公共の敵として扱われることもしばしば見られた。しかし、コロナパンデミックの拡大によって失業率の上昇、食糧不安、教育の機会の減少、移民労働者の問題などが発生すると、政府の対応が不十分だったため市民社会がサービスを提供する余地が生まれた。その結果、市民空間が活発化し、市民が社会サービスを提供する流れが進んだ。また、政府の対応に対する抗議活動が各地で活発化し、政策に対するアドボカシー活動が拡大したとされる。このことは、かつて非政治的だった市民社会空間の政治化を意味する。主に福祉分野において政府は、市民へのアウトリーチをNGOなどの団体に頼らなければならないこと、対応を誤ると市民社会から強い抗議行動が発生することも理解した。その結果、一部の国ではパンデミックの問題に対して政府・民間セクター・NGOが協働して社会全体でアプローチするという動きも進んでいるとされる。
市民社会の活性化は、ピンクニーとリバーズも指摘している。この論文では、27カ国50人を超える活動家からパンデミック下における社会運動の状況について聞き取りを実施した36)。その結果、回答者の多くは、物理空間での抗議活動は縮小したが、デジタルツールを使って効果的に抗議ができていると考えている。また、社会的な課題に対する一般的な関心も高まっていると多くの活動家は感じており、社会変革を実現するための長期的な活動の活発化が期待できるとしている。
ヨングスもパンデミックがきっかけとなって市民社会が活性化していると論じている37)。この報告書では、パンデミックによる市民社会への影響と対応の可能性について、世界各国の事例を検証している。そこから、世界各地で市民活動に対する需要が高まり、さまざまな組織が多面的に役割を果たすための新しい空間が開かれたと結論付けている。そして、特に以下の3つのレベルで新しい市民活動が見られたとする。まず1点目が、政府が対応できないギャップを埋めるために緊急救援の役割を果たしたことである。社会経済的なサービスの提供に政府が失敗し、それに現地の団体が対応することで、市民活動が正統性を獲得することに繋がったとしている。2点目は、国の監視役としての役割である。政府の対応に不満を持つ市民の存在を背景に、対立的な形で市民社会が力を持ち、政府の動きが不十分な場合には強い批判を展開することもあったとされる。3点目は、既存の社会・経済・政治的なモデルの変革である。パンデミックの拡大によって既存のモデルが機能しないことが明らかとなったため、市民社会はモデルに対する長期的な変革を試みるべく動員を始めているとする。
これらの論文や報告書は、パンデミックによる市民社会への影響を指摘しつつも、環境の変化が新しい可能性をもたらしているとする。しかし、世界各地で多様な主体が市民社会の中で台頭しつつある今、市民社会はこれまで以上に一枚岩ではない。そのような中、市民社会スペースの縮小の問題に取り組むには、団体間の多様な価値観を調整しつつ共通の目標を設定する求心力が必要である。
今後市民社会が状況を打開するために取りうる戦略を考えたときに、示唆に富む研究がいくつかある。ここでは、それらの研究について簡潔に触れたい。
市民社会スペースの縮小に対抗する1つの処方箋は、社会運動との協力である。現在、さまざまな新しい形の社会運動が世界的に広がっている。新自由主義的政策を批判した「ウォール街を占拠せよ」やジェンダー分野で大規模に発展した「#metoo運動」、気候変動に焦点を当てた「未来のための金曜日」などグローバルに広がる社会運動が立ち上がっている。このような社会運動とNGOの連携は今後市民社会スペースを回復していく上で模索が進んでいくと考えられる。
例えば、ジニオグルは、トルコの都市再生計画で発生したデモに、社会運動とNGOの協働の可能性を見る38)。当初、都市計画に反対する活動家の座り込みが暴力的に排除された。それを受けて自然発生的にさまざまなフォーラムができ、計画への反対運動が広がっていった。フォーラムが持つ水平的、平等な関係は、既存の社会システムから排除されたと感じる若者の受け皿となり、フォーラムが持つ柔軟な組織構造は、問題への迅速な反応や運動の可視性の向上、運動の正当性の獲得を可能にしていったとされる。このような動きに対して、伝統的な市民社会の団体も協働した。彼らは、キャンペーンを維持し、法的闘争に関与し、公的機関との関係を維持することで、新しい運動に欠けている機能を補完した。このように、組織や運動が協働し機能を補完することで高次の成果にたどり着く可能性が見えている。
