2016 年 2016 巻 p. 321-348
2015年1月に発生した国家警察特殊部隊とイスラーム武装集団との衝突事件によって,モロ・イスラーム解放戦線(MILF)との和平プロセスが停滞した。ミンダナオ和平を任期中の最大の成果にしたかったベニグノ・アキノ大統領にとって,大きな痛手となった。
そのアキノ大統領は2016年6月末に任期満了で退任する。任期最終年となった2015年も支持率は総じて高く,議会ではアキノ大統領が所属する自由党を軸とした複数の政党による与党連合が多数派を形成し,長らく懸案となっていた法律をいくつか成立させた。その一方で,バンサモロ基本法案など可決に至らなかった法案も複数残った。汚職撲滅を掲げるアキノ政権下で,政治家や地方政府首長,それに中央・地方政府職員などに対する汚職追及が司法・捜査当局によって続けられている。そして2015年も終わりに近づくと,2016年大統領選挙の候補者が出そろった。
経済面では,実質GDP成長率が5.8%と前年より鈍化した。とはいえ,内需の拡大は加速しており,その強さは健在である。金融政策では動きがなく,フィリピン中央銀行が政策金利を据え置いた。インフラ整備や貧困対策などは,アキノ政権成立当初に期待されたほどには改善が進んでいない。すべて次期政権に課題として残された。
対外関係では1月にフランシスコ・ローマ法王が来訪し,11月にAPEC首脳会議がマニラで開催されるなど,国内で大きな外交行事があった。6月にはアキノ大統領が日本を国賓として訪問した。南シナ海領有権問題をめぐっては,同問題が付託されていたオランダ・ハーグの仲裁裁判所がフィリピン側の訴えの一部につき同裁判所の管轄権を認め,審理を開始した。
1月に発生した国家警察特殊部隊とMILFを中心とするイスラーム武装集団との衝突事件(ママサパノ事件,後述)は,死者67人を出す惨事となった。その国内における衝撃は大きく,アキノ大統領もその責任が問われた。そのため,大統領支持率は一時的に下がったものの,その後回復し,2015年12月の調査では58%であった(図1)。このように任期最終年まで高い支持率を維持しつづけた大統領は,1986年の民主化以降,存在しない。それだけに,ママサパノ事件によってMILFとの和平プロセスが停滞したことは,ミンダナオ和平を最大のレガシー(遺産)としたかったアキノ大統領にとって大きな痛手となった。
(出所) Social Weather Stations(http://www.sws.org.ph/)資料より作成。
アキノ大統領の高い支持率もあり,議会では与党優位な状態を維持しつづけた。上下両院議長はそれぞれアキノ大統領の所属政党である自由党(LP)から選出され,その自由党を中心に国民党(NP),民族主義国民連合(NPC),フィリピン民主の戦い(LDP),国民統一党(NUP),フィリピン民主党-民衆の力(PDP-Laban),それに左派政党などがゆるい連合を結成し,多数派勢力となっている。そうした状況を背景に,長年の懸案として繰り越されてきた法案で,アキノ大統領が早期成立を希望していたものが2015年にいくつか成立した。たとえば,7月に成立した競争法や内航海運(カボタージュ)改正法,そして12月に成立した優遇税制管理・透明化法などである。競争法は,20年以上も前から経済界によってその成立が望まれていた。公正な競争を維持するため,市場を監督する競争委員会を設置し,不正価格などを取り締まる。カボタージュ改正法は,それまで原則として国内船籍にしか認められていなかった貨物の海運輸送を外国船籍にも認めたものである。同法の成立によって海運コストの引き下げが期待されている。また,優遇税制管理・透明化法は,優遇税制の効果を把握するために,その恩恵を受けているすべての企業に税優遇報告書(納税申告書の類)の提出を義務づける。手続きに関して経済界から反対の声もあったようだが,最終的に成立した。優遇税制については,長年,その効果が疑問視されており,同法は財政の説明責任と透明化を促進するためのステップとして位置づけられている。
一方で,経済界が強く望んできたにもかかわらず,未成立の法案も複数残った。たとえば鉱業法の改正や情報通信技術省の設置,優遇税制の合理化,法人税と所得税の引き下げを含む包括的な税制の見直し,それに外国人の土地所有や公益事業への出資を制限する憲法条項の改正などである。ほかにも情報公開法案や,親族による政治ポスト独占を制限する政治王朝防止法案の審議が進んでいない。いずれも関係諸機関の調整が困難であったり,議員の思惑が優先されたり,もしくはアキノ大統領自身がそれほど前向きではなかったりしたことが影響した。もちろん,選挙前年ということで議員の関心がすでに次の選挙に向けられ,自らの状況を不利にするような法案を避けていることもある。実際に2015年後半にもなると,下院において定足数を満たさないことが多くなり,議事運営に支障をきたすようになった。こうしてアキノ大統領と議会の関係は総じて良好であったものの,可決に至らなかった複数の法案は次期政権の課題として繰り越された。
汚職追及が続く政府予算のうち議員1人ずつに割り当てられるポークバレル資金の横領罪などで2014年に逮捕・起訴された上院議員3人については,サンディガンバヤン(公務員特別裁判所)で審理が続けられている。フィリピンの法律では横領罪の場合,原則として保釈が認められない。2014年12月に保釈請求が却下されたラモン・レビリヤ上院議員に関しては,サンディガンバヤンが本人と妻の資産凍結を命じた。ジンゴイ・エストラーダ上院議員に関しては,保釈請求をめぐる審理が年内いっぱい続けられた。この間,同氏と妻が銀行口座情報の捜査と開示をめぐって資金洗浄防止委員会(AMLC)と争うなど,審理を長引かせる一幕もあった。最終的にサンディガンバヤンが資産凍結を命じ,2016年1月初めに保釈請求を却下した。唯一,保釈されたのはフアン・ポンセ・エンリレ上院議員である。同氏は2014年6月,逮捕状発布直前に90歳という高齢と健康を理由に保釈を請求したが,時期尚早だとしてサンディガンバヤンにより却下されていた。そこで同年9月に控訴していたところ,1年後の2015年8月18日に最高裁が人道的理由での保釈を認めたのである。エンリレ上院議員は保釈金145万ペソを納めて,上院に復帰した。この最高裁判決に対しては,いかに高齢で上院の院内総務という高い地位にあろうとも,平等であるべき法の精神に反するとして強い批判もある。いずれにせよ,上院議員3人の審理は結審の見通しがないまま1年が過ぎた。
