アジア動向年報
Online ISSN : 2434-0847
Print ISSN : 0915-1109
各国・地域の動向
2019年のタイ 8年ぶりの下院総選挙とプラユット首相の再選
青木 まき(あおき まき)
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2020 年 2020 巻 p. 261-288

詳細

2019年のタイ

概 況

3月24日,タイでは前回以来8年ぶりに下院選挙が実施された。立候補政党の解党,開票遅延などの紆余曲折の末,国家平和秩序維持評議会(NCPO)の受け皿政党であるパラン・プラチャーラット党(PPRP)が下院での連立形成に成功し,2014年のクーデタ首班であったプラユット・チャンオーチャーNCPO議長兼首相を第61代首相に選出した。実質上NCPOの支配が継続した形だが,野党新未来党の解党をめぐる憲法裁判所の審理に対する国民の反発や,連立政権内でのポスト争いなど,不安要因は依然として多い。

経済面では,米中貿易摩擦の影響から輸出が縮小し,実質国内総生産成長率は2.6%に留まった。政府は低所得者向けの現金給付などの政策を打ち出したほか,タイの産業高度化とそのための環境整備を目指す「タイランド4.0」計画を新政権成立後も継続し,中核的事業である東部経済回廊(EEC)開発に引き続き取り組んでいる。プラユット内閣は南部,北部,東北部でも同様の経済回廊計画を決定し,EECとの連繋による地方開発を目指している。しかし,選挙後の組閣遅延に伴って2020年度予算の成立も遅れ,政府は最終四半期に十分な支出を行うことができず,各種の景気刺激策も効果が現れていない。

対外関係では,ASEAN議長国として首脳宣言などの合意を取りまとめ,ASEANの一体性を示すことに貢献した。クーデタ以来冷え込んでいた欧米諸国との関係も,懸案だった下院選挙が実施されたことで障害が消え,関係修復が進んだ。米中対立の深刻化が懸念されるなか,タイはアメリカと安全保障上のパートナーシップを確認した一方,中国ともインフラ連結性強化のための政府間合意を交わすなど,大国間で政治的なバランスを保つことに成功している。しかし実務面では,アメリカによる特恵関税対象からの主要品目除外措置や,タイ中国鉄道開発計画における契約交渉の難航など,多くの課題が残されている。

国内政治

選挙日程の延期と政党の動向

国家平和秩序維持評議会(National Council for Peace and Order:NCPO)政権が下院選挙の投票日を公式に2019年2月24日と決定したのは,クーデタから4年以上を経た2018年12月であった。ところが,2019年元日に王室秘書局がマハー・ワチラロンコーン国王の戴冠式を5月に実施すると急きょ発表したことを受け,選挙委員会は戴冠式準備を優先するとして,投票日を3月24日に延期した。選挙委員会の判断に対し,国民の間からはNCPO政権の延命を図るものだとして,批判の声が上がった。

今回の選挙の争点は,選挙を通じてNCPOの影響を排除できるか否かにあった。なかでも注目されたのは,プラユット政権の元主要閣僚らが2018年に結党した「パラン・プラチャーラット党」(Phak Palang Pracharat:PPRP)の動向である。「プラチャーラットの力」を意味する党名は,NCPOの目玉政策だった格差解消のための官民協力事業「プラチャーラット政策」に由来する。PPRPが,プラユット・チャンオーチャーNCPO議長兼首相に自党の首相候補となることを要請したことからも,NCPOが同党を受け皿として権力の座に留まることを目指しているのは明白だった。PPRPはチョンブリー,カーンチャナブリーなど中部を中心に,現地の有力者である末端行政担当者やその家族に働きかけ,自党から立候補させた。さらに他の対立政党から議員を引き抜いて自党候補とすることで,新興政党としての支持基盤の弱さを補強した。

一方,NCPO支配の終焉を訴える反軍事政権派の政党としては,2014年のクーデタまで政権を担ったタクシン派のタイ貢献党,新興政党として古い政治からの脱却を謳う新未来党が注目を集めた。タクシン派は,領袖であるタクシン・チンナワット不在のまま,選挙の度に最多議席数を得て政権を獲得するが,憲法裁判所から違憲判断を受け解党されることを繰り返してきた。この経験を踏まえ,今回タイ貢献党はタイ護国党,プラチャーチャート党,プアチャート党など複数の分党を用意し,地盤である北部や東北部でタイ貢献党から,それ以外の地域では分党から候補者を立て,解党による全滅を避けつつ選挙区を分担する作戦をとった。

新興政党である新未来党は,大手自動車部品メーカー,タイ・サミット・グループの副社長であるタナートン・ジュンルンルアンキット党首のもと,軍事政権の終焉を訴えた。さらに,ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)による立候補者公募やクラウドファンディングによる資金集めといった運営方法を通じ,都市部の若い有権者を中心に支持を広げていった。

他方,2000年代に反タクシン運動の急先鋒として支持を集めた民主党は,軍事政権の是非をめぐって内紛を抱え,ステープ元幹事長を中心とする軍事政権支持派が党を離脱してタイ国民合力党を結成した。

2017年憲法の定める選挙制度と有権者の動向

ここで今回の下院選挙の手順を確認したい。今回の選挙では,下院議員500人の選出に際し,従来の小選挙区制と比例代表制の「並立制」ではなく「連用制」が採用された。日本の衆議院選挙で用いられる小選挙区比例代表並立制とは異なり,この制度で有権者が投票するのは小選挙区候補のみであり,比例区候補を直接選ぶことができない。比例区の議席は,小選挙区での得票率を反映して配分される。各政党は,小選挙区で獲得した議席数から算出された割合を超えて比例代表議席の当選枠を得ることができないため,この制度のもとで政党が単独で大勝するのは難しいといわれる。

また,2007年憲法の下で行われた前回(2011年)の下院選挙では,有権者は選挙区と比例区で各1票ずつ投票できた。このため小選挙区では自分の利害と直結した地方政治家を選び,比例区では支持政党に投票することが可能であった。しかし,今回は投票が小選挙区議員選出の一度だけとなったことから,有権者は選挙区立候補者個人への支持と政党への支持の二者択一を迫られることとなった。2019年1月に国立行政開発研究院(NIDA)が発表した世論調査では,「何を基準に候補者を選ぶか」という質問に対し,回答者の約41%が「地元や国に成果をもたらす人」と答えている。有権者にとって今回の下院選挙は,軍事政権の是非よりも,小選挙区レベルの人間関係や個人的利益を優先せざるを得なかった様子がうかがわれる。

