アジア動向年報
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各国・地域の動向
2015年のASEAN ASEAN共同体の設立を宣言
鈴木 早苗
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2016 年 2016 巻 p. 207-220

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2015年のASEAN ASEAN共同体の設立を宣言

概況

2015年のASEANは,11月の首脳会議でASEAN共同体の設立が宣言されたことが注目された。ただし,ASEAN共同体を構成する政治安全保障共同体と経済共同体,社会文化共同体の今後10年間,2025年までの青写真が発表されたことから,2015年はひとつの「通過点」と位置づけられているようである。2025年までの青写真では,「人々中心の(people-oriented)ASEAN」の実現や組織の強化を目指す姿勢が強く打ち出されている。

政治安全保障の分野では,南シナ海の領有権問題で実効支配を進める中国に対して,ASEANが非難を強める傾向がみられた。そのほか,人の移動についての取り組みが注目される。ミャンマーからロヒンギャ民族が大量に近隣諸国に流出したことを受けて,ASEANの緊急会議が開かれた。また,とくに女性・児童を対象にした「ASEAN人身取引防止条約」が署名された。

経済の分野では,サービスの自由化で協力が遅延している一方,ASEAN諸国による初の財務大臣・中央銀行総裁会議が開かれるなど,金融協力が進展した。

域外関係では,ASEAN諸国と日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,インドが参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉が遅延し,交渉妥結期限を2016年末に延長することとなった。

政治安全保障協力

南シナ海問題

一部のASEAN諸国と中国が領有権を争っている南シナ海問題について,依然として解決の糸口が見い出せないなか,中国による実効支配が進んでいることに対して,中国への非難を強めるASEANの声明が発表された。

4月の首脳会議では,中国の岩礁埋め立て行為に対して,フィリピンが強く抗議したのを受けて,「南シナ海においてなされている埋め立て(land reclamation)について複数の首脳から表明された懸念を共有する」という文言を含む議長声明が発表された。同様の文言は,8月の外相会議の共同声明にもみられる。さらに,11月の首脳会議では,議長声明で「軍事施設の増加とさらなる軍事拠点化の可能性に対して表明された懸念を共有する」という文言がみられる。中国の南シナ海での活動が活発化しはじめた2011年以降,ASEAN諸国は首脳会議および外相会議の共同声明や議長声明で「最近の動きに対して懸念を表明する」といった文言で間接的に中国に対してメッセージを発してはいた。2015年は,さらに踏み込んで,埋め立てや軍事化といった文言で具体的に中国の行動を非難したといえる。

こうした変化の背景には,中国に対して穏健的な態度で臨んできたマレーシアやインドネシアが中国の行動に警戒を強めるようになったことがある。マレーシアは議長国として,議長声明や共同声明を作成する際,フィリピンなどの対中強硬派の意見を取り入れることを決めた。インドネシアは,外相会議においてなかなか策定が進まない「行動規範」について,策定期限を設けるべきだと提案している。

南シナ海において軍事的緊張が高まることはASEAN諸国だけでなく中国も望んでいない。そのため,ASEAN諸国と中国は紛争予防に向けて互いに取り組みを行おうとしている。5月,インドネシアは中国とASEAN諸国による海域の共同パトロールを提案した。この動きに対し,10月,ASEAN諸国と中国の国防大臣会議において中国は,ASEAN諸国と合同訓練を実施することを提案している。また,7月と10月には中国の天津と成都で,「行動規範」に関するASEANと中国の高官会議が開かれた。会議では目立った進展はみられなかったが,「行動規範」策定に向けた作業計画が承認され,策定作業グループを早期に設置することが合意されるなどの動きもみられている。