ほかにも政治家や中央政府職員,地方政府首長ないし同職員に対する汚職追及が数多く進められている。公職については,市民の告発などを受けてオンブズマンが捜査を開始する。例年,地方政府首長ないし職員に対する告発がもっとも多く,次に多いのが国家警察であるという。オンブズマンは被疑者の行為の違法性や不正の程度によって行政処分や起訴を決定する。2015年も多くの案件が捜査対象となったが,そのうち,もっとも注目を浴びたのはフィリピン経済の中心地であるマカティ市のエルウィン・“ジュンジュン”・ビナイ市長に対する捜査と処分であろう。2007年から2013年にかけて建設された市の駐車用建物が競争入札を経ず,不正に発注・建設されたとしてジュンジュンは職権乱用と不正行為に問われた。さらに,マカティ科学高校校舎の建設でも不正があったとして,2015年10月,オンブズマンによって最終的に罷免命令が下された。付加刑として公職からの永久追放や退職給付の剥奪も言い渡されている。なお,マカティ市職員19人も同罪で懲戒免職が言い渡された。
ジュンジュンに対する汚職追及は,彼の父親であるジェジョマー・ビナイ副大統領(前マカティ市長)に対して行われているのも同じである。ビナイ親子に対する本格的な汚職追及は2014年に始められ,多額の疑わしい資金流入があるとして2015年5月,控訴裁判所がビナイ親子とその親族,さらには汚職に関与したとされる会社や関係者ら33者の銀行口座242口の一時的凍結を命令した。オンブズマンは捜査を継続しているが,現職の副大統領は弾劾によってしか罷免することができないため,起訴していない。ただし,汚職防止法違反,公金の不正使用,公文書偽造などの十分な証拠があるとして,いずれビナイ親子を起訴する意向を明らかにしている。そのビナイ副大統領は2016年大統領選挙に出馬するため,それまで兼任していた住宅都市開発調整委員長と大統領顧問(海外就労者問題担当)の閣僚ポストを6月22日に辞任した。
汚職追及の姿勢を明確にしたアキノ政権によって,これまで大物では2011年にグロリア・マカパガル・アロヨ前大統領が逮捕され,2012年にレナト・コロナ前最高裁長官が弾劾され,そして2014年には前述したように上院議員3人が逮捕された。2015年には新たに現職の上院議員2人が前職時の不正によってオンブズマンに起訴され,ほかにも元下院議員ら少なくとも15人がポークバレル資金の横領罪などで逮捕・起訴された。中央政府職員や現職ならびに前職の地方政府首長,それに同職員に至っては,多数がさまざまな汚職容疑で逮捕・起訴され,懲戒処分や有罪判決が下されている。
なお,訴訟案件が増加しているサンディガンバヤンに関して,審理を迅速に進めるために現在5つある小法廷を7つに増やし,判事も6人増員することになった。公的資金を監査する会計検査委員会は監査を厳格に進め,不正流用が発覚した際には積極的に公表するようになった。そしてオンブズマンは汚職に関する捜査で証拠が揃えば果敢に懲戒処分命令を下し,案件によっては起訴に持ち込んでいる。汚職を悪とし,厳しく追及する環境がアキノ政権下で醸成されたといえるだろう。その一方で,アキノ大統領に近い人達に対する追及は手ぬるいという指摘もある。今後政権が変わっても,司法・捜査当局がどこまで権力者本人と側近に切り込めるかが課題である。
ママサパノ事件による和平プロセスの停滞2015年1月25日,ジュマー・イスラミヤ(JI)幹部で国際テロリストとして指名手配中のマレーシア人ズルキフリ・アブドゥル・ヒール(別称マルワン)と,同じくJIのアミン・バコ(同ジハード),そしてフィリピンのバンサモロ・イスラミック自由戦士(BIFF)に属するアブドゥル・バシット・ウスマン(同ウスマン)の身柄を確保するため,マギンダナオ州ママサパノ町にて作戦実施中であった国家警察特殊部隊突撃班が,同地域に展開するモロ・イスラーム解放戦線(MILF)やBIFFなどのイスラーム武装集団と銃撃戦になった。その結果,特殊部隊側44人,武装勢力側18人,ほかに民間人5人の計67人が死亡した。MILFは国軍と停戦合意中で,2014年3月には政府と和平合意を締結している。しかしながら,本事件(ママサパノ事件)によって停戦合意が揺らぎ,おまけにテロリストを匿っている疑いが持たれたMILFに対する信頼が崩れた。そして事件後,バンサモロ自治地域設立に向けて2015年にも進展するはずであった和平プロセスが停滞した。
事件の原因は,特殊部隊の作戦計画の甘さと準備不足,それに指揮命令系統の乱れにあると理解されている。テロリスト3人のうち,マルワンは2002年のインドネシア・バリ島爆弾テロ事件の容疑者で,アメリカ政府が懸賞金をかけて捜索していた。フィリピンでは当初,国軍が彼らの身柄確保を目指していたが成功せず,その役割は国家警察に移された。マギンダナオ州はMILFやBIFFの活動地域である。同地域の地形やイスラーム武装集団の動向は,これまで常に彼らと対峙してきた国軍のほうが詳しい。そのうえMILFと停戦合意中でもあることから,特殊部隊が同地域に潜入する際は,突発的な銃撃戦になることまでを想定して国軍との連携が不可欠であった。ところが特殊部隊は最初からそれを怠り,銃撃戦が始まってから国軍に援護を求める始末であった。また当時,アラン・プリシマ警察長官は汚職疑惑により停職中で,警察トップが事実上不在であった。現場で指揮をとっていた特殊部隊長は停職中であるはずのプリシマ長官と作戦について連絡を取り合っていたといい,当時の警察次官(長官代行)や国家警察を管轄する内務自治省のマヌエル・ロハス長官には作戦のことを知らせていなかった。ママサパノ町入りした特殊部隊員は総勢392人だが,不慣れな地形と作戦実行が日の出前という時間帯で視界が悪く,部隊間の連携も不十分であった。結果としてウスマンには逃亡されたが,マルワンらしき人物を射殺したことが唯一の成果であった。この時,特殊部隊の隊員が切断して持ち帰った指をアメリカ連邦捜査局が分析したところ,後日マルワン本人だと確認された。ウスマンは5月にMILFによって射殺されたが,アミン・バコのゆくえは不明のままである。
事件後,国家警察は即座に特殊部隊長を更迭し,真相究明のための調査委員会を立ち上げた。停職中のプリシマ警察長官も長官職を辞任した。事件の真相を探る調査委員会は警察と国軍が立ち上げたのみならず,上院,下院,司法省,国際和平監視団,人権委員会,そしてMILFがそれぞれ立ち上げ,調査結果を随時公表した。それが上述したような内容である。ただし,上院は「行政の長で作戦を事前に知っていたアキノ大統領の責任は重い」とし,事件そのものについてはイスラーム武装集団による「虐殺」だと厳しく批判した。また,司法省もイスラーム武装集団による「殺人事件」と結論づけ,特殊部隊員を殺害した犯人を特定できしだい殺人罪で起訴することを明らかにした。他方,MILFは特殊部隊側が先に攻撃してきたとして正当防衛を主張した。なお,本事件については米軍関与の疑いも問題視されていた。死亡した特殊部隊員の搬送に米軍ヘリが使用されていたからである。米軍は作戦遂行に直接関与していないものの,インテリジェンスや人道・技術支援を行っていたことが,後に司法省によって明らかにされた。
