THINK Lobby Journal
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Research Note
Global Trend of Official Development Assistance under the Multiple Crises
Akio TAKAYANAGI
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2024 Volume 2 Pages 31-40

Details
Abstract

This paper analyses the global trend of Official Development Assistance (ODA) of the members of the OECD’s Development Assistance Committee (DAC). The total ODA volume of the DAC members in 2022 was 204 billion US Dollars, a record high, and was increased by 13.6% compared to 2021. The increase was brought about by a rapid increase in in-donor refugee costs (IDRC) in European and North American countries. Excluding IDRC, ODA was only increased by 4.6%. With the improved situation of the pandemic, the share of COVID-19-related aid was down to 5.5% in 2022 from around 10% in 2020 and 2021. A controversial issue in COVID-19-related aid was counting excess vaccine donations as ODA. A lesson that could be drawn from the aid trends under the multiple crises is that more attention should be paid to the possible tension between long-term developmental and short-term humanitarian objectives.

はじめに

2015年9月にSDGs(持続可能な開発目標)が採択されたときに予想されなかった2つ危機―新型コロナウィルス(COVID-19)パンデミック、ロシアのウクライナ侵略にともなうウクライナ危機―は世界のODA(政府開発援助)にどのような影響を与えてきたのだろうか。本稿執筆中に始まった3つ目の危機であるハマスのイスラエル攻撃を発端としたパレスチナ危機は、これから世界のODAにどのような影響を与えうるのだろうか。本稿ではこうした点を考えてみたい。

本稿で取り扱うODAのデータは、基本的にはOECD-DAC(開発援助委員会)のメンバーについてOECDが発表しているものを用いる。なお、DACには2022年11月にリトアニアが、2023年7月にエストニアが加盟し、現在は31カ国とEUの計32メンバーであるが、本稿が取り扱う2020-22年のデータには、この両国の数字は必ずしも含まれない。

COVID-19は開発援助が制度化された第二次世界大戦後の世界で経験していないグローバルな未知の感染症の拡大であり、またウクライナ危機も、第二次世界大戦後起きてこなかった主権国家による別の主権国家への侵略である。COVID-19がODAに与えた影響については、Brown (2021)がパンデミック発生から1年の段階で論じているが、ウクライナ危機についてはおそらくはまだ論じられていない。

本稿ではOECDが発表しているODAのデータ(2022年については2023年4月発表の速報値で、詳細な配分などに関するデータは本稿執筆時点で未発表)をもとに、パンデミックとウクライナ危機がODAにどのような影響を与えてきたのか紹介するとともに、以下の2つの問題を論じたい。

第一にODA供与国の援助の目的や動機にどのような変化をもたらしたのかである。援助の目的・動機については、しばしば人道的見地にもとづく開発目的と援助供与国の政治・外交・戦略的な目的や経済・商業主義的目的といった自己利益の競合として考えられてきた(たとえばTisch and Wallace 1994)。Lancaster (2007)によれば、伝統的に外交目的、開発目的、人道的救援目的、商業的目的の4つに加え、程度は弱いものの文化的目的もあった。1990年代以降の世界では、旧社会主義諸国の経済社会転換支援、民主化支援、グローバル・イシューズへの取り組み、紛争解決や紛争後の社会支援の4つの目的がこれに加わったという。Hulme(2016:邦訳2017)は、「豊かな諸国が貧しい人々を助ける理由」として、道徳的義務(基本的ニーズを満たされた人は満たすことができない人を助ける義務)、道徳的責任(植民地主義などにより貧富格差が歴史的につくられたことへの責任)、共通利益(利己主義と利他主義の両方を含み、貧しい諸国の健康・経済不安定などの問題が世界規模の問題になることを防ぐことでより豊かな人々の利益にもなる)、短期的な政治的・経済的利益の4つをあげる。実際、各国のODA政策は国内の関係諸部門(政府内の省庁だけでなく、市民社会や民間セクターを含む)のさまざまな競合する意見や関心の産物であり(Browne 2022)、それゆえに複数の目的や動機が含まれている。本稿ではODAデータの推移(2020年~2022年)を紹介しつつ、DACメンバーのODAの目的・動機が2つの危機によってどのような変化を見せたのかを考察してみたい。