中国はASEAN諸国に対し一定の歩み寄りをみせる一方で,アメリカなどの域外国や国際的な動きに対して強硬な態度を堅持しており,このために南シナ海問題の解決が遅延している側面がある。8月,アメリカは中国に対し,(1)埋め立て,(2)施設などの建設,(3)軍事拠点化という3つ行為をやめるように提言した。この提言をフィリピンが支持するとして,ほかのASEAN各国にも同意を求めたため,ASEAN外相会議の共同声明の策定が長引いたとされる。また,アメリカは,中国が「領海」と主張する南シナ海の人工島12カイリ内の海域に駆逐艦を派遣し,航行の自由をアピールした。中国とアメリカは軍トップの会談を実施するなど事態の鎮静化に努めたが,両国の対立により,11月のASEAN拡大国防大臣会議(ADMMプラス)で予定されていた共同宣言の発表が見送られた。アメリカやオーストラリア,日本などが「南シナ海」と「航行の自由」を文言に入れるよう求めたのに対し,中国が反発したためである。

国際的な動きとしては,フィリピンが申し立てていた件について,常設仲裁裁判所の判断が示された。2013年1月,フィリピンは,中国の南シナ海での領有権の主張が国際法に反するとして同裁判所に審理を訴えており,2015年10月末,仲裁裁判所は,フィリピンの訴えを審理する権限があるとの判断を下した。この判断により,仲裁裁判所は,領有権については介入しないものの,中国の主張が国連海洋法に照らして妥当かどうかを審査するとみられる。今後,審理の結果が発表される予定であるが,中国は裁判所の判断や決定に従う意思をみせていない。

ASEAN国防大臣会議の活動

ASEAN国防大臣会議(ADMM)の活動が活発化している。2006年に設置されたADMMは,政治安全保障共同体の青写真で目標とされた総合安全保障の追求を中心的に担う組織である。具体的な取り組みには,紛争予防の側面が強い。たとえば,国防関係者の交流や意見交換,防衛政策の公開,人道支援や災害救助などである。また,ADMMを組織的基盤として,2010年にADMMプラスが設置され,アメリカや中国,日本とASEAN+1の国防大臣会議も開かれるようになった。

5月に開かれたADMMでは,増加傾向にある会議数を抑えるため,ASEAN+1の国防大臣会議は,ADMMプラスが開催されていない年に開くという方針が提示された。しかしながら,11月にADMMプラスが開かれたにもかかわらず,10月に中国とASEAN諸国の国防大臣会議が開かれている。したがって,会議数を減らすための方針は,あくまで基本原則としての位置づけだと考えられる。

このほか,5月のADMMでは,人道支援・災害援助においてASEAN各国軍の準備グループを発足させる合意が成立し,災害や危機の発生時に拠出可能な人員や資源を各国ごとに把握し,データベースを作っておくことや手続きを整備することなどが計画された。こうした合意の背景には,2005年に「ASEAN防災緊急対応協定」が締結され,加盟各国は人道支援や災害救助に提供可能な資源と能力を自主申告することになったことがある。軍の役割としては,緊急搬送や避難所の設置,医療サービスなどが想定されている。2013年には,シンガポールとブルネイの共催で防災と防衛医学の共同訓練が実施された。関連して,2015年5月のADMMでは,防衛医学ASEANセンターの設置も合意されている。同センターの設置は ADMMでの合意として発表されているが,合意の中身は,ADMMプラスの専門家による作業部会で検討されたものである。つまり,防衛医学に関する取り組みには,当初から域外諸国の協力が前提となっている。

人の移動に関する取り組み

2015年は,人の移動に関する協力が注目された。人の移動は,労働者の移動,人身取引,難民などさまざまな形態をとる。ASEAN共同体のなかでも経済共同体では熟練労働者の移動が奨励される一方,社会文化共同体ではその多くが非熟練労働者である移民労働者の待遇について取り組みがなされている。一方,政治安全保障共同体では人身取引など,越境犯罪に絡む人の移動にどう対処するかが課題となっている。

