Ajia Keizai
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Print ISSN : 0002-2942
Book Reviews
Book Review: Ayako Toyama, Eiji Oyamada, Politics of Anti-corruption in Southeast Asia (in Japanese)
Mari Aburamoto
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2023 Volume 64 Issue 4 Pages 60-62

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Ⅰ はじめに

汚職はどのようにすれば取り締まることができるのか。この問いは常に多くの人々の関心を引いてきた。特に,政治学との関連では,民主主義が汚職の取締に寄与するのかというテーマは積年の研究課題であった。近年は中国などをはじめとした権威主義国家において行われている汚職取締が大きな注目を集めたことを受け,権威主義体制下における反汚職についての研究も盛んである[Carothers 2022]。汚職取締をめぐる比較政治は,民主主義体制であるか,権威主義体制であるかを問わず,多くの研究者が関心を寄せる新たな研究フロンティアになっている。

そのなかでも,汚職取締機関(Anti-Corruption Agencies, ACA)は重要テーマのひとつである。汚職取締機関は国連腐敗防止条約などの影響もあって多くの国に設置されるに至った。同機関は各国における汚職取締の主要な担い手となり,その成否を直接的に左右しうる存在である。こうした汚職取締機関をめぐってはさまざまな観点からの研究が行われており,各国の文脈に注目した比較研究にも一定の蓄積がある(注1)。また,権威主義体制研究の文脈では,体制に利用される,名ばかりの汚職取締機関も検討対象とされている[Morgenbesser 2020]。

『東南アジアにおける汚職取締の政治学』は,汚職取締機関を対象とした大型比較研究プロジェクトの研究成果である。本書は,汚職取締にかかる全体的な研究状況を明らかにした上で,東南アジア諸国において汚職取締機関がどのように発展してきたのか,そしてその活動がいかなる帰結をもたらしたのかについて論じている。なお,分析枠組み自体は特定の地域を対象とはしていないが,事例としては東南アジア7カ国が取り上げられている。

Ⅱ 本書の内容

まず,本書の内容を簡単に紹介することにしたい。本書では,第Ⅰ部において,汚職取締をめぐる先行研究のレビューや分析枠組みの提示が行われている。

第1章「汚職取締と民主主義」(外山文子・小山田英治)では,先行研究のレビューに加え,本書が対象とする汚職取締が置かれている文脈を明らかにしている。同章における世界各国の比較からは,国際機関と国際ドナーによる汚職取締の推進の下,2000年代以降に多くの国において汚職取締機関が設置されたこと,また,汚職の抑制度合いと民主主義は相関しておらず,重要なのは政府のガバナンス能力であることが確認される。

続く第2章「汚職取締をどのように分析するか」(外山文子・小山田英治)では,本書の分析枠組みが示される。分析枠組みの第一の柱となる「従属変数としての汚職取締機関」では,各国における汚職取締機関の特徴を規定する要因が考察される。そのために,汚職取締機関のさまざまな類型が紹介されると同時に,それを規定しうる要因として,歴史的要因,国際機関の関与,経済発展・ガバナンス・政治権力の分散性,が挙げられている。本書の第二の柱となるのは,「独立変数としての汚職取締機関」,すなわち,汚職取締機関がもたらす帰結についての検討である。検討される従属変数は汚職取締に対する信頼度,汚職取締機関の安定性,政府への信頼,である。

第Ⅰ部の後半では,本書全体の枠組みに直接かかわるわけではないが,反汚職・汚職を理解するために避けて通れないテーマ群が取り上げられている。

まず,第3章「開発援助機関による汚職対策支援」(小山田英治)では,1990年代以降の国際社会での反汚職の取り組みを概観した後,世界銀行,国際連合などによる反汚職支援の内容紹介と,それが抱える困難や今後の課題が明らかにされている。

第4章「レントと汚職」(三重野文晴・山口健介)は汚職がそもそもなぜ発生するのかという根源的な問題に,経済学の立場からアプローチしている。同章では汚職とも関連が深いレントの発生メカニズムについて検討が行われたのち,特に,「情報生産に関わるレント」と「資源レント」に注目し,タイの事例が検討されている。

