アジア動向年報
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各国・地域の動向
2014年のASEAN 海洋安全保障協力の活発化と経済協力の停滞
鈴木 早苗
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2015 年 2015 巻 p. 241-254

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2014年のASEAN 海洋安全保障協力の活発化と経済協力の停滞

概況

2014年のASEANは,かつて民主化の遅延や人権侵害で欧米諸国から批判を受けたミャンマーが初めて議長国となり,主要会議の議事運営をおおむね無難にこなした。

政治安全保障の分野では,南シナ海の領有権問題で「行動規範」の策定が停滞する一方,信頼醸成措置の実施を進める動きが出てきた。他方,この問題に関して,日本とアメリカがASEAN各国を支援する動きが加速した。中国は海洋開発基金などを通じたASEAN支援を表明しており,南シナ海の領有権問題を下火にさせたい思惑がうかがえる。

経済分野では,経済共同体に向けた取り組みが遅延している様子がうかがえる一方,ASEAN各国では,経済共同体完成にともなう競争の激化に対応できないという声がしばしば聞かれた。また,ASEANが主導する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉も停滞している。

その他の分野では,越境煙害に関するASEAN協定をインドネシアがようやく批准したが,具体的な成果を出すにはさまざまな課題がある。

政治安全保障協力

南シナ海問題において対中穏健路線が主流に

2013年に続き,2014年も南シナ海問題がASEAN協力の最大の焦点となった。中国に対するASEAN各国の立場に基本的な変化はない。インドネシアは,中国の主張する領域が自国の排他的経済水域(EEZ)と重なるナトゥナ島周辺海域に海軍を集中配備するなど,中国を警戒する動きをみせつつも,ASEAN内では対中穏健路線を維持している。2014年前半まで対中強硬派であったベトナムは8月に若干立場を修正し,中国との経済関係強化に動いたとみられていた。しかし,12月にはフィリピンに続いて,国連海洋法の仲裁裁判所に自国の主張を伝えるなど,中国に対する強硬な立場はいまだ残っている。

ASEAN諸国間の協議においては,対中穏健派が優勢になる傾向がみられた。5月と11月の首脳会議,外相会議など主要会議では,「南シナ海における動きに対して懸念を表明し,『行動規範』の早期策定を目指す」という従来どおりの文言が繰り返されるだけでなく,中国が望む信頼醸成措置によって対立の激化を防ぐという方針が示されるようになった。

5月,中国はベトナムの主張するEEZ内に石油掘削装置を設置し,南沙(スプラトリー)諸島では岩礁を埋め立てて,フィリピン政府の反発を買った。こうした動きを受けて,5月のASEAN首脳会議の直前,ASEAN外相会議は緊急の共同声明を発表したが,中国を名指しすることなく,南シナ海問題での協議の継続を求めるにとどまった。この首脳会議では,フィリピンとベトナムが中国に強く抗議する声明の発表を主張したが,他の加盟国に受け入れられなかった。

8月のASEAN外相会議では,フィリピンが(1)南シナ海での緊張を高める活動の凍結,(2)南シナ海の関係国における行動宣言(DOC)の遵守と「行動規範」の策定,(3)国際的な仲裁による領有権問題の最終解決という3段階の行動計画を提案した。フィリピンは,2013年1月に国連海洋法の仲裁裁判所にこの問題を提訴し,中国の主張の法的妥当性を問うている。そのため,中国は「(第1・第2段階を経ることなく)フィリピンは第3段階にジャンプしている」と批判した。また,このフィリピン案はASEAN内での賛同も得られなかった。外相会議の共同声明によると,フィリピンの提案以外に,敵対的行動の自制を求めたDOC第5条に関して提案があったが,その内容は発表されていない。

他方,「行動規範」の早期策定が困難な情勢を受けて,信頼醸成措置を進めようという動きがみられた。中国とASEAN諸国との高級事務レベル会合は4月と10月にタイで開かれた。10月の会合では,「行動規範」に盛り込む要素を策定するとともに,有事の際に活用する関係省庁同士のホットラインを設置することで合意した。また,ベトナムやタイ,マレーシアなどから,「行動規範」策定に先行して実施する信頼醸成を目的としたプロジェクトが合計13件提案された。このプロジェクトは,5億ドルといわれる中国の海洋開発基金を活用して実施される予定だと報道されている。中国は領有権問題については二国間での政治解決を望んでおり,ASEANとの話し合いでは信頼醸成措置を充実させることに重きをおいている。そのため,自国の基金を活用して信頼醸成措置のプロジェクトを推進することは,中国の意向に沿ったものである。また,信頼醸成措置の実施に関する合意は,ASEAN内の対中穏健派の声が大きくなってきたことを物語る。こうした動きを受けて,11月のASEAN首脳会議の議長声明では,信頼醸成を目的としたアーリーハーベスト措置の取り組みを加速させることが表明された。

