2015 Volume 51 Issue 3 Pages 167-172
近年,地球温暖化が問題となっており,大気中の温室効果ガス削減に向けた対策が求められている.農業分野においても温室効果ガス削減が求められている.その一策として農業機械の代替燃料としてバイオディーゼル燃料(以下,BDF)の活用が考えられる.BDFは,廃食用油等の植物由来の油を原料としており,カーボンニュートラルの性質をもつことから,環境にやさしい燃料として注目されている.BDF生産の取り組みは多くの自治体でなされている.しかし,生産したBDFの利用先は,自治体が所有する公用車や公共交通機関等に限定され,農業分野での利用は進んでいない.
(2) 本稿の研究課題と目的農業分野でのBDF利用は,農業機械の化石燃料の代替としてBDFを使用する以外は,通常の生産方法と同様である.そのため,二酸化炭素排出量が少ないということを除くと,農畜産物の食味や品質は通常の生産方法のものと全く同一である.そこで,農業分野でのBDF利用の促進には,二酸化炭素排出量が少ないという「環境にやさしい」という特徴での通常生産の農畜産物との差別化が必要となる.そのためには,BDFを利用した農業が,「環境にやさしい農業」として消費者に評価される必要がある.そこで,本稿では,食味・品質等は,通常畜産物と同様であるが,BDFを軽油代替燃料として利用した二酸化炭素排出量が少ない畜産物を「エコ畜産物」と定義し,選択型実験を用いてエコ畜産物に対する消費者の選好を明らかにすることを目的とする.
本研究は,バイオマスタウン笠岡を目指し,BDF事業の取り組みを行っている岡山県笠岡市を対象に行う.笠岡市は,岡山県の南西部に位置し,人口52,165人,総面積136 km2である.また,市の南部に大規模な笠岡湾干拓地(総面積1,811 ha)があり,畜産業等が盛んである.
(2) BDF生産の現状笠岡市では,BDF生産を社会福祉法人笠岡市社会福祉事業会笠岡学園(以下,笠岡学園)が担っている.笠岡学園は市内の住民や事業者から廃食用油の回収を行い,年間約10,000 l(2012年度)のBDFを生産している.生産されたBDFは,100円/lで販売され,笠岡市が所有する公用車やごみ収集車等のほか,笠岡学園が所有するトラクターに利用されている.
(3) 笠岡湾干拓地内畜産業でのBDF利用可能性笠岡湾干拓地では,15戸の畜産農家(酪農家:5戸,肥育農家:10戸)がトラクターやフォークリフト等の農業機械(198台)を使用している.これらの機械の多くが軽油を使用燃料としている.また,畜産農家を対象としたBDF利用意向調査では,「機械の不具合が無いこと」「価格が現在の軽油価格より安い」の条件を満たせば大半の農家で「利用してよい」と回答していた1.
(4) BDF利用による二酸化炭素削減効果の推計笠岡湾干拓地の畜産農家が所有する農業機械の軽油使用量は,年間約300,000 lである.これらの農業機械から発生する二酸化炭素量は,年間約840トンである2.この軽油の一部を笠岡市で生産されるBDFに代替することで,年間約68トンの二酸化炭素削減が可能であると推計される3.
一般の消費者を対象に牛乳および牛肉の2品目に関して選択型実験を適用したアンケート調査を実施した.調査は2014年7月30日,8月6日,8月30日の3日間に,笠岡湾干拓地の南部に位置する道の駅笠岡ベイファーム来訪者に対面聞き取り式により行った.回答者には,はじめに①BDFの特徴(カーボンニュートラルの性質など),②笠岡市内で行われているBDF事業の概要,③BDF利用による二酸化炭素削減効果の3点を説明し,回答してもらった.
(2) 調査票の設計| 属性 | 水準(属性変数) | |
|---|---|---|
| 牛肉 | 牛乳 | |
| 産地 | 笠岡市,その他の地域(国産) | |
| 生産方法 | BDFを利用,軽油を利用 | |
| 販売価格 | 250円,300円 350円,400円 450円 (100 gあたり) |
180円,190円 200円,210円 220円 (1,000 mlあたり) |

選択実験で用いた調査票例(牛肉の場合)
選択型実験に用いた属性は,表1に示した「産地」,「生産方法」,「価格」の3種類とした.「産地」は,「笠岡市」と笠岡市産以外の国産畜産物を示す「その他の地域(国産)」の2水準とした.「生産方法」はBDFを利用した場合は,「BDFを利用」であり,この場合が,「エコ畜産物」を表している.BDFを利用しない通常生産の場合は,「軽油を利用」として表した.「価格」は調査を実施した道の駅や,岡山市の平均小売価格に基づき設定した.なお,牛肉は100 gあたりの価格,牛乳は1000 mlあたりの価格である.評価属性を組み合わせた2種類の畜産物に「いずれも購入しない」を加えた3種類の選択肢を1つのカード式として,それぞれ10回ずつ質問した(図1)4.なお,評価属性以外の条件(品質や食味等)はいずれの畜産物も全く同一であることを回答者に説明した.