第二に、COVID-19パンデミックもウクライナ危機も1960年ごろからODAの制度が確立されて以後、経験のない危機である。これまでも人道危機などが発生した際に、短期的危機対応が必ずしも追加的資金ではなく、ODAの最大の目的である長期的開発の資金からの転用で行われる事例はあった。長期的開発と短期的な危機対応とのトレードオフの発生である。本稿ではこのトレードオフ問題を2つの危機の文脈で考えてみたい。

Ⅰ.ODA額

2022年のDACメンバーによるODAの総額は2,040億ドルで、前年比13.6%増、対GNI比は0.36%と、史上最高の値であった。2019年には1,655億ドルだったものが2020年に1,723億ドルとなり、2021年には1,860億ドルと推移してきたことから、COVID-19(2020年以降)とウクライナ危機(2022年)の中で世界のODA額は増加している。2)

各国のODA額と対GNI比は図12のとおりである。

先進諸国のODAについては1970年代以来の国際目標として対GNI比0.7%があり、これはSDGsでも明記されているが(ゴール17・ターゲット2)、これを達成したのは、2022年には5カ国であった。イギリスは2020年にCOVID-19の下でODAの目標を0.7%から0.5%に下げ、その結果ODA額の順位は3位から5位に下がった。日本のODA額はアメリカ、ドイツに次いで3位である。

DACのODA総額は全体として増加しているが、各国ごとの増減率は大きく異なる(表1)。2022年にはいくつかのヨーロッパ諸国の中で大きな増加がみられる国があるが、これはウクライナ危機による難民支援への増加による。このことについては後述する。

図1:DAC諸国のODA総額(2022年、100万米ドル)
図2:DAC諸国のODAの体GNI比(2022年、%)

表1:DAC諸国のODAの対前年比(%)

2021 2022 2021 2022
オーストラリア 4.5 -13.1 リトアニア 未加盟 121.6
オーストリア 8.7 36.2 ルクセンブルグ 9.7 4.4
ベルギー 2.3 7 オランダ -7.2 30.1
カナダ 8 19.2 ニュージーランド 13.8 -17.2
チェコ 7.8 167.1 ノルウェー -11.6 2.4
デンマーク 2.8 1.6 ポーランド 9.4 255.6
フィンランド 5.4 18.7 ポルトガル 4 17.5
フランス 4.6 12.5 スロヴァキア 0.6 15.4
ドイツ 5.1 12 スロヴェニア 19 48.7
ギリシャ -23.9 -6.6 スペイン 12.5 26.1
ハンガリー -0.1 -1.7 スウェーデン -15.7 2
アイスランド 11.7 31.8 スイス 12 16.1
アイルランド 14.8 125.1 イギリス -21.2 6.7
イタリア 34.5 15.8 アメリカ 14.4 8.1
日本 12.1 19 DAC全体 4.4 13.6
韓国 20.7 7.2

(出典)OECD 2023a; 2022をもとに筆者作成

Ⅱ.COVID-19関連ODA

表2はCOVID-19関連(関連保健分野支援、ワクチン支援、経済復興支援など)ODAをまとめたものである。

COVID-19関連ODAは、パンデミックが始まった2020年と翌2021年の数値でDAC諸国のODAの10.2%を占めた。ODAの増加率(対前年比)は、2020年は4.2%、2021年は8.0%であることから、COVID-19関連のODAは追加的資金で行われたとは言い難い。しかし、COVID-19パンデミックは、人の移動の制限、ロックダウンや感染拡大に伴う実施人員の減少などにより、長期的開発のプロジェクト・プログラムの中止や遅延を引き起こし、ODA予算の未執行や執行の遅れを生じさせた。その実態を把握することは容易ではなく、単純に長期的開発と短期的なCOVID-19パンデミック対応の間のトレードオフが生じたと言うべきではないだろう。またCOVID-19関連に限られない形で、保健セクターへのODAの割合が増加した(Brown 2021)ことをどう評価するのかという問題もある。COVID-19が収束に向かい、短期的対応のニーズが低下した2022年には、COVID-19 関連ODAは5.5%に低下した。日本は2022年にCOVID-19関連ODA額が最大となったが、パンデミック後の復興支援の借款によるものであると推定される。

