Studies of Buddhist Culture
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2023 Volume 23 Pages 64-111

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はじめに

本稿は,ヴァラルチ(Vararuci)に帰せられ,現存最古のプラークリット語文法1とされる『プラークリタ・プラカーシャ(Prākṛtaprakāśa)』2 (以下,PP),およびそれに対する最古の注釈とされるバーマハ(Bhāmaha)の『マノーラマー(Manoramā)』3の和訳である.

ヴァラルチは,インドの文学作品では,ヴィクラマ王の宮廷で活躍した「9 つの宝石(navaratna)」の 1 人であるとされ,パーニニ(Pāniṇi)の『アシュターディヤーイー(Aṣṭādhyāyī)』に対する注釈『ヴァールッティカ(Vārttika)』の作者であるカーティヤーヤナ(Kātyāyana)と同一視されることもある4.しかしながら,その年代に関しては,信頼できる情報がほとんどなく,Nitti-Dolci 1938 は,使用している言語や語彙にもとづいて,3~4 世紀頃の人物であると想定している5

一方,注釈者のバーマハに関しては,『カーヴィヤ・アランカーラ(Kāvyālaṃkāra)』などの著作でも知られる,カシュミールで活躍した詩人,詩論家と同一視する研究者も多いが,慎重な立場をとる研究者もいる6.仮に,詩人,詩論家のバーマハと同一人物であったとしても,その年代は明らかでなく,彼の詩論書に注釈を書いたウドバタ(Udbhaṭa)が,カシュミールのジャヤピーダ王(Jayapīḍa, 779–813 年)の治世を生きていたことから,その下限年代がわかるのみである7

プラークリット語8文法としては現存最古とされる PP の影響力は非常に大きく,後代の文法家や学者も,その体系を基本的に踏襲している.

しかしながら,文法家のプラークリット語と戯曲などに見られるものとの間には,大きな相違が見られる.その原因としては,写本の筆写者の知識や,文法家と詩人の時代の隔たりをはじめとする様々なものが考えられるが,写本によりスートラ数が異なることや,そもそも本来のスートラ数が不明であることなどに鑑みるならば,サンスクリット語におけるパーニニ文法ほどには権威/強制力を持たなかったという点が大きいであろう9

12 章から成る10 PP が“prākṛta”という言葉で想定しているのは,マハーラーシュトラ語(Māhārāṣṭrī)であり,第 1 章~第 9 章では,マハーラーシュトラ語の文法に関する規定が述べられている.そして,第 10 章でピシャーチャ語(Paiśācī),第 11 章でマガダ語(Māgadhī),第 12 章でシューラセーナ語(Śaurasenī)に関する規定を述べているが,それらは極めて簡潔であり,第 12 章の最後の規定は「残りは,マハーラーシュトラ語と同様である」という言葉で結ばれている11

PP は,プラークリット語文典史だけでなく,インドの伝統文法学史,さらには言語学史的にも重要な位置を占めているが,本邦においては,これまでその翻訳も,研究も,まったくなされてこなかった.このような現状に鑑みるならば,斯学におけるこの分野の発展を促すための試みとして,本訳を公表する意義があるものと信じる.誤りに関しては,諸賢のご教示を乞う次第である.

本稿で対象とするのは,母音に関する規定を扱う第 1 章,および結合していない音素に関する規定を扱う第 2 章であり,底本としては,以下のものを使用した.

【底本】

The Prākṛita-Prakāśa: Or, The Prākṛit Grammar of Vararuchi with the Commentary (Manoramā) of Bhāmaha. Ed. Edward Byles Cowell. London:

Trübner & Co., 186812.(英訳を含む)

翻訳に際して,上記の底本に含まれる英訳のほかに,以下の 4 種類の翻訳を参照した.

【翻訳】※年代順

Prākṛta-Prakāśa of Vararuchi with Bhāmahaʼs Commentary Manoramā. Ed. P. L. Vaidya. Poona: The Oriental Book Agency, 1931.(英訳を含む.ただし,英訳は Cowell の英訳を流用したものと思われる)

A Grammar of the Prakrit Language: based mainly on Vararuchi, Hemachandra and Purushottama. Ed. D. C. Sircar. Delhi/Patna/Varanasi: Motilal Banarsidass, 1970(Second Enlarged Edition)(スートラの英訳,およびヴァラルチ,ヘーマチャンドラ,プルショーッタマ注にもとづく解説を含む)

Prākṛtaprakāśa. Ed. Mathurādāsa Dīkṣita. Kāśī Saṃskṛta Granthamālā 38. Vārāṇasī: Caukhambhā Saṃskṛta Saṃsthāna, 2001.(ヒンディー語訳と注を含む)

Prākṛtaprakāśa. Ed. Jamunā Pāṭhaka. Kṛṣṇadāsa Saṃskṛta Sīrīja 213. Vārāṇasī: Caukhambhā Kṛṣṇadāsa Akādamī, 2007.(ヒンディー語訳と注を含む)

また,『マノーラマー』以外の注釈に関しては,以下の版本を使用した.

Prākṛtaprakāśa of Vararuci. Ed. C. Kunhan Raja & K. Ramachandra Sarma.

The Adyar Library Series No.54. Madras: The Adyar Library, 1946.

Prākṛtaprakāśaḥ of Vararuci. Ed. Baladeva Upādhyāya. Sarasvatībhavana Granthamālā Vol.102. Varanasi: Sampurnanand Sanskrit University, 1996.

【凡例】

・和訳はヴァラルチのスートラ,バーマハの注釈『マノーラマー』の順であり,注は最低限にとどめた.

・スートラのみ原文を提示し,その和訳には,継起(anuvṛtti)する先行スートラの文言を最低限補って訳した.

・『マノーラマー』の和訳は,Cowell の英訳を参考に,訳者の判断で適宜,改行した.・『マノーラマー』では,例として挙げられるプラークリット語に対応するサンスクリット語形は,最後にまとめて挙げられるが,各プラークリット語の直後に(Skt. ――)という形で提示し,Cowell の英訳を参考に代表的な意味の日本語訳を付した.また,音の代置が起こっている箇所を分かりやすくするため,該当箇所に下線を引いた.

例:isi(Skt. īṣat)「少し」

・二重母音のローマ字は ai,au とし,2 つの別の音の連続の場合には aï,aü と表記した.

・訳者による補いは[ ]を,指示代名詞等が指す語を明示する場合には(= )を使用した.

・底本の明らかな誤植と思われるものに関しては,特に断ることなく訂正した.

