Journal of Buddhist Culture
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Pages 102-117

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はじめに

釈尊は、初期仏典において仏弟子たちに多くのメッセージを残しています。それは時代を超えた「普遍的価値」に満ち溢れた金言であり、コロナ時代を生きる私たちにとって、今こそ読み解きたい深い意味が込められています。

このたびはインドの仏典に見える釈尊の言葉を通して、現代の仏教に対する私のかかわり方を考えます。

「諸行無常」と戦争・災難の時代

釈尊の生存年代である紀元前五世紀ごろのインドは、歴史上の激動期でもありました。社会的にも宗教的にも大変動の時代です。当時の国は、大別して強力な軍隊を誇る官僚組織国家と、小規模ながら比較的に民主的な部族国家とがありました。釈尊のシャカ族はその後者の民主国家にあたり、コーサラなどの大王が率いる大国に戦々恐々とする運命を背負っていたのです。

やがてガンジス川を中心に経済が発展すると、小さな民主国家は次第に崩壊し、強いリーダーシップを発揮するマガダやコーサラのような大国が、周辺部族を飲み込んでいくことになります。こうして血で血を洗う戦国時代へと突入するのが紀元前五世紀のインドです。

[地図]古代インドの十六大国

釈尊はシャカ族の王子として生まれ、戦争に苦悩する父の姿や、殺戮と強奪が繰り返される現実を目の当たりにして若き日々を過ごすことになりました。

以下に示すのは、『スッタニパータ』にある釈尊の言葉です。

殺そうと争っている人々を見るがいい。武器を手にして、相手を打ちのめそうとするから、そこに恐怖が生じるものだ。私はぞっとして、そこから逃れようとした、その衝撃の思い出をここに述べよう。

まるで水の少ないところで、もがき苦しむ魚のように、人々が暴力にふるえ、おびえているのを私は見たのだ。また人々が互いに争っている姿を見て、私は激しく恐怖を覚えた。

この世界には、どこにも堅実で安心出来るものなどないではないか!どこを見渡しても、すべてがうろたえ、恐怖に動揺している。

そこで私は、自分が安心して頼ることのできる「居どころ」を探し求めたのだった。だがしかし、すでに(死や暴力の恐怖に)とりつかれていない場所など、遂にどこにも見つけることが出来なかったのだ。

(『スッタニパータ』第九三五―九三七偈)

人間の怨みや暴力を体験的に見つめてきた、若き時代の釈尊の驚くべき告白です。見渡すと、まるで人間が浅い水たまりで苦しむ小魚のように、小刻みに震え、暴力におびえきっている、というのです。それが幼いシッダッタ王子の目に映っていた日常だったものと推測されます。だからこそ、仏教は「生き抜くことの大切さ」と「平和」すなわち「不殺生(アヒンサー)」を強く主張する宗教として確立したのでありましょう。

次も『スッタニパータ』に見える釈尊の著名な言葉です。

実にこの世においては、怨みに報いるために、怨みをもってしたならば、ついに怨みのやむことがない。

怨みは怨みをすててこそ、はじめてやむ。これは永遠の真理である。

怒らないことによって、怒りに打ち克つのだ。

善いことによって、悪いことに打ち克つのだ。

互いにわかち合うことによって、物惜しみに打ち克つのだ。

真実を語ることによって、偽りを語る人に打ち克とうではないか。

(『スッタニパータ』第五偈、第二二三偈)

まさにこれこそ人間の持ち合わせるべき処方箋であり、憎しみや不平不満、暴力性に対処する言葉の薬といえます。おそらく当時の戦争や災害、疫病、貧困などによって分断されていた人々の心に響いていたであろうリアルなメッセージです。

したがって、仏教が他の宗教と異なるところは何か、と問われれば、それは不殺生戒や不妄語戒などをはじめとする「普遍的道徳観をより重視した宗教」と答えることも可能でしょう。たとえば「殺すなかれ」ならば、他の思想や宗教にもあるではないかと言われるかも知れませんが、決定的に違うのはその重要度です。その重要度の特異性を知ることが出来れば、あるいは仏教がなぜ誕生したのか、釈尊は何ゆえに法を説かれたのか、その動機(つまり目的)に ふれることが可能になるかも知れません。