責任を問われたアキノ大統領は事件に関して遺憾の意を表明するも,直接的には責任を認めていない。1月30日を死亡した特殊部隊員44人の哀悼日として喪に服し,MILFに対してテロリストを匿っているなら引き渡すよう,誠意ある対応を呼び掛けた。そしてこのような事件を再び起こさず,特殊部隊員の死を無駄にしないためにも,和平プロセスを進めることが重要だとしてバンサモロ基本法の成立を各方面に強く訴えた。3月には同法案について有識者に広く議論してもらうための和平協議会を設置し,国民の理解を得ることを目指した。
しかしながら,アキノ大統領による訴えはほとんど効果なく,当初3月までに可決・成立を目指していたバンサモロ基本法案の審議はその後停滞した。事件直後,上院では法案を提案した議員らが取り下げを表明し,5月にミリアム・サンチャゴ上院議員をはじめとする複数の議員が自治権付与は違憲の可能性があることを示唆した。それを受けて8月には同法修正案を地方委員会委員長のフェルディナンド・マルコス上院議員が提出し,審議が始まった。だが12月になると,同法案は地方案件のため下院に先議権があるとして,様子見の状態に入った。その下院では,バンサモロ基本法案に修正を加えたものが提出されるも,多くの議員の無関心と欠勤によって2015年後半には議会の定足数を満たさない日が多くなり,審議がまともにできなくなった。事件によってMILFに対する不信感が高まるなか,MILFに対してどこまで自治権を認めてよいのかが最大の焦点となっている。また,政府が今回和平合意した相手はMILFだが,それ以外の武装集団であるモロ民族解放戦線(MNLF)やBIFF,私的武装団に加えて,彼らと無関係なイスラーム教徒や先住民などを適切に包摂できるのかも疑問視されはじめた。
他方でMILF側,とくに幹部は,和平達成を強く望んでいる。6月には和平合意どおり,武装解除の第1段階が実施された。アキノ大統領も出席した武装解除式で,MILF側は銃火器75挺を差し出し,武装兵士145人が投降した。しかしながらバンサモロ基本法案が可決されないため,武装解除第2段階は実行されない。そのため,ミンダナオ島南西部における紛争継続・激化の懸念も広がっている。MILF幹部は和平を強く希求しつづけることに変わりはないことを表明し,次期政権に期待している。
国軍近代化が進む2015年11月,フィリピン国軍が韓国の航空機メーカーである航空宇宙産業に発注していた戦闘機12機(FA-50)のうち,2機がフィリピンに届けられた。2005年に最後のF-5戦闘機が退役してからフィリピンは戦闘機を保持していなかったが,約10年ぶりに再び戦闘機を所有することになった。
こうした例に見られるように,国軍の強化はアキノ政権の成果として特筆に値しよう。フィリピンでは国軍近代化プログラムが1996年に15年計画で開始した。しかしながら予算が十分でなく,その実態はお粗末であった。ところが近年,中国の海洋進出が活発化していることから,アキノ大統領は2012年に同計画をさらに15年間延長し,最初の5年間に約840億ペソを割り当てることにした。沿岸警備強化のために中古とはいえアメリカからハミルトン級カッター2隻を購入し,さらに1隻追加される見込みである。ほかにもC-130をはじめとする輸送機,攻撃ヘリ,多用途ヘリ,上陸用舟艇などを多数発注・購入し,到着したものから随時就役させている。さまざまな防衛装備品も購入している。国内の治安維持と領海空防衛のため,国軍の役割が増している。
資格と資質が問われる大統領候補者たち2016年大統領選挙の候補者が出揃った。2015年10月半ばの立候補届け出期間中に130人の出願があったが,2016年2月初めまでに選挙委員会(選管)によって6人に絞られ,ほかは泡沫候補として失格にされた。副大統領選挙に関しても,19人の出願者のうち6人に絞られた。
大統領候補者6人のうち,1人が病死したため,候補者は最終的に5人になった。ただし,いずれの候補者も何らかの形で資格や資質が問われている。早くから出馬を表明していたビナイ副大統領は,既述のとおり汚職容疑がかかっている。もし大統領になったとしても弾劾発議が提出される可能性が高く,政情不安になることが懸念される。ビナイ自身は早くに両親を亡くし,苦学して弁護士になった。低所得層に根強い人気がある。
グレース・ポー上院議員も立候補した。ポーは孤児で,有名俳優夫婦の養子である。2013年に上院議員にトップで初当選した。ただし,その出自ゆえに,大統領になるための国籍(出自)要件を満たしているかどうかが議論になっている。フィリピンの大統領になるためには「生まれながらのフィリピン人」,すなわち両親のどちらかがフィリピン国籍でなければならない。ところがポーの場合,実の両親が不明であるため,その要件を満たしているかどうかは定かではない。加えて,大統領になるために必要な「選挙日までに最低10年」という居住期間要件をポーが満たしているかどうかも問題になっている。ポーは1990年代から2000年代半ばにかけてアメリカに留学し,かつ結婚後も居住していた。今回提出した大統領選出願書類では国内居住期間を10年11カ月と記載したようだが,3年前の2013年上院選挙時の出願書類には6年6カ月と記載しており,そこから計算すると9年6カ月となって10年に満たない。両方とも本人の署名入りの公式書類であるため,混乱を招く事態となった。こうしたポーの資格に関して,最初に判断を下したのは上院選挙裁判所である。落選者からの訴えに対し,同裁判所は2015年11月,ポーの国籍と居住期間(上院議員の場合は最低2年)はいずれも上院議員の資格を満たしていると判断した。ちなみに,同裁判所判事は上院議員6人と最高裁判事3人から構成され,ポーの資格を支持したのは5人の議員であった。法律専門家がいずれも厳しい判断を下したことに,この問題の難しさが表れているといえるだろう。その後,資格をめぐる議論は準司法的機能を有する選挙委員会に移った。ポーの大統領選出馬資格を問う訴えが複数提出されていたのである。12月に同委員会の2法廷がそれぞれポーを失格とする判断を下した。決定を不服とするポー側は最高裁に控訴し,12月28日に最高裁が差し止め仮処分命令を下した。そして2016年1月に口頭弁論が開始した。
ほかの候補者では,アキノ大統領が後継指名したロハス前内務自治長官がいる。内務自治長官の前は運輸通信長官という要職についていたが,目立った成果を上げておらず,指導力の欠如が指摘されている。祖父は元大統領,父親は元上院議員,母親は名家アラネタ一族の出身である。出自が良いだけに,逆に低所得層からの支持がいまひとつという感が否めない。2010年の副大統領選挙で当時のアキノ大統領候補と組んで出馬したが,ビナイ候補に敗北したという経緯がある。
