アジア動向年報
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2011年の香港特別行政区 貧富格差・インフレの深刻化,本土との連携強化と選挙レースへの突入
三船 恵美
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2012 年 2012 巻 p. 131-150

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2011年の香港特別行政区 貧富格差・インフレの深刻化,本土との連携強化と選挙レースへの突入

概況

2011年の香港政治は,11月6日の区議会議員選挙を皮切りに,2012年9月の立法会議員選挙までの一連の選挙レースに突入した。行政長官選挙は,范徐麗泰が立候補を断念したことにより,事実上,梁振英と唐英年の一騎打ちとなった。2月に2011/12年度財政予算案が発表されたが,市民の反発が大きく,税還付や一時金の支給など大幅に修正を行うこととなった。曽蔭権行政長官は10月に最後の施政方針演説を行った。その内容は,政治的な配慮から,ばらまき政策となった。11月に行われた区議会議員選挙では,泛民主派が大敗した。泛民主派が大敗した理由として,親政府派の組織票動員,社会民主連線(社民連)と人民力量の「暴力的な政治活動」に対する有権者の反感,泛民主派同士の票の奪い合い,などが挙げられる。

経済では,第12次5カ年計画で初めて香港が中国の国家戦略のなかで位置づけられた。8月には,香港を訪問した李克強副総理が,中央による新たな香港支援策を公表した。香港では貧富の格差が拡大し,インフレに苦しむ香港市民が少なくなかった。格差是正策の一環として最低賃金法が5月に施行されたが,人件費上昇は最終的には消費財価格に転嫁され,インフレが加速すると見込まれている。

域外関係では,国務院香港マカオ事務弁公室の王光亜主任が,就任後初めて香港を視察した。台湾とは,在外公館に相当する出先機関を相互に設置した。ロシアやカザフスタンとは,関係強化が図られた。バヌアツは,中国戦略をにらみ,香港に商務代表部を設立した。コンゴ政府の債務不履行をめぐる裁判では,香港終審法院が全国人民代表大会(全人代)常務委員会へ外交や司法権の範囲について定めた基本法第13条と第19条の解釈を求めた。福島第一原発事故は深圳の大亜湾原発に対する香港市民の不安をかき立てた。福島の教訓を活かし,大亜湾原発の事故を想定した大規模な災害訓練が2012年に香港で行われることとなった。

域内政治

唐英年と梁振英が行政長官選挙に立候補

2011年11月6日の区議会議員選挙を皮切りに,12月11日に行政長官選挙の選挙人団である「選挙委員会」の選挙,2012年3月25日に行政長官選挙,2012年9月には立法会議員選挙が行われる。香港政治は一連の選挙レースに突入した。

「港人治港」(香港人による自治)が謳われているものの,香港の行政長官の選挙では実質的には中国中央が行政長官を決定し,選挙委員会メンバーの多くがそれを追認する慣行が続いてきた。20年以上香港に居住している香港の永住権取得者で,外国の居住権を持たない40歳以上の中国公民であることが,行政長官選挙の立候補の条件となっている。行政長官の選出にあたっては,行政長官を選出する選挙委員会委員を選出し,その選挙委員会委員が行政長官を選出する。選挙委員会委員は,(1)35の業界団体による職能選挙別選出の1044人,(2)全人代香港地区代表と立法会議員の96人,(3)宗教団体の60人(指定6団体による代表指名)の合計1200人からなる。この委員構成には,一般の香港市民の支持が反映されているわけではなく,中国中央の支持やそれを汲んだ香港経済界の支持が反映されることとなり,泛民主派からの候補者は事実上当選できない仕組みとなっている。

行政長官の任期は5年2期までで,曽蔭権行政長官の任期がすでに2期目であることから,2012年選挙では新たな行政長官が選出される。2017年の行政長官選挙から直接選挙が導入されることを全人代常務委員会が決定しているため,「2012年選挙の当選者」は,2期目の選挙では直接選挙で再選へ挑まねばならない。2012年に中国中央が「実質的に任命」する行政長官が2017年の直接選挙で敗れれば,中国中央のメンツは潰されることとなる。そのため,中国中央は,行政長官の人選に慎重になっている。

9月27日に梁振英が行政会議(行政長官の諮問機関)招集人を,翌28日に唐英年が政務長官をそれぞれ辞任し,行政長官選挙の火蓋が切られた。唐英年は11月26日に,梁振英は翌27日に,立候補を表明した。泛民主派からは民主党の何俊仁主席が出馬するが,行政長官選挙立候補の「前提条件となる150人以上の選挙委員会委員の獲得」にとどまった。香港で唯一の全人代常務委員会委員で香港市民の支持の高い范徐麗泰が,11月13日に,66歳の高齢を理由に,行政長官立候補の断念を表明した。香港メディアによれば,実際の断念理由は,「150人以上の選挙委員会委員」を獲得できなかったためであった。これにより行政長官選挙は,事実上,梁振英と唐英年の一騎打ちとなった。

