アジア動向年報
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各国・地域の動向
2019年のカンボジア 旧救国党勢力の分断とEBA適用停止問題への対処
初鹿野 直美(はつかの なおみ)
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2020 年 2020 巻 p. 221-240

詳細

2019年のカンボジア

概 況

2019年は,救国党不在の既成事実化が進み,粛々と経済改革が進められた1年であった。年初,2017年に解党された旧救国党出身者の政治活動が許され始め,一部は新党を結成するなどした。海外に滞在するサム・ランシー旧救国党前党首は11月に帰国を企図するも実現せず,また,支援者らの逮捕が続き,旧救国党勢力の分断が深まった。

経済面では,EUが2018年10月に特恵関税「武器以外すべて」(Everything But Arms:EBA)の適用停止に向けた手続き開始を宣言したことから,政府は特恵関税がなくても生き残れるような競争力をつけるべく,経済改革にいそしんだ。中国資本が流入するプレアシハヌーク州では,建設中の建物が崩壊する事故が起き,建設プロジェクトの安全性が問題となった。

対外関係は,引き続き中国との強靭な関係を軸として展開した。EBA対策として,EU加盟国のなかでも旧知の東欧諸国との関係強化が図られた。隣国とは継続的な協力関係構築のなかで,タイとの鉄道線路が45年ぶりにつながり,ベトナムとは国境画定に向けた議論の進展も見られた。

国内政治

政党法再改正と救国党勢力分断

2018年末に2017年以来3回目の政党法改正が行われ,2017年11月に救国党の解党と同時に政治活動を禁止された政治家118人に対し,内務省への要請手続きのうえ,国王が最終的な署名を行った者にかぎり,政治活動が容認されることとなった。一方で,サム・ランシー旧救国党前党首を含む海外に滞在する党出身者や彼らを支持する勢力には,その言動に対して逮捕状が発行されたり,有罪判決が出されるなど厳しい措置がとられた。政府・人民党のこのようなやり方は,国内に残って何らかの発言をすることで政策の実現を図っていこうという人たちと,徹底抗戦をすることでより正しい民主化を実現すべきと考える人たちとのあいだに温度差を生じさせ,結果的に旧救国党勢力の分断を加速させている。

政治活動復帰を認められた9人は,新たな政党を立ち上げ,あるいは人民党に参加した。政党法改正後,まっさきに手続きを行ったのは,旧救国党元幹部のコン・コアムとその息子のコン・ボラであった。もう1人の息子コン・モニカは,元々政治活動は行っていなかったが,救国党解党後にクメール意思党を結成して,2018年総選挙にも「救国党の後継者」を名乗って参加していた。コン・コアムはクメール意思党の名誉党首に就き,コン・ボラは人民党に入党した。また,クム・ソカー旧救国党党首の娘で党広報副局長を務めていたクム・モノヴィチアは,具体策のないサム・ランシー前党首への批判を隠さず,「クム・ソカーは有罪判決後に国王から恩赦を受けることを見越している」などの噂を流すサム・ランシー前党首に近い人たちを非難していた。

海外に滞在するサム・ランシーは8月,「11月9日に帰国する」と発表した。しかし,11月7日,滞在先のパリにて,カンボジアへの帰国便の経由地となるクアラルンプール行きのマレーシア航空機への搭乗を拒否され,計画は阻止された。フン・セン首相は,ASEAN各国に対して,サム・ランシーの逮捕状を送り,帰国阻止への協力を要請した。なお,サム・ランシーの帰国を助けようとした国内の旧救国党の活動家たちは相次いで逮捕され,厳しい措置がとられた。

救国党は,2012年にクム・ソカー党首の人権党とサム・ランシー党首のサム・ランシー党が合併して設立された党で,異なる立場の人たちが混在していたのを,カリスマ的な人気と強いリーダーシップを誇るサム・ランシーと,地道で協調的な手法をとるクム・ソカーが束ねてきた。その2人が政治活動の自由を奪われ,十分な力を発揮できない状況が長引くなか,政府の度重なる揺さぶりにより,党内の分断は深まっていった。

公的セクターでの不正撲滅に向けた動き

政府は,公的セクターでの不正撲滅のため,政府高官や財閥に近い人たちに対しても例外のない摘発を進め,彼らの行動を正すための取り組みを行い,人びとのあいだに広まる根強い不信感の払拭を試みた。

2月23日,国内最大の財閥のひとつであるロイヤル・グループのキット・メン代表の兄であるキット・ティアンが経営するプノンペン最大のナイトクラブの「ロック」(Rock)が薬物取引の場となっていたことにより摘発された。現場では300人以上が逮捕され,50キログラム以上の薬物が押収された。キット・メンの関与は認められなかったが,3月11日にキット・ティアンが逮捕され,ロックは閉鎖された。

