2025 Volume 3 Pages 49-53
1.現行の国際財政構造の課題
2030年までのSDGs達成や、気候変動の緩和策および適応策を世界全体で実施するには膨大な資金が必要とされる。一方で、コロナ・パンデミック以降、多くの国々が債務危機に苦しんでいる。歴史的に途上国の資源を利用して経済発展を遂げ、温室効果ガスを大量に排出してきた先進国は、気候変動対策に取り組む責任があるにもかかわらず、そのために十分な量の政府開発援助(ODA)を提供していない。2009年の国連気候変動枠組条約(UNFCC)締約国会議(COP)で合意された、「先進国が途上国の気候変動対策支援に年間1,000億ドルを拠出する」という目標1)は、達成年限である2020年から2年遅れた2022年にようやく達成された。
現在の国際財政構造は、世界銀行への出資比率に応じて投票権が配分されていることや、開発銀行の理事会議長を務める総裁が特定の国の出身者で占められていることなど、先進国に有利な形で形成されている。また、税や債務返済などを通じ、資金は開発途上国が多いグローバルサウス(南側諸国)から先進国側のグローバルノース(北側諸国)に流れている。こうした不公正な状況を克服するには、新たな地球規模の資金枠組みや大胆な取り組みが必要である。世界の市民社会からは、国際通貨基金(IMF)や世界銀行グループ、国際開発金融機関(MDBs)の大規模な改革、そして国際連帯税を含む新たな資金メカニズムの構築を提案する動きが出てきている。これらの課題をまとめて、「国際財政構造の変革(Transforming International Financial Architecture)」と呼ばれている。
国際財政構造の議論は、主要債権国政府で構成される「パリクラブ」と呼ばれる非公式会合2)や、IMF・世界銀行年次総会、「財務トラック」と呼ばれるG20の財務大臣・中央銀行総裁会議を中心に進められてきた。そのため、世界中の市民社会はこれらの会議体に対し、対話や提言を行うとともに、ときには街頭デモやメディアキャンペーンなどの行動を通じて、より公平な政策への変更を求めてきた。
2.日本の政策と市民社会の現状
世界第4位の経済大国であり、G7とG20の両方のメンバーである日本は、世界銀行の第2位の出資国である3)。アジア地域における主要なODAドナーであり、アフリカとラテンアメリカでの開発協力事業も増加している。日本政府は、国際財政構造の設計と運用、そして金融の流れに大きな影響力を持つ。しかし、現在の日本政府による政策は、貧困削減や世界の平均気温上昇を1.5度以下に抑えるといった長期的な気候変動目標の達成に必要とされる野心を欠いている。例えば、日本政府は、バングラデシュでの石炭火力発電所建設やエジプトの空港拡張工事に対して資金支援を行い、これを「気候資金の貢献」として報告していたことが批判されている4)。
日本の市民社会では、1970代からのODA批判・検証の流れを汲み、1990年代には多国間投資協定(MAI)や世界貿易機関(WTO)による自由貿易体制の推進への懸念を表明する運動5)が盛り上がった。同時に、フェアトレードの推進や、生産地およびバリューチェーンにおける企業の環境・人権保護を求める機運が高まり、2010年ごろからは環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への反対運動が形成された。国際協力NGOをはじめとする市民社会組織(CSO)は、2016年5月のG7伊勢志摩サミット、2019年6月のG20大阪サミット、2023年5月のG7広島サミットにおいて、貿易・投資・インフラ・国際財政構造などの分野で提言書を作成し、それぞれの議長を務めた日本の総理大臣に手渡している。さらに、1997年からは財務省(当時は大蔵省)とNGOの間で「財務省・NGO定期協議」が開催されている。この協議は、「国際開発機関(MDBs)・国際通貨基金(IMF)・国際協力銀行(JBIC)・国際協力機構(JICA)等の政策やプロジェクト等に関し、 政府とNGO・市民との間での意見・情報交換を促進し、財務省による政策決定の透明性を高めるとともに、環境・人権・ジェンダーなどの視点に十分に配慮した開発の実現に貢献すること」を目的としており、2024年11月までに83回を数えている6)。また、社会問題を引き起こす資金の流れをフェアにすることを目的に、国内大手銀行の投融資方針について、社会性の視点から格付けを行うフェア・ファイナンス・ガイド7)の発表や、途上国での石炭火力発電への融資停止を求める運動8)なども実施されている。
