2020 年 2020 巻 p. 317-344
与党連合の希望連盟(Pakatan Harapan:PH)は2019年5月で政権発足1周年を迎えたが,有権者からの評価においても与党内の調整においても,厳しい状況が続いた1年であった。
2018年5月の総選挙後,下院,州議会の補欠選挙が断続的に実施されており,与党への評価が問われる機会となった。2019年は6回の選挙が行われたが,与党が勝利したのはわずか1回であった。汚職防止計画の発表や議員,閣僚の資産情報公開,選挙権年齢の引き下げなど,政治改革への努力は見られたが,支持回復には寄与しなかった。さらに与党内,とくに人民公正党(PKR)内では,首相の後継問題に関連して,アンワル総裁とアズミン経済相の間での不和が表面化した。
経済面では,外需の低迷により,輸出が2009年以来のマイナス成長となった。引き続き民間消費が景気を支えたものの,前年および2019年の見通しを下回る4.3%の実質GDP成長率となった。また政府は次の10年間を見据えた長期開発計画・繁栄の共有ビジョン2030を発表した。2018年総選挙でPHの公約に掲げられていた,外国資本による大規模インフラ開発計画の見直しについては,関係国との一通りの交渉を終え,一部の計画縮小を通じてコストを削減することで,いずれの事業も計画を続行する結論に至った。
対外関係については,大規模インフラ開発計画の見直しに合わせて中国との関係も見直されるのではないかという予測もあったが,従来通りの関係を維持し,マレーシアは中国の一帯一路政策を支持していることをマハティール首相は明言した。2018年後半から続いていたジョホール州周辺の領空,領海の境界線をめぐるシンガポールとの衝突は,政府間での交渉が続けられ,4月の両国首相の会談をもって事態は一旦収束に向かった。
PH政権は総選挙の公約の目玉の1つとして,政治制度改革を掲げて勝利し,2018年は賢人評議会や制度改革委員会を組織して方針がまとめられた。2018年の第11次マレーシア計画中間報告において,首相らの任期制限,選挙制度改革,政治資金の規制を今後の重点項目として記したが,2019年は実際それらの改革にどれほど着手できるかが注目された。結果として,いくつかの改革は実現に至ったが,その進捗は遅く,後述する補欠選挙の結果を見るかぎり,有権者の支持を繋ぎとめる材料とはならなかったといえる。
まず最大の改革は,選挙権および被選挙権年齢の引き下げ,有権者の自動登録が7月16日の連邦憲法の改正によって決定されたことである。憲法の改正には両院の3分の2の賛成を要するため,与党だけでなく野党議員の同意も必要になるが,今回の改正は党派を超えた協力によって実現した。有権者および候補者は21歳以上であったが,18歳以上へと引き下げられた。候補者年齢の引き下げについては,改正後の11月に行われたジョホール州タンジュン・ピアイ選挙区での下院議員補欠選挙から適用された。有権者年齢については,有権者名簿の自動登録化の運用開始とともに2021年半ば以降の施行予定と選挙委員会は述べている。
また政府は1月29日に国家汚職防止計画(National Anti-Corruption Plan)を発表した。2023年までの5カ年計画であり,政治ガバナンス,公共部門ガバナンス,公共調達,法律・司法,法執行,企業ガバナンスの6つの分野において,115の取り組み項目を掲げ,とくに22を優先事項として挙げた。この優先事項には政治資金規正法の導入や政権関係者による口利きの禁止,警察官の不正行為を抑止する不正行為独立委員会の設置などが含まれる。とくに,政権関係者と上下院議員の資産公開制度の導入は7月1日に下院で,22日には上院で特別動議が承認され,実行に至った。これを受けて,3カ月以内に本人と近親者の資産を各院議長と汚職防止委員会(MACC)委員長へ申告することが求められた。申告期限は1度延長され,2度目の申告期限であった12月5日の時点で,222人の下院議員のうち野党議員の62人が未申告である。未申告の場合,議員資格の停止あるいは罰金を科す可能性がある。
7月4日には,平和的集会法が改正されたが,NGOなど市民社会からは改正は実質的な改革となっておらず,法律自体を撤廃すべきであると反発の声が上がった。平和的集会法は2011年に制定され,市民による5人以上の集会を警察による許可制としていた警察法の条項を撤廃し,主催者による事前届出制とした一方,街頭での抗議活動を禁じていた(『アジア動向年報2012』)。今回の改正点は,違反行為から街頭抗議活動が削除され,非犯罪化されたこと,警察への届出期間が開催10日前から5日前までに変更されたことなどである。しかし連邦憲法で規定されている平和的集会の自由は,政府や警察の事前許可要件などによって制限を受ける権利ではなく,また迅速に開催する必要がある場合や,自然発生的に生じる集会などを阻害しているとして,市民社会からの批判がある。
また2018年にナジブ政権下で施行され,PHへの政権交代後に廃止が目指された反フェイクニュース法は,上院での同法廃止法案の可決に一度は失敗したものの(『アジア動向年報2019』),2019年に下院に再提出され10月9日に可決された。再提出のため,上院での可否にかかわらず承認される予定ではあったが,12月19日に上院で可決された。