8月,フン・セン首相は,軍・警察高官らが国のポストと私人に付与される爵位「オクニャー」の両方を保持している場合,公的権力と私的権威を利用した不正を防ぐためにどちらかを捨てるように要求した。オクニャーは,50万ドル以上の寄付を行い国の発展に寄与した人たちに与えられる。この爵位を持つことで得られる威光は大きく,軍や警察の高官がこの位をあわせもつことで権力を濫用することが問題視されてきた。過去2年間,違法な森林伐採や土地収奪など,天然資源をめぐる犯罪などで12人のオクニャーが逮捕されている。首相の要求を受けて,9月以降12月までに国家警察副長官らを含む150人以上の軍・警察高官らが爵位を捨てることを選んだ。

最高諮問勧告評議会による他政党の取り込み

最高諮問勧告評議会(Supreme Council for Consultation and Recommendation:SCCR)は,2018年総選挙後,選挙に参加したものの1議席も取れなかった16政党から30人が参加する組織として,2018年9月に正式に発足した。SCCRは毎月の会合および6カ月に1度,首相も出席する会合を開催し,政府の政策や法案に意見を述べ,政府役人の不作為や違反行為について報告することなどが期待されている。2019年8月までの最初の12カ月で,90の報告書が提出されるとともに251件もの事案が調査の対象とされた。土地収奪,森林の違法伐採,環境問題など,多様な問題が取り扱われ,犯罪に関連する不正については,司法省や反汚職ユニット(Anti-Corruption Unit:ACU)とともに捜査が行われることもあった。とくに,クメール勃興党(Khmer Rise Party:KRP)のソク・ソヴァン・ヴァタナー・ソブン党首は,政府高官の関与が噂される17件の土地収奪の問題を提起した。一概に政府高官の不正が原因といえるものばかりではなく,かえって現場を混乱させているとの批判の声もあったが,問題が明るみに出たことは一定程度評価される。

ただし,SCCRは憲法上の機関でもなければ,選挙で選ばれた議会でもない,超法規的な存在である。同機関がいかなる決定をしても法的拘束力はない。首相は,12月末のSCCRの会議で成果を高く評価したが,本来であれば選挙で選ばれた議員から成る国民議会でなされるべきことを仮の機関で行っているにすぎない。人民党以外の少数派に不満を表明する機会をつくることでガス抜きを行う一方,救国党不在の状況が既成事実化されていくことは,政権の権威主義化を強めるものでしかない。

経 済

概況

カンボジア経済は2019年も好調な成長を見せた。中央銀行は,2019年の経済成長率を7.1%と推計している。インフレ率は1.9%,為替レートは1米ドル当たり年平均4052リエルと安定的に推移した。例年に引き続き,縫製品輸出,建設業,観光業の隆盛が経済成長を支えた。2019年の輸出総額は146億4600万ドル(前年比13.0%増),輸入総額は221億300万ドル(同17.5%増)で,貿易赤字は74億5600万ドル(同27.6%増)に拡大した。海外直接投資(FDI)は35億8800万ドル(同11.7%増)で,中国が全体の43%,韓国が11%,ベトナムが7%,日本とシンガポールが6%を占めた。

2018年総選挙前の人権状況悪化を契機としたEUのEBA適用停止の検討が本格化するなか,EU統計局(Eurostat)によれば,EU向けの主力輸出品である縫製品はニット衣料(HS61)が30億6489万ドル(前年比4.3%減),布帛衣料(HS62)は14億4430万ドル(同0.2%減),靴(HS64)は8億7035万ドル(同9.2%増)であった。同じくEBA適用で伸びてきたコメの輸出は,1月18日からEUがセーフガードを発動したことにより停滞し,穀類(HS10)は1億7400万ドル(同7.7%減)となった。EUへの輸出全体では前年から-0.7%の小幅な減少となった。アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)によると,対米貿易は,輸出が490万ドル(同40%増),輸入が484万ドル(同20%増)へと大幅に増加した。その背景には,2016年7月から特恵関税対象とされている鞄やバックパックなどの旅行製品の輸出が伸び続けたことや米中貿易摩擦の影響があったと考えられる。

建設業は,2019年中に出された建設許可が4446件(前年比55%増)と大幅に増え,経済成長を支えた。しかし,6月にはプレアシハヌーク州で建設中の建物が崩壊し,安全面での課題が浮き彫りとなった。観光業は,2019年に引き続き中国からの渡航者数が200万人を超えた。中国からの渡航者はプレアシハヌーク州を目的地とする人が多いことから,同州のシハヌークビル空港の到着者数が67万人(同185.5%増)に増えた一方で,シアムリアプ空港の到着人数は167万人(同14.1%減)にとどまった。

