アジア動向年報
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2014年のアジア 中国の経済攻勢とその波紋
中川 雅彦
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2015 年 2015 巻 p. 3-6

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2014年のアジア

政治の動き

2014年のアジアではいくつかの政治的混乱が見られた。もっとも大きな変動があったのはタイであった。2006年のクーデタ以来混乱が続くタイでは2014年5月に国軍のクーデタにより,すでにレームダック化したインラック政権が倒された。

選挙によって政権が交代したのはインドとインドネシアであった。インドでは連邦下院選挙(4~5月)で,インドネシアでは大統領選挙(7月)で政権が平和的に交代した。予定外の選挙によってスリランカでも2015年1月に選挙が実施されて政権交代となった。モンゴルでは与党内の内紛によって12月に首相が交代した。

政権が維持されたものの混乱が見られたのは韓国,台湾,香港,バングラデシュ,パキスタンであった。韓国ではセウォル号沈没事件(4月16日)の影響によって国会運営が半年近く空転した。台湾では学生たちが立法院を占拠するといった「ひまわり学生運動」(3月)によって総統が与党のトップを辞任した。香港では行政長官の選出をめぐって「真の普通選挙」を求める人々が中心部の路上を占拠する「セントラル占拠行動」(9~12月)があった。バングラデシュでは野党が国民議会選挙(1月)をボイコットした。パキスタンでは首相退陣を求めるデモが長期化し(8~10月),パキスタン・ターリバーン運動による学校襲撃事件(12月16日)があった。

各国で憲法制定や選挙制度改革への取り組みがなされているが,カンボジアでは憲法や選挙に関する与野党対話が膠着状態から抜け出した。アフガニスタンでは大統領選挙の集計結果をめぐる争いが5カ月あまり続いたものの,挙国一致政権が成立した(9月)。ミャンマーやネパールでは憲法や選挙に関する与野党間の議論が膠着状態に陥った。

世界経済を牽引する成長

2014年の世界経済成長率は,2015年1月20日に発表された国際通貨基金(IMF)の推計によると,3.3%であり,2015年には3.5%,2016年には3.7%となる見込みである。そして,アジアの開発途上国の経済成長率は6.5%であり,2015年には6.4%,2016年には6.2%となる見込みである。減速してはいるものの,アジア途上国は世界経済を牽引する役割を当面担い続けることになる。これに対して,先進国の経済成長率は2014年に1.8%であり,2015年,2016年にはいずれも2.4%と回復が見込まれるものの,アジア途上国の経済成長率には及ばない。

アジア途上国のなかでも中国は2010年にGDPで世界第2位になり,引き続き高い成長率を維持している。2014年の経済成長率は7.4%であり,IMFの見通しでは2015年に6.8%,2016年に6.3%と,減速はするものの高い成長が続くと見込まれている。

中国のGDPの規模にはるかに及ばないまでも,インドの成長も注目される。インドでは2014/15年度(4~3月)の成長率が7.4%と2015年2月に発表されたが,GDPの算出方法に変更があり,妥当性に異論が出ている。ただ,IMFの見通しでは2014/15年度は5.8%,2015/16年度は6.3%,2016/17年度は6.5%となり,2016年頃に中国の成長よりも高くなることが予想されている。

アジアインフラ投資銀行と「シルクロード」構想

2013年9月7日,中国の習近平国家主席はカザフスタンのナザルバエフ大学での講演で,中国西部地域の発展や拡大を欧州・アジアの内陸地域,さらには欧州地域全体にまで広げていくという「シルクロード経済ベルト」構想を発表した。続いて同年10月3日に習近平はインドネシア国会で「海のシルクロード」構想を発表した。そして,2014年11月8日に,中国はこうした構想に関して400億ドルを拠出して,「シルクロード基金」を設立した。

習近平は「海のシルクロード」構想を発表する前日,インドネシアのユドヨノ大統領と会談した際に,アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を提起した。この動きが具体化してきたのも2014年のことであり,10月24日に,中国,モンゴル,フィリピン,シンガポール,ベトナム,タイ,マレーシア,ミャンマー,カンボジア,ラオス,ブルネイ,インド,スリランカ,ネパール,パキスタン,バングラデシュ,ウズベキスタン,カザフスタン,クウェート,オマーン,カタールといった21カ国の間で,当初資本金500億ドルで2015年末の設立を目指す覚書が締結された。さらに,インドネシア,香港,モルディブが2014年末までに覚書を締結した。多くのアジア途上国にとって,「シルクロード」構想やAIIBに対する期待は大きい。

