アジア動向年報
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各国・地域の動向
2010年の香港特別行政区 汎民主派の分裂と政界の大再編
三船 恵美
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2011 年 2011 巻 p. 133-152

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2010年の香港特別行政区 汎民主派の分裂と政界の大再編

概況

2010年における香港政治は,「2012年に行われる行政長官と立法会のダブル選挙」(以下,「2012年選挙」)に向けた制度改革と,それをめぐる汎民主派勢力の再編で大きく揺れた。その特徴は,第1に,それまで「親中派」と「汎民主派」に大きく二分されていた勢力図が,「親中派」,「穏健民主派」,「急進民主派」に三分されたことである。第2に,汎民主派の公民党と民主党の変化である。第3に,公民党と民主党の変化にともなう政界再編成の動きである。第4に,デモや抗議活動など,政治の直接行動や大衆運動において,「80後」と呼ばれる1980年代生まれの若者達が目立ったことである。25歳前後の「香港の80後達」は,「中国の80後」とは全く異なる。「中国の80後」は努力次第で明るい未来が待っている。しかし,「香港の80後」は,香港社会が抱えるそして政府が解決してくれない貧富の格差拡大,若者の雇用問題,住宅問題など,大きな不満と,自分は社会に貢献できないのではという無気力感,さらには香港アイデンティティの希薄化という香港社会の閉塞感を打破しようと立ち上がった人々である。

香港経済はリーマン・ショックから約1年続いたマイナス成長を脱し,2009年第4四半期以降,プラス成長に転じた。しかし,多くの香港市民は経済回復を実感できないばかりか,貧富の格差拡大に不満を募らせている。住宅難・格差拡大・高齢化の3大問題を中心に市民生活の圧迫が香港の最大の課題となっている。

大陸との関係では,珠江デルタと香港の一体化の推進が強調された。4月には,香港と広東省が「粤港合作框架協議」(広東省・香港の協力枠組み協定)に調印した。台湾とは相互の窓口機関として「港台経済文化協力協進会」(香港側)と「台港経済文化協力策進会」(台湾側)が設立された。

区内政治

元日に3万人が民主化要求デモ

2010年の香港は,民主化要求デモで年が明けた。元日,香港の汎民主派勢力約3万人が,2012年選挙における全面的な直接選挙の実施を求め,デモ行進を行った。「香港市民支援愛国民主運動連合会」(以下,「支連会」)などの一部の参加者は,2009年12月25日に北京の第1中級人民法院で懲役11年を言い渡された中国の民主活動家・劉暁波の釈放も叫び行進した。従来,香港のデモ行進の終点は香港政府であった。しかし,元日デモでは中国中央の香港駐在連絡弁公室(以下,「中連弁」)が終点となった。これは元日デモが従来の香港政府に対する民主化要求と異なり,中国中央に対する民主化要求のデモであったことを意味した。

選挙制度改正については,2007年12月に中国全国人民代表大会(以下,「全人代」)常務委員会が,2017年の行政長官選挙から直接選挙を「導入可能」であると基本承認したことで,2012年選挙における直接選挙の導入は中国中央に否決されていた。これを受けた香港政府は2009年11月18日に選挙制度改革に関する諮問文書を公表した。その案は行政長官選挙の選挙委員を800人から1200人に増加したり,立法会の定数を60議席から70議席に増加したりするなど,広範な民意を反映することを掲げたものの,2012年選挙における直接選挙の導入や立法会の職能団体別議席(現30議席,2007年末の全人代常務委員会の決定では直接選挙枠と職能団体別選挙枠の比率は同じにすることが決められている)の廃止などには触れなかった。このため,香港政府の諮問文書が中国政府の意向を強く反映したものであると,汎民主派勢力は反発したのである。

汎民主派の分裂と再編

2010年における香港政治の大きな特徴のひとつは,それまで「親中派」(親中国派+親香港政府派)と「汎民主派」に大きく二分されていた勢力図が,「親中派」,「穏健民主派」,「急進民主派」に三分されたことだといえよう。「穏健民主派」は中国中央との対話を進めながら香港の民主化を説く。他方,「急進民主派」はデモや座り込みなどの直接行動や大衆運動を重視しながら香港の民主化を主張する。

