アジア動向年報
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各国・地域の動向
2011年のシンガポール 総選挙における野党躍進の衝撃
久末 亮一
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2012 年 2012 巻 p. 347-370

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2011年のシンガポール 総選挙における野党躍進の衝撃

概況

2011年のシンガポールは,5月の議会総選挙で与党「人民行動党」(PAP)の勢力が後退し,野党勢力が躍進するという,大きな政治的変容があった。具体的には定数87議席のうち,野党が過去最多の6議席を占めただけでなく,与党はジョージ・ヨー外相(当時)など現職閣僚2人が落選し,勝利した選挙区でも野党支持票が大きく伸びた。これを受けて,「建国の父」であるリー・クアンユー顧問相,その後を継いだゴー・チョクトン上級相の2人は閣僚を引退し,また政府は各種政策の見直しを国民に約束するなど,国内政治には変化の兆しが現れている。さらに8月の大統領選挙は,長らく行われなかった複数候補者間での選挙となり,与党系の本命とみられていたトニー・タン氏が当選したものの,同じく与党系から出馬した次点候補との得票率差が1%未満の接戦となった。経済面では,東日本大震災や欧州経済危機の影響から,減速傾向が鮮明となってきた。一方で,選挙の争点にもなった不動産価格の高騰に対しては,2010年に続いて2011年にも2度の対策をとり,また住宅用地の積極放出を継続するなどの対応を行っている。金融面では,香港が占めている人民元オフショアセンターの機能をシンガポールにも確立するため,中国当局との協議が開始され,シンガポールに進出している中国系銀行に人民元取引清算業務が認可される見通しとなった。対外関係では,アメリカがアジア太平洋への再シフトを鮮明化するなか,シンガポールへの最新鋭戦闘艦配備を明言した。また南沙諸島(スプラトリー諸島)問題が深刻化するなか,中国海軍艦艇の寄港を受け入れる一方で,同問題への中立的立場を表明するなど,従来のバランス外交を継続している。

国内政治

総選挙における野党の躍進

2011年5月7日に実施された総選挙は,建国以来の衝撃的な結果となった。これまで絶対優位を保持してきた与党の人民行動党(PAP)は,定数87議席のうち81議席を獲得した。しかし,野党の労働者党(WP)は,PAPがジョージ・ヨー外相(当時)を筆頭に擁立したアルジュニードのグループ選挙区(5人区)で,9.4ポイントもの差で勝利して5議席を獲得した。WPはホウガン小選挙区(1人区)でも勝利したことで,野党議席は前回の2議席から6議席となり,従来最多であった1991年の4議席を上回る躍進となった。

また他選挙区では,野党6政党(WP,シンガポール民主党[SDP],国民団結党[NSP],シンガポール人民党[SPP],改革党[RP],シンガポール民主連合[SDA])がPAPに敗北した。しかし,PAPの候補がポトンパシール小選挙区ではSPPのリナ・チアム候補に114票差(有効投票数の0.7%),ジョー・チャット小選挙区ではWPのイー・ジェンジョン候補に382票差(同2%)など,僅差にまで迫られる状況がみられた。

PAPへの信認度合いが低下していることは,同党の得票率にも表れている。PAPは,前回に野党が大量立候補した1988年総選挙の得票率61.8%を防衛線としていたが,今回はそれどころか,これまで最低であった1991年総選挙の60.9%をも割り込む60.1%の史上最低レベルにまで落ち込んだ。このためPAPは81議席の獲得にもかかわらず,実質的には「敗北」したとも言える。投票日翌日,リー・シェンロン首相は勝利宣言を行ったが,その表情は冴えず,「選挙結果を分析して,そこから学び,誤りを正しながら,国民により奉仕できるPAPに改める」と控え目な姿勢に終始した。一方,野党初のグループ選挙区獲得に成功したWPは,ロー・ティアキャン書記長が勝利宣言で「今夜,みなさんは新しい歴史を刻み,現代のシンガポールに政治的記念碑を打ち立てた」と述べ,会場は熱気に包まれた。

与党「敗北」の背景

このような選挙結果となった背景には,この数年間の政府による政策や社会運営に対して,国民が不満を強めていたという事実がある。その争点が,雇用,移民,住宅,物価などの諸問題であった。たとえば,雇用では政府の取り続けてきた外国人の受け入れ政策が,競争力強化のための高技能・専門知識をもつ層への永住権付与拡大につながったことから,シンガポール人の就業機会を奪うことになった。また,経済成長のために流入を促した外国からの投資資金が高級住宅市場の価格上昇をもたらしただけでなく,新移民が永住権を取得することで購入資格を得た公団住宅(HDB)にも連鎖的に価格上昇圧力が強まったことで,不動産価格は高騰を続けてきた。加えて物価の上昇は,とくに低所得層を中心とした不満を惹起することになった。

2010年には通年で14.7%の経済成長を成し遂げたシンガポールであったが,それとは裏腹な社会基層での不満を政府も把握していた。このため2010年からは,雇用,移民,住宅,物価の各方面での対策が打ち出されてきた。2011年に入ってからも選挙対策を兼ねて,1月には住宅短期売買への印紙税引き上げによる投機抑制策,3月には低所得世帯向け公的扶助の給付増額(4月開始),外国人就業許可の基準月収額引き上げ,などを発表している。こうしたなかで4月19日,リー首相は議会解散・総選挙実施を決定し,投票日を5月7日に設定した。同月27日,総選挙立候補者の届け出が行われ,選挙戦がスタートした。

今回の総選挙で特徴的であったのは,野党勢力が全27選挙区のうち,12小選挙区(1人区で候補者に投票)と14グループ選挙区(4~6人区で政党に投票)に対立候補を擁立し,与野党全面対決になった点である。とくに注目された選挙区は,PAPが現職閣僚であるジョージ・ヨー外相の率いる候補者チームを擁立しているのに対し,WPがシルヴィア・リム党首,ロー・ティアキャン書記長,チェン・シュウマオ弁護士などの有力候補者で固めたチームを擁立したアルジュニードのグループ選挙区であった。またゴー・チョクトン上級相(前首相)の地元であるマリン・パレードのグループ選挙区では,NSPが若年有権者層に訴えるべく史上最年少である24歳の女性候補者を擁立するなどして,注目を集めた。