最低賃金と労働環境の向上に向けた取り組み

縫製・製靴業労働者の月額最低賃金について話し合う労働諮問委員会は8月29日から始まり,政府側は187ドル,雇用者側は186ドル,労働組合側は195ドルを求め,委員会は187ドルと決定した。同金額に対してフン・セン首相から3ドルを追加する旨の指示があり,労働・職業訓練省は,9月20日の省令(No.389)により2020年1月1日からの月額最低賃金を190ドルと発表した。首相の指示による追加が過去3年は5ドルであったのが3ドルに減少したことは,人件費上昇に対する投資家の不安を考慮したものと考えられる。なお,最低賃金に加え,10ドルの皆勤手当,7ドルの住宅・通勤手当,その他福利厚生も引き続き支給される。労働者の環境は全体的に改善されつつある一方,進出企業にとっては,電力不足とあわせて,人件費上昇が不安視されており,製造業分野での日系企業の進出は鈍化している。

深刻な電力不足

3月18日,カンボジア電力公社(Electricite du Cambodge:EDC)は電力不足を宣言した。乾季の暑さによる需要の増加とメコン川水位低下による水力発電所の発電量低下で必要電力の13%が不足し,3月から5月末,プノンペンでは大規模な計画停電が繰り返された。政府は隣国に追加の電力供給を依頼し,タイから80MW,ラオスから10MWを得た。

EDCによると,2019年の電力の設備容量は国内発電施設が2756MW,海外からの輸入が627MWで,合計3383MW(前年比28.3%増)へと大きく伸びており,年間発電量は1万2015GWh(同23.4%増)に達したが,乾季にその能力を上回る需要が発生した。全体の構成比率は,水力33.5%(前年値48.6%),石炭32.6%(同31.4%),輸入電力25.2%(同16.1%),その他8.6%(同3.9%)で,水力発電が大幅に減少している一方で,海外からの輸入が大きく伸びた。

今後に向けて,新規の発電所建設計画は複数進行しており,12月にはプレアシハヌーク州に石炭火力発電所(135MW)が完成したほか,ラオスからの電力輸入増加に備えた送電線整備も進んでいる。また,早期の稼働を目指して,ドイツおよびフィンランドから購入した発電機(合計400MW)の設備設置も急がれている。

EBA問題への対処

EUは2月から調査団を派遣し,カンボジアの人権状況改善の進捗が見られなければEBA適用を停止するという2018年10月の通告を具体化させていった。EUの方針に対して,政府は,2018年8~9月には逮捕していた活動家を釈放したり,クム・ソカー救国党党首の帰宅を許すなどの動きを見せていたものの,2019年になると,「内政干渉をされるくらいならば,EBAを取りやめられてもよい」,「そのかわりに,競争力を強化する」という立場をとるようになった。1月末,輸出入手続きのコストを削減するために,コンテナーのX線検査料金値下げ,輸出入検査および不正防止総局(通称カムコントロール)の国境での検査手続き廃止,カンボジア海運代理公社(KAMSAB)の廃止を発表し,これらは速やかに実施された。さらに,民間企業からの声に応じて,年間28日あった祝日を2020年から22日に減らすことも決定された。

実際にEBAの適用が停止された場合,EU向けの主要輸出品目である縫製・製靴,そして近年輸出が増加している自転車産業は,無税での輸出ができなくなる。世界銀行やIMFによるとEU向けの輸出が10~30%程度減少するという予測がされており,数万人規模の失業も不安視される。

EUは11月12日にカンボジア政府に対し,EBAを維持するための要求を記載した中間報告書を送付した。外務・国際協力省は1カ月後の回答期限日に,縫製工場で働く多くの女性労働者の雇用機会への配慮とともに,内政不干渉を求める声明を発表したが,人権状況を改善するような目新しい対応はなかった。2020年2月,EUは衣料品などの一部の製品に対してEBA適用停止を発表した。実際に停止される8月までに,政府が人権状況に対して何らかの対処をするのは,国内政治的に相応の効果が見込める場合に限られるであろう。まずはEU以外の国・地域へと輸出先を多様化し,競争力強化のための改革を進めることになる。