第1に,5月,ミャンマーのロヒンギャ民族が大量にインドネシアやマレーシアなどに流出した問題に関してASEANの対応が注目された。ロヒンギャ民族は,ミャンマーで国籍を与えられず不法移民として迫害を受けており,たびたび周辺諸国へ逃亡している。今回の流出の背景には,タイ政府が人身取引業者を一斉摘発した結果,業者によって放置されたロヒンギャの人々が漂流して,マレーシアなどに移動したことがある。ロヒンギャ民族はマレーシアで1000人以上保護され,最大7000人の漂流が確認された。国連によると,インドネシアなどの沿岸国に4000人が上陸したとされる。

タイは,ロヒンギャ民族の移動を人身取引問題としてASEANで取り上げるべきだと提案した。この提案を受けて,マレーシアの呼び掛けで,マレーシア・タイ・インドネシアの3カ国外相が会談し,必要な措置として,人々の移動の根本原因の追究と人道支援の実施,国際社会への支援呼び掛けで合意するとともに, ASEANの緊急会合の開催を提案することで合意した。

緊急会合は,「東南アジアにおける非正規の人の動きと越境犯罪に関する緊急ASEAN大臣会合」(Emergency ASEAN Ministerial Meeting on Transnational Crime concerning Irregular Movement of Persons in Southeast Asia)という名称で,治安・警察担当閣僚が出席し,7月に開かれた。会合では,人道支援を目的とした基金を創設することが合意された。一方,会合後に発表された議長声明は,ロヒンギャ民族に言及せず,また,その移動を難民ではなく,あくまで非正規の人の移動であること,さらに,こうした移動と人身取引との関連性を強調した。ロヒンギャ民族は人身取引の被害者であることは確かだが,人身取引の被害者となる背景にはミャンマー政府による同民族への迫害がある。しかし,会合後の声明は,ミャンマー政府に配慮した内容のものとなった。

関連して,第2に,人身取引対策に関する協力が注目される。10月の越境犯罪大臣会議では,越境犯罪対策に関するクアラルンプール宣言において,隔年で開催されてきた越境犯罪大臣会議を年次会合とすることや,協力の対象に動物・木材および人の密輸を加えることなどが発表された。さらに,11月の首脳会議では,とくに女性と児童を対象にした「ASEAN人身取引防止条約」が署名された。協定の目的は,女性と児童の人身取引を予防し,対策をとることであり,具体的には,人身取引業者の摘発と被害者の保護・支援である。ただし,協定第4条には,主権の平等と領土保全,内政不干渉原則の尊重が明記されているため,協定締結によって加盟各国がどこまで協力できるのかが問われる。

第3に,イスラーム過激派のテロ行為に対する方針が示された。1月の非公式外相会議でASEAN諸国はIS(「イスラーム国」)に対しテロ行為を非難するとともに,その対策を話し合う会議を開くことで一致した。イスラーム過激派への対策は,多くのイスラーム教徒を抱えるマレーシアやインドネシアにとって国内の治安上,重要なことである。また,フィリピン南部やタイ南部にもイスラーム過激派は引き続き存在する。11月には,フィリピンのイスラーム過激派グループ・アブサヤフがマレーシア人を殺害する事件が発生した。この事件を受けて,マレーシアのナジブ首相はテロ対策の必要性を改めて主張している。

4月の首脳会議では,「穏健派によるグローバルな運動に関するランカウイ宣言」が出され,急進化や暴力的な過激思想が紛争の火種になるという認識が示されるとともに,穏健路線および寛容さが重要な価値と位置づけられた。「穏健派によるグローバルな運動」は,2010年にマレーシアのナジブ首相が国連総会で演説した際に使った用語で,過激思想に対処するため穏健的な考え方を広めていこうというものである。2011年5月の首脳会議でASEAN諸国はこうした取り組みをASEANが国際的な貢献をなしうる分野として位置づけ,2012年4月には概念化に関する文書が出されている。マレーシアは発案国だったということもあり,今回改めてこの考え方の重要性をアピールしたとみられる。2015年3月にはクアラルンプールで,このテーマで国際会議が開催されている。つづいて10月には,「急進化および暴力的な過激思想の台頭に関する特別ASEAN閣僚会議」が定例の越境犯罪大臣会議の開催に合わせて開かれ,急進派や過激思想が拡大する背景や要因を分析するとともに,暴力的な過激思想への対策を強化することが合意された。