また,5月のASEAN国防大臣会議では,2014年から3年間の行動計画が発表され,前回の行動計画(2011~2013年)にはみられなかった,海洋安全保障に関する取り組みが示された。具体的には,海洋安全保障に関する情報共有と関係者の交流を進めることや,海の安全な航行を確保し,捜索および救助を実施するための手続きやルールを整備するために域外協力を強化することなどである。国防関係者の交流を促進するための方策として,全ASEAN加盟国で合計45の二国間ホットラインを整備する計画も示された。こうした動きも,「行動規範」の早期策定が難しいとみられるなかで,ASEANとしてできる協力を開始しようということだと考えられる。

日米中と「ASEAN+1」国防大臣会議を開催

ASEAN諸国はアメリカ,中国,日本と「ASEAN+1」の国防大臣会議をそれぞれ開催した。とくに海洋安全保障において,日本とアメリカのASEANおよび加盟各国への支援が加速し,中国も上記の海洋開発基金などを通じて信頼醸成措置の実施に協力する方針を示している。

2014年4月にオバマ大統領やヘーゲル国防長官がアジアを歴訪したのを皮切りに,アメリカのASEAN支援が本格化した。4月には,ハワイで初のASEANとアメリカの国防大臣会議が開かれた。11月,ASEANとアメリカの首脳会議の声明では,南シナ海における飛行と航行の自由が謳われ,制海権・制空権を主張する中国を牽制した。

並行して,アメリカによるASEAN各国への支援も打ち出された。4月のオバマ大統領のフィリピン訪問において,米軍のフィリピン駐留を可能とする新たな軍事協定が締結された。フィリピン側からは,南シナ海問題でアメリカの関与が深まったと歓迎されたが,新軍事協定によって米軍がフィリピンの緊急事態にどの程度対応するのかは曖昧なままである。ただし,この協定締結は中国を牽制する動きではある。8月にアメリカは,南シナ海において緊張を高める活動の一時停止を提案している。これは,フィリピンがASEAN外相会議で提案した3段階の行動計画の第1段階と符合する。また,10月にアメリカは,ベトナムに対して1975年以来凍結していた武器輸出を一部解除すると発表し,ベトナムの防衛能力強化のため船舶などの輸出を許可する方針を打ち出した。

4月のオバマ大統領の訪日にあわせて発表された日米共同声明では,東南アジアの沿岸国が法執行,不正な取引や武器の拡散との闘い,海洋資源保護をよりよく実施できるよう,海洋監視能力の構築において,これら諸国を支援することが表明された。支援の具体的内容は,フィリピンやベトナムに巡視船を供与することなどである。10月には,アメリカと日本,フィリピンの3カ国で初の軍事演習が実施されている。

日本もASEANに対し,国防関係の支援を活発化させた。2月,ASEAN各国の国防担当者を沖縄に招き,防衛次官会合を主催する。この会合で日本は,災害やテロ対策用の防衛装備品などを紹介し,技術協力を進めていくことでASEAN側と合意している。また,先述したように,日米共同声明のなかでフィリピンやベトナムの海洋監視能力向上を支援することを表明した。11月のASEANと日本との首脳会議では,南シナ海の領有権問題に関し,武力に訴えず,自制の下に平和的に解決すべきであること,「行動規範」の早期策定を望むとする議長声明が発表された。この首脳会議の直後,ASEANと日本との初の国防大臣会合(ラウンドテーブル)がミャンマーのバガンで開かれ,海洋安全保障における協力の強化,とくにASEAN諸国に対する能力構築支援が打ち出された。

他方,中国は,5月のASEAN国防大臣会議にあわせて,非公式にASEAN諸国の国防大臣と会合をもっており,その席で,次回のASEANとの国防大臣会議を中国で開くことを提案している。5月には,アジア信頼醸成措置会議の首脳会議を主催し,アメリカ主導の安全保障秩序に対抗する構えをみせた。ロシアや旧共産圏のアジア諸国,中東諸国が参加する同会議には,ASEAN内ではカンボジアとタイ,ベトナムが加盟国として,マレーシアやフィリピン,インドネシアがオブザーバーとして参加している。また,先述したように,中国は海洋開発基金を創設して信頼醸成措置の実施を加速させるなどイニシアティブをとっている。11月の東アジアサミット(EAS)においても,南シナ海の紛争当事国は対立を収めるために効率的かつ現実的な方法として,共同開発スキームを検討すべきだと提案している。

