アジア動向年報
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各国・地域の動向
2015年の台湾 与党国民党の混乱と初の中台首脳会談
竹内 孝之池上 寬
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2016 年 2016 巻 p. 179-206

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2015年の台湾 与党国民党の混乱と初の中台首脳会談

概況

国内政治では2016年の総統選挙に向け,野党民進党が4月に蔡英文同党主席を総統候補に公認し,一貫して優勢を保った。一方,与党国民党では1月に朱立倫新北市長が同党主席に就任したが,出馬を見送り,王金平立法院長の擁立を画策した。しかし,馬英九総統の介入もあり,7月に洪秀柱立法院副院長が公認を得た。洪秀柱候補は世論を挑発する放言を繰り返したため, 10月に公認を取り消され,朱立倫主席が新たな候補となったが,劣勢は挽回できなかった。

経済では,中国の景気減速による輸出減少の影響を受け,2015年の実質経済成長率は0.75%であり,前年より1.5ポイント以上下がった。また,放射能危険地域として指定した地域から食品が輸入されていたことを受け,日本産食品に対する輸入規制を実施した。台湾高鉄(台湾新幹線)では財務問題が発生した。

対外関係では当初,台湾海峡上の航空路開設やアジアインフラ投資銀行(AIIB)加盟をめぐる摩擦が中国との間で見られた。南シナ海問題を憂慮するアメリカは台湾との軍事協力を強化しつつ,周辺諸国と協調し,中国を牽制するよう台湾に求めた。馬英九政権は「南シナ海平和イニシアティブ」の発表でこれに応えたが,同問題をめぐるフィリピンの主張に反発したほか,日本に対する慰安婦問題への謝罪要求や,中国と初の首脳会談を行うなど独自の対外姿勢も見せた。

国内政治

国民党における朱立倫・新主席と馬英九総統・前主席の軋轢

馬英九総統の国民党主席辞任を受け,1月17日に国民党主席選挙が行われた。唯一の候補者であった朱立倫新北市長が99.61%の得票率で信任された。朱立倫主席は外省人だが,本省人の母親を持ち,党内では義父の高育仁・元台湾省議会議長の支援を受けており,その言動は本省人に近い。

19日の就任後,朱立倫主席は6人いた副主席のうち郝龍斌・前台北市長(外省人)と黄敏惠・前嘉義市長のみを再任し,党秘書長には元新北市副市長の李四川行政院秘書長を任命した。また,馬英九総統が始めた「中山会報」(総統,各院,党指導部の会合)の廃止,王金平立法院長の党籍剥奪処分(『アジア動向年報 2014』を参照)をめぐる最高法院での上告審の放棄,原発廃止や議院内閣制を含む憲法改正の主張など,馬英九路線から決別した。一方,馬英九総統は王金平院長の党籍剥奪処分をめぐる法廷闘争の放棄に対して,党執行部を強く非難した(2月25日)。

このほか,名誉主席を廃止し,国家発展研究基金会(国民党のシンクタンク)理事長や中国共産党との政党間交流の顔役をそれぞれ,連戦および呉伯雄・前名誉主席から取り上げ,朱立倫主席自身が兼務した。

行政院,総統府の人事

2014年12月に発足した毛治国内閣では当初から波乱含みであった。1月7日には葉匡時交通部長が立法院での台湾高速鉄路社救済策の否決に反発して,辞意表明した。その後任には陳建宇同部政務次長が就任した(24日)。29日に辞任(2月2日付)が発表された管中閔国家発展委員会主任委員も「立法院での質疑は非難ばかりで,非建設的」と批判した。なお,同職は杜紫軍政務委員が兼務した。

24日には李四川行政院秘書長が辞任し,地方・内務官僚出身の簡太郎・前政務委員(2014年12月に辞任,屏東県長選挙で落選)が後任に就いた。また,蕭家淇行政院副秘書長は1月24日に退任し,2月26日,政務委員に就任した。

1月27日には厳明国防部長の辞任(30日付)と高広圻参謀総長(海軍出身)の後任就任(31日付)が発表された。これは馬英九総統が総統府侍衛長を頻繁に交代させたことで生じた,将官人事ローテーションの歪みを調整するためであった。また,今回で国防部長には5代続けて外省人が就くことになった。

2月10日には王郁琦大陸委員会主任委員が,張顯耀・元大陸委員会副主任委員の中国への秘密漏洩容疑を不起訴処分とした台北地検に抗議する形で,辞意表明した。後任には外交官出身の夏立言国防部軍政副部長が就任した。

このほか,1月24日に科技(科学技術)部長に徐爵民工業技術研究院院長,文化部長に洪孟啓・同部政務次長兼部長代理,科学および教育担当の政務委員に顔鴻森成功大学副校長が任命された。

総統府では2月6日に楊進添・同秘書長が個人的な理由で退任し,曽永権・前国民党秘書長が後任となり,また金溥聡国家安全会議(以下,国安会)秘書長が健康上の理由で退任し,高華柱国策顧問・元国防部長(軍出身)が後任に就任する(12日付)と発表された。馬英九政権の国安会秘書長は高華柱を含め全員が外省人である。楊進添,金溥聡は退任後,総統府資政(上級顧問)に任命された。

頓挫した憲法改正

2014年12月,国民党は馬英九路線から離れ,従来野党やひまわり学生運動が唱えてきた憲法改正に同調した。3月3日と4日の与野党協議は憲法改正委員会の設置(26日発足)と,その構成を各党の議席数に比例させることで合意した。19日の国民党と民進党の秘書長会談は6月の立法院の会期末までに改正案を完成させ,それを承認する国民投票を総統選挙と同時に実施することで合意した。

国民党は立法院の行政院長人事承認権を復活し,総統のもとで行政院長が施政を行う現在の半大統領制を議院内閣制に近づけること,投票年齢の18歳への引き下げ,司法院,考試院,監察院の規模縮小などを提案した。一方,民進党は投票権や被選挙権の年齢引き下げ(それぞれ18歳,20歳),考試院と監察院の廃止,憲法改正の発案要件(現在は立法院で4分の3が賛成)の緩和を主張したが,議院内閣制や不在者投票には反対した。議院内閣制は将来の民進党政権の権限を縮小し,(台湾でいう)「不在者投票」は国民党支持者の多い在中国の駐在員,留学生を含むためである。そこで,国民党は地元を離れて進学した学生の利便性を口実に「不在者投票と投票年齢の引き下げは不可分」とした。結局,6月の会期末まで対立が続き,憲法改正は実現しなかった。国民党は12月にも選挙戦でアピールするため憲法改正と一部重なる国会改革を主張したが,民進党は応じなかった。