ただし,日本は,尖閣問題や中国の反日ナショナリズム,靖国参拝問題などで関係がうまくいっていないこともあるうえ,アジア開発銀行(ADB)でアメリカとともに主導権を握っていることもあり,AIIB参加には大きな関心を示していない。

また一方で中国は,7月15日に,ロシア,インド,ブラジル,南アフリカ共和国との間でBRICS新開発銀行の設立に関して最終合意に至った。BRICS新開発銀行は初代総裁をインドが出し,本部は上海に置かれる予定で,当初資本金は500億ドルである。また,BRICS新開発銀行には経済危機に陥った国を救済するために総額1000億ドルの外貨準備基金を設立することになっている。

中国の軍事的影響力に対する警戒

AIIBやBRICS新開発銀行の設立は,これまで国際通貨基金(IMF)やADBを主導してきたアメリカに対する挑戦である。AIIB設立の覚書を締結したASEAN諸国も中国の軍事的影響力の拡大に対して歓迎しているわけではなく,とりわけ,南シナ海で中国との領有権問題があるフィリピンやベトナムは強く警戒している。中国との国境紛争がたびたび発生するインドも同様である。2014年には,中国が南シナ海でオイルリグを設置したことで,中国とベトナムの艦船が放水や衝突を繰り返すといった事態(5~7月)があった。

アメリカはAIIBに冷淡であるものの,中国との軍事的な信頼醸成に努めた。6月26日~8月1日にアメリカが主導する環太平洋合同演習(RIMPAC)が実施されたが,これに初めて中国軍が参加した。10月20日,ヘーゲル国防長官と楊潔篪国務委員が会談し,国防局長級会合を創設することで合意した。さらに,11月11~12日にオバマ大統領は習近平と会談し,軍当局の間で,互いに武器を向けないことや挑発行為をしないことを含む信頼醸成措置をとることに合意した。

フィリピンは,4月28日,アメリカと新たな軍事協定を締結し,米軍の駐留と基地使用を認めることになった。また,10月23~24日に実施された米比合同軍事演習には日本も参加した。ベトナムは,8月14日,グエン・タン・ズン首相とアメリカのデンプシー統合参謀本部議長との会談で,アメリカの殺傷兵器禁輸措置の解除を含む国防協力を拡大することで合意した。ASEANのなかで中国との良好な関係を築いているミャンマーも,5月26日に日本から岩崎茂統合幕僚長が訪問し,さらに11月12日に行われた安倍首相とテインセイン大統領との会談でも安全保障・防衛協力を強化する方針が確認された。

AIIBにもBRICS新開発銀行にも入っているインドも,9月28日~10月1日にモディ首相が訪米してオバマ大統領と会談し,防衛協力の拡大を進めることになった。また,日本とも,1月6日に小野寺五典防衛相が訪印してアントニー国防相と会談して協力関係を確認し,7月24~30日に実施された米印海上軍事演習「マラバール」に日本も参加した。8月31日~9月3日にモディ首相が訪日し,1日に安倍首相と会談して防衛協力を進めることになった。

2015年のアジア情勢を見るポイント

中国の影響力は経済でも軍事でも当面拡大を続けるであろう。とくに「シルクロード」構想とAIIBによる経済攻勢は強化される見込みである。一方,軍事的な影響力の拡大は周辺国の警戒を招いており,行き過ぎると「シルクロード」構想やAIIBに悪影響をもたらす危険がある。そのため,軍事的な影響力の拡大には徐々に制動がかけられると思われる。そして領有権問題に関するASEANとの協議も2015年にはある程度の進展を見せる可能性がある。

一方のアメリカはアジアでの軍事的な影響力の拡大を続けるであろう。中国の軍事的影響力に対する抑止力として,アメリカや日本との防衛協力の必要性を感じる国も増えてくるとみられる。

なお,2015年は第二次大戦終結から70周年に当たるため,とくに東アジアでは中国,韓国では反日ナショナリズムが高揚する可能性がある。日本のASEAN諸国や南アジア諸国に対する防衛協力の拡大が中国や韓国の反日ナショナリズムを刺激してしまう危険もあるということにも注意が必要であろう。

(地域研究センター研究グループ長)

 
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