なお首相選出は,各政党が立候補登録時に選挙委員会へ提出した首相候補者名簿に基づいて行われる。今回は2017年憲法経過規定に基づき,首相指名を国会の合同会議(750人)で行うこと,当初の5年間に限って上院議員を「規定の手続きに基づきNCPOの助言によって国王が任命する250人」とすることが定められていた。つまり今回の選挙は,選挙前から国会議員のうち3分の1をNCPOが掌握できる仕組みになっていたのである。政党が自党の推す候補を首相に選出するためには,上下院合同の過半数以上,下院総数の75%以上に当たる376議席を確保しなければならない。政権交代をねらうタイ貢献党などの反軍事政権勢力は,大勝の難しい下院議員選出制度のもとで,75%以上の議席を獲得することを強いられたのである。

王女の首相候補擁立をめぐるタイ護国党の解党処分

2月4日に立候補登録受付が始まり,各党は自党の候補者と党の推薦する首相候補者名簿を選挙委員会へ申請した。各党が登録を進めるなか,2月8日にタイ護国党が首相候補としてウボンラット王女を擁立すると発表した。ウボンラット王女は,プーミポン・アドゥンラヤデート前国王とシリキット王太后の長子であり,現国王マハー・ワチラロンコーン国王の実姉である。1970年代に外国籍の一般人と結婚したことで王籍を離れたものの,1990年代末に離婚してからは王族に準じた扱いを受けていた。王女擁立は,王女の権威によって解党のリスクからタクシン派を守り,選挙後の議会内における多数派形成を有利に運ぶことをねらったタクシン派幹部の判断と見られた。王党派と対立してきたタクシン派政党が王女を首相候補に擁立したというニュースは,大きな驚きをもってタイの国内外で報じられた。

しかし,王女擁立が公表された2月8日深夜,マハー・ワチラロンコーン国王は勅令を発し,タイ王室は政治の上に存在するとしたうえで,王女は王族と等しく,首相候補に擁立することはタイの慣習や伝統に照らして許し難いと宣言した。勅令を踏まえ,タイ護国党は翌日に王女の立候補を取り下げた。選挙委員会は,「国王を元首とする民主主義」への毀損行為を禁じた政党法第92条違反の疑いで,12日に憲法裁判所へタイ護国党の解党審理を申請した。憲法裁判所は翌日に訴えを受理し,王室の政治的中立性を侵犯したという理由で3月7日にタイ護国党に解党命令を下した。解党によりタイ護国党は立候補が無効となったため,兄弟党の間で選挙区を棲み分ける作戦をとっていたタクシン派は,全国100カ所の選挙区で候補者不在のまま投票日を迎えることとなった。

選挙委員会は2月8日に立候補受付を締め切り,77党約1万1440人(うち小選挙区8630人,比例区2810人)の下院議員選挙候補者,45党69人の首相候補者を公式に承認した。立候補申請者数は前回2011年総選挙時の3.7倍に当たり,8年ぶりの下院総選挙に対する国民の関心の高さがうかがわれた。

投票の混乱,開票の遅延

3月に始まった投票プロセスは,タイの憲政史上稀に見る混乱のなかで行われた。3月7日に行われた在外投票では,ニュージーランド在住のタイ人1542人分の投票用紙が期日(3月24日)までに選挙委員会事務局に届かなかったため,無効と判断された。17日の国内不在者投票および24日の投票をめぐっては,157件もの不正投票や違法行為の報告が選挙委員会に寄せられた。バンコクや東北部など一部の選挙区では投票者数と開票数が一致せず,4月になって選挙委員会は一部選挙区での再投票を決定した。

選挙委員会は投票日から4日後の3月28日に小選挙区候補者の得票数と全国での各党の得票数合計のみ公表し,比例代表議席の当選者発表は5月6日の国王戴冠式の後に持ち越しとした。小選挙区と比例代表の当選者氏名が発表されたのは5月7日,比例代表による各党の獲得議席数が公表されたのは翌8日だったが,3度にわたって発表された結果はそれぞれ数値が異なった。相次ぐ不手際や不透明な手続きに対し,国民の間からは選挙委員会の引責辞任を求める声が上がった。混乱の末に最終結果が公表されたのは,再投票の終了した5月28日であった(表1)。

表1  2019年下院選挙における各党立候補者数,得票数と獲得議席数(2019年5月28日時点)

(出所)選挙委員会資料より,筆者作成。

選挙委員会は,5月8日に比例区議員への議席配分を以下のように発表した。3月28日の暫定結果を踏まえると,選挙区選出議員は349人,比例区は149人となる(再選挙が確定した1カ所を除いた数)。有効投票数3544万1920票を498で割った約7万1168票を基準値とし,この数で各党の比例区での獲得議席数を算出すると,全国で788万1006票を獲得したタイ貢献党は110議席となる。同党は小選挙区で136議席を獲得しているため,比例区での議席配分はゼロとなった。これにより,タイ貢献党の比例候補者名簿の筆頭候補であり,同党首相候補だったスダーラット・ゲーユラパンは落選した。

しかし,当初の計算方式に従うと,各党に割り当てられる議席が総議席数(4月の再選挙を除いた149)を超えてしまうことが明らかになった。このため,小選挙区で97議席を獲得(総得票数は841万3413票)したPPRPは,最初の計算では21議席となったものの,各党の比率を一律に削減する調整の結果,19議席とされた。この調整の結果,今度は議席が149人に11人足りなくなった。このため,選挙委員会は得票数が約7万1168票に及ばない小政党に1議席ずつ配分した。

連立によるPPRP政権発足

事前の予想どおり,タイ貢献党は小選挙区で単独政党としては最多の136議席を得た。しかし得票数をみると,約56万票の差でPPRPに首位を譲ったことがわかる。過去の選挙でタクシン派政党がいずれも最多得票で第1党となってきたことと比較すると,タイ貢献党は今回前例のない苦戦を強いられたといえよう。苦戦の最大の理由は,タイ護国党の解党処分であろう。同党の解党処分により,タクシン派は350の選挙区のうち100カ所で候補者不在となった。また北部では,タイ貢献党からPPRPに移籍した複数の現役候補者が当選した。新たな選挙制度のもとで,有権者が党の方針よりも候補者個人の実績を重視して投票したことも,タイ貢献党の得票が伸び悩んだ一因と考えられる。

PPRPは全国で最多の約844万票を獲得し,116議席を得て第2党となった。中部では36議席を得たほか,民主党の地盤といわれた南部とバンコクでそれぞれ14議席と12議席を獲得し,新党としては大躍進といってよい結果を出した。

新党である新未来党も,中部とバンコクでそれぞれ15議席と9議席を獲得した。また,小選挙区31議席に対し比例区では50議席を獲得し,新選挙制度の恩恵を最も大きく受けた形となった。バンコクではタクシン派の候補が不在となった選挙区が8区あり,そのうち6区で新未来党の候補が当選している。軍事政権に反対する有権者の票がタクシン派政党から新未来党へ流れた可能性が高い。