[写真]千葉公慈先生

「分断の世界」と縁起、そして「分断せしめるもの」

さて、ここで現代に目を転ずれば、程度の差こそあれ、やはり今もなお私たちは生命の危殆に瀕しているといえるでしょう。

生物でも無生物でもないウイルスという存在…。細胞壁をもたず、単にタンパク質に覆われたむき出しの核酸のみという異様な姿の怪物のそれは、地球上の新参者である人類をあざ笑うかのように、私たちの日常を次々に「分断」していきました。そしてその分断の作用は昨年来、一層勢いを増し、私たちの社会のさまざまな事象の仮面を剥がし取り、己の存在の如くにその本性を次々にむき出しにせしめる特性をもつことが明らかになってきました。

ウイルスは人間同士の接触を妨害し、生活圏を屋内に封印させ、私たちのグローバルな経済活動という現実世界を停止させました。否応なく及んだ私たちの生活は、この猛威によって戸惑い、迷走し、なお混迷を深めるばかりです。その混迷の証しのひとつが、ステイホーム、ロックダウン、テレワーク、ソーシャルディスタンスといった横文字の言葉の氾濫です。言葉は社会の鏡であり、人間の心理を正直に反映する一面を持っています。こうした横文字に、かつテクニカルターム化することによって事実の意味を鈍化させ、受け容れがたいこの現実を何とか受容しようと腐心する己の姿が現れています。

ちなみに初期の仏教では、こうした言葉の熟語化、つまり言語習慣に基づいた概念化(言葉の意味と働きのマンネリ化)というものを最も嫌ったことを忘れてはなりません。いわゆる戯論(プラパンチャ)といわれるものです。

いずれにしてもウイルスは、私たち人間が「ニューノーマル」を受け容れるか否かの逡巡など、一向にお構いなしといった風体で、ワクチン接種に手間取る私たちに向かって、変異株ウイルスがさらなる波状攻撃を仕掛けているわけですが、しかしこの結果として、日々の仕事とは何か、家族とは何かといった「人間性への本質的な問いかけ」が、私たちにとって一時しのぎの議論ではなく、リアルな本質論としての意味を帯びるようになり、私たちはその現実を突きつけられているのです。実はあの九・一一以降、そしてあの三・一一以降に議論を先延ばしにしてきた私たち自身の自己への問いかけがあったわけです。つまり卑近な例で申し上げれば、果てしなく続く残業や食品ロスなどの問題がその一端でもありますが、現代人の欲求に支えられた大量生産と大量消費を優先する功利主義の産業活動、現代的な資本主義社会にも楔を打たしめたのであり、とりわけ近現代における人類の虚飾の繁栄という仮面を剥がしとるほどの強烈なインパクトをもっているわけです。

さらに社会学的には、金銭の動向のみを意味するGDPを指標とするその資本主義の繁栄が、その派手な見せかけとは裏腹に心の豊かさと乖離した「欲求の暴走を肯定する理論」であるかも知れないことをコロナウイルスはあばき出しているのです。

そこで……、だからこその仏教と言いたいのです。端的に申して釈尊の教えにしたがえば、「すべてのものは縁起したもの」に他なりません。すべての現実は因と縁が寄り集まった結果なのです。それゆえ、この世界が如何なる困難な現実を迎えていようと、苦悩する社会が現れていようと、因と縁というこの集まりを自覚的に、かつ本質的に観察し、受けとめ、理解して乗り越えることは、現代人にとって不可避な道であると思われます。つまり「分断と格差の社会」をつなぎとめ、欲求の暴走に歯止めをかける処方箋となるものが縁起の思想だと主張したいのです。