もうひとつの特徴は,上述のことと関連するが,汎民主派の公民党と民主党の変化である。従来,汎民主派のなかで,弁護士や大学教授などの知識人を中心メンバーにすえ最終的には与党になることを目標に掲げている公民党が右派,第2次天安門事件の再評価を求める者も多い民主党が左派,と一般的にみられてきた。また,民主党よりもさらに急進的な社会民主連戦(以下,「社民連」)は,最低賃金制の導入や香港に公民権のない外国人労働者や不法滞在者の権益擁護など社会的弱者の擁護を直接行動や大衆運動で説き,民主党を挟んで公民党とは対極に位置づけられてきた。そのため,2006年の公民党の結党当初,中国中央は公民党に「期待」を抱いていた。しかし,汎民主派内の右派とされてきた公民党の中から急進的行動をとる者が現れ,同左派とされてきた民主党の中に中国からのアプローチを受け入れる者が現れるというように,2010年には従来の枠組みとは異なる動きがみられた。

香港政府による2009年11月の諮問文書が「直接選挙への方向性を示していない」と批判する公民党と社民連の5人の立法会議員は,2010年1月26日に議員辞職届を提出するという直接行動で民主化要求を香港世論に問うた。辞職したのは公民党の陳淑荘と梁家傑,社民連の黄毓民,陳偉業,梁国雄の5人である。5人は直接選挙枠の各々の選挙区で当選した議員であったことから,この動きは「5区総辞」(5選挙区すべて辞職)と呼ばれた。彼らはこれら5選挙区での補欠選挙を「公投」(住民投票)と位置づけ,2012年選挙の直接選挙実施など,民主化要求の是非の民意を問い,世論を喚起することをねらった。しかし,汎民主派の最大政党である民主党は「5区総辞」とそれにともなう補欠選挙へ参加しないことを決定した。

5月24日には,民主党の何俊仁主席,劉慧卿副主席,張文光立法会議員の3人の代表が中連弁の李剛副主任と直接対話した。香港の汎民主派が中央政府と直接対話の場を持ったのは,1989年の天安門事件発生後初のことであった。民主党執行部には1989年の第2次天安門事件を機に組織された支連会のメンバーを兼ねる者が多く,何と張は支連会の中核メンバーである。天安門事件の再評価と一党独裁の反対を唱える支連会は中国中央から敵視され続けてきた。

中央が民主党への接近を図った背景には,立法会における2012年選挙制度の改正案の採決があった。選挙制度の改正には,立法会(定数60議席)の3分の2以上の賛成を必要とするが,立法会の勢力図では親中派は37議席しかなかった。2005年の審議では汎民主派の全議員が反対したため,制度改革が先送りされた。そこで中連弁は穏健民主派との接近に動いたのであった。

これを皮切りに,5月26日,李剛は,終極普選連盟(普選連)の馮偉華,支連会副主席の李卓人,区議会議員の蔡耀昌,香港民主民生協進会(民協)の馮検基など,ほかの汎民主派メンバーとも相次いで会談した。

民主党は中連弁との会談で,全登録有権者が立法会選挙で「1人2票」を投じる「区議会改良案」を中国中央が受け入れれば,2012年選挙の制度改革で賛成票を投じると述べた。これは,職能団体別選挙枠で増える5議席について,「区議会議員の互選」とした政府案を,「選挙区で選ばれた区議会議員(民選議員)から指名された候補者に対する一般有権者による直接選挙」に代替する案である。行政長官が任命する委任議員など非民選の区議会議員は候補指名から排除される。これにより,従来職能団体別枠で選挙権を持っていなかった有権者も,直接選挙枠と職能団体別枠の両方の選挙でそれぞれ1票を投じることができるようになる。定数70議席の57%を占める40議席が実質的には直接選挙となるのである。

会談時には,中連弁は難色を示していた。しかし,立法会採決直前の6月17日,曽蔭権行政長官と公民党の余若薇代表のテレビ公開討論で,香港基本法委員会副主任を務める梁愛詩前司法長官が代替案は全人代常務委の決定に抵触しないと表明し,中国中央が代替案を認めたことを公に示した。6月25日,立法会は香港返還後初となった選挙制度改革案を46票で可決した。2005年の採決では民主党とともに香港政府の改正案を廃案に追い込んだ公民党,社民連,香港職工会連盟などの汎民主派が,民主党の中央接近の姿勢を批判した。

民主党と政府の歩み寄りに反発し,民主党立法会議員の鄭家富が反対票を投じるため離党した。また,10月2日には,反発した民主党員約20人が「新民主同盟」を結成した。民主党は12月19日に執行部を改選する党大会を開いて何仁俊主席や劉慧卿副主席らを再選したが,その前日,区議会議員7人を含む党員30人が,選挙制度改革で政府案に同調した執行部を批判して,離党した。