司法院大法官の人事

司法院大法官(憲法法廷判事)のうち,陳水扁政権時代に任命された最後の4人(林錫堯,池啓明,蔡清遊,李震山)が9月に任期満了を控え,次期大法官の任命が行われた。まず,立法院は1月23日に司法院組織法を改正し,経験年数15年以上の検察官,同25年以上の弁護士をそれぞれ大法官定員の3分の1以内で任命できることとした。2月には総統府内に設置された呉敦義副総統と翁岳生・元司法院長ら指名推薦グループが各界に推薦を呼び掛けた。法務部は美麗島事件(1979年の民主化要求デモに対する弾圧)の軍事法廷で軍事検察官を務めた林輝煌法務部司法官学院院長を推薦者リストに入れたが,当時の被告であった陳菊高雄市長ら野党側の強い反発を受けた。

4月22日,馬英九総統は林輝煌を外して,黄虹霞弁護士,検察官出身の呉陳鐶法務部政務次長,蔡明誠台湾大学法律学院教授,林俊益士林地方法院院長 の4人を指名し,6月12日に立法院で承認された。これで大法官は全員が馬英九総統の指名した人物になった。ただし,呉陳鐶は2013年に捜査当局による盗聴実施の条件を厳格化した立法院主導の法改正に反対していたため,野党が反対し,65票の賛成にとどまった。また,林俊益は2008年4月に台北市長特別費(交際費)不正使用疑惑をめぐる3審で,就任間近だった馬英九総統に無罪判決を下した裁判官のひとりであったため,与党からも造反者が1人出て63票にとどまった。

苗栗県の財政危機問題

7月10日,苗栗県の徐耀昌県長は「隠れ債務を含め,同県の累積債務が648億元に上り,近々資金が底をつく」と毛治国行政院長に訴え,100億元の財政支援を求めた。しかし,行政院は「苗栗県の問題は歳入不足でなく,財政規律にある」と批判したうえで,行政院が地方自治体を財政支援する場合,歳出を管理するなどの条件(地方財政規律控管機制)を15日に発表した。苗栗県は当初難色を示したが,22日に受け入れを表明し,行政院から8億元の一般補助金を受け取って,当初危ぶまれた7月分の県職員給与の支払いを乗り切った。なお,財政部によれば,深刻な財政状態にある地方自治体は雲林県などほかに5つあるという。

歴史教科書の改訂に対する反対運動

民主化後,社会科などの教科書は台湾主体の「本土史観」に改められたが,蔣偉寧教育部長(2014年7月辞任)は2012年以降,「中華民国」主体の「大中華史観」に戻す動きを見せた。2014年1月には教育部の審議会が「教育課程綱領」(日本の「学習指導要領」に相当,以下「綱領」)を「微調整」し,2015年9月の実施予定とした。しかし,実際は大幅な改訂であったことや,審議過程の不透明さが指摘された。2015年2月,台北高等行政法院は「本土派」の市民団体の訴えに応じ,教育部に議事録の開示を命じた。その結果,教育部は反対派の委員を排除し,賛成派だけで「綱領」を改定したことが明らかになった。このため,呉思華教育部長は6月1日に「学校の裁量で旧版教科書を採用しても良い」と述べた。

しかし,学生個人には選択権がないうえ,いずれ旧版教科書が絶版になる可能性や旧版教科書の学習者が入試で不利になる可能性もあった。そこで全国各地の高校生が新「綱領」の撤回を要求し,7月5日に主要都市でデモ行進を行った。その一部は13日に国民及学前教育署台北弁公室,17日晩に教育部の庁舎に突入を試みた。その後も教育部が撤回を拒否したため,「本土派」市民団体も加勢し,22日に教育部を包囲した。その一部が23日深夜に庁舎へ侵入したため,呉思華教育部長は侵入者を刑事告訴すると述べ,対決姿勢を強めた。

30日,教育部への侵入で逮捕された高校生の一人が自殺し,世論は学生側への同情を強めた。国民党内でも王金平立法院長が新「綱領」の実施延期を求め,朱立倫同党主席も「(閉会中の)立法院が臨時会議を開き,議論するべき」と述べた。しかし,国民党の立法院党団(議員団)幹部は予定どおりの実施を望む馬英九総統に同調し,実施延期に反対した。与野党協議が行われたが,8月4日に「綱領」の再検討を求める決議を採択するにとどまった。呉思華教育部長は3日に学生との対話に応じ,5日に告訴取り下げに言及したが,新「綱領」の撤回は拒否した。

台風13号が接近してきたため,学生側は目的を達しないまま解散した。10月21日には呉思華教育部長の約束も裏切られ,教育部に侵入した学生5人が起訴された。とはいえ,その後,新版教科書の採用から旧版の継続使用に方針転換した学校が増えた。また日本と「中華民国」による統治比較,1945年8月の「終戦」を強調する必要性の有無などの議論が活発化した。そして,「中華民国」「大中華史観」を信奉する国民党の洪秀柱総統候補に対する世論の反発も強まった。

民進党の蔡英文候補によるマイペースな選挙戦

民進党では蘇貞昌前党主席,頼清徳台南市長,陳菊高雄市長らが2016年の総統選挙に出馬しないと表明した。蔡英文・同党主席だけが党内予備選に出馬し,4月15日に民進党中央執行委員会で公認が決定された。国民党の混乱をよそに蔡英文候補はマイペースな選挙戦を展開した。陳建仁中央研究院副院長への副総統候補の指名は11月まで引き延ばした。また,中国と国民党が対話の前提とする「1992年コンセンサス」について,「中国はその中身を『一つの中国』だと主張している」と批判しつつ,中国との関係や「中華民国」体制を「現状維持」するという穏健な主張を示した。しかし,国民党との論争を避けるため,より詳細な対中国政策の公約は発表しなかった。

その代わり,社会保障や福祉,教育,公共住宅の拡充を含む格差是正,食品安全の強化,民族性や文化,性差に関する多様な価値観の尊重などリベラルな社会政策を目玉に掲げた。経済面では技術開発の推進,産業高度化のほか,国防産業の振興と海外展開により,防衛力の強化と雇用創出の一石二鳥を目指した。こうした各分野の詳細な政策発表会を8月から12月の間,ほぼ毎週開催することで,政策立案能力の向上を示し,「野党気分が抜けない」という陳水扁政権時代の評価を覆そうとした。

混乱した国民党の総統候補者選び

一方,国民党では呉敦義副総統,朱立倫・同党主席(新北市長),郝龍斌・同党副主席(前台北市長)など有力者が出馬を見送り,党内予備選の告示は4月15日にまでずれ込んだ。中南部出身の本省人立法委員らは王金平立法院長に出馬を促し,朱立倫主席もこれを後押しした。しかし,馬英九総統は李登輝元総統に近い王金平立法院長が公認を獲得すれば,外省人の党員や支持者が離反すると強く反対した。このため,王金平院長は5月15日に出馬を断念すると表明した。

公認を得たのは,党内最保守派で,多数派世論への挑戦を厭わない洪秀柱立法院副院長(女性,外省人)であった。国民党執行部は彼女を排除するため,対立候補がいない場合でも,民進党の蔡英文候補との一騎打ちを想定した世論調査で30%以上の支持率を得ることを公認の条件とした。その後,反発した洪秀柱側に譲歩し,一騎打ち方式と単純に支持を問う方式の平均値を採用した。

