2011 年 2011 巻 p. 97-132
国内政治は,習近平が党中央軍事委員会副主席に選出され,次期総書記の座を確実なものとし,次期党大会をにらんだ権力闘争も始まった。共産党は民衆の不満に対し,これまでと同様の限定的な改革で乗り切ろうとした。他方,インターネットなどの利用による政権を揺さぶる動きも多様化しており,党もその対応に苦慮した。
経済は国内総生産(GDP)が速報値で前年比10.3%増の39兆7983億元に達し,中国はついに日本を追い越し世界第2の経済大国になった。2桁の成長率の達成には,旺盛な住宅投資と自動車消費に加えて,輸出市場の回復も寄与した。しかし,2009年にとった金融緩和政策は,過剰の流動性をもたらした。農産物の供給能力不足や人民元国際化の遅れ,賃金上昇の圧力といった問題も重なって,消費者物価が高騰し続けた。金融当局は,6度の預金準備率の引き上げと2度の預金・貸出金利の引き上げに踏み切ったが,インフレ収束の気配は一向に見られない。
対外関係は,海洋権益拡大の動きが活発となり,周辺各国との対立をエスカレートさせ,不安定なままとなった。日中関係には9月の中国漁船衝突事件が大きな影を落とした。
10月15~18日,中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議(5中全会)が開かれ,「国民経済と社会の発展についての第12次5カ年計画の策定に関する党中央の提案」が採択され,習近平党中央政治局常務委員会委員が党中央軍事委員会副主席に就任した。これを受け,同月の全国人民代表大会(全人代)常務委員会第17回会議で国家中央軍事委員会副主席にも選出された。国家副主席でもある習は,これで胡錦濤総書記に次ぐ党,国家,軍の権力を手にし,2012年秋開催予定の党第18回全国代表大会(第18回党大会)で総書記に選出されることがほぼ確実となった。
その結果,レームダック化が懸念されるのが胡総書記である。この点で注目すべきは,後述する9月の中国漁船衝突事件である。衝突は軍の意図的なもので,胡が軍を掌握できていないという指摘が根強い。また関連の反日デモが5中全会開催中に発生したことも,習の党中央軍事委員会副主席選出を後押しするために,軍がデモを誘発し,影響力をアピールしたという指摘も見られた。いずれも根拠はないが,胡の権力基盤の強弱に関心が集まっていた。
権力闘争は早くも要人人事に反映され始めている。省レベル党委員会書記人事では8人が交代したが,そのうち胡総書記に近い共青団出身の周強(湖南),張宝順(安徽),袁純清(山西)は事実上の格上げとなった。省レベル首長人事では9人が交代したが,興味深いのは12月の湖北省人事である。書記には江沢民前総書記に近いと見られる李鴻忠が,代理省長には次期中央政治局常務委員会委員の呼び声の高い李源潮中央組織部長が元部下の王国生を抜擢し,江蘇省の書記にも部下の羅志軍を昇格させている。なお,国務院部長人事では2人が交代した。
7月19日,胡が党中央軍事委員会主席に就任してからもっとも多い11人を上将(大将)に昇進させた。軍のリーダー構成の若返りのためであるとか,胡が第18回党大会を見据えて軍の支持基盤を強化するため,またこれまで胡による上将昇格者が少なく軍の突き上げがあったためなど,さまざまな理由が推測された。
こうしたなかで,温家宝総理のいくつかの動向が波紋を呼んだ。まず4月15日付『人民日報』に,1980年代の改革・開放を指揮したかつての党総書記で,1986年の民主化運動の引責で失脚した胡耀邦と失脚後も交流があったことを告白する温総理自身の文章が掲載された。胡総書記と関係が深い胡耀邦との親密さをなぜ急に温総理がアピールしたのか,不可解に思われた。8月20~21日には,設置から30年を迎えた深圳経済特区を視察し,政治体制改革の推進に言及し,腐敗の元凶となる過剰な権力集中を批判したことで,知識人らの政治改革へ期待が高まった。しかし,これらの発言は,1980年8月の鄧小平の演説(後述)と同じ内容であり,経済特区設置に尽力した鄧小平を称賛する意味も含まれていたと推測される。9月6日には胡総書記も深圳で「社会主義民主制度をさらに拡大し,市民の参政権,監督権,表出権を保障することが大事」と述べており,温総理とのスタンスに大差はない。また温総理は10月にはアメリカCNNのインタビューで「人民の民主,自由に対する求めを拒むことはできない」と述べたが,同時に「中国は13億人の国だ。正常な秩序を確保する必要がある」とも述べている。政治改革の進展の観点から言えば,温総理の発言は突出したものではないし,そこから胡総書記との軋轢を読み取るのには幾分無理がある。しかし,胡耀邦や鄧小平をことさらに強調すること自体には政治的な意図を読み取る必要があるだろう。
国防予算の伸びが22年ぶりに1桁3月5~14日に第11期全人代第3回会議が開かれ,予算審議,政府,最高人民検察院,最高人民法院の各活動報告の通例議事のほか,選挙法改正案の審議が行われた。
注目の2010年の国防予算は,前年実績比7.5%増の5321億1500万元(約6兆9000億円)で,1988年以来22年ぶりに1桁の伸びにとどまった。給与や住居・施設の建て替えなどの待遇改善が一段落したことが原因と見られる。ただし研究予算や空母建造費などは計上されていない。1月には戴旭空軍上校が建設中の2隻の国産空母の建造経費が艦隊全体で約200億ドルと明言している。また前年予算比では10.7%増となっており,8月に発表されたアメリカ国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書は,中国の国防関連予算を2009年で1500億ドル(約1兆元)と推計している。
常務委員会会議では,2月に国防動員法案,8月に人民仲裁法改正案,10月に社会保険法案,村民委員会組織法改正案,代表法改正案などが採択された。
多様化するデモへの対応1980年8月18日に鄧小平が行った「党と国家の指導制度の改革について」と題する演説は,その後の中国共産党の政治改革の基本指針となっている。しかし2010年は発表30周年の年だったにもかかわらず,中央で記念行事がいっさい行われなかった。この点に,胡錦濤政権の政治改革へのスタンスを見て取ることができる。
党が積極的に進めたのは情報公開制度の整備だった。1月に「党指導幹部の廉潔政務の若干の準則」,3月に「党・政府指導幹部選抜任用工作責任追及弁法(試行)」など4つの政策文書,7月に「指導幹部の個人関連事項報告に関する規定」,9月に「党の末端組織の党務公開実施に関する意見」,11月に「県党委員会の権力の公開透明運用試点工作の展開に関する意見」と「法治政府建設に関する国務院の意見」,12月に「党・政府主要指導幹部と国有企業指導者の経済的責任の会計検査規定」を発表した。
こうした取り組みの主な狙いは,党・政府幹部の汚職の取り締まり強化にある。汚職がいっこうに減ることなく,党や政府に対する民衆の強い不満の原因になっているからだ。3月の全人代での最高人民検察院活動報告によれば,2009年に立件された公務員は4万1531人,そのうち閣僚級8人を含む局長級以上の幹部は2122人(対前年比14.5%増)にのぼった。この報告の採択では,全票中の19.5%,最高人民法院活動報告には同21.3%と,相変わらず少なくない反対・棄権票が投じられた。幹部の腐敗に対する不満の表明と見られる。
また,いくつかの法律改正が行われた。選挙法改正では,人民代表大会代表1人当たりの人口比を都市と農村で1:4から1:1にし,1票の格差を是正した。村民委員会組織法の改正では,村民委員会メンバーの民主的な選出方法と,村幹部に対する監督条項を盛り込んだ。代表法改正では,人民代表大会代表の有権者への活動報告について規定した。
2006年以来,「群体性事件」と呼ばれる集団抗議行動の件数は発表されていないが,全体として増加傾向にある。相変わらず農民が土地の強制収用に対する合法的保障を地元政府に求め,警察と衝突する事件が各地で発生するなど,社会不安への懸念は収まっていない。
こうした集団抗議行動の発生メカニズムも一様ではない。たとえば,9月の中国漁船衝突事件にかかる一連の反日デモは,9月18日に北京の日本大使館前,上海と瀋陽の日本総領事館前,深圳で発生したが,参加者も少なく,当局のコントロールのもとで,組織的に実施された。他方,10月には,16日に成都,西安,鄭州など少なくとも3カ所で発生し,その後,外交部が自制を呼びかけたが,17日に四川省綿陽市,18日に湖北省武漢市,24日に陜西省宝鶏市,26日に重慶市で数千人から1万人規模で発生したことが確認されている。10月の反日デモは,全国レベルの組織的なものではなく,各地の単発的なインターネットや携帯電話を通じた呼びかけによるもので,野次馬が集まるだけで当局に抑え込まれた地方も多数あったが,統率者がいて,人が集まり,当局の警備が手薄な内陸の地方小都市で大きな行動となった。そして,「日本商品排斥」だけでなく,「腐敗撲滅」「住宅価格の高騰反対」「多党制を認めよ」など国内の矛盾への不満を掲げるスローガンも見られたことで,反日デモが容易に体制批判に転化する危険性を共産党は再認識することとなった。このように,組織的でない集団抗議行動への対応に党や政府は極めて不慣れである。国務院が1月12日,国家行政学院に対し,県レベルの指導者向けの緊急事態管理の研修コース設置を指示したことは,その対策のひとつと言える。