選挙運動中,リー首相は「政府に誤りはあるが,適切な政策はもっと多く,経済成長の弊害に対してPAPは対処する」(5月3日演説)と述べ,またとくに中・下層の国民に雇用,住宅,教育,医療などが行き渡るようにする方針を強調した。これに対して,野党側は上記諸問題に対する政府・PAPの政策批判を積極的に展開し,有権者への訴えを続けた。こうしたなかで特徴的であったのは,選挙民側の変化である。とくに若い有権者層は,選挙の争点となった各種社会問題への不満に加えて,これまで管理社会ともいわれたシンガポールのあり方自体にも不満を募らせていた。このため,YouTube,Twitter,Facebookなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用して,個々人の意見を自由かつ積極的に表明するなどの活発な動きがみられ,選挙動向にも影響を与えるようになっていった。とくに選挙期間中,リー顧問相が「野党が勝利した地区の住民は5年間後悔することになる」などの高圧的発言を行った際には,ネット上で大きな批判が渦巻く結果となった。

リー顧問相,ゴー上級相の閣僚辞任と政策の見直し

総選挙の結果は,PAPに深刻な衝撃を与えた。たとえば落選したジョージ・ヨー外相(当時)は,「グローバル化のなかで国家は新たな統合・調和の必要があり,このプロセスを怠った場合には,シンガポール社会が分裂する可能性がある」と述べ,現行の与党体制への危機感を表明している。すなわち,今回の選挙結果はこれまでのシンガポール型統治システムの変化を促すものであったことを,PAPも認識せざるをえなかったのである。

その象徴とも言えるのが,選挙から約1週間後の5月14日発表された,「建国の父」であるリー・クアンユー顧問相とゴー・チョクトン上級相の辞任であった。両者は長老として閣内にとどまり続け,リー首相をはじめとしたPAP若手世代の後見役としての役割を果たしてきた。一方ではその存在が与党だけではなく,シンガポール社会全体にも心理的圧力となってきたことはかねがね指摘されていた。それゆえに両者が閣僚を辞任したことは,リー顧問相自身が「目的はこの国が新時代に入ったことを示すことにある」,「歴代首相が引退することで(中略)首相が新しい方向に政策を見直すことが可能となる」と述べているように,総選挙結果を契機とした「世代交代」を明確にするものであった。もっとも,リー首相は両者が「幅広い対外人脈を引き続き維持すると確信する」と述べており,彼らは閣僚辞任と同時に,それぞれ政府投資公社(GIC)会長,金融管理局(MAS)議長を退任したにもかかわらず政府からスタッフを提供され,各国を積極的に訪問して要人との会談などを継続していることから、その権威を維持しているとも考えられる。

こうして5月21日には内閣改造が実施された。リー顧問相,ゴー上級相の退任のほか,総選挙の争点として批判の対象になっていた移民,住宅,交通を担当してきたウォン・カンセン副首相,マー・ボータン国家開発相,レイモンド・リム運輸相が退任した。その一方で,リー首相と同世代の「第3世代」といわれる指導層に加えて,将来を担う指導者候補となる「第4世代」から4人を閣僚・準閣僚として迎えた。この世代交代によって,内閣は大幅に若返ることになった。同日,リー首相は「社会と国民に歩調を合わせ,政府も変化する必要がある」,「政治システムはさらに多様な見解,多くの討論,多数の参加に適応しなければならない」,「国民の間の多様な意見を注意深く聞き,日々直面する問題を理解し,懸念解決に努力し,開かれた政府にする」との演説を行った。また住宅,医療,移民流入,閣僚給与の問題などについて,早急に見直しを行うことも表明した。さらにリー首相は,8月1日には「総選挙後も経済政策の基本は揺らがない」と表明する一方,同月14日の独立記念日集会演説では,住宅,雇用,教育分野での国民優先政策を推進するとも表明し,国民が「シンガポールは国家として発展しているものの,その成功の恩恵を受けていないと感じている」との認識を示した。

これを受けて,政府は各種政策の見直しを表明している。たとえば,住宅政策に関しては,HDB購入資格者の世帯所得上限を月額8000Sドルから1万Sドルに,また民間企業に開発委託するタイプの高級HDBについては1万Sドルから1万2000Sドルに,それぞれ引き上げることで,購入者層の間口を広げた。また開発用地の積極放出を継続すると同時に,2012年のHDB供給戸数を年間2万5000戸にするとしている。さらに住宅市場に流入する外国投資資金を抑制するため,1月に導入した外国人による不動産取得に際しての追加印紙税を,12月には引き上げると発表した。雇用政策については,リー首相が「能力のある人,貢献できる人にはつねに門戸が開かれるべき」と述べているように,引き続き競争力確保のために有益な人材の受け入れは継続するものの,永住権の新規付与などには審査を厳格化している。これについてイブラヒム情報・通信・芸術相は「我が国は新しい国民を受け入れるが,新しい国民も多民族社会と能力主義の価値観を堅持する必要がある」と述べている。また政府は,シンガポール国民と外国人労働者の雇用に際しての公平性確保ガイドラインを策定することも表明しており,外国からの人材には門戸を開くべきではあるが,労働力に占める割合は全体の3分の1を超えない程度に上限を設けるとの方針を示した。さらに3月に引き上げた外国人就業許可の月収基準を,2012年1月には再引き上げすることを決定している。このほか医療補助についても,現行65歳以上,所得上限を900Sドルとしていたのを,40歳以上,1500Sドルまでに緩和し,補助対象者を8万7000人から71万人に拡大させ,2012年前半から実施することも発表している。

以上のように,2011年の総選挙の結果を受けた変容のなかで,10月10日には第12期議会が招集され,5年の任期が開始された。

8月の大統領選挙での大接戦

2011年におけるシンガポール政治の大きな変化は,総選挙だけではなく,第6代大統領S・R・ナザンの任期終了を控えて8月に実施された大統領選挙にも表れた。シンガポールでは大統領は儀礼的存在であり,1991年に公選制に移行したものの,実際にはこれまでもPAPから閣僚経験者などを推薦し,対立候補のない無投票当選の形で選出するのが,ほぼ慣例となっていた。例外は2人が立候補した1993年の選挙のみで,ナザン大統領も1999年と2005年に無投票で選出され,2期を務めてきた。

