日本の歌舞伎の演劇空間は, 西洋の透視図法を応用した舞台とは異なって, 遠近法の影響を受けながらも, 独自の発展をしてきた。歌舞伎の舞台の特徴は, 西洋の舞台と違い間口が横に拡がったプロセニアムである。本研究では, 歌舞伎の舞台を描いた図である道具帳から, 舞台と背景画の特徴を考察する。舞台全体を描いた道具帳の図は, 遠近法を応用した工夫を盛り込んで描かれているが, 横に長い舞台では左右にいっぱいに描かれるから, 舞台の両側が視野から大きくはみだす。また一画面に複数の消失点が見いだされるものもある。消失点を複数にすれば, 視点が1点に定まらないからから, 空間の一体感は希薄になるが, このことが, 思いがけない演出効果を生みだしているようである。そして客席を貫く花道での演出も, その曖昧な空間意識を助長している。西洋の演劇では, 演じられる世界を観客は額縁付きの絵画を見るように客観的な視点をもって鑑賞する。しかし日本の歌舞伎芝居は, 絵のような舞台をみていながらも, 舞台と客席が混在となるから, 観客が芝居の中に入っていけるような錯覚を感じ, 単に鑑賞者としてだけでなく「参加者」になることで, 芝居を楽しんでいるようだ。
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