第2次天安門事件21周年追悼集会で過去最高の15万人

6月4日夜,第2次天安門事件の追悼集会がビクトリア公園で行われた。主催者の支連会は15万人が参加したと発表した(香港警察の推計発表では過去最高の11万3000人)。近年,参加者が数万人に落ち込んでいたが,第2次天安門事件から21周年となった2010年は,1周年目の1990年と20周年となった2009年と並んで過去最高の参加者を記録した。支連会の創設から主席を務めてきた司徒華が2月に末期癌を公表して注目を浴びたとともに,内地で強まる民主化運動の取り締まりや言論統制に対する危機感が香港でも高まっているといえよう。

また,2010年は香港当局による「民主の女神像」の扱いをめぐり,学生を中心とする若者が強く抗議して,集会が盛り上がった。「民主の女神像」の展示は,香港における第2次天安門事件の追悼・抗議活動において重要なシンボルとなっている。21年前の5月30日,学生達の共同作品「民主の女神像」が北京の天安門広場に置かれ,結局,戦車に潰された。その後,CNNなど世界のメディアが第2次天安門事件のシンボルとして放送したため,毎年恒例の追悼集会では女神像が欠かせない存在となっている。天安門事件の「民主の女神像」に似せた女神像が,香港の芸術家などによって作られてきた。しかし,5月29日,支連会がタイムズスクエア前で展示した「民主の女神像」や「天安門事件犠牲者のレリーフ」が,食物・衛生局の職員に強制撤去されてしまった。知らせを聞いた作者でアメリカ在住の彫刻家である陳維明が来港して集会に参加しようとしたが,香港入境を拒否された。翌30日,支連会が率いる2500人の香港市民は古い女神像を先頭にデモ行進し,数人のメンバーがタイムズスクエアで座り込んだ。食物・衛生局の職員や警官が,展示の申請がされていないと注意すると,座り込んだ支連会は政治的弾圧だと抗議した。撤去された女神像とレリーフは,6月1日,ノースポイント警察から返却され,ビクトリア公園に直接運び込まれた。

追悼集会後も女神像をめぐり争議は続いた。6月3日に香港紙『明報』が,香港中文大学は「政治的中立」を理由に女神像の学内設置を却下したと報じると,劉遵義学長が行政会議メンバー兼全国政協委員であることから,香港中文大側の「政治的配慮」であると学生達は批判し激しく抗議した。

「7・1デモ」で民主党批判,目立った若者

返還13周年を迎えた7月1日,「民間人権陣線」(香港の広範な市民組織,宗教団体,NGOの連合体)の呼びかけで,「7・1デモ」が行われた。「7・1デモ」は2003年から毎年恒例となっている返還記念日の民主派デモである。2010年は立法会職能別選挙枠の廃止,最低賃金の法制化などをテーマとし,主催者発表で5万2000人(警察推計は出発時1万人,ピーク時2万人)が参加した。

これまでデモを先頭で率いてきた民主党員は,初めて後方につき,選挙制度改革をめぐり政府に歩み寄ったことに対する厳しい批判に包まれながら行進した。民主党に代わりデモの先頭を率いたのは,香港中文大学学生会会長をはじめとする「80後」(1980年代生まれ)と称する若者達であった。2010年における香港政治の特徴のひとつは,「80後」の台頭である。この背景にあるのは,香港の若者達の閉塞感であろう。近年,香港の「80後」の男性の自殺率が急上昇している。また,2010年1月から12月の失業率をみてみると,30歳代から40歳代では2.2~4.0%であったのに,20歳代では5.6~7.9%と高く,さらに貧富の差も拡大している。

曽蔭権行政長官,任期中は「国家安全条例」の立法化には着手しない

曽蔭権行政長官は,10月13日,立法会で2010/11年度の施政報告を行った。この演説で,2012年までの行政長官の任期中に香港基本法第23条にもとづく国家安全条例の立法は行わないことを断言した。中国中央は,曽蔭権の任期中に「基本法23条問題」を処理することを期待していたといわれていたが,記者会見で,曽蔭権はこの決定を下すプロセスで中国中央と「相談」したことも明らかにした。

経済

拡大する貧富の格差

香港はリーマン・ショックから約1年続いたマイナス成長を脱し,2009年第4四半期以降,プラス成長に転じた(図1)。しかし,多くの香港市民は経済回復を実感できないばかりか,所得格差の拡大に不満を募らせている。