国務院香港マカオ事務弁公室の王光亜主任は,7月11日,北京を訪れた香港工会連合会の代表団に,行政長官に必要な条件として,(1)愛国愛港者,(2)高い統治能力,(3)香港社会での高い支持,の3点を挙げた。中国中央によるこれらの「採点」によって,2012年の行政長官が決定される。香港政府の要職を務めてきた梁と唐はいずれも,香港政府との関係を重視する「親政府派」であると同時に,北京の中央政府との関係を重視する「親中派」でもある。唐英年の父親の唐翔千は,全国政治協商会議常務委員などを歴任し,長年の上海での投資を通じて江沢民前国家主席らの「上海閥」と親密な関係にあり,唐英年も「上海閥」に近いと見られている。一方,第11期人民政治協商会議の常務委員を務める梁振英は,「香港で実業家として中国共産党の地下党員として活動してきた」と言われており,胡錦濤をはじめとする「団派(中国共産主義青年団の出身者で構成される中国共産党内の派閥)」に比較的近いとみられている。梁と唐のいずれも「親中派」であることから,(1)は両者とも「問題」がない。(2)については,実業家出身の梁は行政経験が短く,唐よりも不安視されている。(3)については,香港大学が2012年1月に行った世論調査では,唐の支持率(29.8%)よりも梁の支持率(45.9%)のほうが高かった。当初は唐が有利と見られていたが,不倫スキャンダルや自宅の違法建築,マスコミへの失言などが続き,香港市民の唐への支持は高くはない。

2011/12年度財政予算案の大幅修正と相次いだ過激抗議

2月23日,曽俊華財政司司長(財政長官)は立法会で2011/12年度の財政予算案を発表した。財政備蓄は3月末現在で約6000億香港ドル(約2年半の歳出に相当)となる見込みのもと,前年度比22%増の歳出で39億香港ドルの黒字が予測された。民生改善に重点を置き,一般会計歳出の56.4%が教育(前年度比6%増),社会福祉(同11%増),医療・衛生(同9%増)にあてられた。インフレ対策として,電気代補助(年1800香港ドル),公共住宅の家賃2カ月免除,生活保護・年金・障害者手当の1カ月分追加支給,強制積立年金(MPF)口座への6000香港ドル支給,インフレ連動債券の発行(50億~100億香港ドル)などを盛り込んだ。税金面では,不動産税の減免(1四半期につき1500香港ドルまで免除),扶養家族控除の20%引き上げ,たばこ税41.5%引き上げ,自動車初回登録税15%引き上げなどが盛り込まれた。高騰する不動産価格への対策としては,年間平均2万戸を目安としている民間住宅供給量の引き上げ,新たな埋め立て検討などが示された。

予算案発表当日夜に香港大学が行った世論調査によると,予算案に対する市民の評価は曽行政長官の就任以来最低で,「満足」と答えたのは27%,「不満」と答えたのが35%であった。予算案の大幅修正を求めた民主党,社民連,公務員工会連合会は合同で大規模デモの3月6日実施を呼びかけた。

全人代の期間中(3月5~14日)の香港におけるデモを避けたかった曽行政長官は,2月28日,民主建港協進連盟(民建連)など親政府派の立法会議員20人と予算案の修正を検討し,3月2日に修正案を発表した。6000香港ドルの支給についてはMPF口座への振り込みに代えて,18歳以上の永住権を持つ市民すべてに現金で支給し,その恩恵を受けられない永住権を持たない新移民には別の措置も検討すると公表した。個人所得税については,前年度同様に6000香港ドルを上限に最高75%還付することとした。これによって新年度財政は39億香港ドルの黒字から100億香港ドル以上の赤字に転じることが予想された。

その間の3月1日,辛亥革命百周年の記念行事に出席した曽行政長官は,社民連のメンバーに襲われ,胸を打撲した。3月6日には,財政予算案に反対する民主党,公務員工会連合会,社民連のデモに主催者発表で1万人,警察発表で6840人が参加した。「80後」(1980年以降誕生した若者)や社民連のメンバーが警察と衝突し,約100人が連行される騒ぎとなった。3月13日以降,2011/12年度財政予算案の審議が始まると,議事堂周辺では,ものものしい警備が続けられた。

