アジア動向年報
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各国・地域の動向
2011年のラオス 「4つの突破」という新たなスローガンの提示
山田 紀彦
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2012 年 2012 巻 p. 243-262

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2011年のラオス 「4つの突破」という新たなスローガンの提示

概況

2011年は政治の年であった。3月に行われたラオス人民革命党第9回大会(以下,第9回党大会)では,新指導部が選出されるとともに,「4つの突破」という国家建設の新たなスローガンが提示された。今後はこのスローガンの下で「2020年の最貧国脱却」が目指されることになる。4月には第7期国会議員選挙が行われ,6月に開催された第7期第1回国会では新内閣が発足し,国家機構が再編された。経済はGDP成長率が8%となり高成長が続いている。一方で,格差が拡大し,窃盗や強盗などの犯罪も増え,社会問題への対応が急務となった。外交は例年どおりベトナムと中国との関係を軸に展開した。ベトナムとは両国の「特別な関係」に関する歴史書を協同で編纂した。緊密な対中関係はもはや驚くことではなく,すでに常態化している。また,韓国との関係が深まっており注目される。

国内政治

第9回党大会における新たなスローガンの提示

3月17~21日までの5日間,全国の党員約19万1780人を代表する576人が参加し,第9回党大会が開催された。党大会では,「刷新路線を執行するうえでの突破口となる段階を形成する。2020年に国家を最貧国から脱却させるために強固な基礎を建設する」とのスローガンが掲げられ,目標達成には現状を打破する必要があるとの認識が示された。つまり,党は危機感をもって大会に臨んだといえる。

党の悲観的認識は,党大会で報告された成果と問題点からも看取できる。政治報告では,2006~2010年までの年間平均経済成長率が7.9%となり,貧困世帯率は7年間で約7ポイント低下したとの成果が報告された。政治についても,政治システムが強化され国民の信頼を高めたとの認識が示されている。

一方,党は問題点として,経済成長が国民の所得向上に結びついていないこと,職権乱用や汚職に関する制度的問題があること,天然資源に依存していること,格差が拡大していること,そして,経済開発と社会開発の不均衡が生じていることなどを指摘した。また,国民が急速な社会変化に対応できておらず,党内の紀律や道徳心が低下していることも認めた。「2020年の最貧国脱却」を達成するには解決すべき問題があまりにも多い。党は,経済成長を止めずにいかに成長の負の側面に対応していくかという課題に直面しているのである。

そこで党は,今後5年間の年間経済成長率を8%以上とし,貧困世帯率を10ポイント以上削減するとの意欲的な目標を定める一方で,国連ミレニアム開発目標(MDGs)の達成を明記するなど,経済開発と社会・文化開発のバランスに配慮した第7次経済・社会開発5カ年(2011~2015年)計画(以下,第7次5カ年計画)を発表した。そして,今後の国家建設の新たなスローガンとして「4つの突破」を提示したのである。4つとは①思考面の突破,②人材開発面の突破,③行政・管理面の突破,④人民の貧困問題を解決することにおける突破である。

具体的には,教条的で怠惰かついい加減で極端な思想を解決し,党決議を実現することにおいて創造性や勇気をもって考え,行動し,責任を負うという考えを促進すること(思考面の突破),開発の需要に見合う能力のある人材を育成すること(人材開発面の突破),生産やサービスに支障をきたす行政管理体制や規則の改善を行うこと(行政・管理面の突破),そして,多様な資本を発掘し人材とともに集中的に投入することで貧困問題を解決し,また,開発の促進剤となるような経済・社会インフラを建設すること(貧困分野の突破)という説明がなされている。

要約すれば,目標達成のためには新たな思考をもたなければならず,そのうえで直面する課題に対応していこうということである。

このように,「4つの突破」にはそれぞれの分野で大目標が定められているが,抽象的な内容であることは否めず,具体的な政策というよりもやはりスローガンとしての意味合いが強い。先述のように,経済成長の負の側面が拡大しており,党は危機感を募らせていた。高成長を遂げ,順調に開発を進めてきたかにみえたラオスの改革は,実は多くの問題をはらんでいたのである。そこで,1986年に「チンタナカーン・マイ」(新思考)を掲げ,1979年から始まった「新経済管理メカニズム」の停滞を打破し戦後復興を進めたように,現状を打破し国全体で一致団結し2020年の目標を達成するために,新たな政治スローガンが必要になった。改革の停滞という意味において,1986年と2011年は非常に似た状況下にある。「チンタナカーン・マイ」と「4つの突破」には,閉塞感を打破し改革を一歩前に進めるという同じ意味づけがなされているのである。

