2011 年 2011 巻 p. 421-444

政権への復帰2年目を迎えたアワミ連盟(AL)は,2010年初めの世論調査でも国民の高い期待を維持したなかで,引き続き国会の正常化,法と治安の回復,汚職追放や,経済の活性化などの課題に取り組んできた。確かに,国会常設委員会や本会議への野党の参加,過激派組織の摘発,治安回復のような政治的に評価される成果はあるものの,その一方で与党関係者の汚職が目立つようになり,利害をめぐっての権力争いが治安を悪化させるなど,以前の政権交代でよく見られた政治のパターンが姿を見せはじめている。それらに加え,中央集権的政治体制を志向するALの政治のあり方,政敵に対するあからさまな攻撃とハシナ首相の不用意な発言,AL党内民主化の遅れなど,政治の不安定化要因は少なくない。
経済面では,ムヒト財務相が新年度(2010/11年度)経済成長率目標を6.3%とする意欲的な予算案を国会に提出した。しかし,長年にわたる電力不足問題に加え,天然ガス供給不足が発電および工業生産や市民生活に影響を与える新たな問題として浮上しており,こうした状況下で高成長を実現できるか,疑問が出されている。とくに縫製工場やニット工場では電力不足と石油価格の上昇で生産コストが上昇し,それが賃金を押し下げることになり,各地の輸出加工区にある縫製・ニット工場における労働争議が続発した。政府は7月,縫製・ニット労働者の最低賃金を制定したが,その適用は11月以降とされ,7月以降も労働争議は続いている。
外交面では,2010年は対インド関係で画期的な年となった。2009年からAL政権はインド政府関係省庁との会談を重ね,両国関係深化の準備をしてきたが,2010年1月,ハシナ首相のインド訪問でその動きが急展開したためである。政府間協力にとどまらず,インド民間企業によるバングラデシュへの投資計画も合意されている。その他の対外関係では,ハシナ首相が日本を含め中国,韓国を訪問したこと,原子力発電所建設計画をめぐってロシアを訪問したことが注目される。
AL政権2年目に入り,国民の目は次第に厳しくなってきている。2010年8月29日付のDaily Starは,政権樹立後100日,1年後(2010年1月),1年半後(2010年8月)に実施されたニールセン世論調査の結果を比較している。この結果をみると,政権のパフォーマンスに満足していると答えた人は100日後には81%であったが,1年半後には57%まで低下,逆に不満と答えた人は,この間に0%から24%へと上昇した。不満の理由をみると,第1は法と秩序の悪化で,悪くなったとみる人は100日後の19%から1年半後には26%に上昇した。第2は司法の権限に関するもので,司法が政治に影響されていると答えた人は,100日後の調査では28%であったが,1年半後には47%に増えている。これらは司法への信頼が薄れたことを示している。現政府がかかわる汚職についての質問では,今回の調査で「増えた」と答えた人は35%,前2回の調査での22%を大きく上回り,政府与党への信頼を失った人が増えたことを示している。また,この国は正しい方向に向かっているかとの設問には,100日後の調査では71%の人が正しい方向と答えていたのに対し,1年後にはその比率は62%に,そして1年半後には50%にまで低下した。
野党に対する見方では,野党指導者の政治活動への満足度は1年半後の調査で41%,1年後の39%に比べやや増加している。その一方で現在の支持政党をみると,41%がALを選び,主要野党のバングラデシュ民族主義党(BNP)を選んだ人は20%にすぎない。現政権に危うさを感じながらも,野党のBNPに政権をゆだねる気にはなれない,ということであろう。
頻発する学生紛争人々が法と秩序が悪化したと判断するに至る要因のひとつに,主要大学で頻発した学生紛争があげられる。学生紛争は,対立する学生組織間の抗争,あるいは各学生組織の内部抗争,さらに学生組織と大学当局との対立など,さまざまな背景を持つが,いずれにおいてもAL系の学生組織であるバングラデシュ学生連盟(BCL)が関与する紛争が目立つ。バングラデシュでは,各学生組織はそれぞれ異なった政党の活動団体のひとつとして組織されている。そのため,これまでも政党間の対立がそのまま学生組織間の抗争につながってきた。2010年2月,ラジシャヒ大学で起こったBCLと,イスラーム協会(Jamaat-e-Islam:JI)系学生組織との衝突も,独立戦争に関する「戦争犯罪裁判」をめぐる与党ALとJIとの対立を反映したものであった。この衝突ではBCLの学生1人が死亡,100人以上が負傷した。両学生組織の衝突は,同月および11月にシレット市内にある政府系カレッジでも発生,多数の負傷者を出している。
BCLの内部抗争も頻発した。抗争はALが政権を担うようになった2009年から目立って増えている。2010年には,3月にジョソール市内の政府系カレッジでBCLの2派が衝突,学生1人が死亡,25人が負傷し,4月にはディナジプル,5月には首都ダカでもBCL内部抗争で死者と負傷者が出る事件が起きた。
この内部抗争は,大学内の学生自治組織や学生寮自治組織の主導権争いと関連した対立によるものだが,その背後にはALの党内派閥が関係し,それら派閥が利権の獲得をめぐって学生組織を対立させるという現実がある。2010年のBCLの内部抗争では,大学当局がBCLに認める「入学許可枠」の獲得をめぐる抗争が目立った。BCLはALの特定派閥と結びついて大学当局に「入学許可枠」を要求,それを「利権」化したためである。こうしたALとBCLに対し,4月22日,著名な教育者5人が連名でハシナAL総裁にBCLとの直接的・間接的関係を断つよう求めた。ハシナ総裁もBCLによる入学の斡旋,入札への介入,暴力行為を批判,5月6日にはAL指導部にBCLの不法行為を厳しく監視するよう指示している。しかし,現実には監視ができていないばかりか,BCLは直接的に,あるいは間接的に,関係するAL派閥の支持と保護の下に不正行為を行っているとみられている。学生紛争の沈静化はALの政治姿勢によるが,党内民主化は進まず,指導体制も整っていない現状では,その学生組織を厳しく指導することは難しい。