ASEAN諸国は,ASEAN拡大国防大臣会議(ADMMプラス)とは別に,アメリカ,中国,日本と「ASEAN+1」の国防大臣会議をそれぞれ開催し,域外国同士の競合状態を前に,どの域外大国からもできるだけの支援を得ようとしている。しかし,南シナ海問題でのASEAN内での対立を受けて,域外国の加盟各国への個別支援が活発化したという側面もある。

インドネシア,越境煙害に関するASEAN協定を批准

インドネシアにおける野焼きに端を発する越境煙害,いわゆるヘイズに対して,いくつかの動きがみられた。

第1に,2013年合意されたヘイズ監視システムを始動するための課題が浮き彫りになった。監視システム始動のためには,ヘイズの原因となる野焼きを行っている企業を把握する森林伐採権地図を各国が公開する必要があるが,インドネシアだけでなく,マレーシアも公開を拒否した。ヘイズ問題に関しては,越境煙害に関するASEAN協定の締約国会議とは別に,ブルネイ,タイ,マレーシア,インドネシア,シンガポールというとくに利害関係のある国々が会合を開いている。4月に開かれたこの会合で,森林伐採権地図の共有が困難なため,ヘイズ監視システムが始動しない点に懸念が表明された。

ただし,マレーシアは森林伐採権地図を「政府間」の開示であれば受け入れるとの見解を示した。また,インドネシアは,9月,森林伐採権地図を作製することと,ヘイズ対策のための情報交換を目的とした二国間取り決めをマレーシアと結ぶことを検討していると発表した。交換対象となる情報とは,インドネシアで操業し,森林火災に加担するマレーシア企業に関する情報も含まれるとみられる。

以上のような動きを受けて,11月のASEAN首脳会議の議長声明では,ヘイズの原因となるホットスポットに関する情報が関係各国の政府間で共有されることに期待が表明された。したがって今後は,森林伐採権地図を政府間で共有する方向に向かうだろう。インドネシア・マレーシア両国の間で取り組みが進むこと自体は歓迎すべきことだが,この取り組みに,他の関係国,とくに最大の被害国シンガポールが参加することが望ましい。

第2の動きとして,シンガポールが,ヘイズ発生に加担した企業に罰金を課す法案を8月に採択した。この動きは,ヘイズ問題が一向に解決の糸口を見いだせないことにシンガポールが業を煮やした結果出てきたと考えられる。違法な野焼きはインドネシアで行われており,シンガポール政府が罰金を課すのは難しいことから,この法律の実効性は乏しい。しかし,無責任な商業活動は認められないとのメッセージを発する役割を果たしたとみられる。

第3に,9月,2002年に採択された越境煙害に関するASEAN協定をようやくインドネシアが批准した。批准自体は評価すべきことである。しかし,この批准によって新たな法整備は必要なく,インドネシアに求められるのは,協定で約束した監視や管理,取り締まりなどを着実に実行に移すことである。そこで問題となるのは,執行機関の監視・管理能力である。9月,インドネシアのリアウ州の地区裁判所は,インドネシアで操業するマレーシアのプランテーション運営会社の子会社のトップに対して,禁錮1年・罰金20億ルピアの判決を下した。しかし,こうした措置は,違法操業を禁止するものとしては生ぬるいとの見方がある。

経済協力

経済共同体完成に向けた課題

ASEAN諸国は2015年末にASEAN共同体の完成を目指している。なかでもASEAN経済共同体(AEC)は,ASEAN共同体の重要な柱と位置づけられている。2007年に採択されたAECの青写真によれば,AECとは「単一の市場と生産基地」「競争力のある経済地域」「公平な経済発展」「グローバルな経済への統合」の4つの柱からなる。