たしかに欲望を原動力とする資本主義社会にとっては、このコロナ禍による経済活動の抑制は致命的な逆境となってしまいました。しかしオードリー・タン氏もすでに指摘しているように、未来を見据えた自由主義社会においては、むしろGDP指標に依拠しない世界、つまり人類にとって新たなる価値観とその原動力に目覚め、今こそ分断と負のスパイラルに歯止めをかけて、目指すべき持続可能な社会を実現するチャンスに他ならないと考えます。そしてそのメッセージになり得るキーワードが東日本大震災のときもそうであったように、「社会の絆」であり、まさに仏教の縁起であると思われます。

さて閑話休題、そこで縁起にまつわる一文をここに掲げましょう。

天の子供らは夢中になってはねあがり まっ青な寂静印の湖の岸 硅砂の上をかけまわりました。そしていきなり私にぶっつかり、びっくりして飛びのきながら一人が空を指して叫びました。

「ごらん、そら、インドラの網を。」

私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末まで いちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金でまた青く 幾億互に交錯し 光って顫えて燃えました。

(宮澤賢治『インドラの網』より )

この宮澤賢治の作品『インドラの網』にある言葉は、当時、太平洋戦争がひたひたと忍び寄っていたであろう大正の末期から昭和の初めにおいて、あるいは賢治が肌感覚で感じていた危機感からの仏教童話であったのかも知れません。

また釈尊にとって、どれほど縁起という法が大切であったのかは、以下の頻出表現からもわかります。とくに危篤に瀕したヴァッカリ長老が釈尊に最期に一度だけでもお目にかかりたいと懇願したところ、「わたしを見てどうするのだ。大切なことはわたしではない」として釈尊はご自身を神格化してはならないと戒められた場面は極めて印象的なシーンです。そしてそこで遂にこう語りかけました。

およそ誰であれ、法を見るものは我を見る。

およそ誰であれ、我を見るものは法を見る。

(『サンユッタ・ニカーヤ』二二・八七)

縁起と法、そして釈尊の関係については周知の通りではありますが、ここでは以下の有名な一文も併せて示しておきます。

およそ誰であれ、縁起を見るものは法を見る。

およそ誰であれ、法を見るものは縁起を見る。

(『マッジマ・ニカーヤ』一・二八)

このように釈尊の縁起の教えは、苦しみに沈むものへの救済の言葉として、そして釈尊へ向けられた信仰の姿として、「普遍的な理法」としての「縁起」が示されてきました。また実際、これまで多くの研究者がこの見解を支持してきた教えでもあります。

ただし、私はあえてこの場でこれだけは忠告を申し上げておきたいと思います。それは私たちがどれほど釈尊の教えと心得て「縁起」の記述をたどったとしても、正しい「縁起」と「空」の理解が欠如したままでは、それはかえって「縁起せざるもの」を現出させてしまう恐れが常にあることもまた知っておかなければなりません。つまり「縁起」を理念、理想化するあまり、普遍的理法として思想を膠着化させた瞬間に訪れる「思想の頽廃」の問題です。

したがって「法(dhamma)」について、「理法」や「道理」と安易に置き換える思想系譜には、経験上「縁起は相依性(関係性)である」という理解の帰結が待っていることを私たちは知っています。英訳においてRelativity, Relationshipなどとするのがその代表例です。

およそ宗教である限り、その開祖や典籍はやがて神聖視され、昇華され、最終的に絶対視されてゆく運命から逃れることは困難なことでもあります。ある意味でそのプロセスは宿命的なものともいえます。しかし、だからこそその時代ごとの活きた言葉によって、しかも自覚的に深められた自己の言葉によって、それらの陥穽から開祖ご自身の生々しいメッセージを引き寄せ、蘇生させることも可能となってくるのです。

たしかに釈尊の、そして仏教の思想は、ある意味で宗教の違いを超えた普遍的なものです。これには私も大いに賛同するものです。しかし、私たちはいったん「普遍的な理法」などと軽々に口にすること自体、実は我が身から釈尊の言葉を遠ざける〈権威化〉が始まるのであり、思想をシステム化することによって、悩むことなく問題を一気に解決せしめるような安易な惰性が足元を掬うことにもなるのだと肝に銘じる必要があります。実際、世の中の差別や分断を容認し、温存するものには、一種の権威的な受け皿が必要です。仏教的にいえば、一つひとつの個別に異なった「法」に対する「法性」とか「真如」とか「如来蔵」といった思想的基盤の受け皿です。ですからナーガールジュナの登場以来、私たちは「縁起」を知るための大切な要素として「空」の理解を胸に刻みつつ、諸行は無常であると見つめてきたのでした。