非合法イスラーム過激派組織の摘発人々に法と秩序が悪化したと感じさせるもうひとつの理由は,非合法イスラーム過激派組織の存在であろう。2005年に頻発したイスラーム過激派による爆弾事件では,当時のBNP政権はバングラデシュ・イスラーム聖戦団(HUJI),バングラデシュ・ムスリム戦士団(JMB)を摘発,2009年にはAL政権がパキスタンに本拠を持つラシュカル・エ・タイバ(LeT)の活動拠点を急襲し,活動家を逮捕するとともに武器・弾薬,ジハードの書物などを押収した。さらに内務担当相を委員長とし,治安・情報機関などから17人を集めて「テロ対策委員会」を設置した。
しかし,これら過激派組織の活動を押さえ込むには至らず,政府は2010年に入ってからも過激派組織の摘発を続けている。政府によれば,国内で活動している非合法イスラーム過激派組織は15団体を数えており,2010年2月,チャンドプールで新たな過激派組織であるジャイシュ・エ・モハンメド(JeM)の活動家4人を逮捕した。4月2日にはダカ市内で,タカ紙幣やインド・ルピー紙幣の偽造と武器取引の容疑でS・M・サリムを逮捕している。サリムはこれも新たな過激派組織であるヒズブル・タハリール・バングラデシュ(Hizb-ur-Tahrir Bangladesh:HuT)に属しており,4月20日には同組織の委員長,副委員長も逮捕された。彼らによれば,国内に2万人の支持者が存在し,活動資金も潤沢にあるという。2005年の指導者逮捕と処刑で壊滅的な打撃を受けたはずのJMBが5月頃より再び活動を強化し,特殊警察である緊急活動隊(RAB)との交戦で死者・負傷者を出した。LeTの活動も再び目立つようになり,10月にはRABが爆発物製造指導者など2人を逮捕,多量の爆弾材料や化学薬品等を押収した。2010年に入って,LeT活動家の逮捕はこれで9人目となる。これら過激派の活動は,これまでJIなどイスラーム政党の密かな支援を受けて行われてきた。戦争責任裁判問題などで政府与党とJIとの対立が激しくなるにつれ,過激派がその活動を強めるであろうことは否定できない。
国民感情とかけ離れた野党BNP2010年8月の世論調査でBNP支持率が20%と低迷している理由は,BNP指導者が国民感情とかけ離れた政策決定を重ねているためと考えられる。何よりも国民を失望させたのは,BNPが政治に再びハルタル(全国一斉ストライキ)戦術を復活させたことであった。ハルタルは野党による政府攻撃のひとつの手段であるが,これまでは,ALであれ,BNPであれ,野党となった側がハルタル戦術を乱発,商工業を混乱させ,国民生活に大きな打撃を与えることが多かった。そのため,ハルタルは国民には不評であった。BNPは政権与党の時代,ハルタル戦術を取らないよう野党勢力に呼びかけていたし,国民もハルタルによって不安定化する政治がいかに不毛なものであるか,まだ記憶に新しいのである。
BNPが呼びかけたハルタルは6月27日,11月14日,同月30日の3回実施された。ハルタルの理由として6月には与党の汚職,司法への介入など20項目の政府批判を掲げていたが,11月のハルタルは高裁がカレダ・ジアBNP党首に現在居住している軍駐屯地内居宅を明け渡す判決を下したことへのBNPの抗議と位置づけている。軍駐屯地内の居宅は,カレダ党首の夫でBNPを設立した故ジアウル・ラフマン大統領が1982年5月にクーデタで暗殺された後,後継のBNP政権が「国家への貢献に報いる」ためとして,大統領の妻子に貸与したものであった。これに対し,AL政府はカレダBNP党首に居宅の返還命令を出し,カレダ党首はこの命令を不服として高裁に提訴したが認められなかったという経緯がある。
BNPのハルタル呼びかけに対して,財界から強い反発が寄せられ,BNP内からも批判が強く出された。カレダ党首は党幹部に街頭に出てハルタルに参加するよう何度も指示を出したが,ハルタル中に開かれたダカ市内での党集会には幹部の姿は見られなかった。これは,カレダ党首の求心力が薄れ,党組織が十分機能していないことを示している。
BNPが6月の予算国会を除き,その後すべて国会ボイコットを続けていることも,国民の期待を裏切ることになった。BNPは国会本会議だけではなく,主要省庁別の国会常設委員会にも参加せず,与党に対して国民の声を伝えることができないためである。BNP党内には,国会ボイコットに批判的な国会議員も少なくない。
2009年12月に開かれたBNP全国評議会はカレダ・ジア女史を党首に再選し,子息のタレク・ラフマン氏を副総裁に選出した。事実上後継者とされたタレク氏は病気治療を理由にイギリスに滞在し,汚職容疑で告訴されていることもあって帰国できないでいる。こうした党指導部のあり方に対する批判も党内にくすぶっている。さまざまな対立要因を抱えたBNPが政党として統一した活動を続けられるかどうか,カレダ党首の指導力が問われている。
野党への攻勢ALは政権獲得以来,主要野党であるBNPとJIに対するさまざまな攻勢をかけてきた。そのひとつは1975年の青年将校によるクーデタでムジブル・ラフマン大統領(当時)とその家族・親族を殺害した実行犯の裁判であった。すでに2009年11月,最高裁上訴審は逮捕・拘禁されていた実行犯5人と逃亡中の実行犯7人の上告を却下,高裁の死刑判決が確定していたが,そのうちの5人の処刑が2010年1月27日に執行された。彼ら実行犯はBNPを創設したジアウル・ラフマン大統領(当時)に密かに庇護され,後継者のカレダBNP党首も実行犯の裁判には消極的であった。今回,ALが実行犯の処刑を急いだのは,父母,3人の兄弟,親族を殺害されたハシナ首相の悲願であると同時に,実行犯を庇護してきたBNPに対する攻勢でもあった。
ハシナ首相は,さらに,1975年11月3日に起きた刑務所内殺害事件の責任者を必ず逮捕・処刑すると公言している。この事件は,11月3日にムジブル・ラフマン支持派によるクーデタが起きた際,刑務所に拘禁されていたAL指導者4人が獄中で殺害された事件である。その責任者が誰なのか明らかではないが,当時,政治の実権を握っていた前記のムジブル殺害の実行犯,さらに当時陸軍総参謀長であったジアウル・ラフマン少将も関係していたとみられている。そのため,ハシナ首相のこの発言も,BNPへの攻勢のひとつといえるかも知れない。
