2013 年 2013 巻 p. 9-16
2012年1月5日,アメリカのオバマ大統領とパネッタ国防長官は,予算削減に伴う国防戦略の見直し結果報告を発表した。地上戦力の縮小に伴って二正面戦略(2つの地域で同時発生した大規模紛争に勝利できる能力を維持する戦略)を放棄するものの,中国の勢力拡張に対応すべくアジア重視の戦略展開を明確にしたのである。パネッタ長官はアジア太平洋地域について,「今後のアメリカ経済,安全保障上の重要性が増している」,「米軍の存在感,兵力展開,抑止力を強化していく」と語った。1月24日の一般教書演説でも,オバマ大統領はアメリカが「太平洋国家」としてアジア太平洋地域に外交の軸足を置くことを強調した。
他方,アメリカは巨大な財政赤字と国内の党派対立を抱えたまま,11月の大統領選挙に進んでいった。11月6日の投票で,オバマ大統領が共和党の大統領候補ミット・ロムニーを下した。大統領選挙人の獲得数では332対206と大差だったが,一般投票の得票率では51%対48%と接戦であった。同時に戦われた議会選挙でも,上院は民主党55議席,共和党45議席だったが,下院では共和党が232議席,民主党が200議席(欠員3)とねじれ現象が続くことになった。
また,2012年は,アメリカが「アジア回帰」を試みるなかで,アジア太平洋地域では日中関係や日韓関係が緊張し,また,さまざまな政治的変動の生じた1年であった。
日米関係では,普天間基地の移設問題が長期の懸案となっているが,2月に日米両国政府はこの移設問題と米海兵隊のグアム移転を切り離す方針を表明した。これを受けて4月27日には,在日米軍再編計画見直しに関する共同文書が発表された。在沖縄米海兵隊1万9000人のうち9000人をグアム,ハワイ,オーストラリアに分散して配置し,沖縄県の嘉手納以南の米軍普天間基地の移設については5施設・区域を13に分割し,3段階で返還することになった。また,グアム移転経費の日本側負担は,2009年に定めた28億ドルを維持することになった。
続いて30日に野田佳彦首相はホワイトハウスでオバマ大統領との首脳会談に臨んだ。両者は「未来に向けた共通のビジョン」と題した日米共同声明を発表し,「日米同盟はアジア太平洋地域における平和,安全保障,安定の礎」として,「あらゆる能力を駆使することで,役割と責任を果たすことを誓う」と強調した。同時に,オバマ大統領は「中国を封じ込めようとしているのではない」と述べ,野田首相も「中国の発展は我が国や国際社会,世界にとってチャンス」と語るなど,中国への配慮を示した。
他方,環太平洋経済連携協定(TPP)については,二国間協議を引き続き前進させるとの表現にとどまった。オバマ大統領は,「アメリカとしては(自動車,保険,牛肉の)3分野に関心がある。とくに自動車産業とのかかわりは関心が高い」と,アメリカの業界の不満を代弁してみせた。
日本の首相による公式訪米は2009年2月の麻生太郎首相以来で,民主党政権では初めてであり,日米共同声明の取りまとめに至っては実に6年ぶりであった。この間,日本の国力は相対的に低下し,両国の内政も不安定化し,日米関係の混乱が続いた。この日米首脳会談の後も,アメリカでは大統領選挙が本格化してゆき,日本の内政もいっそう混乱し,衆議院の解散・総選挙の時期が模索されるようになっていった。ただし,アメリカ大統領選挙で日本や日米関係が争点になることはなかった。
6月29日に,アメリカ政府は米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV-22オスプレイを普天間基地に配備すべく,日本政府に「接受国通報」を行った。ただし,オスプレイは事故が多く,6月13日にもフロリダで墜落したため,事故調査結果がまとまるまでは,岩国基地での試験飛行を見送ることで,両国政府は合意した。オスプレイは普天間基地配備のH-46ヘリコプターと比較すると,最高時速は約2倍の520キロ,航続距離は6倍の3900キロとなる。7月23日に,オスプレイ12機が岩国に陸揚げされた。地元の岩国市や山口県,さらに,最終的な配備先となる沖縄県は,オスプレイ配備に強い反発を示したものの,オスプレイの沖縄配備は10月に完了した。日米両国政府は,低空飛行訓練や夜間飛行訓練を最小限にとどめ,飛行コースや飛行モードを規制することで合意した。
他方,日本が次期主力戦闘機(FX)に決定している次世代ステルス戦闘機F-35については,米国防省は大量調達の前に試験と開発を優先させる方針である。このため,日本の導入計画が遅延する可能性もある。米国防省によると,日本が配備予定の42機のF-35の総額は,推計で100億ドルになる見通しである。
9月2~11日にはロシアのウラジオストックでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開催されたが,オバマ大統領は選挙戦のために欠席した。APEC首脳会議に出席した野田首相は,アメリカのクリントン国務長官と会談した。ここでは,8月に韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことから悪化した日韓関係について,クリントン長官は「日韓両国の良好な関係を重視している」と述べ,野田首相も「韓国側には冷静な対応を呼びかけている。法に則り,冷静,公正かつ平和的な解決が重要だ」と語った。また,クリントン長官はオスプレイ配備問題で,「詳細に情報提供したい。日本も安全性を再確認する方針をよく理解している」と述べ,また,「日本の原子力政策に関心をもっている」として,野田内閣の「原発ゼロ」方針への懸念を示した。さらに,両者はTPPを巡る日本の交渉参加に向けて,日米間で協議を前進させることで一致した。
先述のように,11月6日のアメリカ大統領選挙では現職のオバマ大統領が再選を果たした。オバマ大統領は,10年間で4870億ドルの国防費を削減するとしている。同大統領は日米安全保障関係を重視しながら,日本にTPP参加を促し,中国とは対話の促進を目指している。しかし,アメリカは完全失業率が依然として7%台後半で高止まり,4年連続で1兆ドルを超える財政赤字を抱えている。しかも,2012年末にはブッシュ前大統領時代の減税措置が軒並み期限切れとなり,歳出削減と重なると,年約6000億ドル規模の緊縮要因が発生して,アメリカ経済が「財政の崖」から転落することが危惧されていた。
他方,日本でも9月に民主党と自由民主党でそれぞれ党首選挙が行われ,前者は野田代表が再選され,後者では安倍晋三元首相が総裁に復活した。11月16日に野田首相は衆議院の解散に追い込まれ,12月16日に総選挙が実施された。その結果,自民党が294議席をとって第1党に復活し,公明党の31議席と合わせると300議席を優に超える圧勝となった。民主党は57議席にまで激減した。これを受けて,12月26日には第2次安倍内閣が発足した。自民党にとっては3年3カ月ぶり,安倍自身にとっては5年4カ月ぶりの政権復帰であった。
安倍首相は集団的自衛権の行使についての見直しや日本版の国家安全保障会議(NSC)の設置などに意欲を燃やす一方で,TPP交渉参加については「聖域なき交渉参加には応じられない」という自民党の選挙公約に基づいて,例外措置を模索しようとしている。安倍首相は2013年1月にも訪米して日米首脳会談に臨みたい意向で,再選後のオバマ大統領との調整が急がれている。
2012年1月14日の台湾総統選挙で,現職の馬英九が野党候補に80万票の大差をつけて,再選を果たした。馬総統は中国と自由貿易圏を目指す「経済協力枠組み協定」(ECFA)を締結するなど,経済を中心に中国との良好な関係を維持してきた。また,中国側が敵対状態の解消を呼びかけた和平協定の協議にも応じる姿勢を示している。馬総統の再選は中台関係の安定につながり,それ自体はアメリカにも歓迎すべき状況だが,外交上の余裕を得た中国がアジア太平洋地域でより強硬な外交姿勢をとれば,近隣諸国との緊張を高め,アメリカにとっても好ましくない状態になりかねない。アメリカは中国の勢力拡張を警戒しながら,対話を重ねる姿勢をとっている。
5月3,4両日には,北京で第4回米中戦略・経済対話が開かれた。クリントン国務長官は「アメリカは個別事例も含めて人権問題を取り上げ続ける」と述べて,中国の人権活動家・陳光誠の処遇を問題にした。これに対して,中国の胡錦濤国家主席は「米中双方は大局に目を向け,双方の核心的利益を尊重して,敏感な問題を適切に対処すべきだ」と語って,相互の立場の違いを強調した。
このように,米中関係では協力と牽制が交差する。5月7日には,米中国防相会談が米国防省で行われ,「中国とアメリカが協力して,サイバー空間の安全を強化する方策を議論した」と発表された。中国国内からアメリカに向けたサイバー攻撃が行われているとの疑念が,アメリカ側には強い。他方,為替問題では,同月25日に米財務省が議会に提出する外国為替報告書を発表し,中国の「為替操作国」指定を見送った。ただし,人民元の対ドルレートをいっそう柔軟にするよう中国に求めた。さらに,同月24日に米国務省が発表した2011年版人権報告書では,中国について,当局による人権活動家らの「抑圧,弾圧が日常的」と指摘し,「人権状況の悪化が続いている」と警告した。同報告書はまた,司法手続きを経ない身柄拘束や自宅軟禁,拷問などについても詳述している。