NGOセクターの中でもより深い連携が求められている。市民社会スペースが縮小することによる影響をもっとも受けるのはアドボカシーNGOであるため、この問題に敏感に対抗するのもアドボカシーNGOである。しかし、それはサービス提供型の団体が市民社会スペースの問題解決に貢献していないことを示しているわけではない。ブラスは、ケニアにおいて500人の市民を調査した結果として、サービス提供型のNGOとなんらかの接点があった市民は、そうではない市民に比べて選挙や市民活動などの政治過程への参加が活発な傾向にあることを明らかにした39)。このことは、サービス提供型の団体の活動が市民社会スペースを守る機能を果たしていることを示している。
変化の多い時代において、変化に強く持続可能性が高い組織形態を模索することも重要である。グリーンは、市民社会スペースの縮小のような外的な要因の変化に強い組織モデルを探る作業をした40)。その結果、支援依存型(Grant-dependent)の組織が変化にもっとも脆弱性が高く、メンバーシップ型(Membership-based)やコミュニティ型(Community-funded)の団体の持続可能性が高いとした。また、近年増えつつある社会起業家のような市場主導型(Market-driven)は、新たな収入源を開拓するという意味で注目すべき存在としている。縮小する市民社会スペースの問題に対応するために、組織論的な視点から変化する環境への脆弱性を下げ、持続可能性を高める方策を模索していくことは今後より重要性を増してくるだろう。
市民社会スペースの問題は、NGOなど市民社会で活動する組織の話だけではなく、国や国際機関など幅広い関係者が関わる話である。そのような中で、NGO41)の組織強化、NGOセクター内での横の連携の強化、市民社会セクター内での協力の推進など、NGOやその周辺の主体のみで完結する取り組みも残されている。外部への働きかけと並行して検討していくべき課題といえる。
市民社会スペースに関する研究や調査は、2010年代後半以降特に厚みが増してきた。しかしながら、議論が収斂しつつある論点と依然として多様な議論が存在する論点がある。例えば、市民社会スペースの縮小が深刻化している点について疑問が呈されることはない。また、市民社会内の分断が進んでいることも多くの研究や調査が指摘するところである。市民社会の中に多様なアクターが存在することは以前から指摘されてきたが、現在進行形の問題は市民社会で活動する組織同士が直接的に対峙する場合が増加しているという点でこれまでと異なる側面を示している。
他方で、市民社会スペース縮小の原因や背景に関しては、依然として多様な議論があり、今後のさらなる研究や調査が望まれる。ドナー各国や国際機関、NGOは縮小する市民社会スペースに対してさまざまな形で対応してきた。その際に、問題の原因や背景の理解が異なることが、対応の違いを生んできたと考えられる。現在、国際機関を中心に市民社会のアクターとも協力しながら市民社会スペースの問題に統一的に対応しようとする動きが見られる。このような動きを確実なものとしていくためには、問題の原因に対する理解の深化が不可欠である。
また、市民社会スペースの縮小に対してNGOやドナーが効果的に対応した事例の研究を重ねていくことも今後必要となる。すでに発表されている研究もあり42)、このような研究を積み重ねていくことで、市民社会スペースの縮小に共通する背景や対応策が明らかになる。
市民社会スペースに関する研究や調査は厚みが増してきたとはいえ、広がりはまだ大きくない。一方で、民主主義の後退など民主主義を扱う研究には豊かな蓄積がある。市民社会スペースの問題は民主主義と密接な繋がりがあることを考えると、これらの研究との関係を強めることで新たな知見の発見が期待される。