COVID-19関連ODAの中で各国の自己利益の側面が強いのが、余剰ワクチンの寄付である。余剰ワクチンの寄付とは、もともと自国での接種用に購入したワクチンの余剰を途上国へ寄付することである。余剰ワクチンの寄付については、2021年、2022年、それぞれODAにカウントすべきかDAC諸国の間で意見の対立があったが、カウントすることとなった。3)先進諸国によるワクチンの確保が途上国のワクチン確保困難を招いたにもかかわらず、これをODAとしてカウントしCOVID-19危機への人道的支援であるとみなすことにCSOは批判的である(高柳 2023a)。紙幅の都合もあり、表2には含めなかったが、COVID-19ワクチンの開発を受け、2021年には63.50億ドルのワクチン寄付がODAとしてカウントされた。このうちアメリカは途上国支援用のワクチン寄付を40億ドル相当行ったが、残りのほとんどが各国の余剰ワクチン寄付であった。さらに2022年は99%が余剰ワクチン寄付となっている。

余剰ワクチンの寄付をODAカウントする問題の背景には、いくつかのDAC諸国ができるだけ多くのものをODAとしてカウントし、その実績を増やすことを短期的な利益として考える傾向を持っていることが挙げられる。ODA実績が大きくなれば結果として対GNI比は大きくなる。対GNI比0.7%の国際目標とともに、個別にODAに関する基本法や政策枠組みで対GNI比の目標を定めているDAC諸国もある。余剰ワクチンなどをODAとしてカウントすることで実績を膨らませ、目標に近づけようとする国がでてきているのである。

表2:2022年のCOVID-19関連ODA(100万ドル)

COVID-19関連ODA

COVID-19関連

支援のODA全体に

占める割合(%)

そのうち

ワクチン寄付

そのうち

余剰ワクチン寄付

オーストラリア
オーストリア 42 2.3 33 33
ベルギー 167 6.3 20 20
カナダ 743 9.5 108 108
チェコ 5 0.5 5 5
デンマーク 14 0.5 11 11
フィンランド 20 1.2 3 3
フランス 393 2.5 268 268
ドイツ 2,252 6.4 177 177
ギリシャ 20 6.6 20 20
ハンガリー 31 7.8 12 12
アイスランド 3 3.2
アイルランド 27 1.1 19 17
イタリア 290 4.5 169 169
日本 3,288 18.8 61 61
韓国 257 9.2 43 42
リトアニア 2 1 2 2
ルクセンブルグ 3 0.6
オランダ 125 1.9
ニュージーランド 49 9.1 18
ノルウェー 46 0.9 2 2
ポーランド 14 0.4 13 13
ポルトガル 19 3.8 18 18
スロヴァキア 20 11.7 15 15
スロヴェニア 4 2.4 4 4
スペイン 305 7.1 185 185
スウェーデン 73 1.3 32 32
スイス 127 2.8 19 19
イギリス 327 2.1 281 281
アメリカ 2,571 4.7
DAC全体 11,236 5.5 1535 1515

-は未報告

(出典)OECD 2023a

Ⅲ.ウクライナと難民への支援

ウクライナはDACのODA受取国リスト(OECD undated)の分類では低中所得国であり、毎年DAC諸国から10億ドル前後のODAを受けていた。アジア・アフリカなどの途上国と違い、植民地支配を受けた経験がない一方で、旧ソ連の一共和国であり、旧ソ連の解体による独立と経済体制移行支援をきっかけにDACのODA受取国リストに入った。

ウクライナ危機は、ウクライナに対する緊急人道支援・復興支援とウクライナからの難民支援というODAの新しい課題を生むこととなった。

1.ウクライナ支援

表3に、ウクライナODA(緊急人道支援を含む)について、金額とODAに占める割合の上位10か国をまとめた。2022年にはDAC諸国の二国間ODAとして161億ドルがウクライナに供与された。またEUからは106億ドルが供与された。二国間援助計161億ドルのうち10.9%にあたる17.6億ドルが人道支援である。

金額については、アメリカ、カナダ4)、日本が上位3カ国で、G7のヨーロッパのメンバーの4カ国とノルウェー、ポーランド、スイスがトップ10に入る。対ウクライナODAの割合が高い国としては、カナダ・アメリカ以外はすべてヨーロッパ諸国である。DACに新規加盟したリトアニア(旧ソ連のバルト3国の1つ)が2位となっている。