6月14日に国民党が発表した世論調査の結果では,洪秀柱立法院副院長が蔡英文候補との一騎打ちでも40%台の支持を得た。これは民進党を支持する回答者が国民党を苦境に追い込もうと,虚偽回答をしたためといわれる。とはいえ,国民党はこれ以上の混乱を避けるため,洪秀柱への公認を17日の中央常務委員会で内定し,7月19日の全国代表大会で正式決定した。

洪秀柱候補は心配されたとおり,多数派世論に挑戦を挑んだ。5月以降,中台関係に関して「一中同表」(一つの中国,中台双方が共通の認識を持つ)を主張しはじめ,7月には「李登輝・元総統のような二国論には反対だ。中国と台湾は国と国の関係ではない」と断言した。また,教科書改訂にも支持を表明し,「私が総統になれば,(将来の統一に言及する)中華民国憲法に準拠させる」と述べた。

世論の反感は彼女だけでなく,国民党全体にも向けられた。同党では立法委員候補による公認の辞退や親民党への接近もみられた。また,宋楚瑜親民党主席が8月6日に総統選挙への出馬を表明し,一時は洪秀柱候補を上回る人気を得た。9月には,国民党内の本省人政治家が「台湾国民党連線」という政治団体を登記することで離党を示唆し,党執行部に洪秀柱の公認を取り消すよう迫りはじめた。

朱立倫主席は当初,自発的に公認を辞退するよう洪秀柱候補に求めた。しかし,洪秀柱候補はこれを拒否したうえ,10月2日に「中華民国憲法は統一を最終目標に掲げている」と再び世論を挑発した。このため,反王金平の立場から洪秀柱候補を擁護していた馬英九総統も公認の取り消しに同意した。国民党は17日の臨時全国党代表大会において,公認総統候補を洪秀柱から朱立倫主席へ交代させた。

朱立倫候補は中国との関係維持を掲げつつ,内政面で民進党のリベラル路線に追随し,追い上げをねらった。副総統候補には人権派弁護士の王如玄・元労工委員会主任委員(女性)を指名したが,野党やメディアは彼女が「軍宅」(政府が軍人に格安で分譲したマンション)の転売で多額の利益を得ていると暴露した。王如玄候補は当初,疑惑を否定したが,後に事実を認め,利益を寄付すると表明した。しかし,国民党の支持基盤である外省人や退役軍人の反感は免れなかった。

経済

マクロ経済の概況

2015年の実質経済成長率は0.75%であり,2014年の3.92%から3ポイント以上下回ることとなった。四半期ごとの成長率をみると,第1四半期4.04%,第2四半期0.57%,第3四半期マイナス0.80%,第4四半期マイナス0.52%であり,台湾経済は第2四半期以降景気減速の状況になった。その背景には,民間消費が前年の3.33%から2.28%,資本形成が前年の4.13%から1.19%,輸出が前年の5.91%からマイナス0.21%にそれぞれ前年よりも大きく後退したことが挙げられる。とくに,輸出は中国の景気減速の影響をまともに受け,輸出が停滞したことが経済成長の足かせとなった。

この状況は財貿易についてみると,より鮮明になる。2015年の輸出は2854億ドル,輸入は2375億ドルであり,前年よりそれぞれ10.8%,15.7%の大幅な減少となった。相手先上位3国・地域は,輸出では中国,香港,アメリカ,輸入では中国,日本,アメリカであった。中国との貿易は輸出が前年比13.4%減の734億ドル,輸入が同8.0%減の453億ドルであった。とくに中国への輸出が前年より100億ドル以上減少したのは初めてであり,馬英九政権のもとで中国への貿易依存を深めたことがかえって台湾経済に悪影響を与える結果となった。貿易総額に占める中国の割合は前年22.3%から21.6%となり,わずかであるが減少した。

2015年の中国を除く対外直接投資は,承認ベースで462件,107億4520万ドルであり,前年より件数で31件減少した一方,金額では34億5151万ドル増加した。投資金額は初めて100億ドルを超え,過去最高となった。一方,対中直接投資は承認ベースで427件,109億6549万ドルであり,前年より件数で70件減少した一方で,金額では6億8892万ドル増加した。中国への投資のうち,製造業が件数,金額とも前年より減少した一方,金融保険業の投資金額は前年より11億ドル以上増加した。

消費者物価の上昇率はマイナス0.31%であり,2009年以来のマイナスとなった。このうち,商品類はマイナス1.99%,サービス類は0.96%であった。食品を含まない商品類の物価上昇率がマイナス1.55%であったことが全体の消費者物価をマイナスに押し下げた要因である。なお,失業率は3.78%であり,前年に引き続き4%を下回ることとなった。

日本産食品の輸入規制

衛生福利部食品薬物管理署(Taiwan Food and Drug Administration: TFDA)は東日本大震災直後の2011年3月14日に発生した原子力発電所の事故を受け,福島,群馬,茨城,栃木,千葉の5県を放射能危険地域として指定し,これらの県で生産,加工された食品の輸入規制を実施してきた。また,TFDAは2014年10月に日本産の野菜・果物などの食品および食品加工品を通関させる際に,日本政府発行の産地証明書と放射性物質検査報告書の提出を義務づけると予告した。さらに,一部の立法委員および消費者団体の要望を受け入れて,衛生福利部は10月29日から60日間にわたって全都道府県の産品に原産地証明を義務づけることについてのパブリックコメントを実施した。

こうした状況下で,TFDAは2015年3月24日に5県で製造された加工食品283品目が地場輸入業者によって輸入され,百貨店などで販売されていたことを公表,販売業者に対してこれら食品の販売中止,撤去を命じた。また翌日には新たに11品目の5県産加工食品が輸入されていたことが発覚し,最終的に379品目に増加した。TFDAは3月30日,日本からの食品に対する検査率を5%から全品検査に変更する方針を示した。また,輸入業者に対しては,生産地の識別をより簡単にわかるようにするため,中国語に翻訳された商品ラベルの生産地欄には都道府県名の記載を義務づけることとした。

TFDAがこのような強気の姿勢を見せたのは,台湾では近年毎年のように「食の安全」に関する問題が発生していたことが挙げられる(たとえば,『アジア動向年報2015』)。しかし,TFDAの対応に関しては,一部の与野党立法委員から批判も起きた。これは,2011年3月以降に日本から輸入された食品の検査を実施したがすべて合格しており,また99.67%の食品では放射能が検出されなかったほか,さらに今回回収された製品からも基準を上回る放射能は検出されなかったためであった。