9月には尖閣諸島を巡って日中対立が深刻化した。9月11日に日本政府が尖閣諸島を地権者から購入すると,中国の海洋監視船が尖閣領海に侵入し,やがて中国全土で大規模な反日デモが展開された。19日に,訪米中の習近平国家副主席はパネッタ国防長官に対して,日本政府による尖閣諸島購入を「茶番」と称し,「アメリカは平和と安定の大局から言動を慎み,釣魚島(魚釣島)の主権問題に介入しないよう希望する」と牽制した。9月末に,中国の英字新聞『チャイナ・デイリー』はアメリカの有力紙『ワシントン・ポスト』と『ニューヨーク・タイムズ』に尖閣諸島は中国領であるとする広告を掲載して,アメリカの世論への働きかけを強めた。
アメリカとしては中国が暴走するような事態は回避したいし,同盟諸国・友好諸国を防衛しなければならない。他方で,アメリカの支援を前提にして同盟諸国や友好諸国が対中強硬姿勢をとり,その結果として中国との紛争に巻き込まれるような事態も回避したい。そうしたなかで,9月25日に中国国防省は旧ソ連製の空母を改造した中国初の空母「遼寧」を正式に配備したと発表した。中国は北東アジアで初の空母保有国となり,遠洋進出に乗り出した。
アメリカ国内でも,中国の影響力拡大が懸念されていた。9月28日には,オレゴン州での風力発電所建設を計画するアメリカ企業4社を買収した中国系企業に対して,オバマ大統領がアメリカの安全保障にかかわるとして買収を認めず,すべての権利を放棄するよう命じる大統領令を発した。また,10月8日には,下院情報特別委員会が,中国の大手通信機器メーカー2社が製造した部品を使用すると,スパイ行為にさらされる危険があるとして,アメリカ政府のコンピューター・システムに一切使用しないよう求める報告書を発表した。
アメリカ大統領選挙でも,対中政策が重要な争点のひとつとなった。10月22日に実施された民主党のオバマ,共和党のロムニー両大統領候補による3回目のテレビ討論会では,ロムニー候補が,当選すれば「中国を為替操作国に指定する」と繰り返したのに対して,オバマ候補は「中国は競争相手であり潜在的パートナーだ」と位置づけて反論した。
先述のように,11月6日の大統領選挙ではオバマ大統領が再選を果たした。その直後に胡錦濤が総書記を退任し,習近平が後任に選出された。アメリカは当面は協力と牽制を混ぜた対中政策を継続させるものとみられ,中国側も新体制の下で米中関係の安定を模索することになった。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では東アジアでいち早く政権交代が生じ,その移行が進んだ。2011年12月30日の朝鮮労働党中央委員会政治局会議で,金正日総書記(2011年12月17日死去)の後継者・金正恩が朝鮮人民軍最高司令官に任命された。2012年1月18日には,北朝鮮の『労働新聞』(電子版)が,金正日総書記が正恩を指導者に奉じるよう命じた「遺訓」があったことを報じた。
2月23~24日には,北京で米朝高官協議が行われた。その結果,北朝鮮は寧辺のウラン濃縮活動の停止,国際原子力機関(IAEA)の要員の復帰受け入れ,長距離ミサイル発射や核実験の一時停止などを約束した。これを受けて,栄養食24万トンなど,北朝鮮が求める食糧支援について,米朝の実務者が近く最終調整することになった。
ところが3月16日には,北朝鮮は4月12~16日に地球観測衛星「光明星3号」をロケット「銀河3号」で打ち上げると発表した。故金日成国家主席の生誕100年に合わせたもので,政権の正統性と国威向上を図ったものとみられるが,アメリカはこれを長距離弾道ミサイル実験であるとみなした。オバマ大統領は核安全保障サミットのために訪れた韓国で,北朝鮮を強く非難し,支援を撤回した。
にもかかわらず,4月13日に北朝鮮はロケット発射を断行した。ロケットは上空150キロまで飛んで爆発し,破片は黄海に落下した。16日には,国連安保理が北朝鮮を非難する議長声明を採択した。北朝鮮はこの議長声明を「断固として全面排撃する」と強く反発し,2月の米朝合意についても「これ以上拘束されない」と表明した。
この間,金正恩は党第一書記,国防委員会第一委員長に就任し,軍部に依存して政治を進める「先軍政治」の継承を明確にした。就任当初,アメリカなど西側の専門家には,金正恩新体制が改革路線に進むのではないかとの期待もあったが,そうした期待は消えていった。