(3) 分析方法選択型実験における分析では,ランダム効用理論が用いられる.個人nが,選択肢iを選ぶことにより以下に示す効用Uinが得られるものとする.このとき個人nは,効用Uinを最大化するように行動すると考える.
Uin=Vin+ein
ただし,Vinは選択肢に用いた属性により決定される確定効用であり,einは,選択型実験では観測不可能な部分で,確率項で表される.ここで,個人nが,選択肢iを選ぶことにより得られる効用水準が選択しない場合により得られる効用水準よりも大きくなればよい.したがって,個人nが,選択肢iを選ぶ確率は,以下のように表せる.
Pin=P(Uin>Ujn)=P(Vin–Vjn>ejn–ein) for all i≠j
ここで確率項がロケーションパラメータ0,スケールパラメータ1の独立かつ同一のガンベル分布に従うと仮定すると,以下の条件付ロジットモデルが得られる.
Pin=exp(Vin)/Σj∈C exp(Vjn)
本稿では,まず決定される確定効用関数を以下のように線形代数モデルを考え定式化する.
Vin=Σm=1βimXim
ただし,Ximは選択肢固有定数項(Alternative Specific Constant: ASC)を含む各属性変数,βは各属性のパラメータである.また,提示した2種類の牛肉と牛乳を「いずれも購入しない」と回答した場合は,想定した属性以外の要素により得られる効用はないものとして,Vin=0として分析を進める.
有効回答数は牛肉で103,牛乳で104であった.牛肉,牛乳いずれも女性の割合が高く,年齢は50,60代の割合が高い.また,回答者の多くが,笠岡市以外の在住者で,何度も笠岡市に訪れている.BDFの認知度は,特徴まで認知している回答者は約2割であった(表2).
| 特性 | 項目 | 牛肉 | 牛乳 |
|---|---|---|---|
| 性別 | 男性 | 29.1 | 26.9 |
| 女性 | 70.9 | 73.1 | |
| 年齢 | 10代 | 2.9 | 3.8 |
| 20代 | 11.7 | 12.5 | |
| 30代 | 16.5 | 13.5 | |
| 40代 | 11.7 | 10.6 | |
| 50代 | 27.2 | 31.7 | |
| 60代 | 24.3 | 23.1 | |
| 70代 | 5.8 | 4.8 | |
| 笠岡市への訪問回数 | |||
| 1回 | 11.0 | 14.0 | |
| 2回以上 | 89.0 | 86.0 | |
| 居住地 | |||
| 笠岡市在住 | 11.0 | 11.0 | |
| その他の地域 | 89.0 | 89.0 | |
| BDF認知度 | |||
| 特徴まで認知していた | 21.0 | 21.0 | |
| 聞いた事はあった | 35.0 | 35.0 | |
| 全く知らなかった | 44.0 | 44.0 | |
1)単位は全て%である.
条件付ロジットモデルによる推計結果を表3に示す5.各変数の推定値については,いずれも有意であった.また,「産地」および「生産方法」の推計値が正であった.このことから,回答者は,①他産地の畜産物より笠岡市産畜産物を高く評価し,②軽油利用の通常の畜産物より,BDFを利用したエコ畜産物を高く評価していることが明らかとなった.さらに,それぞれの評価額は,笠岡市産の牛肉で429円/100 g,牛乳で224円/l,エコ畜産物の牛肉で519円/100 g,牛乳で249円/lであった6.
| 牛肉 | 牛乳 | |||
|---|---|---|---|---|
| 属性 | 推計値 | 評価額 | 推計値 | 評価額 |
| ASC | 7.622*** [0.378] |
396.99 [322.66, 493.63] |
14.631*** [0.916] |
219.68 [169.57, 285.56] |
| 産地 (笠岡市=1,他産地=0) |
0.629*** [0.159] |
32.77 [14.91, 55.49] |
0.310*** [0.142] |
4.66 [0.43, 10.24] |
| 生産方法 (BDF利用=1,軽油利用0) |
1.716*** [0.198] |
89.39 [62.24, 124.25] |
1.608*** [0.166] |
25.24 [16.95, 33.62] |
| 価格 | –0.019*** [0.001] |
― | –0.067*** [0.005] |
― |
| adj-ρ2 | 0.3961 | 0.3175 | ||
1)推計値の***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す.