上述の「縁起」の句に類似した言葉は、ナーガールジュナの『中論頌』(Madhyamaka-kārikā)を註釈したチャンドラキールティの『浄明句論』(Prasannapadā)の冒頭箇所にも引用されていますが、ここでは『中論頌』の第二四章第一八偈前半の部分と、さらに「縁起」の相依性理解の代表例を合わせて示しておきましょう。

およそ誰であれ、縁起しているものであれば、

それをすべて我々は空であると説く。

(『中論頌』第二四章一八偈)

友サーリプッタよ、老死は自作であろうか、それとも、他作であろうか。あるいは、老死は自作にしてかつ他作であろうか。それともまた、自作にもあらず、他作にもあらず、因なくして生ずるものであろうか。

友マハー・コッティアよ、老死は自作ではない。また、老死は他作でもない。あるいは、老死は自作にしてかつ他作なのでもない。あるいはまた、自作にもあらず、他作にもあらず、因なくして生ずるものでもない。ただ、生あるによって老死があるのである…友よ、それは、たとうれば、二つの藁束は相依って立つであろう、ということである。…もしそれらの藁束のうち、そのいずれか一つを取り去ったならば、他の一つは倒れるであろう。

(『サンユッタ・ニカーヤ』一二・六七「藁束」)

比丘たちよ、「縁起」とは何であろうか?比丘たちよ、「生によって老死がある」という。このことは、如来が世に出ようとも、また出まいとも、定まっているのである。法として定まり、法として確立しているのである。それは相互に寄りかかったものである。

如来はこれをさとり、これを知ったのである。これをさとり、これを知って、これを教示し、宣布し、詳説し、開顕し、分別し、明らかにしたのだから、それゆえ「汝らも、見よ」というのである。

(『サンユッタ・ニカーヤ』一二・二〇「縁」)

こうして、仏教のもっとも大事な教義である「縁起」の教えは、一宗教の枠を超えた普遍的な価値観でもあるとの認識で周知されてきました。もちろん一般に宗教における教祖や開祖とは、その宗教にとって究極の存在です。その開祖のさらなる奥に、何らかを位置付けるものがあってはならないとするのが、通常の宗教に関する基本的な考え方でしょう。

もし背後に何かがあるとすれば、たとえば「三位一体」のように、教祖や開祖と天や神を一体に融合させる教義が必要になります。しかし、仏教ではそうは説かないのです。無論、仏教でも法身、報身、応身など三身説が大乗に登場しますが、それはかなり後世になってからのことで、堂々と神格化されてからのお話になります。

いずれにしても、この神格化されない教祖をもつ本来の姿に立ち返ることが可能な仏教には、普遍的な道理を権威化することなく、教えを謙虚に理解することが出来る知恵があります。それが「縁起」とそれを支える「空」の教えです。ゆえに世界の共通言語になり得る可能性を大いに持ち合わせていると主張したいのです。

また、この際申し上げたいのは、その地域社会にある仏教寺院は、その発信地になり得るのだとも自負しています。本来のサンガ(僧伽)の姿を読み解くことが、理想的にして元祖、持続可能な社会でもあったからです。

道具化する人間

思えば昭和の時代、私たち日本人は戦後の焼け野原から見事な復興を遂げました。それは高度経済成長に象徴される「物の豊かさ」が時代のメルクマールでした。そして平成。本来ならば、私たちは来るAI社会を前にして、地球環境の破壊の足音に気づき、次なるステップを踏み出すべきときだったのです。ところが水が低きに流れるごとく、「快楽の世の激流」に流された私たちは先人の努力を忘れ、その物質的な繁栄のみを幸福と勘違いし、平成を〈昭和の焼き直しの時代〉にしてしまいました。それゆえに令和の今、(今さらと笑われるかもしれませんが、)実は「平成とは何だったのか」という歴史的な総括が必要と考えます。あるいはその課題を新型コロナウイルスは私たちに突き付けているとも思われます。