曽俊華財政長官は立法会で2月24日,GDPの1.5%に当たる252億香港ドルの赤字予算を組み込み,総額200億香港ドルにおよぶばらまき政策を盛り込んだ2010/11年度財政予算案を公表した。その主な内容は,2009/10年度の個人所得税につき納税者1人6000香港ドルを上限とする最高75%還付,不動産税の1期1500香港ドルを上限とする減免,公共住宅の家賃2カ月分免除,低所得世帯の幼稚園から大学までの子供に1人1000香港ドルの補助金支出,小中学生を対象に世帯収入に応じて全額で1300香港ドルもしくは650香港ドルのインターネット手当の支給,高齢者および障害者手当の1カ月分追加支給などである。しかし,財政の健全性を揺るがさないための一時的な措置でしかないであろう。

曽蔭権行政長官が10月13日に発表した2010/11年度の施政報告では,住宅難・貧富の格差拡大・高齢化の3大問題を中心に民生問題への対応に重点が置かれた。貧富の格差拡大については,富裕層や企業家に対して一般市民の反感が強まっていることから,低所得層を支援するため,官民折半出資の「関愛基金」(コミュニティ・ケア・ファンド)を設立することとなった。政府と財界が各50億香港ドルを拠出し,医療や教育への助成金として拠出する。香港政府は11月11日,その運営を監督する委員会(任期は2012年12月31日まで)の非官僚メンバー20人を公表した。民政事務,教育,厚生,労工・福利の各局長も同委員会に参加する。しかし,使途が不明瞭だと資金提供を拒否する企業家もいれば,高齢者の入れ歯購入にあてようと運動をする委員がいるなど,関愛基金に期待する市民は多くはない。また,低所得層向けの交通費手当月600香港ドルの支給対象を,遠隔地の4区から香港全域の18区に拡大することとなった。さらには,教科書購入補助金の引き上げや,破産・給与欠配保障基金の保障範囲拡大も行われることとなった。

図1  GDPの推移

(注) 2010年11月12日発表値。

(出所) 香港特別行政区政府統計處(http://www.censtatd.gov.hk/hong_kong_statistics/statistical_tables/index_tc.jsp?charsetID=2&tableID=030)。

最低賃金法,時給28香港ドルで可決

香港初の最低賃金法となった「最低工資条例」が7月17日に立法会で可決された。最低賃金の具体的な水準は2年に1度検討することとなり,最初の水準について臨時最低工資委員会が検討し,8月30日に行政長官に提案され,11月10日に行政会議で採択された。

これまで,労働者団体などが時給33香港ドル以上,財界・雇用主団体などが最低20香港ドルを主張し,数年にわたって展開されてきた最低賃金論争は,28香港ドルで決着した。

28香港ドルは2009年第2四半期の中位の時給の約半分に相当する。統計処が2010年3月に最低賃金制度の基礎資料として発表した調査結果によると,時給28香港ドル以下で働いている労働者は31万4600人で,全労働者の11.3%を占める。彼らは主に警備,清掃,飲食,小売りなどの業界の労働者である。「最低工資条例」の施行後は,彼らの賃金を平均16.9%上げるとみられている。

失業率

政府統計処が2011年1月18日に発表したところによると,2010年10~12月の失業率(速報値)は4.0%と好転を続けた。就業者数は2万1900人増えて過去最高の356万3700人,失業者数は7000人減って13万6300人,労働人口は1万4900人増えて370万人となった(図2)。

図2  失業率の推移

(注) *は速報値。

(出所) 香港特別行政区政府統計處「香港統計資料」(“労働人口,失業及就業不足統計数字”,http://www.censtatd.gov.hk/hong_kong_statistics/statistical_tables/index_tc.jsp?charsetID=2&tableID=006)。

バブル抑制に本腰

2009年以降,不動産市場が活発化して,住宅価格や家賃相場が上昇している。2010年の年明け時点の香港不動産価格指数は,2008年の金融危機時に比べ約2割高であったが,2010年を通じて不動産価格は急上昇し,1997年の不動産バブル時の水準に戻った。香港研究協会が1月に行った世論調査によると,不動産価格について78%が「高すぎる」とみており,65%が財政予算案で不動産に対する措置を打ち出すべきとみていた(『文匯報』2010年1月29日付)。

香港の低金利に加え,香港政府の投資移民計画により香港の不動産へ投資する中国内地の富裕層の動きも価格高騰の一因となっている。3月5日の立法会における李少光保安局長の発言によれば,2003年10月の「投資移民計画」開始以来2009年末までに,香港政府は5950人以上の申請を許可し,420億香港ドル以上の収入を得た。その約3割が不動産購入で,2009年の申請者数ならびに許可取得者数の4分の3以上が中国内地の住民であった。