ウクライナ支援の約束額は、2022年に810億ドルであり、このうち420億ドルが借款(内日本からのものが61億ドル)で(OECD 2023b)、将来の債務問題が懸念される。

表3:対ウクライナ支援

対ウクライナODAの上位10か国

(支出純額、100万ドル)

ODAに占める対ウクライナ援助が大きい国

(上位10か国、%)

アメリカ 8,980 カナダ 26.4
カナダ 2,448 リトアニア 25.2
日本 711 アメリカ 16.3
ノルウェー 582 ノルウェー 11.3
ドイツ 526 アイスランド 10.7
フランス 505 ポルトガル 8.4
イギリス 397 ポーランド 6.7
イタリア 359 イタリア 5.5
ポーランド 226 デンマーク 5.1
スイス 216 スロヴァキア 5
DAC全体 16,121 DAC全体 7.8

(出典)OECD (2023a)をもとに筆者作成

2.難民支援

DACメンバーは自国で受け入れた途上国(DAC受取国リスト掲載国)からの難民への支援も、難民条約の手続きを経ている難民であること、受け入れから1年以内であること、人道的な目的に限ること(たとえば言語習得支援や子どもの基礎教育は該当、職業訓練は受け入れ国の経済的利益が生じるため非該当)などの細かいルールを満たせば、ODAとしてDACに報告できる。5)これをin-donor refugee costs (IDRC)という。IDRCは、DAC諸国に難民受け入れのインセンティブを与えるため1980年代に導入された。2015年のシリア難民危機をきっかけに、より詳細なルールがつくられた。

IDRCは各国が任意でODA実績として報告できるものであり、実際に表4で見るようにオーストラリアとルクセンブルグは報告を行っていない。CSOは、DAC諸国は難民を積極的に受け入れるべきだが、IDRCは先進国内での支出で、途上国の開発支援というODAの本来の目的に反するのではという立場から、IDRCをODAとしてカウントすることには懐疑的で、DAC諸国はIDRCの報告を控えるべきだとの考え方を持ってきた。6)

ウクライナ危機はIDRCの急激な拡大をもたらした(表4)。2022年はDACメンバーのODAの14.4%に当たる300億ドル近くがIDRCであった。2021年にはDACメンバーのIDRCの総額は128億ドル(全ODAの6.9%)であったから、金額が倍増以上、ODAに占める割合も2倍以上の数字となった(OECD 2023b)。

IDRCを除いたODAの増加は4.6%にとどまっている。ウクライナに近いポーランドのODAは250%を超える増加(3.5倍以上になったということ)、チェコでは150%を超える増加となったが、いずれもODAの3分の2前後をIDRCが占めている。多くのヨーロッパ諸国やアメリカ・カナダはIDRCがODAに占める割合が高い。先進国内で支出され、途上国に流れない資金であるために、ODAとしてのカウントの是非について議論があるIDRCがODA額を膨らませたともいえる。

懸念すべきは、IDRCがODA額の増加をもたらした一方で、IDRCを除いたODAは減額となっている国がいくつかあることである。特にイギリスはODAの30%がIDRCであるが、IDRCを除いたODAは16%の減少となっている。デンマーク、フィンランド、イタリア、ノルウェー、スウェーデン、スイスでも、ODA額は増えたものの、IDRCを除いたODA額は減少している。たとえばスウェーデンは2022年4月に難民支援のためのODA予算の一部凍結を発表し、2022年の難民支援に使用されたODAのうち80%が開発支援目的の予算を転用したものであった。7)スウェーデンに限らず、ウクライナ危機にともなうIDRC増加が追加的資金ではなく、開発支援目的の資金の転用が行われている国、すなわち長期的開発とのトレードオフが生じた国は他にもあることが推定される。

なお、難民受け入れに消極的な日本のIDRCはODAの0.3%にとどまる。

表4:DAC諸国のODAによる難民支援(IDRC)

IDRC額

(100万ドル)

ODAに占める割合

(%)

ODA増加率

(%)

IDRCを除いた

ODAの増加率(%)