新たな政治思想・理論の構築に着手

第9回党大会政治報告では,これまでと同様に「マルクス・レーニン主義の創造的適用」が謳われたものの,「刷新路線の堅持」や「刷新の原則を把握しない思想に反対する」との文言も加わり,「刷新路線」をひとつの思想体系に高める方針が示された。「刷新路線」とは政治,経済,社会における全面的改革のことである。そして,今後研究しなければならない理論・実践問題として,「市場経済メカニズムの活用における党の領導性の維持」,「グローバリゼーションや国際統合のなかでの持続的な国家開発」,「一致団結し,民主的で,公正かつ文明的な社会の建設」,「党内や社会における民主の拡大」などがあげられた。党は,市場経済が進展し地域や国際経済との統合が進むなかで,一党支配体制を維持しなければならない。また,格差や汚職の拡大により党への信頼が低下しており,国民の信頼を回復する必要もある。そこで党は,「党の領導性の維持」「持続的な開発」「公正」「民主」を「刷新」の柱に据え,「刷新」そのものを「マルクス・レーニン主義」や「社会主義」に並ぶ新たな思想に高めることで党支配を正当化し,体制維持と信頼回復を実現しようとしているのである。党大会後の8月,政治局直属機関として国家社会科学委員会が設置され,新たな思想・理論作業が始まった。

新指導部人事

党大会では新指導部が発足した。チュームマリー書記長が再任され,政治局からはサマーンとシーサワートの革命第1世代が引退し,ブアソーン前首相が降格した。3人の穴を埋めたのが,序列9位のブントーン党組織委員会委員長(役職は選出時,以下同じ),10位のブンポーン党中央事務局長,11位のパンカム教育大臣である。ブントーンは現在62歳,ブンポーンは56歳,パンカムは60歳と若く,60歳のパニー国会議長とともに今後のラオスを担う中堅世代に属する。ブントーンはベトナムで組織論を,また旧ソ連で政治理論を学んだ後,ウドムサイ県知事や党組織委員会委員長を務めた。ブンポーンも旧ソ連で党建設や職員育成について学び,党組織委員会に従事した後にウドムサイ県知事を務めている。パンカムも旧ソ連に留学し,首相府官房局長やフアパン県知事を経て教育大臣に就任した。いずれも旧ソ連留学組である。中堅幹部の旧ソ連留学は決して珍しいことではない。しかし,今回序列を6位に上げたトーンルン副首相兼外相も旧ソ連留学組の1人であり,4人は少なからず同じ時期にモスクワで過ごしている。人事におけるトーンルンの権限や4人の関係は定かでないが,旧ソ連留学組の政治局入りはトーンルンの基盤強化につながる可能性がある。これは,今後の政治局をみるうえでひとつの鍵になるかもしれない。 

書記局は7人から9人に増え,新たに5人が入局した。注目はチュアン内閣官房大臣である。今回チュアンは序列を50位から16位へと大幅に上昇させ,書記局に入局した。そして,党大会後の6月には党中央宣伝・訓練委員会委員長に就任した。宣伝・訓練委員会は,党の思想・理論作業を担当する機関である。今回チュアンが書記局と同委員会委員長を兼務したのは,新たな政治思想・理論作業が重要課題となったためであろう。事実,チュアンは先述の国家社会科学委員会の委員長に就任し,新たな思想・理論研究を統括している。

党中央執行委員会は前回から6人増えて61人となった。前期からは降格,引退,死亡を含め14人が委員を外れた。注目はブアソーン前首相とソムバット首都ヴィエンチャン党書記・知事の降格である。ブアソーンは政治局だけでなく中央執行委員からも外れ,2010年12月の辞任問題(『アジア動向年報2011』参照)の大きさが裏づけられよう。またソムバットは,第8回党大会で書記局に入局し,2006年から首都の党書記を,2008年からは都知事も兼任した次世代指導者の1人であった。降格理由は定かではないが,2011年4月25日,ソムバットとスカン新都知事の間で行われた任務委譲式においてブンニャン国家副主席は,人事異動は前知事のミスが原因ではなく通常のことだとしつつも,「誰も完璧ではない。多くの業務を抱えている者には欠点がある」(Vientiane Times, 2011年4月26日)と述べ,ソムバットになんらかの問題があったことを示唆した。

今回新たに党中央執行委員会に入ったのは20人であり,彼らのほとんどはこの5年間に知事,大臣,副知事,副大臣を務めた実務経験豊富な中堅幹部である。また,1975年以前の革命経験は浅いが学歴は高く,博士号保持者が前期の13人から20人に増えている。