4月21日,曽俊華財政長官と運輸・房屋局の鄭汝樺局長は,民間住宅販売のガイドライン「9招12式」(9措置12規則)を発表した。「9招12式」は,購入をあおる手法を是正する9措置と,実際の部屋よりも広く錯覚しやすいモデルルームの見せ方を改める12規則からなっている。「9招12式」に続く不動産抑制策として,香港政府は8月13日,住宅ローンの制限や完成前の転売禁止など,住宅供給量・住宅ローン・不動産投機の3方面にわたる「3招14式」(3措置14規則)を打ち出した。「3招14式」では,政府の積極的な土地放出,高級物件や非居住用について住宅ローンの上限60%設定,予約販売で購入した新築住宅物件の完成前転売の禁止,購入契約キャンセルの違約金を現行の取引額の5%から10%に引き上げ,などが打ち出された。

しかし,これら一連の措置の効果は出ておらず,IMFは12月3日,香港は不動産バブル抑制に向け一段の措置が必要,との見方を示した。

対外関係

珠江デルタとの連携強化

2010年,香港と広東省の連携強化が推進された。国務院が2009年発表した「珠江デルタ地区改革発展計画要綱」によって珠江デルタの発展は国家戦略に位置づけられている。2010年はこの珠江デルタと香港の一体化の推進が強調された。

3月4日,香港政策を統括する習近平国家副主席は,全国政治協商会議の香港マカオ委員と会談し,「珠江デルタ地区改革発展計画要綱」の実施,人民元業務の拡大,港珠澳大橋や広州=香港間高速鉄道などの大型越境インフラの建設など,中国内地と香港の協力強化を説いた。3月5日に温家宝総理が全人代で発表した政府活動報告では,「珠江デルタ地区改革発展計画要綱」の実施や広東省・香港間の協力強化が謳われた。全人代閉幕の14日に行われた記者会見で,温総理は,第12次5カ年計画における香港の役割について,内地との経済緊密化,とくに珠江デルタとの連携について検討していることを明らかにした。

4月7日,曽蔭権行政長官と広東省の黄華華省長は,北京の人民大会堂で「粤港合作框架協議」(広東省・香港の協力枠組み協定)に調印した。同協定は1998年に粤港合作連席会議が始まって以来,初めて国務院が批准する広東省と香港の協力に関する文書となる。調印式には習近平国家副主席,国務院香港マカオ事務弁公室の廖暉主任らが臨席した。香港と広東省の地方政府間の協定が北京の人民大会堂で国家副主席の臨席の下で調印されたということは,香港と広東省の地域連携が地域レベルの協力に留まらず,国家政策に格上げされたことを意味しよう。

拡大する人民元業務

7月19日,金融管理局は中国人民銀行と人民元建て貿易決済の拡大に関する補充協力覚書を交わした。また,香港の中国銀行は中国人民銀行と人民元業務の決済協定を交わした。2009年に解禁された人民元建て貿易決済は,6月に試行エリアを20省・自治区・直轄市に拡大した。また,香港,マカオ,ASEANに限られていた海外のエリア制限が撤廃され,すべての国・地域で人民元建て貿易決済が可能となった。さらに,従来個人に限られていた口座開設が企業・機関にも認められるようになり,銀行間の資金移転も可能となった。これにより保険会社や証券会社のサービス提供が可能となり,人民元投資商品の開発が可能となった。

台湾との交流窓口機関を設立

香港と台湾は,2010年に交流窓口機関を設立し,協議を開始した。中国と台湾の交流が進むなか,2009年6月,台湾において中国問題を担当する行政院大陸委員会の傅棟成副主任委員と,香港政府の林瑞麟政制・内地事務局長が台北市で会談し,香港と台湾の間で交流窓口を開設することに合意した。

香港は,4月1日,対台湾窓口機関として「港台経済文化協力協進会」を設立した。台湾は,5月26日,対香港窓口機関として「台港経済文化協力策進会」を設立した。両会は,中台間の「海峡交流基金会」のように,公的関係のない香港と台湾の窓口として,経済や文化の領域で交流を進めるのがねらいである。

港台経済文化協力協進会と台港経済文化協力策進会は,8月30日,台北市で初の正式協議を開催し,経済や文化の領域での協力拡大で一致した。2011年以降,両会による協議が定期的に開催されることとなり,2011年は香港での開催を決めた。両会は今後,金融,税務,空運,海運,観光などの実務関係を強化するための協議を進めていくこととなる。