かたや2011年の選挙で第2党であった民主党は,53議席と前回の3分の1まで議席を減らし,新未来党の後塵を拝する結果となった。なかでも地盤といわれた南部やバンコクで,PPRPをはじめとする他党に議席を奪われたことの影響は大きく,民主党のアピシット党首は選挙後に辞任した。

公式結果確定以前の3月27日,タイ貢献党,新未来党など7党(タイ貢献党,新未来党,自由合同党,新経済党,プラチャーチャート党,プアチャート党,パラン・プアンチョンタイ党)は,「民主主義派連合」結成を発表した(Krungthep Turakij,2019年3月27日)。7党の保有議席を合計すると246人になる。首相指名に必要な上下院の過半数376人には届かないものの,PPRPによる連立政権成立を阻止するため先手を打つ動きだった。しかし,5月には1議席政党11党に加え,立場をあいまいにしてきたタイ国民開発党とタイ矜持党が,それぞれPPRPとの連立の意思を表明した。6月4日には民主党もPPRPとの連立に合意し,軍事政権支持派は254議席を確保することが確実となった。

選挙結果公表から1カ月後の6月5日,上下院合同会議で500人の支持を得てプラユットNCPO議長が新首相に選出された。新内閣は7月10日の国王宣誓式を経て,16日に正式に発足した。NCPO政府から留任した閣僚は,ソムキット・チャトシーピタック(経済担当副首相),ウィサヌ・クルアンガーム(法務担当副首相),アヌポン・パオチンダー元陸軍司令官(内相),プラウィット・ウォンスワン元陸軍司令官(安保担当副首相)などである。NCPOの中核メンバーが留任したことからも,新政権は実質的にNCPO政権からの続投といえる。ただし新内閣36人のうち半数は民主党,タイ矜持党,タイ国民開発党など連立政党から入閣しており,ポストをめぐり政党間でし烈なやり取りがあったことをうかがわせる。

野党勢力への圧力,連立与党内の内紛

議会が再開したものの,PPRP政権に対抗する野党などの勢力に対し,政府は2019年を通じ圧力をかけ続けた。その最たる例が,躍進した野党・新未来党とその党首であるタナートンへの司法告発であろう。新未来党に関わる告発は,以下の5件である。

  • ①タナートンが虚偽の情報をSNSに流したというNCPOによる刑事告発(2月19日)
  • ②新未来党のウェブサイトに掲載されたタナートンの経歴が詐称であるとする民間団体から選挙委員会への告発(2月25日)
  • ③タナートンが2017年憲法の国会議員によるメディア企業株所有規定に違反したという,選挙委員会から憲法裁判所への審理請求(5月23日請求受理決定)
  • ④タナートンによる新未来党への1億9100万バーツの貸し付けが,1人100万バーツ以上の個人献金を禁じた政党法に違反するという民間団体からの選挙委員会への告発(12月25日請求受理決定)
  • ⑤「立憲民主主義を尊重する」と明記した新未来党の規約が「憲法に定める国体(国王を元首とする民主主義)を否定している」として解党を求めた,弁護士から憲法裁判所への審理請求(7月21日請求受理決定)

このうち①と②については,調査の結果起訴取り下げ,あるいは不問となったものの,③,④,⑤については憲法裁判所が審理を決定した。

5月16日,選挙委員会は国会議員のメディア企業株所有を禁止した2017年憲法の規定にタナートンが違反しているとして,憲法裁判所へ審理を申請した。憲法裁判所は5月23日にこの訴えを受理し,タナートンに対し議員資格一時停止の仮処分を下した後,11月20日に違反を認めてタナートンの下院議員資格取り消しの判決を下した。なお,憲法裁判所は,野党7党が請求したプラユット首相の就任資格審理を7月21日に受理しているが,プラユットに対し議員資格一時停止の処分は下されていない。

5月21日には,NPO「憲法擁護協会」のシースワン・ジャンヤー会長がタナートンの党への貸付が献金に該当するとして,政党法違反の疑いで新未来党の解党を選挙委員会に申し立てた。選挙委員会は12月11日にタナートン党首による同党への選挙資金融資が違法であると判断し,憲法裁判所に対して同党の解散審理を要請した。判決は翌年へ持ち越され,12月14日には選挙委員会の告発に反発した新未来党の支持者がバンコク都内で抗議集会を行った。

相次ぐ司法告発に加え,国軍幹部からも野党の政治行動に対する批判的発言が続いた。選挙期間中の2月に国防費の削減や徴兵制廃止を公約として訴えたタイ貢献党のスダーラット党戦略委員長に対し,アピラット・コンソンポン陸軍司令官は同氏を冷戦期の共産主義者(国家への反逆者と同意)になぞらえ,厳しく批判した。また同司令官は,4月2日に外国メディアのインタビューに対し,新未来党の幹部を「外国に留学して極左思想に染まった」者と表現し,その活動を批判した。アピラットは,8月9日にもロイターの取材に対し,「新興政党」がフェイクニュースを使って若者に宣伝活動をしていると発言している。これらの発言は,議会再開後の政治に国軍が依然として影響力を及ぼそうとするものとして,メディアや識者からの批判を惹起した。

野党に対する国軍の圧力発言が続く一方,PPRPを中心とする連立政権もまた,内部に不安定要因を抱えている。連立を形成した17政党のうち,閣僚ポストを得たのはPPRPを含む6党のみである。閣僚選出から漏れた少数政党のひとつであるタイ文明党は,2019年8月の時点でプラユット支持派からの離脱を表明した。また議会の外でも,PPRPの選挙運動を支えた地方行政担当者らが,選挙後に政府に対しさまざまな権利要求を行っている。PPRP政権の安定は,こうした議会内外での支持派に対する利益分配に大きく左右されることが予想される。

経 済

輸出不振と政府支出の遅延による景気減速

2019年のタイ経済は,前年から続く米中経済摩擦の深刻化やそれにともなう外需不振,2019年に入り深刻化したバーツ高の影響を受け,輸出を中心に大きく減速した。2019年第1四半期に2.8%だった実質国内総生産の成長率は,第4四半期には1.6%まで縮小した。2019年通年での実質国内総生産成長率は2.4%であり,クーデタの起きた2014年の1.0%以来の低水準にとどまった。

生産面から実質国内総生産を見ると,農業は2018年の年間成長率5.1%から,2019年は0.1%と大幅に減少した。タイのコメ輸出の半分を占める普通米の国際市場における販売不振や,台風や洪水といった天候不順の影響がうかがわれる。製造業についても,実質国内総生産の成長率は-0.7%とマイナス成長を記録し,2018年の3.0%から大きく後退した。中国の輸出向け機械製品に組み込まれるタイ製部品の対中輸出が減少したことに加え,バーツ高による海外市場での他国製品との価格競争が影響したとみられる。タイ工業連盟自動車部会の発表によれば,2019年の自動車生産台数は前年比7.1%減の201万3710台となっており,2014年以来5年ぶりの減産となった。他方で,観光関連業は年間を通じて堅調に成長し,宿泊・飲食業は5.5%,芸術・娯楽・レクリエーション業は11.4%の成長率を記録した。

