抄録
わが国にはサラセニア(北米原産)やネペンテス(東南アジア原産)などの食虫植物の愛好者が多く,これらの植物が観賞用として一般に流通している.これらの植物では,その葉が筒状に変形して昆虫を誘引するトラップを形成し,ここに落ちて死んだ昆虫が分解吸収されて,植物の栄養源として利用されているといわれ,ここを生息環境とするヒゲダニ3種類が北米から報告されている.京都大学の農場,熱川バナナワニ園,つくば市内の園芸店で栽培・展示・市販されているサラセニア属(全て交配を加えられた園芸品種)の食虫植物の管葉を収集し,たくさんの死んだ昆虫が腐敗発酵してスープ状になった内容物から分離したヒゲダニを観察した.得られたヒゲダニ(メス成虫)は,第I–III脚の先端のツメの長さがそれぞれの末節長に匹敵するほど長いことから全てSarraceniopus(サラセニアヒゲダニ)属と同定した.更に雌成虫の背板のキチン化の有無と背毛長(d1, e1, h1)の違い,雄成虫の背板のキチン化の有無や大きさと背毛長(d1, e1, h1)の違い,ならびに第二若虫の後体部背面の点刻や第4脚の末節の毛(e)の長さなどの特徴から一種は,Sarraceniopus hughesi Hunter & Hunter, 1964 と同定し,未記載種をS. nipponensis (ニッポンサラセニアヒゲダニ)と命名して記載した.これらのダニは,サラセニア科の食虫植物のみを生息場所とし,この植物がわが国には分布していないことから,輸入された株に付着していたものが,国内で繁殖維持されていたものと推定された.