大亜湾原発の事故に香港で拡がる不安

香港の繁華街である尖沙咀から直線で52キロメートルに位置する中国深圳市の大亜湾原子力発電所の放射性物質漏れ事故をめぐり,中国内地の隠蔽体質に,香港市民の不安と不満が高まった。6月14日,香港の複数メディアが,前月の大亜湾原発事故の疑いを報道すると,同日の夜,香港の保安局は,大亜湾原発で放射性物質漏れ事故が5月23日に発生していたと発表した。しかし,同発電所を運営する大亜湾核電運営管理有限責任公司(HKNIC)は声明を出し,事故報道を否認した。また,香港政府は,HKNICの主要株主である香港中華電力有限公司(香港と中国の合弁)が放射性物質漏れ事故の報告を早急に行わなかったことについて,現行の制度では即時通報する義務がなかったと弁護した。大亜湾原発で10月23日に放射性物質漏れ事故が再発し,微量の放射性物質の漏出が確認されたことを複数の香港メディアが報道すると,11月15日,HKNICはそれを認めた。事故の再発に,香港政府内からも批判の声が上がり,対応改善が求められている。

2011年の課題

2011年も2010年に続き,住宅難・貧富の格差拡大・高齢化の3大問題を中心に市民生活の圧迫が香港の政治と経済の両面で最大の課題となるであろう。

香港政府が不動産バブルに対して抑制措置を立て続けに打ち出したものの,不動産相場の高騰は高級住宅だけでなく,一般の住宅にまで及び,2010年の1年間で約2割上昇した。海外ホットマネーの流入に加え,低金利,住宅の供給不足といった香港の内外の諸要因によって,2011年も不動産価格の上昇が予想される。

不動産価格の上昇と賃金の上昇は消費者に転嫁されることとなる。さらに,世界的な原油と食糧の価格高騰はインフレ圧力をさらに高めることとなる(図3)。

図3  消費者物価指数の推移(2008年1月~2010年12月)

(注) 2004年10月~2005年9月=100。

(出所) 香港特別行政区政府統計處「香港統計資料」(“消費物価指数”,http://www.censtatd.gov.hk/hong_kong_statistics/statistical_tables/index_tc.jsp?charsetID=2&tableID=052)。

これらは,香港の市民生活をさらに圧迫し,貧富の格差拡大に繋がることとなるであろう。

政治について注目されるのは,年末に予定されている区議会議員選挙と行政長官選挙の選挙委員会(選挙人団)委員の選挙,そして2012年3月に行われる行政長官選挙に向けての人選である。曽蔭権長官の再任はなく,その任期は2012年6月末までで,7月1日から新たな行政長官が就任する。前任者の董建華が選挙委員会による行政長官選挙で当選したのは1996年12月であるが,長官候補として名が上がったのが1995年12月であり,江沢民国家主席との会談で香港の行政長官に内定したとみられたのが1996年1月である。したがって,2011年前半には,中国中央の意向が決まるものと思われる。その人選は,今後の香港の行方を大きく左右することとなる。

(駒澤大学教授)