支出面から見た場合,民間消費支出は年間で4.5%増加した一方,政府支出は1.4%と前年から縮小した。これは後述するように2020年度予算法案の成立が遅れたことの影響とみられる。財・サービス輸出は-2.6%となっており,とくに財の輸出が-3.6%と縮小が著しい。

国家経済社会開発評議会事務局(NESDC)は,2019年11月17日の時点で翌年の経済成長率を2.7~3.7%と楽観的に予測していた。しかし,その後2019年第4四半期の主要経済指標が明らかになると,2020年の経済成長予測値を1.5~2.5%と下方修正した。世界経済の減速が続くなかで輸出をタイの独力によって回復させることは難しく,政府は内需の刺激策を中心として,景気の下支えを試みている。

プラユット政権の景気刺激政策

上向かない経済への対策は,2019年を通じプラユット政権にとって最大の政策課題であった。下院議員選挙前の2月初旬にNIDAが行った世論調査では,回答者の55%が新政府の最優先課題として経済対策を挙げている(Bangkok Post,2019年2月16日)。こうした状況を踏まえて,プラユット政権は4月の下院選挙投票日の直後(つまり新内閣の成立以前)から積極的に景気刺激策を提示した。4月30日の閣議では,国民福祉カードによる現金給付と,個人所得控除からなる総額218億バーツの景気対策を決定している。国民福祉カードとは,所得が一定額以下の者に対し,現金給付を含む各種の支援を供与するための登録証である。政府は2017年から実施されていたこの政策を用いて,今回は障がい者,自営農家,育児家庭や登録済みの低所得者など延べおよそ2200万人に対し,プラチャーラット基金から拠出した132億1000万バーツを新たに給付した。また国内観光支出やレクリエーション用品,学用品,一村一品政策による地方特産品などを期間限定で個人所得控除の対象としたほか,住宅取得支援の税制優遇措置,政府系金融機関での低利融資措置も設けている。

また新政権発足後の8月には,新たに3160億バーツの景気対策として,国民福祉カードによる現金の追加支給や支給額引き上げ,干ばつに苦しむ農家支援のための緊急融資や村落基金からの借入金の返済猶予,中小企業に対する低利融資,民間投資刺激のための税制優遇措置などを閣議で承認した。

これらはいずれも時限的措置であり,ことに予算支出を必要とする現金給付などの政策は,2019年度予算が執行可能な9月末までしか実施できない(タイの会計年度は10月から翌年9月末まで)。プラユット政権は総額3兆2000億バーツの2020年度予算法案を編成していたものの,選挙とその後の組閣プロセスの遅れにより,国会で予算案審議が始まったのは,会計年度の改まった後の2019年10月17日であった。このため最終四半期に政府は十分な支出を行うことができず,景気回復の兆しは見えないままであった。

EEC計画の進展と拡大

低所得者支援と並びプラユット政権が力を注いだのが,東部経済回廊(EEC)計画である。プラユットは7月の所信表明演説で産業高度化による経済発展を政策課題として掲げた。EECはそのための環境整備を目指す「タイランド4.0」計画の中核的プロジェクトであり,外資の力を借りてデジタル産業の集積をタイに作り,経済成長の原動力とすることを目指している。2000年代半ば以降,成長を続けるASEAN諸国のなかにあって伸び悩むタイにとって,産業高度化のためのメガプロジェクトは積年の課題だったが,相次ぐ政治混乱のなかでたびたび棚上げにされてきた。EECの中心となるのは「5大インフラ事業」としてプラユット内閣が承認した,東部高速鉄道計画,ウータパオ空港・臨空都市計画,航空機メンテナンス・リペア・オーバーホールセンター(MRO)計画,マープタープット港拡張計画(第3フェーズ),レムチャバン港拡張計画(第3フェーズ)の5件(総額約7000億バーツ)であり,いずれも官民協力(PPP)方式が採用されている。また政府はEECとは別に7県10都市でのスマートシティ構想を2017年から推進しており,EEC建設が予定される東部3県(チャチュンサオ,チョンブリー,ラヨーン)もその対象地域となっている。

これらのEEC主要計画のうち,2019年に具体的進捗があったのはマープタープット港拡張計画(第3フェーズ)と東部高速鉄道計画の2つである。マープタープット港拡張計画は,ガルフ・エナジー・ディベロップメントとPTTタンクターミナルのコンソーシアムが応札し,「5大事業」のなかで先陣を切る形で,10月1日に正式契約に至った。東部高速鉄道計画については,2019年初頭にCPグループを中心とするコンソーシアム(CPグループ,中国鉄建,イタリアンタイ・ディベロップメント,チョーガンチャーン,バンコク・エクスプレスウェイ&メトロ,日本海外交通都市開発事業支援機構,中国中信集団,日本国際協力銀行[JBIC],現代グループなど)が応札していた。しかし,土地の収用条件や契約の細部をめぐってEEC事務局やタイ国鉄との間で交渉が難航し,正式契約は当初の見込みを超えて2019年10月14日にずれ込んだ。なおウータパオ空港・臨空都市については3月21日にCPグループコンソーシアムがプロポーザルを提出したものの,手続きに不備があり失格となり,これを不服としたCP側が行政裁判所に提訴したことから,年内には契約に至らなかった。

なお2019年は,EECやスマートシティ計画をめぐって日本と中国,タイ政府の間で実務的協力が進んだ点も注目したい。3月7日にJBICの前田総裁がプラユット首相との会見の場で,EECやスマートシティ開発への融資を表明した。翌月には,中国の国家開発銀行(CDB)もスマートシティへの融資を約束している。5月初旬には日本の国際協力機構(JICA)がスマートシティ構想のフィージビリティ調査を実施し,21日にCDBとJBIC,EEC事務局の間で,ウータパオ空港・臨空都市,スマートシティ,大メコン圏協力(GMS)物流開発に対する投資誘致協力覚書が締結された。

さらにプラユット政権は,経済回廊を他の地方にも建設し,EECと連携することで地方開発を推進しようとしている。1月22日には閣議でチュムポーン,ラノーン,スラータニー,ナコーンシータマラートの南部4県における農業,観光のための経済回廊計画(SEC)として,116事業,1068億バーツを承認した。また3月には,中部,北部,東北部での経済回廊計画(総額944億バーツ)を承認している。これらの地方経済回廊は,「タイランド4.0」計画の提示する産業クラスター戦略に基づいて,北部ではバイオエコノミー,観光,サービス,そしてGMS経済回廊のための物流センターを,そして東北部には,バイオエコノミー,鉄道・航空産業,メコン河を軸とした観光事業のクラスター建設を目指すというものである。ただしこれらの事業は審議が遅れている2020年度予算を財源としていることから,具体化は来年度以降となることが予想される。