政権を揺さぶる動きとその限界10月8日,劉暁波へのノーベル平和賞授与が決定したことは,政権に大きな衝撃を与えた。中国当局は,これに国内の反体制活動が刺激されることを警戒した。
劉暁波は,1989年の天安門事件の学生側リーダーの1人で,2008年12月に共産党批判の「〇八憲章」を発表したことで,2010年2月に懲役11年の実刑判決を受けるなど,国内の反体制活動の象徴的な人物である。ノーベル賞受賞も「中国での基本的人権を求める非暴力の闘い」が評価されてのことだった。6月にノルウェー・ノーベル賞委員会事務局長と会談した傳瑩外交部副部長は「(平和賞を)受賞すれば,ノルウェーと中国との関係は悪化するだろう」と選考に圧力をかけ,受賞後も当局は平和賞授与への非難を展開した。10月12日,共産党の引退幹部ら23人が言論出版の統制を批判し,自由化を求める公開書簡をインターネット上に発表する動きも見られたが,当局は劉暁波自身への論評について厳しく規制したこともあり,受賞に対する国内の関心は広がらなかった。また12月の授賞式への国内知識人らの出席を阻止する締め付けも強化された。
報道の自由をめぐってもメディアと当局との間に緊張が見られた。1月12日,アメリカ・グーグル社が中国本土でのネット検索サービスに対し,「天安門事件」など政治的に敏感な言葉にヒットしないよう自主規制を求める中国当局の要請に嫌気がさし,検索サイトと中国の現地法人を閉鎖する可能性があると発表した。そして3月22日,グーグル社が同日から中国本土での検索サービスの停止を発表するまでの間,中国当局のネット規制が国際的な関心事となった。中国政府は,国内の法律を守らないグーグル社への非難に終始した。結局7月9日,グーグル社が事実上中国当局の検閲を受け入れることで,中国政府がグーグル社にネット業務に必要な免許の更新を許可したことで決着を見た。
想定外の国内メディアの動きも見られた。3月1日付『南方都市報』など13紙の都市報が,全人代に対し戸籍改革を求める共同社説を掲載するという事件が発生した。中央宣伝部は,同月6日までに関係者に警告処分を発し,各地の都市報に対し,6月末までに相互の記事交換を禁止し,自社記者の記事以外は新華社電のみとする禁令を発し,9月上旬には記事交換などを目的に設立している組織の解散を命じたことが判明した。この事件は,報道の自由の許容範囲を示すもので,当局は複数の新聞が一緒になって政策を批判したことに強い危機感を抱いたのである。しかし,当局がメディアを抑え込む力を有していることも示した。
少数民族地域への新たな支援当局は少数民族地域での過去2年の大規模な暴動の発生を重く受け止め,政治的締め付けだけでなく,民生領域を重点とする経済支援強化による「飛躍式発展」に向け具体的な動きを見せた。象徴的だったのは,5月に14年あまり新疆ウイグル自治区書記を務めた強硬派の王楽泉を解任したことだった。
チベット情勢では,1月にチベット自治区主席にバイマチリンが任命された。彼はチベット族だが,軍人出身という経歴が注目された。また同月,ダライ・ラマ14世特使のロディ・ギャリが来訪し,共産党と1年3カ月ぶりの対話を行った。しかし,朱維群中央統一戦線工作部副部長は「双方の観点は鋭く対立した」,ギャリ特使は「失望」したと述べ,対話は物別れに終わった。
1月18~20日に開かれた第5回チベット工作座談会は,2001年6月以来の開催となり,「飛躍式発展」の方針を打ち出し,チベット自治区だけではなく,四川,雲南,甘粛,青海の各省のチベット族居住区を工作対象に含めるよう指示した。そして8月から中央による青海省チベット族居住地区対口支援(たとえば北京市に支援地区が割り当てられるような一対一の個別特定地区支援)工作がスタートした。
新疆情勢では,新疆ウイグル自治区主席ヌル・ベクリが3月,2009年7月の暴動に関与した198人が死刑などの判決を受けたことを明らかにした。
5月17日,初の中央新疆工作座談会を開催し,「飛躍式発展」と長期統治安定工作の推進の方針を打ち出した。これに先立つ3月29日に全国対口支援新疆工作会議を開き,12月までに99の実験的プロジェクトをスタートさせた。その総投資額は36億5000万元にのぼり,うち対口支援資金が17億8100万元を占めた。
(佐々木)
2010年のGDPは速報値で39兆7983億元となり,前年比10.3%増の成長を遂げた。経済成長率を四半期別に見ると,政府が不動産バブルや物価上昇の抑制措置を相次いで打ち出したため,第1四半期が11.9%,第2四半期が10.3%,第3四半期が9.6%,第4四半期が9.8%と,四半期を追って低下傾向を見せてきた。
投資について見ると,金融危機の対策としてとられた政府主導の内需拡大策が一段落したため,社会固定資産投資は23.8%増の27兆8140億元となり,伸び率は前年比6.2ポイント低下した。投資で大きな比重を占めているのが住宅と鉄道建設である。不動産開発投資は4兆8267億元に達し,前年の数字(16.1%)を大きく上回る33.2%の増加となった。鉄道については,走行中の高速鉄道の営業距離が2009年の2830キロメートルから7531キロメートルにまで急増しており,世界一の座を揺るぎないものにしている。
消費については,社会消費財小売総額が18.4%増の15兆4554億元で,物価変動要因を除いた実質値で14.8%増となった。地域別では都市部が18.8%増の13兆3689億元,農村部が16.1%増の2兆865億元だった。商品別の消費状況を見ると,インフレ対策としての宝飾品消費が急伸し,46.0%増となった。これに次いで,家具が37.2%増,自動車が34.8%増,家電・音響映像器材が27.7%増となっている。
輸出入ともに金融危機直後のマイナス成長から回復した。輸出は1兆5779億ドルで,前年比31.3%増だった。輸入は1兆3948億ドルで,前年比38.7%増となった。輸出入総額は前年比34.7%増の2兆9728億ドルに達した。輸入が大幅に増加したため,貿易黒字は6.4%減の1831億ドルとなった。
各種需要のGDPへの寄与率について見ると,消費は37.3%,資本形成は54.8%,純輸出は7.9%となっている。2009年の投資への過度な依存状況(資本形成の寄与率が92.3%)と比べると,輸出が回復したためもあって,マクロ経済はよりバランスのとれた構造が実現したといえる。
産業別では,製造業を中心とする第2次産業の付加価値は12.2%で,もっとも高い伸びを示している。一定規模(年間売上高500万元)以上の工業企業の生産額は前年比15.7%増で,伸び率は前年より4.7ポイント高くなっている。地域別に見ると,東部は14.9%増,中部は18.4%増,西部は15.5%増となっており,賃金や地価の上昇により,内陸部への産業移転が着々と進行している事実がうかがわれる。
高度成長の恩恵を受けて,都市住民と農村住民の収入がともに増加した。2010年の都市部住民の1人当たり可処分所得は前年比11.3%増の1万9109元で,物価上昇の要素を除いた実質値では7.8%増となった。農村住民の1人当たり純収入は前年比14.9%増の5919元で,実質値では10.9%増となっている。農産物価格の上昇や,社会保障政策の充実化により,農民収入の伸び率が1998年以来,初めて都市住民を上回るようになった。
急騰する食品価格とインフレの再燃2010年,中国経済において国民にとっての最大の関心事となったのは,インフレの再燃である。図1が示すように,2009年11月にプラス成長に転じて以来,消費者物価は月を追って上昇していった。上昇率は,年間を通して3.3%に達した。
品目別の上昇率について見ると,食品が7.2%,住居(ただし住宅価格を含まない)が4.5%,医療保健・個人用品が3.2%,たばこ・酒および同用品が1.6%,娯楽・教育・文化用品および同サービスが0.6%となっている。一方で衣類が1.0%,交通・通信が0.4%低下し,家庭設備用品および修理サービスは前年並みだった。食品価格の急上昇が物価水準を押し上げた主たる要因だったことがわかる。
2008年に起きたインフレとは異なり,2010年の食品価格上昇は,豚肉ではなく,おもに野菜の値上がりに起因している。ピーク時の11月上旬について見ると,全国36大中都市の18種類の主要野菜の平均卸売価格が年初より11.3%上昇し,前年同期比62.4%も値上がりしている。なかでも,ニンニクとショウガの上昇率は95.8%と89.5%となっており,とりわけ高い。12月になると,国務院による物価抑制の措置を受けて,18種類の野菜価格は11月より17.4%低落したが,2011年の旧正月前になると,再び上昇に転じている。