8月のASEAN経済大臣会議でAECの進捗状況が発表された。進捗状況を測る指標であるAECスコアカードによると,2013年末までに実施予定の優先主要措置229のうちの82.1%を達成したという。82.1%は一見高い数値であるが,注意が必要である。この数値の分母は, 2013年内に達成する措置のなかでも優先主要措置である。すなわち,2013年末までに実施すべき措置のなかでも優先主要措置にしぼり,達成度を上げるという操作がなされているのである。優先主要措置というカテゴリーは,AEC完成に重要な影響のある分野や措置を優先的に実施することに合意した2012年の「ASEAN共同体構築のためのプノンペン・アジェンダ」に基づくと考えられる。優先主要措置に何が含まれるのかは定かではないが,従来の評価対象よりも措置数が減少したことは明らかである(福永佳史「ASEAN経済共同体の進捗評価とAECスコアカードを巡る諸問題」,『アジ研ワールド・トレンド』No.231,2015年1月)。このことから,AECの進捗状況が芳しくないことがうかがえる。なお,青写真で示された4つの柱ごとの達成度については経済大臣会議では報告されなかった。

取り組みが進展している分野としては,自己証明制度のパイロットプロジェクトが挙げられる。自己証明制度は,事業者に認定輸出者番号を発給することで,原産地証明手続きを簡素化する制度である。制度の本格導入はまだだが,試験的に行われるパイロットプロジェクトに全加盟国が参加する目途が立った。

パイロットプロジェクトは開始年と参加国の違いで2つに分かれている。第1プロジェクトは,ブルネイ,マレーシア,シンガポールが参加して2010年に始まり,2011年にタイが参加した。第2プロジェクトは,ラオス,インドネシア,フィリピンが参加して2012年に開始された。8月の経済大臣会議の共同声明によれば,第1プロジェクトにミャンマーとカンボジアが参加する意思を表明し,302の輸出業者が,第2プロジェクトにはタイとベトナムが参加する意向で,14の輸出業者が登録するまでになった。これで,加盟各国はどちらかのプロジェクトに参加することとなり(タイは両方のプロジェクトに参加),今後は2つのプロジェクトの統合を進めて,制度の本格導入に道筋をつけることになる。

また,8月の経済大臣会議において,2013年に発効したASEAN包括的投資協定(ACIA)の改定議定書が署名された。この署名により,加盟国が留保しているリストの改定が加速し,より包括的な投資の自由化が目指される模様だ。

他方,進展がなかなか見込めない分野としては,引き続き,非関税障壁とサービス分野の自由化が挙げられる。とくに,自動車産業についてはマレーシアが物品税を課し,フィリピンは産業育成に補助金を出す方針である。ベトナムも国産車の割合を引き上げたい方針で,税制優遇策などの保護政策を検討しているという。また,ASEAN自由貿易地域(AFTA)における関税撤廃を前に,関税収入の減少を補完するための方策として,ラオスでは付加価値税が導入され,カンボジアでも自動車などのぜいたく品への特別税の導入が検討されているという。

サービス分野の自由化については,進展が芳しくないにもかかわらず,自由化にともなう競争力激化を懸念する傾向がみられている。ASEAN各国の新聞報道によると,銀行業界などでは,外資系企業の参入で国内の中小企業の存続が危うくなるのではないかといった声や,優秀な熟練労働者の流入による雇用への影響を心配する声などがあった。確かに,マレーシアで銀行の合併が合意されるなど競争激化に備えた動きがみられてはいる。しかし,サービス分野の自由化は遅れているとされ,自由化されたとしても会社法など各国の制度的な障壁が残るため,外資系企業が急激に参入するといった事態は起こらないとの見方もある。以上をふまえると,自由化の進捗状況が正確に把握されないまま,競争激化に対する懸念だけが独り歩きしている可能性がある。2013年に課題として挙げられたように,AECの効用を経済界や一般市民に伝えていく必要性が改めて浮き彫りになった。

域外経済関係

2012年に交渉開始が宣言されたRCEPは交渉が停滞している。RCEPは,ASEAN諸国,日本,中国,韓国,インド,オーストラリア,ニュージーランドの計16カ国で域内の貿易投資の自由化を進めるもので,既存の「ASEAN+1」の自由貿易協定(FTA)を統合し,諸ルールを一本化することを目指しているため,ASEAN主導の枠組みだといわれている。この16カ国は2015年末までの交渉終了を目指している。ASEAN諸国の足並みはそれほど乱れていない一方で,インドが交渉の足かせになっており,2015年末の妥結は難しい情勢である。