投資委員会(BOI)の発表によれば,2019年の新規投資申請のうち「タイランド4.0」の重点産業向けの新規申請件数は,前年比16%増,新規申請額全体の38%に当たる838件(ただし金額は前年比59%減の2865億バーツ)であった。EECやスマートシティ計画は外資誘致の目玉事業であり,経済開発の原動力として期待されているものの,契約交渉の難航や政府予算執行の遅延など,実行のペースが遅れている点が憂慮される。

対外関係

議長国外交の成果と限界

2019年,タイ政府はASEAN議長国を担当し,ASEANとその関連会議の運営に奔走した。6月20日から開かれた第34回ASEAN首脳会議で,加盟国は「インド太平洋に関するASEANアウトルック」を採択し,インド太平洋地域においてASEANが中心となり戦略的な役割を担うことを確認した。さらに2019年11月2日から開催された第35回ASEAN首脳会議では,ASEAN加盟国の一部が中国と領有権を争う南シナ海問題について,前回2018年の議長声明にあった「懸念」(concern)の表現が維持された。近年,対中姿勢をめぐるASEAN諸国間の足並みの乱れが指摘されるなかで,加盟諸国が南シナ海問題に対し一丸となって臨む姿勢を維持したことの意義は大きい。前回議長国を務めた2009年,タイでは反政府デモ隊がASEAN会議会場となっていたホテルに乱入し,ASEAN+3(日中韓)首脳会議が中止となる前代未聞の事態を招いた。その10年後,タイは議長国としてつつがなく会議を運営し,声明をまとめて「ASEANの一体性」のアピールに貢献したといえる。

その一方で,11月4日にASEAN諸国と日本,中国,ロシアなど計18カ国が参加して開かれた東アジア首脳会議では,議長声明に南シナ海問題について同じく「懸念」するという文言を用いたものの,草案段階で報じられた「継続的な軍事化に対する重大な懸念」や,南シナ海をめぐる行動規範に対する「第三者の利益やすべての国の権利を害さない」といった表現など,中国を念頭に置いたとみられる強い文言は採用されなかった。こうした経緯からは,宣言を取りまとめる議長国の権限を踏まえ,ASEANと中国との間でバランスをとろうとしたタイの外交姿勢がうかがわれる。

議長国としての職責を全うしたASEAN会議に対し,「タイがASEANと多くの経済大国とを連結させる役割を担う」(2019年3月4日のタイ経済セミナーにおけるソムキット経済担当副首相の発言)との意気込みで臨んだ第3回東アジア地域包括的経済連携(RCEP)首脳会合では,大きな成果を出すことができなかった。東アジア首脳会合と同日に開催された同会合では,協定内容にインドが難色を示して合意がまとまらず,16カ国での結論は2020年に先送りされた。

欧州諸国との関係改善

クーデタ以降,欧州諸国との間ではタイ国内の人権問題や,軍事政権による支配をめぐって対立的状況が続いていたが,2019年の総選挙実施と議会再開により,タイと欧米諸国との政治的障害はほぼなくなった。2019年10月14日,欧州議会がクーデタ以来停止していたタイとのFTA交渉の再開を発表したことに加え,11月20日にローマ教皇フランシスコが来訪した。これらの出来事は,タイと欧州諸国との政治関係の融和を象徴するものといえよう。

アメリカ:安全保障協力の強化と通商問題の浮上

11月17日,ASEAN国防大臣会合に合わせて来訪したエスパー米国防長官は,プラユット首相とともに「タイ米防衛同盟のための共同ビジョン宣言2020」に調印した。アメリカは冷戦期以来続くタイの同盟国だが,2014年以降は欧州と同様にタイの軍事政権に対し批判的立場をとってきた。しかし,下院総選挙の実施によって米タイ関係の政治的障害は解消し,両国は安全保障上の関係を強化する合意の締結に至った。タイとアメリカは2012年に当時のインラック・チンナワット政権とバラク・オバマ政権の間で「共同ビジョン宣言」に調印しており,今回の宣言はその内容を大枠で踏襲している。他方,前回からの大きな変更点として,今回の宣言はアメリカの提唱する「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想を地域的な安全保障アーキテクチャとして掲げ,そのなかにおけるASEANの中心的役割を強調している点が注目される。タイはクーデタ以降,アメリカとの関係冷却化と反比例する形で中国との安全保障協力を進めていたが,トランプ政権に入りビジョン宣言のアップデートのための交渉が続いていた。今回の「共同ビジョン宣言2020」はタイとアメリカの同盟関係を再確認し,アメリカの構想する地域秩序のなかでASEANを重視し,タイとの協力強化を明言した点が重要である。

安全保障面における関係強化の一方,通商面で両国は新たな問題を抱えることとなった。アメリカ通商代表部(USTR)は,10月25日にタイからの一般特恵関税制度(GSP)を利用した輸入のうち,輸入額約13億ドルに当たる573品目(アメリカ関税率表上位8桁ベース)を対象から除外すると発表した。タイ国内における強制労働対策の成果が不十分だというのがその理由だが,アメリカ国務省による「人身取引報告書」でタイのランクは2018年から変更はなく,その真意は不明である。プラユット首相は11月3日にASEAN関連会議に参加するため来訪したアメリカのロス商務長官に対し,GSP除外措置を解除するよう要請した。しかし,2020年4月に発効する予定のGSP除外措置について,両国の間で2019年内に具体的な進展は見られなかった。除外措置が解除されなければ,米中貿易摩擦による世界経済の減速に悩むタイ経済にとって,状況はさらに苦しくなるものと思われる。

中国:外交レベルでの関係強化,実務レベルでの協議難航

2019年9月29日,中国建国70周年の記念式典にタイのシリントーン王女が国賓として参列し,中国政府が外国人に授与する最高位の勲章「友誼勲章」を授与された。この出来事に象徴されるように,中国とタイとの関係は,クーデタ以前から官民,政経にわたって強化が進んでおり,2019年もその方向性に変化はなかった。ASEAN関連会議では「中国ASEAN共同体」の建設に向けて地域レベルでの協力が進み,これに合わせてタイと中国の二国間でも友好関係の深化を確認する動きが続いた。