ALは,長年の主張であった戦争協力者の処罰を実現するため,2009年1月に「戦争犯罪者処罰法」を制定していたが,2010年3月25日には,3人の裁判官,7人の検察官と12人の調査官を任命し,「国際戦争犯罪法廷」を開く体制を整え,いよいよこの問題に取り組むことにした。戦争犯罪者とは,1971年のバングラデシュ独立戦争当時,独立運動を弾圧したパキスタン軍に協力,あるいは情報を提供し,または住民を虐殺したとされる者である。こうした協力者は,当時の東パキスタン・ムスリム連盟(EPML)や,いくつかのイスラーム政党支持者であったが,なかでもイスラーム教学者(ウラマー)の支持の下に,地方に組織を持つイスラーム協会(JI)が中心的組織であった。1971年の独立以来,戦争犯罪者の調査を続けてきた「戦争犯罪者調査委員会」は4月3日,その報告書を警察に提出したが,報告書には関係者1775人の名簿,証拠品および大量虐殺の行われた場所の地図が含まれている。1775人のうちまだ生存している人はJI支持者を中心に約500人とのことである。
したがって,国際戦争犯罪法廷の狙いは,JI指導者を裁判にかけることにあった。6月29日,警察はJIの総裁,副総裁および幹事長の3人の最高指導者を1971年の戦争犯罪,人間性への罪,ジェノサイドの罪を理由に逮捕し,JIダカ市委員長に逮捕状を出した。7月11日には,政府は戦争犯罪容疑者として40人の名前と写真を空港,港湾,国境の出入国管理事務所に送付し,彼らの外国への渡航を禁止する措置をとった。40人のうち38人はJI,2人はBNPであった。さらに7月13日,独立戦争の末期に起きた知識人・学者など345人の殺害事件の責任者として,JI指導者2人を逮捕し,12月16日には同じ理由でBNPの議員1人を逮捕した。
国内で戦争犯罪裁判を評価する声はあまり聞かれない。BNPなど野党勢力は批判的であり,司法界からは裁判について公正・中立・公開を守るよう求める声が強い。この裁判がJIの政治力を削ぐことになるかどうか,疑問なしとしない。
これらのほか,過去の戒厳令下に実施された2つの憲法改正について,最高裁と高裁が違憲判決をしたことも野党攻勢の意味を持つ。これまでの戒厳令下では国会機能が停止され,その間は法律に代わって大統領令が出されてきたのだが,選挙で民政移管が実現した後,憲法を改正して戒厳令下に出された大統領令を合法化してきた。違憲とされた2つの憲法改正のうち,ひとつは第5次憲法改正である。これはジアウル・ラフマン大統領のBNP政権時代の改正で,最高裁は2月2日に違憲判定を下した。ほかのひとつは第7次憲法改正で,これはエルシャド大統領の国民党(Jatiya Party:JP)政権時代の改正であった。8月26日,高裁はこの第7次憲法改正にも違憲の判決を下している。いずれの判決も軍事政権による戒厳令を厳しく批判し,軍事支配を2度と繰り返してはならないと明記している。BNPは第5次憲法改正に対する違憲判決に一切のコメントを出していない。党内の意見がまとまらず,対応できない状況にあるためとみられる。
AL政権の政治課題野党への攻勢をかけることで政治的立場を固めつつあるALであるが,先の世論調査にあるように,政権への国民の支持は低下している。その最大の理由は,政治支配権を握ったALが再び汚職に手を染めているのではないか,という疑惑である。その徴候はいくつも出てきている。何よりも疑惑を招いているのは,2010年3月11日,閣議が「反汚職委員会(ACC)が官吏の汚職疑惑を調査するにあたっては事前に政府の許可を取ること」という項目を挿入する反汚職法改正案を承認したことであった。ACC長官はこの決定について「政府には汚職という悪癖をなくそうという政治的意思がない」ことを示すものであり,「その結果,汚職は国内に蔓延している」と述べている(3月14日)。実際,前述のように,与党系の学生組織が与党指導者の支持の下に大学やカレッジに不正に入学枠を要求することが頻発するなど,新しい形の汚職が目立ってきた。政府職員のリクルートに際してAL指導部が支持者を採用させるための不正行為も目立つ。7月に摘発された高校教員採用試験不正事件では,試験問題をリークしたとして教育省採用担当職員だけでなく,政府印刷局職員も含め12人が逮捕されたが,この事件の背後にもAL地方幹部の存在が見え隠れする。ほかにムジブル・ラフマン医科大学の38人の医師やスタッフの採用におけるAL指導部の不正介入,農村保健センターの職員の採用におけるAL国会議員や村議長の不正介入なども報告されている。これらのほか,2007~2008年の選挙管理暫定政権下で汚職を理由に告訴されていた前AL国会議員について,AL指導部が告訴そのものを「政治的配慮によるものであった」として取り消すよう,高裁に要求するなど,ALがかかわる汚職,不正介入が多数報告されている。
7月15日,AL中央執行委員会に参加した地域指導者はハシナ党総裁に対し,「AL中央指導者,党の学生・青年組織などの不正な活動が党と政府のイメージを悪化させており,もっと厳しく対応するように」と求めた。ハシナ総裁もしばしば党幹部に向けて汚職,不正行為,えこひいきを監視するよう指示し,こうした行為は厳しく処罰すると発言している。しかし,汚職や不正行為が日常生活のなかに組み込まれているような現実を変えることは容易ではなく,まさにハシナ総裁の政治姿勢が問われている。
ALが直面しているもうひとつの政治課題は,警察の捜査活動にみられる「人権侵害」への対応である。2009年,EU人権委員会などから厳しい批判を受けたRABについては,2010年5月27日,アムネスティ・インターナショナル(AI)がその2010年報告書のなかで政府の監督責任を追及している。AI報告書2010によれば,2009年1~9月に70人以上が警察やRABとの「交戦」を理由に,不法に殺害され,政府はこれらに関し,RABの10人を調査対象とすることを約束しながら,実際には調査をしていないと批判した。また,2009年2月に起きた国境警備隊(BDR)の反乱事件の裁判についてもその人権侵害を批判,「反乱に加わったとして収監されている多くの兵士は,外部との接触を絶たれ,弁護士も付けられていない。収監中にすでに48人が死亡しているが,これは拷問によるものとみられる」と報告している。さらに,12月に発表されたウィキリークスの情報には駐バングラデシュ米大使の本国への報告が含まれ,RABの長官が2004年の創設以来2010年3月までに622人を「交戦」で殺害したと発言したこと,こうした人権侵害を理由にアメリカはRABの隊員訓練を認めなかったこと,などが報告されている。