このように、日本の市民社会は経済課題に関する提言活動で歴史的に豊富な経験と蓄積を有している。しかしながら、前述した「国際財政構造の変革」については、近年のIMF・世界銀行年次総会やG20サミットなど、国際的な議論の場に参加する日本のCSOの数は限られている。たとえば、2012年10月にIMF・世界銀行年次総会が東京で開催された際、「IMF・世界銀行年次総会CSO連絡会」が設立され、「日本のCSOの間の情報共有や連携、海外CSO、世銀、IMF、および他のセクターとの対話を促し、提言活動を支援すること」を目的として活動したが、この連絡会は2012年末に解散し、活動は引き継がれなかった9)。国際財政構造に関わる国際会議の多くは、国際機関の本部がある米国・ワシントンDCやG7/G20サミットの議長国で開催されるため、日本社会に情報が届きにくいという状況もある。現地への渡航者が少ないために継続的に課題を追う人材が育っていないこと、また、各分野での資金に関する議論が相互に情報共有されていないという市民社会の分断なども、こうした活動が広がらない要因である。
2024年には、外務省が「開発のための新しい資金動員に関する有識者会議10)」を開催し、官民を問わず様々な主体と政府との連携を強化した。この会議では、開発のための新しい資金動員において、ODAが触媒として果たしうる役割やそのあり方について議論が行われた。国連では国際租税協力枠組条約11)の起草準備が始まり、OECD主導であった租税の課題が国連を中心とした枠組みに再編されようとしている。11月にアゼルバイジャンで開催された国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)12)では、2025年以降の世界全体の新しい資金目標を決定する「新規合同数値目標(NCQG)」が焦点の一つとなった。さらに、2025年には、技術や科学、イノベーション、貿易、能力構築などの幅広い課題に関する資金協力を取り扱う「アディスアベバ行動計画」を採択した第3回開発資金国際会議から10年の節目を迎え、第4回開発資金国際会議がスペインで開催される13)。
日本政府は、IMFや世界銀行、アジア開発銀行(ADB)への主要出資国であり、世界経済や金融の安定について議論するG7/G20の一員であることから、国際財政構造に関して大きな発言権を有している。したがって、日本のNGOも世界のNGOによる提言に呼応して、日本政府に対して積極的に提言を行い、多くの人々とともに声を上げる役割がますます重要になっている。
1.経済課題アドボカシープロジェクトの開始
そこで、国際協力NGOセンターでは、アフリカ日本協議会とグリーンピース・ジャパンを共同実施団体として、「経済課題アドボカシープロジェクト」を2023年度後半より開始した。本プロジェクトは、グローバルサウス(南側諸国)に投資される開発資金および気候資金を大幅に増加させ、IMF・世界銀行やG20などによって構築されている国際財政構造をより民主的で公正なものへと変革することを目的としている。世界の市民社会による国際財政構造の変革を目指す動きと歩調を合わせ、多様な分野の市民社会が一堂に会し、政策提言やキャンペーンなどの運動を生み出していくことを目指す。日本における市民社会と若者組織のネットワークを構築し、それを通じて国際財政構造とグローバルな金融の流れを改革し、政策決定者に対して働きかけを行う。
2.ネットワークの立ち上げ
本プロジェクトの一環として、CSO、学術関係者、国際機関、メディアなど、多様な関係者が集い情報交換や交流を行う「持続可能な開発資金枠組み達成に向けた市民社会ネットワーク(略称:JFFネットワーク)」を立ち上げた。JFFネットワークは、資金に関する最新動向を共有し、アドボカシーに共同で取り組む場を提供することで、必要な機会に政策提言を実施することを目指す。具体的な活動内容は、(1)情報交換の場の設置、(2)政策提言・国際連携、(3)若者組織との連携、(4)映像資料作成の4つである。以下に、それぞれの活動報告および今後の予定について詳細を紹介する。
⑴ 情報交換の場の設置
情報交換の場として、2024年7月31日にJFFネットワークのキックオフ会合を開催した。同会合には17の組織から31名が参加し、開発資金・気候資金を巡る最新の動向が共有された。さまざまな分野で活動するCSOが関係構築を行うと同時に、国際的な資金の課題の重要性やそれが各団体の活動に与えうる影響への理解を深めた。また、日本の市民社会としてのこれまでの取り組みを振り返り、今後必要な取り組みについても議論する機会となった。