補欠選挙での与党苦戦,政権支持率の低下2018年に引き続き,2019年も現職議員の死去や総選挙での不正あるいは異議申立てが裁判所に認定されたことによる連邦議会下院および州議会の補欠選挙が続いた。2018年に実施された4回の補欠選挙ではすべて与党PHが制していたが,2019年は5回の補欠選挙のうち,勝利できたのはわずか1議席のみであった(表1)。政権支持率も下降しており,政権交代から1年ですでに厳しい状況を迎えた。
(注)1)得票率5%以上の候補者。各補選実施理由は日誌を参照。
(出所)選挙管理委員会発表結果および現地紙より筆者作成。
補欠選挙前の時点では,2つの下院選挙区と1つの州議会選挙区においてPHが議席を確保していたが,そのなかでも2度敗北したことは大きい。スランゴール州議会のスムニュ選挙区は前与党国民戦線(Barisan Nasional:BN)の中心政党統一マレー人国民組織(UMNO)の地盤であったが,2018年総選挙でPH・マレーシア統一プリブミ党(Bersatu)候補がUMNO現職議員を得票率で約19ポイントの大差を付けて勝利していた。しかし10カ月後の補欠選挙では,後述するように,1月のキャメロン・ハイランドでの下院補選に続き,野党汎マレーシア・イスラーム党(PAS)がBN・UMNOに協力し候補者を立てなかったことも寄与し,野党UMNO候補者が制した。
さらに,11月のジョホール州タンジュン・ピアイ選挙区での下院補選は,2018年総選挙以降に実施された補欠選挙では最低の与党得票率であり,また与党大敗の結果となった。タンジュン・ピアイ選挙区はマレー人が多数派を占める一方,華人も40%近くを占める地域であり,2018年までBN傘下の華人政党マレーシア華人協会(MCA)所属で,今回の補選で勝利したウィー・ジェックセンが2期議席を確保していた。2018年総選挙ではPH・Bersatuの新人候補が524票(得票率では約1ポイント)の僅差で現職ウィーに勝利したが,今回の補選では得票率で約40ポイントの差を付けて,ウィーが返り咲いた。Bersatu会長でもあるマハティール首相は「敗北の原因を明らかにするため,与党の全レベルにおいて,詳細かつ真剣に誠実に『検死』を行わなければならない」と声明を出した。
与党敗北の原因としては,政治制度改革を望んで2018年総選挙で票を投じた人々にとっては,前政権批判を続け実際の改革は遅々として進まない状況に不満があること,さらにインフレ率は総選挙前よりも下落しているにもかかわらず,依然として生活費の上昇を有権者が感じ,批判に至っていること,また後述するとおり,与党指導者間での不和が表面化していることが挙げられる。
世論調査会社ムルデカ・センターの調査(2019年7月26日付)によれば,マハティール首相への支持率は2018年5月の政権交代直後は83%だったが下落の一途をたどり,2019年3月には支持と不支持が46%で拮抗し,その後持ち直したものの,2019年6月末時点で62%となった。また与党PHに対する認識については,政権交代直後は75%が好印象を持っていたが,2019年6月には41%に下落した。このような有権者からの不信には,次に述べる与党内での不和の表面化も一因であろう。
民族,宗教をめぐる論争とマレー人野党の政治協力前述の世論調査の支持率を民族別に見ると,元々現与党はマレー人の支持が弱いが,全体的な支持率の低下にしたがって,2018年5月の政権交代直後から2019年6月までに,66%から32%にまでマレー人の与党に対する好感度は低下している。このようなマレー人の不満の高まりは社会,政治における民族的な分極化を強めている。
マレー人/イスラーム保守系NGOの活動が活発化しており,2018年末に約5万人が参加した国連人種差別撤廃条約(ICERD)の批准に反対するデモに続き,2019年5月には,国際刑事裁判所(ICC)ローマ規程への加入の動きや,2018年末の首都郊外ヒンドゥー寺院での騒乱におけるマレー人消防士の殉職などへの異議を唱え,「イスラーム教の統治を守護」するための抗議デモが行われ,約2000人が集まった。ICCローマ規程については,3月にサイフディン・アブドゥラ外相が加入文書に署名していたが,ジョホール州スルタンを筆頭にマレー人保守層から,君主制やマレー人の地位を脅かすとして反発が出ており,4月に首相が撤回を宣言していた。
またジャウィ(アラビア文字を用いたマレー語表記)の書写(khat)の授業を2020年から小学校の教育カリキュラムに導入することをめぐって,マレー人,非マレー人の間で論争が生じた。非マレー人の教育関係者に加え,与党DAPからも強い批判が起こり,教育省は8月に華語,タミル語の国民型学校では必修とはせず,各校のPTAが承認した場合にのみ,ジャウィの授業を実施すると決定した。これに対し,非マレー人の教育団体やNGOが,抗議デモや集会を企画したが,一部は裁判所から中止命令が下される一方,これらの集会に対抗する抗議デモをマレー人/イスラーム保守系NGOが企画するなど,12月末まで混乱は続いた。