4月16日には,すべての食品に対して生産・製造された都道府県を明記した原産地証明書の添付を義務づけたうえで,特定の都道府県で生産,加工された一部品目(水産物,茶,乳幼児用食品,乳製品,キャンディー,ビスケットおよび穀類加工品)に対して放射性物質検査証明書の添付も義務づける措置を5月15日から実施するとTFDAが公告した。放射性物質検査証明書の添付を義務づけた品目については,水産物と茶は放射性物質の残留率が高いこと,それ以外の品目は子どもが口にする機会が多いことが理由とされた。しかし,その対象地域に指定されたのは水産物が宮城,岩手,東京,愛媛,茶が東京,静岡,愛知,大阪,乳幼児用食品などが宮城,埼玉,東京であった。指定された都道府県は,必ずしも放射能危険地域に指定された5県周辺ではなく,どのような基準で選定したのかという疑念を持たせるものであった。さらに,これらの証明書は日本政府,日本政府が認定した機関,TFDAが認定した機関が発行するものに限定すると公告した。

台湾側のこうした動きに対し,日本では反発が起きた。台湾の窓口機関である(公財)交流協会などは「科学的根拠に基づいて措置を取るべき」との立場を明らかにし,与党自民党ではWTO提訴の声が上がった。4月29日に来訪した岸信夫衆議院議員ら自民党議員団や30日に来訪した野田佳彦前首相ら民主党議員団は馬英九総統との会談でそれぞれ輸入制限の解除を訴えた。また,日本政府も5月13日に林芳正農相(当時)が規制強化の撤回申し入れとWTO提訴を含めて検討すると記者会見で発言した。翌14日には菅官房長官も記者会見できわめて遺憾と発言するとともに,日本産食品の安全性を説明していくと発言した。

しかし,馬総統は5月18日に「偽装は科学でなく,法律の問題だ」と日本側に反論した。規制強化の前日である5月14日に,馬総統は「規制緩和は偽装問題の解決後になる」と発言し,偽装ラベル問題にある程度の見通しがつけば規制緩和の実施を示唆した。

6月以降,新北地方法院検察署(地検)は輸入商社の管理職など計7人を業務上不実記載などで起訴した。8日には,TFDAが24社に対して381件の違反を認定し,1539万元の過料を科す行政処分を公表した。ただ,13日には,監察院が今回の問題はTFDAの作業自体にも問題があり,日本産食品の規制における一連の対応にも不手際があったとして,TFDAに対して改善を求めた。

夏以降,台湾側では危険地域として指定している5県で製造,加工された食品の条件付き輸入解禁などの報道が幾度とあったが,結局2015年中には5県産食品の輸入が解禁されることはなく,証明書などの添付も続けて行われた。

台湾高鉄の財務問題

台湾高速鉄道(以下,台湾高鉄)は2007年1月の開業以来,何度か財務問題が噴出し,破綻の危機を迎えた。これは台湾高鉄の財務諸表からも明らかである。たとえば,2014年末の総資産5017億元のうち,負債は90%以上の4567億円を占めていた。そのため,交通部は台湾高鉄の破産回避のための委員会(以下,委員会)を設置し,この委員会は2014年10月24日および11月7日に財務改善計画を策定した。しかしながら,与野党はこの内容に反発し,1月7日の立法院交通委員会において全会一致でこの計画を否決した。この否決の責任を取る形で,葉匡時交通部長と范志強台湾高鉄董事長は辞任した。

この否決を受ける形で,3月31日に交通部内の委員会は当初の財務改善計画を修正した「全民認股方案」を策定した。また,交通部はこれを受けて2つの選択肢を提示する「高鉄財務解決計画」を策定した。立法院交通委員会は5月21日に同計画の報告を受けて,1案に絞り,立法院会(本会議)は6月5日にこれを承認した。その内容は,事業権の有効期間を当初の35年から70年に変更,普通株の60%(390億8000万元)を減資したうえで,政府主導で300億元を新たに増資し,発行済みの特別株402億元を一括償却するなどであった。その結果,台湾高鉄の発行済み株式の45.3%を政府系ファンドや機構が握ることになった。

台湾高鉄の董事会(取締役会)は3月25日にこの内容を承認した。台湾高鉄と交通部は7月27日に上記内容を改訂した契約書に調印,8月3日には台湾銀行を含んだ3者間の契約書に調印した。9月10日に開催された臨時株主総会でも上記内容を承認し,10月30日には減資の変更手続きが完了するとともに事業権の延長が行われ,11月26日に増資が完了した。

対外関係

アメリカとの関係

1月1日に台湾の駐米代表処は「双橡園」(Twin Oaks Estate)と呼ばれる駐米代表公邸で中華民国国旗を掲揚し,駐在武官への叙勲式を行って,その写真を公開し,対米外交の成果として喧伝した。しかし,中国外交部だけでなく,アメリカ国務省も「双方の了解に背く」と台湾側を批判した。

とはいえ,アメリカは南シナ海における中国の行動を牽制するため,台湾との軍事協力の強化を図った。とくに注目されたのが,F/A-18C戦闘機の飛来である。4月1日,嘉手納空軍基地を飛び立ったアメリカ海兵隊のF/A-18C戦闘機1機がバシー海峡上空で計器故障を起こし,僚機とともに計2機で台湾の台南空軍基地に緊急着陸した。翌2日にはアメリカ空軍のC-130輸送機が部品と整備要員を届け,同日中にF/A-18C戦闘機2機とともに嘉手納へ戻った。アメリカ軍機の飛来は2009年以来である。今回の事態に対して,中国は不満を表明し,台湾とアメリカは「緊急措置」と釈明したが,台湾の与野党の政治家や識者の多くは「米台関係の緊密さが証明された」と歓迎した。

5月には台湾の海軍陸戦隊幹部がアメリカ太平洋軍主催の各国の水陸両用部隊指揮官による会合(17~19日)に参加し,ハワイで行われたアメリカ太平洋軍司令官の交代式(27日)にも台湾の李喜明海軍司令が招待された。6月2日にはアメリカ太平洋陸軍第25歩兵師団傘下の戦闘航空旅団と台湾陸軍航空特戦指揮部第601旅団が姉妹関係を結んだことが明らかにされた。そして,12月16日にはアメリカ国防総省が4年ぶりに台湾への武器売却を決定した。その総額は18億ドル,内訳はペリー級ミサイルフリゲート2隻,AAV-7水陸両用戦闘車36輌,近接防御火器システムなどの艦船用装備や地対空,地対地携帯ミサイルなどの追加供与にとどまった。台湾の与野党はこれを基本的に歓迎したが,新規に売却される武器や国産潜水艦建造への支援策がなかったため,不十分とする見方もある。

南シナ海問題

5月16日,台湾の外交部は「南海和平倡議」(南シナ海平和イニシアティブ)を発表し,各国に国連海洋法条約の順守と紛争の平和的解決を呼び掛けた。これは2012年に馬英九総統が提唱した「東海和平倡議」(東シナ海平和イニシアティブ)の南シナ海版であるが,今回は馬英九総統の言葉とされなかった。

台湾,とくに国民党政権は南シナ海全体に対する主権を主張してきた。中国も類似の主張をしているが,いずれも台湾へ移転する前の中華民国政府の方針を受け継いでいる。また,馬英九総統は「わが国が主権を唱えた当時に存在しなかった国連海洋法条約の遡及適用は不適切である」と主張してきた。