曽蔭権行政長官,最後の施政方針演説

10月12日,曽蔭権行政長官は「さらなる発展を目指して」と題した2011/12年度の施政方針演説を発表した。香港大学が演説の直前に行った世論調査によれば,市民が政府に望む項目のトップは住宅問題であった。演説の約2割を住宅問題が占めたことから,曽行政長官の最終施政方針が,香港市民の要望に応えようとしたものであったことがうかがえる。その骨子は,5年間で7万5000戸の賃貸型公共住宅建設,分譲型公共住宅の建設再開で月収3万香港ドル未満の世帯を対象に150万~200万香港ドルの住宅供給,土地供給の確保などである。その他,(1)高齢者福祉では,老人ホームの拡充,広東省で居住する場合に現地での養老年金受け取りを可能にすることなど,(2)低所得層の生活支援では,公共住宅家賃の2カ月分免除,生活保護・養老年金・障害者手当の1カ月分増額,若者や障害者の就業支援など,(3)経済政策では,香港企業の中国本土市場開拓支援に対する10億香港ドルの拠出,2011年末までの経済貿易緊密化協定(CEPA)第8補充協定調印,人民元資金の流通促進,重慶市・福建省との協力強化など,(4)その他,標準労働時間の制定,男性公務員の産休などの検討が盛り込まれた。

区議会選挙で泛民主派が大敗

地方議会に相当する区議会議員(任期4年)選挙が11月6日に行われた。18区の区議会の507議席のうち,直接選挙枠計412議席を選出した。対立候補がなく無投票となった76議席を除く336議席をめぐり,915人の候補者が小選挙区で戦った。投票率は前回の38.8%を上回り,41.5%であった。当選者の任期は2012年1月1日から2015年12月31日までである。2010年6月に可決された選挙制度改革によって,2012年選挙で増える立法会10議席のうち5議席は,区議会議員から指名された候補者を一般の有権者による直接選挙で選出する「超級区議席」(スーパーシート)と呼ばれる枠となっている。また,2012年3月の行政長官選挙で投票権をもつ選挙委員会委員1200人のうち,区議会議員が117人を占める。その意味で,香港政治にとって重要な選挙であった。

結果は泛民主派の大敗であった。区議会最大勢力で親政府派の民建連が,前回選挙から21議席伸ばして136議席を獲得し,直接選挙枠の33%を占めた。一方,泛民主派は前回の106議席から83議席へ後退した。泛民主派の最大勢力の民主党は,前回選挙で59議席を獲得していたが,2010年の政治制度改革をめぐり党員が脱退したことで改選前に50議席となり,選挙で47議席に後退した。また,泛民主派の急進左派については,27人の社民連立候補者のうち当選者はゼロ,62人の人民力量立候補者のうち当選者は1人であった。

泛民主派大敗の理由として,親政府派が地域の組織票を動員して戦った点,社民連と人民力量の「暴力的な政治活動」が有権者から反感を買った点,2010年の選挙制度改革をめぐり中国中央政府高官と会談して香港政府案支持に回った民主党を攻撃するために,急進左派がほかの泛民主派からの候補の出馬している選挙区に敢えて候補者を立てて,泛民主派同士で票を奪い合った点が挙げられる。

経済

国家発展戦略における初の香港の位置づけ

第12次5カ年計画の第14編で,初めて香港に関する章(第57章)が設けられた。第11次5カ年計画にも香港に関する記述が盛り込まれていたものの,具体的な政策の記載はなかった。香港政府は香港の優位性と中国本土との具体的な協力枠組みを5カ年計画に盛り込んで欲しいと中央に働きかけてきた。ようやく,香港が国家発展戦略のなかで位置づけられることとなった。

2009年の全人代開催中,曽行政長官が汪洋広東省党委員会書記や黄華華広東省長らと,香港と広東の協力内容を第12次5カ年計画に盛り込むよう中央に働きかけることで合意していた。2010年4月の「粤港合作框架協議」(広東省と香港の協力枠組協定)では,両者の協力の方向性が示され,国際金融センターとしての香港の機能強化を国家が支援することが示されていた。2010年10月に開催された中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議で採択された「第12次5カ年計画草案」では,「粤港合作框架協議」の内容が具体的には盛り込まれていなかった。しかし,最終的には,第12次5カ年計画に華南の金融における香港の主導的地位が明記され,また,広東・香港・マカオの協力による重要プロジェクトとして,(1)港珠澳大橋の建設,(2)広深港客運専用線(広州=香港間高速鉄道)の建設,(3)港深西部快速軌道線(香港=深圳空港間鉄道)の建設,(4)蓮塘/香園囲税関・出入境管理所の建設,(5)深圳・前海の開発,(6)広州・南沙新区の開発,(7)珠海・横琴新区の開発の7項目が盛り込まれた。