しかし総選挙での野党台頭の流れを受けて,6月中旬までにタン・キンリャンNTUCインカム(保険共済組合)元最高経営責任者,タン・チェンボク元議員(チュアンハップ・ホールディングス会長)が立候補を表明した。6月23日には,PAPの本命候補といわれてきたトニー・タン・ケンヤムGIC副会長兼シンガポール・プレス・ホールディングス(SPH)会長(元副首相)が,大統領選挙への出馬を正式表明した。ここで重要であったのは,タン氏もPAPの党員資格を返上し,独立候補として選挙に臨むとした点である。これは5月総選挙でのPAPへの逆風を考慮したものであると考えられる。さらにアンドリュー・クアンJTCコープ(工業団地運営機関)元最高財務責任者,野党SDPを離党したタン・ジーセイ氏(ゴー・チョクトン氏の元個人秘書,AIBアセット社元マネージング・ディレクター)も大統領選挙への出馬を表明した。

こうしたなかで8月3日,リー首相は大統領選挙の公示日を8月17日,投票日を同月27日と決定し,6日の資格審査締切日までに,前出の5人にオイ・ブーンイウ氏(元家庭教師)を加えた6人が審査を届け出た。大統領選挙の資格審査要件とは,(1)閣僚・最高裁長官・省庁事務次官などの公職,あるいは資本金1億ドル以上のシンガポール籍企業を3年以上経営した実績,(2)大統領選挙委員会が人格高潔と認める,という点である。この結果,11日にはトニー・タン,タン・チェンボク,タン・ジーセイ,タン・キンリャンの4人が立候補有資格者として認められた。

今回の大統領選挙は複数候補間での投票選挙が実施されることになった点だけでなく,過去に行われてきた政府による特定候補の推薦がなかったという点でも画期的であった。8月16日,リー首相は「トニー・タン氏は傑出した資質があり,非常に優れた候補者である」との認識を示しつつも,「候補推薦に関しては,シンガポールの有権者の選択に委ねるのが最善だと考えた。有権者が良い判断をすると確信している」との意見を表明している。これは明らかに,5月の総選挙で表明された民意を尊重したものであり,これまでの政治形態が変化を始めた証左であるともいえる。この結果,当初はトニー・タン氏が実質的な政府・PAPの支持を背景として圧倒的優位と考えられていたが,次第に情勢が流動的なものとなった。

こうした背景を受けて,大統領選挙の運動は過去にみられなかったほどの盛り上がりをみせ,5月の総選挙に引き続く民意の高まりを示すことになった。8月27日に,大統領選挙の投票が行われ,28日には衝撃的な結果が明らかとなった。当選を果たしたのはトニー・タン候補ではあったが,その得票数(最終結果ベース)は74万5693票(得票率35.20%)にとどまり,次点となったタン・チェンボク候補の73万8311票(同34.85%)とはわずか7382票,0.34%の僅差でかろうじて当選したことが判明した。それだけではなく,野党系のタン・ジーセイ候補も53万441票(同25.04%)を獲得するなど,少なからぬ支持を集めたことも判明した。このような僅差となった背景には,非公式ながらリー首相をはじめとした政府・PAPがトニー・タン候補を支持していたとはいえ,実際にはPAP支持層が大きく割れたことが影響している。0.34%の僅差は,もはや選挙内容が政府・与党のコントロールできるレベルの結果ではないことを示しており,有権者の意識が大きく変化していることを裏づけるものであった。

投票結果が確定した28日,トニー・タン氏は「今後の6年間,すべての国民の大統領として懸命に働く」と宣言し,一方で次点となったタン・チェンボク氏は「有権者は公平・公正を求めており,多くの人々が公平な行いを私に期待したものと考える」と述べ,さらに「私は戻ってくる。トニーと大きな戦いを交えた」と表明し,6年後の大統領選挙への再出馬を示唆した。同日,リー首相は声明のなかで,「投票で次期大統領を選択する機会,公選制大統領の役割を考える機会となったのは良いことである」との感想を述べている。

経済

概況

2011年度のシンガポール経済は,GDP成長率が4.8%増加,季節調整済み年率換算前期比で第1四半期26.6%,第2四半期マイナス5.9%,第3四半期1.5%,第4四半期マイナス4.9%となった。第1四半期には電子製品・機械部品の急拡大に牽引された製造業,住宅建設に牽引された建設業が伸び,非常に高い成長率となった。しかし第2四半期には,その反動に加えて,3月に発生した東日本大震災によるサプライチェーン混乱の影響を受けて製造業が縮小したほか,貿易関連・金融関連の縮小も響いて,低い成長率となった。こうしたことから,政府は8月に年率成長見通しを前年比5.0~7.0%増加から前年比5.0~6.0%に下方修正している。第3四半期には生物科学・医薬品に牽引された製造業の伸びにより盛り返すものの,第4四半期からは欧州経済危機などの影響が顕在化し,製造業が急減速したため前期比で大幅なマイナスとなり,8月の年率見通しをも下回る通年4.8%の成長となった。また政府は2012年の年率成長見通しを,従来の前年比3~5%から1~3%に引き下げている。

不動産価格の動向

過去数年にわたって,シンガポールでは不動産価格の上昇が続き,これが国民の住宅取得にも影響を及ぼすことで,総選挙における争点のひとつにもなった。たとえば,2010年通年では民間住宅価格の上昇率は17.6%になり,直近底値の2009年第2四半期と比較した上昇率は46.1%にもなった。またHDBの転売価格も,2010年通年では14.0%,直近底値の2009年第1四半期からは24.3%の上昇率となっていた。この背景には,内外の低金利と過剰流動性によって,不動産市場に資金が流入してきたことがある。また,不動産への投資主体は地元勢だけではなく,政府が呼び込んできた外国人投資家による購入も目立っている。たとえば,民間不動産仲介業者による2010年の民間集合住宅購入者の属性調査では,永住権取得者が12.1%増,非永住権取得者が37.1%増となっており,内訳としては従来の牽引役であったマレーシアやインドネシアの投資家に加えて,中国とインドからの投資家が急増していた。