第Ⅱ部では各国の事例が取り扱われている。各章は,基本的には第2章で提示された枠組みに沿う形で,各国において汚職取締機関が設置された経緯やその機能・権限,そして汚職取締機関の活動がもたらした政治的な帰結を明らかにしている。各国における汚職取締をめぐる政治情勢は多様で,本書の最も興味深い部分であるが,紙幅の都合もあるので,以下ではごく簡潔にそのエッセンスをまとめることにしたい。

第5章「シンガポール共和国」(小山田英治):シンガポールは反汚職がうまく機能している例である。汚職取締機関の汚職査察局(CPIB)は独立性,法的権限,専門職員,活動資金などの面で理想的な汚職取締機関である。CPIBは同国における反汚職の枠組みにもうまく組み込まれている。

第6章「インドネシア共和国」(川村晃一):インドネシアでは,民主化の動きのなかで設置され,高い独立性と強力な権限を持つ汚職犯罪撲滅委員会(KPK)が活発な反汚職活動を展開した。しかし,2019年以降はKPKの独立性と権限が奪われ,世論の関心も低下している。

第7章「タイ王国」(外山文子):タイでは多くの常設機関が汚職の取締に関与しているが,そのなかでも特に重要な位置を占めるのが国家汚職防止取締委員会(NACC)である。NACCは,その偏向性が問題視されるなど,政治的な対立に翻弄されてきた。

第8章「フィリピン共和国」(木場紗綾):フィリピンでは通常の汚職取締と政治的な取締がそれぞれ複数の主体によって担われている。政治的取締を行うのは上院,大統領,野党勢力であるが,いずれも調査の権限のみで,世論も比較的冷静である。

第9章「カンボジア王国」(山田裕史):カンボジアでは国家反汚職評議会と反汚職ユニット(ACU)が汚職取締を行っているが,いずれも人民党の影響下にある。同国の汚職取締は一定の成果を上げている一方,対抗エリートの封じ込めにも利用されている。

第10章「ベトナム社会主義共和国」(Nguyen Thanh Huyen):ベトナムでは,2006年に汚職防止中央指導委員会(CSCA)が設立されるのと同時に,既存の機関に汚職取締部門が設置された。2016年からは政府による汚職取締運動が本格化し,メディアや市民社会組織の活動も活発になっている。

第11章「ラオス人民民主共和国」(瀬戸裕之):ラオスでは2010年に入ってから汚職対策機関の整備が進んだが,党検査委員会が国家観察員と汚職対策機構の役割を兼務する「三位一体」体制が形成され,汚職対策は一党支配体制を強化する手段にもなっている。

終章「東南アジアにおける汚職取締機関の特徴と課題」(川村晃一)では事例研究から得られた知見がまとめられている。まず,説明変数としての汚職取締機関については,第2章において挙げられていた国際機関の関与,経済発展・ガバナンス・政治権力の分散性などの要因はあまり関係がなく,取締機関の設置の経緯が重要であったとされる。特に重要なのは,民主化と結びついて設置がされたのか,それとも権力基盤の強化が契機となったのかという違いであり,前者の場合は汚職取締機関に強い権限が与えられやすく,後者は政治権力に従属的になりやすかった。次に,従属変数としての汚職取締機関については,政治体制による政治的帰結の違いが指摘されている。権威主義体制下では権力主体の汚職取締に対する関与によってその帰結が大きく異なる一方,民主主義体制下では,強い権限を持つ機関ほど権力闘争に巻き込まれやすくなる。