ではなぜ私たちはそのような、昭和の焼き直しという「過ち」を犯したのでしょうか。それを考えるために、私はこの釈尊の言葉を掲げます。

愚かな者は生涯にわたって賢い者につかえても、真理を知ることが無い。

あたかも匙がスープの味を知ることができないように…。

聡明な人は瞬時のあいだに賢い者に仕えても、ただちに真理を知る。

あたかも舌がスープの味をただちに知るように…。

(『ダンマパダ』第六四―六五偈)

テーブルの上に並んだフォークやスプーン…。どれほど美しく輝いていても、これらは〈道具〉としての宿命を免れません。彼らは終生、極上の料理に浸りながらも、ついにその味を知り、喜びに感動することはありません。釈尊は、それを人間とは真理を目の当たりにしても、それをスープにおける匙のように真理に暗く、決してそれを味わい知ることがないものだと戒めます。これが私たちの無意識の罪業である「無明」にして人間の道具化という姿です。

実はこうした釈尊の言葉にふれることから始まる縁起の観察によって、その究極に横たわる「無明」の存在に私たちは気づくことが出来ます。

周知の通り「無明」の原語は、「ア・ヴィドゥヤー(a-vidyā)」です。「ア」は否定の接頭辞、「ヴィド」は「~を理解する、熟知する」という動詞の語根から出来た女性名詞です。ゆえに「ヴィドゥヤー」は、単に「学問」「知識」を指します。

そこで「ア・ヴィドゥヤー」は、真理にくらいという意味で「無明」「無知」と訳されました。ときに「黒闇」「愚痴」と訳されるのもそのためです。

したがって「無明」の本義を求めるとき、私はいつもテーブルの上に美しく磨かれて並ぶ食具の姿を思い出します。どこかソクラテスの「無知の知」にも通底する考え方です。

他方でリンネの「ホモ・サピエンス」という人間の定義は、人口に膾炙した言葉です。ラテン語で「ヒト」を意味する「ホモ」に、「考える」という性質の「サピエンス」を与えて「英知人」と訳されます。人間は他の動物とは異なり、「考えることができる存在」と見なしたわけです。

同様にベルクソンは、人間を「ホモ・ファーベル」と定義しました。「人間は道具を作る存在」という意味で、「工作人」とも訳されます。ただし、ベルクソンも注意深く指摘しているように、人間はただ単に道具を作り、使う知恵に優れているという意味ではありません。それを言えばサルやある種類の鳥なども、見事に道具を使うことがあるからです。ここで重要なことは、「道具」とはたいへん便利な性質がある一方で、実に〈恐ろしい性格〉を持っているという指摘です。

すなわち先人たちは、すでに警告していたのです。「知恵」の結実である道具は、快適で便利であるがゆえに、人間の心を歓喜させて魅了し、ある意味で面倒な作業でもある「考える」という真に知的な〈智慧〉まで奪い去るという性格があることを…。道具は人間に使われながら、いつの間にか主役を奪い「人間を使う存在」へと放逐します。つまり私たち現代人は、すでに道具化された人間になってしまった可能性さえあるのです。誰にも気づかれぬうちに…。

近代以降、人間はいよいよ盛んに道具を作ってきました。自動車や飛行機、テレビやパソコン、スマホなどにとどまらず、小説や絵画を創出するAIまで生み出しました。たしかに安全で快適な生活をもたらした点で、実に歓迎すべきことに違いありません。しかしその頼もしい生活の知恵でさえ、肝心の「無明」への自覚がなければ、かえって人間の本性(仏性)を抹殺してしまう恐怖がそこには潜んでいるのです。

普遍的価値のネットワークと「寺院」

而して令和の私たちは、この道具化された現代の「無明」の呪縛から、一刻もはやく逃れなければならないと考えます。それはウイルスという分断現象がもたらした存在への問いかけです。

