Ajia Keizai
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Commendation for Outstanding Publications: The IDE-JETRO's Award for the Promotion of Studies on Developing Countries in 2025
Commendation for Outstanding Publications: The IDE-JETRO’s Award for the Promotion of Studies on Developing Countries in 2025
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2025 Volume 66 Issue 3 Pages 121-125

Details

「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」は,アジア経済研究所が1980年度に創設し,開発途上国・新興国または地域に関する我が国の研究水準の向上に資することを目的とし,この領域における優れた調査研究の業績を表彰しています。

選考および表彰の対象は,開発途上国・新興国または地域に関する経済,政治,社会の発展についての研究として,新しい地平を開いた研究書であり,かつ次の①あるいは②に該当するものです。個人研究,共同研究ともに対象としています。

  • ① 2023年10月から2024年9月までに日本国内で公刊された日本語または英語による図書

    ② 2024年に海外で公刊された英文図書のうち,執筆時,公刊時もしくは賞応募時点において日本国内に所在する大学・研究機関等に在職していた研究者(国籍は問わない)によるもの

2025年度は各方面から推薦された29点をまず所内研究者が審査し,選考委員による最終選考で下記の2作品が第46回受賞作に選ばれました。表彰式は7月1日にアジア経済研究所にて行われました。

  • 〈受賞作〉

    “Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States”(Cambridge University Press)

    向山 直佑(むこやま なおすけ)(東京大学未来ビジョン研究センター准教授)

    『中国共産党の神経系――情報システムの起源・構造・機能――』(名古屋大学出版会)

    周 俊(しゅう しゅん)(神戸大学大学院国際文化学研究科講師)

    〈選考委員〉

    委員長:竹中千春(立教大学法学部元教授),委員:遠藤貢(東京大学大学院総合文化研究科教授),木村福成(ジェトロ・アジア経済研究所所長),黒木英充(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授),園田茂人(東京大学東洋文化研究所教授),藤田幸一(青山学院大学国際政治経済学部教授)

  • 〈最終選考対象作品〉

    最終選考の対象となった作品は受賞作のほか,次の1点でした。

    『香港を耕す――農による自由と民主化運動――』(岩波書店)

    著者:安藤 丈将(あんどう たけまさ)(武蔵大学社会学部教授)

●講評●

  • 向山 直佑“Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States”

    竹中 千春(たけなか ちはる)

脱植民地化は20世紀で最も重要な歴史的プロセスと言われるが,列強の支配した植民地から国民国家が続々と独立したというほど単純ではない。興味深いことに,産油国の多くは王国のまま国際社会に参入し,いまだにその体制を維持している。著者は,こうした国々を「本来存在しないはずの国家(unlikely states)」と呼び,それらを誕生させた脱植民地化のパズルを解こうと試みる。石油資源をもつ植民地という条件と,大英帝国の「保護領(protectorate)」という条件が揃うとき,主権国家の「単独独立(separate independence)」が可能となったという仮説を提起する。

その典型が,ボルネオ島のブルネイである。19世紀にはオランダとイギリスがこの島に覇権を伸ばし,第二次世界大戦中には日本軍が占領し,連合軍の攻撃も経験した。戦後の脱植民地化過程では,こうした歴史を反映した島の4地域の進路が問われた。南部のオランダ領はインドネシアに編入され,イギリスの下にあったサラワクと北ボルネオは英領マラヤの植民地とともにマレーシア連邦に編入された。大英帝国の保護領のブルネイもマレーシアへの併合が提案されたが,石油の生む富を新国家から守りたいブルネイのスルタンは巧みな交渉を繰り広げ,英軍の防衛協力を引き出して,単独独立を達成した。

単独独立の事例は,ペルシャ湾岸の産油国カタールとバーレーンについても観察される。戦略的に重要で石油資源を擁すこの地域一帯をなかなか手放さなかったイギリスだが,1968年に労働党政権が3年後の撤退を宣言し,保護領の支配者を驚かせた。宗主国が現地から円滑に撤退できるように,複数の保護領を束ねて連邦国家を樹立する案を提示した。だが,石油資源を誇るカタールとバーレーンはイギリスと交渉を続け,サウジアラビアにもアラブ首長国連邦(UAE)にも加わらず,単独独立を果たした。対照的に,石油が発見されなかったラアス・アル=ハイマは交渉力を発揮できず,アブダビやドバイを中心にした7つの首長国から成るUAEに加わるほかなかった。

けっきょく石油資源と帝国の保護領という条件のどちらかを欠けば,単独独立はむずかしかったのか。実際,クウェートは,イラクによる併合の脅威に抗し,石油権益を保守したいイギリスの支援を得て,単独独立を実現した事例である。逆に,石油を産出しても直轄領であった西インド諸島や,保護領でも石油資源の乏しい南アラビアでは,単独独立は実現されなかった。著者は,石油以外の資源も検討し,「資源政治」と「国家形成」の関係を描き出し,脱植民地化とポストコロニアル国家の特徴を捉え直す。個々の国家や地域の境界を超えたグローバルな比較の視座を示し,「資源の呪い」論も含め,国際政治や国際政治経済の核心的な問いに挑む本書は,発展途上国研究を新たな方向に切り拓いた稀有の秀作である。