4月26日から2日間にわたり北京で開催された第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムでは,タイ,中国,ラオスの運輸担当大臣が3カ国間での鉄道連結計画に合意した。これにより,現在タイで建設が進められているタイ中国高速鉄道(バンコク=ナコーンラーチャシーマー=ノーンカーイ間)が,ラオスを介して中国に連結することが確実となった。また第22回中国・ASEAN首脳会議(11月3日)では,「ASEAN連結性基本計画2025および一帯一路イニシアチブの相乗効果創出にかかる中国ASEAN共同声明」が採択され,「一帯一路」(Belt and Road)構想とASEAN連結性計画との連繋で合意した。具体的には,同声明はASEANにおける高速鉄道や港湾,空港,電力,情報通信技術などの開発に対する中国の積極的関与や,アジアインフラ投資銀行(AIIB)やアジア開発銀行(ADB)といった民間資金の参加を促進するものである。ASEANと中国が地域規模大のインフラ連繋をすすめることにより,タイはインドシナにおける中国への「玄関口」として一層重要な位置を占めることになろう。さらに中国・ASEAN首脳会議に先立ち,中国からは11月2日に李克強首相が6年ぶりにタイを来訪し,プラユット首相との首脳会談に臨んだ。両首脳は2012年に合意した包括的戦略パートナーシップの強化で合意し,ASEAN会合や東アジアサミットにおける協力を確認した。

このように2019年は多国間および二国間にわたって首脳,閣僚レベルでのインフラ開発協力合意がなされたものの,実際の事業計画の進捗状況は依然として一進一退を繰り返している。両国の運輸担当官僚は,タイ中国高速鉄道計画に必要な14件の契約のうち,一部の契約について契約額をめぐって2018年から実務者協議を続けてきたものの2019年内も結論が出なかった。タイ中政府間では友好関係に関する外交的合意が進む一方,実務的な実施段階では関係主体も増え,調整が難しい様子がうかがわれる。

メコン地域開発協力をめぐる日本との関係

2019年6月28日,議会で次期首相に選出されたプラユットは,ASEAN議長国としてG20首脳会議の開催地である日本を訪問した。プラユット首相と安倍晋三首相は,ASEAN議長国であるタイとG20議長国である日本とが協力して議論を主導することを会談で確認した。

米中貿易摩擦による貿易への影響が懸念されるなか,経済面でも安保面でも喫緊の課題がない日タイの間では,近年,国際通商交渉や第三国開発協力をめぐるパートナーとして関係が強化されている。そのなかでも注目すべきは,10月31日にバンコクで締結された,日タイ・パートナーシッププログラム(JTPP)フェーズ3覚書であろう。JTPP覚書は,1994年に始まった日タイ間の第三国協力の基本枠組みであり,日タイ両国による第三国へ向けた感染症対策,ヘルスケア,農業政策などの研修や専門家派遣を可能にしてきた。その拡大を約束した今回の覚書は,従来の実施担当機関だった日本国際協力機構(JICA)とタイ外務省国際協力局(TICA)に加え,タイ近隣諸国経済開発協力機構(NEDA)を新たに担当機関としている。今回のJTPPフェーズ3により,今後はインフラ開発での協調融資といった新しい形態の協力が可能となった。2018年には日中間で第三国におけるビジネス協力のための覚書を締結し,タイがその協力事業対象地域となった。JTPPフェーズ3により,今後はタイが日本とともにメコン地域でのインフラ開発をめぐる多国間開発協力へドナーとして参与する。8月3日にはバンコクで第12回日・メコン外相会議が開催され,数あるメコン広域開発協力のための枠組みのなかでも,タイの提唱したイラワジー・チャオプラヤー・メコン経済協力戦略(ACMECS)に,日本が開発パートナーとして参加することを発表した。このことからも,メコン広域開発をめぐる日タイ間の協力は,今後さらに強化されるものと思われる。

また「経済」の項でも述べたように,日本には中国とともにタイ国内のEEC計画を円滑に進めるための資本・技術提供者としての役割も期待されている。長年,環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(TPP11/CPTPP)への参加を表明しながら署名へ踏み切ることのできないタイに対し,日本は加盟のための準備支援を申し出てきた。タイの新政権発足とメコン地域開発の進展に伴い,今後もこうした通商・援助をめぐる日タイ協力が盛んになるものと目される。

なお2019年は,皇室・王室関連行事を通じた日タイの交流も行われた。2019年5月のマハー・ワチラロンコーン国王戴冠式に際しては,国賓を招いての公式行事は行われなかったものの,安倍首相からプラユット首相宛てに国を代表して祝辞が送られた。10月22日に行われた即位礼正殿の儀には,プラユット首相夫妻が国賓として参列した。

2020年の課題

2020年2月21日,憲法裁判所は野党新未来党に対し,タナートン党首から党への1億9100万バーツの貸し付けが政党法の規定に違反するとして,解党の判決を下した。判決に対し,タイ国内の各地では学生らを中心に大規模な抗議集会が続いており,政治は再び緊張局面に入りつつある。また,2019年に予定されていながら2020年に延期された地方選挙も,実施されるか否かを含め,今後のタイ政治の帰趨を示す政治イベントとして注視が必要である。

経済面では,2020年予算の執行が大きな課題となっている。2020年1月に下院第2,第3読会で2020年度予算案が可決されたものの,後に一部議員による代理投票が発覚し,憲法裁判所が2020年2月に採決のやり直しを命じている。すでに2020年度は4分の1が過ぎており,予算執行のさらなる遅れは,EECやスマートシティ計画にとって不安材料となり得よう。

輸出と外資に経済を頼るタイにとって,自国に有利な国際的経済環境を整えることは常に重要な外交課題であった。2020年には先送りしていたRCEPの15カ国による署名が,年央に予定されている。また2019年末現在,ソムキット副首相は4月中のTPP11加盟を宣言し,日本政府が加盟に際しての支援を表明している。4月にはアメリカによるタイ製品のGSP除外措置の発効も予定されており,それを回避できるかどうかが注目される。2020年は,政・官で足並みをそろえて国際通商政策で実質的な成果を出すことが,外交上・経済政策上の焦点となるだろう。

2020年を展望するにあたり,憂慮されるのが2019年末に中国の武漢で発生した新型コロナウイルス肺炎の影響である。民間総合研究所カシコン・リサーチ・センターは,新型肺炎の流行が今後3~6カ月続いた場合の名目GDP成長率を-0.09~0.13%とする予測を発表した(2月12日)。今後は,タイ国内における感染拡大の可能性に加え,「稼ぎ頭」である観光業への負の影響が予想される。景気回復を急ぎたいタイ経済にとっては,予算執行の問題と併せて大きな懸念材料である。また政治・外交面でも,爆発的流行を阻止するための対策づくりや,国際的協力システムの構築が課題となるだろう。

(地域研究センター)