しかし,アメリカの元政府高官を含む識者からは「台湾の主張は中国の言動を正当化しかねない」と懸念も示されてきた。今回のイニシアティブの発表にはこうした懸念に応えて,挑発行動を繰り返す中国と一線を画す姿勢を見せるねらいがあったと思われる。アメリカ国務省は今回の発表直後に歓迎の意を表明した。

ただし,馬英九政権はフィリピンが南シナ海問題について中国を常設仲裁裁判所(PCA)に訴えたことを警戒している。国連海洋法条約は締約国以外の「政治実体」にも同条約に基づく訴訟への参加を認めており,台湾の外交部は訴訟事案の関係者として仲裁の傍聴をPCAに申請したが,却下された。10月29日にPCAが訴訟の受理を決定すると,台湾の外交部(31日)と行政院(11月3日)は台湾を排除した仲裁の実施や,「台湾が実効支配する太平島は島でなく,岩礁」としたフィリピンの弁論を非難した。馬英九総統は太平島を視察し,台湾の立場を誇示する意向であったが,アメリカによる自粛の要請を受けて,年内は陳威仁内政部長や王崇儀海岸巡防署長(沿岸警備隊長官)を同島に派遣する(12月12日)にとどめた。

中国による台湾海峡での新航空路設置

1月12日,中国は台湾海峡上に新航空路を設置し,3月5日より運用すると発表した。しかし,新航空路は台湾側の台北飛行情報区を通り,台湾本島と金門や馬祖を結ぶ台湾の国内航空路とも近接,交差する。とくにM503航空路は台湾の防空識別圏である台湾海峡中間線から最短4.2マイルで並行する。また中国の3都市からM503へ接続する航空路(W121,W122,W123)を飛ぶ民間機と中国軍機の区別も難しい。台湾の交通部民用航空局は中国側の新航路設置を非難し,軍報道官も「接近する不明機は迎撃し,追い払う」と警告した。立法院も16日に政府に中国側への抗議を求める与野党共同声明を採択した。中国側は航空当局間の協議に応じたが,中国側の航空路の過密状態に理解を求めるにとどまった。

2月4日に発生した台北松山発,金門行き復興航空(トランスアジア航空)235便墜落事故で中国人搭乗客28人が死亡した。当初,同事故の処理を優先し,7日の予定であった中国の張志軍国務院台湾事務弁公室(国台弁)主任の金門島訪問や王郁琦大陸委員会主任委員との会談が延期されたと発表された。しかし,王郁琦主任委員の辞任後の25日,夏立言大陸委員会主任委員は新航空路問題が会談延期の理由であったと認め,26日には曽大仁交通部政務次長が「M503航空路の供用が強行されるなら,必要に応じて空軍に迎撃を要請する」と述べた。

結局,中国側は3月2日にM503航空路を6マイル移動し,台湾海峡中間線から10.2マイル離したうえで,国内便に供用しないこと,沿岸都市からM503へ接続する3航空路の事実上撤回など譲歩案を示した。台湾側もこれを受け入れ,中国は3月29日からM503を香港・マカオ便を含む国際便に供用した。ただし,台湾国内では民進党など野党が中国との合意を批判した。

アジアインフラ投資銀行への参加問題

台湾政府はAIIB設立の動きに関心を持っていたが,当初は加盟を急いでいなかった。毛治国行政院長も3月20日に「中国から招待されれば,検討する」と立法院で答弁していた。ところが,馬英九総統は24日,中国海南島でのボアオ・アジア・フォーラムに参加する蕭萬長・前副総統にAIIB加盟の意思を中国側へ伝えるよう依頼し,アメリカにもその旨を通知した。蕭萬長・前副総統は両岸共同市場基金会栄誉董事長(名誉理事長)として28日に海南島を訪問し,中国の習近平国家主席との会談(蕭習会談)でAIIB加盟の希望を伝えた。馬英九総統は30日に国家安全ハイレベル会議を招集し,「中華台北」(Chinese Taipei)名義でのAIIB加盟申請を決定,31日に加盟意向書を中国の国台弁に送付した。この急展開の背景には加盟を希望する先進国が相次いだことがある。馬英九総統は3月末に迫った創設メンバー入りの期限までに申請すれば,AIIB設立協定の交渉に参加し,他国と対等な地位を獲得できると考えた。

中国の馬曉光国台弁報道官は4月1日に「適切な名義での参加を歓迎する」と述べたが, AIIB事務局は13日に「設立協定の制定時に考慮する」と台湾の創設メンバー入りを否定した。馬英九総統も4月1日時点で創設メンバー入りの見通しが薄いと認めたが,「加盟を諦めない」と述べた。中国の朱光耀財政部副部長は19日に「『経済実体』として加盟できる」と述べ,6月29日に公表されたAIIB設立協定案はアジア開発銀行のメンバー(第3条2項)と香港など従属領域(同3項)に異なる加盟資格を示した。しかし,台湾の扱いは定まらず,手続きも進まなかった。毛治国行政院長は4月27日,「名義を『中国台北』に変更され,香港と同様に扱われるなら,加盟しない」と立法院で答弁し,財政部や大陸委員会も第3条2項による加盟を主張した。しかし,野党や与党の王金平立法院長は馬英九政権にも不信感を示し,安易な妥協を避けるよう求めた。

シンガポールのリー・クアンユー元首相死去に伴う弔問外交

3月24日,馬英九総統は23日に死去したシンガポールのリー・クアンユー元首相の「遺族による追悼行事」に参加するため,同国を日帰りで訪問した。ただし,シンガポール側は馬英九総統の職名を隠さず,元首相の遺体を安置した同国大統領府に招き入れた。「遺族」であるリー・シェンロン首相は馬英九総統と会談し,中台首脳会談の実現に協力する意向を確認したといわれる(後述)。

29日の国葬には「故人の友人」として副総統経験者の連戦と蕭萬長,行政院長経験者の郝柏村と蘇貞昌が招待された。蘇貞昌はシンガポール軍の訓練の受け入れ先である屏東県の元県長で,民進党内では珍しく,リー元首相と交友があった。

中国側は「リー元首相は『一つの中国』原則を遵守してくれた。今後も同国が同原則を遵守すると信じる」とコメントし,今回の弔問外交を容認した。

なお,台湾ではリー元首相の業績に対する賞賛のほか,独裁的な政治手法への批判や李登輝・元総統や民進党の「独立路線」を批判したことへの反発もある。当の李登輝・元総統は追悼の電報を送ったと明かしたうえで,「リー元首相の『アジア的価値』は中国皇帝の家父長主義に似ている」と評した。

中国側との公式会談

5月23日,中国の張志軍国台弁主任が台湾側の金門島に来訪し,夏立言大陸委員会主任委員との公式会談(第3回両岸事務首長会議)を行った。会談では台湾側が中国によるM503航空路の設置や,台湾を「中国国内」として扱う国家安全法の制定を批判したものの,次回「両岸ハイレベル会談」の早期開催や関係進展の継続が確認された。また,中国から金門島への飲料水の輸入,密漁や砂利の違法採掘,そのほかの越境犯罪について協議した。