コメ輸出

カンボジア・コメ連盟(Cambodia Rice Federation:CRF)によると,2019年は62万トンの精米輸出を実現したが,重要な輸出相手のEUへの輸出は25万トンから20万トンへと減少した。コメのEUへの輸出はEBA適用により成長してきたが,イタリアなどのコメ生産国が自国のコメ産業を守るために,セーフガードの発動を要請した。これに応じて,EUはカンボジアおよびミャンマーからのコメ輸出に,1月18日以降,1年目は175ユーロ/トン,2年目は150ユーロ/トン,3年目は125ユーロ/トンの関税を課すことを決定したため,EUへの輸出が低迷した。他方,中国がカンボジアの輸出割当量を30万トンから40万トンへと増加させたほか,マレーシアやベトナムなどにも輸出が決定しており,輸出先を多様化させることで,カンボジアはセーフガード発動の影響の最小化につとめた。

プレアシハヌーク州の開発と中国資本をめぐる諸問題

プレアシハヌーク州では,中国資本によるカジノ・ホテルやコンドミニアムの建設が急激に進められ,観光客や投資家としての中国人のほかに,建設現場などで働く中国人も多く見られるようになった。中国からの投資は,地域経済の発展を大きく支えていたが,急激な中国人の増加に対して,犯罪やトラブルが相次いでいた。中国大使館によると,カンボジア国内では,2019年は10月までに1000人以上の中国人がオンライン・カジノや売春,薬物などの犯罪で逮捕され,強制送還されており,プレアシハヌーク州でも多くの事件が起きた。州政府は早期対応ユニットを設置するなどして,こうした問題に対処した。

6月22日,建設中の7階建てのホテルが崩壊し,28人が死亡した。現場は,プレアシハヌーク州知事が関与する土地でもあったことから,安全確認が見落とされていた可能性が指摘され,知事は直後に辞任した。新知事のもと,州全体で建設案件が見直され,危険と判断された建物の取り壊しが命ぜられた。また,国民議会は建設法を可決し,安全な建設を進めていくことを確認した。

中国からの観光客や長期滞在者が急増するなかで,カンボジア人の雇用を奪っているのではないかとの声があがった。8月28日,労働・職業訓練省は「外国人に禁止される職種および業務に関する省令」(No.360/19)を発表し,トゥクトゥクや旅客,貨物自動車などの商業運転手,公共の場所での露天商など合計10業種での外国人の就業・起業を禁じた。しかし,中国人をはじめとする外国人への影響が多大であることから,10月5日,労働・職業訓練省は,外国投資を奨励するためにもこの省令を取りやめるという通達を発表した。以後は,通常の外国人労働許可の手続きを厳格化することで,無秩序な就業・起業に最低限の歯止めをかけていくこととなる。

さらに8月末,フン・セン首相はオンライン・カジノへの規制を強化し,関連する業者が次々に閉鎖された。これに伴い,10万人近い中国人がプレアシハヌーク州を去った(Nikkei Asian Review,2020年1月10日付)。

中国からのカンボジア訪問者数は,2019年も236万人(前年比16.7%増,全体比35.7%)に上る。プレアシハヌーク州およびカンボジア政府は急激な中国人の流入への対応に苦慮している。中国も州内に新たに領事館を設置し,中国人関連の問題への対処に乗り出した。カンボジア政府およびプレアシハヌーク州政府は,中国の協力も得ながら,噴出する諸問題への適切な対応方法を模索している。

対外関係

蜜月が続く中国との関係

中国とは例年どおり,蜜月な関係が続いた。1月,フン・セン首相は北京を公式訪問し,習国家主席との間で両国の「運命共同体」構築に向けた議論が行われた。その際,5億8800万ドルの援助計画が合意されたほか,精米の輸入量を従前の30万トンから40万トンへと増加させる旨も約束された。

4月に北京で行われた「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムにも参加したフン・セン首相は,習主席らと会談をし,「中国-カンボジアの運命共同体構築に向けた行動計画:2019-2023」に合意・署名した。政治,安全保障,経済,人の交流,多国間協力といった分野での協力を進めていくこと,二国間での指導者層の交流を進めていくことなどが計画されている。これに基づき,今後,中国との包括的な戦略的関係の構築が進められていくこととなり,一帯一路やメコン-ランツァン協力特別基金を通じた多額のプロジェクトの実施が約束された。シハヌークビル経済特区の発展,シハヌークビル=プノンペン間高速道路建設などインフラ整備支援を進めていくことも,1月および4月の会談のなかで確認された。