オーストラリア(1) -13.1 -13.1
オーストリア 372 20.1 36.2 13.8
ベルギー(2) 249 9.4 7 7.3
カナダ 944 12.1 19.2 13.2
チェコ 646 65.7 167.1 -6.1
デンマーク 453 15.9 1.6 -12.7
フィンランド 410 25.4 18.7 -7
フランス 1,487 9.4 12.5 10.2
ドイツ 4,495 12.8 12 6.4
ギリシャ 40 13 -6.6 -9
ハンガリー 1 0.3 -1.7 -1.6
アイスランド 8 8.4 31.8 28.5
アイルランド 1,252 51 125.1 15.2
イタリア 1,480 22.9 15.8 -1.7
日本 51 0.3 19 18.6
韓国 11 0.4 7.2 6.8
リトアニア 50 25.2 121.6 15.2
ルクセンブルグ(1) 4.4 4.4
オランダ 946 14.6 30.1 20.4
ニュージーランド 12 2.3 -17.2 -17.7
ノルウェー 485 9.6 2.4 -6.2
ポーランド 2,181 64.6 255.6 28.2
ポルトガル 14 2.7 17.5 17.1
スロヴァキア(2) 1 0.8 15.4 15.4
スロヴェニア 21 13 48.7 32
スペイン 850 20.2 26.1 7.5
スウェーデン 384 7 2 -3.8
スイス 1,264 28.2 16.1 -8
イギリス 4,544 28.9 6.7 -16.4
アメリカ 6,646 12 8.2 5.6
DAC全体 29,297 14.4 13.6 4.6

(1) IDRCを報告に加えていない国

(2) 他国よりも限定した条件で難民支援を報告している国

(出典)OECD (2023a)

Ⅳ.減少したLDCsとサハラ以南アフリカ向けODA

本稿で取り扱う2022年のDACメンバーのODAデータは2023年4月発表の速報値にもとづいている。この速報値発表の際にはその時々のトピックに合わせる形で断片的に配分が発表されるだけである。詳細な配分については例年12月(COVID-19後は各国のデータの提出の遅れやOECD事務局内の人員不足により遅延が生じている)の確定値の発表に合わせてわかるが、OECDのウェッブサイトでアクセスできる。8)

所得階層別にみると、2022年は2021年と比較し、

 ・後発開発途上国(LDCs):0.7%減

 ・低中所得国:52.8%増

 ・高中所得国:1.4%増

であった(OECD 2023a)。低中所得国への増加が際立つ大きな理由は、ウクライナがこのカテゴリーに入るためである。確定値の数字を見ると2020年の対LDCs向けODAは前年比6%増、2021年は3%増となっている(OECD 2023b)。

またサハラ以南アフリカに対する二国間ODAは7.4%減となっている。この他の地域に対するODAの増減は速報値では発表されていない。サハラ以南のアフリカ向けのODA(確定値)は、2020年は対前年比11.5%増、2021年は4.0%増であった。9)

COVID-19パンデミックは世界的なものであったから、その関連ODAもすべての所得階層や地域を対象としうるものであった。これに対してウクライナ危機関連のODAはウクライナに対するODAとDAC諸国のIDRCの急増をもたらした。10)その中でSDGsの達成状況が思わしくないことも含め、社会的・経済的に厳しい状況にあるLDCsやサハラ以南アフリカ諸国への支援がしわ寄せを受けた。また前述の通り、一部のDAC諸国では長期的開発目的の資金がIDRCやウクライナ危機関連に転用された可能性がある。言い換えれば、ウクライナ危機対応と特に経済・社会状況が厳しいLDCsやサハラ以南アフリカの長期的開発との間でのトレードオフが発生したのである。

おわりに

2022年のDACメンバーのODA総額は13.6%という大幅な増加により過去最高を記録し、対GNI比も大幅にアップした。しかし本稿でも見てきたように、大幅な増加は倍増以上となったIDRCと急増したウクライナ支援によるものである。IDRCを除いたODAの増加は4.6%にとどまっており、これにはウクライナ支援も含まれる。憂慮すべき問題としてLDCs、サハラ以南アフリカへのODAの減少がある。

IDRCは先進諸国の難民受け入れのインセンティブを与える趣旨でODAにカウントされるようになった。しかし先進国内で支出され途上国には流れない資金であるIDRCはODAとしてカウントされるべきかが疑問視されることは繰り返し述べてきた。すでにいくつかのヨーロッパ諸国ではIDRCと長期的開発支援との間でトレードオフが生じている。