こうした動きに対して,政府は2009年9月,2010年2月,8月の3回にわたって投機抑制策を実施してきたが,2011年1月にも追加措置を発動した。その内容は,住宅を購入後4年以内に転売する場合,印紙税の税率を最高16%に引き上げると同時に,民間金融機関が個人・企業に提供する住宅ローンの上限を引き下げるというものである。この措置について,マー国家開発相(当時)は「低金利と過剰流動性を背景にした民間住宅需要の増大で不動産バブルが発生するのを未然に防ぐと同時に,不動産投機の牽制を狙った」と説明し,「安定的で持続的な不動産市場を醸成するのに必要であれば,さらなる措置を取る」と表明した。

しかし,民間住宅価格は2011年の第1,第2四半期には,前期比でそれぞれ2.2%,2.0%上昇し,またHDBの転売価格はそれぞれ1.6%と3.1%まで上昇するなど,価格の高騰には歯止めがかからなかった。とくに,民間集合住宅では政府の抑制策を背景として高・中級物件から郊外の小型物件へと需要がシフトし,2011年6月の価格を直近安値圏の2009年3月と比較すると62.2%もの上昇となった。第3四半期には,民間住宅価格は政府による抑制策の影響から1.3%の上昇にとどまったが,HDB転売価格は3.8%もの上昇となって騰勢が継続した。

このため,5月の内閣改造で新たに就任したコー国家開発相は10月に不動産投機抑制策と住宅開発用地の放出継続を表明すると同時に,外国人投資家による民間住宅の取得状況を注視し,必要があればさらなる措置を発動する可能性も明らかにした。たとえば,第1,第2四半期の投資用不動産取引総額はそれぞれ80億Sドル,83億Sドルであったが,そのうち外国人投資家はそれぞれ10.5%,17.6%を占めている。とくに第1,第2四半期の高級集合住宅における新築・中古売買では約60%を占めた。外国人投資家のうち約30%ずつが中国籍とインドネシア籍で,続いてマレーシア籍,イギリス籍,インド籍となっている。この高級集合住宅セクターの売買における外国人投資家の比率は,2005年には24%,2010年には46%であったが,2011年上半期にはさらに上昇している。コー国家開発相の発言は,こうした外国人投資家による不動産市場への資金流入が継続している事実を念頭に置いたものであった。

しかし,5月総選挙での与党の実質的「敗北」を受けて行われた政策点検のなかで,住宅問題は喫緊の課題のひとつとなった。このため,政府は抑制の手綱を緩めることはなく,12月7日には2011年で2回目となる追加の住宅価格抑制策を発表した。この2回目の政策では,とくに外国人投資家に焦点があてられ,物件取得に際しては,従来の購入価格の3%相当の印紙税に追加して,さらに10%分に相当する印紙税が課されることになった。この措置について,シャンムガラトナム副首相兼財務相は,「常に市場を開放し,これを維持しなければならないものの,不動産市場への資金流入は依然多く,低金利が持続するなかでは弱まる公算が小さい。今回の追加課税は投資需要の鎮静化と不安定な価格下落の回避に寄与するはず」との見解を表明した。またコー国家開発相は,「新しい対策は住宅市場を強化・安定させ,持続可能なものにするためのもの」とコメントしている。

すでに,第3四半期には外国人による民間住宅の転売取引に鈍化の傾向がみられていたが,第4四半期の民間住宅価格上昇率は0.2%と大幅に縮小しており,さらに12月における2回目の追加対策を受けて,2012年にはさらなる鎮静化が予想されている。一方で,シンガポール不動産開発業者協会などの業界団体からは,2回目の追加対策は,短期的に住宅価格および住宅販売戸数,とくに高級住宅市場には影響が大きいとし,国内総生産の約5.2%を占める不動産セクターが委縮することは景気全体にも打撃を与えるとの懸念が出始めている。

人民元オフショアセンター化への布石

シンガポールの金融業界では,2011年,人民元建て金融商品の提供が相次いで開始された。まず1月にはイギリス系大手銀行のHSBCが人民元建て預金の取り扱いを開始し,3月までに累計で13億元分を集めた。また地場最大手のDBSも2月から人民元建て預金と通貨連動型投資商品の取り扱いを開始し,3月には累計で27億元分を集め,5月末までには130億元分に拡大した。さらにDBSは香港との間の人民元建て送金の取り扱い,人民元建ての債券,仕組み債,投資信託の販売を開始した。3月には地場銀行第2位のUOB,同第3位のOCBC,スイス系プライベート・バンクのユリウス・ベアなども,人民元建て預金や債券投資信託の取り扱いを開始した。

また,リテールでの人民元建て金融商品が急速に伸長する一方で,人民元建て決済などのホールセールも確実に伸び始めた。たとえば,2009年7月に中国が人民元建て国際決済を解禁した際に人民元業務センターを開設した中国工商銀行(ICBC)シンガポール支店では,2011年2月末時点での人民元建て貿易決済が124億元に達した。イギリス系銀行のスタンダード・チャータードでは人民元建て輸出信用状の発行件数が前年比3倍となり,OCBCでも人民元建て送金額が2011年前半で昨年比5倍に拡大した。

このように人民元に関連した金融取引が大きく伸びるなか,シンガポールは香港で確立されつつある人民元オフショアセンターの役割を自らも担うため,中国政府との交渉を進めてきた。これについて,ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が4月にMASと中国人民銀行の間で,人民元オフショア取引の拠点化を拡大する交渉があることを報道し,MASは具体的なコメントを避けたものの,「シンガポールは中国との貿易関連のビジネスを円滑にするうえで好立地である」とのコメントを出している。シンガポールは2010年7月に中国と300億Sドル(約1500億元)の通貨スワップ協定を締結しており,これは今回の交渉の布石でもあったと考えられている。

