
2015年のアジアでもっとも大きな政治変動があったのはミャンマーであった。ミャンマーでは,11月に実施された総選挙で,長年にわたって反体制民主化運動を主導してきたアウンサンスーチー議長率いる国民民主連盟が圧勝した。2016年には軍人が主導する政権から民主的な政権に交代することになった。
スリランカでも政権が交代した。1月の大統領選挙で野党統一候補のシリセーナが勝利してシリセーナ/ラニル政権が誕生し,同政権は8月の国会議員選挙でも勝利した。
政権が維持されたものの混乱が続いているのはモンゴル,バングラデシュ,香港,韓国であった。モンゴルでは8月に民主党,人民党,「正義」同盟,市民の意志・緑の党による連立政権から人民党が離脱して野党になり,混迷を深めている。バングラデシュでは,バングラデシュ民族主義党を中心とする野党連合によって,1月に全国的な交通封鎖とハルタルが実施された。香港では,次期行政長官選挙の実施方法をめぐって,政府および親政府派と民主派の間で対立が続いている。韓国では,与党のセヌリ党内で主流派と非主流派の争いが深刻化しているが,その一方で野党も分裂した。マレーシアでは,7月にナジブ首相の汚職疑惑問題が浮上して政権への不信感が高まったが,一方で野党連合も分裂している。
政権交代の準備に入ったのは台湾,フィリピンであった。台湾では4月に野党の民進党が蔡英文を総統候補に立てて選挙の準備を進めた一方,与党の国民党で候補者選出は混乱を見せ,野党優勢で2016年1月の総統選挙に臨むことになった。フィリピンでは大統領候補者が出そろい,2016年5月の大統領選挙に臨むことになった。
政治制度の確立で前進が見られたのはネパール,カンボジアであった。ネパールでは9月に憲法が制定された。カンボジアでは国民議会議員選挙法が改正され,選挙管理委員会が発足した。なお,2014年にクーデタが発生したタイでは9月に憲法草案が否決され,軍政が長期化する様相を呈している。
2015年の世界経済成長率は,2016年1月19日に発表された国際通貨基金(IMF)の推計によると,3.1%であり,2016年には3.4%,2017年には3.6%となる見込みである。そして,アジアの開発途上国の経済成長率は6.6%であり,2016年には6.3%,2017年には6.2%となる見込みである。アジア途上国は減速してはいるものの,世界経済を牽引する役割を当面担い続けることになる。これに対して,先進国の経済成長率は2015年に1.9%であり,2016,2017年にはいずれも2.1%と回復が見込まれるものの,アジア途上国の経済成長率には及ばない。
アジア途上国のなかでも中国は2010年にGDPで世界第2位になり,引き続き高い成長率を維持している。しかし,中国の成長率は減速しており,2015年は6.9%であり,2016年に6.3%,2017年に6.2%と見込まれている。
これに対して,インドの成長率は2015年に7.3%であり,2016年と2017年に7.5%と見込まれ,中国よりも高い。また,ASEAN主要国の成長率は2015年に4.7%であり,2016年に4.8%,2017年に5.1%になる見込みであり,中国の成長率よりは低いものの,内需の拡大をもとに次第に成長の速度を速めている。
そもそも環太平洋パートナーシップ(TPP)は2005年にニュージーランド,チリ,シンガポール,ブルネイの4カ国間で締結され,2006年に発効した自由貿易協定である「環太平洋戦略的経済連携協定」(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)がその起源である。2010年3月にアメリカ,オーストラリア,ペルー,ベトナムがこの協定に参加するための交渉に入り,10月にマレーシアも参加した。2011年にはホノルルで9カ国による新たな「環太平洋パートナーシップ協定」(Trans-Pacific Partnership [TPP] agreement)の大枠が発表された。2012年10月にメキシコ,カナダが交渉に参加,そして2013年に日本が交渉に参加したことで,TPP交渉はアジア太平洋地域に計12カ国による巨大経済圏を形成するという意味を持つようになった。
2015年にはアメリカがTPP協定の成立に向けて動きく前進した。6月に議会で大統領貿易促進権限(TPA)法が可決され,オバマ大統領に対してTPP協定に署名する権限が与えられた。7月のハワイでの閣僚会合を経て,10月にアトランタでの閣僚会議で日本,アメリカ,オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,ペルー,シンガポールによるTPP協定の大筋合意が発表された。2016年には協定の署名が行われ,各国内での批准手続きを待つことになる。TPP協定が成立すれば,世界経済の4割を占める巨大経済圏が誕生することになる。
