アジア動向年報
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2013年のアジア 中国の影響力拡大とアメリカの足踏み
中川 雅彦
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2014 年 2014 巻 p. 3-6

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2013年のアジア 中国の影響力拡大とアメリカの足踏み

2013年の世界経済成長率は,2014年1月21日に発表された国際通貨基金(IMF)の推計によると,3.0%であり,アジアの開発途上国の経済成長率は6.5%である。これに対して,先進国の経済成長率は2013年に1.3%に過ぎなかった。しかも,アジア途上国の経済成長率は2014年に6.7%,2015年に6.8%と,加速すると見込まれている。

アジア途上国の経済は世界経済を牽引する役割を当面担い続けることが期待される一方,アジアはアメリカと中国という2つの大国がそれぞれの影響力を競い合っている場でもある。

アメリカの軸足

2010年にアメリカは環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加し,アジア太平洋地域における経済関係の枠組み作りで主導権を獲得する方向に動き始めた。さらに,2011年にはイラク戦争の終結とともに,アメリカは軍事戦略の軸足をアジア太平洋地域に移すことを宣言し,1990年代に後退していた軍事的な影響力をアジアで拡大し始めた。2012年にはその嚆矢としてオーストラリアへの米軍の進駐が始まった。

2013年には,同盟関係にある日本との間では,日本のTPP交渉への参加表明や普天間基地返還の問題や海兵隊移転の問題で前進が見られた。同じく同盟関係にある韓国との間では,軍事演習内容の強化が進められた。2月に日本海で対潜水艦合同軍事演習が実施されたことに引き続き,3月から4月にかけて「トクスリ」(Foal Eagle),「キーリゾルブ」(Key Resolve)といった恒例の合同軍事演習が実施されたが,この期間中,米軍はグアムからB-52戦略爆撃機,本土からB-2ステルス爆撃機,日本からF-22ステルス戦闘機を飛来させ,東アジアにおける空軍展開能力を誇示した。10月には,2012年から始まった日韓米の合同海上演習が実施された。また,東南アジアでも,4月にフィリピンとの間で合同軍事演習「バリカタン」(Balikatan)が実施された。

アジアにおける米軍の存在感を強化するこうした動きの一方で,10月にオバマ大統領が,連邦政府機関の一部閉鎖という国内事情により,東南アジア歴訪を中止したことは,影響力の拡大に対してマイナスに働いた。オバマ大統領は,インドネシアのバリ島でのアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議,TPP交渉のための首脳会合,ブルネイで開催された東アジア首脳会議(EAS)を欠席した。これらの会議には代理としてケリー国務長官が出席したが,アメリカの存在感は薄かった。これはアジアにおいて,アメリカの同盟国のみならず,アメリカの影響力を期待する国々にとって,オバマ政権の「アジア回帰」の実効性に疑念を抱かせることになった。

海洋権益を拡大する中国

中国は2010年にGDPで世界第2位になり,引き続き高い成長率を維持している。2012年および2013年の経済成長率は7.7%であり,IMFの見通しでは2014年に7.5%,2015年に7.3%と,減速はするものの高い成長を続けると見込まれている。中国は引き続きアジアの経済を牽引することが期待されている。

中国の影響力は経済にとどまらない。中国の軍隊は230万人という世界最大の兵員数を保持し,近年,海軍と空軍を強化している。これは海洋権益の拡大につながり,周辺国との摩擦を引き起こしている。2013年11月23日に中国国防部は東シナ海に防空識別圏を設定したことを発表した。この防空識別圏には尖閣諸島が含まれていたため,日本政府は中国政府に抗議し,アメリカ政府も反対を表明した。また,防空識別圏には韓国が領有権を主張する離於島(中国名・蘇岩礁)が含まれていたため,韓国政府も中国政府に抗議した。

ただし,実際の対応はまちまちであった。中国政府は防空識別圏を飛行する計画のある各航空会社に飛行計画を提出するように求めたが,日本政府は日本の航空会社に提出しないよう要請した。アメリカ政府は引き続き懸念を表明しながらも,航空会社による飛行計画提出を容認した。ただし,アメリカ政府は,事前通告なしに防空識別圏に爆撃機を飛行させるという示威行動で中国を牽制した。韓国政府は航空会社の飛行計画提出を容認したが,自国の防空識別圏を離於島上空まで拡大することを発表した。