会合冒頭では、近年の気候危機の甚大化により、先進国を中心とする温室効果ガスの大量排出に対し「汚染者責任」を求める声がグローバルに高まっていること、コロナ・パンデミックや度重なる紛争に伴う物価高・資源高と債務拡大が開発途上国での気候変動対策や国内開発への資金動員を妨げていること、資金を供給すべきMDBsでの意思決定の偏りに対し公平な課税制度の導入を求める動きが高まっていることなどが紹介された。また、これまでの資金の流れを変え、より公正な社会、すなわち「SDGsの達成」を目指す市民社会の中で、G7/G20の一員である日本政府の政策に期待する声が高まっており、日本の市民社会も世界の動きに呼応して行動すべきという呼びかけがなされた。
続いて基調講演では、ドイツの開発・環境・人権分野で活動するNGO「ジャーマンウォッチ(German Watch)14)」の「将来を見据えた財政(Future-proof Finance)」部門長であるデヴィッド・ライフィッシュ(David Ryfisch)より、「国際財政構造と日本」と題して、開発資金、気候変動対策、生態系保全のための資金ギャップを埋めることを目的とする、ドイツをはじめとするグローバルな市民社会による国際財政構造改革に向けた取り組みについて紹介があった。
さらに、開発、貿易・債務、気候変動の各分野に主に取り組む日本のCSOから、これらの課題に取り組む必要性および提言機会について共有があった。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの堀江由美子は「途上国が社会課題の解決や気候変動への適応に投資できるよう、国際財政構造の改革に向けて、日本の市民社会による働きかけの戦略化が必要」と述べた。アジア太平洋資料センターの内田聖子は「債務を含む経済課題は多岐にわたるため、それぞれの課題に取り組む団体同士が連携し、情報共有を進め、G7/G20/IMFなどに対して根源的な改革を行う『パワーシフト(権力の移行)』に取り組みたい」と語った。グリーンピース・ジャパンの小池宏隆は「今年のCOP29は、気候資金に関する新しい目標(NCQG)が締結されるため重要であるが、気候資金不足は構造的な問題のため、単に資金を増やすだけではなく、構造を変革する必要がある」と発表した。
基調講演や3団体からの発題を踏まえ、後半では、参加者が小グループに分かれて、国際財政課題が各団体へ及ぼす影響や今後の動きについて共有した。参加者から出された主な意見は以下の通りである。
(ⅰ)各団体による資金課題への取り組み
● 新規合同数値目標(NCQG)の議論を追っている。
● 援助資金の枠組みを変えるためのアドボカシーを行っている。
● 開発援助に関して若者へのキャンペーンや働きかけを行っている。
● エクスポート・クレジットの化石燃料を止めさせるための活動を行い、COPなどで提起している。
● SDGs達成に向け日本の若者の声を集約し、日本政府や国連、市民社会に政策として届ける活動をしている。
● 気候危機を悪化させる化石燃料や、高コストで問題の多いアンモニア混焼、原子力などのグリーンウォッシュ技術への資金支援をやめ、公平で、安全で、安価な再生可能エネルギーや省エネルギーの普及のために使うよう求めるオンライン署名を実施している。
(ⅱ)JFFネットワークへの期待
● 互いの活動から相乗効果が得られるとよい。
● 世界銀行へのアドボカシーを共同で行いたい。
● 日頃の情報交換からお互いの活動を知っておくことが重要である。
● 若者の声を集約し、日本政府に政策提言できるとよい。
● アクションにつながるきっかけが増えることを期待する。
● 政策決定者に対する影響力を向上させる方法について学びたい。
● 異なる分野に関わる団体や個人が協力することで、より大きな力になり得る。
● グローバルサウスにおける気候資金プロジェクトの現場の確認ができるとよい。
● これまで開発NGOとの接点が少なかったが、情報を得ることで学びがある。
● グローバルノースからグローバルサウスへの気候資金の流れをトラッキングできるとよい。
● ネットワークを形成することで関わり方が多様になり、個別の団体にとっても政府や議員に対する影響力が増加する。
(ⅲ)連携に向けて各団体が提供できること
● 日本政府(財務省・外務省)との対話の場を設けること。
● 少数派の意見を切り捨てず、互いに尊重・認め合うこと。
● SDGsの2030年までの達成に向けたアドボカシーをともに行うこと。
● グローバルサウスにおける気候資金のあり方について調査・提言すること。
● SDGsの地域化(ローカライゼーション)と開発資金等の課題とを結び付けること。
● 一般市民に対して日本の資金拠出を支援するようなナラティブを主流化させること。