少し遅れて参戦したダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテは弁護士出身で,断続的とはいえ長くダバオ市長職についている。過激な発言が目立ち,時に人権を無視するような強権的な統治手法が問題になることもあるが,ダバオ市の治安を改善させたことで知られている。ただし,そうした手法が国政でも通用するのかどうかが疑問視されている。連邦制導入や死刑制度復活などを唱えており,支持率を上げてきている。ミリアム・D・サンチャゴ上院議員も大統領選に立候補した。彼女は1992年にも出馬したことがある。肺がん(ステージ4)であることを公表しており,健康に不安を抱えている。以上,5人の候補者が次期大統領職を争っている。とくに最初の4人の支持率は拮抗しており,混戦模様である。
2015年のフィリピン経済は前年よりさらに減速し,実質国内総生産(GDP)成長率が通年で5.8%であった。政府目標は7.0~8.0%としていたため,それを大きく下回った。ただし,四半期別の成長率は期を追うごとに上昇し,内需の強さを示した(図2)。海外就労者の送金が反映される海外純要素所得は3.6%増で,実質国民総所得(GNI)成長率は5.4%であった。
支出別ではGDPの約7割を占める個人消費が6.2%増,政府消費が9.4%増,固定資本形成が13.6%増で,いずれも前年に比べて伸びが拡大した。政府消費に関しては,政府が財政支出を加速させた効果が表れた。また,固定資本形成のうち設備投資が20.3%増となり,経済成長に寄与した。実質GDP成長率減速の要因は外需にあった。輸出の伸びが鈍化したのに対して輸入が伸びたため,結果として純輸出(輸出-輸入)がマイナスに寄与した。
(注) 統計誤差を除く。
(出所) PSA, National Accounts of the Philippinesより作成。
産業別では農林水産業が0.2%増,鉱工業が6.0%増(うち製造業は5.7%増),サービス業が6.7%増であった。農林水産業はエルニーニョ現象の影響もあって減速した。製造業とそれを含む鉱工業全体も前年より減速している。他方,サービス業は加速し,とりわけ運輸・通信が7.9%増,商業が6.9%増,それに民間サービスが8.0%増と前年に比べて活発であった。やや減速したとはいえ不動産・賃貸業・ビジネス活動も7.3%増と,経済成長に寄与している。
財貿易は輸出額が前年比5.6%減の586億ドル,輸入額が同2.0%増の667億ドルであった。輸出では農林水産品や鉱産物の減少が大きかったが,製造品は全体で1.4%減にとどまった。不振が予想されていた電子製品の輸出は7.8%増となり,業界予想の3~5%を上回った。半導体やオフィス機器,通信機器が伸びた。
国際収支統計による海外からの直接投資流入総額は前年比0.27%減の57億ドルであった。収益再投資や負債性資本の減少が響いた。一方,株式資本の流入額は15%増で,製造業が前年に比べて3倍超となった。
消費者物価上昇率は年平均1.4%で,政府目標2~4%を下回った。とりわけ原油価格の下落により,電気・水道・ガスなどの公共料金や交通運賃の値下げが物価の引き下げに寄与した。
雇用面では完全失業率が6.3%,不完全就業率が18.5%となり,失業率が前年に比べてわずかながら改善した。それでも失業者は実数にして約260万人で,その半分近くが15~24歳の若年層である。2015年に新規に出国した海外就労者は確定していないが,海外からの送金額は前年比4.6%増の約258億ドルであった。
そのほか,2015年の中央政府財政収支(現金ベース)は,収入が2兆1090億ペソ,支出が2兆2306億ペソで,約1217億ペソの赤字であった(名目GDP比0.9%)。公共事業や社会政策分野における支出拡大で財政赤字の許容範囲を名目GDP比2%程度に設定していたため,逆に支出不足が指摘されている。
政策金利は据え置きフィリピン中央銀行は原油価格の下落や中国経済の減速,それにアメリカの利上げのタイミングとその影響を想定しつつ,金融政策の舵取りを行った。インフレ・ターゲットを採用しているため,実際には消費者物価上昇率の推移を見ながらの対応となった。前述したように2015年の消費者物価上昇率は政府目標を下回ったが,内需が堅調で景気減速の兆しがなく,そのうえ国内流動性も豊富で市場の期待インフレ率が政府目標に近いことから,政策金利を据え置いた。翌日物金利は借入金利(逆現先レート)が4.0%,同貸出金利(現先レート)が6.0%のままである。また,特別預金口座の金利2.5%と預金準備率も据え置いた。
マネーサプライ(M3)の伸びは2015年12月末に前年比9.4%で,前年の伸びとほぼ同じであった。金融機関の与信活動は,商業銀行の国内向け融資残高の伸びが2015年12月末に前年比12.9%であった。そのうち,法人向け融資の伸びが13.7%,個人向け融資の伸びが15.1%で,個人向け融資のうち自動車ローンが31.6%の高い伸びを示した。法人向け融資では,不動産活動の占める割合が約2割と高く,その伸びは19.5%であった。不動産バブルの予兆をいち早くつかむため,中央銀行は不動産価格の推移を監視する体制を整えている。
2015年は外国銀行の新規参入があった。これは2014年に制定された外国銀行の参入全面自由化法(RA10641)に対応した動きである。日本の三井住友銀行をはじめ,台湾や韓国,シンガポールから計6行が参入した。
なお,中央銀行が2015年第1四半期に最初の全国規模の金融包摂調査を行い,その結果を公表した。それによると,銀行と何らかの取引きしたことのある人は成人の約半分であった。また,成人の43.2%が貯蓄をしており,そのうちの68.3%がタンス預金,残りの32.7%が銀行を含め何らかの機関にお金を預けていることが明らかになった。フィリピンの約4割の市・町にはまだ銀行の支店がないとされる。都市部だけでなく,地方における金融サービスの向上も課題となっている。
PPP事業成約は12件にアキノ政権は2016年半ばの退任までに,少なくとも15件の官民連携(PPP)事業の成約を目指すとしている。2015年に新たに成約ないし落札されたのは4件で,これにより2016年1月までに成約した事業は全部で12件になった。新規4件とは,(1)南西方面交通統合システム(25億ペソ),(2)南方面交通統合システム(40億ペソ),(3)カビテ=ラグナ高速道路(354億ペソ),(4)ブラカン水道用水供給事業(240億ペソ)である。入札から成約まで,予定期日どおりに進められた案件はほとんどなく,相変わらず手続きに時間を要している。ほかに入札過程にあるのは少なくとも10件で,このうち何件が成約に至るか注目される。