李克強副総理の香港来訪,中央の新たな香港支援策を公表

8月16~18日,香港政府が中国商務部や国家発展改革委員会と主催した「第12次5カ年計画と両地(中国・香港)の経済貿易金融協力発展フォーラム」へ出席するため,李克強副総理が香港を訪問した。フォーラムには国家発展改革委員会主任の張平,国務院商務部部長の陳徳銘,人民銀行総裁の周小川らも出席した。李副総理は基調講演で中央による新たな香港支援策も公表した。その主な内容は,中国本土のサービス貿易の開放拡大,国際金融センターとしての香港の地位強化,香港のオフショア人民元業務センターとしての発展の支持,国際・地域経済協力への香港の参加の支持,中国本土と香港の企業による共同海外進出の推進,広東省・香港・マカオ間の各種協力における香港の重要な役割の支持,などである。

これらの政策はすでに実行に移されている。2011年の人民元建て貿易決済業務のうち香港市場で決済されたのは,全体の63.7%であった。また,中国商務部と香港政府が12月13日に調印したCEPAの第8次補充協定(発効は2012年4月1日)には,サービス分野の市場開放の拡大やゼロ関税の対象の拡大などが盛り込まれた。サービス分野の32項目の自由化措置のうち15項目は,李副総理が香港を訪れた際に公表した措置を実行に移したものである。さらに,CEPAを利用できる「香港サービス提供業者」の認定で,従来必要とされた中国本土での業務と同じ業務を香港でも営むという条件が原則撤廃となった。

貧富の格差拡大とインフレの深刻化

2011年は貧富の格差が拡大した1年であった。2009年にマイナス3.2%であったGDP成長率は,2010年に7.3%に回復し,2011年には8.6%の成長を遂げた。しかし,第1四半期には9.1%,第2四半期には10.5%,第3四半期には9.2%,第4四半期には5.9%と,その成長は減速傾向にある。とはいえ,好調な経済成長が続く香港では,図1で示すように,2010年11月~2011年1月に3.8%であった失業率は,2011年10月~2011年12月には3.3%と低い水準で推移している。

図1  失業率の推移

(出所) 香港特別行政区政府統計處(http://www.censtatd.gov.hk/hong_kong_statistics/statistical_tables/index_tc.jsp?charsetID=2&tableID=006&subjectID=2)。

しかし,政府の統計処によれば,消費者物価(CPI)の上昇(図2参照)と不動産価格の高騰は,貧富の格差を拡大している。2009年に0.5%であったCPI上昇率は2010年に2.4%,2011年には5.3%となった。2011年1月に3.4%であったCPI上昇率は,7月に7.9%へと跳ね上がり,12月にも5.7%と高止まっている。統計処によれば,CPI上昇の7割が家賃と食品価格に起因する。民間住宅居住者の食品支出は増加しているものの,公共住宅居住者では減少している。それは,低所得者層が食品支出を減らしていることを意味する。

図2  消費者物価上昇率(前年同月比)

(出所) 香港特別行政区政府統計處(http://www.censtatd.gov.hk/hong_kong_statistics/statistical_tables/index_tc.jsp?charsetID=2&tableID=052&subjectID=10)。

格差是正策の一環として最低賃金法(最低工資条例)が5月1日に施行された。最低賃金水準(時給28香港ドル)を下回る労働者は31万4600人で,施行後は該当労働者の賃上げが平均16.9%となると見込まれた。しかし,人件費の上昇が最終消費財・サービス価格引き上げを通じて消費者に転嫁されるため,飲食,不動産代理,警備,清掃,福祉などの業界で,企業経営を圧迫すると懸念されている。

対外関係

王光亜が香港を初視察

国務院香港マカオ事務弁公室の王光亜主任が,6月12日から14日までの間,就任後初めて香港を視察に訪れた。王主任は,香港金融管理局(HKMA)や証券取引所を視察,泛民主派議員も含む各界代表との昼食会や青年座談会も開催した。

王主任は視察最終日の記者会見で,住宅問題の質問に対して,住宅問題は民生・経済問題であり,対応を間違えれば政治問題にもなると答えた。6月17日,曽行政長官は新たな不動産価格抑制策を示唆した。この曽長官の動きを王主任の発言を受けたものだと多くの香港メディアが報道したことから考えると,返還から14年を迎えた香港の市民は,返還当時に敏感であった「中央による干渉」を「香港政府の行政に対するプレッシャー」として利用するようにもなったといえよう。

台湾と相互に「在外公館」を開設

7月4日,香港政府と台湾の行政院大陸委員会は,在外公館に相当する出先機関の相互設置を発表した。台湾側が香港で7月15日に「台北経済文化弁事処」を,香港側が台湾で12月19日に「香港経済貿易文化弁事処」を開設した。両組織は貿易,投資,金融,観光などで協力を強化する。また,両駐在機構職員に対して,所得課税免除や出入国時の優先窓口利用などの便宜など,「外交特権」に準じた扱いがなされる。台湾側は入境許可証を発行してきた従来の「中華旅行社」を「台北経済文化弁事処」に改称し,経済部の「遠東貿易中心」と新聞局の「光華新聞文化中心」をそれぞれ「商務組」と「新聞組」として「台北経済文化弁事処」に統合した。一方,台湾には香港政府の駐在組織がそれまで存在していなかった。