故郷を離れて大都市に身を寄せ、山を削り海底を掘り起こし、森林を伐採してCO2を排出し続ける…。こうした現実に目を覆いつつ、豊かさのみを享受してきた現代人の仮面をはがし、人間性への本質的な問いかけによって、新しい社会観を再構築するときが訪れたのです。(否、早まったのです。)

具体的に言えば、男女、老若、人種、国家、民族といった形態主義の格差を乗り越えて、人類が普遍的な価値観を共有する努力を払うことです。経済的に言えば、GDPの指標に頼らない無形資産の価値観が中心となって、コミュニティーを循環させる原動力となる社会を目指すことです。そしてこのパラダイムシフトを可能にさせるヒントが、実はグローバリズムと対峙するローカリズム(循環する地域主義)、すなわち〈地域社会と寺院〉にあると私は見ます。少なくとも釈尊在世の時代、仏教寺院(精舎)は、その社会的、経済的機能を果たしていたことは仏典から窺えます。循環する地域社会の輪の中心に寺院(ヴィハーラ)は常にありました。国王が釈尊や仏弟子たちの声に耳を傾け、人々は法施と財施と徳行をもって経済と流通を牽引せしめたのでした。

村でも、林でも、低地でも、平地でも、聖者の住む土地は楽しい。

(『ダンマパダ』第九九偈)

「新しい進歩には怖さあり」とはヘーゲルの言ですが、勇気ある変化がなければ、如何なる新時代も始まることはないでしょう。しかしながら分断社会を契機とした「人間とは何か」という本質的な問いかけが、人類の普遍的な価値観が新たな時代の共通言語として機能するならば、社会の繁栄とは人間性の繁栄であることに気づくはずです。

さて、それではそうした性差や年齢差などの形態主義を克服するべく普遍的価値に基づいた「新たなる絆」と従来のグローバリズムとは、どの辺で一線を画するのでしょうか。

具体的には、グローバリズムの方向性ではSNSを中心にした情報の流通が中心となる電脳社会を進め、実際に人間の移動を必要としない世界観を構築すること。一方、ローカリズムの方向性では人間の移動と物流が主流となり、地産地消の地域経済が小回りよく循環して自立することです。そして重要な点は、このデュアルネットシステムが構築される際に双方の中心には「ダルマ」を標榜する発信源に寺院があることです。なぜそこで仏教が必要なのかと言えば、それはかつてガンディーが宗教や民族、そして身分などのあらゆる対立する価値観を乗り越えてインド独立を果たした史実からも伺えるように、やはり人類にとって普遍的価値を有する「ダルマ」こそが宗教的実存を機能させる可能性を有するのであり、その主役が寺院だからです。

つまり結論を申し上げれば、資本主義の繁栄を牽引してきた人間の欲望と欲求のエネルギーは今、ダルマを希求する高次元の精神性へと代替するときを迎えたということです。世界(グローバル)と地域(ローカル)の重層社会が両輪となり、縁起を標榜するダルマを求心力としてそれが循環するならば、きっと目指すべき持続可能な未来も実現する…。その役割と責任が、仏教と地域寺院にはあるのだと思われます。

伝道とは何か―むすびにかえて―

比丘たちよ、私は人天の世界のすべての係蹄(欲界の誘惑)から自由になったのだ。

君たちもまた、人間の世界のあらゆる欲求の束縛から自由になったのだ。

比丘たちよ、いざ遊行せよ!多くの人々の利益と幸福のために。

世間を憐れみ、人々の利益と幸福と安楽のために。

一つの道をふたりして行くな。(おのれの言葉で語れ)

比丘たちよ、初めも善く、中ほども善く、終りもよく、理路と表現とをかねそなえた法を説け。

さあ比丘たちよ、私も法を説くために、ウルヴェーラーのセナーニガーマに行こう…。

(『サンユッタ・ニカーヤ』四・一・五 )

Acknowledgments

(本稿は令和三年五月一五日に開催された第三一二回公開講座での講演内容にもとづき再構成されたものです。)

 
© Young Buddhist Association of the University of Tokyo
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