WSJの報道から約1週間後の4月18日,MAS議長を兼任するゴー上級相(当時)が訪中して温家宝首相や周小川人民銀行総裁と会見し,金融分野での両国間関係強化について話し合ったとされる。翌19日にゴー上級相は,中国政府が間もなく中国本土系銀行シンガポール支店のひとつを人民元建て取引の清算業務提供行に指定する旨の発言を行い,交渉の進展を事実上認めた。シンガポールが人民元オフショアセンターとなることは,シンガポールにとっては東南アジア諸国やインドと中国を結ぶ貿易金融ハブとしての機能を強化することにつながり,また中国にとっては人民元の国際化を推進するにも有利となる。この点で両者の間には,基本的に利害が一致しているとの見解が一般的である。一方で,すでに人民元オフショアセンターとしての地位を固め,人民元建て貿易決済の70%を占めてきた香港との競争について,ゴー上級相は「競争相手になるつもりはない」との認識を示している。

なお,シャンムガラトナム副首相兼財務相は,2012年1月,人民元の国際化とシンガポールの役割について,「中国とは良い対話を行っており,金融センターとして役に立てる」との発言を行い,人民元オフショアセンター機能の強化に向けて,さらなる意欲を示している。

経済開発・産業育成の動向

資源の限られた都市国家であるシンガポールは,建国以降,戦略的な経済成長政策の策定と,変化する国際経済環境に対する柔軟な政策対応で知られている。とくに近年は,「ホストからホームへ」という戦略を掲げ,従来のように外国企業を誘致するだけでなく,自ら技術開発や産業セクターの発信地として機能できるような競争力の構築を目指してきた。こうしたなかで,プライベート・バンキングや資産管理業務を柱とした新しい金融分野の育成,カジノを中心とした総合リゾート開発,バイオテクノロジーの研究開発ハブなど,さまざまな経済開発に積極的に取り組んできた。

2011年には,新産業育成に向けて3つの大きな動きがみられた。そのひとつが,水資源関連の産業育成である。これは2006年に策定された研究開発強化戦略「2010年科学技術計画」に基づくもので,2015年までに国内総生産への寄与額17億Sドル,1万1000人の雇用創出を目標としている。2011年には中間評価が発表され,研究開発への資金援助や実証実験機会の提供によって,外国企業約70社の誘致に成功,関連研究施設は14カ所,実証実験の累計実施件数は107件,国内水資源関連企業(ハイフラックス,セムコープ・インダストリーズ,ケッペル・コープ,ボウステックなど)が海外で受注した水処理事業は111件,総額84億Sドルに拡大している。こうしたなかで,7月には「シンガポール国際水週間2011」(SIWW2011)が開催され,「水リーダーズ・サミット」や「水会議」には1000人以上,「水エキスポ」には内外600社以上が参加した。このなかでリー首相は,海水淡水化やニュー・ウォーター(下水再生水)の造水能力引き上げによって,2060年までの水自給率100%達成を確信していると表明した。またこの技術力を各国に輸出し,水問題の解決でシンガポールが果たす役割も強調した。

このほかの動きとしては,クリーン・エネルギー研究開発とメディア関連産業のものがある。クリーン・エネルギーについては,7月に政府が1億9500万Sドルの研究開発に対する追加助成を行うと発表し,この期間を2015年までと定めた。6月には三菱自動車と共同で,電気自動車の実証実験を開始し,8月にはパナソニックと共同で,HDBにおける省エネ実証実験なども開始している。また,メディア関連産業については映画・メディア関連の産業拠点として「メディア・ポリス」の整備を推進しており,4月にはメディア開発局とシンガポール・テレコム社が,双方向メディア関連のベンチャー支援事業で合意している。

もっとも,以上のような新規産業育成の進展の一方で,これまでに手掛けてきた育成策については,若干の停滞やつまずきがみられた。たとえば,バイオテクノロジー分野の研究開発については,8月にがん遺伝子研究の世界的権威で2006年に分子細胞生物研究所に加わったアメリカ出身の科学者2人が,シンガポールでの研究生活に失望したとの理由で辞職・帰国した。また同月にはゲノム研究所の所長であったアメリカ出身のエディソン・リュウ教授が辞職・帰国を発表している。その理由としてリュウ教授は,「ここでは科学への強い関与と偉大な研究を行えたが,同時に我々が科学的発見の成功と考えるものを,過大に値踏みしたり誤って考える傾向があった」と述べている。これは同国が研究開発への予算投入の見返りとして,経済的効果を重視するあまりに,研究者に医薬品企業などとの提携,実用化を過度に期待することへの反発であると解釈される。リュウ教授は「科学者にとっての見返りとは,常に金銭とは限らない」と述べている。この問題は,地道な基礎を必要としつつも,これを「買う」ことで解決しようとして,経済効果との間で揺れ動くという,シンガポールにおける産業育成のあり方に内在する課題を象徴する出来事である。

その他の注目点

アジアの金融ハブのひとつであるシンガポールは,その競争力強化に取り組んできた。そのひとつとして,シンガポール取引所(SGX)は世界的な証券取引所の統合・再編のなかで国際化戦略を進めるべく,2010年10月にはオーストラリア証券取引所を買収し,経営統合することで合意したと発表していた。しかし2011年4月5日,オーストラリアのスワン副首相兼財務相は,この買収・統合計画を「国益に反している」として反対を表明し,オーストラリア外国投資審査委員会も「国益に沿ったものではない」との全会一致勧告を出している。この事実上の却下により,SGXの目論見はつまずくことになった。