政治の面では,ともにマレー人を支持基盤とする野党であり,2018年後半から徐々に選挙協力を進めてきたUMNOとPASの間で,公式の政治連合を結成することが決まった。2018年9月のスランゴール州議会スリ・スティア選挙区補欠選挙以降,BNとPASは候補者を一本化し,党員を動員して互いの選挙キャンペーンへの協力を行ってきた。2019年に入ってからは,与党への不満と相まって,PASの影響力が小さいヌグリ・スンビラン州やサバ州での2回の補選を除けば,候補者の一本化はマレー人票の分裂を防ぎ,補選での勝利にも寄与しているといえる。3回の補選での協力を経て,3月6日にはUMNOとPAS上層部間での会合で正式な政治協力を決定し,9月13日には両党の合同政治集会を開催,公式協力協定に署名した。そして12月のUMNO年次党大会では,BNとPASが「Muafakat Nasional」として,公式の野党連合の結成を目指すとザヒド総裁が発表した。BN所属政党のマレーシア・インド人会議(MIC),MCAは連合への参加を明言していないが,ザヒド総裁は参加を歓迎するとし,4年後の次回総選挙での政権奪還の意欲を示した。
与党指導者間での権力闘争の表面化マハティールを首相候補とすることが発表された総選挙前の2018年1月のPH合同大会において,マハティールは,自身はアンワルに首相を引き継ぐまでの暫定的な首相であり,政権交代後,アンワルに恩赦が認められ,政界に復帰すれば,首相の座を譲ると明言していた。政権交代後,実際にアンワルの釈放,恩赦が行われ,2018年の10月の補選で国会議員に復帰,11月にはPKR総裁に就任した。その後,与党間で問題となってきたのは,マハティールはいつ首相をアンワルに引き継ぐのかということである。
マハティール自身の任期に関する発言も,政権交代以降たびたび変化してきた。2018年の政権交代直後には,2年と述べていたが,2019年5月頃には前政権から引き継いだ問題を解決できたらと答えている。12月に入り,APEC首脳会議が2020年11月にマレーシアで開催されることが決定すると,この首脳会議開催までは首相を続けると述べている(ロイター,2019年12月10日)。
権力移行プロセスの具体的な見通しが明らかにならないなかで,2018年後半ごろからアンワルの支持者たちからの首相に対する批判の声が大きくなった一方,アンワル以外にありうる「後継者」の可能性をめぐって,2019年はPKR内の指導者間での衝突が表面化した。
アンワルは2019年のインタビューにおいて,総選挙の2年後となる2020年のうちにマハティールから首相の座を引き継ぐだろうとする一方で,前政権が抱えていた問題を解決し国を正しい方向に導くためには時間を要することを理解しており,具体的な期限を定める必要はないと何度も述べ,表立ってマハティールに早急な移行の圧力をかけることは避けている。むしろ,「後継者」としての正統性を維持し,ほかからの挑戦を退けようとしていると見られる。
アンワルの潜在的なライバルと見られるのが,同じPKRの副総裁のアズミン・アリ経済相である。アズミンはマハティール首相に近い立場と考えられており,さらに2018年後半のPKRの党内選挙では,アンワルに近い立場のラフィジ・ラムリと副総裁の座をめぐって一騎討ちとなったことで,アンワルとアズミンの関係が悪化したと囁かれていた。
そのような状況下で,2019年6月にアズミンとされる男性が同性と性交渉に及んでいる映像がインターネット上で拡散されるスキャンダルが起こった。PKRの地域支部青年部長であり,一次産業副大臣の秘書官を務めていたハジク・アジズが映像の人物は自分であり,相手はアズミンだと告白したことで,騒動は大きくなった。マレーシアでは,かつてアンワルが側近との同性愛容疑で逮捕されたように,同性間での性交渉は違法であるため,ハジクは6月14日に逮捕された(7月中に不起訴ののち釈放)。そして映像のもう1人の男性がアズミンなのか,警察が捜査することとなった。最終的には,国内とアメリカの専門家に映像の顔認証分析などを依頼したが,個人を特定できないと結論付けられ,2020年1月に警察と司法長官は映像に関連して,誰も起訴しないことを発表した。しかしこの騒動はPKR内の分断をさらに深めることとなった。
映像の拡散直後から,アズミンは映像の人物は自分ではないと否定し,彼の政治的キャリアを破壊しようとする悪意のある陰謀だと主張していた。さらに映像の拡散に関連して,アンワルの側近であるPKRのペラ州支部長を含む11人が逮捕され(7月中に不起訴ののち釈放),アズミンの支持者からは一連の騒動の背後にはアンワルがいるのではないかと非難の声が上がった。アズミンは7月末には,マハティール首相が5年間の任期を全うすることを望む野党PASとUMNOの発言を支持する声明を出しており,これは2年で引き継ごうとしているアンワルへの対抗と見られる。またUMNOのなかでも依然としてマハティール首相に近く,UMNOからBersatuへの議員の移籍を仲介しているのではないかと疑惑が生じていたヒシャムディン・フセインと家族ぐるみの深い交流があることを,アズミンはSNS上に写真を上げて示しており,この2人がアンワルに対抗する後継者なのではないかという推測を呼んでいる。