12月30日,台北経済文化弁事処の朱曦処長と香港経済貿易文化弁事処の梁志仁主任は香港で「香港・台湾間の航空運輸協議」に調印した。即日発効した同協議により,台湾と香港を結ぶ旅客輸送便が毎週28便増の198便となった。

ロシア大統領の初訪問で経済関係強化に合意

ロシアのメドベージェフ大統領が,4月16~17日,ロシアの国家元首として初めて香港を訪問した。メドベージェフ大統領は曽蔭権行政長官をはじめとする香港の政界人や財界人たちと会談し,金融,新技術の開発,法制度の強化,ビザ取得の簡素化などの相互協力について協議した。また,ロシアの極東開発やイノべーションセンター「スコルコヴォ」への香港の参加を呼びかけた。17日に香港株式市場を視察したメドベージェフ大統領は,エヴロセチ・ホールディングなどのロシア企業4~5社の香港上場計画を明らかにした。ロシア側は香港との協力関係がモスクワでの国際金融センター創設促進へ繋がることを期待している。

香港とカザフスタンの商品取引所が協力関係強化

カザフスタンの企業が香港株式市場での資金調達の動きを強め,香港でのカザフ企業の株式上場銘柄を拡充させている。香港市場の投資資金を取り込み,中国での事業拡大につなげるのが狙いとみられている。10月17日には,カザフスタンの商品取引所ユーラシアン・トレーディング・システム・コモディティー・エクスチェンジ(ETS)は香港取引所と,協力関係の構築と情報交換に関する覚書を交換した。

11月末には,アジアへ空路の路線強化をはかっているカザフスタンのエア・アスタナが,2012年2月から香港線を開設することを公表した。

バヌアツが香港に商務代表部を設立

南太平洋の島国バヌアツは,7月14日,香港に商務代表部を設立した。

バヌアツは為替管理法がなく,法人税,所得税,固定資産税,贈与税を徴収しない「租税中立国家」で,他国と情報開示協定を締結していない。オフショア企業,トラスト,銀行,保険会社,海運業経営者の金融センターとして約4万社を誘致している。バヌアツは,香港での商務代表部設立を契機に,バヌアツと時差が3時間しかない中国企業の誘致に力を入れる方針である。

バヌアツとの関係で重要となるのは経済領域だけではない。2004年11月にボオール総理が単独で台湾を訪問し,台湾との「国交樹立声明」を発表したものの,ほかの閣僚が1982年に中国と国交樹立した際の「ひとつの中国」政策を堅持すべきとの立場を表明したため,翌月,内閣不信任が提出・可決され,ハム・リニが新総理に選出された経緯がある。近年,国民が中国への親近感を急速に高めているバヌアツに中国艦船が寄港するなど,南太平洋での影響力拡大を狙っているといわれている中国も,バヌアツの香港進出に注目している。

コンゴ裁判で香港終審法院が全人代常務委員会へ「解釈」を請求

「香港終審法院」(最高裁判所)は,コンゴ民主共和国政府の債務不履行をめぐる問題で,全人代常務委員会へ「香港基本法」(香港のミニ憲法)の解釈を求めた。コンゴ裁判の概要は以下の通りである。1980年代にコンゴ政府が旧ユーゴスラビアの企業と契約した電力施設建設の債務をめぐり,債権を買ったアメリカのファンド会社は2008年に8億香港ドルの債務履行を求めて香港高等法院(高等裁判所)へ訴えた。しかし,国際慣習法では「主権国家に対する裁判権免除」,すなわち絶対免除主義の考え方がある。香港高等法院の第1審法廷はファンド会社敗訴の判決を下した。しかし,ファンド会社は同法院の上訴法廷に上訴し,逆転勝訴した。そこで,コンゴ政府は香港終審法院に対し,香港基本法の解釈を要求した。終審法院は,外交や司法権の範囲について定めた基本法第13条と第19条の解釈を全人代へ求めることとなった。全人代常務委員会は8月26日,「香港の対外事務は中央政府が管理することとなっており,主権国家に対する裁判権免除の政策は香港においても中央政府に決定権がある」,「コンゴ民主共和国は香港で起訴を免除されるべき」と,香港における外交や司法権の範囲についての基本法解釈草案を採択した。9月8日,香港終審法院は,香港の裁判所にはコンゴ民主共和国に対する司法管轄権がないと指摘するとともに,債権者であるアメリカのファンド会社の訴えを無効とし,コンゴ政府は強制執行を免れることとなる,との最終判決を言い渡した。同日,律政司司長(司法長官)の黄仁龍は,香港終審法院の判決を歓迎し,中央人民政府が採っている「主権国家に対する裁判権免除の原則」が香港でも適用されるとコメントを発表した。