8月には海峡交流基金会(台湾側の窓口機関)の林中森董事長(理事長)が中国の福建省福州市を訪問し(25~26日),中国側の窓口機関,海峡関係協会の陳徳銘会長との「第11回両岸ハイレベル会談」において二重課税防止協定,航空飛行安全および航空基準協力協定を締結した(25日)。なお,懸案の物品貿易協定の締結や駐在機関の相互設置の合意には至らなかった。

10月には夏立言大陸委員会主任委員が中国の広東省を訪問し(13~15日),張志軍国台弁主任との公式会談(第4回両岸事務首長会議)を行った(14日)。台湾側は中国側の発行する「台湾居民来往大陸通行証」のICカード化について,台湾世論には「事実上の住民登録証として機能し,台湾人を中国人として扱う第一歩になる」と懸念されていると伝えた。また,中国人旅行客が台湾の空港で第三国に向かう航空便への乗り換えを行うこと(陸客来台中転)の解禁を求めたが,中国側は「検討する」との回答にとどまったとのみ発表された。しかし,実際は14日夜に秘密会談が急遽行われ,中国側は第三国における中台首脳会談の早期開催を強く要望し,台湾側によるシンガポールでの開催案にも前向きな姿勢を示した。中国側は後日,旧指導部を含む要人への根回しを済ませたうえで,正式な受諾の意向を台湾側に伝えたという。

初の中台首脳会談

11月7日,馬英九総統はシンガポールを訪問し,同国を訪問中の中国の習近平国家主席と初の「首脳会談」を行った。ただし,正式には「両岸領導人会面」(両岸指導者会合)とされ,両首脳は互いの肩書を用いず,「さん」づけで呼び合った。会談自体も「1992年コンセンサス」など従来の経緯を確認するにとどまった。後日,馬英九総統は「首脳会談は中国側が2013年に提案し,今回の実現も中国側の強い要望があった」と明らかにした。

唯一の成果は双方の関係事務閣僚間における「両岸ホットライン」設置の合意である。12月30日には夏立言大陸委員会主任委員と張志軍国台弁主任が電話会談を行い,首脳会談の成果をアピールした。しかし,2016年1月の総統選挙直後は中国側に繋がらなかったと報じられ,実際は「ホットライン」が事務レベルの事前調整を必要とすることが明らかになった。なお,中国側は2016年1月5日に中国人旅行客が台湾で第三国行き航空便に乗り換えることを解禁すると発表し,これも「首脳会談の成果である」と喧伝した。

日本との関係

1月14日に日台漁業者会合が開催され,漁業協定で台湾側に開放された日本の排他的水域での操業規則の見直しが議論された。日本側は操業する船の間隔を4カイリに広げる案を主張したが,台湾側は拒否した。3月の日台漁業委員会第4回会合(6,7日)でも全海域での日本側規則の適用は実現せず,どちらか一方の規則を適用する海域の設定や昼夜で双方が操業を交代する海域の拡大にとどまった。

4月には台湾側の日本産食品に対する輸入規制の強化に日本側が反発した(詳細は「経済」を参照)。台湾側では王金平立法院長が4月の訪日時に,千葉県の食品検査施設を視察して「科学的根拠が輸入解禁の根拠になる」と日本側の取り組みに理解を示した(8日)一方,馬英九総統が規制の撤回を拒んだ。

台湾の外交部,総統府は8月の台湾にも言及した安倍首相の戦後70年談話や,9月の集団的自衛権に関する安保法案成立を歓迎するなど,未来志向の対日姿勢を見せた。ただし,慰安婦問題は例外である。馬英九総統は5月に元慰安婦と面会し,安倍談話発表後には「慰安婦への言及がない」と不満を示した。また,6月に慰安婦記念館の建設に言及したが,10月には建設予定の国家軍事博物館で関連する展示を行うとも発言した。12月の慰安婦問題に関する日韓合意は台湾側を驚かせた。沈斯淳駐日代表は情報を把握しておらず,帰国休暇中であった。29日,馬英九総統や林永楽外交部長は台湾の元慰安婦にも謝罪と賠償を要求し,沈斯淳駐日代表は30日に休暇を切り上げ日本に戻った。

このほか,日本政府は4月29日に許水徳・元亜東関係協会会長,江丙坤台日商務交流協進会理事長(東京スター銀行会長,前海峡交流基金会董事長)ら3人,11月3日に彭栄次・前亜東関係協会会長ら4人,合計7人への叙勲を発表した。とくに許水徳氏は台湾人として初めての旭日大綬章を受勲した。また,11月25日と26日には東京で第40回日台貿易経済会議が開催され,交流協会の大橋光夫会長と亜東関係協会の李嘉進会長が二重課税や脱税の防止に関する「日台民間租税取決め」「日台競争法了解覚書」「日台防災実務協力覚書」の3つに署名した。

2016年の課題

1月16日の総統選挙では民進党の蔡英文候補が圧勝し,同日の立法委員選挙でも民進党が初めて過半数議席を獲得した。2月1日には蔡英文新総統の元側近である蘇嘉全が立法院長に選出され,国会審議の透明化に取り組むと表明した。蔡英文新総統は5月20日に就任予定である。一方,朱立倫国民党主席と毛治国行政院長は選挙直後に辞意を表明した。新行政院長には張善政行政院副院長が就任した(2月1日)。3月には国民党主席選挙が行われ,当初の総統候補であった洪秀柱・前立法院副院長が外省人党員の支持を集めて,当選した。

経済では,行政院主計総処が2月17 日,2016年の実質成長率を1.47%,消費者物価指数の上昇率を0.69%とする予測を公表した。この予測では財輸出が前年の影響を引き続き受けて,マイナス2.78%になることが低成長の要因とされている。ただし,固定資産投資は前年の1.52%から2.57%に改善し,とくに政府投資は景気刺激策の実施により前年のマイナス4.28%から6.34%へ大幅に改善すると予測している。政権交代後の経済政策がどのようなものになるか,注目すべきであろう。

対外関係では蔡英文・新政権の発足後,中国との関係に変化が生じる可能性がある。蔡英文・新総統は日本やアメリカ,ASEAN諸国との連携を重視し,環太平洋パートナーシップ(TPP)加盟を目指す一方,中国の影響力が強い東アジア地域包括的経済連携(RCEP)には距離を置く。しかし,TPP参加国であるアメリカは従来から台湾に農産品の輸入自由化や安全規制の緩和を求めてきた。食品の安全に敏感な国内世論をどう説得するのか,蔡英文・新総統の手腕が試されるだろう。

(竹内:地域研究センター)

(池上:在台北海外調査員)