2010年における農産物価格の急上昇は,供給面と需要面のさまざまな要因が複雑に絡んでいる。中国国内のエコノミストやマスコミの意見を総合すると,供給側の要因としては,旱魃や水害など天災の頻発,化学肥料の値上がり,労働力不足による農業労働者賃金の上昇,野菜などの生産が一部の産地に集中したことによる輸送・流通コストの増大,都市化の進展にともなう農産物作付面積の縮小,トウモロコシなどの農産物の輸入依存度の増加によるコスト上昇,といった点が指摘されている。また,需要側の要因としては,所得の向上による野菜や食肉消費量の拡大,民間資金の大量流入による投機的需要の急拡大などが指摘されている。なかでも,最後に挙げた投機的資金の流入については,中国政府が2009年にとった過度の金融緩和政策によるカネ余りの結果だとする意見や,中国における民間企業の投資先の少なさの表れだとする批判が多く見られる。この点については,後ほど改めて取り上げる。
こうした農産物価格の上昇に由来する物価高騰の局面を受けて,国務院弁公庁は11月20日,「消費者物価を安定させ大衆の基本生活を保障することに関する国務院の通知」を発表した。同通知では,物価安定のための16項目の措置が取られている。その内容としては,有料道路での農産物輸送車両通行料免除など,食品のコスト高につながる生産と流通の諸要因を取り除く施策だけでなく,物価一時補助金の支給や,社会保障基準と物価上昇を連動させる仕組みの構築といった措置も含まれている。先に指摘したように,同通知が発表された後,12月に一時的に野菜価格が低下した。しかし,農業部門における賃金の上昇や,巨額の投機的資金の存在といった構造的な問題が完全に解決されたわけではなく,農産物価格の安定化が2011年も政府にとって大きな政策課題になることは間違いない。
(出所) 『中国経済景気月報』2011年1月号。
不動産の販売価格は2009年の6月にプラス成長に転じて以来,急上昇を続けており,2010年4月のピーク時には,月間上昇率(前年同期比)が12.8%にも達した。その後,中国政府の不動産バブル抑制策を受けて,伸び率が若干低下したものの,9月までは食品価格を上回る上昇幅で推移していた。
高い不動産価格は住宅購入の必要がある一般庶民の生活を大きく圧迫している。『みずほアジア・オセアニアインサイト』の試算(2010年8月5日)によると,中国の住宅価格は国民の年間平均所得の8倍であり,北京と上海に限定すると,同値が約11倍になっている。そこで,不動産バブルの沈静化を図るために,中国政府は不動産売買に関する一連の厳しい規制措置を打ち出してきた。
もっとも重要な2回の措置を見ると,2010年4月15日,国務院常務会議は,住宅購入資金の貸し付けに関して,「2軒目を購入する際に,頭金は購入額全体の50%を下回ってはならない。貸出金利は基準貸出金利の1.1倍を下回ってはならない。」とする方針を打ち出した。そして9月29日には,「3軒目以上の住宅購入のためのローンを一時中止。地元での1年以上の納税証明または社会保険料納付証明を提出できない域外住民に対する住宅ローンを一時中止。商業銀行の消費者ローンを住宅購入に利用することを禁止。1軒目の購入で広さ90平方メートル以下の一般住宅の頭金が3割以下となる可能性を認めない」といったいっそう厳しい措置を打ち出している。中央の方針を受けて,4月以降,北京など全国16の都市で相次いで不動産売買の規制に関する実施細目が制定された。
図1が示すように,5月以降,不動産価格は全体的に騰勢が鈍る傾向に転じており,政府の介入には一定の効果があったと評価できる。しかし,同数値は12月に再び上昇に転じた。中国指数研究院のデータによると,調査した100都市のうち,不動産価格上昇率が先月比2%を超えた都市は12,1~2%の都市は31,1%以下の都市は57(うち下落した都市が18)となっている。また,全国の年間売上の20.9%が12月の1カ月で実現したとする報道も出ている。
12月の不動産バブルの再燃は,内陸都市や中小都市(中国語では「二,三線都市」)の不動産価格の上昇に由来するものである。12月の100都市平均の上昇幅は0.9%だったが,北京,上海,広州など十大都市の同値は0.75%にとどまっていた。その一方で,12月の価格上昇率のトップ3の都市はいずれも二,三線都市だった。過去数年間の不動産価格の上昇が顕著ではなく,規制も甘かったため,二,三線都市には多くの不動産投機資金が流入して,不動産価格が押し上げられた。しかし,沿海部とは異なり,内陸都市の住宅市場は,必ずしも大きな実需に支えられていない。単純に投機目的で発生した不動産バブルは,沿海部以上に破裂する危険性が高い。2011年には,二,三線都市を対象とする引き締め政策の実施が必至である。
過剰流動性への対処農産物価格の上昇と不動産バブルの発生に共通する要因は,関連分野への大量の投機的資金の流入である。その背後に,中国国内における過剰流動性の問題が潜んでいる。
中国政府は金融危機に対応するために,2008年から金融緩和政策を打ち出し,2009年もこれを継続した。その結果,中国国内におけるマネーサプライが急増した。2009年12月末時点で広義の通貨供給量であるM2(現金通貨+預金通貨+定期預金)の残高は,前年比27.7%増の60兆6000億元にまで膨らんでいる。人民元貸出残高も前年比31.7%増の40兆元に達した。過剰流動性の危険性を意識した金融当局は,2010年に入ってからすぐさま預金準備率の引き上げ措置に踏み切った。1月18日に,同率を0.5ポイント引き上げたことを皮切りに,6回にわたり預金準備率を0.5ポイントずつ引き上げていった(表1)。そして,より強力な手段として10月20日と12月26日の2回,預金・貸出金利の利上げを行った。これに合わせて,12月に開催された中央経済工作会議では,金融政策のスタンスを「適度な金融緩和」から「穏健な金融政策」へ切り替えている。
(出所) 中国人民銀行ウェブサイト(www.pbc.gov.cn),2011年2月28日アクセス。
一連の引き締め策の結果,M2の供給量は2009年比19.7%増の72兆6000億元にとどまっており,伸び率は前年より8ポイント下がった。金融機関の人民元新規貸出金も前年比19.9%増の47兆9500億元にとどまり,伸び率は前年より11.8%下がった。それでも金融危機が発生する前と比べると,カネ余りがきわめて目立つ。2007年に26兆5810億元のGDPを創出するために,その1.5倍の40兆3000億元のM2で十分だったのが,2010年には39兆8000億元のGDP創出のために,その1.8倍の72兆6000億元も投入しなければならなかった。また,経済発展にあまり顕著に連動しないはずのM1(現金通貨+預金通貨)対GDPの比率で見ても,同数値は2007年の58%から2010年に67%へ上昇している。後述するように,中国国内では民間投資に対していまだに多くの制約が存在している。そのため,多くの民間企業は手中の過剰な資金を適切な投資分野に回せず,不動産や農産物の投機売買に投入し,インフレや不動産バブルを引き起こしている。
過剰流動性は,人民元改革がまだ十分に進展していないこととも関連している。これと関連し,2010年,人民元の国際化改革については若干の進展があった。6月22日に,中国人民銀行など6部署が「越境取引人民元決済実験の拡大問題に関する通知」を発表し,2010年に上海と広東省の4都市で始まった越境取引の人民元決済の実験地域をさらに拡大すると決定した。具体的に見ると,実験地域は沿海部から内陸部までの20省・自治区・直轄市に拡大した。同時に,実験業務の範囲も商品貿易,サービス貿易,その他経常取引の人民元建て決済が含まれている。これまでの実験業務は主に商品貿易に集中し,地域は主に香港・マカオとASEANに集中していたが,今回の通知では実験業務にサービス貿易とその他経常取引も加わり,取引相手は世界中すべての地域に拡大した。国際化が完全に実現すれば,国際貿易の決済通貨として人民元が国内外を自由に流出入し,外国の外貨備蓄としても利用されうるので,カネ余りの問題が大きく解消されるだろう。
ところが,為替レートの自由化に向けた改革については,中国政府が依然として慎重な姿勢を示し続けている。6月19日,中国人民銀行は「人民元為替形成メカニズムの改革をさらに進め,為替相場の弾力性を高める」とする談話を発表した。しかし,同談話が発表された翌日に,人民銀行報道官は新華社記者の取材に応じ,「現在,人民元為替レートが大幅に変動,変化する基礎は存在しない」と強調している。こうした姿勢の影響もあって,金融危機後切上げが停滞していた人民元の為替レートは,2010年に1ドル=6.8282元から6.6227元へわずか3%の上昇にとどまっている。完全な自由交換ができない現段階では,年々巨額の貿易黒字がつくりだされ,それがさらに人民元の切上げ圧力を高めていく。さらには,人民元切上げへの期待から,海外から投機資金が絶えず流入し続けており,過剰流動性の問題はいっそう深刻化している。