一方で,2014年3月に成約した整形外科センター近代化事業(56億ペソ)の受注企業が,2015年11月に一方的な解約を申し出た。同事業は現存するセンターを国立腎臓移植研究所の敷地内に移転させ,整形外科専門病院(700床)として新たに開院するものである。受注企業には新病院のデザインから建設,運営までを任せ,25年後に保健省に移管されることになっている。報道されている受注企業の言い分によると,発注側の保健省から上記研究所内の土地利用許可が下りず,また健康保険の適用条件や現従業員の新病院での待遇なども決まらず,事業実施の見通しが立たないということである。こうした例,すなわち政府による職務怠慢として非難されても仕方のないような例は多方面で発生しており,経済界は政府に対して契約遵守を強く要望している。
ほかのインフラ事業では,2015年前半に強く懸念されていたルソン島における電力危機が結局のところ杞憂に終わった。予想された危機に備えて,発電所と新たに電力供給契約を結ぶ特別権限をアキノ大統領に付与することや,各事業所の自家発電による供給電力を買い取る制度などが検討されてきたが,実際には電力が不足せず,懸念されていたような大規模停電にもならなかった。ただし,電力事情が不安定なことに変わりない。今後も節電や省エネを呼び掛けるとともに,発電設備の定期点検が発電所間で重ならないように調整し,中長期的には電力需給の正確な見通しと適切なエネルギー計画の策定・執行が必須となっている。
アキノ政権6年間の成果と課題2010年に就任したアキノ大統領は汚職が貧困問題の主因だとして汚職撲滅を訴え,「正しい道」をスローガンに包摂的成長を目指してきた。自らの清廉さにも助けられ,大統領支持率は高めに推移し,政情もアロヨ前政権に比べると格段に安定した。こうした政治的資産を最後まで維持することによってアキノ政権は成果を上げてきたといえるだろう。議会では与党連合が多数派勢力をなし,政府予算は6年間すべて年度内に成立した。財政健全化にも努め,フィリピンの格付けは国際格付機関によって引き上げられた。汚職追及の姿勢も前向きに受け止められ,投資環境の国際ランキングも上昇した。経済成長率は2010年から年平均5.9%で,フィリピンはもはや「アジアの病人」(sick man of Asia)ではなく「上昇する虎」(rising tiger)だとしてアキノ大統領自らが評価するほどである。このように,フィリピンのイメージを大きく改善したことこそがアキノ政権の最大の成果といってよい。また,長年懸案となっていた法律を複数制定させ,改革も進めてきた。
とくに改革がみられたのは教育と保健の分野である。教育面では,2013年に拡大基礎教育法(RA10533)を制定し,中等教育を2年間上積みして4年制から6年制に変更した。また就学前教育の1年間も義務化した。2018年に6年間の中等教育を終えた最初の学生が誕生する見込みである。
保健面では,2012年にリプロダクティブ・ヘルス法(RA10354)が足かけ13年でようやく成立した。これまでタブーとされてきた避妊に関する情報提供ならびに性教育の実施など,性と生殖に関する包括的なサービスを公的医療機関が実施できるようにしたものである。ただし,カトリック教会が強く反対しつづけてきた法律であるため,その実効性には不安も残る。また,2013年に国民健康保険改正法(RA10606)を制定し,国民皆保険を目指すことになった。インフォーマル・セクターの生活者,障害者や孤児,外国人も含む移住者,それに保険料を納めることが困難な貧困者などにも被保険者資格を与える。さらに,高齢者を対象とした別法で,60歳以上も自動的に被保険者となるよう規定した。こうして保険料納付が困難と思われる人々まで広く対象になることから,心配されるのはその財源であるが,2012年に成立した酒・タバコ税改正法(RA10351)による収入増の一部が割り当てられる。ちなみに同法は1997年以来の抜本的改変として評価されるものである。品目別に複数に分類されていた税を廃止し,2017年までに酒とタバコそれぞれにつき税額を一本化する。その後はインフレに連動させて毎年4%ずつ引き上げていくというものである。
貧困問題については,アロヨ前政権より始められた現金給付プログラムを継続してきた。貧困世帯を対象に,子供の就学や健康維持を実行することを条件に現金を給付するもので,受給者は国民のほぼ2割,1900万人にも及ぶとされる。一定の効果を上げているが,貧困世帯の認定作業が難しく,課題もあるようだ。貧困率は2009年上半期の28.6%から2015年上半期の26.3%と,やや改善した。
さらに,アキノ政権はインフラ整備の重要性を強く認識し,従来の公共事業を拡大するのみならず,PPPを活用した案件も増やしてきた。とはいえ,既述したようにインフラ整備は依然として不十分で,事業遂行のスピードも遅い。計画の甘さや資金不足に加えて,政府の契約不履行や訴訟沙汰になるなど,執行面における問題にも阻まれて整備が遅れている。引き続き大きな課題として残された。
以上のように,アキノ政権はさまざまな分野で今後フィリピンが進むべき方向性を定めてきた。次期政権がこうした方向性を継承し,確実に実効していくかどうかが注目される。
2015年はフィリピンにとって大きな外交行事が2件あった。1件目は,1月にバチカン市国のフランシスコ・ローマ法王が来訪したことである。法王の来訪は1995年以来,21年ぶりであった。法王はバチカン市国の元首とはいえ,ローマ・カトリック教会の最高位聖職者でもあることから,カトリック教徒が約8割を占めるフィリピンでは一国の元首が来訪する以上の意味を持つ。フィリピンは国をあげて法王を歓待し,5日間のフィリピン滞在のうち,マニラ首都圏では週末を除いた3日間を特別祝日にした。滞在3日目には法王が2013年の台風被災地であるレイテ州タクロバン市を慰問した。
2件目は,11月にAPEC首脳会議がマニラで開催されたことである。フィリピンで開催されるのは1996年以来2度目で,21カ国・地域の首脳がマニラに集まった。本会議のテーマは「包摂的な経済の構築,よりよい世界を目指して」である。地域経済統合の促進や零細・中小企業の地域・世界市場への参画促進,人材開発への投資,持続可能かつ強靱な地域社会の構築など,幅広い分野で意見交換が行われた。なお,閣僚ないし高級事務レベル会合をはじめとする複数の関連会議がマニラに限らず地方都市でも開催され,フィリピンにとって例年になく国際会議の多い年となった。またアキノ大統領は首脳会議開催中に,次の11カ国の首脳と別途会談を持った。チリ,メキシコ,パプア・ニューギニア,ベトナム,アメリカ,オーストラリア,ニュージーランド,韓国,ロシア,カナダ,日本である。
南シナ海領有権問題2015年のフィリピン外交は南シナ海領有権問題を軸に展開したといってよい。中国による実効支配が進んでいる同海域の南沙(スプラトリー)諸島では,フィリピン漁船が中国船によって操業妨害を受ける事件が相次いだ。1月にはスカボロー礁付近で中国船に衝突され,4月にも同礁付近で放水された。また同月にはフィリピン海軍の偵察機がスビ礁上空で中国船に強い光を照射され,空域から出るよう警告された。