2025年までの青写真──政治安全保障

11月の首脳会議で,ASEAN共同体の今後10年間,2025年までの青写真(以下,青写真2025)が発表された。基本的な構造に変化はないものの,政治安全保障共同体については,2015年までの青写真(以下,青写真2015)と比較すると,以下のような特徴がある。

第1に,人々中心のASEANが強調されるようになった。たとえば,青写真2015では,「規範の共有とルールに基づく共同体」となっていた目標が,青写真2025では「ルールに基づく,人々中心のASEAN」となっている。ただし,この目標を実現するために計画された協力の内容については,民主主義,グッドガバナンス,法の支配,人権保障の推進など,それほど変化はない。

第2に,核不拡散体制の構築や海洋安全保障協力がより強調されるようになった。青写真2015でもこれらの協力分野は随所にみられるが,青写真2025では重点的に扱われている。とくに海洋安全保障については,ASEAN諸国は,ASEAN海洋フォーラム(AMF)や,AMFを基盤に東アジアサミット(EAS)加盟国が参加する拡大ASEAN海洋フォーラムを設置するなどして協力を進めてきた。しかし,南シナ海問題に端を発する緊張は続いている。そのため,さらなる協力が必要だとの認識が示されたものとみられる。

第3に,新たな目標として青写真2025では,ASEANの組織能力を強化することが追加された。具体的には,問題領域間の政策調整やそのための制度構築に取り組むことなどが計画されている。政治安全保障共同体は,加盟国間協力とともに,域外国との関係を深化させることによってその実現を目指そうという発想に基づいている。日本やアメリカ,中国などの域外大国のパワーバランスが変化するなかで,ASEAN主導の地域制度の優位性を維持していくためにはASEAN自身の組織能力を高める必要があるとの認識が共有されていると考えられる。2014年にはASEAN事務局とASEAN関連組織の機能強化のためのハイレベルタスクフォースが提言を提出しており,今後,提言に基づき組織改革がなされる予定である。

経済協力

経済共同体の進捗状況

2014年のASEAN全体の輸出額は1兆2924億ドルに達する。最大の輸出相手国は中国であり,EU,アメリカ,日本が続く。ASEAN域内貿易(輸出および輸入)は全体の24.1%を占めた。同年のASEAN域内への直接投資の流入額は1362億ドルで,このうちEUからがトップで21.5%,2位としてASEAN域内からの投資が17.9%を占め,日本(9.8%),アメリカ(9.6%),中国(6.5%)が続いている。

ASEAN経済共同体の進捗状況について,11月の首脳会議に合わせて発表された「ASEAN経済共同体2015―進展と主な成果―」によれば,2015年10月31日時点で優先措置506のうち469が実施され,達成率は92.7%となった。

物品貿易の自由化がほぼ完成した一方で,貿易円滑化のためのいくつかの措置は引き続き進行中である。通関手続きなどの窓口を一本化・電子化する取り組みであるASEANシングルウインドウ(ASW)については,実施のための法的枠組みに関する合意が財務大臣会議で成立した。また,加盟各国の貿易関連法令,関税率表,非関税措置等の情報を一元的に格納,10カ国でつなぐオンラインデータベースである「ASEAN貿易リポジトリ」の構築が進んでいる。関連して,貿易円滑化に関する包括的行動計画の策定に向け,ASEAN貿易円滑化合同委員会(ATF-JCC)を活用して民間セクターの参画を促すことが合意された。また,関税や非関税措置,国境を越えるサービス提供,投資制限措置などに関して,経済活動の現場で発生している問題を効率的に解決するため,「投資,サービスおよび貿易のためのASEANソリューション」(ASSIST)が設置された。この仕組みはオンライン窓口でビジネス界の苦情や要請を受け付けるものである。