福島第一原発事故で懸念が高まる大亜湾原発

香港政府は原発による電力供給の割合を2009年の23%から2020年には50%まで引き上げる計画であるが,2010年の香港中心部から50キロメートルしか離れていない深圳の大亜湾原発における放射性物質漏れ事故が発生直後に公にされなかったことで,香港市民の間では不安が高まっていた。2011年1月,香港核電投資有限公司は事故に関して2営業日以内に会社のウェブサイトを通じて発表することで,原発運営の透明度を高めると説明した。

しかし,福島第一原発の事故により,大亜湾原発への香港市民の不安が再度高まった。これに対応し,香港保安局の黎棟国副局長は3月19日,福島第一原発の教訓を活かし,大亜湾原発の事故を想定した大規模な災害訓練を2012年に実施することを明らかにした。24日には中央人民政府駐香港特区連絡弁公室(中連弁)が香港メディアに対して大亜湾原発の見学会を開催した。席上,大亜湾原発はマグニチュード8の地震に耐えられるように設計されていると説明された。

2012年の課題

欧米や日本の不況から2012年の香港の輸出が影響を受け,香港の経済成長は減速すると予想される。そのため,香港の経済成長は中国との協力,域内の公共投資や消費に頼らざるをえないであろう。輸出低迷による雇用の悪化は,香港の経済・社会の不安を高めると懸念される。社会不安が高まるなかで,貧富の格差解消はますます困難となろう。曽政権が先送りにしてきた格差拡大や高齢化などの問題を改善する長期的で具体的な政策を,新政権は早期に打ち出す必要がある。

2011年の最重要課題のひとつであった不動産価格高騰については,政府の抑制策が効果をみせ始めている。2012年の香港不動産市場は1~2割前後の下落が見込まれている。ただし,欧州経済危機が悪化すれば,3割の下落もありうるとの見方もある。現在の香港における不動産バブルが従来のものと異なる最大の理由は,中国本土の富裕層による投機が高級物件の価格を急騰させた点にある。中国本土の経済状況の影響を受けやすく下落傾向にある現在の香港の不動産価格を,政権移行の不安定時期に,いかにソフトランディングさせるかが注目される。

中国中央は,香港支援の一環として,中国とASEANの自由貿易協定(FTA)に香港を参加させようとしている。しかし,中国金融当局は,為替リスクの低減と外貨準備高の膨張を防ぐためにも,人民元の国際化を推し進めている。それは,香港に恩恵を与えるというよりも,香港での決済を経由する必要性を後退させているといえよう。人民元がアジアの国際通貨として台頭するなかで,「香港の競争優位」をいかに切り拓いていくかが,今後の香港の大きな課題である。

(駒澤大学教授)