第7期国会議員選挙

4月30日,第7期国会議員選挙が実施され,190人の立候補者のなかから132人が選出された。今回の選挙の特徴は大きく2つある。第1は,国会をなるべく党や政府から区別しようとしたこと,第2は,専従議員や選挙区常駐議員を増やすことで,有権者により近い国会の構築を目指したことである。

今回の選挙では,政治局員の立候補が前回の4人から1人に減少し,国会議長への再任が予定されていたパニー国会議長だけとなった。微々たる減少に過ぎないが,必要最低限の最高指導幹部しか立候補させなかったことからは,国会を党や行政府から区別し,「真の立法府」として機能させようという党の意図がみてとれる。事実,国会の機能強化と「三権分立」という方針が第9回党大会では示されていた。県副知事や県党副書記などの地方指導幹部の立候補も大きく減っている。 

また,選挙前の2010年12月,国会法と選挙法が改正され,国会をより国民に近い存在にする方針が示された。具体的には,選挙区常設の国会議員委員会に対し,県知事やセクターの監査権や住民会議の開催権など幅広い権限を付与し,かつ同委員会に常駐する議員や専従国会議員,また非専従だが地元在住の議員を増やすことで,同委員会を地方議会の代替機関として位置づけたのである。国会議員委員会が地方議会の代替機関としてどの程度機能するかは未知数である。しかし,少なくとも地方行政を監督し,末端の有権者の意見を吸い上げる新たなチャンネルが生まれたことは,国民の政治参加拡大にとって肯定的な変化と評価できる。

新内閣と国家機構の再編

6月の第7期第1回国会にて新内閣が承認された。チュームマリー国家主席,ブンニャン副主席,トーンシン首相が再任され,その他のほとんどの大臣も留任か,または横滑りで他省庁の大臣に就任している。注目は常任副首相ポストを廃止したことである。常任副首相は,首相を補佐し政府の日常業務を司る役割を担っている。ブアソーンが2006年に首相に就任してからは,第8回党大会で政治局入りしたソムサワートが常任副首相を務めてきた。また,首相府官房とは別に内閣官房が設置され,常任副首相とともに首相をサポートする体制が強化された。官房大臣には先述のチュアンが就任した。つまり,若く経験のないブアソーンを,ソムサワートとチュアンがサポートする体制となったのである。

しかし実際は,ソムサワートとチュアンの権力が強まり,多くの政策が2人の間で決定されるようになった。とくにソムサワートは2006年以降,外国投資,公共事業,社会開発など多くの分野で多大な権力を行使してきた。今回,常任副首相ポストを廃止したことは,首相の権力と競合するポストを廃止し,首相の指導下で統一的な国家運営を行うためといえる。何よりも,党内基盤が脆弱であったブアソーンに代わり,長老と中堅の信頼が厚く経験豊富なトーンシン首相には必要のない制度である。なお,ソムサワートは開発担当副首相となっている。

また,新たに政治局入りした2人が重要ポストに就いた。ブントーン政治局員は,政府検査機構と反汚職機構の長に就任した。ブントーンは党検査委員会委員長でもあり,汚職や検査関連のすべての機関を統轄することになる。パンカム政治局員は教育・スポーツ大臣に留任した。一方,シンラウォン計画・投資大臣が内閣官房と首相府官房を再統合した政府官房の長官に,ソムディー財政大臣が計画・投資大臣に,プーペット・ラオス銀行総裁が財政大臣に,それぞれ横滑りで就任している。官房長官は内閣の中枢であり,今後シンラウォンの役割が増すと考えられるが,チュアンの例もあり,どの程度裁量権が認められるかは不明である。

内閣改造にともない省庁再編も行われ,内務省,科学・技術省,天然資源・環境省,郵便・テレコミュニケーション省が新設された。また,教育省と国家スポーツ委員会が教育・スポーツ省に,情報・文化省と国家観光機構が情報・文化・観光省に統合された。

第7期第2回国会――予算不正問題とWTO加盟準備

12月の第7期第2回国会では,国家機関の不正が明らかになった。国家会計監査機構が行った2009/10年度予算執行報告では,28の国家機関の行政サービス収入2623億8000万キープのうち,1092億5000万キープしか国庫に納付されず,1150億キープが予算計画外のプロジェクトに支出されたことが明らかになった。ヴィエンチャン県,サワンナケート県,教育・スポーツ省,ラオス国立大学などは名指しで批判されている。また,木材販売収入も3155億7000万キープのうち,わずか693億7000万キープしか国庫に納付されなかった。今回,国会は予算執行報告を承認していない。