重要日誌 タイ 2019年
   1月
1日王室秘書局,マハー・ワチラロンコーン国王の戴冠式日程を発表(5月4~6日)。
1日選挙委員会,下院総選挙投票日の延期決定。
4日政府合同会議,2020年度国家予算案3兆2000億バーツを承認。
6日市民ら数百人が下院選挙延期反対集会をバンコク市内で開催。
8日欧州連合(EU),違法・無報告・無規制(IUU)漁業に関するタイへの警告を解除。
8日内閣,バンコク=ノーンカーイ間のタイ中国高速鉄道計画の海外資金調達を承認。
10日社会保険事務局,社会保険基金の子ども手当を月額200バーツ引き上げ。
12日ASEAN経済高級実務者会合,バンコクにて開催(~18日)。
15日内閣,福祉カード事業による職業訓練プログラム実施期間の延長決定(~6月)。
22日内閣,総額1068億バーツの南部経済回廊開発計画を承認。
22日財務省財政経済事務所,2018年の経済成長率を4.1~4.2%と発表。
23日選挙委員会,投票日を3月24日と決定。
29日パラン・プラチャーラット党(PPRP)幹部ウッタマ工業相,スウィット科学技術相ら4閣僚,辞任。
30日ソムキット副首相ら経済使節団,訪日(~2月2日)。
30日PPRP,プラユット首相らを党の首相候補に選出。
   2月
4日下院議員選挙での立候補者届出の受付開始(~8日)。
8日タイ護国党,首相候補としてウボンラット王女を選挙委員会に届出。
8日マハー・ワチラロンコーン国王,王女の首相候補擁立を不適切とする声明発表。
11日選挙委員会,各党から提出された首相候補のうちタイ護国党のウボンラット王女を除く45党69人を承認。
12日多国間軍事演習「コブラ・ゴールド」開始(~22日)。
12日選挙委員会,タイ護国党の解党処分を憲法裁判所に請求。
13日憲法裁判所,タイ護国党解党請求を受理。
18日アピラット陸軍司令官,国防費削減を公約としたタイ貢献党を批判。
19日選挙委員会,不在者投票登録を締め切り。登録者は263万2935人。
19日国家平和秩序維持評議会(NCPO),タナートン新未来党党首をコンピュータ罪法違反の疑いで国家警察へ告発。
25日NPO憲法擁護協会,タナートンの経歴詐称をめぐって選挙委員会へ告発。
27日中央検察庁,タナートンらの起訴を決定。
27日タイ中国高速鉄道実務者協議,北京にて再開(~3月1日)。
   3月
4日下院議員選挙在外投票開始。
5日プラユット首相,投資委員会年次フォーラムで東部経済回廊(EEC)事業の継続を表明。
6日内閣,中部,北部,東北部での経済回廊計画総額944億バーツを承認。
7日下院選挙,在外投票実施。
7日憲法裁判所,王女擁立をめぐりタイ護国党に対し解党判決。
7日前田日本国際協力銀行(JBIC)総裁,プラユット首相との会談の席でEEC事業への融資を提案。
17日下院選挙,国内期日前投票実施。
20日中銀,2019年の経済成長予想を4.0%から3.8%に下方修正。
21日EECウータパオ空港・臨空都市開発事業入札でCPグループコンソーシアムに失格処分。
24日下院選挙投票日。
24日選挙委員会,ニュージーランドでの在外投票用紙約1500票を配達遅延のため無効決定。
25日選挙委員会,選挙区の議席数を非公式発表。
27日タイ貢献党ら反軍政政党7党,下院過半数確保を宣言。
28日選挙委員会,選挙区投票の開票結果を公表。
   4月
3日第23回ASEAN財相会議・第5回ASEAN財相・中央銀行総裁会議,チェンマイにて開催(~5日)。
4日選挙委員会,6カ所での再投票と2カ所での再集計を決定。
10日バンコク都内のショッピングモールで火災,2人死亡。
17日内閣,スワンナプーム国際空港第3滑走路建設計画(217億9000万バーツ)を承認。
17日第25回ASEAN非公式経済閣僚会議,プーケットにて開催(~23日)。
25日選挙委員会,タナートン新未来党党首のメディア企業株所有問題で憲法裁判所へ審理請求。
25日最高裁判所政治職者刑事法廷,タクシン元首相に利益相反で3年の禁錮刑判決。
26日プラユット首相,第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム(25~27日)参加のため訪中。
26日タイ・中国・ラオス間で鉄道連結開発に関する協力覚書署名(25日)。
27日ソムキット副首相,訪中。鄭州空港経済特区委員会とEEC政策委員会が技術提携協定に署名。
29日シースワン憲法擁護協会会長,新未来党議員当選者11人について憲法違反の疑いで選挙委員会に告発(6月26日審理開始)。
30日内閣,218億バーツの景気刺激対策と2020年度予算法案3兆2000億バーツを承認。
   5月
1日マハー・ワチラロンコーン国王,スティダー陸軍大将を王妃とする勅令を発出。
4日マハー・ワチラロンコーン国王,戴冠式(~6日)。
7日選挙委員会,下院選挙区選出議員349人のリストを発表。
7日内閣,現存のNCPO布告・命令のうち145件の廃止を決定。
7日上院議員に指名された閣僚15人,辞任。
8日選挙委員会,比例代表選出議員149人のリストを発表。
13日EEC政策委員会,東部高速鉄道計画案を承認。
13日1議席政党11党,プラユット首相の首相就任支持を表明。
14日マハー・ワチラロンコーン国王,上院議員250人を任命。
16日選挙委員会,メディア企業株保有をめぐり,タナートン新未来党党首の立候補資格について憲法裁判所に審理を請求。
21日EEC事務局,CDB,JBICとEEC開発協力覚書に署名。
21日憲法擁護協会,タナートン党首の新未来党への貸付金1億9100万バーツについて憲法違反の疑いで憲法裁判所に審理請求。
23日憲法裁判所,選挙委員会のメディア企業株所有疑惑に関する請求を受理し,タナートン新未来党党首に対して議員活動停止の仮判決。
26日プレーム枢密院議長,逝去。
27日内閣,東部高速鉄道計画についてCPグループコンソーシアムとの契約を承認。
28日PPRP,タイ矜持党およびタイ国民開発党などと連立政権形成で合意。
   6月
4日民主党,PPRPを中心とする連立に参加を表明。
5日国会上下院合同会議,プラユット現首相を新首相に選出。
5日経済3団体,定例合同会議で新政府に景気対策をめぐり官民協働を要請。
13日ソンティラットPPRP幹事長,新政権の緊急政策12件を発表。
13日ソムキット副首相,新政権下における低所得者向け援助政策の継続を発表。
20日第34回ASEAN首脳会議,バンコクにて開催(~23日)。
22日ASEAN特別経済閣僚会議開催。
23日アメリカ国務省人身取引報告書でタイは第2段階に留まると発表。
28日プラユット首相,大阪G20首脳会議のため訪日。安倍首相と会談。
   7月
9日プラユットNCPO議長,NCPO命令およびNCPO議長命令を廃止する議長命令を発出。
10日プラユット新内閣,国王宣誓式。
16日プラユット新内閣,正式発足。
19日チャルームチャイ農業協同組合相,干ばつ被害の農家へ支援策を約束。
19日ソムキット副首相,経済閣僚会議と官民合同諮問会議の復活を発表。
21日憲法裁判所,野党7党によるプラユット首相の就任資格問題,新未来党の政体転覆計画疑惑について,審理請求を同時に受理。
26日プラユット首相,国会所信表明演説。
26日マハー・ワチラロンコーン国王,シニナート陸軍少将を新たな王室メンバーとする勅令を発出。
26日財務省,不動産課税の免税対象から国王財産を除外。
   8月
2日バンコク都内3カ所で爆弾事件。
3日第12回日・メコン外相会議,バンコクで開催。
5日EEC政策委員会,EEC地区の都市・インフラ整備計画案を承認。
6日内閣,2020年度予算3兆2000億バーツを承認。
7日中銀,政策金利を1.75%から1.5%へ引き下げ。
19日政府経済閣僚会議,第1回会合開催。
20日内閣,財務省提出の景気刺激策を承認。
21日米穀政策委員会,籾米価格保証制度を承認。
22日最高裁判所,2010年に反政府デモを率いた反独裁民主主義統一戦線幹部に3000万バーツの賠償命令。
27日内閣,農民所得保障政策を承認。
29日EEC事務局,中国鄭州航空港経済総合実験区とウータパオ空港・臨空都市開発の協力覚書署名。
   9月
1日文在寅韓国大統領,来訪。GSOMIAなど6つの覚書に署名。
4日経済3団体合同常任委員会,バーツ高対策のための利下げを政府に要求。
4日タイ,ラオス,マレーシア政府,電力供給計画に署名。
5日タイ,カンボジア両政府,国境係争海域で資源協働開発の協議開始合意。
8日第7回東アジア地域包括的経済連携(RCEP)閣僚会議,バンコクにて開催。
11日内閣,中国からタイへ拠点を移す企業への特別優遇措置を決定。
26日プラユット首相,国連総会出席のため訪米。
29日シリントーン王女,中国建国70周年記念行事に参加し,友好勲章を授与される。
30日勅令により,陸軍第1師団第1歩兵連隊と第11歩兵連隊が,国王直属の部隊へ移管。
   10月
14日欧州議会,タイとのFTA交渉を再開する意向を表明。
15日内閣,EEC都市計画案を承認。
18日ソムキット副首相,訪中。
19日最高行政裁判所,ウータパオ空港・臨空開発事業入札でCPグループの失格取消判決。
19日2020年予算法案,下院第1読会を通過。
21日プラユット首相,訪日。即位礼正殿の儀に参列の後,安倍首相と会談。
21日マハー・ワチラロンコーン国王,シニナートの称号と階級をはく奪。
22日内閣,景気刺激策第2弾を承認。
25日CPグループコンソーシアム,東部高速鉄道計画契約に署名。
25日アメリカ通商代表部,対タイ一般特恵関税対象品目から573品目を除外すると発表。
31日日タイ両国,日タイ・パートナーシッププログラムフェーズ3覚書に署名。
   11月
2日第35回ASEAN首脳会議および拡大首脳会議開催にあわせ,李克強中国首相,来訪。5日に首脳会談。
3日安倍首相,来訪。日・メコン首脳会議参加のほか,プラユット首相と会談。
3日第22回中国・ASEAN首脳会議開催。
4日第3回RCEP首脳会議および第14回東アジア首脳会議,バンコクで開催。
4日日・ASEAN首脳会議,バンコクで開催。
6日プラユット首相,タイ中国高速鉄道建設協議の加速を運輸省に命令。
17日河野防衛大臣,来訪。日タイ防衛協力・交流覚書に署名。
17日エスパー米国防長官来訪。タイ米防衛同盟のための共同ビジョン宣言2020に署名。
20日ローマ教皇フランシスコ,来訪(~23日)。
20日憲法裁判所,メディア企業株所有をめぐりタナートン新未来党党首の下院議員資格失効の判決。
26日内閣,1440億バーツの景気刺激策を承認。
29日林鄭月娥香港特別行政区行政長官,来訪。タイ・香港間FTA締結で合意。
   12月
3日タナートン新未来党党首,政治集会で国軍を批判。
11日選挙委員会,タナートン党首の貸付問題で憲法裁判所へ新未来党の解党審理を請求。
12日マハー・ワチラロンコーン国王戴冠記念の御座船パレード実施。
14日バンコク都内で新未来党支持者によるタナートン党首の議員資格はく奪に対する抗議集会,開催。
17日漁業団体,IUU規制の緩和要求集会をバンコクで開催。
23日タイ国鉄,タイ中国高速鉄道計画の第2号,第3号計画の契約署名を延期決定。
23日近隣諸国経済協力機構,道路網整備のため近隣3カ国に85億バーツの借款提供を決定。
24日内閣,国民福祉カードの新規受付開始を決定。
27日タイ国鉄,ナコンパトム=チュムポーン間複線化事業を中国鉄路通信信号と契約。