また,シンガポールは富裕層向けのプライベート・バンキングや資産運用ビジネスのハブ拠点としても,この10年ほどの間に積極的な競争力強化に取り組んできた。とくに,近年では欧州でスイスやロンドンの地位が低下し,またアジア全体の経済力が急速に台頭するなかで,シンガポールはその地位を高めている。2011年6月21日に発表された,大手会計事務所プライス・ウォーターハウス・クーパースの調査報告によれば,世界67カ国・275社の金融機関からの集計として,富裕層資産管理サービスで最重要拠点となる都市は,2013年にはシンガポールが1位となると予測されている。現状の預かり資産はスイスの3分の1ではあるが,欧州経済危機やスイスにおける顧客機密保持原則の後退によって,シンガポールに資産を振り向ける流れが継続するとも予測されている。この状況を反映するように,地場系・外資系ともにシンガポールを拠点としたプライベート・バンキング部門を急速に拡充している。しかし,こうした急拡大には非合法資金の混入・流入などマネー・ローンダリングの弊害がつきまとう。このため,MASは9月6日,銀行・金融機関に対して,「金融システムが犯罪行為に利用されることを許すことはできない」という強い警告を発し,近年,イギリス,ドイツ,スイスなどと租税回避条約を締結したことから,各国からの資産移転に際しては注意を払うように要求している。

なお,シンガポールにはDBS,UOB,OCBCという地場大手銀行が3行ある。2011年4月,アメリカの金融業界誌『グローバル・ファイナンス』の発表した「世界のもっとも安全な銀行50行」ランキングでは,DBS(19位),OCBC(25位),UOB(26位)となり,アジア域内では1~3位を独占した。また5月にはアメリカの大手金融情報会社ブルームバーグがまとめた「世界最強の銀行20行」ランキングでは,OCBC(1位),DBS(5位),UOB(6位)という結果が出た。これについて,OCBCのデビッド・コナー最高経営責任者は,「シンガポールのMASは歴史的に,ほかに比べ高い中核自己資本比率を国内銀行に要求してきたため,シンガポールの銀行はこの点では非常に得点が高い」と述べ,「OCBCの資本基盤は即日でもバーゼル3のすべての基準を満たすことができる」との自信を示している。こうした健全性を背景として,2011年後半には欧州系銀行がアジアから資金を引き揚げるなか,シンガポールの銀行はその空白となった市場を埋めるべく,積極的な貸し出しに動き始めている。

対外関係

対米関係

2011年は,アジア太平洋のパワーバランスにひとつの明確な変化が生じた年でもあった。地域内で台頭する中国を念頭に,アメリカは新たな経済・安全保障の体制を構築すべく,明確にアジア太平洋へのシフトを開始した。オバマ大統領は11月13日にハワイで開催されたAPEC首脳会議において,「アジア太平洋地域ほど,長期にわたってアメリカ経済の未来を決定づける地域はない」とする一方,中国の動きを牽制しつつ地域安定を確立するため,「東アジアサミット」(EAS)を地域安全保障拡充の枠組みに転換することを念頭に,関与を強めるとした。

この兆しとなったのが,6月にシンガポールで開催された「アジア安全保障会議」(通称「シャングリラ・ダイアローグ」,イギリス国際戦略研究所[IISS]主催)での,ゲーツ米国防長官(当時)の発言であった。会議には中国からも梁光烈国防相が初参加するなかで,アメリカは中国の軍事的台頭を念頭においた東南アジアでの米軍プレゼンスを強化する旨の演説を行い,シンガポールには最新鋭の沿岸海域戦闘艦(LCS)を配備するとした。これについては,シンガポールが従来からアメリカとの同盟関係を重視しつつも,近年では中国とのバランスを積極的に取ってきたことに対する,アメリカの巻き返しを象徴する動きであると考えられる。

もっとも,2012年1月26日にはン・エンヘン国防相が日本のメディアと会見したなかで,シンガポールは「中国とインドの影響力増大によって変容する地域を安定させる鍵」としつつも,LCS配備数の詳細などについてはアメリカと協議中として,「LCSはシンガポールを母港としない」,「ASEAN内の複数国を巡回する形式になる」とも述べている。

対中関係

一方で中国との関係についても,シンガポールは経済関係を軸として,積極的な構築を図っている。たとえば,リー顧問相(当時)やゴー上級相(当時)などは頻繁に中国を訪問し,中国要人との会談を重ねながら,従来の蘇州「工業団地」に加えて,天津「エコ・シティー」,広州「ナレッジ・シティー」などの都市共同開発,プロジェクト実証実験への参加にも積極的であり,また先述のような人民元オフショアセンター確立への布石を進めるなどの活動も推進している。

また,7月26日には3日間の日程で中国の王岐山副首相がシンガポールを訪問し,二国間協力協同委員会の会合を開いたほか,2009年1月に発効した両国間FTAの改定議定書にも調印している。この改定では,シンガポールから中国への輸出品に対する原産地証明発行期日に柔軟性を持たせ,また中国国内でのサービス業参入についての規制緩和を,2010年1月発効の中国・ASEAN間のFTAに合わせることを確認している。

一方で,中国とフィリピン,ベトナム,マレーシアなどとの間で南シナ海での領海・領土問題が発生し,またアメリカがシンガポールへの最新鋭戦闘艦配備を表明するなか,6月中旬には中国最大級の最新鋭巡視船「海巡31号」が南シナ海を通過し,シンガポールに寄港した。この寄港受け入れが国際的にも大きな憶測を呼んだため,シンガポール外務省は「本来は通常の寄港であるはずが,中国・ベトナム間,中国・フィリピン間での最近の事件によって大きな注目を集めてしまった」とする一方,「中国は南シナ海での権益問題で国際社会の懸念を引き起こしており,より丁寧な説明が懸念解消につながり,中国の利益になる」との声明を発表している。また7月20日にはシャンムガム外相が,南シナ海の領有権問題に対してシンガポールは中立的立場をとることを明言している。

その他の注目事項

近年のシンガポールは,隣接するマレーシアとの間で良好な関係を構築しつつある。そのなかでも6月には,両国首脳がシンガポールとマレーシア南部ジョホールを結ぶ高速都市鉄道の開業を2018年までに目指すという共同声明を発表した。この鉄道計画は周辺地域での都市開発などの共同事業も含まれており,実現すれば両国間の緊密な往来が強まるものと考えられる。また同月末には,80年近い歴史をもつマレー鉄道のシンガポール発着点「タンジョン・パガー駅」が閉鎖され,7月1日には管理権と用地がシンガポール側に返還された。これを受けて,シンガポール側は補償代替地として提供した市内中心部の開発事業を,マレーシアと共同で進めることでも合意している。