重要日誌 香港特別行政区 2011年
  1月
2日 香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)主席の司徒華,死去。
9日 葉劉淑儀,新民党(親中派)を結成。
15日 唐英年政務司司長(政務長官),青年学術会議で「80後」(1980年以降誕生した若者)を戒める演説。
18日 財経事務・庫務局局長の陳家強,人民元建て新規株式公開(IPO)の推進方針公表。
23日 「社会民主連線」(社民連)の創設メンバーで立法会議員の黄毓民と陳偉業が同党からの脱退を発表。「前線」「選民力量」などと「人民力量」を創設。
  2月
8日 Facebook,香港事務所開設。
11日 政府報道官,次期行政長官選挙の2012年3月25日の実施を発表。
15日 香港大学民意研究計画,次期行政長官有力候補の唐英年の支持率(2月7~11日に調査)が就任以来最低の48.7%と調査発表。
22日 香港各紙,香港バプティスト大学の調査(2010年11月27日~12月4日)で次期行政長官候補に全国人民代表大会(全人代)常務委員の范徐麗泰が支持率トップと報道。
23日 曽俊華財政司司長(財政長官),2011/12年度財政予算案を発表。2010年のGDP伸び率は6.8%だった,と発表。
25日 低所得者向け交通費手当に関する法案が賛成38票で可決。泛民主派の多くは欠席。
27日 社民連のメンバー,香港連絡弁公室の前で「ジャスミン革命」集会への支持を訴え警察へ連行される。
  3月
1日 曽蔭権行政長官,社民連のメンバーに襲われ負傷。
2日 香港政府,予算案の修正を発表。
2日 香港取引所(HKEX),人民元資金プールの運営方法を発表。
2日 立法会,「行政長官選挙(修訂)条例草案」を可決。
6日 新年度予算案に反対する民主党,公務員工会連合会,社民連のデモ。1万人(主催者発表,警察発表では6840人)が参加。「80後」や社民連が警察と衝突,約100人が連行される。
9日 立法会,臨時予算申請を否決。
12日 食物安全中心,日本から輸入する生鮮食品の放射線量測定検査を開始。
14日 全人代で採択された第12次5カ年計画(2011~2015年)で中国の国家発展戦略における香港の位置づけが初めて明示。
19日 香港保安局の黎棟国副局長,大亜湾原発の事故を想定した香港での避難訓練を2012年に実施すると発表。
21日 主要銀行間で人民元による銀行間自動振り込みの開始。
  4月
1日 中国人民銀行,香港の決済行への人民元金利引き下げ。
3日 香港政府観光局(HKTB),2010年の海外来訪者による消費額は前年比32.7%増の2099億8000万香港ドルと発表。
11日 初の人民元新規株式公開(IPO)を匯賢産業信託が公募開始。
12日 政制・内地事務局,2012年行政長官選挙の選挙費用上限の引き上げ(950万香港ドル→1300万香港ドル,36%増)を提案。
14日 立法会,2011/12年度財政予算案を可決(賛成33票,反対19票,棄権1票)。
17日 曽蔭権行政長官,メドベージェフ・ロシア大統領と香港で会談。
18日 高等法院,港珠澳大橋の環境アセス裁判で香港政府敗訴の判決。
19日 行政会議が九龍バスと龍運バスの運賃値上げを承認。
25日 辛亥革命記念イベントで唐英年政務司司長の襲撃未遂事件。
29日 初の人民元建て不動産投資信託(REIT)が香港証券取引所で上場。
  5月
1日 最低賃金法が施行される。
2日 支連会,艾未未の即時釈放を求め集会。
12日 ハンセン指数の構成銘柄変更。
12日 香港大学民意研究計画,16の国・地域の国民への好感度調査を実施(~16日)。香港市民の28%が中国本土住民に反感,23%が好感。
17日 香港政府,立法会議員の新たな補充案を発表。
19日 統計処,2~4月の失業率3.5%で,1年ぶりに悪化した,と発表。
23日 アメリカの原子力空母カール・ビンソン,香港に入港。
26日 統計処,4月の貿易統計を発表。東日本大震災の影響で対日輸入が同9.8%減。
31日 香港金融管理局(HKMA),通貨統計を発表。4月末の香港の金融機関における人民元預金残高は5107億元(3月末比13%増,前年末比62%増)。
  6月
1日 香港政府労工処,外国籍家政婦の最低賃金の引き上げ(3580香港ドル→3740香港ドル,4.5%増)を発表。食費支給額も引き上げ(750香港ドル→775香港ドル,3.3%増)。
4日 天安門追悼集会に15万人(主催者発表,警察発表では7万7000人)が参加。
8日 終審法院,コンゴ政府債務不履行に関する訴訟(コンゴ裁判)をめぐり基本法解釈を全人代常務委員会へ請求。
11日 香港政府,宮城・福島・茨城・岩手への「渡航禁止」を「不要不急の渡航の回避」へ変更。
12日 国務院香港マカオ弁公室主任の王光亜,就任以来初の来訪(~14日)。
14日 香港政府,強制積立年金制度(MPF)の加入条件の変更を決定(最低月給:5000香港ドル→6500香港ドル,月給上限:2万香港ドル→2.5万香港ドル)。22日に立法会提出。
16日 香港政府,財政予算案に盛り込まれた一時金(18歳以上の永住者610万人へ6000香港ドル支給)の支給方法を立法会へ提出。
21日 関愛基金(低所得層支援基金)の執行委員会,永住権を持たない新移民への一時金6万6000香港ドルの支給方法を発表。
30日 チベット企業(飲料メーカー・西蔵5100水資源控股),初の香港上場。