シノプシス

第 1 章 母音に関する規定

1.1. 支配規則

1.2–1.9. a に関する規定

1.2. samṛddhi などの最初の a → 任意に ā

1.3. īṣat などの最初の a → i

1.4. araṇya の最初の a → ゼロ

1.5. śayyā などの最初の a → e

1.6. badara の最初の a+da → o

1.7. lavaṇa, navamallikā の最初の a+va → o

1.8. mayūra, mayūkha の最初の a+yū → 任意に o

1.9. caturthī, caturdaśī の最初の a+tu → 任意に o

1.10–1.11. ā に関する規定

1.10. yathā などの最初の ā → 任意に a

1.11. sadā などの ā → 任意に i

1.12–1.17. i に関する規定

1.12. piṇḍa なとの i → 任意に e

1.13. pathin, haridrā, pṛthivī の i → a

1.14. 文頭の iti の t に後続する i → a

1.15. ikṣu, vṛścika の i → u

1.16. dvidhākṛ の i → o, もしくは u

1.17. siṃha, jihvā の最初の i → ī

1.18–1.19. ī に関する規定

1.18. pānīya などの最初の ī → i

1.19. nīḍā, āpīḍa, kīdṛś, īdṛśa の ī → e

1.20–1.23. u に関する規定

1.20. tuṇḍa などの最初の u → o

1.21. ulūkhala の u+lū → 任意に o

1.22. mukuṭa などの最初の u → a

1.23. puruṣa の r の u → i

1.24–1.26. ū に関する規定

1.24. madhūka の ū → u

1.25. dukūla の ū → 任意に a, および l が二重化

1.26. nūpura の ū → e

1.27–1.32. ṛ に関する規定

1.27. 最初の ṛ → a

1.28. ṛṣi などの最初の ṛ → i

1.29. ṛtu などの最初の ṛ → u

1.30. 結合していない最初の ṛ → ri

1.31. 結合している最初の ṛ → ある場合に ri

1.32. vṛkṣa の ṛ+v → 任意に ru

1.33. ḷ に関する規定

1.33. kḷpta の ḷ → ili

1.34. e に関する規定

1.34. vedanā, devara の e → i

1.35–1.39. ai に関する規定

1.35. 最初の ai → e

1.36. daitya などの ai → aï

1.37. daiva の ai → 任意に aï

1.38. saindhava の ai → i

1.39. dhairya の ai → ī

1.40. o に関する規定

1.40. prakoṣṭha の o → 任意に a, および k → v

1.41–1.44. au に関する規定

1.41. 最初の au → o

1.42. paura などの au → aü

1.43. gaurava の au → ā, もしくは aü

1.44. saundarya などの au → u

第 2 章 結合していない音素に関する規定

2.1. 支配規則

2.2–2.23. 子音(無気音)に関する規定

2.2. 結合しておらず,最初ではない k, g, c, j, t, d, p, y, v → 一般にゼロ

2.3. yamunā の m → ゼロ

2.4–2.6. k に関する規定

2.4. sphaṭika, nikaṣa, cikura の最初ではない k → h

2.5. śīkara の k → bh

2.6. candrikā の k → m

2.7–2.11. t に関する規定

2.7. ṛtu などの t → d

2.8. pratisara, vetasa, patākā の t → ḍ

2.9. vasati, bharata の t → h

2.10. garbhita の t → ṇ

2.11. airāvata の t → ṇ

2.12–2.14. d に関する規定

2.12. pradīpta, kadamba, dohada の d → l

2.13. gadgada の d → r

2.14. 数を表示する語の d → r

2.15–2.16. p に関する規定

2.15. 結合しておらず,最初ではない p → v

2.16. āpīḍa の p → m

2.17–2.18. y に関する規定

2.17. uttarīya, anīya で終わる語の y → 任意に jj

2.18. chāyā の y → h

2.19. b に関する規定

2.19. kabandha の b → m

2.20–2.22. ṭ に関する規定

2.20. 最初ではない ṭ → ḍ

2.21. saṭā, śakaṭa, kaiṭabha の ṭ → ḍh

2.22. sphaṭika の ṭ → l

2.23. ḍ に関する規定

2.23. 結合しておらず,最初ではない ḍ → 一般に l

2.24–2.29. 子音(有気音)に関する規定

2.24–2.25. ṭh に関する規定

2.24. 結合しておらず,最初ではない ṭh → ḍh

2.25. aṃkoṭha の ṭh → ll

2.26. ph に関する規定

2.26. 結合しておらず,最初ではない ph → bh

2.27–2.29. kh, gh, th, dh, bh に関する規定

2.27. 結合しておらず,最初ではない kh, gh, th, dh, bh → h

2.28. prathama, śithila, niṣadha の th, dh → ḍh

2.29. kaiṭabha の bh → v

2.30. r に関する規定

2.30. haridrā などの r → l

2.31–2.41. 最初の子音に関する規定

2.31. 最初の y → j

2.32. yaṣṭi の y → l

2.33. kirāta の最初の音素 → c

2.34. kubja の最初の音素 → kh

2.35. dolā, daṇḍa, daśana の最初の音素 → ḍ

2.36. paruṣa, parigha, parikhā の最初の音素 → ph

2.37. panasa の最初の音素 → ph

2.38. bisinī の最初の音素 → bh

2.39. manmatha の最初の音素 → v

2.40. lāhala の最初の音素 → ṇ

2.41. ṣaṭ, śāvaka, saptaparṇa の最初の音素 → ch

2.42. n に関する規定

2.42. あらゆる場所の n → ṇ

2.43–2.47. ś, ṣ, s に関する規定

2.43. あらゆる場所の ś, ṣ → s

2.44. daśa などの ś → h

2.45. 名称の daśa の ś → 任意に h

2.46. divasa の s → h

2.47. snuṣā の ṣ → ṇh

和 訳

尊いガネーシャに敬礼.

[こめかみから流れる]漿液を喜ぶ蜜蜂たちの甘い羽音を耳にして目尻を細め,頬のかゆみを取り除いて喜んでいる,ガネーシャに栄光あれ.(1)

ヴァラルチが著したプラークリット語を特徴づけるスートラを,特徴づけられるべきもの(=例)の探求によって理解した後,バーマハは簡潔で明解な注釈を著した.(2)

第 1 章

PP 1.1: āder ataḥ

最初の a に.

【マノーラマー】

これは支配規則である.ここから先で我々が順に述べる予定のものが最初の a に代置されると,このように知るべきである.

「最初の」というこの文言は,章の終わりまで[継起する]13

「a に」という文言も,a 音に関する規定の終わり(1.9)まで[継起する].

“ataḥ”というように t 音を使用するのは,同類音14を排除するためである.

PP 1.2: ā samṛddhyādiṣu vā

samṛddhi をはじめとするものにおいて,[最初の a には(1.1)]任意にā が代置される.

【マノーラマー】 samṛddhi というこのようなものをはじめとする語15において,最初の a 音には任意に ā 音が代置される.

例:samiddhī,もしくは sāmiddhī(Skt. samṛddhi)「繁栄」;paaḍaṃ,もしくは pāaḍaṃ(Skt. prakaṭa)「明白な」;ahijāī,もしくは āhijāī(Skt. abhijāti)「生まれ」;maṇaṃsiṇī,もしくは māṇaṃsiṇī(Skt. manasvinī)「賢明な女性」;paḍivaā,もしくは pāḍivaā(Skt. pratipat)「[半月の]最初の日」;saricchaṃ,もしくは sāricchaṃ(Skt. sadṛkṣa)「似ている」;

paḍisiddhī,もしくは pāḍisiddhī(Skt. pratispardhin)「競争相手」;pasuttaṃ,もしくは pāsuttaṃ(Skt. prasupta)「眠っている」;pasiddhī,もしくは pāsiddhī(Skt. prasiddhi)「名声」;asso,もしくは āso(Skt. aśva)「馬」.

以上は,典型群(ākṛtigaṇa)である.

PP 1.3: id īṣatpakvasvapnavetasavyajanamṛdaṅgāṅgāreṣu

īṣat, pakva, svapna, vetasa, vyajana, mṛdaṅga, aṅgāra において,[最初の a には(1.1)] i が代置される.

【マノーラマー】

īṣat をはじめとする語において,最初の a には i 音が代置される.「任意に(vā)」という文言は停止する.

例:isi(Skt. īṣat)「少し」;pikkaṃ(Skt. pakva)「調理された」; siviṇo(Skt. svapna)「眠り」;veḍiso(Skt. vetasa)「ラタン(植物の名)」; viaṇo(Skt. vyajana)「扇」;muiṃgo (Skt. mṛdaṅga)「太鼓」;iṃgālo(Skt. aṅgāra)「炭」.

PP 1.4: lopo ’raṇye

araṇya において,[最初の a には(1.1)]ゼロが代置される.

【マノーラマー】

araṇya という語において,最初の a にはゼロが代置される.

例:raṇṇaṃ(Skt. araṇya)「荒野」.

PP 1.5: e śayyādiṣu

śayyā をはじめとするものにおいて,[最初の a には(1.1)]e が代置される.

【マノーラマー】 śayyā というこのようなものをはじめとする語において,最初の a には e 音が代置される.

例:sejjā(Skt. śayyā)「寝台」;suṃderaṃ(Skt. saundarya)「美しさ」; ukkero(Skt. utkara)「堆積」;teraho(Skt. trayodaśa)「13」;accheraṃ (Skt. āścarya)「驚くべき」;perantaṃ(Skt. paryanta)「境界」;vellī (Skt. valli)「蔓草」.

PP 1.6: o badare dena

badara において,da と共に[最初の a には(1.1)]o が代置される.

【マノーラマー】

badara という語において,da 音と共に最初の a には o が代置される.

例:voraṃ(Skt. badara)「ナツメ」.

PP 1.7: lavaṇanavamallikayor vena

lavaṇa と navamallikā において,va と共に[最初の a には(1.1)o が代置される(1.6)].

【マノーラマー】

lavaṇa と navamallikā において,va 音と共に最初の a には o 音が代置されるべきである.

例:loṇaṃ(Skt. lavaṇa)「塩」;ṇomalliā(Skt. navamallikā)「ジャスミンの一種」.

PP 1.8: mayūramayūkhayor yvā vā

mayūra と mayūkha において,yū と共に[最初の a には(1.1)]任意に[o が代置される(1.6)].

【マノーラマー】

mayūra と mayūkha というこの 2 つの語において,yū 音と共に最初の a には任意に o が代置される.

例:moro,もしくは mro(Skt. mayūra)「孔雀」;moho,もしくは mho(Skt. mayūkha)「光線」.

PP 1.9: caturthīcaturdaśyos tunā

caturthī と caturdaśī において,tu と共に[最初の a には(1.1)任意に(1.8)o が代置される(1.6)].

【マノーラマー】

これら 2 つの語(=caturthī と caturdaśī)において,tu と共に最初の a には任意に o が代置される.

例:cotthī,もしくは ctthī(Skt. caturthī)「[半月の]4 日目」; coddahī,もしくは cddahī(Skt. caturdaśī)「[半月の]14 日目」.

PP 1.10: ad āto yathādiṣu vā

yathā をはじめとするものにおいて,[最初の(1.1)] ā には任意に a が代置される.