一方,同国会では税法,関税法,保険法,知的財産法など10の改正案,また中小企業奨励法案,弁護士会法案,図書館法案の3つの新法が可決された。会期2週間弱で13もの法律を審議したのは,間近に控えた世界貿易機関(WTO)加盟への対応といえる。

教育制度改革

教育制度改革が本格化している。たとえばパンカム大臣は,学費を払えば誰でも入学できる国立大学の「特別コース」の新規募集を廃止した。これは,正規の入試には落ちたが学士号は欲しい学生と,特別コースの授業をもつことで副収入を得られる教員双方の利害が一致した制度であり,教育の質の低下の一因であった。またパンカムは,9月13日に国営テレビの生放送に出演し,国民からのさまざまな質問に答えるという画期的なことを行っている。今後もパンカムの下で教育制度改革がさらに進んでいくと考えられる。

経済

経済成長と資源・エネルギー部門

世界銀行の推計によると,2011年のラオスのGDP成長率は8%であった。8%の内訳は非資源部門4.5%,資源部門3.5%であり,資源部門の割合が前年比で若干低下している。これは,鉱物資源生産が第3四半期に失速した一方で,製造業が好調だったためである。とくに,縫製品の輸出は2011年の最初の9カ月で約1億6500万ドルとなり,前年同期比で29%増となった。

しかし,資源・エネルギー部門が重要であることに変わりはない。とくに鉱物資源は最大の収入源であり,2010/11年度上半期6カ月間で8億6200万ドルの収入を政府にもたらした。セポン鉱山を開発するMMGランサン・ミネラルズ社は,利潤税やロイヤルティなどを含め,2010年に約1億5000万ドルを政府に納付している。またナムトゥン2水力発電所は,2009年3月の稼働から2010年12月までに,913万ドルのコンセッション料金(配当を除く)を政府に支払っている。

第9回党大会では,今後も資源・エネルギー部門を開発の中心とする方針が確認された。そして第7次5カ年計画では,8つの発電所(総発電能力2865MW)の完成と,10の発電所(総発電能力5015MW)の建設着工を目指すとなった。後者だけで総事業費が112億ドルに上る。11月には,サイニャブリー県で総工費37億ドルに上るホンサー火力発電所の建設が始まった。また鉱物については,銅鉱石20万トン,銅地金8万トン,金6トン,石灰石60万トンなどの年間輸出目標が掲げられた。

ただ問題もある。政府はサイニャブリー県を流れるメコン川の本流にダム建設を計画し,近隣諸国やNGOの猛反対にあっている。ダムは総発電能力1260MW,建設期間8年を要する総額35億ドルのプロジェクトであり,電力の95%をタイに輸出する計画である。下流のベトナムとカンボジアは,生態系への影響は大きく,とくにメコンデルタへの影響は計り知れないとして猛反発している。これを機に,メコン川本流へのダム建設が進むことへの懸念もある。当初,ラオスは初期工事に着工するなど強引な姿勢をみせていた。背景には,今後8%以上の経済成長を遂げるには年間約15億~17億ドルの外国投資が必要との試算がある。12月,建設の是非がメコン川委員会(Mekong River Commission:MRC)で議論され,建設にはさらなる調査が必要だとし建設延期が決定された。建設への懸念を表明していたアメリカも今回の決定を歓迎している。メコン川本流へのダム建設が本当に必要かどうか,ラオスは再度考える必要があろう。

外国投資

2011年上半期だけで国内外の民間投資が10億ドルを超えた。国内民間投資が3億5100万ドル,外国投資は6億9200万ドルである。10月,計画・投資省にワンストップの投資窓口が開設された。しかし,これにより一般の外国投資手続きが計画・投資省から工業・商業省に移管され,計画・投資省はコンセッション関係の投資案件のみを扱うことになった。一方,税務は財政省の担当である。つまり,実態はワンストップではなく,外国企業からは改悪との声も聞かれる。とくに,工業・商業省は手続きに不慣れなこともあり,投資手続きにはこれまで以上に時間を要するようである。ラオスは世界銀行のDoing Business 2012で183カ国中165位であり,ASEANのなかでは最下位となっている。また,11月に世界銀行が開催した第2回投資環境評価会議では,労働者の質が悪く,改善されなければ非資源部門への投資増は期待できないと指摘された。最低賃金も引き上げられ,投資環境はむしろ悪化しているとも受けとれる。