民間投資促進策の制定2008年金融危機の対策としてとられた4兆元投資は,インフラ整備や消費振興を通じて,確実に内需拡大に寄与した。しかし,それはあくまで政府主導の投資であり,投資の担い手もおもに国有企業であった。金融危機が終焉し,公共投資が減少するなかで,新規投資の不足分を民間企業によって迅速に補完しなければならなかった。その一方で,中国経済では,2000年代後半にいわゆる「国進民退」(国有企業の占める割合が上昇し,民間企業の割合が低下する)の現象が顕在化している。資源エネルギーや公共インフラに関するいくつかの重要な産業部門においては,いまだに民間企業の自由な投資が認められていない。そのため先に指摘したように,投資先の限られた民間資金が農産物や不動産などの分野に投機目的で大量に流入した。さらに,国有企業による一部の業種での独占は,深刻な格差問題に拍車をかけている。『中国青年報』7月3日の報道によると,電力,電信,石油,金融,保険,水,電力供給,たばこといった国有企業を主体とする業種の就業者数は,全国就業者総数の8%未満であるにもかかわらず,賃金と賃金外所得の総額は,全国就業者賃金総額の55%をも占めているとされる。
こうした背景のもとで,中国政府は5月13日,「民間投資の健全な発展を奨励,指導することに関する国務院の若干の意見」を発表した。「意見」は民間資本が基幹産業・インフラ,都市公益事業,政策的住宅建設,社会事業,金融サービスなどの分野に進出することを奨励している。主要分野の具体的な投資促進策は以下のとおりである。
1.交通。民間資本が独資,株式所有,出資などの形で道路建設,水運,港湾埠頭,民用空港,一般的な航空施設などのプロジェクトに参加することを許可。鉄道体制改革法案の検討を急ぎ,市場競争を導入し,投資主体の多元化を推進。民間資本が鉄道主線路,支線路などのインフラ建設に参入することを奨励。民間資本が石炭輸送路線,旅客路線,都市間鉄道プロジェクトへの出資を許可。
2.金融。民間資本が「村鎮銀行」を設立,または出資。貸出会社(「貸款公司」),農村資金互助社などの金融機構を設立することを奨励。村鎮銀行または社区銀行における法人銀行の最低出資比率の制限を緩和。
3.医療などの公共事業。民間資本が医療事業に参加することを奨励。非営利的な医療機構に対する税制上の優遇措置を確実に実行。医療人材資源が民間医療機構へ合理的に流動することを奨励し,民間医療機構が人材の導入,資格の認定,科学研究プロジェクトなどの面で公立病院と同等の扱いを受けることを保証。
4.資源エネルギー。民間資本が石油天然ガスの探索,開発に参加することを奨励。民間資本が国有石油企業と協力しながら石油やガスを採掘することを許可。民間資本が風力エネルギー,太陽光エネルギー,地熱エネルギー,バイオマスなどの新エネルギー産業の建設に参入することを奨励。電力市場をさらに開放し,電力価格の改革を積極的に推進。電力のモリタニング制度を改善し,民営発電企業の平等な参入に対して良好な環境を提供。
上記の民間企業の投資分野に関する規制緩和が本格的に実現すれば,中国経済への促進効果は計り知れないだろう。現に,同政策が1980年代の家庭生産請負責任制,1990年代の国有企業改革と並んで,改革開放期以来,3番目に重大な制度改革だと称賛する専門家もいるほどである(中信証券首席マクロエコノミスト諸建芳へのインタビュー,『財経』2010年5月14日付)。ただ,指摘すべきことは,同意見があくまで民間企業の投資促進に関する全体の枠組みを規定したものにすぎないということである。2010年に,浙江省や広東省など,少数の地域において具体的な実施案が発表されたが,同意見の方針を全国的に展開させるためには,より広範囲にわたる具体案の作成が必要である。これについて,2011年1月18日に,全国工商連合会の主席である黄孟復は,各地方政府と各省庁はとりわけ電信,電力,石油,鉄道と軍事産業などの重点業界と分野において,関連する細則を急いで制定する必要があると発言している。
「世界の工場」における労働争議と賃上げ2010年,中国では労働争議が多発した。日系企業に関連する労働争議は,把握されているだけでも表2のような例が挙げられる。このうち,広東省の佛山南海にある本田汽車南海零部件製造有限公司で発生した労働争議はもっとも関心を集めた。同社では,5月17日から約100人の従業員が月額約800元の賃上げを求めてストライキを開始した。この間,地元の獅山鎮「総工会」(組合)が従業員の代表として賃上げ交渉に臨んだが,途中で一転,会社側の立場に立ってストライキが違法だとして,従業員に操業再開を促した。このことがきっかけで総工会と従業員側との関係が決裂した。その結果,広州自動車集団の幹部と人民大学の労働法の専門家が調停に入り,6月3日に500元の賃上げで妥結するまで,ストライキが17日間も長引いてしまった。本田汽車南海零部件製造有限公司はホンダが中国で設立した3工場の約8割のトランスミッションを提供しており,1日当たりの損失が2億元以上に及んだとも指摘されている。ホンダ中国が半月以上にわたるストライキで大打撃を受けたことは言うまでもない。
(出所) 高見澤学「労働争議・賃上げの実態と経済的影響」『中国研究月報』2011年1月号,pp.3-4。
その一方で,iPhone等の受託生産を行う世界最大のEMS(電子機器受託生産)メーカーである台湾富士康社の深圳工場では,2010年1月に入ってから,立て続けに13回も労働者の飛び降り自殺事件が発生した。とくに5月に入ってから6日,11日,14日,21日,25日,26日という短期間に6人もの自殺者が現れ,中国社会を大きく震撼させた。同工場の従業者数が45万人という巨大な母数を考えると,この自殺比率は突出して高いとは必ずしも言えない。しかし,一連の事件によって浮き彫りになった同社工場の軍隊のように管理された労働環境は,まさにチャップリンが「モダン・タイムス」で描いた風景そのものだった。そこで5月27日に人的資源と社会保障部,全国総工会,公安部は緊急に共同調査団を深圳に送り込み,同市政府も富士康社に労働条件の改善を再三促した。これを受けて,6月1日に富士康社は最低30%の賃上げを発表した。
外資系企業における労働争議は,2008年に制定された新しい労働契約法の影響で,従業員の権利意識が高まったことの表れであると考えられる。また,1980年代以降に生まれた新しい労働者世帯の自己主張の強さとも関連している。ただ,それが会社経営を脅かす長期的なストや,連続飛び降り自殺事件にまで発展したことについては,中国における本格的な労働組合の欠如,という大きな要因を指摘しなければならない。中国には,名目上「中華全国総工会」という全国的な労働組合組織があり,その下に185万の企業労働組合が設置されている。しかし,労働組合法には「工会」が企業経営にも協力すべきだとする条項が盛り込まれており,実際,各企業内組合も日本企業内の互助会程度の機能しか果たしていない。その結果,中国の会社では賃上げや勤務条件の改善など,労働者の権利をめぐって集団交渉する手段が欠落しており,労働者は労働交渉に際して,過激な行動に出がちなのである(『中国研究月報』2011年1月号の特集「中国沿海地域労働争議・賃上げの影響」,とくに田中報告を参考)。
労働争議の頻発に端的に表れた労働者の社会への不満を緩和するために,2010年には各地の地方政府は相次いで最低賃金の引き上げに踏み切った。年間を通じて,全国30の省で最低賃金基準が引き上げられ,月間最低賃金の平均上昇幅は22.8%に達した。上海では全国最高水準の1120元の月給が設定されており,北京市では時給について全国最高水準の11元が設定されている。
「世界の市場」の行方2010年,「世界の市場」としての中国の重要性が改めて思い知らされた。この点を象徴的に表しているのが自動車販売の爆発的な増加である。2009年,中国はアメリカを抜き世界第1位の自動車市場になったが,2010年に同市場はさらに拡大し,年間販売台数が前年比32%増の1802万台に達した。アメリカ市場の年間最高販売記録が1700万台にすぎなかったので,中国がしばらくの間,世界最大の自動車市場の座を保ち続けることはほぼ確実である。
市場急拡大の結果,自動車メーカーは相次いで史上最高益を更新した。トップの上海汽車集団は第3四半期までにすでに前年比141.17%の95億8400万元の純利益を出しており,大多数の自動車上場企業も純利益が倍増したと報道されている。2008年に破産したゼネラルモーターズ(GM)は,2010年に再上場を果たしたが,これには中国市場が大きく寄与した。GM車の約4分の1以上は中国市場で販売されており,また上海汽車集団は同社の新規株式公開に5億ドル出資した。フォルクスワーゲン(VW)の9月までの世界販売台数は537万台だったが,やはり中国市場は4分の1以上(28.6%)のシェアを占めていた。中国市場で高利益を出した地場の民間自動車メーカーである吉利汽車は,18億ドルでフォード傘下のボルボブランドの買収に成功した(財訊網,「2010:中国車市的『熱』『火』『困』」,2010年12月10日)。