防空識別圏の問題は東南アジアの国々にも波紋を拡げた。なかでも,中国との領有権問題を有するフィリピンは中国を非難した。また,シンガポールも懸念を表明した。これは,中国が東シナ海に続いて南シナ海にも防空識別圏を設定し,それを南シナ海での権益拡大につなげようとするのではないかということが考えられたためである。

しかし,東南アジアの国々には中国との表立った論争を避けたいという気持ちもあった。中国との領有権問題を有するベトナムは中国の防空識別圏設定問題に対して,当初「心配」を表明したが,後に「関心」という控えめな表現に改めた。12月に東京で開かれた日・ASEAN特別首脳会議では,日本の安倍首相がASEAN諸国に対して防空識別圏設定問題に関する協力を呼びかけたが,共同声明では「飛行の自由および民間航空の安全の確保へ向け協力を強化する」という文言が冒頭に入るにとどまった。

結束を維持した東南アジアと不安定化する東アジア

そもそもASEANでは,2012年に親中派と対中強硬派との間の対立によって,結成以来初めて外相会議の共同声明を出せなかった。この亀裂の要因のひとつとして,議長国が中国との関係の深いカンボジアだったことがあげられるが,2013年には議長国がカンボジアからブルネイに代わった。そして,南シナ海の領有権問題に関する「行動規範」の策定に向けた中国との交渉が始まり,6月のASEAN外相会議では交渉に入った中国の姿勢を評価する共同宣言が採択された。

他方,東アジアではASEANのような地域協力の組織が存在しない。2013年に韓国では初の女性大統領の新政権が発足したが,朴槿恵大統領は前政権からの日本に対する強硬姿勢を継続するとともに中国との関係強化に努めた。また,2013年に中国でも正式に習近平が国家主席に就任したが,日本に対する厳しい姿勢が維持された。韓国と中国が関係を強めていく一方で,日本は韓国とも中国とも外交上疎遠になっていった。

ただし,日本と韓国はそれぞれがアメリカと同盟関係にあることで安全保障上の関係は維持されている。2月に実施された朝鮮民主主義人民共和国の核実験に対しては11月に日韓米でその対応を協議する高官級協議が開催された。また,10月には日韓米の合同海上演習が実施された。

均衡を保った南アジア

中国の領土問題は海洋に限らない。2013年4~5月にはインドとの国境で中印の部隊がそれぞれ相手方の侵入があったと主張して対立するという事件が起こった。しかし,この事件は二国間で協議がなされ,衝突は回避された。

インドが警戒している中国の動きとしては周辺国との関係強化がある。パキスタンは2013年2月にグワーダル港の管理をシンガポールから中国に移管させた。また,11月に着工されたカラチ原子力発電所は中国の協力で建設されることになっている。中国と経済,軍事面で協力を深めているスリランカの大統領は5月に中国を訪問した。バングラデシュは中国から2隻の潜水艦を購入したことが12月に報じられている。ただし,こうした動きが南アジアの国々の間での関係悪化につながっているわけではない。

2014年のアジア情勢を見るポイント

2013年にアジアでのアメリカの軍事的な影響力は拡大を続けた一方,オバマ大統領の欠席で経済的な影響力は足踏みすることになった。2014年には,アメリカの軍事的な影響力は拡大を続けるであろうが,経済的な影響力についてはオバマ政権が失点を回復できるかどうかが鍵となるであろう。国内をまとめられずに対外政策の遂行に支障をきたすようなことになれば,アジアでの経済的な影響力は足踏みを続けることになる。

一方,中国の影響力は経済でも軍事でも当面拡大を続けるであろう。しかし,とくに軍事的な影響力の拡大は周辺国の反発を招いているため,どこかで均衡をとろうとするはずである。領土問題に関するASEANとの協議はそのための信頼醸成の工程であるととらえることができる。

なお,2014年はインドとインドネシアではそれぞれ総選挙,大統領選挙の年である。インドやインドネシアは周辺地域のバランサーとしての役割が期待されることから,10年ぶりの政権交代後の政治の行方,そして対外政策のあり方が注目される。

(地域研究センター研究グループ長)

 
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