インフレ問題と最低賃金の引き上げ

近年,物価が上昇傾向にある。2月,政府は燃料,コメ,セメントなど一部商品に対する価格管理を実施したものの,インフレ率は6月に9.76%となった。インフレ問題は労働者の最低賃金にも影響を与えた。2009年に労働者の最低賃金を月額29万キープから34万8000キープに引き上げたが,2010年には再度引き上げが検討された。2011年11月23日,ようやく最低労働賃金改正に関する労働・社会福祉大臣通達第2951号が公布され,最低賃金は月額62万6000キープとなった。新賃金は2012年1月1日から適用される。また10月には公務員給与の20%引き上げも行われ,公務員の最低賃金は47万2500キープとなった。

対外関係

「特別な関係」史を編纂したベトナム関係

2011年は両国関係が深化した年となった。2月,トーンシン首相が就任後初の外遊先としてベトナムを訪問し,グエン・タン・ズン首相と会談した。両首相は,両国関係が包括的な協力関係へと発展を続けていると評価するとともに,両国関係を次世代に引き継ぐことで一致した。6月,チュオン・タン・サン・ベトナム共産党書記局常任が来訪した際,両国の「特別な関係」に関する歴史書が公刊された。党指導層の発言や内部文書なども含まれており,両国関係を次世代に引き継ぐための貴重な資料である。同じく6月にはグエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長が来訪した。チュームマリー書記長との首脳会談では,2012年をラオス・ベトナム友好年とし,外交関係樹立50周年,ラオス・ベトナム友好協力条約締結35周年を祝うイベントの共同開催で合意した。また両者は,両国の全面的協力関係を促進し,理論・実践分野での協力で一致した。これは,ラオスが第9回党大会で新たな政治思想・理論の構築に着手したことを受けている。8月には,チュームマリー書記長がベトナムを訪問した。新指導部発足の際,これまではラオス側が先にベトナムを訪問することが慣例であった。しかし今回は,チョン書記長が先にラオスを訪れている。日程上の都合かもしれないが,近年のラオス・中国関係の緊密化を受けて,ベトナムがラオスに配慮したとも考えられる。また9月には,グエン・タン・ズン・ベトナム首相が,首相再選後初の外遊先としてラオスに来訪した。トーンシン首相との首脳会談では,両国の相互利益をこれまで以上に高めることで一致した。

経済関係も一段と深まっている。2011年11月時点で,ベトナムの対ラオス投資は累計で424プロジェクト,約35億7000万ドルとなり,全体で第2位となっている。おもな投資分野は鉱物,水力発電,不動産である。たとえば4月,ベトナム石油ガス公社(ペトロベトナム)が,首都ヴィエンチャンにペトロベトナム・オイル・ラオ1人有限会社(PV Oil Laos)を設立した。9月には,サイゴン・インベスト・グループ(Saigon Invest Group:SGI)が,約4億5000万ドル相当の水力発電開発プロジェクトを行うことでラオス政府と合意している。

緊密な関係が常態となった中国関係

中国との緊密な関係はもはや常態化している。4月25日,両国主席は,ラオス・中国国交樹立50周年の祝電を相互に送り,両国の善隣友好,良き同志,相互信頼という方針の下で,「包括的な戦略的パートナーシップ」が発展しているとの認識を示した。これは2009年に打ち立てられたものであり,以降,両国指導層の訪問の際には必ず確認されている。たとえば,8月の周永康中国共産党政治局常務委員のラオス来訪,9月のチュームマリー書記長の中国訪問の際に確認された。

また,周永康のラオス来訪の際に中国は,1億5000万元の無償援助,5000万元の無利子融資,国際会議場建設費4億5000万元の融資などを行うことでラオス政府と合意した。国際会議場は,2012年にラオスで開催されるアジア欧州会合(ASEM)第9回首脳会議の会場となる。チュームマリー書記長が中国を訪問した際にも中国は,サワンナケート県ターパーントーン郡の農業水路建設に対する特別融資,ワッタイ国際空港改善プロジェクトに対する特別融資など9件の協力でラオス政府と合意した。11月,劉淇北京市党委員会書記が来訪した際,チュームマリー書記長は現在の両国関係は歴史上でもっとも健全であると述べている。

経済関係も進展している。中国はラオスに対し,過去10年間で397プロジェクト,27億1000万ドル相当の投資を行っている。4月,ラオス電力公社,中国水利水電建設集団公司,中国開発銀行の3社が,ラオス北部を流れるウー川に水力発電所を建設することで合意した。総建設費は20億ドルで総発電能力は1156MWである。同じく4月には,李若谷中国輸出入銀行総裁が来訪し,チャンパーサック県コーング郡の橋梁建設などに3200万ドルの特別融資を行うことで合意した。また12月には,上海の不動産会社がタートルアン湿地帯を経済特定区(自然観光文化地区)に開発する契約を政府と結んだ。建設費は15億ドルである。政府は8%成長を続けるために,大型の中国企業案件を積極的に受け入れているようである。