中国は急速に自動車大国になったが,自動車社会にふさわしいインフラ整備が必ずしも追いついていなかった。ほとんどの直轄市と省都では,渋滞が市民を悩ます深刻な社会問題になった。もっとも対処に苦しんだ北京市は,自動車ナンバープレート発行の総量規制に乗り出した。12月24日,同市政府は「北京市乗用車数量規制の臨時規定」の実施細則を公表し,2011年度の自動車ナンバープレート発行の総量枠の上限を24万個(月平均2万個)に設定した。2010年に北京で販売した新車がすでに80万台を超えており,同規定がいかに強引なものだったかがうかがわれる。
中国のような市場規模が大きい国では,規模の経済が働きやすいため,巨額の初期投資を必要とする新興産業の発展が比較的容易になる。たとえば,中国の高速鉄道は金融危機対策の一環として建設が始められたが,2009年時点ですでに営業距離が世界第1位になっていた。2012年には1万3000キロメートル,2020年には1万6000キロメートルにまで営業距離を延長する見込みである。国内市場をベースに展開したこの高速鉄道システムは,現在,アメリカや東南アジアへの輸出も検討されている。
国内市場の重要性を明確に認識した中国政府は,2010年に市場規模の大きさの活用を通じた戦略的産業確立に乗り出している。9月8日,国務院常務会議では「戦略的新興産業の育成と発展を加速することに関する国務院の決定」が可決された。同決定では,省エネ・環境保護産業,新世代情報技術(IT)産業,バイオ産業,ハイエンドの機械設備製造業,新エネルギー産業,新素材産業,エコカー産業を七大戦略的新興産業として位置づけ,また「戦略的新興産業発展特別基金」を設置するなど,財政面で安定的に支援する仕組みも確立した。同決定のなかには,「我が国の市場需要の巨大さのメリットを活用して,消費パターンを革新,転換させ,良好な市場環境を整備する」とする文言が明確に盛り込まれている。その後,10月18日の中国共産党第17期中央委員会第5回総会では,「第12次国民経済・社会発展5カ年計画の策定に関する中国共産党中央委員会の提案」が可決されたが,同提案においても七大戦略的新興産業を振興する内容が明記されている。
中国は世界最大の市場のひとつになったと同時に,世界でもっとも貧富の格差が深刻な市場のひとつにもなってしまった。2010年,いくつかの報告で格差の実態が明らかになった。『法制晩報』が引用した世界銀行のレポートによると,アメリカでは5%の家庭が全国の60%の富を保有しているのに対して,中国では1%の家庭が全国の41.4%の富を保有しているとされる(『法制晩報』2010年5月24日)。また,中国の長者番付のひとつである『胡潤財富報告』の2010年版によると,中国大陸で1000万元以上の財産を有する千万長者は87万5000人,うち財産が1億元以上の億万長者は5万5000人に達している。さらに,中国には1900人の十億元大富豪と140人の百億元大富豪がいるとも報告されている。
(丁可)
国際的な金融危機からの急速な回復が自信になり,中国は国際社会での存在感を高め,海洋権益の拡大行動を強化した。周辺諸国には,経済安全保障上のシーレーン確保を超えた,覇権の追求のようにすら映り,緊張関係が続いている。中国の指導者は,国際協調を強調することに外交努力を集中したが,温総理は9月23日の国連総会で,国家主権や領土保全では「屈服も妥協もしない」と表明するなど,アメリカを含めた周辺諸国との対抗姿勢も崩していない。
対日関係と中国漁船衝突事件の波紋3月26日,中国政府が日本政府に対し2008年1月のギョーザ事件の容疑者の拘束を通告し,5月の首脳会談で「食品安全推進インセンティブに関する覚書」が締結され,食の安全に対し大きな前進が見られた。7月1日からは中国人個人観光客向けビザの発給要件が大幅に緩和され,日本を訪れる中国人観光客が飛躍的に増えた。こうした動きにより,悪化していた日本人の対中イメージが好転するかに思われた。しかし,内閣府が12月に発表した「外交に関する世論調査」によれば,日中関係を「よくない」と答えた日本人が調査開始以来最悪の88.6%(対前年比33.4ポイント上昇)にのぼった。9月に発生した中国漁船衝突事件が日本人の対中イメージを再び悪化させた。この流れはまさに2010年の日中関係を象徴していた。
中国海軍は「第1列島線」(日本列島から沖縄,台湾,フィリピンを結ぶ線)から「第2列島線」(小笠原諸島,グアム,サイパンを結ぶ線)に至る海域での影響力拡大を目指しており,さらに2010年になって,中国が東シナ海も「核心的利益」と位置づけたことが伝えられた。それを裏づけるかのように,4月の東海艦隊の遠洋航海訓練で,中国の艦載ヘリが海上自衛隊の護衛艦に異常接近し,また中国艦艇10隻(潜水艦2隻を含む)が,沖縄本島と宮古島の間の公海を通過し,沖ノ鳥島を1周したことが確認された。この訓練について「世論戦,心理戦,法律戦の訓練も行われている」と説明されており(『解放軍報』2010年4月10日),一連の挑発行為には日本の反応を試す意図もうかがわれる。日本政府の抗議もあり,5月15日の外相会談で防衛当局間のホットラインの設置,さらに31日の温総理と鳩山由紀夫首相との会談では,海上危機管理メカニズムの構築や首脳間のホットラインの構築が合意された。
東シナ海ガス田の共同開発については,7月27日に局長級の第1回政府間協議が開かれたが,9月に予定されていた第2回は中国側が延期を通告し,その後開かれていない。さらに9月17日,白樺(中国名:春暁)ガス田で掘削作業用のドリルと見られる機材の搬入が確認され,外交部は施設全体の修理のためとし,「中国は春暁ガス田に完全な主権と管轄権がある。中国の活動は完全に合法的」との談話を発表した。これに対し菅直人首相は中国側の単独掘削ならば対抗措置をとることを確認しており,共同開発に向けた条約締結の見通しは立っていない。
2010年の日中関係最大の出来事は,9月7日に尖閣諸島・久場島付近の東シナ海で中国のトロール漁船が日本の海上保安庁所属の巡視船2隻に相次いで衝突し,船長が逮捕された事件(中国漁船衝突事件)だった。この事件は,尖閣諸島について,固有の領土であり,領土問題は存在しないとして国内法に沿った司法措置で対応すると主張した日本と,自国の領土と主張する中国との間の外交問題へと発展した。
9月10日,楊潔篪外交部長が丹羽宇一郎駐中国日本大使に対し,船長の即時釈放を求めた。12日には戴秉国国務委員が丹羽大使に対し,「賢明な政治決断」を促し,乗組員と漁船の早期返還を要請した。日本側は13日に船長以外の乗組員を解放し,漁船を返還した。しかし19日,日本側が船長の拘置延長を発表したため,外交部は同日,閣僚級以上の交流の暫定的停止などの対抗措置を発表した。さらに21日には温総理が国連総会出席の折,船長が即時に無条件で釈放されなければ「さらなる行動をとる」と厳しい姿勢を示した。23日には新華社が軍事管理区域に侵入した日本人4人を取調中であると伝え,船長の拘置延長への報復措置と見られた。24日,日本側は船長を釈放したが,外交部は翌25日,日本政府に対し謝罪と賠償を要求する声明を発表した。そして30日に中国当局が拘束中の日本人3人を釈放し,10月8日に残りの1人を釈放したことで,事件自体は一段落した。
この事件による中国の日本に対する厳しい姿勢は次のようなところにも見られた。10月4日,アジア欧州会合(ASEM)首脳会議で,温総理が菅首相と25分間の会談を行ったが,中国はこの会談を「交談」(日本語で「言葉を交わす」の意味)と表現し,その内容も箇条書きで報道する扱いだった。また10月30日,ASEAN+3首脳会議で,温総理が菅首相と10分間の会談を行ったが,外交部はこの会談を「寒暄」(同「時候の挨拶をする」)と表現し,中国国内では報道すらされなかった。さらに11月13日,横浜APEC首脳会議の席での胡国家主席と菅総理との会談も,「会晤」(同「面会する」)で「交談」と報道されたにすぎなかった。
12月20日,楊外交部長はこの事件について「断固として日本と闘い,国家主権を守った」と総括した。しかし,不明なままの点もある。たとえば衝突が事故だったのか,それとも故意だったのかという点である。漁船が軍関係の船であり,日米関係が冷え込んでいる状況で,民主党政権の外交的な許容範囲を見極める意図があったとの指摘も根強い。アメリカ政府は偶発的なものではなく,「組織的な事件」と見なしている。日本の政局の不安定と日米同盟の不安定に乗じて,中国の強気の姿勢を見せた結果と見られる。
また日中間のホットラインが全く機能しなかった点で,日中間の政治的パイプの細さがあらためて認識され,日中関係の脆弱さが事件解決を長引かせる結果となった。
平時の対立点が吹き出たアメリカとの関係金融危機への協力強化が一段落し,米中間では平時の対立点が一気に吹き出た。さらにアメリカでは11月の中間選挙を控え,議会を中心に人民元切上げ要求がエスカレートした。両国政府は,自国向けに相手国に対し厳しい態度を見せる一方,決定的な対立を避ける努力を行った。