  7月
1日 返還14周年の7・1デモに22万人参加(主催者発表)。
4日 唐英年政務長官,立法会議員補充案の採決を取りやめて公開諮問を行う,と発表。
4日 香港政府と台湾行政院大陸委員会,相互に在外公館に相当する出先機関設置に合意。
6日 亜洲電視(ATV)が「江沢民・前国家主席が死去」と報道。
11日 インフレ連動型債券の発行。
14日 バヌアツ,香港に商務代表部を設立。
15日 台湾,香港出先機関の「中華旅行社」を「台北経済文化弁事処」へ改称・昇格。
22日 政制・内地事務局,立法会議員の補充案の諮問文書発表。
26日 国務院香港マカオ事務弁公室主任の王光亜,北京を訪問した香港の大学生との面会時に「公務員による香港統治」を批判。
  8月
1日 中国人民解放軍の建軍記念日に合わせ,中国の人権派弁護士や社会活動家らの釈放や拷問などの停止を訴え,香港の人権擁護の4団体がデモ。
9日 香港上海銀行(HSBC),人民元普通預金金利を引き下げ。
16日 李克強副総理,香港訪問(~18日)。
21日 立法会最大勢力「工商専業連盟」発足。
22日 外国籍家政婦の永住権裁判(~24日)。
23日 香港・広東省の協力会議(粤港合作連席会議),香港で開催,5協定に調印。
26日 全人代,コンゴ裁判で基本法解釈。
  9月
5日 ATVの江沢民死去の誤報と関連して,ニュース部門を主管する高級副総裁の梁家栄と副総裁の譚衛児が辞任。
7日 HSBC,3000人規模の人員削減(同行の香港雇用の約14%)を発表。
19日 立法会,ATVの誤報について聴聞会。
26日 外交部駐香港特派員公署,アメリカによる香港への干渉に不満を表明。
27日 香港政府,港珠澳大橋の環境アセス裁判で逆転勝訴。
27日 梁振英,行政会議招集人を辞任。
28日 唐英年,政務長官を辞任。
30日 香港政府,外国籍家政婦の永住権裁判で敗訴。
  10月
4日 民主党主席の何俊仁,行政長官選挙立候補の意向を表明。
9日 林瑞麟政務司司長(政務長官)就任への抗議デモ発生。
12日 曽蔭権行政長官,施政方針演説。
15日 反格差デモ,HSBC前に座り込み開始。
17日 黎智英・壱伝媒集団会長の民主派への政治献金明らかに。
17日 次期行政長官候補をめぐる香港電台の世論調査,梁振英の支持率(29%)がトップ。唐英年(14%)は不倫問題で支持率後退。
17日 香港金銀業貿易場,人民元建て地金販売開始。
17日 「天安門の母親運動」(第2次天安門事件の遺族組織)の丁子霖,親中派の范徐麗泰に公開謝罪を求める声明を発表。
17日 HKEX,カザフスタンの商品取引所と協力関係構築と情報交換に関する覚書。
18日 商務及経済発展局,「競争条例草案」(独占禁止法)の大幅修正を発表。
20日 曽俊華財政長官が北京訪問。
23日 中国本土妊婦の香港出産への抗議デモが起こる。
24日 HKEX,人民元資金プールTSFを開設。
  11月
6日 区議会議員選挙で泛民主派が大敗。
9日 米海軍原子力航空母艦ジョージ・ワシントン,香港に寄港。
13日 范徐麗泰,行政長官選挙への立候補断念を表明。
22日 中国人民銀行とHKMA,新たな通貨スワップ協定を調印。
26日 唐英年,行政長官選挙立候補を表明。
27日 梁振英,行政長官選挙立候補を表明。
29日 新築住宅販売規定の立法に関する公開諮問開始。
30日 HKMA,人民元預金が2011年10月に2年ぶりに減少と発表。
  12月
4日 廉政公署(汚職取締独立委員会),区議会選の住所偽称で6人起訴。
5日 ATV,誤報と関連し罰金30万香港ドルの処分を受ける。
7日 広東省政府,香港系企業を支援するために30項目にわたる措置を発表。
7日 MTR,中国本土製の車両の運行を開始。
11日 選挙委員会選挙,行政長官の選挙人1200人を選出。
13日 経済貿易緊密化協定(CEPA)第8次補充協定,調印。
13日 香港政府と中国中央政府,一定の条件を満たす香港の機関投資家の人民元建て株式(A株)投資を解禁すると正式決定。
13日 新民党主席の葉劉淑儀,行政長官選挙への立候補を断念。
14日 港珠澳大橋の着工式典開催。
18日 中道左派「工党」が発足。香港職工会連盟(職工盟)秘書長で立法会議員の李卓人が主席に就任。
19日 香港政府,台湾に出先機関の「香港経済貿易文化弁事処」を開設。
30日 香港・台湾間の航空運輸協議,調印。

参考資料 香港特別行政区 2011年
①  香港特別行政区政府機構図(2011年12月末現在)

(出所) 「香港特別行政区政府機構図」(http://www.gov.hk/tc/about/govdirectry/govchart/index.html)。香港特別行政区司法機構(http://www.judiciary.gov.hk/)。

②  香港政府高官名簿(2011年12月末)

(注) は女性。

③  司法機構・立法会

(注) は女性。

④  中央関連

主要統計 香港特別行政区 2011年
1  基礎統計
2  支出別区内総生産(名目価格)
3  産業別区内総生産(名目価格)
4  国・地域別貿易
5  国際収支
6  政府財政
 
© 2012 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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