国内の人権委員会からもRABの人権侵害を批判する声が高まっている。しかし,RABがイスラーム過激派の摘発などに力を発揮しており,アメリカ,イギリスもRABを国際テロに対抗する協力組織として評価していることもあって,政府がRABの人権侵害となる活動を厳しく規制することは難しいと思われる。
安定政権への条件こうしたさまざまな問題の解決に加え,ALが長期安定政権たりうる条件は何か。ひとつは野党対策である。ジアウル・ラフマン国際空港の名称を変えたり,カレダ・ジアBNP総裁が住んでいた駐屯地の住居を取り上げたりといったむき出しの対決姿勢は,むしろ政治不安を生みだすだけであろう。BNP総裁に対するハシナ首相の不用意な発言も野党の反発を招くだけで,国民の支持を得ることにはつながらない。ハシナ首相は12月,国会の開会演説のなかで「カレダ党首の収入源には疑問があり,関係機関はカレダ女史の資産調査をすべきだ」と述べ,またALの会議のなかでは「BNPは国も国民も愛していない。彼らは戦争犯罪者とその協力者の側にいる」と述べたと伝えられる。
もうひとつはハシナ党首の後継者問題であろう。2月25日,ハシナ党首の子息であるワゼド・ジョイ氏がロングプルのAL支部のメンバーに登録したと伝えられ,12月8日にはアメリカ商工会議所主催の会合でのBNP批判発言が報道されるなど,同氏が政治の表面に出てきている。ハシナ首相が子息を後継者に考えているとすれば,BNPの後継者問題とも絡めて,党内だけでなく国民の反発を招きかねない。いずれも,ハシナ首相の政治姿勢が問われる問題である。
中央銀行の統計によれば,2009/10年度(7~6月)のGDP成長率は5.83%であった。政府はバングラデシュ独立50周年を迎える2021年に後発途上国から卒業することを目指した「ヴィジョン2021」を発表しており,そのためにGDP成長率として年8%を目標としていたが実現はしなかった。これは,世界不況が2009年後半になってじわじわと影響をおよぼしてきたことによる。とくに輸出は,2009/10年度についてその前年度(2008/09)比4.8%の増加にすぎず,前年度の増加率12.0%を大きく下回った。海外出稼ぎ労働者送金も伸び悩み,2009/10年度の送金額は前年度比13.4%増で,こちらも前年度の増加率22.4%を大きく下回っている。
6月10日,ムヒト(A.M.A. Muhith)財務相は2010/11年度予算案を発表した。それによると,同年度のGDP成長率は6.7%とし,2013/14年度までには成長率を8%に引き上げるとしている。その実現のために,(1)歳入を毎年GDPの0.5%増加させる,(2)年次開発計画(ADP)資金をGDPの4.1%から6%に引き上げる,(3)投資率をGDPの24.2%から32.0%に増やし,(4)インフレは6.5%に抑え込む,などを目標とすることが示された。
2010年後半になって,マクロ経済状況には好転した部分と,悪化した部分とがみられる。中央銀行の資料(Economic Trends,2011年2月)によれば,好転したのは輸出で,2010年7~12月の輸出総額は前年同期比24.7%の増加をみせ,心配された縫製品・ニット製品輸出も25.5%の増加となった(表1)。一方,悪化したのは海外への労働者数と送金で,2010年7~12月の出国労働者数は前年同期比16.3%減,送金額は同15.4%減となった(表2)。心配されているのは物価上昇で,消費者物価指数は2010年12月で前年同月比8.3%の上昇を示している。とくに米価の上昇が心配されている。11月3日,世界銀行が発表した経済分析によれば,バングラデシュの懸念材料として,インフレ,労働争議,電力不足をあげている。

(出所) Bangladesh Bank, Economic Trends,2011年2月より作成。

(出所) 表1に同じ。
1月25日,ダカ近郊のガジプールで縫製労働者1人が交通事故に遭ったことをきっかけに,労働者多数が通過車両を止め,15台に放火し,50台を破壊するという事件が起こった。この事件をひとつのきっかけに,ダカ近郊各地にある縫製・ニット製品工場団地や輸出加工区などで労働者の暴動が続発した。それらは次第に労働争議に発展,各地で賃金・手当の引き上げ,有給休暇等を要求して工場内でデモを実施,経営者と対立した。経営者が労働争議を抑えるために工場内に警察隊を導入することも多く,犠牲者が増えていった。生産停止をする工場も増え,輸出に影響するのではないかと心配されたのである。ひとつの工場における縫製労働者の暴動が,たちまち全国の多くの縫製・ニット工場での労働争議へと発展していった背景には,縫製・ニット労働者の待遇の悪さ,劣悪な労働環境,不安定な雇用形態などに対する労働者の不満が広く共有されていたためと考えられる。女性が圧倒的多数を占めるこれら縫製・ニット労働者の最低賃金は月1662.5タカと定められているのだが,縫製・ニット労働者組合連合は月5000タカに引き上げるよう要求,これを共通要求として,2010年を通して労働争議が闘われたのであった。しかし,経営者は労働者の賃上げや手当引き上げ要求には応じず,工場閉鎖や労働者の首切りで対抗したことで事態を悪化させることになった。経営者としても,電力・ガスの供給不足,原材料である綿布や合繊布の輸入不足などが経営を圧迫していることもあって,賃上げにはすぐには応じられなかったのである。縫製品・ニット製品輸出の前途を心配した政府は6月24日,労働・雇用省を中心に政府・経営者・労働者代表による3者会談を開催し,縫製労働者の最低賃金を定めるよう提案した。7月21日,ハシナ首相は縫製労働者の賃金水準について「不十分かつ非人間的水準」であると発言,政府の仲介に意欲をみせた。同月29日,政府は縫製労働者の最低賃金を発表した。それによると,初任給は月3000タカ(研修生は2500タカ),経験年数によって定期昇給し,最高賃金は9300タカとした。新給与水準は11月1日から適用されることになった。これに対し,労働者代表は賃上げ率が低い,適用までの期間が長いなど,不満を表明したが,経営者代表はおおむね満足であったという。その後,縫製・ニット工場での大規模な労働争議は見られない。しかし工場のなかには,労働争議や電力不足で生産が縮小したため,利益が上がらないとして閉鎖するところも出てきている。