投資に関しては,ASEAN投資協定(ACIA)においてブルネイ,インドネシア,ラオス,ミャンマーの留保リストの改定が完了した。競争力ある経済地域を目指す取り組みとして,これまでにASEAN加盟国中,8カ国が競争法の導入を完了,9カ国が消費者保護法の導入を完了している。

サービスの自由化に向けた努力を続けることも表明された。(1)越境取引,(2)国外消費,(3)業務拠点の設置,(4)人の移動という形態があるサービス貿易の自由化は,1995年の「ASEANサービス貿易枠組み協定」(AFAS)に基づいてなされている。ただし,金融サービスと航空運送は,経済大臣会議ではなく,財務大臣会議および交通大臣会議が担っている。サービス貿易自由化交渉は,WTOの「サービス貿易に関する一般協定」(GATS)と同様に,自由化約束表(パッケージ)に自由化対象分野や措置をリストアップする「ポジティブリスト方式」によってなされている。そのため,対象となる分野や措置は各国によってまちまちである。サービス貿易の形態のうち(3)の業務拠点の設置,いわゆるサービス分野の投資は2015年までに段階的に自由化していくことになっていたが,交渉は遅延している。

自由化交渉が遅延する理由のひとつは,脆弱な国内のサービス産業を外国企業から守りたいと考える加盟国が多いためである。争点のひとつは,外国出資比率制限の緩和をどこまで認めるかである。AFASの下で合意されている最終目標は,ASEAN加盟国資本に対して70%以上の出資比率を認めることである。出資比率51%まで認める交渉は当初の目標から2年遅れて2012年に達成された(助川成也「サービス貿易および投資,人の移動の自由化に向けた取り組み」,石川幸一・清水一史・助川成也編著『ASEAN経済共同体と日本』,文眞堂,2013年)。ASEAN諸国は,2015年末までに全10パッケージの署名を目指していたがその目標を達成できず,2015年11月にようやく第9パッケージが署名されたにすぎない。

サービスのなかで金融サービスは2020年を目処に自由化を進める予定である。3月にASEAN財務大臣・中央銀行総裁会議が初開催されたことは,金融サービスの自由化を進める組織的基盤が強化されたことを意味する。ASEAN諸国はすでに財務大臣会議と中央銀行総裁会議をそれぞれ定例開催しており,財務大臣・中央銀行総裁会議もASEAN+3の枠組みでは開催されてきた。3月の第1回ASEAN財務大臣・中央銀行総裁会議では,金融市場の自由化に向けて銀行の相互進出を加速化することが合意された。具体的には,2014年にASEAN諸国の中央銀行総裁によって署名されたASEAN銀行統合枠組み(ABIF)を基に二国間ベースで,両国で操業する銀行にASEAN認可銀行(Qualified ASEAN Banks)の資格を与えて,それぞれの国で自由に業務ができるようにする。今後は銀行への規制や監督体制に関する整備について協力を進める。

2025年までの青写真──経済

経済共同体について,青写真2025と青写真2015の違いは以下のとおりである。

第1に,政治安全保障共同体と同様に,人々中心のASEANが強調されている。青写真2015で「公平な経済発展」とされていた目標が,青写真2025では「強靭かつ包括的,人々中心のASEAN」となっている。この目標を達成するため,民間セクターの活用や官民協力などが強調されている。

第2に,新たな目標として,青写真2025で「連結性と分野別協力の強化」が掲げられ,交通分野など「連結性」が重視される多くの協力分野が紹介された。青写真2015の発表後,2010年に「ASEAN連結性マスタープラン」が発表され,物理的・制度的・人的連結性の強化を目指して各種インフラ開発や制度構築を目指す計画が盛り込まれた。インフラ整備などは青写真2015に盛り込まれていたものの,あまり重点的に扱われてこなかった。青写真2025では,重要な目標として連結性の強化が掲げられることになった。