東欧諸国やイギリスとの関係強化

カンボジア政府は,EUのEBAをめぐる動きを批判しつつ,EU加盟国のなかの東欧諸国と積極的な対話を行い,EBA適用停止を回避,もしくはその影響を最小化するための外交努力を重ねた。東欧諸国は,カンボジアが国際的に孤立していた1980年代にも友好的な関係を保ってきた国々である。10月,フン・セン首相は,ブダペストでの世界水サミットへの出席にあわせて,ハンガリー,ブルガリア,チェコを歴訪し,各国で首脳会談を行い,経済関係の強化,文化面での協力に関する合意とあわせて,EBA問題の解決に向けてEUへの働きかけを要請した。なかでもハンガリーとのあいだでは,両首脳が互いの国を訪問し,EBA問題への協力が繰り返し約束された。

また,EU脱退を控えたイギリスとも貿易・投資関係強化のための意見交換を積極的に行った。イギリスは,2019年は第5位の輸出相手国(全体比6.6%)であり,EBA適用停止後も重要な貿易相手国となることが期待されている。

アメリカとの非難の応酬と関係改善の兆し

EUと同様に,アメリカは2017年以降のカンボジアの民主主義の後退や人権状況の悪化を理由として,政府高官のビザ発給停止や資産凍結などの制裁を検討してきた。アメリカ下院は,7月25日,カンボジア民主主義法を可決し,カンボジアの民主主義の現状を非難した。2018年総選挙から1年を機に,アメリカ大使館があらためて救国党不在の選挙を批判する声明を発表すると,カンボジア政府は「中傷である」と強く反論した。12月,アメリカはクン・キム上級大臣(元軍人)および著名なビジネスマンであるトライ・ピアップに対して資産凍結を決定し,カンボジアの人権状況改善を求める圧力を強めた。

ただし,アメリカは,カンボジアに厳しい姿勢のみをみせてきたわけではない。2016年から,旅行用品の輸出に関して特恵関税適用を認めたことで,カンボジアの対米輸出は増加し続けている。人権状況にかんがみ,特恵関税適用停止も検討の俎上にあがることもあったが,実行はされなかった。2018~2019年には米中貿易摩擦を受けて,一部企業の生産地が中国からカンボジアに移転され対米輸出が増えるなど,経済面でのつながりを深めてきた。

11月,トランプ米大統領からフン・セン首相に対して,カンボジアの国内政治を民主的な方向に戻すことを求めつつも,カンボジア国民の主権的意思を尊重し,「政権交代を求めない」とする内容の書簡が届けられた。その後の書簡の交換を通して,2020年にアメリカで開催される米・ASEANサミットの際にフン・セン首相とトランプ米大統領の首脳会談が約束されるなど,外交関係改善の可能性がでてきた。アメリカのカンボジアに対する姿勢には,圧力と対話への動きが混在しており,大統領と議会の足並みが揃っていない様子がうかがえる。

隣国との継続的な協力関係構築

タイとは,45年ぶりにポイペト=アランヤプラテート国境で鉄道の線路が繋がり,コネクティヴィティ改善に向けた動きが進展した。両国首相は,4月22日に同鉄道にともに乗車し,開通を祝った。今後のタイ国境地域での経済活動のいっそうの発展を見越して,タイの大手スーパーマーケットのBig Cは,12月,ポイペトにカンボジア1号店となるショッピングセンターを開業した。

毎年のように課題となっているタイで働くカンボジア人労働者については,1月から12月18日までに,9979人が不法就労で強制退去させられたほか,104人がタイ国内の建設現場での事故や交通事故などで死亡,131件の人身取引および性的搾取の被害が確認された。タイで働くカンボジア人は,登録されているだけでも65万人,不法就労者を入れると100万人以上といわれていることから,国境を越えた労働者保護の仕組みの構築が必要とされている。

ベトナムとの関係では,2月,グエン・フー・チョン国家主席が国賓としてカンボジアを訪問した。水路交通や道路交通,二国間の貿易促進,観光協力の推進に関する覚書への署名が行われ,両国の友好関係,包括的な協力が平和,安定,両国民にとっての利益をもたらしてきたことが確認された。また,この会談に先んじて,ベトナムもカンボジアからコメを30万トン輸入することに合意した。長年,カンボジア産のコメは籾米のままベトナムに非公式に流入していたといわれてきたことから,公式ルートでの精米の輸出が行われることは,カンボジアの精米業にとっては重要な一歩となる。

10月,フン・セン首相がベトナムを訪問した際,「1985年国境画定条約と2005年の補足条約を補足する条約」(2019年補足条約)および「国境標石の設置に関する国境画定議定書」が署名された。ベトナムとの国境は,2019年までに全体の84%にあたる1045キロメートルの画定作業が済んでいる。両国の国境をめぐっては,カンボジアの野党勢力が政府のベトナム寄りの姿勢を批判する材料となり,2009年には,サム・ランシー救国党党首(当時)が国境杭を引き抜いたことで翌年逮捕状が出されるなど,たびたびセンセーショナルな事態を呼び起こしてきた。平和裏に画定作業を終えることは,両国にとって歴史的に意義あるものとなる。

