2018 Volume 54 Issue 2 Pages 62-63
本書は,EUにおいて遺伝子組換え(GM)作物の安全性認可等の制度が整えられたころから重要な政治的イシューとなった「共存」のためのルール制定に焦点があてられる.共存とは,「GM作物と非GM作物,具体的には慣行農業や非慣行農業が,互いに不利益をもたらすことなく,農業生産活動を継続できるような状況を意味する」(p. 1).共存ルールは,GM作物・非GM作物との交雑,混入回避のための管理手法や混雑・混入発生の際の経済損失補償のルールなどであり,2003年に欧州委員会が加盟国に策定を求めた.
しかし実際にはEU加盟国において,共存ルールの策定は欧州委員会が当初想定していたようにはスムーズに行われなかったとされる.本書は,当初の想定や問題の定義が機能せず,加盟国における多様な共存政策が生まれた背景やその策定過程について,アイデアや言説,ガバナンスなどに注目しながら,分析することを目的としている.
本書の構成は以下の通りとなっている.第1章で本書のアプローチが示される.その後,二部構成で分析がなされる.第Ⅰ部「EUにおけるGMO政策の展開と共存政策」はEU編であり,3つの章で構成される.第2章「EUにおけるGMO関連政策の展開:1980年代から2001年まで」は,第3章以降の内容の前提的理解となる章である.第3章「共存政策の提起と反応:2003年共存ガイダンスをめぐって」では,各加盟国の共存ルール策定に対する欧州委員会のガイドラインやレビューが取り上げられる.そして共存に関してEUで取り組まれている研究動向の成果が示される第4章「共存をめぐる研究とその成果:EUプロジェクトを中心として」が続く.第Ⅱ部「各国における共存政策の策定とその経過」は,加盟国の全般的状況を示す第5章「EU加盟国における全般的状況」に続き,第6章「デンマーク:欧州初となる共存政策の制定」,第7章「ポルトガル:民間事業者が大きな役割を果たす共存政策」,第8章「オランダ:栽培に慎重なGM飼料依存国」,第9章「ドイツ:緑の党による厳しい共存ルール」,第10章「フランス:農業大国の苦悩」,第11章「その他の諸国:スペイン,イギリス,オーストラリア等」と,各国の状況が分析される.そして第12章「欧州委員会の方針転換:2010年提案とその帰結」では,第3章で取り上げられたガイドラインから,政策転換が打ち出された新アプローチの概要とその後の経緯が説明される.
最後に終章「「共存」をめぐる政策形成スタイルと言説」で,第1章で示された枠組みに沿って分析結果と結論が示される.
以上が本書の構成であるが,評者が特に興味深く読んだのは以下の3点である.
1点目は,EUにおける政策の理解に関してである.様々な分野でモデルとされるEUの政策であるが,EUレベルの政策だけでなく,EUで決定された措置が加盟国で実際にどのような内容となって実施されるのかについても把握しなければ,その実態を理解することができない.本書ではEU・加盟国双方のレベルでの政策分析が丁寧になされている.
また著者も明確に整理している通り,GMOの安全性審査,認可はEUレベルでなされ,表示やトレーサビリティの要件もEUで共通に制定される.これらは加盟国に直接適用されることになる「規則」で定められ,食品安全にかかわる他の規制と同様である.一方,共存政策に関しては,環境放出に関する規制(「指令」であり,加盟国での法制化を必要とする)と同様,「補完性原則に基づき加盟国が自らの政策のもとに実施」することとされる(p. 56).本書で扱う問題は,EU加盟国にある程度自由度のある施策であり,EUの方針が各加盟国でどのように扱われていくかを分析するための適切なテーマとなっている.さらには,加盟国での状況や要望を受けて,共存政策に関するEUの方針転換がなされていく過程も興味深かった.
2点目は,EU加盟国の多様性である.アメリカと比較してGMOに厳しい姿勢であるとみられるEUであるが,加盟国の中でもGMOへのスタンスや栽培状況,また共存ルール策定の主体や方法に相違があることが明らかにされる.また長いスパンで見ることで,EUのGMOに対する政策や姿勢の変遷がよく理解できる.
3点目は,実際の政策の決まっていく様子が詳細に伝わる点である.例えば「経路依存性」の問題がある.いったん導入された政策が環境変化をもたらし,その後の政策転換を困難にしてしまったり(第9章のドイツの事例),有機農業への特化などこれまでの政策からGMOに対する立場が決まったり(第11章のオーストリアの事例),といったことが挙げられる.またEUレベルにおいては,BSEに対する政策対応がGMO政策に影響を与えており,1つの政策が他の政策との関連で決まっていく様子もうかがえる(第2章).
これらのことが各国の実態を比較しながら理解することができ参考になる.同時にさらに知りたいと思ったのが次の2点である.
1点目は,科学的見解と政治的判断についてである.科学的な研究成果に基づくGM作物と非GM作物との隔離距離から,実際の隔離距離が決まる経緯について,「政治的判断」であったという説明がなされている.またそのことから「エビデンス・ベースの政策形成のためには,政治的圧力や,様々なアクターからの非現実的要求を排除しうる政策調整空間が不可欠であるといえる」(p. 286)とされている.リスク管理においては,科学的な根拠をベースとしたうえで,実行可能性やコストなどを考えて,措置が決定されることとなる.政治的判断という場合には,これらの科学的根拠以外の要因の考慮が過剰であったということと考えてよいのか.政治的判断の意味合いについて詳しく知りたかった.
2点目は,GM作物の共存ルール策定の各国の現状をどのように評価し,望ましい姿をどのように考えたらよいのか,という点である.印象的だったのは,EUでなされた数多くの研究成果が必ずしも共存ルールの策定と結びついていないこと(第4章)である.また事例とされた加盟国の中には,ポルトガル(第7章)のようにルール策定がスムーズにいったものの,策定にかかわった関係者が限定されていたり,逆にステークホルダーを広く取り,幅広く議論を行おうとしたフランス(第10章)では意見集約がうまくいかず,さらにはルール決定の際には行政的判断がなされ,断絶があった場合もある.またドイツでは現実的なGM栽培がほぼ想定されないなかでの仮構的な政策問題として定義されたという様子も明らかになった.このような状況では,ルール策定の改善はどのようになしうるのだろうか.第4章には,研究成果・知見に基づいて望ましい共存ルールの条件について触れられている.しかし各国の共存ルールの策定内容とプロセスをどのように評価したらよいのだろうか.もちろん,あるべき姿の規範的な研究と,実際の政策形成の分析は目的が異なるのであるが,このような問いが浮かんだ.
ただし本書の目的と意義は,実際の姿―欧州委員会による当初の問題定義の変容と多様性の背景―を浮かび上がらせることにあるのは言うまでもない.分析の視点や枠組みが設定されたうえで分析がされていることから,実際の政策プロセスのポイントが明確になり,各国の比較が可能になっている.GM作物やEUの政策に興味のある方だけでなく,広くガバナンスや政策分析に関心を持つ方に,分析枠組み・事例分析ともに参考になる書である.