【マノーラマー】

別の原要素が提示されているから,「a に」(1.1)という文言は停止する.

yathā というこのようなものをはじめとするものにおいて,ā には任意に a 音が代置される.

例:jaha,もしくは jahā (Skt. yathā)「~のように」;taha,もしくは tahā(Skt. tathā)「そのように」;pattharo,もしくは patthāro(Skt. prastāra)「寝床」;paüaṃ,もしくは pāuaṃ(Skt. prākṛta)「素の」; talaveṇṭaaṃ,もしくは tālaveṇṭaaṃ(Skt. tālavṛntaka)「ターラ樹の葉,扇」;ukkhaaṃ,もしくは ukkhāaṃ(Skt. utkhāta)「掘り起こされた」; camaraṃ,もしくは cāmaraṃ(Skt. cāmara)「払子」;paharo,もしくは pahāro(Skt. prahāra)「打撃」;caḍu,もしくは cāḍu(Skt. cāṭu)「お世辞」;davaggī,もしくは dāvaggī(Skt. dāvāgni)「森の火事」;khaïaṃ,もしくは khāiaṃ(Skt. khādita)「食べられた」;saṃṭhaviaṃ,もしくは saṃṭhāviaṃ(Skt. saṃsthāpita)「置かれた」;halio,もしくは hālio(Skt.hālika)「農夫」.

PP 1.11: it sadādiṣu

sadā をはじめとするものにおいて,[ā には任意に(1.10)] i が代置される.

【マノーラマー】

sadā というこのようなものをはじめとするものにおいて,ā には任意に i 音が代置される.

例:sai,もしくは saā(Skt. sadā)「常に」;tai,もしくは taā(Skt. tadā)「その時」;jai,もしくは jaā(Skt. yadā)「~の時」.

PP 1.12: ita et piṇḍasameṣu

piṇḍa と等しいものにおいて,i には[任意に(1.10)] e が代置される.

【マノーラマー】

piṇḍa というこのようなものと等しいものにおいて,i 音には任意に e 音が代置される.

例:peṇḍaṃ,もしくは piṇḍaṃ(Skt. piṇḍa)「塊」;ṇeddā,もしくは ṇiddā(Skt. nidrā)「眠り」;seṃdūraṃ,もしくは siṃdūraṃ(Skt. sindūra)「鉛丹」;dhammellaṃ,もしくは dhammillaṃ(Skt. dhammilla)「編んだ髪」;ceṃdhaṃ,もしくは ciṃdhaṃ(Skt. cihna)「印」;veṇhū,もしくは viṇhū(Skt. viṣṇu)「ヴィシュヌ」;peṭṭhaṃ,もしくは piṭṭhaṃ(Skt. piṣṭa)「粉砕された」.

「等しい(sama)」という語の使用は,結合子音16が後続するものを暗示するためである.

PP 1.13: at pathiharidrāpṛthivīṣu

pathin, haridrā, pṛthivī において,[i には(1.12)] a が代置される.

【マノーラマー】

pathin をはじめとする語(=pathin, haridrā, pṛthivī)において,i 音には a 音が代置される.

例:paho17(Skt. pathin)「道」;haladdā(Skt. haridrā)「ウコン」; puhavī(Skt. pṛthivī)「大地」.

PP 1.14: ites taḥ padādeḥ

18頭の iti の t に後続する[i には(1.12)a が代置される(1.13)].

【マノーラマー】

文頭の iti という語の t 音に後続する i 音には a 音が代置される.

例:ia uaha aṇṇahavaaṇaṃ(Skt. iti paśyatānyathāvacanam)「このように,虚言を見なさい」;ia viasaṃtīu ciraṃ(iti vikasantyaś ciram)「このように,長いこと咲いている間に」

「文頭の」という文言により,次の場合は[a 音に]ならない. 例:pio tti(Skt. priya iti)「好ましい,と」.

PP 1.15: ud ikṣuvṛścikayoḥ

ikṣu, vṛścika において,[i には(1.12)] u が代置される.

【マノーラマー】

ikṣu と vṛścika において,i には u が代置される.

例:ucchū(Skt. ikṣu)「砂糖黍」;viṃchuo(Skt. vṛścika)「サソリ」.

PP 1.16: o ca dvidhākṛñaḥ

dvidhākṛ の[i には(1.12)] o も代置される.

【マノーラマー】

√kṛ-という語根[と共に]用いられる場合,dvidhā という語の[i には]o 音が代置される.「も(ca)」という音により,u も代置される.

例:dohāiaṃ,もしくは duhāiaṃ(Skt. dvidhākṛtam)「両断された」; dohāijjaï,もしくは duhāijjaï(Skt. dvidhākriyate)「両断される」.

PP 1.17: īt siṃhajihvayoś ca

siṃhaとjihvāにおいても,[最初の(1.1)iには(1.12)] īが代置される.

【マノーラマー】

これら 2 つの語(=siṃha, jihvā)において,最初の i 音には ī 音が代置される.

例:sīho(Sk. siṃha)「ライオン」; jīhā(Skt. jihvā)「舌」.

「も(ca)」という音は,非言及項目の接続のためである.それゆえに,vīsattha(Skt. viśvasta)「信頼された」;vīsambha(Skt. viśrambha)「信頼」というこのようなものをはじめとするものにおいても,[i 音には]ī が代置される.

PP 1.18: id ītaḥ pānīyādiṣu

pānīya をはじめとするものにおいて,[最初の(1.1)] ī には i が代置される.

【マノーラマー】

pānīya というこのようなものをはじめとするものにおいて,最初の ī 音には i 音が代置される.

例:pāṇiaṃ(Skt. pānīya)「水」;aliaṃ(Skt. alīka)「偽りの」;valiaṃ (Skt. vyalīka)「偽りの」;taāṇiṃ(Skt. tadānīm)「その時」;kariso(Skt. karīṣa)「乾燥した牛糞」;duiaṃ(Skt. dvitīya)「2 番目の」;taiaṃ(Skt. tṛtīya)「3 番目の」;gahiraṃ(Skt. gabhīra)「深い」.

PP 1.19: en nīḍāpīḍakīdṛgīdṛśeṣu

nīḍā, āpīḍa, kīdṛś, īdṛśa において,[ī には(1.18)] e が代置される.

【マノーラマー】

nīḍā をはじめとするもの(=nīḍā, āpīḍa, kīdṛś, īdṛśa)において,ī 音には e 音が代置される.

例:ṇeḍḍaṃ(Skt. nīḍā)「巣」;āpelo(Skt. āpīḍa)「圧迫」;keriso(Skt. kīdṛś)「どのような」;eriso(Skt. īdṛśa)「このような」.

PP 1.20: uta ot tuṇḍarūpeṣu

tuṇḍa のような形のものにおいて,[最初の(1.1)] u には o が代置される.

【マノーラマー】

tuṇḍa というこのような形のものにおいて,最初の u 音には o 音が代置される.

例:toṇḍaṃ(Skt. tuṇḍa)「嘴」;mottā(Skt. muktā)「真珠」;pokkharo (Skt. puṣkara)「青蓮」;potthao(Skt. pustaka)「本」;loddhao(Skt. lubdhaka)「猟師」;koṭṭimaṃ(Skt. kuṭṭima)「宝石鉱山」.

「形(rūpa)」という語の使用は,結合子音が後続するものを暗示するためである19

PP 1.21: ulūkhale lvā vā

ulūkhala において,lū と共に[u には(1.20)]任意に[o が代置される(1.20)].

【マノーラマー】

ulūkhala という語において,lū という音と共に u 音には任意に o 音が代置される.

例:okkhalaṃ,もしくは ulūhalaṃ(Skt. ulūkhala)「漆喰」.

PP 1.22: an mukuṭādiṣu

mukuṭa をはじめとするものにおいて,[最初の(1.1)u には(1.20)] a が代置される.

【マノーラマー】

mukuṭa というこのようなものをはじめとするものにおいて,最初の u 音には a 音が代置される.

例:maüḍaṃ(Skt. mukuṭa)「王冠」;maülaṃ(Skt. mukula)「蕾」; garuaṃ(Skt. guru)「重い」;garuī(Skt. gurvī)「重い(女性形)」; jahiṭṭhilo(Skt. yudhiṣṭhira)「ユディシュティラ(人名)」;soamallaṃ (Skt. saukumārya)「柔和」;avari(Skt. upari)「上に」.

PP 1.23: it puruṣe roḥ

puruṣa において,r の[u には(1.20)] i が代置される.

【マノーラマー】

puruṣa という語において,r の u 音には i 音が代置される.

例:puriso(Skt. puruṣa)「人間」.

PP 1.24: ud ūto madhūke

madhūka において,ū には u が代置される.

【マノーラマー】

madhūka という語において,ū 音には u 音が代置される. 例:mahuaṃ(Skt. madhūka)「マドゥーカ(植物の名)」.