そして12月のPKR党大会では,幹部間だけでなく,党全体としての分断が可視化された。内部の裏切りに起因する1511年のマラッカ陥落の歴史について言及したアンワルの演説内容が,暗に党内の裏切り者に警告する攻撃的な内容であったとして,アズミンの支持者数百人が会議中に退席した。党中央委員会内でもアズミン支持派とアンワル支持派で分裂が深まった結果,2020年2月末にアズミンらがPKRを離党するに至った。離党したアズミンらが,ムヒディン・ヤシン総裁率いるBersatuとともにBN・UMNO,PASとの連合に合流したことで,PH政権は崩壊した。
2019年の実質GDP成長率は,前年の4.7%から4.3%となり,2018年末時点での政府見通し4.9%(中央銀行見通し4.3~4.8%)を下回った。各四半期(前年同期比)では,第1四半期の4.5%から4.9%,4.4%と推移し,第4四半期には3.6%と世界金融危機の影響を受けた2009年第3四半期以来の低水準となった。この第4四半期での成長の鈍化は,一次産品部門,とくに少雨によるパーム油生産の低迷に起因している。
需要面では,依然として民間部門の消費が成長に大きく寄与している。民間消費支出は2018年に引き続き各四半期で7.0~8.1%増で推移する一方,政府消費は物品・サービスの購入が控えられ,第1四半期の6.3%増以降は,0.3~1.3%増となり,伸び幅は3.3%であった前年と比べ縮小した。総固定資本形成は前年に引き続き鈍化傾向にあり,米中貿易摩擦などの対外要因や国内不動産市場の供給過剰に起因する不確実性から,民間投資は第3四半期まで0.3~1.8%増となった。第4四半期には,製造業およびサービス業,なかでも運輸サービス,建設関連業において拡大し,4.2%増となった。政府投資は連邦政府,政府関連企業の支出削減により年間を通じて前年同期比7.7~14.1%の減少となった。財・サービス貿易(実質値)については,輸出が米中貿易摩擦の影響によって,通年で1.1%減となった。輸入も大規模インフラ開発計画の延期などによって通年で2.3%減となったため,純輸出は通年で8.9%増となった。しかし第4四半期に輸出が3.1%減と大幅に悪化したため,純輸出も第4四半期では9.8%減となっており,厳しい状況が続く。
産業別では,農業(1.8%増),鉱業・採石(1.5%減),建設業(0.1%増)が振るわず,依然として製造業(3.8%増),サービス業(6.1%増)の持続的な拡大に成長が支えられている。とくにサービス業のうち食品・飲料業(10.4%増),小売業(8.4%増)の伸びが大きい。
通関統計では,前述のとおり米中貿易摩擦の影響を受け,輸出が9864億200万リンギと前年比1.7%減となった。マレーシアの輸出が通年でマイナス成長となったのは,リーマンショックの影響を受けた2009年以来である。輸入も8490億900万リンギと前年比3.5%減となったため輸出入総額は減少したが,貿易収支は1373億9300万リンギで黒字となった。
消費者物価指数(CPI)上昇率については,第1四半期は前年の物品・サービス税(GST)撤廃の長期的な影響と国際的な原油価格の下落による国内ガソリン価格下落により,0.3%に低下したが,その後,0.6%,1.3%,1.0%と上昇に転じている。マレーシアリンギについては2019年を通じて,1ドル4.0~4.2リンギの間で安定的に推移した。
2018年の政権交代後に実施されたGSTの廃止,売上・サービス税(SST)再導入といった税制改革は,マレーシアの国家財政にどのような影響を与えるのか。一部の生活必需品を除いて6%の税率を課されていたGSTは2018年6月1日より廃止され,消費税率0%の期間を経て9月1日より,課税対象品目を限定したSSTが再導入された(『アジア動向年報2019』)。民間消費については,前述のとおり2019年も7~8%の伸びを続け,SSTの再導入が消費を妨げる要因にはなっていない。一方,マレーシアの政府歳入のうち,2017年には20.1%(約440億リンギ)がGSTによる税収だったが,GST廃止,SSTの再導入によって8.4%(220億リンギ)への減収が見込まれていたため,2019年は国営石油会社ペトロナスからの特別配当300億リンギで補塡した。
マレーシアは2009年の世界金融危機以降,財政赤字が急拡大した。政府債務残高については,2013年にはGDP比54.7%に達し,財政健全化は連邦政府の重要課題であった。とくにマレーシアは政府歳入の3割近くを石油関連収入に依存してきており,原油価格の影響を受けやすい石油収入への依存脱却と安定的な財源確保のため2015年にナジブ政権下でGSTが導入された。そして実際,2016年には石油関連収入が歳入に占める割合は12%まで減少していた。しかしGST廃止により,2018年には23.4%,2019年には上述の特別配当も含めると30.7%に上っている。財政健全化はPH政権においても重要課題とされ,財政赤字の縮小,政府債務残高の削減に取り組んでいるが,今後も世界的な原油価格の動向に左右される可能性が高い。(詳しくは,熊谷聡「『消費税を廃止した国,マレーシア』は本当か」IDEスクエア(2019年9月)を参照)。