参考資料 タイ 2019年
①  国家機構図(2019年12月末現在)
①  国家機構図(2019年12月末現在)(続き)

(注)各省の大臣官房は省略。

(出所)官報など。

②  閣僚名簿

(注)カッコ内は軍・警察における階級。政党名は,PPRP(パランプラチャーラット党),PJT(タイ矜持党),DP(民主党),CTP(タイ国民開発党),PRPC(タイ国民合力党),CP(国民開発党)。*は兼務。

(出所)官報を参照。

③ 国軍人事,④ 警察人事

(注)カッコ内は任命日。

(出所)官報および警察ウェブサイト。

主要統計 タイ 2019年
1  基礎統計

(出所)タイ中央銀行(http://www.bot.or.th/)。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(注)2018年,2019年は暫定値。国内総生産(生産側)-国内総生産(支出側)は統計上の誤差になる。

(出所)国家経済社会開発委員会事務局(http://www.nesdb.go.th/)。

3  産業別国内総生産(実質 基準年=2002)

(注)2018年,2019年は暫定値。国家経済社会開発評議会事務局では2015年から過去すべてのGDP統計を固定基準年方式から連鎖方式に変更した。情報通信業は,2018年まで運輸保管業と同じ項目だったものが,2019年から独立した。

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別貿易

(注)1)EUは28カ国の合計値(クロアチア含む)。CLMVはカンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナムの合計値。中東は15カ国の合計値。

(出所)表1に同じ。

5  国際収支

(注)2018年,2019年は暫定値。

(出所)表1に同じ。

 
© 2020 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
feedback
Top