3月26~27日にはソウルで第2回核安全保障サミットが開催された。第1回会合後の成果を評価するほか,2011年3月11日の東日本大震災に起因する東京電力福島第一原発事故を受けて,原子力関連施設の防護策も新たな議題になった。サミットに先立つ米韓首脳会談で,李大統領は「今回,核物質削減が約束されれば,(世界で)約2万発の核兵器を減らせる」と述べた。また,オバマ大統領も演説で,「核兵器を使用したことのある唯一の国の大統領として核安全保障を巡り,比類ない責任と道義的義務がある」,「新たな核弾頭は開発しない」と,核軍縮推進の姿勢を明確にした。この核安保サミットは,米韓関係の安定と韓国の国際的役割の拡大を示す会議となった。
8月10日に,李大統領は現職の大統領として初めて竹島に上陸し,14日には,天皇が訪韓を希望しているとの認識のうえで,訪韓の条件として,日本の植民地統治下で「亡くなった独立運動家に対して,心から謝罪する」ことをあげた。また,9月28日には,韓国の金星煥外交通商相が「戦時の女性への性暴力」への対応を国際社会に訴えるとして,初めて国連総会で従軍慰安婦問題に言及した。日韓関係の悪化に,アメリカは当然懸念を強めたが,自国の大統領選挙もあって,効果的な仲介はできなかった。
12月12日には,北朝鮮は再び「銀河3号」によるロケット発射を強行した。これは韓国大統領選挙の直前であった。19日に実施された韓国大統領選挙では,与党セヌリ党の朴槿恵候補が野党・民主統合党の文在寅候補を破り,韓国史上初の女性大統領が登場することになった。朴候補は自由貿易協定(FTA)の推進に積極的であり,外交・安全保障の分野で米韓関係の維持強化にあたるとみられる。また,李政権末期に悪化した日韓関係の改善にも期待がもたれる。
中国の勢力拡張を背景に,アメリカは東南アジアやインドとの多角的な関係強化に乗り出している。
ミャンマーで民主化が進展するなかで,7月11日にアメリカ政府はアメリカ企業によるミャンマーへの新規投資を解禁した。この制裁緩和は実に15年ぶりで,金融サービスの提供も同日から解禁した。オバマ大統領は「制裁緩和はわれわれの改革を支援する強い意思表示であり,さらなる改革を後押しし,市民への大きな利益にもつながるものとなろう」,「アメリカ政府としては,経済活動での軍部の役割などになお強い懸念を抱いている」と語り,期待と懸念の双方を表明した。ミャンマーの国防省・軍,北朝鮮と武器取引をしている個人・企業とは,引き続き取引が禁止されている。
さらに,同月13日には,クリントン国務長官がミャンマーのテインセイン大統領とカンボジアで会談した。9月26日にはテインセイン大統領が国連総会出席のためにニューヨークを訪問し,クリントン長官と再び会談した。クリントン長官はミャンマーの「改革に向けた歩みは続いている」と評価し,ミャンマーからアメリカへの輸入禁止措置を緩和した。こうした政策変更には,ミャンマーの豊かな天然資源開発への期待と,東南アジアでの中国の影響力拡大への牽制の意味があるとみられる。
11月20日には,プノンペンでASEANと日本,中国など16カ国首脳が会合し,「東アジア包括的経済連携」(RCEP)の早期交渉開始で合意した。中国はアメリカ抜きのRCEPを重視している。他方,アメリカ主導のTPP交渉の参加国首脳も会合を開き,米中の主導権争いが鮮明になった。
さらに,アメリカはインドとの関係強化にも熱心である。6月11日には年次戦略対話のために,インドのクリシュナ外相が訪米し,13日にクリントン長官と会談した。両者は防衛産業や海上の治安活動などでの協力強化を確認した。クリントン長官は,「両国関係の戦略的土台は,両国の国益をいっそう収斂させるものだ」と強い期待感を表明した。
再選を果たしたとはいえ,オバマ政権は議会とのねじれ現象と1兆ドルもの財政赤字を抱えている。懸念された「財政の崖」は,2013年初までに何とか乗り切ったものの,今後も,大統領と共和党主導の議会が妥協できなければ,国防費の大幅削減に繋がりかねない。そうなれば,「アジア回帰」戦略に関しても,その財政的基盤が揺らぐ可能性がある。
また,台湾,ロシア,中国,日本,韓国でも,新たな指導者が登場した。しかも,日中関係,日韓関係は緊張の度合いを高めている。アメリカ外交は,アジア太平洋地域の主要国と多角的に安定的・建設的な関係を構築し,さらに,域内の重要な国・地域との二国間関係の改善に協力することなどを引き続き課題としていくであろう。
(同志社大学教授)