こうした中国の行為に対して,フィリピンは国際法の枠組みに則った平和的解決を主張し,2013年1月に同問題を国連海洋法条約(UNCLOS)に基づく仲裁裁定に委ねた。そしてフィリピンは国際社会においても機会あるごとに自国の主張と行動に理解を求めてきた。その裁定手続きで2015年は動きがあった。3月に政府が3000ページからなる補足意見を提出し,7月にオランダ・ハーグの仲裁裁判所にて公聴審理が開かれた。フィリピン政府は約35人からなる弁護団を送って自国の主張を展開した。中国が設定した九段線とそれによって囲まれた海域における中国の主権や管轄権は国連海洋法条約に反していること,また,南沙諸島スカボロー礁をはじめとするいくつかの岩礁は単なる岩ないし低潮高地にすぎず,領海や排他的経済水域(EEZ),それに大陸棚に関する権利を生じさせないと主張した。ほかにも中国のこれまでの行為がフィリピン漁民の生活を妨害していること,そして海洋環境を破壊していることも訴えた。同審理は,仲裁裁判所が南シナ海領有権問題に関して管轄権があるかどうかを検討するためのものである。そして10月29日,仲裁裁判所はフィリピンが申し立てた事項の一部について同裁判所の管轄権があると判断し,11月末に約1週間,審理が行われた。なお,裁判そのものは中国不在で進められている。
ところで,2015年はフィリピンと中国の国交樹立40周年にあたる年でもあった。6月に開催された友好記念祝賀会にアキノ大統領が出席したものの,在フィリピン中国大使は姿を見せなかったという。そのため,祝賀会は急遽フィリピン独立記念日の前祝になったと報道されている。実はその直前に日本を訪問していたアキノ大統領が,中国をナチスになぞらえる発言をしていたため,それが影響したのではないかとも推測されている。
こうしてアキノ政権下では公に中国との対立が進展したが,12月末,中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立協定に,フィリピンは参加国のなかで最後に署名した。今後,中国との距離をどうとるか,2016年以降の対中関係は次期政権の外交方針に委ねられる。
アメリカや日本と関係強化南シナ海領有権をめぐって中国と対立が深まるほど,フィリピンは同盟国のアメリカをはじめ,オーストラリアや日本などと関係を強化させている。
アメリカとは2014年4月に防衛協力強化協定(EDCA)を締結し,米軍によるフィリピン軍基地や同施設の使用を可能としていた。しかしながら,締結後に左派勢力らが同協定の合憲性をめぐって最高裁に提訴したため,協定は発効していなかった。また,同協定は条約に相当するものだとして,上院が批准を求めていた。最高裁判決は年内に出ず,同協定は1年半以上,宙に浮いたままとなった。
同協定発効の有無に関わらず,アメリカとは毎年恒例の合同軍事演習を複数回実施した。4月にはこれまでの最大規模となる総勢約1万人の兵士が参加した第31回バリカタンを実施した。オーストラリア軍も参加し,ほかにアジアから12カ国がオブザーバ参加したとも報道されている。6月にはパラワン島で協力海上即応訓練(CARAT)を実施し,7月には航空強襲支援訓練,そして9月に両海兵隊による上陸訓練(Phiblex)を実施した。10月にアメリカが南沙諸島周辺で「航行の自由」作戦を実施することが明らかになると,フィリピンはいち早くその行動を支持した。そして11月にはオバマ大統領がAPEC首脳会議出席のために来訪し,海上防衛強化のためフィリピンに調査船1隻とハミルトン級カッター1隻を移管することを明らかにした。アメリカはほかにも軍事援助の増額や防衛装備品の移転を約束,実施している。こうしたなか,2014年10月に殺人罪で逮捕・起訴されていたアメリカの海兵隊員に対して,オロンガポ地裁が2015年12月に有罪判決を下した。最長12年の禁錮刑で,収監先は訪問軍地位協定に従い,フィリピン国軍基地内の特別拘置所となった。
日本とは多方面において関係を深めている。6月にアキノ大統領が国賓として訪日し,皇室関連行事に参列,参議院で国会演説を行った。また安倍首相とも会談し,「地域及びそれを超えた平和,安全及び成長についての共通の理念と目標の促進のために強化された戦略的パートナーシップに関する日本―フィリピン共同宣言」に合意した。南シナ海における深刻な懸念を共有し,フィリピンによる仲裁手続の活用を日本が支持するとともに,日本による安全保障分野の協力やミンダナオ和平の支援,さらにはインフラ整備の協力などを二国間で確認した。上記合意に伴い,インフラ整備やミンダナオ和平支援に係る案件に対して円借款の供与が後日約束された。そのうち,最大の事業は南北通勤鉄道計画(マロロス=ツツバン間,全長36.7キロメートル)である。
軍事面では,5月にフィリピン海軍が海上自衛隊の護衛艦2隻とマニラ西方海域にて共同訓練を行い,6月にも前述した比米両軍による共同訓練に重ねてフィリピン海軍が海上自衛隊と訓練を実施した。その際,海自のP-3C哨戒機が南沙諸島付近まで飛行した。なお,日本からの防衛装備品移転に関しても両国間で議論されている。今後,軍事交流がさらに活発になると思われるが,フィリピン国内では日本と訪問軍地位協定を結ぶべきであるという指摘も出始めている。
2016年5月9日に大統領選挙が実施される。同日に上院議員の半数,下院議員,地方政府首長,地方議会議員の選挙も一斉に行われるため,それまでは総選挙一色になる。大統領選挙は候補者5人のうち,4人による混戦が予想される。ただ,2016年2月にビナイ副大統領の息子で前マカティ市長のジュンジュン・ビナイが複数の汚職の罪で起訴され,翌3月初めにはグレース・ポー上院議員の大統領選挙出馬資格が最高裁によって認められた。これにより,選挙の形勢が変わる可能性もでてきた。そして2016年後半は新政権の基盤固めに費やされることになるであろう。選挙結果にもよるが,議会の掌握,閣僚や政府高官の任命,経済界との関係構築などがその後の政権運営を左右すると思われ,注目される。
フィリピン経済は内需が堅調である。2016年は選挙特需で内需がさらに拡大すると見込まれる。新政権がスムーズに始動すれば,経済界はそれを好意的に受け止め,経済全般に好影響をもたらすと予想される。
対外関係では,新政権の外交方針に注目が集まる。とりわけ中国との関係が焦点となろう。南シナ海領有権問題については,早ければ2016年に仲裁裁判所による判断が下されるだろう。アメリカ政府と締結した防衛協力強化協定が2016年1月,最高裁に行政協定として認められた。両国の関係強化もさらに進むと思われる。
(地域研究センター)
1月 | |
15日 | フランシスコ・ローマ法王,来訪(~19日)。17日には2013年に台風被災地となったレイテ州タクロバン市を慰問。 |
25日 | 国家警察特殊部隊,指名手配中の国際テロリスト3人をマギンダナオ州ママサパノ町で捜査中にモロ・イスラーム解放戦線(MILF)らイスラーム武装集団と銃撃戦に。特殊部隊側44人,武装勢力側18人死亡。マレーシア人テロリスト,マルワンを現場で射殺。 |