(立教大学法学部元教授)

●受賞のことば――向山 直佑(むこやま なおすけ)

このたびは,第46回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞という栄誉ある賞を賜り,誠に光栄に存じます。選考委員の先生方,ならびに本書を出版する過程でお世話になった恩師や同僚,友人,家族,編集者や出版社の皆さまに心よりの御礼を申し上げます。

本書は,石油をめぐる植民地期の政治が,脱植民地化を通じた国家の形成,特に小規模な植民地が周辺とは別個に単独で独立する過程にどのように影響したのかを解明するものです。脱植民地化の過程において,宗主国はより安定した単位を作り出して主権を移譲するために,しばしば複数の植民地を統合しようと試みました。地域大国の併合などもあり,小さな植民地はより大きな単位に吸収されることが多かったわけですが,ごく一部の事例では,合併の圧力に抗して単独での独立が達成されました。本書では,ブルネイ,カタール,バーレーンという3つの事例にとくに焦点を当て,歴史資料を分析しつつ,植民地時代に始まった石油生産と宗主国の保護領制度が,これら「存在しないはずの国家」の誕生にいかにしてつながったのかを明らかにしました。本書の日本語版は,『石油が国家を作るとき』というタイトルで慶應義塾大学出版会から2025年1月に刊行されております。

主権国家の形成についての既存研究は,これまでヨーロッパの歴史に基づいて理論化を行うものがほとんどでした。しかし戦争や貿易や外交を通じた「オーガニック」なプロセスによって誕生した国家というのは世界200弱の国家のうちごく一部であり,大多数は植民地支配からの独立によって生まれた事実があります。にもかかわらず,ヨーロッパの事例がスタンダードとされた上で,脱植民地化は単なる植民地から国家への単純なアップグレードとしてみなされることが多く,その過程でさまざまな政治的思惑や経済的・社会的・文化的要素が影響して今日のような世界地図が出来上がっていったことは,必ずしも認識されていません。何かが少し違っていれば,たとえばブルネイに石油が出ていなければ,南アラビアの保護国で石油が出ていれば,ナイジェリアの石油が戦間期に発見されていれば,今とは大きく異なる世界地図を我々は眺めていたかもしれないのです。今ある国家を相対化し,あったかもしれない国家やなかったかもしれない国家に想像を向ける契機として,本書を形にしました。

脱炭素が世界的な目標になり,さまざまな分野で脱植民地化が再びのトレンドとなり,一方でグローバル化が進んだ反動で国境や国籍の問題がことさらに取り沙汰される世界に対して,少し回り道ではありますが,本書が何かしらの理解の助け,あるいは議論のきっかけを提供できることを祈っております。この賞を励みに,今後も発展途上国の歴史と現在を接続するような研究を継続してまいりたいと思います。

  • 略歴

    1992年 大阪府生まれ

    2015年 東京大学法学部卒業

    2021年 オックスフォード大学政治国際関係学部にてDPhil in International Relations取得

    2022年より東京大学未来ビジョン研究センター准教授。

  • 主要著作

    『石油が国家を作るとき――天然資源と脱植民地化――』慶應義塾大学出版会,2025年(単著)。

    “Colonial Oil and State-Making: The Separate Independence of Qatar and Bahrain.” Comparative Politics 55(4): 573-595(2023,単著).

●講評●

  • 周俊『中国共産党の神経系――情報システムの起源・構造・機能――』

    園田 茂人(そのだ しげと)

本書を査読する直前,『中共重要歴史文献資料彙集』という本書と同じ資料を利用した高橋伸夫著『構想なき革命――毛沢東と文化大革命の起源――』(慶應義塾大学出版会,2025年)を読んでいたため,正直,本書にはあまり期待していなかった。資料が同じならば,当然出てくる結果も似てくるはずで,だとすれば筆力勝負になり,どうしても若い筆者に勝ち目はないはず,と思っていたからだ。ところが,読みは完全に外れた。

本書は従来,政治的に敏感であるがゆえに真正面からは扱われにくく(扱い方次第では研究者が研究者生命を奪われかねないテーマを扱い),ジャーナリズム,情報伝達,社会運動,統治機構,統治イデオロギーなど,従来断片的に扱われてきた――何よりさまざまなディシプリンが異なる問いを抱えてきた――中国共産党にとっての重要情報の収集,処理,解釈をめぐる系統的な研究である。