PP 1.25: ad dukūle vā lasya dvitvam

dukūla において,[ū には(1.24)]任意に a が代置され,l が二重になる.

【マノーラマー】

dukūla という語において, ū 音には任意に a 音が代置される.それ(=a 音)との結合により,l 音は二重になる.

例:duallaṃ,もしくは duūlaṃ(Skt. dukūla)「ドゥクーラ(植物の名)[製の衣服]」.

PP 1.26: en nūpure

nūpura において,[ū には(1.24)] e が代置される.

【マノーラマー】

nūpura という語において,ū 音には e 音が代置される.

例:ṇeuraṃ(Skt. nūpura)「足首飾り」.

PP 1.27: ṛto ’t

[最初の(1.1)] ṛ には a が代置される.

【マノーラマー】

最初の ṛ 音には a 音が代置される.

例:taṇaṃ(Skt. tṇa)「草」;ghaṇā(Skt. ghṇā)「憐れみ」;maaṃ (Skt. mta)「死んだ」;kaaṃ(Skt. kta)「作られた」;vaddho(Skt. vddha)「年老いた」;vasaho(Skt. vṣabha)「牡牛」.

PP 1.28: id ṛṣyādiṣu

ṛṣi をはじめとするものにおいて,[最初の(1.1)ṛ には(1.27)] i が代置される.

【マノーラマー】 ṛṣi をはじめとする語において,最初の ṛ 音には i 音が代置される. 例:isī(Skt. ṣi)「聖仙」;visī (Skt. vṣī)「苦行者の座具」;giṭṭhī (Skt. gṣṭi)「仔牛を一頭だけ産んだ牝牛」;diṭṭhī (Skt. dṣṭi)「見ること」;siṭṭhī (Skt. sṣṭi)「創造」; siṃgāro (Skt. śṅgāra)「恋愛」;miaṃko (Skt. mgāṅka)「月」;bhiṃgo (Skt. bhṅga)「蜜蜂」; bhiṃgāro (Skt. bhṅgāra)「水差し」;hiaaṃ (Skt. hdaya)「心」;viiṇho (Skt. vitṣṇa)「満足した」; viṃhiaṃ(Skt. bṃhita)「大きくなった」;kisaro (Skt. kśara)「クリシャラ(牛乳,胡麻,米でできた料理)」;kiccā(Skt. ktyā)「行動」;viṃchuo (Skt. vścika)「サソリ」;siālo (Skt. śgāla)「ジャッカル」;kiī(Skt. kti)「行為」;kisī (Skt. kṣi)「農業」;kivā (Skt. kpā)「憐れみ」.

PP 1.29: ud ṛtvādiṣu

ṛtu をはじめとするものにおいて,[最初の(1.1)ṛ には(1.27)] u が代置される.

【マノーラマー】

ṛtu というこのようなものをはじめとするものにおいて,最初の ṛ には u 音が代置される.

例:udū(Skt. tu)「季節」;muṇālo (Skt. mṇāla)「蓮糸」;puhavī (Skt. pthivī)「大地」;vuṃdāvaṇaṃ(Skt. vṃdāvana)「ヴリンダーヴァナ(国の名)」;pāuso(Skt. prāvṣ)「雨季」;paüttī(Skt. pravtti)「行為の開始」;viudaṃ(Skt. vivta)「開いた」; saṃvudaṃ(Skt. saṃvta)「覆われた」;ṇivvudaṃ(Skt. nirvta)「消えた」;vuttaṃto(Skt. vttānta)「出来事」;parahuo(Skt. parabhta)「インド郭公」;māuo(Skt. mātka)「母方の叔父」; jāmāuo(Skt. jāmātka)「義理の息子」等々.

PP 1.30: ayuktasya riḥ

結合しておらず,[最初の(1.1)ṛ には(1.27)] ri が代置される.

【マノーラマー】

別の音素と結合しておらず20,最初の ṛ 音には ri 音が代置される.

例:riṇaṃ(Skt. ṇa)「負債」;riddho(Skt. ddha)「繁栄した」;riccho (Skt. kṣa)「熊」.

PP 1.31: kvacid yuktasyāpi

結合していても,ある場合に,[ṛ には(1.27)ri が代置される(1.30)].

【マノーラマー】

別の音素と結合していても,ある場合に,ṛ音にはri音が代置される.

例:eriso(Skt. īdśa)「このような」;sariso(Skt. sadśa)「似ている」;tāriso(Skt. tādśa)「そのような」.

PP 1.32: vṛkṣe vena rur vā

vṛkṣa において,v と共に[ṛ には(1.27)]任意に ru が代置される.

【マノーラマー】

vṛkṣa という語において,v という音と共に ṛ 音には任意に ru 音が代置される.

例:rukkho,もしくは vaccho(Skt. vkṣa)「木」.

限定的任意性が知らしめられているから,ch が代置される場合21には[ru 音が代置され]ないが,kh が代置される場合には必ず[ru 音が]代置される.

PP 1.33: ḷtaḥ kḷpta iliḥ

kḷpta において,ḷ には ili が代置される.

【マノーラマー】

kḷpta という語において,ḷ 音には ili というこの代置要素がある. 例:kilittaṃ(Skt. kpta)「作られた」.

したがって,このように別の代置要素が規定されているがゆえに22,プラークリット語には ṛ 音と ḷ 音がない.

PP 1.34: eta id vedanādevarayoḥ

vedanā と devara において,e には[任意に(1.32)] i が代置される.

【マノーラマー】

vedanā と devara において,e 音には i 音が代置される.

「任意に(vā)」という語の使用が継起することにより,ある場合には,veaṇā, dearo ともなる. 例:viaṇā,もしくは veaṇā(Skt. vedanā)「苦痛」;diaro,もしくは dearo(Skt. devara)「義理の兄弟」.

PP 1.35: aita et

[最初の(1.1)] ai には e が代置される.

【マノーラマー】

最初の ai 音には e 音が代置される.

例:selo(Skt. śaila)「岩山」;seccaṃ(Skt. śaitya)「冷たさ」;erāvaṇo (Skt. airāvata)「アイラーヴァタ(インドラの象の名)」;kelāso(Skt. kailāsa)「カイラーサ(山の名)」;tellokkaṃ(Skt. trailokya)「三界」.

PP 1.36: daityādiṣv aï

daitya をはじめとするものにおいて,[ai には(1.35)] aï が代置される.

【マノーラマー】

daitya をはじめとする語において,ai 音には aï というこの代置要素がある.

例:dcco(Skt. daitya)「悪魔」;ctto(Skt. caitra)「チャイトラ(月の名)」;bhravo(Skt. bhairava)「恐ろしい」;sraṃ(Skt. svaira)「わがまま」;vraṃ(Skt. vaira)「敵意」;vdeso(Skt. vaideśa)「外国の」;vdeho(Skt. vaideha)「ヴィデーハ出身の」;kavo(Skt. kaitava)「偽りの」;vsāho(Skt. vaiśākha)「ヴァイシャーカ(月の名)」; vsio(Skt. vaiśika)「虚飾の」;vsaṃpāaṇa(Skt. vaiśampāyana)「ヴァイシャンパーヤナ(人名)」等々.

PP 1.37: daive vā

daiva において,[ai には(1.35)]任意に[aï が代置される(1.36)].

【マノーラマー】

daiva という語において,ai 音には任意に aï というこの代置要素がある.

例:dvaṃ,もしくは devvaṃ(Skt. daiva)「運命」.

代置されない場合は,nīḍā などに含まれるものであるから,[v が]二重になる23

PP 1.38: it saindhave

saindhava において,[ai には(1.35)] i が代置される.

【マノーラマー】

saindhava という語において,ai 音には i 音が代置される.

例:siṃdhavaṃ(Skt. saindhava)「シンドゥー地方に由来する」.

PP 1.39: īd dhairye

dhairya において,[ai には(1.35)] ī が代置される.

【マノーラマー】

dhairya という語において,ai 音には ī 音が代置される.

例:dhīraṃ(Skt. dhairya)「堅固さ」.

PP 1.40: oto ’d vā prakoṣṭhe kasya vaḥ

prakoṣṭha において,o には任意に a が代置され,k には v が代置される.

【マノーラマー】

prakoṣṭha という語において,o 音には任意に a 音が代置される.そして,それ(=a 音)との結合によって,k 音には v が代置される.

例:pavaṭṭho,もしくは paoṭṭho(Skt. prakoṣṭha)「前腕」.

PP 1.41: auta ot

[最初の(1.1)] au には o が代置される.

【マノーラマー】

最初の au 音には o 音が代置される.

例:komuī(Skt. kaumudī)「月光」;jovvaṇaṃ(Skt. yauvana)「青春」; kotthuho(Skt. kaustubha)「カウストゥバ(ヴィシュヌの宝石)」;kosaṃbī(Skt. kauśāmbī)「カウシャーンビー(地名)」.

PP 1.42: paurādiṣv aü

paura をはじめとするものにおいて,[au には(1.41)] aü が代置される.