第3に,青写真2025にはグッドガバナンスや効率的かつ責任ある規制環境といった協力項目が登場している。グッドガバナンスは政治安全保障共同体において扱われてきた概念だが,経済共同体でも登場するようになった。その背景には,ASEANの経済協定の遵守に必要な国内措置を予定どおりに実施するにあたって,関連省庁のガバナンスの強化が必要だという認識がある。

第4に,青写真2025では実施メカニズムにおいて,モニタリング機能を担うASEAN事務局の強化が掲げられた。経済共同体では,事務局がスコアカードという形でモニタリングを行っているが,こうした機能を強化することが提言されているといえよう。

なお,青写真2025の発表とともに,中小企業支援や科学技術と開発,農林水産業,エネルギー,競争政策,消費者保護,知的財産権,情報通信技術(ICT),交通分野,地域開発・貧困対策分野などの各協力分野の行動計画(2016~2025)も整えられつつある。また,青写真2025とは別に,2025年までを対象とした「ASEAN連結性マスタープラン」が2016年内に発表される予定である。青写真2025を大枠の目標としたうえで,具体的な協力はこうした個別の行動計画に沿って行われる。

域外経済関係

ASEAN諸国と日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,インドが参加するRCEPの交渉が遅延している。8月に第3回RCEP閣僚会議が開かれ,関税撤廃品目の範囲を示す自由化率を10年かけて80%以上とすることで合意した。同時に,年内の大筋合意に向けて作業を加速させることも合意された。しかし,交渉は遅れ,11月の首脳会議では,RCEP諸国が「2016年内の交渉完了を期待する」という共同声明を発表して交渉を翌年に持ち越すこととなった。交渉が遅延したのは,自由化に消極的な中国やインドの存在があったとみられる。

一方で,10月に環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は大筋合意に至り,アメリカ主導の自由化が動き出すことになった。TPPへは,ASEAN諸国のうち,ブルネイ,シンガポール,マレーシア,ベトナムが参加している。タイやフィリピンも参加の可能性を探っているとの報道があり,また,これまで不参加を表明してきたインドネシアが参加に積極姿勢をみせはじめた。TPPへの関心が高まっているなか,ASEAN諸国がRCEP交渉への積極姿勢を維持できるかが焦点となる。

12月,中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が発足した。6月の署名式ではタイ,フィリピン,マレーシアが署名を見送ったものの,最終的には創立メンバーとしての署名期限である12月までに全ASEAN加盟国が署名した。

2016年の課題

ASEAN共同体の構築に向けた取り組みは,2015年でひとつの大きな節目を迎えた。新たな課題のひとつとして青写真2025に盛り込まれたのが,ASEANの組織の機能強化である。政策調整や合意実施のモニタリングなどの機能を強化する計画だが,協力の深化に結びつくような組織改革がなされるかが焦点となる。また,「人々中心のASEAN」を具体的にどう実現していくのかについて加盟国の異なる意見を調整する必要がある。

政治安全保障では,引き続き南シナ海における緊張をどう緩和していくかが課題となる。「行動規範」の策定を進めるのと並行して,ASEAN諸国は,中国が緊張を高めるような行動をとらないように対話の強化と一定の約束事をしていく必要がある。同時に,アメリカなどの域外国の関与について一定の方針を示すことも求められる。

経済については,合意済みの自由化・円滑化措置を着実に実施する一方,加盟各国の地場企業への経済統合の悪影響をどのように緩和するのかといった協力を進めることが求められる。この点で,企業の意見をASEANの政策決定に反映させる仕組みを強化する方向性が示されているが,そうした仕組みがどの程度実効性を伴うのかが焦点となる。域外関係では,RCEP交渉の妥結が目下の目標となろう。

(地域研究センター)

参考資料 ASEAN 2015年
①  ASEANの組織図(2015年12月末現在)

(出所) ASEAN Charter, Annual Report 2014-2015,事務局ウェブサイトを基に筆者作成。

②  ASEAN主要会議・関連会議の開催日程(2015年)
③  ASEAN常駐代表(2015年12月末現在)
④  事務局名簿(2015年12月末現在)
 
© 2016 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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