早稲田大学に提出された博士論文をもとにしているとはいえ,本としての体系性を十分に保っている点がよい。「あとがき」にあるように,本を構成する章は,それぞれ学術雑誌への投稿論文を原型としている。通常,こうした経緯で本が執筆されると,章の間のつながりが悪かったり,それぞれの章の主張や知見が矛盾したりといったことが起こりがちなのだが,本書については,そうした不具合を感じない。それどころか,中国共産党の「神経系(情報システムを本書はこう呼んでいる)」の特徴を明らかにしようとする筆者の筆致は,ぐいぐいと読者を引き込む力強さをもっている。これも,博士論文の原稿を何度も推敲し,情報システムを構成する各パーツを丁寧に結び付けようとしたからだろう。それゆえ,理論的なインプリケーションや新たな枠組み作りという点では,若干物足りなさが残るものの,専門外の研究者にも理解しやすい,説得的な,そして何よりも着実な実証研究となっている。

毛沢東の認知バイアスとこれが生み出した政治的帰結,毛の認知バイアスを生み出すに至った神経系の特徴・機能を炙り出した本書の知見は,今までの共産党理解を大きく覆すものというより,これを強化するものである。その意味では,びっくりするような発見はない。しかし,断片的な知見を総合することで,毛の認知バイアスができる理由が徐々にわかっていく本書の構成は,改めて神経系の全体像を明らかにすることが重要な知的作業であることを再認識させてくれる。また新資料の利用にチャレンジするばかりか,党の指導者たちの移動範囲を,GISを使って地図に落とし込んで可視化するなど,データの分析手法でも貪欲な姿勢をみせているのもよい。

選考委員会では,中国共産党研究という枠を超えた,他の途上国研究へのインパクトがほしいという意見も出た。筆者には,この注文に応えるような次作の執筆を期待したい。

(東京大学東洋文化研究所教授)

●受賞のことば――周 俊(しゅう しゅん)

この度は,第46回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」という歴史のある賞をいただき,誠に光栄に存じます。賞の選定に関わってくださった皆様と,本書の出版を支えてくださった数多くの皆様に心より御礼申し上げます。

本書の眼目は,中華人民共和国の建国にあたり,国家の動静を把握すべく,中国共産党は支配や施策に必要な情報をどのように収集・処理したかを実証的に明らかにし,それによって斬新な歴史像を提示することです。また,情報・認知という新機軸を盛り込んで,権力や富を研究対象としてきた従来の政治史研究に心臓の鼓動を吹き込み,研究アプローチのパラダイムシフトを引き起こすことも狙いの一つです。

周知のように,現代社会は,情報社会と言われて久しいです。しかし,情報の問題に焦点を当てた歴史研究・地域研究は盛んに行われるどころか,むしろ稀少です。これまで秘密のベールに包まれてきた中国共産党の情報システムについても我々はほぼ無知な状態にあります。周囲はみな恐れをなして都合の悪い真実を伝えず,独裁者はヨイショする声に踊られる独りよがりの「バカ」になる,と。情報と独裁の関係を考える際に,独裁体制の弱点を辛辣に捉えたアンデルセンの童話作品『裸の王様』を思い浮かべる人が多いかもしれません。政治学では,この問題は「独裁者のジレンマ」と呼ばれます。

しかし,本書は,この通念を覆し,正しい情報が与えられていても都合の良い情報のみを活用した毛沢東の認知バイアスと,その背後にある彼の知識体系こそが問題の本質であるという新しい解釈を示しました。

今日,人工知能やビックデータなどの発達により,中国共産党の情報システムがさらに多様化し精緻化しているでしょう。しかし,科学技術により得られた情報を用いて意思決定するのが人間である以上,中国共産党の指導者らの認知バイアスに対する分析が重要であることに変わりはないです。

情報をどう扱うのか。認知バイアスといかに付き合うのか。これは単なる中国共産党史研究の領域にとどまらず,いつの時代も,どの国でも,誰しもが考えなければならない普遍的な問いではないでしょうか。今回の受賞により,少しでも多くの方が中国共産党史研究,そして情報・認知の問題について興味をもってくだされば,これ以上の喜びはありません。

最後に,私の日本留学や著書執筆を強く支持してくれた両親に感謝を伝えたいです。秘境中の秘境とも言えるこのテーマに真正面から取り組むことは,中国にいる両親に大きな迷惑をかけるかもしれません。

一つの旅は終わり,また新しい旅立ちが始まります。今回の受賞を励みとしまして,今後とも研鑽を重ねてまいります。

  • 略歴

    1987年 中国湖南省生まれ。

    2023年 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて博士号(学術)取得。

    2024年 神戸大学大学院国際文化学研究科講師着任,現在に至る。

  • 主要著作

    『中国現代史資料目録集――毛沢東時代の内部雑誌――』東京大学社会科学研究所グローバル中国研究拠点,2023年(単著)。

    『20世紀中国史の資料的復元』京都大学人文科学研究所,2024年(分担執筆)。

 
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