2)評価額は,推定値をもとに推定した確定効用関数をもとに推計した限界支払い意思額である.
3)adj-ρ2はMcFaddenの自由度修正済み決定係数を表している.
4)推計値の[ ]内は標準誤差,評価額の[ ]内は,95%信頼区間をそれぞれ表している.
次いで選択確率曲線を導出し,エコ畜産物と軽油を利用した通常生産の畜産物に対するそれぞれの選択確立を比較した(図2).その結果,今回の選択実験で提示した価格帯(牛肉:250~450円/100 g,牛乳:180~220円/1,000 ml)では,エコ畜産物の選択確率が通常生産の畜産物の選択確率を上回ることが明らかとなった.この価格帯においては,消費者は通常畜産物よりもエコ畜産物をより好むことを示している.

エコ畜産物と通常生産畜産物の選択確率線
最後に個人属性変数とエコ畜産物評価との関係を明らかにするために個人属性との交差効果を計測した7.その結果,「生産方法」では,牛肉・牛乳とも「BDF認知」に関してのみ正に有意な関係がみられた(表4・表5).
| 属性 | 主効果 | 交差効果 | ||
|---|---|---|---|---|
| 性別 | 年齢 | BDF認知 | ||
| ASC | 8.260*** [0.764] |
2.025* [0.947] |
–3.092** [0.836] |
1.377* [0.080] |
| 産地 (笠岡市=1,他産地=0) |
0.471 [0.367] |
–0.391 [0.371] |
0.002 [0.343] |
0.546* [0.326] |
| 生産方法 (BDF利用=1,軽油利用0) |
1.202*** [0.398] |
0.34 [0.483] |
0.023 [0.053] |
0.880** [0.409] |
| 価格 | –0.022*** [0.002] |
–0.003 [0.203] |
0.008** [0.003] |
–0.003 [0.002] |
| adj-ρ2 | 0.375 | |||
1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意を示す.
2)「性別」は男性を1,女性を0とするダミー変数,「年齢」は50歳(回答者の平均年齢)以上が1,50歳未満を0とするダミー変数,「BDF認知」はBDFについて聞いたことがあると回答した人を1,それ以外を0とするダミー変数としている.
3)adj-ρ2はMcFaddenの自由度修正済み決定係数.
4)[ ]内は標準誤差を表している.
| 属性 | 主効果 | 交差効果 | ||
|---|---|---|---|---|
| 性別 | 年齢 | BDF認知 | ||
| ASC | 17.801*** [2.211] |
7.603*** [2.407] |
–11.026*** [2.344] |
8.744*** [2.054] |
| 産地 (笠岡市=1,他産地=0) |
0.087 [0.310] |
–0.542 [0.368] |
0.349 [0.333] |
0.136 [0.303] |
| 生産方法 (BDF利用=1,軽油利用0) |
1.962*** [0.396] |
–0.399 [0.433] |
–0.738 [0.419] |
1.068*** [0.367] |
| 価格 | –0.080*** [0.011] |
–0.027 [0.012] |
–0.045*** [0.012] |
–0.033** [0.010] |
| adj-ρ2 | 0.347 | |||
1)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%水準で有意を示す.
2)「性別」は男性を1,女性を0とするダミー変数,「年齢」は50歳(回答者の平均年齢)以上が1,50歳未満を0とするダミー変数,「BDF認知」はBDFについて聞いたことがあると回答した人を1,それ以外を0とするダミー変数としている.
3)adj-ρ2はMcFaddenの自由度修正済み決定係数.
4)[ ]内は標準誤差を表している.
消費者に対する選択型実験の結果,以下の3点が明らかになった.第1に消費者は,二酸化炭素排出量が少ないBDFの利用を高く評価している(牛肉:89円/100 g,牛乳:25円/l).第2に,等しい価格水準では,通常生産の畜産物よりも,エコ畜産物が選択される確率が高い.第3に,BDFの認知度の高い消費者にエコ畜産物は高く評価される.
以上のことから,食味や品質が全く同等であっても「二酸化炭素削減」のような環境にやさしい畜産物の差別化が可能であることが明らかとなった.エコ畜産物が通常生産の畜産物の二酸化炭素排出量が少ないといった,環境にやさしいことに関する情報を消費者に提供することにより,エコ畜産物と通常畜産物との間で差別化が必要である.なお,牛肉と牛乳との間でBDF利用に関する評価額が大きく異なった.その要因を明らかにすることが,必要である.