重要日誌 台湾 2015年
  1月
1日 駐米代表公邸,中華民国国旗を掲揚。米台断交後初めて。
5日 法務部矯正署,陳水扁・前総統の釈放を決定。
7日 立法院,台湾高速鉄路社のBOT条件見直しに関する交通部の提案を否決。葉匡時交通部長,辞意表明(13日,退任)。24日,陳建宇・同部政務次長が同部長に昇格。
12日 中国,台湾海峡中間線付近にM503など新航空路を設置すると発表。台湾側,抗議。
14日 日台漁業取り決めに基づく操業ルールを議論する漁業者会議,開催(~15日)。物別れに終わる。
17日 国民党主席選挙で,朱立倫新北市長が当選(19日,就任)。
21日 朱立倫国民党主席,同党中央常務委員会にて王金平立法院長の党籍剥奪処分に関する訴訟(以下,王金平党籍訴訟)を放棄すると表明。
24日 李四川行政院秘書長,国民党秘書長就任のため辞任。後任には簡太郎・前政務委員が就任。
27日 総統府,厳明国防部長が一身上の理由で辞任し,高廣圻参謀総長が後任に就任すると発表。
29日 管中閔国家発展委員会主任委員,辞意表明。2月4日退任。以降,杜紫軍政務委員が同職を兼任。
29日 第7回両岸経済協力会議,台北で開催。
29日 中央銀行,日本円の即時グロス決済開始。
  2月
4日 金門行き復興航空235便,台北松山空港を離陸直後に墜落。43人が死亡。2014年の澎湖島での墜落事故と同一会社,同型機。
10日 台北地検,張顯耀・前大陸委員会副主任委員の秘密漏洩容疑を不起訴処分に。王郁琦大陸委員会主任,これに不満を表明し,辞意表明(16日,退任)。後任には夏立言国防部軍政副部長が就任。
10日 台北地方法院検察署,2014年3月の立法院占拠に関わった学生ら延べ119人を起訴。
11日 高雄監獄(刑務所)で竹聯幇(外省人系暴力団)元幹部ら受刑者6人が刑務所長らを人質に取り,立てこもる。12日に受刑者6人が自殺。
12日 楊進添総統府秘書長と金溥聡国家安全会議秘書長,退任。楊進添の後任には曽永権・前国民党秘書長,金溥聡の後任に高華柱。元国防部長が就任。
12日 台北高等行政法院,教育部による高校社会科要綱の「微調整」につき審議過程の公開を命じる1審判決を下す。
14日 蔡英文民進党主席,総統選挙への出馬を表明。
20日 蔡正元立法委員に対する罷免の是非を問う投票,実施。賛成が97%を占めたが,投票率が低迷し,罷免は成立せず。
25日 国民党,王金平党籍訴訟の放棄を正式決定。馬英九総統,これを非難する声明を発表。
28日 228事件記念式典で,同事件遺族でもある柯文哲台北市長が馬英九総統との握手を拒否,後に「手が汚れていたため」と釈明。
  3月
2日 中国,台湾海峡上の新航空路M503を中国側へ6㍄移すことに同意。
6日 日台漁業委員会第4回会合(~7日),日台漁業協定に関する操業ルールの暫定改正で合意(7日)。
24日 馬英九総統,シンガポールのリー・クアンユー元首相を追悼するため同国を訪問。リー・シェンロン首相と会見,同日夜に帰国。
24日 衛生福利部食品薬物管理署,日本産食品に産地偽装が見つかったと発表。
25日 最高法院,王金平党籍訴訟の国民党側控訴を棄却し,王金平側の勝訴が確定。
28日 蕭萬長・前副総統,両岸共同市場基金会栄誉董事長(名誉理事長)の名義でボアオ・アジア・フォーラム参加のため訪中。中国の習近平国家主席と会見し,台湾のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加希望を表明。
29日 中国,新航空路のうちM503のみ供用を開始。
29日 連戦・元副総統,蕭萬長・前副総統,郝柏村,蘇貞昌・元行政院長,シンガポールでリー・クアンユー元首相の国葬に参列。
30日 馬英九総統,国家安全ハイレベル会議を招集,AIIB加盟を申請すると決定。31日に加盟意向書を中国側に送付。
  4月
1日 アメリカ海兵隊のF/A-18C戦闘機,計器異常のため台南空軍基地に緊急着陸。
6日 王金平立法院長ら与野党立法委員団,訪日(~9日)。日本の与野党要人と面会のほか,千葉県の食品検査施設を視察。
15日 民進党,蔡英文同党主席を2016年選挙での総統候補に公認。
21日 那覇港管理組合,台湾港務公司とMOU締結。
22日 馬英九総統,9月に任期満了となる大法官4人の後任を指名。
29日 岸信夫・元外務副大臣ら自民党議員団,来訪。30日には野田佳彦前総理ら民主党議員団,来訪。それぞれ,馬英九総統,王金平立法院長,蔡英文民進党主席らと会見。
29日 日本政府,許水徳・元亜東関係協会会長(元駐日代表),江丙坤・前海峡交流基金会理事長ら台湾人3人を叙勲。
  5月
2日 朱立倫国民党主席,訪中(~5日)。両岸経済貿易文化フォーラムに出席(3日),習近平中国共産党総書記と会談。
8日 台北市廉政透明委員会,馬英九総統(当時の市長)と李術徳元財政部長(元台北市財政局長)が台北ドーム(台北文化体育園区)の工事発注で遠雄集団に便宜を図ったとの報告書を発表。
10日 レイモンド・バッガード米国在台湾協会(AIT)理事長,来訪(~15日)。馬英九総統と会見(11日)。
15日 王金平立法院長,総統選挙への出馬を断念したとの声明を発表。
16日 外交部,「南シナ海平和イニシアティブ」を提唱。
23日 中国の張志軍国務院台湾事務弁公室(国台弁主任),金門島に来訪。夏立言大陸委員会主任委員と会談(第3回両岸事務首長会議)。
26日 中国信託金融ホールディングス,中国の中信銀行から3.8%の出資受け入れを発表。また,傘下の中国信託商業銀行,中信銀行傘下の中信銀行国際の全株式を取得,完全子会社化へ。
29日 蔡英文民進党主席,訪米(~6月9日)。
31日 チャールズ・リブキン経済商務担当米国務次官補,来訪(~6月3日)。馬英九総統と会談(6月1日)。
  6月
3日 馬英九総統,クリストファー・マルートAIT台北事務所長を叙勲。
3日 アメリカ商務省,台湾製めっき鋼のダンピング調査実施を明らかに。
12日 立法院,4人の大法官人事案を承認。
14日 洪秀柱立法院副院長,国民党2015年総統選挙初選を通過。17日,国民党中央常務委員会が正式に公認を決定。
22日 ミャンマー政府,駐台北貿易弁事処を開設。
27日 新北市の八仙水上楽園(プールなどのレジャー施設)で粉じん爆発事故。500人が死傷。
30日 中国,AIIBの設立協定と創設メンバーを公表。台湾は創設メンバー入りできず。
  7月
1日 戦闘機の抗日戦勝記念塗装の問題が報じられる。
10日 苗栗県の徐耀昌県長,財政危機のため行政院に支援を要請。
11日 馬英九総統,アメリカ,ドミニカ,ハイチ,ニカラグアを訪問(~18日)。