電力・エネルギー不足問題電力不足について,バングラデシュは長年にわたって悩まされてきた。電力不足の理由は,都市化と生活水準の向上,工業化の進展,農村電化による灌漑用揚水ポンプの普及など需要の拡大がある一方,発電用天然ガスの不足で十分な電力供給を確保できないためである。AL政権は2009年中,電力供給を増やすための措置をさまざま講じてきたが,いまだ電力不足の解消には至っていない。
6月10日の予算案説明のなかで,ムヒト財務相は電力・エネルギー不足について取り上げ,電力が不足する理由として,(1)発電設備の3分の1は古い設備で効率が悪く,本来ならスクラップにすべきものであること,(2)十分な天然ガスがないため発電設備を動かせないこと,(3)変電・送電システムの非効率と不足,を挙げた。財務相によれば,バングラデシュの発電能力は2010年5月段階で5520MWであるが,実際の月平均発電量は4070MWにすぎないとのことであった。
電力供給の増加策として,政府は緊急・短期・中期・長期に分けて対策を講じることにしている。緊急対策としては,2年以内に8基のレンタル発電所の建設により500MWの発電を目指すこととされた。短期対策としては,9基の重油発電所,2基のディーゼル発電所の建設が計画され,計1107MWの発電を目論む。財務相によれば,中期・長期については,政府は石炭燃料発電,原子力発電,および近隣諸国からの電力輸入を検討しており,2015年には9426MWを供給できるようにする計画という。また,政府は環境を汚染しないエネルギーを利用した発電にも力を入れることにしており,2015年までに総発電量の5%,2020年までには同10%を太陽熱,風力,バイオガスなどで賄う計画である。
電力不足が経済発展におよぼす影響を考えれば,政府が電力開発を最優先課題としていることは当然だが,電力需要を満たす年を2015年と,やや遅めに設定したことには各方面から疑問の声が出ている。
ハシナAL政権の誕生によってバングラデシュとインドとの関係は目覚ましい展開をみせ,2010年にはさらにその関係が進展した。2009年2月にはムカルジー・インド外相がバングラデシュを訪問し,9月にはモニ外相がインドを訪問し,貿易拡大,国境画定,鉄道敷設,河川水配分,通過貿易,電力協力など,両国の懸案問題について意見交換をし,相互理解を深めた。これらの話合いをまとめ上げ,新たな方向性を設定する役割はハシナ首相に託されることになった。
1月10日から13日までの間,ハシナ首相はインドを訪問,11日に「インディラ・ガンディー平和賞」受賞式への出席後,マンモハン・シン・インド首相と会談した。会談では3つの協定,2つの覚書に調印したことが発表された。3協定とは,テロとの闘い,組織暴力犯罪との闘い,犯罪者交換などに関する合意であり,2つの覚書は電力部門での協力と文化交流に関するものである。上記のほか,両国首脳会談では,インドがバングラデシュのインフラ整備に10億ドルの借款を供与すること,バングラデシュの対印貿易赤字縮小を実現するためインドが対バングラデシュ輸入ネガティブ・リストから47品目を取り除くことに合意した。また,インドがバングラデシュからネパール,ブータンへの中継貿易を認めること,バングラデシュがインドに通過貿易を認めること,インドが対バングラデシュ交易を拡大するため,北東インドのトリプラ州国境に近いアカウラから州都アガルタラまでの14キロメートルをつなぐメーター・ゲージの鉄道を建設することについても合意がなされている。これらのほか,インド首相はシュルマ川上流に建設を計画しているティパイムク・ダムについて,バングラデシュの利益に反するいかなることもしないことを約束したと伝えられる。12日には,ハシナ首相はインド商工会議所連盟(FICCI)など財界3団体と会合を持ち,インド企業にバングラデシュへの投資を要望した。13日に帰国したハシナ首相はこのインド訪問について,バ印両国は相互理解と協力の時代を迎え,大きな成果を上げたと述べている。その後,2月19日,インドが1320MWの石炭発電所2基を合弁企業として建設し,バ印両国を結ぶ送電線を建設して電力を輸出することで合意した。4月12日,インドのタタ・インターナショナル社はこの石炭発電所に出資する意向を表明した。さらにタタは,1年以内に1800万ドルを投資する計画であると発表した。1000万ドルは製靴工業に,800万ドルは自転車製造工業に投資される。
ハシナ首相のインド訪問は,バングラデシュが近年発展著しいインドとの経済関係を深め,相互補完関係を作り出すことで,インドのダイナミックな経済発展プロセスにつながるものとして,財界は大きな期待を寄せている。
ロシアと原子力発電所建設協力協定5月21日,バングラデシュとロシアはモスクワで「原子力発電所建設協力協定」に調印した。電力不足を解消するひとつの切り札として,政府は以前から原子力発電に期待を寄せていた。これまでアメリカ,フランス,イギリス等とも交渉をしてきたが進展せず,やっとロシアの協力を取り付けることになったのである。
協定の内容は,(1)原子力発電所と研究用原子炉のデザイン,建設および操業における協力,(2)原子力発電用燃料の提供および使用済核燃料と核廃棄物の持ち帰り,(3)施設の操作・保持のための人的訓練と能力開発,(4)ロシア連邦内での原子力エネルギー利用分野の研究,教育,訓練,(5)IAEAの安全基準,核の非拡散および周辺環境を守りながらの革新的原子炉の技術開発,(6)ウラン・トリウム資源の探査・採掘,の6分野における協力となっている。なお,原子力発電所はバングラデシュのループール実験原子力発電研究所に隣接して建設される予定である。
地球温暖化の進展,地下資源の枯渇に対応するクリーンエネルギーとして,最近では多くの途上国が原子力発電に関心を寄せ,日本を含め,先進国が途上国の原子力発電所の開発支援に力を注いでいるが,バングラデシュがいま,こうした流れに乗って原子力発電を進めることがいいかどうか,疑問なしとしない。