28日 | アキノ大統領,25日の事件で死亡した国家警察特殊部隊員に対し,30日を追悼の日にすると発表。 |
29日 | 政府交渉団,MILFと武装解除方法について交渉実施(~31日)。 |
29日 | マカティ市のジュンジュン・ビナイ市長,汚職疑惑の追及を続ける上院の身柄拘束命令に応じ出頭。一時的な拘束後,釈放される。 |
30日 | フィリピン漁船3隻,スカボロー礁付近にて中国船と衝突。漁師29人にけが人なし。フィリピン政府が中国に抗議。 |
2月 | |
4日 | アメリカ連邦捜査局,1月25日の事件で射殺されたマレーシア人マルワンの指をDNA鑑定にて本人と確認。 |
8日 | インドネシアのジョコ・ウィドド大統領,来訪(~10日)。 |
23日 | 殺人容疑で2014年10月に逮捕・起訴されたアメリカ海兵隊員の初公判。本人は罪状否認。 |
26日 | フランスのフランソワ・オランド大統領,来訪(~27日)。フランス大統領の来訪は1947年の国交樹立後初めて。 |
3月 | |
1日 | マルタ騎士団のマシュー・フェスティング総長,来訪(~7日)。 |
4日 | 戦艦「武蔵」,シブヤン海底で発見される。捜索を続けていたアメリカ人資産家のポール・アレン氏側が発表。 |
11日 | オンブズマン,マカティ市のビナイ市長と21人の市職員に対して6カ月間の停職命令。市庁舎建設の費用水増し疑惑で。ビナイ市長は市庁舎に立てこもる。 |
12日 | アキノ大統領,ジャネット・ガリン保健長官代行を正式に長官に任命。 |
12日 | 国家警察調査委員会,1月25日の事件に関する調査リポートを公表。 |
16日 | 控訴裁判所,11日のオンブズマンの命令に対して差止め仮処分命令。オンブズマンは最高裁に控訴。 |
17日 | 外務省,南シナ海領有権問題をめぐり,オランダ・ハーグの仲裁裁判所に3000ページからなる補足意見を提出したと発表。 |
17日 | 首都圏賃金委員会,マニラ首都圏の1日当たりの最低賃金を15㌷引き上げて481㌷に決定(実施は4月4日から)。 |
25日 | アキノ大統領,会計検査委員長にマイケル・アギナルド官房副長官を任命。 |
27日 | アキノ大統領,和平協議会の設置を提唱。主要な委員5人を明らかに。 |
4月 | |
9日 | フィリピン漁船,スカボロー礁付近にて中国船に放水される。 |
17日 | イスラーム協力機構のイヤード・アミーン・マダニ事務局長,来訪(~20日)。 |
19日 | フィリピン海軍の偵察機,スビ礁上空にて中国船より強い光を照射され,空域から出るよう警告される。 |
20日 | 比米両軍による合同演習「第31回バリカタン」開始(~30日)。総勢約1万人の兵士が参加し,これまでの最大規模。オーストラリア軍も参加。 |
23日 | アキノ大統領,ジョン・セビリヤ関税局長の辞任に伴い,後任にアルベルト・リナ元関税局長を任命。 |
26日 | アキノ大統領,ASEAN首脳会議出席のためマレーシアを訪問(~28日)。 |
28日 | アキノ大統領,選挙委員長にアンドレス・バウティスタ大統領行政規律委員長を任命。 |
29日 | インドネシアにて,2010年に麻薬の不法所持で逮捕,死刑宣告されていたフィリピン人女性の刑執行が直前に回避される。前日にリクルーターがフィリピン国家警察に出頭し,マレーシア滞在中のアキノ大統領がジョコ大統領に働きかけたもよう。 |
30日 | アキノ大統領,ジェリコ・ペティリヤ・エネルギー長官の辞任に伴い,ゼナイダ・モンサダ次官を長官代行に任命。 |
5月 | |
3日 | プロボクサーで下院議員のマニー・パッキャオ,アメリカのフロイド・メイウェザー選手と「世紀の戦い」。アメリカのラスベガスで。0-3で判定負け。 |
3日 | 1月25日の事件の際に逃亡したフィリピン人テロリスト,ウスマンがMILFに射殺される。マギンダナオ州で。 |
6日 | アキノ大統領,アメリカ・シカゴとカナダを訪問(~11日)。 |
11日 | 控訴裁判所,ジェジョマー・ビナイ副大統領親子のほかに,公金横領容疑者らの銀行口座凍結を決定。総額約6億㌷。 |
12日 | フィリピン海軍,海上自衛隊の護衛艦2隻とマニラ西方海域にて共同訓練。 |
29日 | アキノ大統領,包括的自動車再起戦略(CARS)プログラムを規定した行政命令(E0182)に署名。 |
29日 | アキノ大統領,ネグロス・アイランド地方を創設する行政命令(EO183)に署名。ネグロス島にあるネグロス・オクシデンタル州とネグロス・オリエンタル州をまとめたもの。 |
6月 | |
2日 | アキノ大統領,訪日(~5日)。国賓待遇。3日に国会演説。 |
15日 | アキノ大統領,人権委員長にホセ・ルイス・ガスコン自由党副代表を任命。 |
16日 | MILF,武装解除第1段階に応じる。銃火器75挺を差し出し,武装兵士145人が投降。マギンダナオ州で行われた解除式にアキノ大統領も出席。 |
18日 | 比米両軍,パラワン島で「協力海上即応訓練」(CARAT)開始(~30日)。 |
22日 | フィリピン海軍,海上自衛隊と共同訓練(~26日)。災害救援を想定し,南沙諸島付近を海自のP-3C哨戒機が飛行。 |
22日 | ビナイ副大統領,閣僚辞任。住宅都市開発調整委員長と大統領顧問(海外就労者問題担当)を兼任していた。 |
25日 | 欧州連合,フィリピンの全航空会社の欧州乗り入れを解禁。 |
29日 | オンブズマン,マカティ市のビナイ市長と4人の市職員に対して再び停職命令。マカティ科学高校校舎建設の不正疑惑で。 |
7月 | |
1日 | 国家警察,オンブズマンの罷免命令に応じ,アラン・プリシマ前警察長官と同幹部9人を不正契約に加担したとして罷免。 |
7日 | 南シナ海領有権問題が付託されている仲裁裁判所にて公聴審理開始(~13日)。 |
10日 | アキノ大統領,国軍参謀総長にヘルナンド・イリベリ陸軍司令官を任命。 |
13日 | 比米両海兵隊,航空強襲支援訓練開始(約3週間)。 |
14日 | アキノ大統領,国家警察長官にリカルド・マルケス作戦本部長を任命。同ポストは2014年12月より空席となっていた。 |
21日 | アキノ大統領,競争法(RA10667)と内航海運(カボタージュ)改正法(RA10668)に署名。 |
27日 | 第16議会第3会期が開会。上院議長にフランクリン・ドリロン議員,下院議長にフェリシアノ・ベルモンテ議員を再選出。 |
27日 | アキノ大統領,議会にて施政方針演説。 |
28日 | フォレンシオ・アバッド予算行政管理長官,総額約3兆㌷の2016年度予算法案を議会に上程。 |
30日 | マニラ首都圏開発庁主導の防災訓練を一斉実施。マグニチュード7.2の地震発生を想定。 |