ラオスとは,2017年以来,たびたび国境の緩衝地帯を挟んで軍が対峙するような事態が繰り返されていたが,2019年も8月半ばに,プレアヴィヒア州の国境地域で,ラオス軍とカンボジア軍が対峙する事態が生じた。ただし,8月25日,ティア・バニュ国防相はラオス国境地域での対立の発生を否定した。一方,9月12日,トーンルン・ラオス首相の来訪時には国境条約の草案に合意した。ラオスからは電力不足対策として2400MW分の電力購入の約束をしており,カンボジアにとっては国境の画定を含めた安定した二国間関係の構築が不可欠となっている。

人の交流が進む日本との関係

日本との関係では,物流の円滑化や高品質のインフラ支援などによる投資環境の整備支援が行われ,シハヌークビル港整備への支援や都市交通の改善などのプロジェクトが進められた。また,若手政治関係者らを日本に招聘する試みが2018年12月以降3回実施され,対話を通じた民主主義プロセスの支援が継続された。

3月25日,日本の警察庁,法務省,外務省,厚生労働省とカンボジアの労働・職業訓練省との間で「在留資格『特定技能』を有する外国人材に関する制度の適正な実施のための情報連携の基本的枠組みに関する協力覚書」への署名が行われ,日本による特定技能の枠組みでのカンボジア人労働者の受け入れが始まり,2019年末までに94人が働き始めた。カンボジアからの技能実習生の受け入れも拡大しており,技能実習生として日本に派遣されたカンボジア人は2019年に1万人を超えた。彼らの多くは,建設,農業分野に従事しており,少数ながら介護分野への派遣も始まっている。なお,技能実習生として滞在した後,特定技能の資格で継続して日本に滞在する道も開かれた。

2020年の課題

政治面では,旧救国党のサム・ランシー前党首の帰国やクム・ソカー党首の政治復帰が実現したとしても,すでに救国党勢力は大きく力をそがれている。そのようななかで,将来,実質を伴った複数政党による自由な選挙を行いうる状況に変えていくことができるのかが注目される。

2020年2月,EUはカンボジアへのEBA適用を一部停止することを発表した。実行されれば経済への負の影響が出ることは間違いない。人権侵害状況の改善などの対応が事実上期待できないなかで,政府は,縫製業の輸出先の多様化,競争力の強化などを進めていくことで,失業などの影響を最小化することを目指す。また,新型コロナウイルス問題が深刻化するなか,中国からの資本や観光客の動きの大幅な停滞が予想され,カンボジア経済にとっては厳しい1年になる。

対外関係では,引き続き中国との密接な関係を軸に外交関係は展開されていくだろう。他方で,人権問題をめぐって厳しい姿勢も見せていたアメリカが関係改善に関する動きを見せており,中国一辺倒の状況から多少バランスのとれた外交に回帰していくかどうかが注目される。

(地域研究センター)