なお日本との関係も引き続き良好であり,3月に発生した東日本大震災に対しては,即座に哀悼の意と支援を表明している。また7月14日には,日本,インド,シンガポールの3カ国による,「デリー・ムンバイ大動脈構想」の官民円卓会議が開催され,具体的な経済協力関係を協議した。9月23日には,枝野経産相がリー首相と会見し,文化産業の育成,アジア新興国のインフラ整備で両国が協力すると同時に,日本の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加についても意見交換が行われた。このなかでリー首相は,「TPPにはできるだけ多くの国が加入するのが望ましい」として,期待を表明した。また10月12日には玄葉外相がシンガポールを訪問し,シャンムガム外相は会談のなかで,「日本の参加を期待する」との意見を表明した。

2012年の課題

2011年の総選挙と大統領選挙で示された課題は,近年の各種政策に対する見直しの必要性だけではない。それは建国以来,国家指導者とPAPの強力な指導力の下で統治されてきたシンガポール独特の統治形態に対して,民意が大きな転換を迫っているという事実を示すものであった。こうしたなかでシンガポール政府は,経済面では,世界経済の不確実性によって一段の減速が予測されるなか,成長戦略とのバランスを取りながら,これまで進めてきた移民,雇用,住宅市場などの分野における政策調節に直面している。さらに,政治面で重要なことは国家の継続性を担保するため,現行指導者を輩出している,いわゆる「第3世代」の次を担う人材を「第4世代」から積極的に登用・育成する必要である。これは指導者の選出に限られた問題ではない。シンガポールの長期的な繁栄は,国家・社会の運営を日常的に担う有能な人材を継続的に輩出できるか否かにかかっている。そのうえで,これまでの常識を超えた形での自己変革を,シンガポール社会全体が徐々にではあっても成し遂げられるかが重要となる。2012年,シンガポールは建国以来の新しい段階への歩みを本格化するであろう。同国の政治,社会,経済,対外関係など各方面における新たな動きが注目される。

(新領域研究センター)