長期開発計画:経済成長から経済格差の是正へ政府は10月5日,次の10年間を見据えた長期開発計画・繁栄の共有ビジョン(Shared Prosperity Vision 2030:SPV2030)を発表した。SPV2030はマハティール前政権下の1991年に策定された「ビジョン2020」の後継計画と位置付けられている。ビジョン2020の最大の目標は先進国(高所得国)入りであったが,前年に公表された国家開発計画「第11次マレーシア計画(2016~2020)」の中間報告において,目標であった世界銀行による高所得国入りの基準(2017年)である1人当たり国民総所得(GNI)1万2056ドルの達成を2024年に後ろ倒しした。今回のSPV2030では,後ろ倒ししたものの,ほぼ達成が確実となった高所得国入りの先の目標として,国の繁栄をすべての国民で共有する,すなわち民族間,都市-農村,地域間などの経済格差を是正することを主眼としている。SPV2030では,製造業とサービス業での技術導入の遅れや,雇用主と従業員,世帯所得上位20%層と下位40%層,華人とブミプトラ/インド人,地域間のそれぞれにおいて所得格差が拡大していることなどを現状の課題として捉え,中小企業の技術導入の促進や機械設備投資の拡大,イスラーム金融や再生可能エネルギー産業の育成,外国人労働者の削減,平均給与の引き上げ,地域間所得格差の半減などの戦略を通じて改善を目指す。
SPV2030の遂行は2021年以降の第12次マレーシア計画から開始されるが,2020年予算の編成もSPV2030の目的達成のための第一歩とされた。「繁栄の共有に向けた成長と平等な成果の促進」と銘打たれた予算案では,再生可能エネルギーに関連する税控除や企業の技術導入の支援,後述する「バンダル・マレーシア」計画の実行などが盛り込まれた。また予算案で提起された,都市部での最低賃金の引き上げは2020年1月から実施され,月額1100リンギから1200リンギとなった。2018年総選挙の公約において,最低賃金を月額1500リンギまで引き上げると明記されており,今回の実施は公約実現に向けた取り組みの一環である。
大型インフラ開発計画の見直しと継続外国企業の融資の下,前政権によって計画された大型インフラ開発事業の見直しは,2018年総選挙での現与党の重要公約の1つであった(『アジア動向年報2019』)。PHはこれらの事業が政府支出や債務の増大を招いているうえ,実質的に利益を得ているのは外国企業であるとして前政権を批判していた。政権交代直後から各事業計画の見直しが宣言され,各国との交渉を経て2019年内には結果がおおむね出揃った。建設費用の削減によって,多くの計画は継続されることが発表された。
まずクアラルンプールからマレー半島北東部までを結ぶ東海岸鉄道(ECRL)については,中国交通建設(CCCC)が中心となって2017年に着工していたが,2018年の政権交代後,建設工事が中断していた。2019年に入ると首相は計画の見直しについて中国側と交渉していることを明らかにし,4月12日にECRLの所有運営管理を担う財務省子会社Malaysia Rail Linkと中国側担当企業が計画再開に関する補足契約に調印したことを発表した。この見直しによって,当初計画の総距離688キロメートルより48キロメートル短縮され,総工費は655億リンギから440億リンギへと約30%削減された。7月25日にはローク運輸大臣出席の式典とともに建設作業が再開され,当初予定よりも2年先延ばしされた2026年末に完成予定である。
シンガポールとマレーシア国内を結ぶ2本の鉄道計画については,まずジョホール・バル=シンガポール間の高速輸送システム(RTS)線について,計画継続が決定した。RTSの建設計画はナジブ政権下の2018年1月に二国間協定が締結されていたが,総選挙以降,協定で予定されていた合弁会社の設立など,進行は実質的に止まっていた。
両国政府は2019年5月21日に補足協定に署名し,RTSの継続可否の決定を9月30日まで延期することを発表した。延期に伴い,マレーシア政府はシンガポール政府に対し,約60万シンガポールドル(約80万リンギ)の補償を行った。その後,延長期限前の9月29日に発表された追加の1カ月の延期を経て,10月31日にマハティール首相はRTS建設計画の継続を明言した。併せて当初の予定より36%削減し,31億6000万リンギに総工費を圧縮する案を示した。シンガポール政府は決定を歓迎し,2020年には二国間協定を再び締結する予定となっている。クアラルンプール=シンガポール間の高速鉄道(HSR)については,2018年に両国政府間で交渉が行われ,2020年5月までの計画延期で合意している(『アジア動向年報2019』)。マハティール首相はHSRの建設に前向きであるが,コスト削減のために最高速度の引き下げを検討していると述べている。