重要日誌 香港特別行政区 2010年
  1月
1日 民主化を求める3万人デモ。
13日 立法会,中国の民主活動家・劉暁波の釈放を求める決議を採択。
15日 立法会,広深港高速鉄路(香港=広州間高速鉄道)の予算669億香港ドルを承認。「80後反高鉄青年」が議事堂前で断食抗議。
21日 直接選挙の早期導入を問うねらいで民主派立法会議員5人が辞職を発表。
24日 5人の議員辞職による補選参加を民主党が否決。中央政府との直接対話を要求。
26日 民主派立法会議員5人が辞職届を提出(1月29日発効)。
  2月
5日 広州市で香港・広東省両政府による「粤港合作連席会議」の第14次工作会議と「第3回広東省・香港・マカオによる『珠江デルタ地区改革発展計画要綱』を合同で推進する連絡協調会議」が開催。
7日 香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)の司徒華主席,末期の肺癌を公表(2011年1月2日に死去)。
11日 アメリカ国防総省のモレル報道官,原子力空母ニミッツが香港に寄港すると発表。
17日 米軍原子力空母ニミッツが香港寄港。
24日 曽俊華財政長官,2010/11年財政予算案を立法会で報告。
  3月
4日 習近平国家副主席,全国政治協商会議の香港マカオ委員らと会談。
5日 温家宝国務院総理,全国人民代表大会(全人代)における政府活動報告で「珠江デルタ地区改革発展計画要綱」の実施や広東・香港・マカオの協力強化を表明。
6日 曽蔭権香港行政長官,習近平国家副主席と会談。
7日 習近平国家副主席,全人代の香港代表らと会談。広東省との協力強化を香港の新たな発展の原動力にするようにと強調。
7日 曽蔭権行政長官,汪洋広東省党委員会書記と会談。「珠江デルタ地区改革発展計画要綱」の指導的文書となる「粤港合作框架協議」(広東省と香港の協力枠組み協定)の策定がほぼ完了し近々調印すると表明。
22日 アメリカのインターネット検索最大手グーグル,香港を拠点とする同社サイトで検閲抜きの中国語版検索サービスを始めたと発表。
31日 日本と香港,二重課税回避に同意(調印は11月9日)。
  4月
1日 台湾における香港特別行政区の窓口機関,港台経済文化協力協進会が発足。
7日 曽蔭権行政長官と黄華華広東省長,北京の人民大会堂で副主席の習近平や国務院香港マカオ事務弁公室主任の廖暉らの臨席の下,「粤港合作框架協議」に調印。
8日 「回郷証」(在外中国人の入境許可証)を持たない香港立法会議員24人が1回限りの査証発給を受けて上海万博を視察(~10日)。
13日 英字紙『サウスチャイナ・モーニングポスト』,胡錦濤国家主席の名前の英語表記の横に漢字で「胡佳」と誤字を掲載(「胡佳」は中国の人権活動家で,2008年4月に「国家政権転覆扇動罪」で懲役3年6月の実刑判決を受け服役中)。
14日 『サウスチャイナ・モーニングポスト』,胡錦濤の漢字記載ミスで謝罪。
14日 香港政府,2012年に実施する行政長官選挙と立法会議員選挙の制度改革案を発表。
21日 曽俊華財政長官と鄭汝樺運輸・房屋局長,それぞれ民間住宅の販売ガイドライン「9招12式」(9措置12規則)を公表。
  5月
16日 民主派議員5人の辞職にともなう立法会補欠選挙。辞職・再出馬した5人全員が当選(投票率は返還以降最低の17.1%)。
24日 中国中央人民政府駐香港特別行政区連絡弁公室(中連弁)副主任の李剛が民主党の何俊仁主席,劉慧卿副主席,張文光立法会議員の3人と会談。中国中央の官僚と民主党議員の直接会談は初。李と張は第2次天安門事件を機に結成された支連会の中核メンバー。
26日 中連弁が,終極普選連盟招集人の馮偉華,李卓人支連会副主席,蔡耀昌区議会議員,香港民主民生協進会所属の馮検基立法会議員ら7人の民主派と会談。
27日 香港・中国経済貿易緊密化協定(CEPA)第7補充協議に調印。
30日 中文大の「民主の女神像」受入れ拒否に対して学生達が抗議。
  6月
4日 ビクトリア公園で第2次天安門事件の追悼集会。主催者の支連会は参加者15万人と公表。警察は11万3000人と発表。
14日 香港メディア,広東省深圳市の大亜湾原子力発電所で放射性物質漏れ事故が5月23日に発生したと報道。
14日 大亜湾原発,放射能物質漏れ事故を否定(翌日に事故発生を認める)。
15日 保安局,大亜湾原電の事故を発表。
17日 人民元建て貿易決済の試行エリア拡大。
21日 行政会議,全登録有権者が立法会選挙で「1人2票」を投じる「区議会改良案」を発表,同案を採択。
21日 民主党,「区議会改良案」に賛成票を投じることを党の方針として決定。
23日 香港政府,2012年に実施する行政長官選挙と立法会議員選挙の制度改革案を立法会に提出。
24日 立法会,2012年の行政長官選挙の制度改革案を賛成46票で可決。これにより,行政長官を選ぶ選挙委員会の定数が800人から1200人へ。
25日 立法院,立法会議員選挙の改革案を可決。職能団体別選挙枠と直接選挙枠をそれぞれ5議席ずつ増やし現行の60議席から計70議席へ。
  7月
1日 返還記念日の民主派デモ「7・1デモ」に主催者発表5万2000人参加(警察発表では出発時に1万人,ピーク時に2万人)。
13日 中国人民銀行,中国銀行(香港)を台湾の商業銀行の香港支店向け人民元紙幣の供給元に指定すると発表。