重要日誌 シンガポール 2011年
  1月
3日 通産省,2010年通年GDP成長率を前年比14.7%増と発表。
5日 リー首相,有権者名簿更新を指示。
7日 政府系港湾運営会社PSA,2010年通年のコンテナ取扱量が前年比14.4%増の6512万TEUと発表。
10日 マカオの崔世安行政長官来訪。
12日 マー国家開発相,2011年度建設発注額が220億~280億Sドルとの見通しを発表。
14日 政府,住宅短期売買への印紙税引き上げによる投機抑制策を実施。
17日 ウォン副首相,2010年通年永住権新規付与が前年比50%減の2.9万人と発表。
18日 シンガポール取引所,昼休み時間廃止を決定。
20日 日本との航空自由化拡大で合意。
21日 リー顧問相の新著『Hard Truth』が出版。
26日 経済開発局,2010年通年製造業生産高を前年比29.7%増と発表。
28日 都市再開発庁,2010年通年の民間住宅価格が前年比17.6%上昇と発表。
30日 リー首相,リー顧問相新著でのイスラーム教徒・マレー系住民への認識に対する反発に,「イスラーム教徒住民の貢献を賞賛」との認識を発表。
31日 人材省,2010年通年就労者数を10.9万人増と発表。
  2月
3日 リー首相,旧正月のメッセージで「シンガポール国民の普遍的価値を堅持」と表明。
7日 地場最大手銀行DBSが人民元建て金融商品の提供を開始。
14日 マー国家開発相,「1月実施の不動産価格抑制策は,バブル防止と投機抑制が狙い」と表明。
  3月
8日 社会開発・青年・スポーツ省,低所得世帯向け公的扶助を4月から増額と発表。
9日 外国人就業許可の基準月収額,7月から引き上げ実施と発表。
10日 フィリピンのアキノ大統領が来訪し,リー首相と会談。
11日 政府,東日本大震災を受け,日本への哀悼の意と支援を表明。
13日 ヨー外相,日本の震災は「直接・間接的にシンガポール経済に影響」と指摘。
14日 日本産食料品の放射能検査実施を開始。
22日 IMFの国際通貨金融委員会議長に,シャンムガラトナム財務相が選出される。
27日 TPP第6回拡大交渉会合が開催。
27日 ウクライナのヤヌコビッチ大統領来訪。
29日 リー顧問相が台湾を訪問,馬英九総統と会談。
  4月
1日 第1四半期の民間住宅価格上昇率,2.1%に鈍化。
1日 リー顧問相が広東省深圳を訪問,共産党市委員会の王栄書記と会見。
2日 金融管理局新長官にメノン前通産省事務次官が就任。
5日 オーストラリアのスワン財務相,シンガポール取引所によるオーストラリア証券取引所の買収・経営統合計画を,「国益に反する」として事実上の却下を表明。
6日 アメリカのキャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が来訪。
6日 大阪証券取引所がシンガポール駐在員事務所を開設。
8日 ウォール・ストリート・ジャーナル電子版,中国政府がシンガポール当局による人民元取引拠点化の提案を検討中と報道。
9日 ジャカルタでの日本・ASEAN特別外相会議にチュー無任所大使が出席。
10日 ヨー外相がバンコクでミャンマー外相と会談。
11日 ゴー・チョクトン上級相が香港と中国を訪問。
14日 通産省,第1四半期のGDP(速報値)は前年同期比8.5%増と発表。
14日 金融管理局,シンガポール・ドルの誘導レンジを上方シフトし,小幅に切り上げる。
18日 ゴー上級相が北京で温家宝首相,周小川人民銀行総裁と会談。
18日 中国人民銀行,シンガポール進出の中国系銀行に人民元取引清算業務を認可との見通しが報道。
19日 リー首相,議会解散・総選挙を決定,投票日を5月7日に設定。
27日 総選挙の立候補届け出が行われ,選挙戦が開始。
  5月
1日 アル・カーイダのビン・ラーディン容疑者殺害を受け,空港・国境警備が強化。
7日 議会総選挙(定数87議席)が実施。与党「人民行動党」は81議席を獲得,野党は2議席から6議席に歴史的躍進。
7日 総選挙でヨー外相,リム首相府相の現職2閣僚が落選。
8日 リー首相,選挙結果を受けて,「明確な政治情勢の変化に対応が必要」と発言。
14日 リー顧問相,ゴー上級相が閣僚辞任を表明。
21日 内閣改造が実施され,新内閣発足。リー首相は就任式で政治制度改革,政策再点検,閣僚報酬見直しなどを表明。
23日 金融管理局理事会議長に,シャンムガラトナム副首相・財務相・人材開発相が就任。
23日 リー前顧問相訪中。習近平副主席と会談。
25日 リー前顧問相訪日。
  6月
1日 ドイツのメルケル首相来訪。
3日 アジア安全保障会議開催。中国からは国防相が初参加。
5日 繁華街オーチャード地区などで集中豪雨による深刻な浸水被害が発生。
9日 国家開発省,民間住宅用地の積極放出を継続の意向表明。
12日 リー首相,世界経済フォーラム東アジア会議で,人民元の段階的調整が有益との認識を示す。
19日 中国海事局の最新鋭巡視船,南沙諸島(スプラトリー諸島)を通過して,シンガポールに寄港。
23日 トニー・タン元副首相,大統領選挙への出馬を表明。
24日 ゴー前上級相が日本で旭日大綬章を受勲。
25日 エネルギー市場監督庁と,陸上交通管理局,電気自動車の実証実験を開始。
25日 日本とシンガポールの税関当局,認定事業者対象の通関手続き簡素化・迅速化協定を締結。
27日 シンガポールとマレーシアの首脳,2018年までの両国間高速都市鉄道の開業を目指す共同声明を発表。
28日 ヘン教育相訪日。
28日 金融管理局,2013年から銀行の自己資本比率をバーゼル3より厳しい基準にすると表明。
30日 マレー鉄道タンジョン・パガー駅,駅移設にともない約80年の歴史に終止符。
  7月
1日 マレー鉄道の用地がシンガポールに返還。
4日 ベトナム・シンガポール連携枠組協定会議がハノイで開催。
5日 シンガポール国際水週間2011「水エキスポ」開幕。リー首相は2060年までの水自給達成を表明。
5日 政府系投資会社テマセク・ホールディングス,中国銀行と中国建設銀行の株式を約285億香港ドルで売却。
6日 シンガポールの格安航空会社タイガー・エアウェイズ,オーストラリアの民間航空安全局からオーストラリア国内便の運航停止命令を受ける。
12日 政府,クリーン・エネルギー分野の研究開発に1.9億Sドルを追加投資と表明。
14日 日本,インド,シンガポールの3カ国による,デリー・ムンバイ大動脈構想の官民円卓会議が開催。
14日 通産省,第2四半期GDP(速報値)は前年同期比7.8%減と発表。
15日 リム通産相がデフフト欧州委員(通商担当)と会談。EUとのFTA交渉年内妥結を確認。
15日 野党シンガポール民主党のタン・ジーセイ氏,大統領選挙出馬を表明。
20日 シャンムガム外相,南シナ海の領有権問題に対する中立的立場を表明。
21日 金融管理局,2011年通年消費者物価指数上昇率見通しを4~5%に引き上げ。
26日 中国の王岐山副首相来訪。
27日 中国とのFTA改定議定書に調印。
27日 北朝鮮の朴義春外相来訪。
28日 第7回アジア太平洋地域陸軍参謀総長等会議が開催。中国が初参加。
  8月
1日 リー首相,「総選挙後も経済政策の基本は揺らがない」と表明。
1日 第12期議会の招集日が10月10日に決定。
1日 パナソニックとシンガポール政府,公団住宅省エネ化の実証実験で提携。
2日 シンガポールの大学生100人からなる東北親善大使が日本到着。
3日 リー首相,大統領選挙の公示日を8月17日,投票日を27日と決定。
6日 大統領選挙に向けた立候補資格審査が締め切られ,6人が申請。
8日 政府,年間経済成長見通しを5~6%に下方修正。
14日 リー首相,独立記念日の集会演説で,住宅・雇用・教育分野での国民優先政策を推進と表明。
16日 リー首相,大統領選挙で政府は特定候補の推薦を行わないと表明。
16日 人材開発省,外国人就業許可の月収基準を2012年1月に再引き上げと発表。
18日 観光局,外国人来訪者数が前年比14.9%増加の635万人と発表。
27日 大統領選挙の投票が行われる。
28日 大統領選挙で,タン元副首相が0.34%の僅差で当選。
  9月
1日 トニー・タン氏が第7代大統領に就任。
3日 リー首相,バローゾ欧州委員長と会談。
6日 リー首相,新議会の次期議長にマイケル・パーマー議員の指名を決定。
6日 金融管理局,銀行業界に対して不正資金流入への警告を表明。
17日 内務省,マレーシアの国内治安維持法廃止方針を受け,シンガポールでは存続との意向を表明。
22日 シャンムガラトナム副首相訪米。ワシントンでのG20財務相会合に出席。
23日 枝野経産相来訪,リー首相と会談。
26日 ベトナムのチュオン・タン・サン大統領来訪,タン大統領と会談。
  10月
10日 第12期議会が招集。
12日 玄葉外相来訪,シャンムガム外相と会談。
  11月
12日 リー首相,ホノルルでのAPEC首脳会議に出席。
18日 野田首相,東アジアサミットで訪問中のバリ島で,リー首相と会談。
28日 金融管理局,マレーシア中央銀行と両国間での銀行への流動性供給強化についての覚書を締結。
  12月
7日 政府が住宅価格抑制のため,外国人による取得に追加の印紙税を導入。
8日 タイのインラック首相来訪,リー首相と会談。
15日 人材開発省,第3四半期の失業率が2.0%に低下と発表。

参考資料 シンガポール 2011年
①  国家機構図(2011年12月末現在)
②  閣僚名簿(2011年12月末現在)

主要統計 シンガポール 2011年
1  基礎統計
2  支出別国民総生産(名目価格)
3  産業別国内総生産(実質:2005年価格)
4  国・地域別貿易額
5  国際収支
6  財政収支
 
© 2012 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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