1月29日にアメリカ政府が総額64億ドルの台湾への武器売却を決定した。地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)114基,多目的ヘリUH60ブラックホーク60機などが含まれた。しかし台湾当局が強く求めた新型F16戦闘機の売却は見送られた。2月18日には,中国政府の反対を押し切り,オバマ大統領がダライ・ラマ14世と会見した。台湾問題,チベット問題という伝統的な米中間の争点が浮上した。
胡国家主席は4月12日,オバマ大統領と会談を行った。そこでの焦点は人民元切上げ問題で,11月に中間選挙を控えるアメリカ側は切上げを強く求めた。他方,胡国家主席は人民元相場と貿易不均衡は無関係であり,人民元レート設定メカニズムの改革は,外部の圧力で進めるものではないとの基本的な立場を述べ,アメリカの主張に反論した。またイラン制裁では追加制裁も視野に協調を確認し,核セキュリティ・サミットでも国際協力を進める方針に言及した。
5月24~25日の第2回米中戦略・経済対話では,3月26日に発生した韓国哨戒艦「天安」沈没事件への対応が主要議題に浮上し,沈没させたと見られる北朝鮮をクリントン国務長官が厳しく非難した。しかし中国は関係各国に慎重な対応を求めるにとどめた。他方,アメリカ議会の切上げ要求が高まるなか,人民元切上げ問題はトーンダウンした。ギリシャ債務危機の発生も理由のひとつだが,切上げの国民生活への影響を懸念する中国の国内要因を理解し,中国政府の自発的対応に期待するアメリカ政府の配慮とも見られた。ただし,中国側はアメリカの台湾への武器売却への対抗措置として,ゲーツ国防長官の訪中の申し入れを断った。
6月19日に中国人民銀行が「人民元為替形成メカニズムの改革をさらに進め,為替相場の弾力性を高める」決定に関する談話を発表し,中国政府は自発的対応を示した。26日,G20サミットでオバマ大統領は,19日の人民銀行の決定を歓迎し,胡国家主席の訪米を招請した。他方,「天安」沈没事件で北朝鮮が関与したという見方に同調するよう強く迫ったが,胡国家主席は従来の立場を繰り返し,さらにアメリカが保護主義の傾向を抑え,対中ハイテク製品輸出規制措置を緩和するよう求めた。
中間選挙後の11月11日のオバマ大統領との会見で,胡国家主席は軍事転用可能なハイテク製品の対中輸出制限の緩和を改めて求めた。またアメリカの量的緩和政策の新興国や途上国への影響に配慮するよう求めた。オバマ大統領は,「米中両国には,核,経済大国として,核不拡散,経済成長に『特別の責務』がある」と中国に国際的な大国としての責務の遂行を求め,首脳会談の場で控えていた人権政策に絡む表現の自由や政治犯の釈放についても言及した。
先の見えない朝鮮半島の安定に向けた仲介努力中国は国際社会に対し,北朝鮮の6カ国協議復帰への仲介努力を示したが,ことごとく失敗に終わった。他方,「天安」沈没事件と韓国延坪島砲撃事件に対しては,事実上の北朝鮮支持に回ることで,朝鮮半島の安定を守ろうとした。
2月に朝鮮半島事務特別代表に任命された武大偉は3月5日,「今年(2010年)上半期の6カ国協議再開を目指す」と明言したが,「米朝協議→予備会談→本会談」の3段階構想を持っていたと言われる。しかし,この構想も「天安」沈没事件で頓挫した。
5月3~7日,金正日朝鮮労働党総書記が2006年1月以来4年4カ月ぶりに非公式に来訪した。6カ国協議は各国が「誠意」を示し,会談のプロセスを進めるために積極的な努力をしなければならないとの共通認識に達した。さらに「天安」沈没事件について,胡総書記は沈没原因の特定には客観的な証拠が重要と述べ,北朝鮮の関与に言及せず,朝鮮半島での緊張懸念を伝えるにとどめた。
5月20日に発表された韓国側の「天安」沈没事件の調査結果に対しても「調査結果を評価中」と述べ慎重姿勢を貫いたが,7月9日の国連安保理の議長声明では事件を北朝鮮によることを示唆する「攻撃」とすることを容認した。
他方,7月25~28日に日本海での米韓合同軍事演習が実施されたが,当初アメリカは原子力空母ジョージ・ワシントンを黄海に展開させる予定だった。しかし,中国の強い反対により派遣を見送った。演習に合わせ,中国は長距離ロケット砲の実践演習と主力艦が参加する大規模軍事演習を実施し対抗した。
8月26~30日,金総書記が再び,非公式に来訪した。27日,胡総書記は異例にも長春に出向き金総書記と会談した。新華社は金総書記の「早期の6カ国協議の再開を推進し」との発言を報道した。
1年に2度も金総書記が訪中したこともあり,北朝鮮の後継問題に対する中国の立場にも注目が集まった。だが,金総書記との2度の会談で胡総書記が後継問題に直接言及することはなかった。8月の会談では「朝鮮労働党代表者会が円満な成果を収めるよう願う」と述べ,9月28日には金総書記に朝鮮労働党代表者会の成功に対し「熱烈な祝意を表する」祝電を送ったことから,事実上,後継体制を支持したと見られる。ただし胡総書記と後継者が面会したかどうかは不明である。
11月22日に発生した北朝鮮による韓国延坪島砲撃事件に対しては,特定の国を非難することはなく,24日には温総理自らが訪問中のロシアで「関係各方面が最大限の抑制を維持しなければならない」と発言した。さらに28日,武代表がこの問題に特化した6カ国会議首席代表の緊急会合の開催を提案し,「(緊急会合が)6カ国協議再開を意味するものではない」とあえて述べ,日米韓に配慮を示した。しかし12月7日の日米韓外相会議はこの提案を拒否した。また金総書記も8日から訪朝した戴国務委員に対し,無条件開催を要求したことで,中国の提案はまたも失敗に終わった。その後,19日にこの事件を討議するための国連安保理緊急会議が開かれたが,中ロの反対で声明発表は見送られ,中国は砲撃への明確な言及,「延坪島」の地名への言及すら拒んだ。さらに外交部は20日,事件に対応した韓国軍の射撃演習に対し,北朝鮮が軍事的対応を控えたことをむしろ評価した。
10月,周永康中央政治局常務委員会委員が朝鮮労働党創立65周年記念行事出席のために,また郭伯雄中央政治局委員兼党中央軍事委員会副主席が中国人民志願軍の朝鮮戦争参戦60周年記念行事出席のために,それぞれ北朝鮮を訪問し,両国の歴史的友好関係を再確認した。
対立深まるASEAN1月にFTAが発効し,経済関係が緊密になる一方で,3月に戴国務委員が南シナ海も「核心的利益」であると明言し,南シナ海での中国の権益拡大行動,領有権問題が対立を深めた。
4月から南シナ海で,自国漁船の保護と他国漁船の違法操業を取り締まるため,武装した中国の大型漁業監視船がパトロールを行うようになり,緊張が一気に高まった。4月末,南沙(スプラトリー)諸島でマレーシア軍艦が,中国の大型漁船監視船を含む漁船団を追跡した。6月,インドネシア近海でインドネシア海軍の艦船が拿捕した中国漁船を,武装した中国艦艇が奪還する事件が発生した。6月末には,トンキン湾沖でベトナム漁船31隻が中国艦艇に拿捕された。
7月23日のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会談では,領有権問題をめぐり,当事国との二国間交渉を唱える中国と多国間協議を求めるASEANが激しく対立した。アメリカもASEANを支持し,クリントン国務長官が「南シナ海の航行の自由はアメリカの国家利益」と発言し,アメリカが南シナ海の領有権問題に積極的に関与する姿勢を明確にした。このことに楊外交部長が激昂したとも言われており,米中間の新たな争点に浮上した。
9月11日にも西沙(パラセル)諸島の周辺海域でベトナム漁船が中国当局に拿捕され,乗組員9人が拘束される事件が起きた。
10月29日,温総理が出席した第13回ASEAN+中国首脳会談では,「南シナ海行動宣言」の実効性を高めるガイドラインの策定,12月に初の実務者会議の開催で合意した。これは,既存の「宣言」だけでは中国の強硬路線を抑止できないとのASEANの判断からだった。しかし,12月の実務者会議で進展は見られなかった。
欧州へ積極的な財政支援欧州の一部の国の財政危機に対する中国の積極的な支援が注目された。
イギリスとの関係は,中英戦略対話を閣僚級に格上げして3月に実施し,環境・省エネ分野での協力強化や貿易・投資拡大を目指す方針で一致した。フランスとは,4月28~30日にサルコジ大統領が来訪し,胡国家主席も11月に訪問するなど,良好な関係を維持した。ドイツとは,7月15~18日にメルケル首相が来訪し温総理が西安視察に同行する厚遇ぶりを見せた。
10月2~11日,温総理がギリシャ,ベルギー,イタリア,トルコを訪問し,第8回ASEM首脳会議,第13回中国・EUサミットに出席した。ギリシャでは,ギリシャが長期国債発行を再開すれば,中国も購入する方針を表明した。
11月4~7日,胡国家主席がフランス,ポルトガルを訪問し,ソクラテス・ポルトガル首相との会見で,財政危機回避に向けた努力をするポルトガルを支援するために「具体的な措置をとる」と述べ,ポルトガル国債の購入を示唆した。
さらに,12月21日に開かれた中国・EUハイレベル経済・貿易対話で,アイルランドなど財政危機に陥ったEU域内国への支援で積極的に協力する考えを表明した。