【マノーラマー】

paura というこのようなものをはじめとする語において,au 音には aü というこの代置要素がある.

例:pro(Skt. paura)「市民」;krao(Skt. kaurava)「クルの後裔」; priso(Skt. pauruṣa)「男らしい」.以上は,典型群である.

kauśala においては,選択肢がある24

例:kosalo,もしくは ksalo(Skt. kauśala)「幸福」.

PP 1.43: āc ca gaurave

gaurava において,[au には(1.41)] ā も代置される.

【マノーラマー】

gaurava という語において,au 音には ā 音が代置される.「も(ca)」という音により,aü も代置される25

例:gāravaṃ,もしくは gravaṃ(Skt. gaurava)「威厳」.

PP 1.44: ut saundaryādiṣu

saundarya をはじめとするものにおいて,[au には(1.41)] u が代置される.

【マノーラマー】

saundarya というこのようなものをはじめとするものにおいて,au 音には u 音が代置される.

例:suṃderaṃ(Skt. saundarya)「美しさ」;muṃjāaṇo(Skt. mauñjāyana)「マウンジャーヤナ(人名)」;suṃḍo(Skt. śauṇḍa)「酩酊した」; kukkheao(Skt. kaukṣeyaka)「剣」; duvvārio(Skt. dauvārika)「門番」.

ヴァラルチ著『プラークリット語を照らす光』の 「母音に関する規定」という名の第 1 章終わり.

第 2 章

PP 2.1: ayuktasyānādau

結合しておらず,最初ではない場所に[あるものに].

【マノーラマー】

これは支配規則である.ここから先で我々が述べる予定のものは,結合していない子音の,最初ではない場所にあるものに適用されるべきであると,このように知るべきである.

k をはじめとするものに対するゼロ[の代置]を[例として]述べよう.

例:maüḍaṃ(Skt. mukuṭa)26「王冠」

「結合しておらず」と述べられているのは,なぜか.

例:aggho(Skt. argha)「価値」;akko(Skt. arka)27「光線」

「最初ではない場所に[ある]」と述べられているのは,なぜか. 例:kamalaṃ(Skt. kamala)28「蓮」

「結合しておらず」という文言は,章の最後まで[継起する].「最初ではない場所に[ある]」という文言も,j 音に関する規定(2.31)まで[継起する].

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ

一般に,[結合しておらず,最初ではない場所にある(2.1)] k, g, c, j, t, d, p, y, v にはゼロが代置される.

【マノーラマー】

一般に,[すなわち]概して,結合しておらず,最初ではない場所にある,k をはじめとする 9 つの音素(=k, g, c, j, t, d, p, y, v)にはゼロが代置される.

まずは,k に対する[ゼロの代置]

例:maülo(Skt. mukula)「蕾」;ṇaülaṃ(Skt. nakula)「マングース」

g に対する[ゼロの代置]

例:sāaro(Skt. sāgara)「海」;ṇaaraṃ(Skt. nagara)「都市」

c に対する[ゼロの代置]

例:vaaṇaṃ(Skt. vacana)「言葉」;sūī(Skt. sūcī)「針」

j に対する[ゼロの代置]

例:gao(Skt. gaja)「象」;raadaṃ(Skt. rajata)「銀」

t に対する[ゼロの代置]

例:kaaṃ(Skt. kṛta)「作られた」;viāṇaṃ(Skt. vitāna)「拡大」

d に対する[ゼロの代置]

例:gaā(Skt. gadā)「棍棒」;mao(Skt. mada)「興奮」

p に対する[ゼロの代置]

例:kaī(Skt. kapi)「猿」;viulaṃ(Skt. vipula)「広大な」;suuriso (Skt. supuruṣa)「善人」

“supuruṣa”というように,たとえ後分である“puruṣa”という語の最初であっても,ゼロ[の代置]があるというこのことによって,注釈作者は「後分の最初が決して最初とは見なされないように」ということを知らせている.

y に対する[ゼロの代置]

例:vāuṇā(Skt. vāyunā)「風によって」;ṇaaṇaṃ(Skt. nayana)「目」

v に対する[ゼロの代置]

例:jīaṃ(Skt. jīva)「生命」;diaho(Skt. divasa)「日」

「一般に(prāyas)」という語の使用により,聞き心地の良さがある場合には,[ゼロの代置は]決してない.

例:sukusumaṃ(Skt. sukusuma)「美しい花をつけた」;piagamaṇaṃ (Skt. priyagamana)「歩みの好ましい」;sacāvaṃ(Skt. sacāpa)「弓を携えた」;avajalaṃ(Skt. apajala)「水のない」;atulaṃ(Skt. atula)「比類のない」;ādaro(Skt. ādara)「尊敬」;apāro(Skt. apāra)「果てしない」;ajaso(Skt. ayaśas)「不名誉」;sabahumāṇaṃ(Skt. sabahumāna) 「非常に恭しく」

「結合しておらず」と確かにあるのは[どういうことか29].

例:sakko(Skt. śakra)「シャクラ(インドラの別名)」;maggo(Skt.

mārga)「道」 「最初ではない場所に[ある]」と確かにあるのは[どういうことか].例:kālo(Skt. kāla)「時間」;gaṃdho(Skt. gandha)「におい」

PP 2.3: yamunāyāṃ masya

yamunā において,m には[ゼロが代置される(2.2)].

【マノーラマー】

yamunā という語において,m 音にはゼロが代置される. 例:jaüṇā(Skt. yamunā)「ヤムナー川」

PP 2.4: sphaṭikanikaṣacikureṣu kasya haḥ

sphaṭika, nikaṣa, cikura において,[最初ではない場所にある(2.1)] k には h が代置される.

【マノーラマー】

「最初ではない場所に[ある]」という文言が継起する.これら(= sphaṭika, nikaṣa, cikura)において,k には h 音が代置される.ゼロ[の代置]30に対する例外規定である.

例:phaliho(Skt. sphaṭika)「水晶」;ṇihaso(Skt. nikaṣa)「試金石」; cihuro(Skt. cikura)「頭髪」

PP 2.5: śīkare bhaḥ

śīkara において,[k には(2.4)] bh が代置される.

【マノーラマー】

śīkara という語において,k 音には bh 音が代置される.

例:sībharo(Skt. śīkara)「小雨」

PP 2.6: candrikāyāṃ maḥ

candrikā において,[k には(2.4)] m が代置される.

【マノーラマー】

candrikā という語において,k 音には m 音が代置される.

例:caṃdimā(Skt. candrikā)「月光」

PP 2.7: ṛtvādiṣu to daḥ

ṛtu をはじめとするものにおいて,t には d が代置される31

【マノーラマー】

ṛtu というこのようなものをはじめとするものにおいて,t 音には d 音が代置される.

例:udū(Skt. ṛtu)「季節」;raadaṃ(Skt. rajata)「銀」;āado(Skt. āgata)「来た」;ṇivvudī(Skt. nirvṛti)「寂静」;āudī(Skt. āvṛti)「包囲」;saṃvudī(Skt. saṃvṛti)「閉鎖」;suidī(Skt. sukṛti)「美質」;āidī (Skt. ākṛti)「形」;hado(Skt. hata)「殺された」;saṃjado(Skt. saṃyata)「抑制された」;viudaṃ(Skt. vivṛta)「開いた」;saṃjādo(Skt. saṃyāta)「行った」;saṃpadi(Skt. saṃprati)「今」;paḍivaddī(Skt. pratipatti) 「名声」

PP 2.8: pratisaravetasapatākāsu ḍaḥ

pratisara, vetasa, patākā において,[t には(2.7)] ḍ が代置される.

【マノーラマー】

これらの語(=pratisara, vetasa, patākā)において,t 音には ḍ 音が代置される.ゼロ[の代置]32に対する例外規定である.

例:paisaro(Skt. pratisara)「護符として用いられる紐」;veiso(Skt.

vetasa)「籐」;paāā(Skt. patākā)「旗」

PP 2.9: vasatibharatayor haḥ

vasati, bharata において,[t には(2.7)] h が代置される.

【マノーラマー】

vasati, bharata という語において,t 音には h 音が代置される33

例:vasahī(Skt. vasati)「住居」;bharaho(Skt. bharata)「バラタ(部族名等)」

PP 2.10: garbhite ṇaḥ

garbhita において,[t には(2.7)] ṇ が代置される.

【マノーラマー】

garbhita という語において,t 音には ṇ 音が代置される.

例:gabbhiaṃ(Skt. garbhita)「妊娠した」

PP 2.11: airāvate ca

airāvata においても,[t には(2.7)ṇ が代置される(2.10)].

【マノーラマー】

airāvata という語において[も],t 音には ṇ 音が代置される.

例:erāvao(Skt. airāvata)「アイラーヴァタ(インドラの象の名)」

PP 2.12: pradīptakadambadohadeṣu do laḥ

pradīpta, kadamba, dohada において,d には l が代置される.