Ⅲ 本書の貢献と課題

まず,本書は,直接の研究対象としては汚職取締機関を取り上げているが,その機能や権限の比較にとどまらず,それを規定する要因,またそれがもたらす帰結の双方に目配りをすることで,各国における汚職対策の全体像の解明にも踏み込んでいるという点にその独自性を見出すことができる。汚職取締は政治学の観点からも非常に重要なテーマである一方で,そもそも汚職という現象自体が捉え難いこともあり,その取締の実効性や全体像を客観的に評価することは容易ではない。本書は,ある程度までは客観的に比較することが可能な汚職取締機関を切り口として幅広い問題群に光を当てるというアプローチをとっており,その巧みさは,各国における汚職およびその対策の包括的な解明にも大いに貢献するものと思われる。

また,本書のもうひとつの見所は,各国の事例研究にある。各国の事例は密度が濃く,地域研究の魅力が詰まっている。ケースとしても多様な地域が選ばれており,各章からは汚職取締機関の振れ幅を知ることができて興味深い。インドネシアやタイの事例からは,汚職が世論の注目を集める反面,汚職取締機関の位置取りがいかに難しいかが明らかになる。これとは対照的に,カンボジアやラオスの章は,汚職取締機関が権力者による統治の手段として機能してきた様子を鮮やかに描き出している。これらは冒頭でも示した名ばかりの汚職取締機関の典型例であり,権威主義体制研究にも寄与すると考えられる。こうした多彩な事例研究を踏まえた上で終章において行われている考察も説得的であり,汚職取締機関の設置の経緯が与える影響や,政治体制によってこうした機関のもたらす帰結が異なるという指摘は,今後の比較研究の出発点ともなる重要な知見である。

その一方で,改善の余地があると思われる点もある。まず,分析フレームの設定はもう少し工夫できたのではないか。本書では,「独立変数としての汚職取締機関」,「従属変数としての汚職取締機関」という形で分析のフレームはシステマティックに示されている一方で,事例部分では国ごとの文脈が重視されており,両者がうまくかみ合っていない印象を受ける。各国における汚職取締機関のあり方は,政権,野党勢力,国内世論,メディアなど,反汚職にかかわる各アクターの力関係の違いからある程度説明ができそうにみえる。安易な図式化を推奨するものではないが,事例に入る前に国内要因に特化した整理があり,それに沿って各事例が記述されれば,事例間の比較を行いやすくなるだけでなく,先行研究に対する貢献もより明確になったのではないだろうか。

次に,国際機関による反汚職の推進や国際条約の締結などが与える影響の評価にかかわる問題がある。本書では,第Ⅰ部において国際機関や国際ドナーの果たす役割に紙幅が割かれている一方で,事例部分ではもっぱら国内要因が検討対象とされている。第Ⅰ部の議論を踏まえるならば,東南アジア7カ国が国際的な反汚職の枠組みにどのような態度をとってきたのか,そして国際機関がいかなる関与をしようとしたのかについては事例部分においても検討された方がよかったのではないか。また,トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)をはじめとした国際的なアドボカシー・グループが果たした役割にも興味を惹かれる。TIに関しては,例えばシンガポールには存在しないことや,ベトナムでは一定の役割を果たしていることなどが紹介されてはいるものの,体系立った比較は行われていない。TIのような組織は国内の市民社会を通じて政策決定に影響を与える可能性もあるので,こうしたNGOが各国で果たす役割がどのようなものなのか,また,その関与がまったくないのであればそれはなぜなのかもまた重要な問いであるように思われる。

以上,おもに本書全体の構成にかかわる問題点を指摘したが,これは本書のスケールの大きさ,そして取り組んでいる課題の複雑さの裏返しともいえる。本書は汚職対策に関する研究の現在の到達地点を日本の読者にわかりやすく伝えるだけでなく,東南アジア7カ国における汚職取締の歴史と現状を活写している。本書が明らかにしている多くの興味深い論点は,東南アジア各国を超えた比較研究の可能性を拓くものでもある。本書の問題提起を受け,汚職取締に関する研究がさらに進展することを大いに期待したい。

(注1)  直近の研究としてはラテンアメリカの汚職取締機関の比較を行ったPozsgai-Alvarez[2022]が挙げられる。

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© 2023 Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization
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