次に,ナジブ前首相らによる資金洗浄に利用されたワン・マレーシア開発公社(1MDB)の不動産開発事業であった,マレーシア初の国際金融特区Tun Razak Exchange(TRX)計画については,2018年の政権交代時点ですでに建設作業が8割ほど進行していた。2018年6月に財務省は計画見直しの結果,残りの建設作業の費用となる約28億リンギを支援することを発表した。2017年より財務省に移管されている1MDB傘下であったTRX担当企業は,政府から支払われた土地売却費用約37億リンギを1MDBのローン返済に流用され,資金が枯渇していた。建設中止を決定したとしても,約36億リンギの補償金が生じるため政府は財政支援に踏み切った。この見直しによると,建設費用と前述の土地購入費用も含めた政府の投資分は事業実現によって回収できるという。TRXの目玉であり,国内で最も高い建造物となるThe Exchange 106では,2019年末から外資系企業を中心とするテナントの入居がすでに始まっている。2019年2月に行われたThe Exchangeの民間商業地区の公式発表会において,リム財相は「TRX計画はPH政権によって無害化された」と述べている。
また政府は,2017年5月に計画が白紙に戻っていたクアラルンプールのスンガイ・ベシ空港跡地の大型再開発計画「バンダル・マレーシア」を再開すると,2019年4月に発表した。多国籍企業や金融機関の誘致に加え,1万戸の住宅建設や計画全体を通じたブミプトラ,現地企業の参加を強調している。12月には,中国の国営鉄道会社に属する中国鉄路工程集団とマレーシアのイスカンダル・ウォーターフロント・ホールディングスのコンソーシアムとTRXとの間での再契約が締結された。首相は計画発表式典において,バンダル・マレーシア計画はECRL建設とともに,貿易における中国との二国間関係の強化に寄与し,マレーシアの経済に大きな価値をもたらす事業であると述べている。
計画中止が決定した事業としては,マラッカ州からクダ州までを結ぶ石油パイプライン(Multi-Product Pipeline:MPP)とサバ州のガスパイプライン(Trans-Sabah Gas Pipeline:TSGP)の2つのパイプラインの建設計画がある。併せて総工費94億リンギを予定した事業であったが,2018年9月に中止が発表された。全計画の13%の建設作業が完了していたが,建設請負業者の中国国営企業に対し,総工費の88%に当たる83億リンギが前政権下で支払い済みであり,2019年内は引き続き差額の返還交渉が担当企業間および両国政府間で行われている。
マハティール首相は前年5月の再任以降,世界各国を訪問して首脳と会談し,対外関係の構築に積極的に関与している。基本的な外交姿勢は2002年までの第一次マハティール政権期と変わっておらず,経済,安全保障面での実利追求とアジア/ASEANあるいはイスラーム世界の一員としてのマレーシアという2点を重視している(鈴木早苗「マハティール政権期における外交の二側面:既存研究を中心に」鳥居高編『マハティール政権の22年』アジア経済研究所 2005年)。
2019年はこの方向性が明確に示されていた。首相は米中貿易摩擦あるいはイランなどへの経済制裁に関して,しばしばアメリカへの非難を表明した。7月にサラワク州で開催予定だったパラリンピック水泳世界大会の実施にあたり,イスラエル選手団を入国させないと首相が表明したことで,マレーシアは開催権を国際パラリンピック委員会からはく奪された。12月にはムスリム諸国の首脳,高官,イスラーム法学者などが集まり,首相を議長としてクアラルンプール・サミットが開催された。また11月のASEAN首脳会議などでは,欧米の保護主義や米中の貿易摩擦に対抗していくためにはASEAN諸国の団結が重要であると首相は述べている。
対中関係:一帯一路政策支持の一方,南シナ海問題をめぐる衝突前述のとおり,外国の融資に基づく大型インフラ開発計画の中止,見直しは前年の総選挙でのPH側の公約の1つであった。ナジブ政権下の2016年から2017年にかけて,ECRLなどを含む総額約1800億リンギ以上の大型開発計画に関するMOUが中国との間で締結されていたが,一部の計画はナジブ元首相が関わる1MDBをめぐる汚職,不正の温床となったこと,さらにマレーシアの国益よりも中国の利益となっているといった批判に基づき,大型計画の見直しが実施された。これに対し,中国側も協力的な姿勢を示した。
PH政権は前政権から続く中国との蜜月関係に終止符を打ち,一帯一路政策の拒否に転じるのではないかという見方もあった。しかしながら今年,再交渉を経て部分的に縮小,コスト削減を行いながらも多くの事業を継続することを政府は表明した。訪中時には,マハティール首相は一帯一路政策を全面的に支持するとも述べており(The Star,2019年4月27日),中国との良好な関係を継続していく方向性が明らかになったといえる。
また世界各国での華為技術(ファーウェイ)社との取引規制の流れの一方で,マレーシアは同社の技術を積極的に取り入れていく方針を示している。10月3日には同社と国内通信大手マキシスが第5世代移動通信システム(5G)に関して,3年間の商用契約を締結した。調印式には首相も同席し,マレーシアの発展,競争力のために先進技術が重要であると語った。