【マノーラマー】

これらの語(=pradīpta, kadamba, dohada)において,d 音には l 音が代置される.

例:palittaṃ(Skt. pradīpta)「点火された」;kalaṃvo(Skt. kadamba)「カダンバ(植物の名)」;dohalo(Skt. dohada)「妊娠した女性特有の願望」

PP 2.13: gadgade raḥ

gadgada において,[d には(2.12)] r が代置される.

【マノーラマー】

gadgada という語において,d 音には r という代置要素がある.

例:gaggaro(Skt. gadgada)「不明瞭な発音」

PP 2.14: saṃkhyāyāṃ ca

数においても,[d には(2.12)r が代置される(2.13)].

【マノーラマー】

数を表示する語において[も],d 音には r という代置要素がある.

例:eāraha(Skt. ekādaśa)「11」;vāraha(Skt. dvādaśa)「12」;teraha (Skt. trayodaśa)「13」

「結合しておらず」[という条件]が確かにある34

例:cauddaha(Skt. caturdaśa)「14」

PP 2.15: po vaḥ

[結合しておらず,最初ではない場所にある(2.1)] p には v が代置される.

【マノーラマー】

結合しておらず,最初ではない場所にある p 音には v 音という代置要素がある.

例:sāvo(Skt. śāpa)「呪い」;savaho(Skt. śapatha)「呪い」;ulavo

(Skt. ulapa)「ウラパ(植物の名)」;uvasaggo(Skt. upasarga)「不幸」 「概して(prāyas)」という語の使用により35,ゼロ[の代置]がない場合に,この規定が[適用される].

PP 2.16: āpīḍe maḥ

āpīḍa において,[p には(2.15)] m が代置される.

【マノーラマー】

āpīḍa という語において,p 音には m 音が代置される.

例:āmelo(Skt. āpīḍa)「圧迫」

PP 2.17: uttarīyānīyayor jjo vā

uttarīya と anīya において,[y には]任意に jj が代置される.

【マノーラマー】

uttarīya という語と anīya という接辞で終わるものおいて,y には任意に jj が代置される.

例:uttarīaṃ36,もしくは uttarijjaṃ(Skt. uttarīya)「外衣」;ramaṇīaṃ,もしくは ramaṇijjaṃ(Skt. ramanīya)「喜ばしい」;bharaṇīaṃ,もしくは bharaṇijjaṃ(Skt. bharaṇīya)「養育されるべき」

PP 2.18: chāyāyāṃ haḥ

chāyā において,[y には] h が代置される.

【マノーラマー】

chāyā という語において,y 音には h 音が代置される.例:chāhā(Skt. chāyā)「影」

PP 2.19: kabandhe bo maḥ

kabandha において,b には m が代置される.

【マノーラマー】

kabandha という語において,b 音には m 音が代置される.例:kamandho(Skt. kabandha)「[頭を除く]胴体」

PP 2.20: ṭo ḍaḥ

[最初ではない場所にある(2.1)] ṭ には ḍ が代置される.

【マノーラマー】最初ではない場所にある ṭ には ḍ 音が代置される.

例:ṇao(Skt. naa)「役者」; viavo(Skt. viapa)「枝」

PP 2.21: saṭāśakaṭakaiṭabheṣu ḍhaḥ

saṭā, śakaṭa, kaiṭabha において,[ṭ には(2.20)] ḍh が代置される.

【マノーラマー】

これら(=saṭā, śakaṭa, kaiṭabha)において,ṭ 音には ḍh 音が代置され

る.

例:saḍhā(Skt. saā)「苦行者の縺れた髪」;saaḍho(Skt. śakaa)「車」;

keḍhavo(Skt. kaiabha)「カイタバ(アスラの名)」

PP 2.22: sphaṭike laḥ

sphaṭika において,[ṭ には(2.20)] l が代置される.

【マノーラマー】 sphaṭika という語において,ṭ 音には l 音が代置される.例:phaliho(Skt. sphaika)「水晶」

PP 2.23: ḍasya ca

[一般に(2.2),結合しておらず,最初ではない(2.1)] ḍ にも[l が代置される(2.22)].

【マノーラマー】

結合しておらず,最初ではない ḍ 音に[も] l 音が代置される.

例:dālimaṃ(Skt. dāima)「柘榴」;talāaṃ(Skt. taāga)「池」; valahī(Skt. vaabhī37)「差し掛け屋根」

「一般に(prāyas)」という文言が同じく[継起する]38

例:dāimaṃ(Skt. dāima)「柘榴」;vaisaṃ(Skt. baiśa)「鉤」; ṇivio(Skt. nibia)「濃い」

PP 2.24: ṭho ḍhaḥ

[結合しておらず,最初ではない(2.1)] ṭh には ḍh が代置される.

【マノーラマー】結合しておらず,最初ではない ṭh 音には ḍh 音が代置される.

例:maḍhaṃ(Skt. maṭha)「学林」;jaḍharaṃ(Skt. jaṭhara)「腹」;kaḍhoraṃ(Skt. kaṭhora)「堅い」

PP 2.25: aṃkoṭhe llaḥ

aṃkoṭha において,[ṭh には(2.24)] ll が代置される.

【マノーラマー】

aṃkoṭha という語において,ṭh 音には ll 音が代置される.例:aṃkollo(Skt. aṃkoṭha)「アンコータ(植物の名)」

PP 2.26: pho bhaḥ

[結合しておらず,最初ではない(2.1)] ph には bh が代置される.

【マノーラマー】

結合しておらず,最初ではない ph 音には bh 音が代置される.

例:sibhā(Skt. śiphā)「繊維質の根」;sebhāliā(Skt. śephālikā)「シェーパーリカー(植物の名)」;sabharī(Skt. śapharī)「小魚」;sabhalaṃ(Skt. saphala)「実りのある」

PP 2.27: khaghathadhabhāṃ haḥ

[結合しておらず,最初ではない(2.1)] kh, gh, th, dh, bh には h が代置される.

【マノーラマー】

結合しておらず,最初にあるものではない,kh をはじめとする 5 つのものには h 音が代置される.

まずは,kh に対する[h の代置].

例:muhaṃ(Skt. mukha)「顔」;mehalā(Skt. mekhalā)「腰帯」

gh に対する[h の代置].

例:meho(Skt. megha)「雲」;jahaṇo(Skt. jaghana)「臀部」

th に対する[h の代置].

例:gāhā(Skt. gāthā)「歌」;savaho(Skt. śapatha)「呪い」

dh に対する[h の代置].

例:rāhā(Skt. rādhā)「ラーダー(クリシュナの恋人の名)」;bahiro (Skt. badhira)「耳が不自由な」

bh に対する[h の代置].

例:sahā(Skt. sabhā)「集会場」;rāsaho(Skt. rāsabha)「驢馬」

「一般に(prāyas)」という文言が確かに[継起する]39

例:pakhalo(Skt. prakhala)「非常に荒い」;palaṃghaṇo(Skt. pralaṅghana)「違反」;adhīro(Skt. adhīra)「堅固でない」;adhaṇo(Skt. adhana)「貧しい」;uvaladdhabhāvo(Skt. upalabdhabhāva)「意図を理解した」

PP 2.28: prathamaśithilaniṣadheṣu ḍhaḥ

prathama, śithila, niṣadha において,[th, dh には(2.27)] ḍh が代置される.

【マノーラマー】

これら(=prathama, śithila, niṣadha)において,th, dh には ḍh 音が代置される.

例:paḍhamo(Skt. prathama)「最初の」;siḍhilo(Skt. śithila)「緩い」;ṇisaḍho(Skt. niṣadha)「ニシャダ(国の名)」

PP 2.29: kaiṭabhe vaḥ

kaiṭabha において,[bh には(2.27)] v が代置される.

【マノーラマー】

kaiṭabha という語において,bh 音には v 音が代置される.例:keḍhavo(Skt. kaiṭabha)「カイタバ(アスラの名)」

PP 2.30: haridrādīnāṃ ro laḥ

haridrā をはじめとするものの r には l が代置される.

【マノーラマー】

haridrā というこのようなものをはじめとするものの r には l 音が代置される.

例:haladdā(Skt. haridrā)「ウコン」;calaṇo(Skt. caraṇa)「足」;

muhalo(Skt.mukhara)「騒々しい」;jahiṭṭhilo(Skt. yudhiṣṭhira)「ユディシュティラ(人名)」;somālo(Skt. sukumāra)「非常に柔軟な」; kaluṇaṃ(Skt. karuṇa)「悲しげな」;aṃgulī(Skt. aṅgurī)「指」;iṃgālo (Skt. aṅgāra)「炭」;cilādo(Skt. kirāta)「キラータ(山岳狩猟民族の名)」;phalihā(Skt. parikhā)「濠」;phaliho(Skt. parigha)「棍棒」等々.

