2018 Volume 54 Issue 2 Pages 66-68
書名にも示されているように,本書は島根大学と寧夏大学(中国)の研究者を中心に進めてきた共同研究の成果である.2009~2015年の間に3つの科学研究補助金(2008~2010年アジア・アフリカ学術基盤形成事業,2009~2011年基盤研究B,2012~2014年基盤研究B)と2つの島根大学独自研究プロジェクト(特定研究「寧夏プロジェクト」(2010~2015),戦略的機能強化経費(2014~2015))を遂行し,本書はその結晶である.両大学の共同研究は1987年に始まるが,本書の前に,共同研究の第1弾として「中国農村の貧困克服と環境再生―寧夏回族自治区からの報告―」(保母武彦・陳育寧編著,2008年,花伝社)がすでに刊行されている.
本書の概要は以下の章構成に示される(分量制約のため,著者氏名は省略).
序章
第1章 中国寧夏農村の社会関係資本(Social Capital)賦存状況の地域差とその変容に関する考察―寧夏都市近郊農村と南部山区農村との比較から―
第2章 農業産業化に果たす農村小金融の役割と農業園区経営方式―寧夏回族自治区塩池県を事例に―
第3章 出稼ぎ山村における住民活動と農業の変容―寧夏南部山区彭陽県を事例に―
第4章 農村における帰郷者の起業―寧夏回族自治区彭陽県の事例から―
第5章 中国のダム移住者に対する後期支援政策の実践―貧困扶助と持続可能な発展を目指した政策介入―
第6章 武陵山区における土家族住民の合理的選択に基づく低地への自主移住―重慶石柱県汪龍村を中心に―
第7章 中国農村部における農業用プラスチックの使用実態の解明と適正処理へ向けて―寧夏回族自治区における調査から―
第8章 中国農村と都市における家庭のエネルギー需給構造の実態―寧夏回族自治区のアンケート調査より―
第9章 中国の退耕還林政策の実施効果に対する評価に関する研究―陜西省を例として―
第10章 寧夏大学の学生の留学ニーズに関する調査報告
第11章 寧夏塩池県のこの10年間の植生動態と安定性についての研究
第12章 寧夏灌漑区における水田の窒素損失と農業排水の水質管理
第13章 封山禁牧政策下での灘羊栄養特性―寧夏塩池県での舎飼い飼養灘羊の調査事例―
第14章 中国の食料安全の階層構造に関する分析
第15章 砂漠化―貧困克服と環境再生―
内容の詳細は読者の楽しみにしておきたいが,評者の感想として本書の特徴を数点ほど挙げてみる.
まず,研究成果の少ない西部地域を対象とした学術書として極めて高い価値を有している点である.改革開放以来,成長の著しい東部沿海地域の改革開放モデルに注目が集まり,高頻度の研究活動によって研究成果を量産してきた.対照的に経済的に立ち遅れ,学術的解明が必要とされる課題を多く抱える西部地域への関心は比較的薄かった.本書の著者らは,西部地域の中でも農村の貧困と,水・エネルギー・砂漠化といった資源環境問題が最も深刻に表れている寧夏回族自治区,隣接する陜西省や重慶市の一部を含む対象地域の農業,農村,人間活動と環境の相互関係を中心に,早い段階から本格的な調査研究を進めてきた.その成果は学術論文や著書に留まらず,自治体・民間交流,JICA支援による国際共同研究所の設立までに至っている.学術交流においても,研究者個人間の往来による散発的な調査研究に留まらず,寧夏大学を核とした「中国西部学術ネットワーク」を形成している.まさに産官学連携の中国版と言える.多くの困難を乗り越え,ここに至るまでの思い,行動と成果がこの1冊に凝集されている.本書は,中国西部地域の実態を知るだけでなく,条件不利地域の研究手法や心構えを学ぶ上でも貴重な1冊となろう.
本書の最大の魅力は,科学研究費補助金や大学独自経費の投入に相応しい重厚な成果を上げ,読者に満足感を与える点である.各章とも特色を出しているが,評者にとって特に印象深かった点をピックアップしてみる.
①量的分析にも耐え得るデータを現地調査で取得し,堅実な学術論文に仕上げている点である.多くの章にみられるが,第1,3章は典型であろう.第1章は2市122件,3村111件のアンケート調査結果を基に,都市化地域と遠隔地域別,世代別,個人属性別,居住年数別に農村における社会関係の変化を捉えている.直観的に見えにくい社会関係資本の変容を因子分析手法で集約し,集計分析を補完する興味深い付加価値を生み出している.経済発展・都市化進展に伴う集団化意識,安全安心意識,信頼関係の変化に関する分析結果は意義深く,社会学分野の研究にも大いに寄与するものとなろう.第3章は,同じデータを使っていると推察するが,調査地域の住民活動や農業構造を多面的に示した上,ロジェスティック回帰モデルで営農意欲の影響要因を析出している.現地調査を効果的に活用した成果である.
②丁寧な事例分析で高い普遍性を有する結果を導き出している点である.第2,4章は象徴的である.第2章は,異時点間統計分析や108戸農家の聞き取り結果自体も大変貴重だが,小額貸付センターの考察と,小規模資金供与が如何に小規模産地(農業園区)形成や農業の産業化に寄与したかについての分析は効果的である.同様の研究手法は資金余りで使途に苦労する日本の農業資金運用にも適用可能であろう.12件の事例で農村起業を分析した第4章は,起業前の農外就職経験はその後の起業内容と高い一致性(9/12)を有する見事な結果を示している.日本でも海外農業研修やUターン等前職経験が農村起業,6次産業化形成に大きく寄与することが度々指摘されている.両論文の研究手法を日本に適用した際にどのような成果が得られるか,楽しみである.
③困難な農村環境問題の研究に基礎情報の発掘手法を提示した点である.第7章であまり知られていない農廃プラの回収実態と仕組みを明らかにし,環境保全意識が農村住民に浸透し始めている事実を突き止めた.農村環境問題を展望する上で希望を与えてくれる貴重で心強い証拠となる.第8章は,都市部,伝統的農村部,生態移民村の3つの地域に分けて100戸の訪問調査結果を基に,調査対象の経済状況,エネルギー使用構成・形態,環境意識,省エネ・節電行動等を解明している.いずれも基礎情報としての価値が高く,同分野の研究に寄与すると思われる.
④対象地域の農業関係者に感謝される成果を上げた点である.多くの章はこの役割を果たしているが,第13章を挙げたい.当地在来種の灘羊についてであるが,緻密な分析で門外漢の評者も面白く楽しく読ませて頂いた労作である.飼料の栄養特性と灘羊の生態適応性に関する一連の研究成果は,対象地域の生産管理策づくりや今後の研究に指針を与えるものとなろう.
以上のように,本書は多岐にわたる成果を提示しているが,「条件不利地域」と「環境保全」の2つの軸にほぼ収束される.島根大学は,安達生恒,岩谷三四郎,北川泉らに代表される過疎問題,中山間問題研究で多大な成果を上げたことが周知のとおりであるが,こうした条件不利地域指向型研究のDNAは「北川泉―保母武彦―伊藤勝久」へと引き継がれ,中国・寧夏の地で開花し結実したのである.図1のように,1990年代後半から「中国農業」,「中国経済」,「中国農村」の順で中国関連研究論文・記事数が激減しており,著者らの奮闘に誘発される革新的な研究を期待したい.

日本の中国関連研究論文・記事件数の経年変化:1980–2017
注:国立国会図書館のデータベースによる.