一方,南シナ海問題をめぐっては,中国との軋轢も生じている。2019年以降,南シナ海海域での中国海警局の警備艇,違法漁船の航行が増加し,沿岸のASEAN諸国との間で衝突が強まっている。マレーシア政府は12月12日に国連海洋法条約(UNCLOS)下で設置されている大陸棚限界委員会(CLCS)に対し,領海から200海里を超えるボルネオ島沿岸の南シナ海北部海域の大陸棚の限界画定を要請した。また同じく12月に公開された防衛白書では,テロとともに南シナ海における緊張を国防における脅威として挙げている。11月のASEAN関連会議では,中国は南シナ海の紛争防止を目的とする行動規範を当初の予定どおり2021年内に策定することを提案しているため,今後の行動規範の策定プロセス,また中国と周辺諸国の間で加熱する領有権問題の交渉において,マレーシア政府が少しでも優位に立とうとしていると考えられる。
中国はマレーシアが主権を主張する海域でも石油や天然ガスの調査を許可なしに実施しているが,マレーシアが大国である中国と対立することは難しいと首相は述べており,緊張緩和のため軍事力の行使や衝突の抑制を強調してきた(Benar News,2019年9月27日)。しかし南シナ海に関する行動規範が妥結に向かうなかで,一定の発言力と権益の確保を試みているといえる。
対米関係:明確な対決姿勢を見せるマハティール首相米中貿易摩擦では中立の立場を明言しながらも,マハティール首相はトランプ政権下での強権的な意思決定や,対アジア政策の一貫性の欠如などをしばしば批判してきた。首相は精力的に諸外国を訪問し,アメリカにもニューヨークでの国連総会に出席するため2年連続で訪れているが,首相再任後,いまだトランプ大統領との会談を実施していない。
2019年にアメリカが行った各国への貿易上の制裁的対応に対して,首相は強い態度を示した。アメリカ財務省は5月28日にマレーシアを含む5カ国を新たに為替操作の監視対象国に指定したと発表した。マレーシアは為替市場への介入を実施してはいないと認定されたものの,多額の対米貿易黒字とGDP比で2%以上の経常黒字の2項目に該当したことがリスト入りにつながった。対象国指定を受け,中央銀行と財務省は反論の声明を出し,「監視リスト入りによるマレーシア経済への影響はない」(中央銀行),「(リスト入りの要因となった2項目は)マレーシア経済の競争力を表している」(財務省)として,国内外への影響抑止を図った。さらに,マハティール首相は5月30日にマレーシアは中国の通信機器メーカー・ファーウェイの製品を可能なかぎり使用していくだろうと明言した。これは5月15日にアメリカ政府による同社への輸出規制および同社を念頭とした調達禁止の決定と,マレーシアの監視リスト入りの両方を踏まえた発言と考えられる。
さらにイランに対する経済制裁についても,首相はたびたび非難を表明した。9月30日の国連総会での演説や11月のASEAN首脳会議,12月のカタール訪問などの際,アメリカの名前は出さなかったものの,イランへの経済制裁は,貿易を制限されることによりイランの貿易相手国であるマレーシアも実質的に制裁を受けているに等しく,いかなる法的根拠に基づいて経済制裁の実施が許されているのかと批判した。2020年11月末にはAPEC首脳会議がマレーシアで開催される予定であり,同月の大統領選挙で勝利すればトランプ大統領が2017年の就任後初めてマレーシアを訪れることとなる。
シンガポール:空海境界問題の解決と鉄道計画の再合意2018年末から激化していた領海,領空の国境線をめぐるマレーシアとシンガポール間の衝突は両国政府間で交渉が続けられ,4月9日の両国首相の会談をもって,ひとまずの解決に至った。ジョホール・バル港の沖合の港湾境界をめぐっては,1970年代から両国間でしばしば衝突が生じてきたが,今回は2018年10月25日にジョホール・バル港の境界をシンガポール・トゥアス沖の同国領海内まで拡張したとマレーシア連邦政府が官報で公示したことに端を発していた。この拡張に対しシンガポール政府は強く抗議し,官報の公示内容の修正を要求したが,アンソニー・ローク運輸大臣やマハティール首相はジョホール・バル港の港湾境界の拡張はマレーシアの領海内であり,主権の範囲内であると主張した。2018年11月から12月にかけて,シンガポール政府は同国海事局にマレーシアの官報が無効である通知を出し,マレーシア政府も同国港湾局の巡視船に官報の内容に則して対応するよう通知するなど衝突があり,12月6日にはシンガポール政府もトゥアス沖の港湾境界を拡張すると発表した。
さらに,ジョホール州上空の空域をめぐっても,両国間で衝突した。ローク運輸大臣は港湾境界についてシンガポール政府へ抗議文書を送ると2018年12月4日に下院で演説した際,ジョホール州パシル・グダン上空の主権の侵害についても,併せて抗議することを表明した。空域については,シンガポール北部セレター空港での計器着陸システム(ILS)の導入が両国政府の衝突の発端となっており,マレーシア政府はジョホール州南部パシル・グダン周辺の開発や海運業務への影響を懸念していた。翌5日にはマレーシア外務省がシンガポール政府に対し,これらの港湾,空域の境界問題についての抗議文書を送付したことを明らかにした。また12月25日にはマレーシア民間航空局(CAAM)がパシル・グダン上空の一部地域での恒久的な飛行制限を2019年1月2日から実施すると民間航空会社に通知した。