参加国による対立の争点は,自由化の範囲と関税引き下げ方法である。2013年には,自由化の範囲をめぐり,90%以上の品目での関税撤廃を主張する日本,90%は低いとするオーストラリアとニュージーランド,90%は高いとするインドやカンボジア,ミャンマーなど,意見が分かれていた。2014年1月の第3回交渉会合(クアラルンプール)では,関税引き下げの方法をめぐって一括引き下げを主張する日本に対し,ASEAN諸国やオーストラリアなどは品目ごとに撤廃時期を決めることを主張して対立した。

8月の第2回RCEP大臣会議では,自由化の範囲と関税引き下げ方法の両方で具体的な合意が見送られた。自由化に消極的なインドが欠席したためである。インドはもともと貿易自由化には消極的であるといわれ,先述したように,2013年にはカンボジアやミャンマーなどとともに90%以上の品目での関税撤廃に異を唱えていた。他の域外国の動きに呼応して,インドはASEANとFTAを締結したが,インドとASEANのFTAは他の「ASEAN+1」のFTAのなかで,自由化の範囲の広さを示す自由化率がもっとも低い。また,原産地規則も,付加価値基準と関税番号変更基準双方の基準を満たさなければならないなど,もっとも厳格である(石川幸一「東アジアFTAとASEAN」,石川幸一・清水一史・助川成也編著『ASEAN経済共同体と日本』,文眞堂,2013年)。

このほか,域外経済関係で注目される動きとしては以下の2つである。ひとつは,ASEAN+3(日中韓)の金融協力のひとつであるチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)がセーフティネットとしてより活用しやすくなった。すなわち,7月にCMIMの改定契約が発効したことで,全体規模が2400億ドルと倍増し,引き出し可能額に対して国際通貨基金(IMF)のプログラムなしで発動可能な割合が20%から30%に引き上げられた。関連して,ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)が国際機関としての体裁を整えるに至った。AMROは,CMIMの意思決定を効率的に行うため,地域経済の監視や分析を行う機関であり,2009年のASEAN+3財務大臣会議でその設立が合意され,2011年にシンガポール法人として設立された。2013年のASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議において,AMROを国際機関化するための設立協定の草案が合意され,2014年10月,同協定が署名された。

域外経済関係のもうひとつの動きは,10月に,中国が提案したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立に関する覚書が21カ国の間で締結されたことである。AIIBは,その名が示すとおり,アジアのインフラ構築に優先的に資金を拠出する目的で設立され,中国が最大の出資国となる。AIIBは,同じくインフラ整備のための融資を実施するアジア開発銀行(ADB)とその役割のうえで重複する。AIIBへの参加を躊躇していたインドネシアが11月に参加を表明した結果,全ASEAN加盟国がAIIBに参加することになった。ASEAN諸国がAIIBに参加する背景には,インフラ整備のための資金調達に苦慮していることがある。8月のASEAN経済大臣会議では,インフラ整備に毎年600億ドル必要だとの報告があり,財源を探している様子がうかがえる。

2015年の課題

南シナ海の領有権問題は引き続きASEANの政治安全保障協力において重要な位置を占め続けている。この問題でアメリカや日本などの域外大国はASEANだけでなく,ASEAN各国への個別関与も強めている。こうした動きが強まれば,ASEAN内の中国に対する立場の違いがより浮き彫りになる可能性もある。中国との協議を進めるためにも,ASEAN諸国としてはASEANの一体性をアピールする必要がある。

2015年の議長国は,南シナ海の領有権を主張する国でありながらも中国との関係を重視するマレーシアである。2014年1月に,南沙諸島のマレーシア近海に中国船が侵入したものの,中国との関係を重視し,マレーシア政府は政治問題化しなかった。すでに,ASEAN内では対中穏健路線が支配的になりつつある。こうした路線をマレーシアは引き継ぐと思われるが,中国に協調的な対応を求める努力も必要になる。

また,2015年末は,ASEAN共同体の完成を迎える時期である。2014年末の首脳会議では,「ポスト2015年ビジョン」が出され,2015年以降の行動計画の策定が指示された。ASEAN諸国には,現行の行動計画の目標をどの程度達成したのかを総括するとともに,2015年以降に取り組むべき課題を明確にすることが期待されている。

(地域研究センター)

参考資料 ASEAN 2014年
①  ASEANの組織図(2014年12月末現在)

(出所) Annual Report 2013-2014に基づき筆者作成。

②  ASEAN主要会議・関連会議の開催日程(2014年)
③  ASEAN常駐代表(2014年12月末現在)
④  事務局名簿(2014年12月末現在)
 
© 2015 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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