14日 王増缽,人民解放軍の香港駐留部隊政治委員に劉良凱の後任として就任。
17日 立法会,香港で初の最低賃金法となる「最低工資条例」を可決。
19日 中国人民銀行と香港金融管理局,人民元建て貿易決済の拡大に関する「補充協力覚書」に調印。
19日 中国人民銀行,中国銀行(香港)と新たな「人民元業務の決済協定」に調印。
20日 金融管理局と発券銀行3行(スタンダード・チャータード銀行,中国銀行,香港上海銀行),偽造防止の最新技術を導入した新紙幣(1000香港ドル紙幣と500香港ドル紙幣)を発表。
23日 香港政府,北朝鮮の企業活動を監視する過程で違法行為をみつけ,司法当局が間もなく「適切な行動を取る」と表明。
  8月
3日 香港政府,広東省政府と「粤港合作連席会議」第15次工作会議を開催。4月に調印した「粤港合作框架協議」の実施状況を確認。深圳市の前海開発,金融サービス,大型越境インフラ,環境保護協力,医療協力,教育協力の6分野での協力推進で協議。
9日 香港初の人民元公募ファンドが発売。
12日 『明報』,廖暉国務院香港マカオ弁公室主任が高齢を理由に近く退任し,王光亜外交副部長が後任に就く可能性大と報道(廖暉は中央港澳工作協調小組の副組長へ)。
13日 香港政府,住宅ローンの制限,完成前の転売禁止などを発表。
23日 マニラでバス・ジャック。香港人観光客15人のうち8人が死亡。
29日 マニラのバス・ジャック事件に対する政府の対応を批判する超党派の議員の呼びかけで8万人の追悼デモ。
30日 臨時最低工資委員会,最低賃金の時給28香港ドル案を行政長官へ提出。
  9月
6日 金融管理局,人民元建ての債権の販売プロセス簡素化措置を通達。
8日 中国銀行(香港),50億元規模の人民元建て債券を発売。
15日 民間反日団体「保釣行動委員会」(陳妙徳会長)のメンバーが在香港日本総領事館の入ったビルに突入し警官隊と衝突。
16日 曽蔭権,公式フェイスブックを開始。
21日 香港政府,「保釣行動委員会」に対し出航不許可の通知。
22日 「保釣行動委員会」の漁船が香港を出港。香港政府,約4時間後に航行を阻止。
  10月
2日 「新民主同盟」結成。
9日 王光亜外交副部長,国務院香港マカオ事務弁公室主任に就任。
13日 曽蔭権行政長官,立法会で2010/11年度の施政報告を発表。基本法23条の立法化に着手しないと表明。
  11月
10日 行政会議,臨時最低工資委員会が行政長官に提案した時給28香港ドルを採択(2011年5月から適用見通し)。
11日 唐英年政務長官,2010/11年度施政報告で表明された「関愛基金」(コミュニティ・ケア・ファンド)の運営を監視する委員会の非閣僚メンバー20人のリストを公表。
15日 香港中華電力,深圳市の大亜湾原子力発電所で放射能漏れ事故が10月23日に発生したと発表。
18日 東亜銀行(香港最大の華人資本銀行),傘下の東亜銀行有限公司(中国)が新疆ウイグル自治区で初の人民元による海外直接投資(ODI=証券投資を除いた対外直接投資)決済を発表(中国人民銀行が10月に発表した「新疆ウイグル自治区での人民元建てによる越境直接投資決済試行の暫定弁法」にもとづく第1号案件に)。
22日 中国国債80億元を香港で発行。
30日 金融管理局,10月末の香港の金融機関の人民元預金残高が過去最高の伸び率前月比45.4%増の2171億元に達したと発表。
30日 陳徳霖金融管理局総裁,銀行協会の代表団と北京訪問,中国証券監督管理委員会と会談。
  12月
7日 金融管理局と発行銀行3行,新版の1000香港ドル券の流通開始。
10日 汎民主派議員3人,ノーベル平和賞の授賞式に出席。
19日 民主党,党大会での執行部の改選で何仁俊主席と劉慧卿副主席を再選。前日,執行部が中国中央高官と会談して2012年選挙制度に関する立法会での採決で政府案を支持したことに対して,区議会議員7人を含む30人の党員が民主党からの離党を表明。
22日 曽蔭権行政長官,中央政府に職務報告で北京を訪問,胡錦濤国家主席と会談。胡錦濤の評価は,従来の「充分肯定」から「積極評価」に上昇。
23日 陳徳霖金融管理局総裁,人民元業務の進展状況に関して発表。11月末の香港における人民元残高は2796億元で,前月末比29%増(625億元増),前年末比246%増(2169億元増)。

参考資料 香港特別行政区 2010年
①  香港特別行政区政府機構図(2010年12月末現在)

(出所) 「香港特別行政区政府機構図」(http://www.gov.hk/tc/about/govdirectry/govchart/index.htm),香港特別行政区司法機構(http://www.judiciary.gov.hk/)。

②  香港政府高官名簿(2010年12月末)
③  司法機構・立法会
④  中央政府の香港関連要人

主要統計 香港特別行政区 2010年
1  基礎統計
2  支出別区内総生産(名目価格)
3  産業別区内総生産(名目価格)
4  国・地域別貿易
5  国際収支
6  政府財政
 
© 2011 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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