ロシア,中央アジアとの関係5月に胡国家主席がロシアを訪問し,ロシア祖国防衛戦争勝利65周年記念式典に出席し,9月のメドベージェフ・ロシア大統領の来訪時には,第二次世界大戦終結65周年に関する共同声明が発表された。これらは歴史の共通点の再確認であり,中国とロシアとの特殊な関係を象徴した。
6月には,胡国家主席がウズベキスタン,カザフスタンを訪問し,SCO(上海協力機構)サミットに出席した。サミットでは「国連制裁を受けていない国」などの新規加盟の規定を制定した。これは,イランにウラン濃縮停止などの制裁解除への動きを促す中国とロシアの「圧力」と見られた。
9月には,メドベージェフ大統領が,石油,天然ガス,原子力など巨大国営企業の幹部ら数十人とともに来訪した。原子力の平和利用に関する戦略的協力,江蘇省田湾原子力発電所をめぐる技術協力,中国向け天然ガスの供給拡大,両国銀行間の金融協力などの合意書に調印した。
11月には,温総理がロシア,タジキスタンを訪問し,中ロ首相第15回定期会合,SCOメンバー国第9回首相会議に出席した。プーチン・ロシア首相との会談で,モスクワ外国為替市場で12月上旬から人民元取引を始めることで合意,ロシアが江蘇省田湾原発で3,4号機を建設することで合意し,契約を締結した。
インドとパキスタンとのバランス外交7月6~11日,ザルダーリー・パキスタン大統領が来訪し,原子力発電所建設支援についての協議に関心が集まった。これは各国がインドとの原子力協力を進めていることと関連しており,同じ時,インド首相特使が来訪したことも両国の原発協議へのけん制と見られた。ただし協議の詳細は明らかになっていない。
12月には温総理がインド,パキスタンを訪問した。シン・インド首相との会談では,首脳の相互訪問,首相間のホットラインの設置,国境問題特別代表メカニズム作用の発揮,600億ドルの貿易額を2015年までに1000億ドルに拡大すること,途上国間の協力,さらに「戦略経済対話」の設置で一致した。同行した400人を超える企業代表団は,鉄鋼や化学,電機などの分野で総額160億ドルの契約を締結した。他方,国境問題では進展はなかった。ギーラーニー・パキスタン首相との会談では,エネルギー協力や貿易促進で両国間の戦略関係を拡大させることで合意した。中国の企業代表団がパキスタン企業と総額100億ドルのビジネス取り決めに調印し,インドとパキスタンの間のバランス外交を展開した。
経済交流の進んだ台湾との関係6月29日の両岸交流窓口機関第5回トップ会談で「両岸経済協力合作枠組み協定」(ECFA)が締結された。中国が539品目,台湾が267品目の関税を段階的に引き下げ,2013年1月までにゼロにする。また銀行や保険,医療などの11のサービス分野で台湾から中国市場に進出する規制緩和で合意した。温総理が「台湾に利益を譲る」と述べたように,中国側が台湾側に対し大幅な譲歩を見せた。
経済交流が大きく進展したことで,中国側は政治交流に乗り出すサインをいくつか発した。3月,国務院台湾事務弁公室が台湾軍の退役軍人や専門家との交流の検討に言及した。また台湾のWHO年次総会へのオブザーバー参加を容認した。さらに9月,蔡武文化部長が文化交流イベント出席のため,台湾を訪問し,中台文化協定の締結を提唱した。しかし,台湾側はこれを拒否した。
12月21日に開かれた両岸交流窓口機関第6回トップ会談では,「医薬・衛生協力取り決め」が締結された。しかし,「投資保護協定」については,訴訟などが主権問題にかかわることから締結は持ち越しとなった。政治交流は時期尚早と見られる。
(佐々木)
国内政治は,次期党大会での人事をめぐり,権力闘争がいっそう激化するだろう。他方中央指導部は,社会安定を維持,発展させなければならないという至上命題も抱えている。ネット社会が引き起こす問題に対し,共産党はますます対応が難しく,事実上の妥協を迫られる場面が増えてくるだろう。しかしそれは,一党支配の弱体化と表裏一体のものである。
経済面の最大の課題は,インフレや不動産バブルの沈静化と安定的な経済成長の維持を両立させることである。当面は,穏健な金融政策が継続され,利上げや預金準備率の引き上げが複数回実施されることが考えられる。また,不動産バブルを抑制するために,不動産税の導入など,抑制政策が引き続き展開されることと思われる。しかし,インフレや過剰流動性は,引き締め策だけで対応しきれる問題ではない。これらに徹底的に対処するためには,人民元改革の進展や農業生産性の向上,また民間企業による投資規制の実質的な緩和など,中国経済の抜本的な構造転換を図ることが大前提である。
対外関係は,周辺海域での権益拡大行動をさらに進めることが予想され,周辺諸国,ならびに東アジアに関与しようとするアメリカとの軋轢もさらに高まるだろう。日中関係は,日本国内の政局が極めて不安定であることから,中国は攻勢に出てくるとみられるため,関係改善は難しい。
(佐々木:在上海海外調査員)
(丁可:地域研究センター)
1月 | |
7日 | 国務院弁公庁,「不動産市場の平穏な健全な発展を促進することに関する通知」を通達。 |
11日 | 第17期中央規律検査委員会(中規委)第5回全体会議(~13日)。 |
12日 | 青海省人民代表大会,代理省長に駱恵寧を任命。 |
12日 | 中国人民銀行,1月18日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
15日 | チベット自治区人代,主席にバイマチリンを任命。 |
18日 | 党中央・国務院,第5回チベット工作座談会開催(~20日)。 |
18日 | 「党指導幹部の廉潔政務の若干の準則」公布,施行。 |
26日 | ダライ・ラマ14世の特使ロディ・ギャリ,来訪(~31日)。 |
30日 | 何亜非外交部副部長,駐中国アメリカ大使と緊急面会し,29日のアメリカの台湾への武器売却決定に厳しく抗議。 |
2月 | |
12日 | 人民銀行,2月25日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
24日 | 全国人民代表大会(全人代)常務委員会第13回会議(~26日)。国防動員法案を採択。 |
25日 | 国家統計局,「2009年統計公報」を発表。 |
3月 | |
1日 | 駱駝山炭鉱で浸水事故発生。32人が死亡。 |
3日 | 中国人民政治協商会議第11期全国委員会第3回会議(~13日)。 |
5日 | 第11期全人代第3回会議(~14日)。 |
18日 | 国務院資産監督管理委員会,78の中央国有企業に不動産事業から撤退するよう指示。 |
20日 | 習近平国家副主席,ロシア,ベラルーシ,フィンランド,スウェーデンを訪問(~30日)。 |
26日 | 中国政府,日本政府に対し2008年1月のギョーザ事件の容疑者の拘束を通告。 |
28日 | 山西省王家嶺炭鉱で浸水事故発生。38人が死亡。 |
28日 | 吉利,アメリカ・フォード社傘下のボルボ社を18億ドルで買収。 |
31日 | 中央弁公庁,「党・政府指導幹部選抜任用工作責任追及弁法(試行)」を通達。 |
4月 | |
2日 | 胡錦濤国家主席,アメリカのオバマ大統領と電話会談。関係修復を確認。 |
6日 | 胡錦濤総書記,科学的発展観学習実践活動総括大会で重要講話。 |
8日 | 中国の艦載ヘリが日本の海上自衛隊の護衛艦に異常接近。 |
10日 | 中国艦艇10隻(潜水艦2隻を含む)が沖縄本島と宮古島の間の公海を通過。 |
12日 | 胡国家主席,アメリカ,ブラジルを訪問(~15日)。核セキュリティー・サミット,BRICs第2回サミットに出席。 |
12日 | 胡国家主席,オバマ大統領と会見。 |
12日 | 胡国家主席,鳩山由紀夫首相と会見。 |
13日 | 中国艦艇が沖ノ鳥島を周回。 |
14日 | 青海省玉樹チベット族自治州玉樹県でM7.1の地震発生。 |
15日 | 国務院常務会議。「一部都市の住宅価格急騰を断固抑制し,都市部住民の住宅問題を確実に解決するよう求める通知」(国十条)を採択。 |
15日 | 胡国家主席,メドベージェフ・ロシア大統領と会見。 |
21日 | 中国の艦載ヘリが海上自衛隊の護衛艦に異常接近。 |
24日 | 党中央,王楽泉新疆ウイグル自治区党委書記を解任,後任に張春賢を決定。 |
25日 | 党中央,湖南省党委書記に周強を決定。 |
26日 | 全人代常務委第14回会議(~29日)。 |
28日 | サルコジ・フランス大統領,来訪(~30日)。 |
30日 | 2010年上海世界博覧会開幕(~10月31日)。 |
5月 | |
2日 | 人民銀行,5月10日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
3日 | 金正日朝鮮労働党総書記,非公式に来訪(~7日)。 |
7日 | 国務院,「民間投資の健全な発展を奨励,指導することに関する若干の意見」を発表。 |
8日 | 胡国家主席,ロシアを訪問(~9日)。ロシア祖国防衛戦争勝利65周年記念式典に出席。 |
17日 | 中央新疆工作座談会(~19日)。開催は初。 |
23日 | 遼寧省阜新市で33人が死亡する交通事故が発生。 |