31日 | アキノ大統領,マヌエル・ロハス内務自治長官を2016年大統領選挙の後継候補に指名。ロハス長官は8月3日に辞表提出(実際は9月11日まで在職)。 |
8月 | |
7日 | 国家捜査局,ポークバレル横領容疑でグレゴリオ・ホナサン上院議員やジョエル・ビリャヌエバ技術教育技能開発長官ら40人をオンブズマンに告発。 |
12日 | フェルディナンド・マルコス上院議員,バンサモロ基本法案の修正案を提出。 |
18日 | 最高裁,ポークバレル横領罪で逮捕・勾留中のフアン・ポンセ・エンリレ上院議員の保釈を決定。 |
25日 | ハリー・ハリス米太平洋軍司令官,来訪(~27日)。 |
27日 | タイのプラユット首相,来訪(~28日)。 |
9月 | |
8日 | アキノ大統領,内務自治長官にメル・サルミエント下院議員(自由党書記長)を任命。 |
15日 | アキノ大統領,公務委員委員長にアリシア・デラ・ロサ-バラASEAN事務局次長を任命。 |
16日 | グレース・ポー上院議員,2016年大統領選出馬を表明。無所属で。 |
21日 | 比米両海兵隊,上陸訓練(Phiblex)開始(~10月9日)。 |
21日 | ダバオ市対岸のリゾート島,アイランド・ガーデン・シティー・オブ・サマルにてカナダ人2人とノルウェー人1人,フィリピン人1人がアブサヤフに誘拐される。 |
22日 | 司法省,1月25日の事件に関し,MILFを中心とするイスラーム武装集団ら90人を殺人罪で送検することを明らかに。 |
10月 | |
7日 | マニラ首都圏開発庁のフランシス・トレンティノ議長,辞任。議長代行にエメルソン・カルロス次長。 |
9日 | 下院,2016年度予算法案を可決。 |
9日 | オンブズマン,マカティ市のビナイ市長に対して罷免命令を下す。ほかに市職員19人に対しても同命令。 |
12日 | 選挙委員会,2016年5月の国政・地方統一選挙の立候補受付開始(~16日)。 |
13日 | アキノ大統領,12日に辞任したライラ・デ・リマ司法長官の後任にアルフレド・ベンジャミン・カギオア主席大統領法律顧問を任命。 |
14日 | アキノ大統領,9月30日に辞任したフランシス・パギリナン食糧保障・農業近代化担当大統領補佐官(閣僚相当)の後任にフレデリタ・ギサ副補佐官を任命。 |
18日 | 台風ランド(国際名コップ),20日にかけてルソン島北部を横断。死者・行方不明者52人。被害総額約110億㌷。26日までに8つの州で非常事態宣言。 |
29日 | 南シナ海領有権問題が付託された仲裁裁判所,フィリピンの訴えに対し同裁判所が管轄権を持つと判断。 |
11月 | |
5日 | オンブズマン,リト・ラピド上院議員を2004年のパンパンガ州知事時の不正によりサンディガンバヤンに起訴。 |
10日 | 上院,2014年4月に締結された防衛協力強化協定に対し,条約であるため批准が必要という決議書を採択。最高裁に提出。 |
15日 | チリのミシェル・バチェレ大統領,来訪(~19日)。APEC首脳会議にも出席。 |
16日 | APEC閣僚会議と同首脳会議をマニラで開催(~19日)。この間,アキノ大統領は11カ国の首脳と会談。 |
17日 | 上院選挙裁判所,グレース・ポー議員の議員資格を認める。 |
17日 | マレーシア人電気技師,アブサヤフに斬首される。スルー州ホロ島にて。5月にマレーシア・サバ州で誘拐されていた。 |
18日 | デル・ロサリオ外務長官,ベトナムのファム・ビン・ミン副首相と「戦略的パートナーシップ構築にかかる共同声明」に署名。アキノ大統領とベトナムのチュオン・タン・サン国家主席が立ち会う。 |
20日 | アキノ大統領,ASEAN首脳会議に出席するためマレーシアを訪問(~23日)。 |
21日 | ダバオ市のロドリゴ・ドゥテルテ市長,2016年大統領選出馬を表明。27日に選挙委員会に立候補届出。 |
24日 | 南シナ海領有権問題をめぐる訴訟で,仲裁裁判所にて審理開始(~30日)。 |
26日 | 上院,2016年度予算法案を可決。法案は両院協議会に。 |
28日 | 韓国よりFA-50戦闘機2機が到着。2013年にフィリピン空軍が発注した12機のうちの最初の2機。12月5日に正式引渡し。 |
29日 | アキノ大統領,国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)に出席するためフランス訪問(~12月3日)。その後,イタリア(~4日),バチカンを訪問(~5日)。 |
12月 | |
1日 | オロンガポ地裁,2014年10月に殺人罪で逮捕・起訴されていたアメリカ海兵隊員に有罪判決。最長12年の禁錮刑。収監先はフィリピン国軍基地内の拘置所。 |
1日 | 選挙委員会第2法廷,グレース・ポー上院議員の大統領選出馬資格取り消し決定。11日にも同第1法廷が同様の決定。 |
6日 | ミス・アース世界大会(ウイーン)にてフィリピン代表のアンジェリナ・オンが優勝。フィリピン代表の優勝は2年連続。 |
8日 | オンブズマン,JV エヘルシト上院議員を2008年のサンフアン市長時の不正によりサンディガンバヤンに起訴。 |
8日 | 国家警察委員会,2009年マギンダナオ州虐殺事件(58人死亡)に関与した警察官21人を懲戒免職。ほかに11人を停職処分に。 |
8日 | サンディガンバヤン,軽量鉄道3号線(MRT)前総支配人ら6人の汚職に関する起訴状受理を決定。 |
9日 | アキノ大統領,優遇税制管理・透明化法(RA10708)に署名。 |
14日 | 上院,2016年度修正予算案を可決。 |
16日 | 下院,2016年度修正予算案を可決。 |
18日 | アキノ大統領,台風ノナ(国際名メロー)の被害により国家非常事態宣言。14~16日にかけてフィリピン中部を横断,死者・行方不明者46人。被害総額約65億㌷。 |
18日 | 政府,共産党・新人民軍に対してクリスマス期間中の一方的休戦を発表(23日から2016年1月3日まで)。共産党側も同様の休戦を15日に発表していた。 |
21日 | ミス・ユニバース世界大会(ラスベガス)にてフィリピン代表のピア・アロンソ・ウォルツバックが優勝。 |
22日 | アキノ大統領,2016年度予算である一般歳出法(RA10717)に署名。総額3兆㌷。 |
22日 | 選挙委員会大法廷,同第1法廷と第2法廷の決定を支持。ポー上院議員による再審請求を却下。 |
28日 | 最高裁,22日の選挙委員会大法廷の決定に対して差し止め仮処分命令。 |
29日 | アキノ大統領,貿易産業長官代行にアドリアン・クリストバル次官を任命(31日付)。グレゴリー・ドミンゴ長官は9月に辞意を表明していた。 |
31日 | 政府,中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立協定に署名。 |