Journal of Rural Problems
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Kiichi Nakajima
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2022 Volume 58 Issue 3 Pages 173-174

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昨年1月に上梓した拙著『「自然と共にある農業」への道を探る―有機農業・自然農法・小農制』(2021年,筑波書房)について,大原興太郎さんからありがたい論評をいただいた.未整理で重複の多い論文集となってしまった拙著について,著者の意図を前向きに汲んで下さっていて感謝申し上げたい.

大原さんは,拙著が追究しようとした課題を,①自然との関係と技術のあり方,②家族農業や小農制という農業に携わる組織や制度の問題,③農本主義や農村市民社会など農を巡る考え方と望ましいあり方へのプロセス,という3点にまとめてそれぞれについて拙論を好意的に紹介して下さり,なお不十分な諸点を適切に指摘されている.

ここでは,紙数の制約があるので,大原さんが指摘されている個々の論点への直接の返答ではなく,雑駁な拙著について大原さんが整理・提示して下さった3つの課題にそって,拙著刊行の意図を再論することで,リプライとさせていただきたい.

まず第1の「自然と共にある農業」という方向性の提起について.

有機農業や自然農法の実際は実に多彩であるが,歴史的な農業論の視点から,それらは大まかには「自然と共にある農業の道への模索」と概括できるのではないかというのが拙著での提案である.山の自然を活かした「山地酪農」を初めとする放牧畜産や里山の恵みを活かした自給的な暮らしなども,この道を目指す取り組みとして位置づけられると考えている.

「自然と共にある」と「自然から離脱していく」という2方向の対抗を想定したこの提案は,新規というほどのものではないが,昨今の地球環境問題の顕在化の下では,農業のあり方論として,さらには社会全般のあり方論として,時代的意味をもつだろうと感じている.

有機農業や自然農法についての定義として,現在,もっとも一般的になっているのは有機JAS規格であるが,これは,商品表示規格であり,農業のあり方やその方向性に関わる規定ではない.

2006年に有機農業推進法が制定された少し後の頃,著者らは「低投入・内部循環・自然共生」という3点を,ある程度成熟した有機農業の技術実態の特質として整理・析出した.その後の自然農法についての調査研究を踏まえて,自然農法も含む広義の有機農業全般に関して,この3点の指摘は有効であると考えて,本書の執筆となった.

そこでは,人々の営みが「低投入=自然力重視」への方向転換を起点として,そこから土壌有機物と微生物を含む土壌生物の関係性の富む諸活動が次第に活発化し,作物栽培などの農業の営みにおいて,自然力が発揮されるようになり,それが自然と馴染み,自然共生が広がる方向で,さまざまに発展・充実してきている.そんな期待も込めた有機農業・自然農法についての実態認識である.「低投入・自然共生型」の発展というこうした取り組みは,地球環境問題解決への原理的可能性としても大きな意味があるだろうと考えている.その対極にある「多投入=人為力偏重」の従来の技術路線の下では,農業は自然と離反し,内部循環や自然共生は衰退していくことは明白である.本書の提案も一つの素材としてこんな認識についての幅広い論義を期待している.

第2の家族農業や小農制について

国連は2019~2028年を「家族農業の10年」と設定し,2018年の総会では「小農の権利宣言」を採択した.他方ではアグリビジネスの大展開もあるが,国際的には,それと対抗的な家族農業や小農制,あるいは風土性のある農業への高評価も広がっている.

日本国内の農業動向としては,家族農業や小農制の終焉を感じざるを得ないような状況もあり,国の「強い農業」政策は,その動向に拍車をかけている.しかし,有機農業や自然農法の周辺を見ると,そこへの社会的関心の高まりは顕著で,新規参入の人々は確実に増えてきていて,その年齢層も若い.彼ら彼女らの多くは家族農業志向のようである.それらの自然派の新規参入者たちの活力に支えられて地域農業の新しい展開が始められている事例も散見されるようになっている.都市の消費者,市民の動向としては,市民農園の大人気は続いており,有機農業,自然農法の農産物の人気は,ほぼ確立してきている.

国際的にも国内的にも確認されるこうした最近の複線的な動向に,私たち研究側はどのように向きあうべきか.

産業主義に偏した農業論は,自然や環境からの離脱,乖離が進むことをあまり意に介していないようだ.他方,国民意識の新しい動向としては,自然や伝統を大切に考え,地域の自然と繋がった暮らし方を重視する「農」の再評価が顕著に広がりつつある.こうした「農業」と「農」の離反や乖離をどのように考え対処していくべきなのか.

産業革命以来の生活・経済・産業様式が地球環境の破滅を作りつつある現実の中で,家族農業や小農制への,別言すれば農業論としての「農」の再評価は不可欠ではないか.そのための幅広い論義への問題提起も本書刊行の狙いの一つだった.

第3の農村市民社会という構想の提起について.

農村市民社会の提言をした時には,没歴史的・没理論的な暴論だという評価をいただいた.しかし,それから20年が経過してみて,では,農村を基盤としてどのような未来社会を構想出来るのかと問うてみると,やはりおおまかにはこうした構想以外には夢のある未来はないのではないかと考えている.地域の自然を失ってしまった都市市民社会においては,どうにもならない破綻が進行し続けていることは明確であるし,他方,農村社会の現実をみればそこへの成熟もさまざまに進みつつあると感じられる.

もちろん,著者のこの提起は,素朴で稚拙なものでしかなかった.現実の動向は複雑だということもその通りだと思う.そうした諸点は批判され,克服されなくてはならないと思う.しかし,20年前のこの問題提起の方向性は,現代社会論一般として捉えても基本的には正しかったと考えている.

 
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