24日 | 第2回米中戦略・経済対話(~25日)。 |
24日 | 山東如意集団,レナウンと資本業務提携を締結したことを発表。 |
28日 | 温総理,韓国,日本,モンゴル,ミャンマーを訪問(~6月3日)。 |
31日 | 温総理,鳩山首相と会談。 |
31日 | 党中央,安徽省党委書記に張宝順を,山西省党委書記に袁純清を決定。 |
6月 | |
2日 | 陜西省人代,代理省長に趙正永を任命。 |
5日 | 湖南省人代,代理省長に徐守盛を任命。 |
8日 | 国務院新聞弁公室,「中国インターネット状況」発表。 |
9日 | 胡国家主席,ウズベキスタン,カザフスタンを訪問(~12日)。上海協力機構(SCO)サミットに出席。 |
10日 | 胡国家主席,メドベージェフ・ロシア大統領と会見。 |
14日 | 温総理,菅直人首相と電話会談。 |
14日 | 習国家副主席,バングラデシュ,ラオス,ニュージーランド,オーストラリアを訪問(~24日)。 |
19日 | 中国人民銀行,「人民元為替形成メカニズムの改革をさらに進め,為替相場の弾力性を高める」決定に関する談話を発表。 |
22日 | 全人代常務委第15回会議(~25日)。民生部長に李立国を任命。 |
22日 | 人民銀行・財政部・商務部・国家税関総署・国家税務総局・中国銀行業監督管理委員会,「越境取引人民元決済実験の拡大問題に関する通知」を発表。 |
23日 | 胡国家主席,カナダを訪問(~27日)。G20サミットに出席。 |
26日 | 胡国家主席,オバマ大統領と会見。 |
26日 | 胡国家主席,メドベージェフ・ロシア大統領と会見。 |
27日 | 胡国家主席,菅首相と会見。 |
28日 | 中央組織部,2009年末の党員数を7799.5万人と発表。 |
29日 | 両岸交流窓口機関第5回トップ会談(重慶)。両岸経済合作枠組み協定(ECFA)に署名。 |
7月 | |
1日 | 日本外務省,中国人個人観光客向けビザの発給要件を大幅に緩和。 |
5日 | 西部大開発工作会議(~6日)。 |
7日 | 呉邦国全人代常務委員長,フランス,ボスニア・ヘルツェゴビナ,スイスを訪問(~20日)。 |
9日 | 中国政府,アメリカ・グーグル社にネット業務に必要な免許の更新を許可。 |
11日 | 中弁・国弁,「指導幹部の個人関連事項報告に関する規定」を通達。 |
15日 | メルケル・ドイツ首相来訪(~18日)。 |
16日 | 中国農業銀行,香港株式市場に上場。 |
19日 | 上将授与式。11人を任命。 |
24日 | 党中央,寧夏回族自治区党委書記に張毅を決定。 |
27日 | 日中東シナ海問題第1回政府間協議。 |
29日 | 党中央・国務院「国家中長期教育改革和発展計画綱要(2010-2020年)」を通達。 |
29日 | 甘粛省人代,代理省長に劉偉平を選出。 |
8月 | |
7日 | 甘粛省甘南チベット族自治州舟曲県で大規模土石流が発生。5万人以上の被災。 |
20日 | 温総理,深圳経済特区を視察(~21日)。政治体制改革について発言。 |
21日 | 党中央,貴州省党委書記に栗戦書を任命。 |
23日 | 全人代常務委第16回会議(~28日)。人民仲裁法改正案を採択。 |
26日 | 金朝鮮労働党総書記,非公式に来訪(~30日)。 |
27日 | 黒龍江省人代,代理省長に王憲魁を任命。 |
28日 | 第3回日中ハイレベル経済対話。 |
30日 | 貴州省人代,代理省長に趙克志を任命。 |
9月 | |
2日 | 蔡武文化部長,台湾を訪問。文化交流イベントに出席。 |
6日 | 胡総書記,深圳経済特区設置30周年記念式典に出席。 |
7日 | 尖閣諸島・久場島付近の東シナ海で中国のトロール漁船が,日本の海上保安庁所属の巡視船2隻に相次いで接触。船長を逮捕。 |
8日 | 国務院常務会議,「戦略的新興産業の育成と発展を加速することに関する決定」を採択。 |
10日 | 楊潔篪外交部長,丹羽宇一郎駐中国日本大使に対し,船長の即時釈放を要請。 |
12日 | 戴秉国国務委員,丹羽大使に対し,「賢明な政治決断」を促し,乗組員と漁船の早期返還を要請。 |
15日 | 中弁,「党の末端組織の党務公開実施に関する意見」を通達。 |
19日 | 外交部,船長の勾留延長に対し,閣僚級以上の交流の暫定的停止などの対抗措置を発表。 |
21日 | 温総理,船長の即時無条件釈放を要求。釈放されなければ「さらなる行動をとる」と発言。 |
23日 | 新華社,軍事管理区域に侵入,撮影したフジタ社員4人を取調中と報道。 |
25日 | 外交部,船長の釈放に対し,謝罪と賠償要求の声明を発表。 |
26日 | メドベージェフ・ロシア大統領,来訪(~28日)。 |
29日 | 各政府部門,30日から不動産市場のコントロールを強化する一連の措置を実施することを発表。 |
30日 | 中国当局,拘束中のフジタ社員3人を釈放。 |
10月 | |
1日 | 月無人探査機「嫦娥2号」の発射に成功。 |
2日 | 温総理,ギリシャ,ベルギー,イタリア,トルコを訪問(~11日)。第8回アジア欧州会合(ASEM)首脳会議,第13回中国・EUサミットに出席。 |
4日 | 温総理,菅首相と会談。 |
8日 | 外交部,劉暁波へのノーベル平和賞授与を「平和賞を汚すもの」と激しく反発。 |
8日 | 中国当局,拘束中のフジタ社員1人を釈放。 |
9日 | 周永康中央政治局常務委員会委員,北朝鮮を訪問(~11日)。朝鮮労働党創立65周年記念行事に出席。 |
15日 | 党17期中央委員会第5回全体会議(~18日)。「国民経済と社会の発展についての第12次国民経済・社会発展5カ年計画の策定に関する党中央の提案」を採択。習近平中央政治局常務委委員を党中央軍事委員会副主席に選出。 |
19日 | 人民銀行,10月20日から預金・貸出金利の0.25ポイント引き上げを発表。 |
25日 | 全人代常務委第17回会議(~28日)。社会保険法案,村民委員会組織法改正案,代表法改正案を採択。習中央政治局常務委委員を国家中央軍事委員会副主席に選出。 |
28日 | 温総理,ベトナムを訪問(~30日)。第13回ASEAN+中国サミット,第13回ASEAN+3,第5回東アジアサミット,日中韓サミットに出席。 |
30日 | 温総理,菅首相と会談。 |
11月 | |
3日 | 呉委員長,カンボジア,インドネシア,タイを訪問(~13日)。 |
4日 | 胡国家主席,フランス,ポルトガルを訪問(~7日)。 |
10日 | 人民銀行,11月16日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
11日 | 胡国家主席,韓国,日本を訪問。G20サミット,APEC非公式サミットに出席。 |
11日 | 胡国家主席,オバマ大統領と会見。 |
11日 | 胡国家主席,メドベージェフ・ロシア大統領と会見。 |
13日 | 胡国家主席,菅首相と会談。 |
14日 | 習国家副主席,シンガポール,南アフリカ,アンゴラ,ボツワナを訪問(~24日)。 |
15日 | 党中央・国務院,同日の上海でのマンション火災で孟建柱公安部長を派遣。 |
17日 | 国務院常務会議,「消費者物価を安定させ大衆の基本生活を保障することに関する通知」を採択。 |
18日 | 中規委・中組部,「県党委員会の権力の公開透明運用試点工作の展開に関する意見」を通達。 |
19日 | 人民銀行,11月29日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
22日 | 温総理,ロシア,タジキスタンを訪問(~25日)。中ロ首相第15回定期会合,SCOメンバー国第9回首相会議に出席。 |
12月 | |
3日 | 中央政治局会議,翌年のマクロ経済政策を「穏健的貨幣政策」へ転換。 |
6日 | 党中央,江蘇省党委書記に羅志軍を,湖北省党委書記に李鴻忠を任命。 |
8日 | 江蘇省人代,代理省長に李学勇を任命。 |
8日 | 中弁・国弁「党・政府主要指導幹部と国有企業指導者の経済的責任の会計検査規定」を通達。 |
10日 | 中央経済工作会議(~12日)。 |
10日 | 人民銀行,12月20日から預金準備率の0.5ポイント引き上げを発表。 |
15日 | 温総理,インド,パキスタンを訪問(~19日)。 |
16日 | 湖北省人代,代理省長に王国生を任命。 |
20日 | 全人代常務委第18回会議(~25日)。水土保持法改正案を採択。工業信息化部長に苗圩を任命。 |
21日 | 両岸交流窓口機関第6回トップ会談(台北)。「医薬・衛生協力取り決め」を締結。 |
21日 | 中央農村工作会議(~22日)。「水利改革の発展と加速に関する党中央,国務院の決定」を採択。 |
23日 | 国務院新聞弁公室(国新弁)「中国とアフリカの経済貿易協力」白書を発表。 |
25日 | 人民銀行,12月26日から預金・貸出金利の0.25ポイント引き上げを発表。 |
29日 | 国新弁「中国の反腐敗と政治廉潔の建設」白書を発表。 |