重要日誌 カンボジア 2019年
   1月
3日国民議会,地方政府法修正法可決。
14日中国・カンボジアの共同出資により,環状3号線53kmの工事開始。総額2億7300万ドル。
15日アジア太平洋国会フォーラム年次会合,シアムリアプで開幕。
15日旧救国党幹部のコン・コアムとその息子コン・ボラの政界復帰が認められる。コン・コアムはクメール意思党の名誉党首に就任。コン・ボラは人民党入党。
16日EU,カンボジアからのコメ輸入へのEBA適用にセーフガード発動を決定。
20日フン・セン首相,北京訪問(~23日)。21日に習主席と会談。中国は,5億8800万ドルを援助し,精米輸入割当を30万トンから40万トンへ増加することに合意。
24日政府,国境での輸出入検査および不正防止総局(通称カムコントロール)による国境での検査手続き廃止を発表。
25日政府,カンボジア海運代理公社(KAMSAB)の廃止発表。
   2月
11日EU,EBA適用停止に向けた調査開始。
13日ベトナム,カンボジア米30万トンの輸入を約束。
14日メコン-ランツァン協力特別基金,カンボジアでの18プロジェクト(756万ドル)を決定。
17日2018年12月にインターネット電話詐欺やオンライン・カジノに関連して逮捕されていたマレーシア人47人が帰国。
21日プラック・ソコン外相,ラオス訪問。二国間協力共同委員会開催。
23日プノンペン市内の大規模ナイトクラブ「ロック」で薬物摘発。300人逮捕。クラブは閉鎖。オーナーのキット・ティアンは3月11日に逮捕。
25日ベトナムのグエン・フー・チョン国家主席来訪(~26日)。5つの協力合意文書に署名。
   3月
3日人口センサス実施(~13日)。
5日カンボジア・デイリー創業者のバーナード・クリッシャー死去。87歳。
13日中国・人民解放軍とカンボジア国軍の共同演習「金龍」実施。
14日チップ・モン商業銀行,営業開始。
14日韓国の文在寅大統領公式訪問(~16日)。
14日海外滞在中の旧救国党幹部ら8人に叛逆の共謀や扇動の容疑で逮捕状。
18日カンボジア電力公社(EDC),電力不足を宣言。
19日シアムリアプでのタクシー運転手殺害事件で日本人2人を逮捕。
19日5人の旧救国党幹部らに政界復帰が認められ,19日までに9人が政界復帰。
25日日本との「在留資格『特定技能』を有する外国人材に関する制度の適正な実施のための情報連携の基本的枠組みに関する協力覚書」署名。
   4月
3日チュロイ・チョンヴァー橋(通称日本友好橋)の修復工事完了し,使用を再開。
22日タイ国境のポイペト=アランヤプラテートをつなぐ鉄道の線路が完成。鉄道が45年ぶりにつながり,プラユット・タイ首相とフン・セン首相が開通式典に出席。
23日内務省,旧救国党幹部リアル・ケムリンのクメール保守主義党設立を承認。
26日フン・セン首相,「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム参加のため中国・北京訪問(~29日)。
29日ミャンマーのアウンサンスーチー国家最高顧問来訪(~5月1日)。
   5月
2日プノンペン裁判所,サム・ランシーの兵士の士気を低下させるような発言や,国王への不敬発言に対して有罪判決。
9日シハモニ国王,憲法評議会議員にケオ・プット・レアスメイを任命。
26日都・州・地区・コミューン評議会議員選挙実施。人民党のほか7党が参加し,全4114議席中4034議席を人民党が獲得。
29日フン・セン首相,日本訪問(~31日)。安倍首相と会談。人材育成,シハヌークビル港倉庫建設支援などで合意。
30日プラック・ソコン外相,中国訪問。
31日保健省,無免許医が経営するクリニックを閉鎖する書簡を発表。
31日プレアシハヌーク州,多くの開発課題に対処するための早期反応ユニットを設置。
   6月
11日EDC,中国企業2社と合計400MWの発電所建設について合意。
13日フン・セン首相,タジキスタンでのアジア信頼醸成措置会議出席後,ハンガリー,トルコを歴訪(~16日)。
17日国民議会,石油法可決。
19日インド,メコン=ガンガ協力イニシアティブを通じて,カンボジアで19プロジェクト(90万ドル)の実施に合意。
21日ガルーダインドネシア航空の子会社シティリンク,プノンペン=ジャカルタ便就航。
22日フン・セン首相,ASEAN首脳会議参加のためタイを訪問(於バンコク)。
22日プレアシハヌーク州で建設中の7階建て建物が崩壊。28人死亡。
   7月
1日国民議会,「国家戦略的開発計画2019-2023」を可決。
3日政府,フィンランドから発電機(発電能力200MW)購入の合意。
3日フン・セン首相,ジュネーブでのWTO会合出席。
15日アジアインフラ投資銀行(AIIB),光ファイバーネットワーク敷設プロジェクトなど9件(7500万ドル)の融資決定。
16日シハヌークビル港で83個のコンテナから大量のプラスチックごみ発見。9月にコンテナをアメリカおよびカナダに返送。
25日アメリカ下院,カンボジア民主主義法可決。
   8月
1日カンタボパー小児病院に心臓手術センターが開設。
4日ポル・ポト政権第2位の地位にあり,クメール・ルージュ裁判第2-1事案で終身刑判決が確定し,第2-2事案の裁判中だったヌオン・チアが死去。93歳。
6日第10回日本・カンボジア人権対話開催。
7日シリセーナ・スリランカ大統領来訪(~11日)。
7日計画省,3月実施の人口センサスの暫定結果発表。総人口1528万8489人。