ハシナ首相の中国訪問ハシナ首相は温家宝中国首相の招きを受け,3月17日から21日まで,初めて中国を訪問した。18日,両国首相会談を行い,(1)経済技術協力協定,(2)バングラデシュへの上海肥料工場建設協定,(3)第7次バングラデシュ・中国友好橋建設協定の3協定と,石油・ガス開発協力に関する覚書に調印した。19日には,バングラデシュ・中国共同声明を発表,両国が貿易,投資,農業開発,運輸,インフラ開発などの分野で一層協力することで合意したことを明らかにした。
会議では上記のほか,チタゴンからミャンマー経由で昆明に至る鉄道建設の問題,第2パドマ多目的橋建設協力問題,農業・テレコミュニケーション・太陽エネルギー分野での協力,国防・貿易問題など,幅広い分野について話し合った。
バングラデシュと中国との関係は,バングラデシュ独立戦争当時にインドとソ連の協力を得ていた経緯から,AL政権時代にはあまり密接ではなかった。今回,ハシナ首相が中国を訪問したことは,両国関係を発展させるうえで画期的なことであったといえよう。6月14日には習近平国家副主席がバングラデシュを訪問,建設予定の深海港建設,パゴラ浄水場建設などへの協力を約束した。
これを受けて,9月27日には中国と7億7000万ドルの経済協力協定を結んでいる。内訳は(1)上海肥料工場が建設する尿素肥料工場に5億5900万ドル,(2)テレコム・ネットワークの建設に2億1100万ドル,である。いずれもタイドローンとなっている。これがバングラデシュ国内での中国企業活動に有利に働き,とくに電力開発やインフラ整備などの分野で,中国系企業の活躍が目覚ましい。
ミレニアム開発目標の達成で「国連賞」2010年国連総会に出席したハシナ首相は,9月20日「ミレニアム開発目標」(MDGs)で好成績を挙げたとして,ミレニアム開発目標賞を受賞した。2000年に決められたミレニアム開発目標のひとつに乳幼児死亡率を半減させることが掲げられており,バングラデシュは2010年,この目標を達成したことから受賞となったものである。
ハシナ首相は2009年,国際舞台での活躍が目立ったが,2010年も日本をはじめ先進国を訪問し,また多数の国際会議に出席している。
2010年8月の世論調査でAL政権への期待が,政権発足当初の2009年1月に比べ大きく低下し,その理由のひとつが汚職にあるということはすでに触れた。2010年12月23日に公表された国際汚職調査機関(Transparency International:ドイツに本部があるNGO)の調査によれば,政府から何らかのサービスを受けたことのある国民の84%が自分を汚職の被害者であると答えたという。また,国民に汚職のひどい組織・機関を尋ねたところ,その79%が警察をあげ,次いで政府役人が68%,政党が58%,裁判所などの司法関連機関が43%と答えた(複数回答)。注目されるのは裁判所への批判が強いことで,裁判所に訴えたことのある人のうち88%が「汚職」を経験したと答えている。
本来,社会正義を守る最後の砦であるべき司法が国民の信頼を失いつつあることを,AL政府は重く受け止めるべきであろう。反汚職委員会(ACC)が官吏の汚職を摘発する場合,事前に政府の許可を得るといった法改正を撤回し,自らの政党・下部組織と政府官吏の汚職は自分たちが厳しく監視し,汚職のもみ消しを図るために司法を利用するようなことは慎み,司法の独立性を守ることが求められる。2011年には懸案の戦争犯罪裁判を結審させることになろうが,この裁判では「公正かつ透明性」を保証することが求められる。それが司法への国民の信頼を回復させることにつながるからである。
経済的には,電力不足問題の早急な解決が求められよう。発電所建設の契約手続き簡素化と効率化が問われて久しいが,ここでも汚職疑惑が見え隠れして実現しない。国民は国の利益を何よりも優先する政治・経済運営をハシナ首相に期待している。
ハシナ首相の1月のインド訪問は,バングラデシュ経済がインドとの間のより密接な相互補完関係を構築するのに大きな役割を果たした。とくに電力輸入と電力開発へのインドのコミットメントは電力問題の早期解決にとって大きな前進である。両国経済の相互補完関係の深化は,世界の成長センターであるアジア諸国のダイナミックな経済発展へとつながる可能性を秘めている。さらに,近年世界的課題となっている地球温暖化防止事業でインドと協力することになれば,国際機関等からの資金の流れも期待でき,国内インフラ整備を進展させることもできよう。経済の好循環につながることが期待できる。
(筑波学院大学名誉教授)
| 1月 | |
| 1日 | 野党バングラデシュ民族主義党(BNP),党総裁顧問委員会32人および中央執行委員会386人の名簿発表。 |
| 3日 | 新春国会開会。BNPはボイコット。 |
| 8日 | チタゴンで,ミャンマーと海上境界線に関する会談開催(~9日)。 |
| 10日 | ハシナ首相,インド訪問(~13日)。アワミ連盟(AL)政権初の首相訪印。11日,インディラ・ガンディー平和賞を受賞。同日,両国首脳会談を開催,インドが10億ドルの借款を供与するなどを含む共同声明を発表。3協定と2覚書に調印。貿易ではインドはバングラデシュからの輸入ネガティブ・リストから47品目を削除,250MWの電力輸出も承認。12日,ハシナ首相はインド財界団体との会合に参加,投資増加を要請。 |
| 17日 | カレダBNP党首は記者会見でバ印共同声明を「国家にとって害」と批判。 |
| 23日 | 縫製労働者評議会(BWUC)は最低賃金を現在の月1662.5タカから5000タカに引き上げるよう要求。 |
| 2月 | |
| 1日 | 閣議はダカ市内の交通渋滞緩和のため市内を7区に分け,それぞれ商店の休日を別に設定。 |
| 2日 | 最高裁,第5次憲法改正を違憲とする判断を示す。 |
| 6日 | アメリカのマクヘイル国務次官来訪(~8日)。テロとの闘いについて意見交換。 |
| 7日 | ハシナ首相,クウェート訪問(~9日)。首長および首相と個別に会談,投資・貿易の拡大,労働者受入れ等について協議。 |
| 9日 | ラジシャヒ大学で政府系学生組織BCLと野党イスラーム協会系学生組織Shibirとが衝突,1人死亡,100人以上が負傷。 |
| 11日 | BNPなど野党,国会討議に復帰。 |
| 12日 | トルコのアブドラ・ギュル大統領,訪問(~13日)。バングラデシュ大統領,首相と会談,両国貿易・投資の拡大,技術協力を討議。 |