PP 2.31: āder yo jaḥ

最初の y には j が代置される.

【マノーラマー】

「最初ではないものの」という文言は停止する.最初の y 音には j 音が代置される.

例:jaṭṭhī(Skt. yaṣṭi)「棒」;jaso(Skt. yaśas)「名声」;jakkho(Skt. yakṣa)「夜叉」

PP 2.32: yaṣṭyāṃ laḥ

yaṣṭi において,[y には(2.31)] l が代置される.

【マノーラマー】

yaṣṭi という語において,y 音には l 音が代置される.

例:laṭṭhī(Skt. yaṣṭi)「棒」

PP 2.33: kirāte caḥ

kirāta において,[最初のものには(2.31)] c が代置される.

【マノーラマー】

kirāta という語において,最初の音素には c 音が代置される.例:cilādo(Skt. kirāta)「キラータ(山岳狩猟民族の名)」

PP 2.34: kubje khaḥ

kubja において,[最初のものには(2.31)] kh が代置される.

【マノーラマー】

kubja という語において,最初の音素には kh 音が代置される.

例:khujjo(Skt. kubja)「背中の曲がった」

PP 2.35: dolādaṇḍadaśaneṣu ḍaḥ

dolā, daṇḍa, daśana において,[最初のものには(2.31)] ḍ が代置される.

【マノーラマー】

これら(=dolā, daṇḍa, daśana)において,最初の音素には ḍ 音が代置される.

例:olā(Skt. dolā)「ぶらんこ」;aṃḍo(Skt. daṇḍa)「杖」;asaṇo

(Skt. daśana)「歯」

PP 2.36: paruṣaparighaparikhāsu phaḥ

paruṣa, parigha, parikhā において,[最初のものには(2.31)] ph が代置

される.

【マノーラマー】

これら(=paruṣa, parigha, parikhā)において,最初の音素には ph 音が代置される.

例:pharuso(Skt. paruṣa)「粗い」;phaliho(Skt. parigha)「棍棒」; phalihā(Skt. parikhā)「濠」

PP 2.37: panase ’pi

panasa においても,[最初のものには(2.31)ph が代置される(2.36)].

【マノーラマー】

panasa という語においても,p 音には ph 音が代置される.

例:phaṇaso(Skt. panasa)「パンの木」

PP 2.38: bisinyāṃ bhaḥ

bisinī において,[最初のものには(2.31)] bh が代置される.

【マノーラマー】

bisinī という語において,最初の音素には bh 音が代置される.

例:bhisiṇī(Skt. bisinī)「蓮華[の群れ]」女性名詞が提示されているから,次の場合には[bh 音が代置され]ない.

例:bisaṃ(Skt. bisa)「蓮の繊維」

PP 2.39: manmathe vaḥ

manmatha において,[最初のものには(2.31)] v が代置される.

【マノーラマー】

manmatha という語において,最初の音素には v 音が代置される.

例:vammaho(Skt. manmatha)「愛[の神]」

PP 2.40: lāhale ṇaḥ

lāhala において,[最初のものには(2.31)] ṇ が代置される.

【マノーラマー】

lāhala という語において,最初の音素には ṇ 音が代置される.

例:āhalo(Skt. lāhala)「ラーハラ(部族名)」

PP 2.41: ṣaṭśāvakasaptaparṇānāṃ chaḥ

ṣaṭ, śāvaka, saptaparṇa の[最初のものには(2.31)] ch が代置される.

【マノーラマー】

これら(=ṣaṭ, śāvaka, saptaparṇa)の最初の音素には ch 音が代置される.

例:chaṭṭhī(Skt. aṣṭhī)「[半月の]6 日目」;chammuho(Skt. aṇmukha)「カールッティケーヤ」;chāvao(Skt. śāvaka)「動物の子」;chattavaṇṇo(Skt. saptaparṇa)「サプタパルナ(植物の名)」

PP 2.42: no ṇaḥ sarvatra

あらゆる場所において,n には ṇ が代置される.

【マノーラマー】

「最初のものの」という文言は停止する.あらゆる場所において,n 音には ṇ 音が代置される.

例:aī(Skt. nadī)「川」;kaaaṃ(Skt. kanaka)「黄金」;vaaaṃ(Skt. vacana)「言葉」;māuso(Skt. mānuṣa)「人間」

PP 2.43: śaṣoḥ saḥ

[あらゆる場所において(2.42),] ś, ṣ には s が代置される.

【マノーラマー】あらゆる場所において,ś 音,ṣ 音には s 音が代置される.

ś に対する[s の代置]

例:saddo(Skt. śabda)「音声」;ṇisā(Skt. niśā)「夜」;aṃkuso(Skt. aṅkuśa)「[象用の]手鉤」

ṣ に対する[s の代置]

例:saṃḍho(Skt. aṇḍha)「去勢者」;vasaho(Skt. vṛabha)「牡牛」; kasāaṃ(Skt. kaāya)「赤褐色」

PP 2.44: daśādiṣu haḥ

daśa をはじめとするものにおいて,[ś には(2.43)] h が代置される.

【マノーラマー】

daśa というこのようなものをはじめとするものにおいて,ś 音には h音が代置される.

例:daha(Skt. daśa)「10」;eāraha(Skt. ekādaśa)「11」;vāraha(Skt. dvādaśa)「12」;teraha(Skt. trayodaśa)「13」

PP 2.45: saṃjñāyāṃ vā

名称の場合に,[daśa において(2.44),ś には(2.43)]任意に[h が代置される(2.44)].

【マノーラマー】

名称が理解されている場合に,daśa という語において,ś には任意にh が代置される.

例:dahamuho,もしくは dasamuho(Skt. daśamukha)「ダシャムカ(ラーヴァナの別名)」;dahabalo,もしくは dasabalo(Skt. daśabala)「ダシャバラ(ブッダの別名)」;daharaho,もしくは dasaraho(Skt. daśaratha)「ダシャラタ(王の名)」

PP 2.46: divase sasya

divasa において,s には[h が代置される(2.44)].

【マノーラマー】

divasa という語において,s 音には h 音が代置される.

例:diaho(Skt. divasa)「日」

PP 2.47: snuṣāyāṃ ṇhaḥ

snuṣā において,[ṣ には(2.43)] ṇh が代置される.

【マノーラマー】

snuṣā という語において,ṣ 音には ṇh 音が代置される.

例:soṇhā(Skt. snuā)「義理の娘」

ヴァラルチ著『プラークリット語を照らす光』の

「結合していない音素に関する規定」という名の第 2 章終わり.

(本研究はJSPS科研費19K12953の助成を受けたものである)

Acknowledgments

* 川村悠人氏には,草稿の段階で翻訳を読んでいただき,パーニニ文法学の専門家の立場から,非常に多くの有益な修正案,コメントをいただいた.また,河﨑豊氏にも,プラークリット語の専門家の立場から,数多くの貴重な修正案,ご指摘をいただいた.ここに記して感謝申し上げたい.

Footnotes

プラークリット語に関するより古い記述は,バラタ(Bharata)に帰せられる『ナーティヤ・シャーストラ(Nāṭyaśāstra)』第 17 章,第 32 章にも見られるが,その記述は非常に簡潔で,誤りも多い.Pischel 1900,§31 を参照.

ただし,ヴァラルチ自身は,著作のタイトルを明示していない.Nitti-Dolci は,Prākṛtasūtra が本来のタイトルで,Prākṛtaprakāśa は注釈に属するものと考えている.Nitti-Dolci 1938, S.13 以下,および S.40 を参照.なお,以下においては逐一注記しないが,von Hinüber 2001 の記述は,ほぼ Nitti-Dolci 1938 に従っている.

PP には,『マノーラマー』のほかにも,作者不明の『プラークリタ・マンジャリー(Prākṛtamañjarī)』(カーティヤーヤナ(Kātyāyana)作とする説もある),ヴァサンタラージャ(Vasantarāja)作の『プラークリタ・サンジーヴァニー(Prākṛtasaṃjīvanī)』,サダーナンダ(Sadānanda)作の『スボーディニー(Subodhinī)』,ラーマパーニヴァーダ(Rāmapāṇivāda)作の『プラークリタ・プラカーシャ・ヴリッティ(Prākṛtaprakāśavṛtti)』などといった多くの注釈がある.これら諸注釈の間には,スートラの文言や数が異なるなどの様々な問題があるが,本稿では『マノーラマー』のみを対象とし,他の注釈との比較検討を含めた総合的な研究は,将来の課題としたい.

同一視された背景には,ヴァラルチの種姓(gotra)が Kātyāyana であったことがあるだろう.有名なところでは,PP の注釈『プラークリタ・マンジャリー』,ソーマデーヴァ( Somadeva )の『カターサリット・サーガラ(Kathāsaritsāgara)』2.1 やクシェーメーンドラ(Kṣemendra)の『ブリハットカター・マンジャリー(Bṛhatkathāmañjarī)』1.68, 2.15 などにおいて,両者が同一視されている.以上の点については,Pischel 1900,§32 を参照.