COVID-19関連のODAは、危機の程度の低下にともなって減少傾向にある。しかし余剰ワクチンのODAカウント問題にみられるように、ODA実績を膨らませたい一部のDAC諸国の思惑もみることができる。

ウクライナ危機の収束の目途はたっていないが、はっきりしていることは、いずれウクライナの復興支援がODAの大きなテーマになるということである。世界銀行の2023年3月時点での推計によれば、ウクライナ復興にかかる費用は4,110億ドルで(World Bank 2023)、単純にいえば2022年の全DACメンバーのODA実績の2倍ということになる。実際にはODA以外の資金も動員されるだろうし、復興には複数年を要するだろうが、DACメンバーがウクライナ復興支援に多額のODAを支出する時がいつかくる。

本稿執筆中に、ハマスのイスラエル攻撃をきっかけにしたパレスチナ/イスラエル危機という新たな危機が発生した。これはまた、新たな人道危機を生み出している。IDRCやウクライナ支援が大幅に増える一方でLDCs、サハラ以南アフリカへのODAが減少した現実を本稿では見た。今後、パレスチナ/イスラエル危機への短期的な対応と、ウクライナ復興支援を、途上国(特にLDCsやサハラ以南アフリカ諸国)の長期的開発支援へのODAを減少させることなく(=トレードオフを生じさせず)追加的資金で実施すべきであると筆者は考えるが、いかにこの資金を確保するのかがDACメンバーの大きな課題になる。

2つの危機への対応は、ODAの制度が整えられて以降、前例のないものであった。長期的開発と短期的な危機対応とのトレードオフは以前から見られたものであるが、今後パレスチナ/イスラエル危機も含む複数の危機への対応の中でより深刻になる可能性がある。国際開発協力研究においても、このトレードオフ問題は考察の対象に加えられるべきであろう。

本稿の最初に紹介した国際開発協力の目的・動機に関する議論についても、最後に論じてみたい。国際開発協力の目的・動機はしばしば開発・人道目的と自己利益との競合として論じられてきた。本稿で見た長期的開発と短期的な危機対応とのトレードオフを考えると、長期的開発目的・動機と短期的人道目的・動機の優先順位のあり方が考察される必要性が高まるのではないだろうか。Lancaster (2007)が開発目的、人道的救援目的にわけて論じたことは再度注目してよいかもしれない。

また、余剰ワクチンのODAカウント問題に典型的に現れ、IDRCのカウントの是非の問題とも関連するが、DACメンバーなど援助供与国にとって国際的あるいは個別の目標にもとづいていかにODA実績を大きく見せるのか、あるいは統計ルールについていかにODA実績を大きく見せられるものにするのかも、一種の短期的な自己利益追求として顕在化してきた。見せかけの開発・人道目的といえるかもしれない。これはたとえばHulme (2016)のいう短期的自己利益の一種として考えられるのだろうか。国際開発協力の目的・動機の議論にどう位置づけるのかは、今後の国際開発協力研究の一つの課題となるだろう。

関連して、1970年以来の国際目標であり、SDGsでも明記されたODAの対GNI比0.7%目標がある。DACメンバーの多くでもそれぞれのODA額についての目標を定めている。こうした目標を定めることは有意義であることに筆者は異論はない。しかし目標達成のために、難民支援やワクチン寄付など途上国の開発目的でなく、新規の資金でもないものをODAとしてカウントするよう要求するインセンティブとなっていることは注意すべきであろう。

脚注

  1. 1)本稿はTHNK Lobbyウェブサイトに掲載された高柳(2022; 2023b)と、Takayanagi (forthcoming)をベースに、国際開発協力の目的・動機に関する議論を加えるなどしてまとめ直している。

  1. 2)2021年の1,860億ドルと2022年の2,040億ドルは9.7%の増加であるが、OECDではインフレや為替レートの変動を視野に入れて13.6%増という数字を出している。2021年の基準の換算では2022年のODAの総額は2,113億ドルとなる(OECD 2023a)。

  1. 3)余剰ワクチンカウントの是非はDACの統計作業部会(WP-STAT)の2022年12月の会議で大きな論争となった。議事録要約は以下を参照。 https://one.oecd.org/document/DCD/DAC/STAT/M(2022)4/FINAL/en/pdf

  1. 4)カナダが金額、割合いずれでもトップクラスであるが、カナダは建国(1867年)初期の19世紀終わりから20世紀初めにかけて大量にウクライナからの移民があり、2021年国勢調査でも民族的アイデンティティについての質問でウクライナ人との回答が11位(約130万人) となるなど移民のつながりが一つの背景と考えられる。( https://www150.statcan.gc.ca/n1/daily-quotidien/221026/dq221026b-eng.htm: Accessed October 19, 2023.)