深化する韓国関係

近年,韓国との関係が深まっている。両国の貿易総額は2010年に1億3200万ドルに達し,韓国による投資は1995年から2010年までに6億3100万ドルとなり,全体で第4位となっている。10月には大韓貿易投資振興公社(Korea Trade-Investment Promotion Agency:KOTRA)が首都ヴィエンチャンに事務所を開設した。今後,韓国との経済関係の拡大が予想される。また政府開発援助(ODA)も増えている。1995年の外交関係樹立以降,韓国はラオスに対し総額4830万ドルの無償援助,約1億3200万ドルの有償援助を行っている。2010年には830万ドルの援助を主に教育や保健分野に対して行った。とくに教育に関しては,2007~2010年に300万ドルを支援し,前期・後期中等学校の教科書約40万冊を配布した。12月には,2012/13年度に後期中等学校の教科書や教授マニュアル約52万冊を配布することでラオス政府と合意した。子供達がほぼ毎日見る教科書の裏には韓国国旗が印刷され,韓国の支援であることを子供達が無意識に認識できる巧みな支援である。10月,閔東石韓国外交通商部第二次官が来訪した。その際トーンルン副首相兼外相は,ラオスの経済開発において韓国が重要な役割を果たしていると述べている。

新たな関係構築を目指すロシア関係

10月,チュームマリー書記長がロシアを訪問した。メドベージェフ大統領との会談では,両国関係をアジア太平洋における戦略的パートナーシップのひとつとすることで合意した。ロシアは東南アジア地域におけるプレゼンス強化とロシア企業のラオスへの投資促進,ラオス側は経済協力の獲得という狙いがある。今回の訪問の際,観光,司法,保健の各分野の協力で合意している。

2012年の課題

2012年は,第9回党大会で示された方針を具体化し,実現していくことが課題となる。すなわち,「4つの突破」をいかに具体的な政策に転換し国家建設を進めるかである。とくに政治では,新たな政治思想・理論の構築についてどのような方向性が示されるか注目である。経済では,経済開発と社会開発のバランスをとることが求められている。8%成長を達成するには今後も資源・エネルギー部門に依存するしかない。しかし,同部門における強引な開発は近隣諸国の反発を招き,また実質的な国民所得の向上には繋がらないという問題もある。問題を最小限に抑え,資源・エネルギー部門をいかに有効活用していくかを再度考える必要があろう。また,投資環境のさらなる改善と労働者の質の改善も不可欠である。そうでなければ製造業の成長は期待できない。インフレの抑制も課題である。外交では,ベトナムと外交関係樹立50周年を迎え,さまざまなイベントが開催される予定であり,両国関係が一段と深まると考えられる。その裏では,中国との関係が「通常どおり」に展開するだろう。しかし何よりも, ASEM第9回首脳会議を成功裏に開催し,国際社会での名声を高めることが外交における最大の課題といえよう。

(地域研究センター)