| 15日 | バングラデシュ開発フォーラム,ダカで開催(~16日)。世銀,アジア開銀など48の国と国際機関,NGO代表が参加。開発戦略,経済協力,気候変動への取り組みなどを討議。 |
| 25日 | 国境警備隊(BDR)の反乱事件から1年。軍人墓地で追悼式。事件の調査は未完。 |
| 3月 | |
| 1日 | 閣議,BDR法案2010を承認。罰則の強化,名称の変更(BGB)などを含む。6人の検討委員会も設置。 |
| 8日 | BDRとインド国境警備軍(BSF)との会議がインドで開催され,テロリストの越境,麻薬取り締まり,密輸摘発などでの協力で合意。 |
| 11日 | 閣議,反汚職法の改正案を承認。反汚職委員会(ACC)は官吏の汚職疑惑調査では,事前に政府の許可が必要に。改正案には国の内外から強い批判。 |
| 15日 | 電力不足と天然ガス不足が縫製業の生産に打撃を与え,輸出が減少。 |
| 17日 | ハシナ首相,訪中(~21日)。中国では胡錦濤国家主席,温家宝首相と個別に会談。18日に両国は3協定と1覚書に調印,19日には共同声明を発表,両国が貿易,投資,農業,運輸,インフラ開発などの分野で一層協力することで合意。 |
| 22日 | 政府は大統領,首相などの給与・手当引き上げ法案を議会に提出。暫定政権時に廃止された議員特権(無関税で乗用車を輸入)を復活,交通関連手当も回復。 |
| 25日 | 政府は1971年の独立戦争時の戦争犯罪者を裁く「戦争犯罪裁判」の開始を発表。そのため裁判官3人,検察官7人,調査官12人を任命。 |
| 29日 | アメリカ議会代表団,来訪(~31日)。 |
| 4月 | |
| 2日 | 政府は国内で活動するNGO2931団体を規則違反で禁止。多くは資金の調達,利用に関する疑惑によるもの。 |
| 10日 | ナラヤンガンジの縫製工場で賃金引き上げなどを要求して労働者がデモ,襲撃を受けて労働者1人死亡。縫製労働者の賃上げ運動は国内各地の工場にも波及。 |
| 12日 | インド・タタ社長が来訪,タタ社は1年以内に1800万ドルの投資をすると発表。1000万ドルは靴製造,800万ドルは自転車製造に投資される予定。 |
| 19日 | 閣議,ウポジラ開発官(UNO)に財政責任を持たせると決定。これにより,UNOの権限は強化され,ウポジラ議長の権限が縮小。 |
| 21日 | 環境庁はチタゴンの4船舶解体業者を,環境汚染を理由に告訴。 |
| 22日 | アメリカのステインバーグ国務次官,来訪。与野党対話と公正・公開の戦争犯罪裁判により国内政治の安定を期待していると発言。 |
| 27日 | ハシナ首相,第16回南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議出席のため,ブータンに到着(~30日)。首脳会議は28日から始まり,初日にハシナ首相が演説。会議開催中,ハシナ首相はパキスタン大統領,インド首相と個別に会談。 |
| 5月 | |
| 5日 | BNP,ラジシャヒで大集会。カレダ党首が演説,今後全国規模で反政府運動を展開する方針であると発言。 |
| 11日 | 韓国政府はバングラデシュから受け入れる労働者枠を2010年から35万人に引き上げると発表。投資も10億ドルを目標に。 |
| 13日 | ALは今後学生組織BCLのプログラムには参加しないことを明言。すでに組織的な関係は絶っているが,協力関係は続いている。BCLは大学の入学斡旋,政府事業の入札介入などによって資金を集め,その過程で暴力事件が絶えず,ALの統制がおよばない状況。 |
| 16日 | ハシナ首相,韓国訪問(~18日)。ソウルで開催されたESCAP首脳会議に出席。18日には韓国大統領,首相とも個別に会談,経済協力基金借款,エネルギー開発,技術協力など4協定に調印,共同声明を発表。 |
| 18日 | ハシナ首相,マレーシア訪問(~21日)。19日にはクアラルンプールで開かれた第6回世界イスラーム経済フォーラムに参加,マレーシア首相とも会談,労働者受入れ問題,投資拡大などについて話し合い。 |
| 21日 | バングラデシュとロシア,モスクワで「原子力発電所建設協力協定」に調印。ロシアはバングラデシュが初めて本格的原子力発電所を建設するにあたり,全面的かつ包括的な協力を提供。 |
| 31日 | 国家教育政策2010が発表される。中学校までは同一カリキュラムで教育すること,義務教育の期間を8年までとすること,入学前教育を導入することなどを含む。 |
| 6月 | |
| 3日 | 旧ダカ市内で大規模火災,6日までの死者は118人。 |
| 5日 | BNPとイスラーム協会(JI)の党首会談。反政府運動で共闘していくことで合意。 |
| 10日 | 2010/11年度予算案,国会に提出。ムヒト財務相が演説,年度GDP成長率の目標を6.7%と意欲的な数字に設定,年次開発計画投資を前年度予算比で26.2%増とし,電力・エネルギー開発部門投資を重視。 |
| 13日 | バングラデシュ商工会議所連盟総裁は記者会見で新予算案について,付加価値税やその他課税強化は物価上昇と輸出減をもたらすと批判。野党も同様に批判。 |
| 17日 | チタゴン市長・市議会議員選挙実施。市長選挙ではBNPが支持した候補が,ALの支持した現職市長を破り当選。 |
| 27日 | BNP,全日ハルタル(ゼネスト)を呼びかけ。ハルタルは財界だけでなく,市民からも批判が強いため,BNPがハルタル戦術を取ったことに失望が広まり,ハルタル参加者は少数にとどまる。 |
| 27日 | 労働・雇用省,内水路交通労働者の最低賃金,諸手当を発表。 |
| 29日 | JIの最高指導者(総裁,副総裁,幹事長)の3人逮捕。その他全国で100人以上の活動家も逮捕。いずれも「戦争犯罪」関与の容疑。 |
| 7月 | |
| 1日 | カレダBNP党首は逮捕されたJI指導者3人の釈放を要求,野党に対する政府の強権的対応を批判。しかし,BNPのなかにはJI指導者を支援することに反対する人も多く,戦争犯罪が明らかになれば支援はできないとの主張も。 |
| 7日 | ハシナ首相,ナイジェリアを訪問(~10日)。発展途上国8カ国の首脳会議に出席,7日にはナイジェリア大統領と会談,バングラデシュからの縫製品輸入拡大,専門職人材の受入れを要望。8日の首脳会議でハシナ首相はD-8自由貿易地域を結成するよう提案。 |