  1. 6)DACとの定期協議など政策提言を行う世界のCSOネットワークであるDAC-CSO Reference GroupのIDRCに関する提言は以下を参照。 https://www.dac-csoreferencegroup.com/oda-in-donor-refugee-costs-and-migr

  1. 7)筆者のConcord Swedenと Forum Civへのインタビュー(2022年10月と2023年9月)にもとづく。

  1. 8)特にDevelopment Co-operation Profilesには各国のODAの政策や配分について様々なデータが掲載される。( https://www.oecd-ilibrary.org/development/development-co-operation-profiles_2dcf1367-en

  1. 9)OECDのDevelopment Finance Data ( https://www.oecd.org/dac/financing-sustainable-development/development-finance-data/)より筆者算出。

  1. 10)この他にモルドヴァなどウクライナ周辺のDAC受取国リストにある諸国における人道援助もODAとしてカウントすることができ、増加していることが考えられるが、本稿執筆時点でそれを裏づけるデータはOECDから発表されていない。

引用文献
  •  Brown,  S (2021) “The impact of COVID-19 on development assistance,” International Journal, Vol.76, No.1.
  •  Browne,  S (2022) Aid and Influence: Patronage, Power and Politics, Oxon and New York: Routledge.
  •  Hulme,  D (2016) Should Rich Nations Help the Poor, Cambridge and Malten, Polity. (佐藤寛監訳『貧しい人を助ける理由―遠くのあの子とあなたのつながり』日本評論社、2017年)
  •  Lancaster,  C (2007) Foreign Aid: Diplomacy, Development, Domestic Politics, Chicago and London: The University of Chicago Press.
  • OECD (2021) “ODA Levels in 2020: Preliminary data: Detailed Summary Note.”
  • OECD (2022) “ODA Levels in 2021: Preliminary data: Detailed Summary Note.”
  • OECD (2023a) “ODA Levels in 2022: Preliminary data: Detailed Summary Note.”
  • OECD (2023b) “2023 Trends and Insights on Development Co-operation: Tracing the impacts of Russia’s war of aggression against Ukraine on official development assistance (ODA).” (https://www.oecd-ilibrary.org/sites/5096b978-en/index.html?itemId=/content/component/5096b978-en : Accessed October 28, 2023)
  • OECD (undated) “DAC List of ODA Recipients,” (https://www.oecd.org/dac/financing-sustainable-development/development-finance-standards/daclist.htm : Accessed October 28, 2023)
  •  高柳 彰夫(2022)「2021年 先進諸国のODA」THINK Lobby(https://thinklobby.org/0da2021/ :アクセス2023年10月28日)
  •  高柳 彰夫(2023a)「NGO・市民社会とSDGs―市民社会スペース、COVID-19対応支援、アドボカシー」野田真里編『SDGsを問い直す―ポスト/ウィズ・コロナと人間の安全保障』法律文化社。
  •  高柳 彰夫(2023b)「2022年 先進諸国のODA」THINK Lobby (https://thinklobby.org/oda2022/ :アクセス2023年10月28日)
  •  Takayanagi,  A (forthcoming) “Regional Aid Trends: DAC non-EU Members,” The Reality of Aid Report 2023: 30 Years of Amplifying Southern Voices.
  •  Tisch,  S and  M  Wallace (1994) Dilemmas of Development Assistance: The What, Why, and Who of Foreign Aid, Boulder: Westview.
  • World Bank (2023) “Updated Ukraine Recovery and Reconstruction Needs Assessment: Press Release: March 23, 2023.” (https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2023/03/23/updated-ukraine-recovery-and-reconstruction-needs-assessment : Accessed October 28, 2023)
 
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