重要日誌 ラオス 2011年
  1月
6日 モン族反政府組織指導者ワン・パオ将軍,死去。享年81歳。
10日 首都ヴィエンチャン第5回党大会,開催。
11日 ラオス証券取引所(LSX), 正式取引開始。ラオス電力公社(EDL)とラオス外国商業銀行(BCEL)の2社が上場。
20日 トーンルン副首相兼外相,特使としてハノイを訪問。グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長に対し,ベトナム共産党第11回党大会の成功について祝辞を述べる。
24日 政府・県知事合同年次会議,開催(~25日)。外国投資環境や不法外国人労働者問題などについて協議。
  2月
7日 第8期党中央執行委員会第12回総会,開催(~11日)。第9回党大会に提出する政治報告案,第7次5カ年計画案,党規約改正案,人事について協議。
22日 サイニャブリーダムに関するラオス・ベトナム国家級会合,開催。
28日 中国政府,国際会議場建設実施可能性調査,WTO加盟のための人材育成セミナー開催,空中査察や管理機器購入,ナムマン3灌漑プロジェクトに関する支援でラオス政府と合意。
28日 トーンシン首相,ベトナムを訪問(~3月2日)。
  3月
1日 カムペーン・ブッパー元党中央執行委員,死去。享年88歳。
7日 トーンシン首相,カンボジアを訪問(~8日)。
17日 ラオス人民革命党第9回全国代表者大会(第9回党大会),開催(~21日)。新指導部を選出し,「4つの突破」という新たな政治スローガンを提示。
22日 ホアン・ビン・クアン・ベトナム共産党中央委員,チョン書記長の特使として来訪。第9回党大会の成功に対するチョン書記長の称賛の意を,チュームマリー党書記長に伝える。
27日 トーンルン副首相兼外相,チュームマリー党書記長の特使としてベトナムを訪問(~29日)。チョン書記長に第9回党大会の結果報告を行う。
  4月
3日 ペトロベトナム,ラオスにペトロベトナム・オイル・ラオ1人有限会社(PV Oil Lao)を設立。登録資本額は約300万ドル。
8日 第33回ラオス・ベトナム協力委員会会議,開催(~9日)。2011~2020年の経済・文化・教育・科学・技術協力戦略で合意。
10日 レ・タイン・ハイ・ベトナム共産党政治局員・ホーチミン市党委員会書記,来訪(~13日)。
20日 ラオス電力公社(EDL),中国水利水電建設集団公司,中国開発銀行の3社,ポンサリー県とルアンパバーン県を流れるウー川に水力発電所を建設することで合意。建設費用は20億ドル,総発電能力は1156MW。
25日 首都ヴィエンチャン知事任務委譲式,開催。スカン書記局員が首都ヴィエンチャン知事に就任。
25日 ラオス・中国外交関係樹立50周年を祝い,両国主席が互いに祝電を送る。
28日 李若谷中国輸出入銀行総裁,来訪。中国輸出入銀行はチャンパーサック県コーング郡での橋梁建設や船着き場建設に約3200万ドルの融資を行うことでラオス政府と合意。
30日 第7期国会議員選挙投票日。190人の立候補者から132人を選出。
  5月
3日 党組織委員会委員長任務委譲式,開催。チャンシー書記局員が委員長に就任。
4日 党検査委員会委員長任務委譲式,開催。ブントーン政治局員が委員長に就任。
16日 第9期党中央執行委員会第2回総会,開催(~20日)。第9期党中央執行委員会の事業執行計画,委員の業務分掌に関する規則案について審議。
27日 ラオス・中国ビジネスフォーラム,開催。両国間の貿易促進について協議。
  6月
6日 チュオン・タン・サン・ベトナム共産党政治局員・書記局常任,来訪。
6日 ラオスとベトナムの特別な関係史(1930~2007年)編纂事業に関する総括会議,開催(~7日)。
10日 党中央宣伝・訓練委員会委員長任務委譲式,開催。チュアン内閣官房大臣が新委員長に就任。
15日 第7期第1回国会,開会(~24日)。新内閣,国家機構再編,2011/12年度経済・社会開発計画と予算計画,経済・社会開発5カ年計画を承認。
20日 グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長,来訪(~22日)。首脳会談では2012年をラオス・ベトナム友好年とし,外交関係樹立50周年,ラオス・ベトナム友好協力条約締結35周年を祝うさまざまなイベントの協同開催で合意。
  7月
5日 ラオス国家建設線戦線第9回大会,開催(~7日)。パンドゥアンチット前党宣伝・訓練委員会委員長が新議長に就任。
7日 第1回ラオス・中国軍事協力・協調委員会会合,開催。
7日 計画・投資相任務委譲式,開催。ソムディー前財政相が計画・投資相に就任。
7日 ベトナムの『ニャンザン紙』,ヴィエンチャンに支局を開設。
20日 在ラオス・ベトナム大使館,ベトナム企業約200社に対してラオスにおける投資と協力に関するセミナーを開催。
  8月
1日 トーンルン副首相兼外相,日本を訪問(~4日)。日本はワッタイ空港の拡張工事(19億円)と9号線の修繕(32億円)を行うことで合意。
3日 タイのBig Cスーパーマーケット,ラオスでの投資認可を受ける。投資期間は30年間。