Nitti-Dolci 1938, S.49. また,Scharfe 1977, p.192 では,PP のプラークリット語とハーラ(Hāla)作と伝えられる『サッタサイー(Sattasaī)』(2 世紀)のものとの緊密な関係が指摘されている.この指摘の正否に関しては,今後も様々な角度から検討する必要があるが,ヴァラルチの年代を考えるうえでは,考慮すべき重要な指摘と考えられる.

Bronner 2011, pp.79–80 を参照.

Pischel 1900,§33 を参照.

プラークリット語と言った場合,言語学では,中期インド・アーリヤ語(Middle Indo-Aryan)を指し,パーリ語や碑文の言語なども含むが,伝統的なインドの文法家や詩論家が言うところのプラークリット語は,それらを含まないと考えられる.プラークリット語の下位分類に関しては,ヴァラルチ,ヘーマチャンドラ(Hemacandra),トリヴィクラマ(Trivikrama),ラクシュミーダラ(Lakṣmīdhara),シンハラージャ(Siṃharāja)といった文法家たちは,プラークリット語(=マハーラーシュトラ語),シューラセーナ語(Śaurasenī),マガダ語(Māgadhī),ピシャーチャ語(Paiśācī),アパブランシャ語(Apabhraṃśa)を挙げる(ヘーマチャンドラのみ,Cūlikāpaiśācī を付け加える).一方,プルショーッタマ(Puruṣottama)をはじめとする,東部の学派に属する文法家たちは,下位分類として,多くの異なった言語を挙げる.以上の点については,Banerjee 1990, p.44,および p.53 等を参照.

以上の点については,Cowell 1868, p.vii, l.17 以下を参照.

Nitti-Dolci 1938, S.40 は,PP の第 1 章が唐突に始まり,序文などもないことから,ヘーマチャンドラの文法のように,サンスクリット語文法の付録としてまとめられたと想定している.

Nitti-Dolci 1938 は,第 10 章,第 11 章のスートラは注釈者のバーマハの手になるもので,バーマハの注釈がない第 12 章は,さらに後の時代に付加されたものであると考える.Nitti-Dolci 1938, S.14 以下を参照.

1854 年に出版された初版は,A. Weber からの批判を受けた.1868 年に出版されたものは,Weber の提案を受け入れて改訂されたものであり,今日にいたるまで,最も権威のある版と見なされている.この点については,Banerjee 1990, p.47 を参照.なお,底本で使用されている写本に関する情報は,Cowell 1868, p.viii, l.13 以下を参照.

以下,『マノーラマー』には,「最初の」という文言が加えられる場合とそうでない場合があるが,規則性は認めがたい.本稿では,『マノーラマー』の文言にある場合はスートラの訳に補い,そうでない場合には補わなかった.

同類音(savarṇa)の定義については,Aṣṭādhyāyī 1.1.9 の定義「同じ調音位置と調音動作で発せられる音は,〈savarṇa 同類音〉と呼ばれる(tulyāsyaprayatnaṃ savarṇam)」(和訳は,キャット・川村 2022 による)を参照.また,このスートラに関する詳細は,キャット・川村 2022, p.189 を参照.

ここで「語」と訳したものの原語は śabda であり,pada ではない.また,PP 1.8 に対する『マノーラマー』には“yūśabda”といった表現も見られるが,このような場合は「yū 音」というように,訳し分けた.

結合子音(saṃyoga)については,Aṣṭādhyāyī 1.1.7 の定義「直接連続する子音は〈saṃyoga 結合子音〉と呼ばれる(halo ’nantarāḥ saṃyogaḥ)」(和訳は,キャット・川村 2022 による)を参照.また,このスートラに関する詳細は,キャット・川村 2022, p.188 を参照.

PP 2.27 により th → h ⇒ pahin,4.6 により n → ゼロ ⇒ pahi,当該スートラ(1.13)により i → a ⇒ paha となるが,最終的に 5.1 により a → o ⇒ paho となる.

原語は pada であるが,意味上,「文」と解釈せざるを得ない.ヴァサンタラージャ,およびサダーナンダは“pada”という語にまったく言及しないが,提示している例文からは,文頭を想定していると思われる.一方,『プラークリタ・マンジャリー』は“āder ity atra vākyāder”,『プラークリタ・プラカーシャ・ヴリッティ』は“vākyādāv iti kim”(スートラは ites taḥ とする)と述べており,文であることを明示している.また,ヘーマチャンドラの規定(1.91)は,itau to vākyādau と述べ,明らかに「文」と理解している.

“-sama”という場合と同じと考えられる.PP 1.12 に対する『マノーラマー』を参照.

『プラークリタ・プラカーシャ・ヴリッティ』で,“āder ahalparasya ṛkārasya rītyādeśaḥ syāt”と述べられているように,子音に後続するものではないことを意味すると考えられる.

PP 3.31: kṣamāvṛkṣakṣaṇeṣu vā「kṣamā, vṛkṣa, kṣaṇa において,[kṣ には(3.29)] 任意に[ch が 代置される(3.30)]」という規定によるもの.この規定により,代置される場合には,kṣamā は chamā,vṛkṣa は vaccho,kṣaṇa は chaṇaṃ となる.

PP 1.27–1.33 で代置要素が規定されていることを指す.

この場合の代置のプロセスは,以下の通り.PP 1.35 により ai → e ⇒ devam,3.52 により,v → vv ⇒ devvam,5.30 により m → ṃ ⇒ devvaṃ.

PP 1.41 が適用されるか,1.42 が適用されるかが任意であることを意味する.

aü となるのは,直前の PP 1.42 による.

Skt. mukuṭa の k 音は,結合しておらず,最初ではない場所にあるため,脱落して maüḍaṃ となる.

Skt. argha の gh 音は,最初ではない場所にあるが,結合しているため,脱落することなく aggho というように残存する.同様に,Skt. arka の k 音も,最初ではない場所にあるが,結合しているため,脱落することなく akko というように残存する.

Skt. kamala の k 音は,結合していないが,最初にあるため,脱落することなく kamalaṃ というように残存する.

PP 2.1 に対する『マノーラマー』の表現などに倣って補った.

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ.

PP 12.3: anādāv ayujos tathayor dadhau「最初ではない場所にあり,結合子音ではない t と th には,d と dh が代置される」(例えば,gacchati が gacchadi になる等)という規定にも見られるように,これはシューラセーナ語に強く見られる特徴であり,マハーラーシュトラ語では t が脱落する方が一般的と考えられる.他にも,Schmidt 1924,§5 等を参照.

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ.

明記されていないが,このスートラも PP 2.2 のゼロの代置に対する例外規定である.

PP 2.1: ayuktasyānādau が継起するという意味.

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ.

以下,例の 1 個目は,PP 2.2 の規定に従う場合.

ただし,サンスクリット語にも,valabhi, valabhī という語形が見られる.

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ.

PP 2.2: kagacajatadapayavāṃ prāyo lopaḥ.

【参考文献】
  • キャット・アダム アルバー/川村悠人 2022 「古代インド言語科学へのいざない(1)」,『東京大学言語学論集』第 44 号,pp.174–231.
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  • Bronner, Yigal 2012 A Question of Priority: Revisiting the Bhāmaha-Daṇḍin Debate. Journal of Indian Philosophy Vol.40. No.1. pp.67–118.
  • Nitti-Dolci, Luigia 1938 Les Grammariens Prakrits. Paris: Adrien-Maisonneuve.
  • von Hinüber, Oskar 2001 Das Ältere Mittelindisch im Überblick. Österreichische Akademie der Wissenschaften Philosophisch-Historische Klasse Sitzungsberichte, 467. Band. Wien: Verlag der Österreichischen Akademie der Wissenschaften.
  • Hośiṅga, J. Ś 2001 Prākṛtaprakāśa. Kāśī Saṃskṛta Granthamālā 38. Vārāṇasī: Caukhambhā Saṃskṛta Saṃsthāna.
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  • Pischel, Richard 1900 Grammatik der Prakrit-Sprachen. Strassburg: Karl J. Trübner.
  • Scharfe, Hartmut 1977 Grammatical Literature. A History of Indian Literature Volume V. Fasc. 2. Wiesbaden: Otto Harrassowitz.
  • Schmidt, Richard 1924 Elementarbuch der Śaurasenī mit Vergleichung der Māhārāṣṭrī und Māgadhī. Hannover: Orient-Buchhandlung Heinz Lafaire.
  • Sircar, D. C. 1970 A Grammar of the Prakrit Language: based mainly on Vararuchi, Hemachandra and Purushottama. Delhi/Patna/ Varanasi: Motilal Banarsidass.
  • Vaidya, P. L. 1931 Prākṛta-Prakāśa of Vararuchi with Bhāmahaʼs Commentary Manoramā. Poona: The Oriental Book Agency.
 
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