● 国際課税問題についての理解の促進と、それに基づいた市民社会としての協力を促進すること。
● 環境NGOはポジションの違いから協働が難しい場合もあるが、ゆるやかにつながることで声の層を厚くし、セクターとして政府に対する影響力を向上させること。
● 「新自由主義」や「経済課題」という括りは非常に大きく、取り組みづらい。気候危機の課題を入り口にして、市民、特に若者世代を巻き込んでいきたい。
本稿執筆時点ではまだ実施されていないが、第2回会合は12月19日に開催される予定である。IMF・世界銀行年次総会、COP29、ブラジルG20/C20サミット、第4回開発資金国際会議第2回準備会合に参加したCSOからの報告を受け、日本政府に対する提言や一般向けのキャンペーンの機会について意見交換を行うこととなっている。
⑵ 政策提言・国際連携
財務省をはじめとする日本政府への政策提言と、グローバルCSOとの情報共有をはじめとする国際連携を行う。上述の通り、財務省・NGO定期協議では、MDBs・IMFなどの国際機関、JBIC・JICAなどの日本の政府機関が実施している政策やプロジェクトについて、質問や協議を行う機会がある。2024年6月6日に開催された第82回定期協議では、本プロジェクトの共同実施団体およびアドバイザーより以下の3つの議題提案を行った15)。
● 開発途上国の債務再編に関するG7/G20財務大臣・中央銀行総裁会議、IMF・世界銀行の取り組みおよび日本政府の政策について(特に、「グローバル・ソブリン債務ラウンドテーブル」)
● 日本が世界保健機関(WHO)および世界銀行と連携して設立する「UHCナレッジハブ」に関する財務省および世界銀行の関与について
● 「BEPS包摂的枠組み」の第3の柱としての国際課税への対応及びアジア共通金融取引税(為替取引税)の可能性について
こうした公開の協議に加え、個別に面会や照会を重ねることで、開発資金や気候資金に関する日本政府の立場や重要な情報を入手し、さらなる政策提言につなげるよう取り組んでいる。
⑶ 若者組織との連携
日本政府は、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための助言機関として、2016年にSDGs推進円卓会議を設置した。社会の多様なステークホルダーが同会議の委員となっており、若者も含まれている。また、「2030年以降にSDGs推進の主役となる次世代によるSDGsへの関与を深め、主体的な推進を加速し、国際社会に対して次世代のSDGs推進に関する日本の『SDGsモデル』を示すため16)」に、「次世代のSDGs推進プラットフォーム」が設置されている17)。
本プロジェクトでは、このような若者による政策提言を強化することで、気候変動と経済正義に関する市民社会による提言の説得力と発信力を増幅させることを目指している。具体的には、SDGs達成に向けた日本政府への政策提言に取り組む「持続可能な社会に向けたジャパン・ユースプラットフォーム(JYPS)」と連携し、勉強会の開催、政策提言の作成、公開ワークショップの開催、政策決定者との面会および政策提言の手交を行っている。国際金融・財務に関する課題は幅広い国際的視点と専門的知識を必要とするため、若者が「自分ごと」として捉えづらい側面もある。今回の連携プロジェクトを通じて、日本の若者がどのように国際金融・財務枠組みに向き合うべきかを考える機会を提供する。
⑷ 映像資料作成
開発途上国の債務課題と気候変動課題、そして日本社会との関わりに焦点を当てた映像資料をアジア太平洋資料センター(PARC)と連携して作成する。これを一般市民および高校生・大学生向けに提供し、「国際財政構造の改革」についての理解を促進することを目指す。具体的には、洪水の頻発と深刻化による食料生産・雇用・地域経済への影響が著しいバングラデシュの事例を取り上げる。脱炭素政策を打ち出すバングラデシュ政府に対し、JICAによるエネルギー電力マスタープラン18)は、化石燃料を2070年まで燃焼する計画を提示しており、再生可能エネルギー中心の社会へと移行する計画をないがしろにするかのようである19)。さらに、日本政府が資金供与するマタバリ石炭火力発電所20)は大量の二酸化炭素を排出し続けており、それによって引き起こされる気候変動は、洪水と気象パターンの変化をもたらし、農民を苦しめている。貸し付けられた資金の多くは、石炭火力発電所の建設にかかわった日本企業への支払いに充てられ、その原資はバングラデシュの人々が負担する電気代に上乗せする形で徴収される。この映像資料では、早期に脱炭素を目指すバングラデシュに対して、日本が円借款を通じて気候危機への対策を阻害することにどのような意味があるのかを問いかける。