| 9日 | ロングプルで政府職員2人が高校教員採用試験問題を漏洩したとして解任,採用試験が延期。その後,ほかにも採用試験問題漏洩に関わった職員が摘発,最終的に政府印刷局関係者も含め,12人の職員が逮捕される。 |
| 10日 | 世界銀行は経済援助資金として,今後4年間に61億ドルを約束。電気・ガスなどエネルギー関連を優先,第2パドマ多目的橋の建設にも12億ドルを支援。 |
| 11日 | 政府,戦争犯罪容疑者として40人の名前と写真を空港,港湾,国境などの事務所に送付,国外への渡航を禁止する措置をとる。38人はJI,2人はBNPに所属。 |
| 12日 | 犯罪調査局(CID),BDR反乱事件の調査結果をダカ地裁に提出。反乱に関与した兵士と民間人は824人(うち民間人は23人),21人は逃亡中,全国75カ所のBDR駐屯地で反乱が発生。報告書は7000ページ,接触した証人は8000人以上。政治的背景や外国組織との関連はなかった,と判断。 |
| 21日 | 政府は憲法改正のため,全党から15人の国会議員特別委員会を設置すると発表。BNPは参加表明せず。 |
| 29日 | 政府は縫製労働者の最低賃金を発表。初任給は月3000タカ,研修生のそれは2500タカ。経験にしたがって賃金は上昇,最高は9300タカとなる。労働者側はこの賃金に不満を表明,30日には暴動が発生。 |
| 8月 | |
| 1日 | 縫製労働者組合代表,政府の最低賃金提案を受け入れ,平穏な労働環境を回復すると約束。暴動は収束したが,350工場が生産中止した状況は継続。 |
| 2日 | 国際戦争犯罪法廷,これまでは別件で収監されていたJIの最高指導者4人を戦争犯罪者として収監するよう命じる。 |
| 7日 | インドのムカルジー財務相,来訪(~8日)。ハシナ首相と会談,インド輸出入銀行が資金供与する10億ドルについて,その内容を検討。8日,協力協定に調印。 |
| 12日 | ラマダン月始まる。 |
| 13日 | 人権委員会の報告によれば,チタゴン周辺の船舶解体所では,労働者の安全対策がまったくなされていないため,過去1年半に労働者24人が死亡したことが明らかに。 |
| 26日 | 高裁,第7次憲法改正についても,憲法違反との判決。 |
| 27日 | シンガポール雇用促進機構(AEAS)代表4人がバングラデシュを訪問,女性の家事労働者4万5000人程度をバングラデシュからリクルートしたいとの希望を表明。 |
| 30日 | インド・バングラデシュ政府,2石炭火力発電所建設の覚書に調印。チタゴンとクルナに建設される。各1320MWを発電。 |
| 9月 | |
| 2日 | 国家人口評議会が14年ぶりに開催され,政府は人口問題に取り組む決意を示す。 |
| 6日 | 閣議,新工業政策2010を承認。政府・民間部門パートナーシップを重視し,民営化を継続。国営企業も民間企業と競争できるように強化するという方向性を打ち出す。 |
| 6日 | ラフマン大統領,2004年のBNP指導者殺害で死刑判決を受けた死刑囚20人に大統領特赦を与えると発表。 |
| 9日 | 断食明け祭りのイド・アル・フィトル開始(~12日)。 |
| 15日 | 新国家児童政策2010を発表。子どもの定義を18歳未満とし,児童労働禁止年齢を14歳に規定。 |
| 18日 | ハシナ首相,国連総会出席のため訪米(~27日)。20日,ハシナ首相は国連で「ミレニアム開発目標」(MDGs)で好成績を挙げたとしてミレニアム開発目標賞を受賞。 |
| 26日 | アメリカ,バングラデシュ政府にアフガニスタン国民の安全保障のため,アフガニスタンへの出兵を要請。 |
| 10月 | |
| 3日 | 工業特別警察,業務開始。工業地帯の安全確保を目的とする特別警察で,当初1580人を,追加で1410人を任命する予定。 |
| 8日 | ラジシャヒでBNP指導者がALの活動家たちに殴り殺される事件が発生。逮捕者は1人のみ。 |
| 11日 | シラジガンジ駅で列車事故,5人死亡。駅近くでBNPの集会が開かれており,その参加者が列車に放火,乗客を襲撃。 |
| 12日 | 列車襲撃でBNP指導者6人が告訴され,党活動家32人が逮捕。 |
| 19日 | 大規模人事異動で各省次官23人が職務移動,うち4人は特任官(OSD)に。 |
| 20日 | UNFPA世界人口報告2010によれば,バングラデシュの人口は1億6440万人。 |
| 26日 | バングラデシュの汚職指標は下から12位。 |
| 11月 | |
| 1日 | ダカ地裁,汚職容疑でカレダBNP党首次男A・R・ココの逮捕令状を発行。 |
| 4日 | 最高裁長官,高裁判事4人の宣誓式を挙行。このうち2人の判事の任命にはBNP系弁護士グループが反対。 |
| 11日 | 政府は全国4501ユニオンを,初めてオンラインで結びつける「ユニオン情報サービスセンター」を稼動。 |
| 11日 | バ印合同国境問題ワーキング・グループがインドで会談,共同声明で両国が持つ「飛び地」の交換,国境の開放などに合意。 |
| 14日 | BNPの呼びかけたハルタルで党員と警官隊が衝突,300人負傷,150人逮捕。 |
| 14日 | トルコ首相,来訪。ハシナ首相と会談,両国貿易の拡大,テロとの闘いで合意。 |
| 21日 | ハシナ首相,3カ国歴訪に出発。最初の訪問国はロシアで,23日,プーチン首相と会談,原子力発電所への協力を確認。24日,ブリュッセルを訪問,欧州議会議長と会談。その後日本を訪問,29日,菅首相と会談,日本は第2パドマ多目的橋の建設に1億ドルの追加支援を表明。総額4億ドルとなる。12月1日,皇居で天皇と会談,2日,帰国。 |
| 30日 | BNP,ハルタル呼びかけ。200人逮捕。 |
| 12月 | |
| 9日 | 汚職に関する世論調査によれば,もっとも汚職の多い職業として,警察と答えた人が79%,官僚は68%,政党が58%。 |
| 11日 | チタゴン輸出加工区の韓国系縫製企業の11工場で労働者が賃上げを求めてデモ,暴徒化。工場は無期限生産停止。 |
| 24日 | 中国共産党の招きで訪中したカレダBNP党首,5日間の中国訪問から帰国。 |