18日サム・ランシー旧救国党前党首,11月9日に帰国の意思があることを表明。
22日フン・セン首相,軍や警察での地位と爵位「オクニャー」の両方を保持する人に対し,どちらかを選ぶように求める。
25日ティア・バニュ国防相,ラオス国境でのラオス軍との対立発生を否定。
26日日鉄鉱業株式会社,2020年から3年間の銅採掘権を獲得。
28日労働・職業訓練省,10業種への外国人の就業・起業を禁止する省令発表。
   9月
2日マレーシアのマハティール首相来訪(~4日)。
10日コンポントム=コンポンチナン間の道路(57.3km)開発計画発表。総額2億ドル。
11日政府,ラオスからの2400MW買電計画に合意。
12日ラオスのトーンルン首相来訪(~13日)。首脳会談で,国境条約草案に合意。
12日政府,ASEAN全加盟国にサム・ランシーの逮捕状送付。
14日カンボジア靴協会設立。83社の製靴企業,70社のサプライヤーが加盟。
17日第3回カンボジア・ラオス・ミャンマー・タイ・ベトナム労働協力に関する大臣会合開催。フン・セン首相,越境労働者も対象にした社会保障制度設立を提案。
20日2020年1月からの縫製・製靴労働者の月額最低賃金が190ドルに決定される。
  10月
4日フン・セン首相,ベトナム公式訪問(~5日)。「1985年国境画定条約と2005年補足条約を補足する条約」「国境標石の設置に関する議定書」に署名。
4日野党勢力による学歴詐称疑惑の声に対して,アメリカの陸軍士官学校(通称ウェストポイント)はフン・マナエト副総司令官が1999年に正式に卒業したことを発表。
5日労働・職業訓練省,8月の省令で定めた外国人の就労・起業禁止の見直しを決定。
7日国民議会,建設法を可決。
13日フン・セン首相,チェコ,ハンガリー,ブルガリアを訪問(~17日)。各国首脳にEBA問題でのカンボジア支持の協力を依頼。
21日シハモニ国王,天皇の「即位礼正殿の儀」に出席のため訪日。
25日政府,店舗などの看板にGoogle翻訳によるクメール語を掲示することを禁止。
29日フン・マナエト副総司令官,ハノイ訪問。
  11月
2日フン・セン首相,ASEAN首脳会議などに参加するためタイ訪問(~4日)。
4日国民議会,ベトナムとの「1985年国境画定条約と2005年の補足条約を補足する条約」を承認。
5日カンボジア・アンコール航空,プノンペン=ダナン便就航。
7日サム・ランシー,パリから帰国を試みるも,マレーシア航空に搭乗を断られる。
10日クム・ソカー旧救国党党首の自宅軟禁解除。国内移動は容認も政治活動は認めず。
12日EU,EBA適用停止を検討する中間報告書をカンボジア政府に送付。
18日故シハヌーク前国王の長女で元文化芸術相のボパー・デビ王女が76歳で死去。
21日政府,公務員の定年を60歳に変更。
21日アメリカ・トランプ大統領から首相に,「政権交代を求めない」との書簡が届く。
25日フン・セン首相,ASEAN・韓国,メコン・韓国の首脳会議参加のため韓国訪問中,義母の病気により途中帰国。
26日国民議会,労働組合法修正法を可決。
26日ACLEDA銀行,株式市場に上場。
  12月
2日プノンペン裁判所,クム・ソカー旧救国党党首の捜査終了宣言。2020年1月15日の裁判開始を決定。
2日中国聯合網絡通信(通称チャイナユニコム),カンボジアでの営業を開始。
2日タイの大手スーパーマーケットBig C,ポイペトにショッピングセンターを開業。
9日アメリカ,クン・キム上級大臣とビジネスマンのトレイ・ピアップの資産凍結。
16日旧救国党議員や幹部ら8人が新党結成に向けて合意。
24日トゥボーンクモム州ベトナム国境にダー共同国境市場が開設。
31日国民議会,2020年予算法を可決。前年比22.7%増の総額82億ドル。
31日旧インターコンチネンタルホテル(2018年からGreat Dukeホテル)が経営不振のため閉鎖。

参考資料 カンボジア 2019年
①  国家機構図(2019年12月末現在)
②  大臣会議名簿(2019年12月末現在)

(注)  は副首相, **は上級大臣。

③  立法府
④  司法府

主要統計 カンボジア 2019年
1  基礎統計

(出所)人口は人口センサス2013および2019,籾米生産は農林水産省,インフレ率はIMF,為替レートは中央銀行資料より作成。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(出所)ADB, Key Indicators 2019.

3  産業別国内総生産(実質:2000年価格)

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別貿易

(出所)IMF, “Direction of Trade Statistics”(ウェブサイト)より作成。

5  国際収支

(注)1)予測値。

(出所)National Bank of Cambodia, Annual Report 2018.

6  中央政府財政

(注)1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

7  中央政府財政支出

(注)1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

 
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