中国は,その経済成長が鈍化してきたことから過剰設備を国外に移したいという意向,また,世界銀行やIMFをアメリカが主導し,アジア開発銀行(ADB)を日本が主導しているという国際金融秩序に風穴を開けたいという意向を持っているようである。中国の経済攻勢のうち最大のものはアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立である。
AIIBは2013年10月に中国の習近平国家主席が東南アジアを歴訪した際にその設置を提起したものであり,2014年10月に,中国,モンゴル,フィリピン,シンガポール,ベトナム,タイ,マレーシア,ミャンマー,カンボジア,ラオス,ブルネイ,インド,スリランカ,ネパール,パキスタン,バングラデシュ,ウズベキスタン,カザフスタン,クウェート,オマーン,カタールといった21カ国の間で,当初資本金500億ドルで2015年末の設立を目指す覚書が締結された。2015年3月にイギリス,ドイツ,フランス,イタリアが参加の意向を表明した。6月にAIIB設立協定の署名式が開かれ,50カ国が署名した。そして,12月25日,中国は,ミャンマー,シンガポール,ブルネイ,オーストラリア,中国,モンゴル,オーストリア,イギリス,ニュージーランド,ルクセンブルク,韓国,グルジア,オランダ,ドイツ,ノルウェー,パキスタン,ヨルダンの17カ国が設立協定を批准して出資金の合計が資本金の50.1%に達したことで,AIIBの正式発足を発表した。AIIBは2016年から融資事業を開始することになっている。
AIIBの設立によって,ADBは増資を検討するようになった。また,日本の安倍首相も5月21日,アジアのインフラ整備にADBと連携しながら今後5年間で約1100億ドルを投じると表明した。
中国は軍事的影響力の拡大も進めている。2015年にはフィリピンの漁船が南沙(スプラトリー)諸島海域で中国の船から操業妨害を受ける事件が相次いだ。
2015年にはアメリカが南沙諸島をめぐって飛行機や艦船による示威行動をとるようになったことが注目された。米軍は,5月に南沙諸島で艦船や哨戒機による偵察行動を実施し,10月にはイージス駆逐艦を派遣して中国が自国領であると主張する人口島から12カイリ以内を航行させる「航行の自由」作戦を実施した。
ASEANではフィリピンやベトナムのみならず,これまで中国に融和的な姿勢をとってきたマレーシアとインドネシアが中国の南沙諸島での行動に批判的な態度を見せるようになってきた。8月の外相会議の共同声明と11月の首脳会議の議長声明では中国の行動に対する懸念が文言に加えられた。
南沙諸島で中国船から嫌がらせを受けてきたフィリピンは日本との防衛協力を進めるとともに,韓国から戦闘機を購入するなど,軍事力強化の動きを見せている。シンガポールは12月にアメリカとの二国間防衛協定を改定して米軍哨戒機の配備を受け入れており,哨戒機は南沙諸島の監視活動に従事するとみられている。中国との経済関係を深めているインドネシアも12月に日本と初の外務・防衛担当の閣僚級協議(2プラス2)を開催し,防衛協力を進めている。
中国は成長の減速が見られるものの,それは中国の対外的な影響力の低下をもたらすものではない。むしろ中国は国内の過剰な設備を国外に移転させるべく,AIIBを軸として経済的影響力の拡大を進めていくであろう。また,南沙諸島での実効支配を確立するための行動を続けるであろう。
一方で,アメリカは,少なくとも2017年1月までのオバマ大統領の任期期間中は,リバランス政策を維持し,南沙諸島に関する軍事的関与も継続することになるであろう。ただし,アメリカが主導して構築しつつあるTPPは,オバマ政権が中国の経済的な影響力の拡大に対抗する仕組みとしての意味を持たせているが,将来的に中国を取り込むことになる可能性もある。
米中のほかに今後アジアで大きな役割を果たすようになる可能性を持つ国としてインドを挙げなければならない。成長著しいインドの経済成長は減速する中国のそれとは対照的であり,アジアの成長の構図は変わりつつある。インドはアメリカとの防衛協力,原子力協力を強化し,日本とも防衛協力を強化しているが,AIIBにも参加し,上海協力機構の正式メンバーとなった。今後外交面でインドが米中のバランサーとしての役割を果たすことも考えられる。
(地域研究センター主任調査研究員)