8日 チュームマリー党書記長,ベトナムを訪問(~10日)。首脳会談では,6月にヴィエンチャンで発表した共同声明の執行を確認するとともに,党建設や近代化・工業化に関する理論・実践分野の協力などで合意。
18日 周永康中国共産党政治局常務委員・政法委員会委員長,来訪(~19日)。中国はラオスに対し1億5000万元の無償援助,5000万元の無利子融資,国際会議場建設費4億5000万元の支援などを行うことで合意。
19日 国家社会科学委員会第1回会議,開催。党の刷新路線に関する思想・理論について協議。
22日 トーンルン副首相兼外相,中国を訪問(~26日)。両国外務省間の協力,中国によるクラスター爆弾(ボンビー)被害者への支援,両国間の国境検問と国境管理に関する協力で合意。
23日 ラオス人民革命青年団第6回全国代表者大会,開催(~24日)。ヴィライウォン書記代行を書記に選出。
26日 ファム・ビン・ミン・ベトナム外相,来訪(~27日)。
  9月
2日 政治基層建設とラオス・ベトナム国境開発業務を,党中央事務局から国家農村開発・貧困削減委員会に移管。
13日 パンカム教育・スポーツ相,国営テレビの生放送に出演し,教育に関して国民からの質問に答える。
16日 インラック・タイ首相,来訪。首脳会談では両国の協力関係を新たなレベルに引き上げ,国境標識問題や不法ラオス人労働者の問題などの解決に協力していくことで合意。
18日 チュームマリー党書記長,中国を訪問(~21日)。胡錦濤主席との首脳会談では,これまで両国の党,政府で合意した事項の達成を高く評価し,包括的な戦略的協力関係,近隣友好国,良き同志,良きパートナーという精神に基づき,両国関係を引き続き強化していくことを確認。また,9つの協力文書に調印。
19日 ベトナムのサイゴン・インベスト・グループ(Saigon Invest Group:SGI),フアパン県で約4億5000万ドル相当の水力発電開発プロジェクトを行うことでラオス政府と合意。
21日 チュームマリー党書記長,北朝鮮を訪問(~23日)。金正日朝鮮労働党総書記と会談。
21日 ブントーン政治局員・党検査委員会委員長・政府検査機構長・反汚職機構長,中国を訪問(~27日)。
  10月
1日 公務員給与の20%引き上げ。最低賃金は47万2500キープとなる。
5日 特別閣僚会議開催。第7期第2回国会に提出する3つの重要法案(弁護士会法案,図書館法案,中小企業奨励法案)を審議。
10日 計画・投資省,ワンドア投資サービス窓口を開設。
12日 チュームマリー党書記長,ロシアを訪問(~16日)。アジア太平洋におけるラオス・ロシアの戦略的パートナーシップ構築に関する共同宣言を発表。
24日 大韓貿易投資振興公社(KOTRA),首都ヴィエンチャンに事務所開設。
  11月
3日 中国共産党政治局委員・北京市党委員会書記劉淇,来訪(~5日)。
11日 ラオス・タイ第3友好橋(カムアン=ナコーンパノム)開通式,開催。
14日 第9期党中央執行委員会第3回総会,開催(~18日)。政治基層建設や農村開発などについて協議。
14日 世界銀行,第2回ラオス投資環境評価会議開催。労働者の質の低さを問題視。
18日 ホンサー火力発電所建設起工式,開催。
22日 支援国円卓会議開催。ラオスは今後5年間で年間700万~800万ドルの支援が必要。
23日 最低労働賃金改正に関する労働・社会福祉大臣通達第2951号,公布。労働者の最低賃金を62万6000キープに引き上げ,2012年1月1日から施行。
25日 中国,ラオス,ミャンマー,タイの4カ国によるメコン川の協同警備に関する大臣級会合,北京で開催(~26日)。
  12月
7日 第7期第2回国会,開会(~21日)。国会は国家会計監査機構の2009/10年度予算執行報告を承認しない一方,税法,関税法,保険法,知的財産法など10の改正案,また中小企業奨励法案,弁護士会法案,図書館法案の3つの新法を可決。
7日 第18回メコン川委員会評議会,開催(~9日)。ラオスのサイニャブリーダム建設の延期を決定。アメリカは決定を歓迎するコメントを発表。
16日 ラオス・韓国政策協議,ソウルで開催。
28日 中国企業ワン・フーン・シャンハイ・リアルエステート,タートルアン湿地帯の経済特定区(自然観光文化地区)開発でラオス政府と契約。総額約15億ドル。

参考資料 ラオス 2011年
①  国家機構図(2011年12月末現在)
②  政府主要人名簿(2011年12月末現在)

(注) *は女性。

③  ラオス人民革命党政治局員

(注) *は女性。

④  国民議会(国会)

(注) *は女性。

⑤  司法機構

主要統計 ラオス 2011年
1  基礎統計
2  GDP成長率と物価上昇率
3  産業別国内総生産(実質:2002年価格)
4  主要農作物生産高
5  主要品目別貿易
6  政府財政
7  国際収支
 
© 2012 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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