13日 教科書改訂に反対する学生グループ,教育部国民及学前教育署台北弁公室への侵入を試みる。
15日 行政院,「地方財政規律控管機制」(財政危機の自治体に対する介入方針)を発表。
19日 クェール元米副大統領,来訪(~21日)。蔡英文民進党主席(20日),洪秀柱立法院副院長,馬英九総統(21日)らと会談。
22日 苗栗県,行政院の財政支援とその条件を受け入れると表明。
22日 李登輝・元総統,訪日(~26日)。
23日 教科書改訂に反対する学生グループ,教育部の敷地を占拠。一部は庁舎に侵入。
30日 日本医師会,中華民国医師公会全国連合会および医療NGO台湾路竹医療和平会と災害発生時の相互協力協定締結。
  8月
4日 呉思華教育部長,教科書改訂に反対する学生グループの代表らと会談。改訂の撤回を拒否し,対話は決裂に終わる。
4日 監察院,議長選挙での不正に抗議するため市議会への出席を拒否している頼清徳台南市長への弾劾案を可決。
6日 宋楚瑜親民党主席,総統選挙出馬を表明。
6日 教科書改訂に反対する学生グループ,台風接近のため,教育部敷地から退去。
8日 台風13号,台湾本島に上陸し,横断。12人が死亡・行方不明,約450万世帯が停電,街路樹数万本が倒れるなどの被害を出す。
13日 経済部,半導体メーカーの中国での工場建設の規制緩和発表。
13日 東京ガス,台湾中油と戦略的相互協力に関する協定締結。
14日 安倍総理,戦後70年談話のなかで中国や韓国より先に台湾に言及。
18日 2015年台北・上海都市フォーラム,中国の上海市で開催。柯文哲台北市長が出席。
24日 第11回両岸ハイレベル会談(~26日),中国の福建省福州市で開催。25日に両岸租税協定などに調印。
28日 労働部,東南アジア出身家事・介護労働者の賃金引き上げを発表。
30日 嘉義県朴子市で鳥インフルエンザの感染確認。
  9月
1日 連戦・元副総統,中国の習近平国家主席と会談,中国の抗日戦争記念軍事パレードを参観(3日)。
4日 台南市,デング熱流行対策会議を開催。行政院も関係省庁会合を開催。
7日 漢光31号実戦演習(中国軍の侵攻を想定した総合軍事演習,~11日)。
10日 工研ブランドの食用酢,調味料の賞味期限改竄が発覚。
10日 台湾証券取引所,東証株価指数(TOPIX)関連の上場投資信託2銘柄上場。
14日 行政院,デング熱中央疫情センターを設置。
16日 中央選挙委員会,2016年の総統,立法委員の選挙を告示。
21日 中国,通称「台胞證」(台湾人の中国訪問用通行証)をカード式に変更。
25日 大法官会議(憲法法廷),強制収用された土地の目的外利用をめぐる「美河市」訴訟につき,収用の根拠法令を違憲と判断。
25日 中央銀行,政策金利を0.125㌽引き下げて1.75%へ。
  10月
6日 蔡英文民進党主席,訪日(~9日)。山口県と東京で日本の与野党関係者と面会。
7日 国民党中央常務委員会,臨時全国代表大会の17日開催を決定。
13日 夏立言大陸委員会主任委員,訪中(~15日)。中国の張志軍国台弁主任と会談(14日)。
17日 国民党臨時全国党代表大会を開催。朱立倫同主席を総統候補に指名,洪秀柱立法院副院長への公認を撤回。
19日 中華民国銀行公会,日本の全国銀行協会と覚書締結。
20日 みずほ銀行,台湾銀行と業務協力覚書締結。
25日 馬英九総統,「台湾光復70周年記念行事」に参加。
30日 黄敏惠国民党副主席,朱立倫同主席の代理として訪日。在日華僑の支持集会に出席(11月1日)。
30日 行政院,省エネ節水など4分野での景気刺激策を発表。
  11月
6日 台北市日本工商会,台湾政府に対して白書提出。
7日 馬英九総統,シンガポールを訪問。中国の習近平国家主席と会談。
11日 朱立倫国民党主席,訪米(~16日)。
16日 蔡英文民進党主席,陳建仁中央研究院副院長を副総統候補に指名。
17日 柯文哲台北市長,2020年までに台北松山空港の機能を桃園空港へ移転と発言。
18日 朱立倫国民党主席,王如玄・元労工委員会主任委員を副総統候補に指名。
25日 交流協会と亜東関係協会,第40回日台貿易経済会議を開催(~26日)。日台租税取り決め,日台競争法了解覚書,日台防災実務協力覚書を締結(26日)。
27日 彰化地方法院,2014年に発生した飼料用油などを混入した食用油を製造,販売した事件の被告に対し無罪判決。
30日 国防部,10月に中国で服役していた台湾軍の諜報員が釈放されたことを発表。
30日 中国の陳徳銘海峡両岸関係協会,来訪(~12月6日)。台湾側の要人,企業関係者と面会。
  12月
1日 台湾高速鉄道(台湾新幹線)に苗栗,彰化,雲林の新3駅開業。
3日 行政院,外国人雇用規制の緩和決定。
9日 王如玄副総統候補,記者会見で軍人用マンションの転売で違法行為はないと釈明。また,その売却益を寄付すると表明。
9日 行政院公平交易委員会,コンデンサー企業10社に対してカルテル認定し,課徴金を科すと決定。
12日 陳威仁内政部長と王崇儀海岸巡防署長,南シナ海の太平島を訪問。
16日 アメリカ国防総省,台湾への武器売却を決定,議会に通知。
17日 中央銀行,政策金利を0.125㌽引き下げて1.625%へ。翌18日実施。
25日 総統候補による政見放送,放映。
25日 郝柏村・元行政院長,保守派の「新同盟会」主催の「護憲救国大会」で「新党こそ,正当な国民党」と発言。
26日 副総統候補テレビ討論会,開催。
27日 総統候補テレビ討論会,開催。
29日 故宮博物院南院区,暫定開業。
29日 馬英九総統,日本に元慰安婦への賠償と謝罪を求めると発言。
29日 チャイナエアライン,陽明海運,中華郵政,提携覚書締結。

参考資料 台湾 2015年
①  国家機構図(2015年12月末現在)

(出所) 行政院(http://www.ey.gov.tw/),監察院(http://www.cy.gov.tw/)および司法院(http://www.judicial.gov.tw/)ウェブサイトを参照。

②  国家機関要人名簿(2015年12月末現在)
③  主要政党要職名簿(2015年12月末現在)
④  台湾と外交関係のある国(2015年12月末現在)

主要統計 台湾 2015年
1  基礎統計
2  支出別国内総生産および国民総所得(名目価格)
3  産業別国内総生産(実質:2011年価格)
4  国・地域別財貿易
5  国際収支
6  中央政府財政(決算ベース)
7  産業別対中投資
 
© 2016 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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