一転,2019年に入ると,境界問題は衝突から交渉の段階に入った。1月8日には,両国外相が会談し,マレーシアは前述の飛行制限を即時停止し,シンガポールはセレター空港でのILS手順の導入を停止することで合意したと共同宣言を出した。また港湾境界の問題については,両国外務省を中心とする交渉のためのワーキンググループを設置することになった。この外相会談の直後にも,ジョホール州のオスマン・サピアン州首相が衝突海域を航行するマレーシア海兵隊の船舶を訪問したことで,ジョホール州のイスカンダル開発計画に関する両国間の閣僚会合が延期されるなどの問題が生じたが,上記グループでの議論を経て,3月14日には,2018年に両国が延伸し重複していたトゥアス沖の港湾境界線の適用を停止することで合意した。空域に関しては,4月6日にシンガポールはセレター空港へのILS導入の撤回,マレーシアはパシル・グダン上空の飛行制限を無期限停止することで合意したと両国運輸相が発表した。そして前述のとおり,4月9日の両国首相の会談において港湾,空域の境界に関する合意を確認,前向きな二国間関係の継続を宣言し,両国間の一連の衝突は収束に至った。
しかし,この両国合意後もローク大臣やマハティール首相は,1973年の両国間合意に則ってシンガポールに委任されている当該地域の空域管制権を取り戻すために交渉すると述べている。さらに上記の首相会談でも,まったく進展がなかったマレーシアからシンガポールへの水供給契約,価格の見直しについては,引き続き両国の主張が対立する問題であり,再度軋轢が強まる可能性がある。
他方,「経済」の項でも言及したとおり,シンガポールとの間で進行していた2つの鉄道敷設計画が,与党のマニフェストに従い大型インフラ開発事業の見直し対象となっていた。クアラルンプール=シンガポール間のHSR計画は2018年の交渉で2020年5月までの計画延期で合意されている(『アジア動向年報2019』)。2019年はジョホール・バル=シンガポール間のRTSの継続可否について交渉が行われ,総工費削減をもって計画継続が決定した。HSRについても同様の方針で継続予定と見られている。
2019年をとおして続いた,与党PH,PKR内での権力闘争は,約1年10カ月続いたPH政権の崩壊という最悪の結果を導いた。2020年2月末のシェラトンホテルでの政権奪取会合により,PKRの副総裁であったアズミン・アリと支持者のメンバー10人がムヒディン・ヤシン総裁率いるBersatuとともにPHを離脱,BN・UMNO,PASとともに国家連盟(Perikatan Nasional:PN)を結成したことで,PH政権は下院の過半数を維持できなくなった。Bersatu会長でもあったマハティール首相は1MDBをめぐる汚職疑惑で裁判中のナジブ元首相らが所属するUMNOと連合を組むことに同意しなかったため,一旦首相を辞任,暫定首相となったが,DAP,アンワルらのPKR,AmanahのPH側との首相指名での協力交渉に難航した。その結果,国王がムヒディン・ヤシンを新首相に任命し,PNへの選挙なき政権交代が実現するに至った。BersatuがPHを離脱したことから,いくつかの州政権でも政権交代が起きており,政治的混乱が続いている。BN・UMNOが再び政権を握り,イスラーム保守系政党のPASが政権入りしたことで,PHによって進められてきた政治制度改革は中断が予想され,ナジブ元首相らの汚職裁判の動向も注目される。
経済面では2019年の年間を通じた米中貿易摩擦の影響による輸出の低迷,第4四半期での経済成長率の大幅な縮小に続き,新型コロナウイルス感染症の流行によって,2020年のとくに第1四半期は成長率がさらに低迷すると見られている。政府は国内観光,交通,食料品などの産業および中小企業を対象にした財政刺激策を実施しているが,先行きは不透明である。
対外関係では,秋にはAPEC首脳会議の開催が予定されており,シンガポールとのHSR計画の継続可否の決定期限も控えているが,新型コロナウイルス感染症の流行からそれぞれ開催や決定が延期される可能性がある。さらに中国との南シナ海問題の進展についても注視する必要がある。
(地域研究センター)
1月 | |
1日 | 飲食店全面禁煙法令が施行。サバ州は2月1日,サラワク州は3月1日開始。 |
1日 | 外国人労働者に対する社会保障機構(SOSCO)の労災補償制度の強制加入開始。 |
6日 | クランタン州のスルタン・ムハンマド5世が突如国王を辞任。辞任による国王の退位は初めて。前年11月から療養休暇を取っていたが,同月に元ミス・モスクワと結婚したという写真がSNS上で拡散されていた。 |
8日 | マレーシア,シンガポール両国外相が共同記者会見を実施し,マレーシアはパシル・グダン空域の飛行制限の即時停止,シンガポールはセレター空港での計器着陸方式(ILS)の適用停止で合意したと発表。 |
15日 | 第5代パハン州スルタン即位。前スルタンは病気のため,同月11日に退位。 |
17日 | 首相,セネガル(~18日),イギリス(~20日),オーストリアを訪問(~22日)。 |
26日 | パハン州キャメロン・ハイランド下院選挙区で補欠選挙。2018年総選挙時のBN・MIC候補による票の買収を裁判所が認定し結果を無効にしたため実施。BN直属候補のラムリ・モハマド・ノルが勝利。 |
27日 | 国際パラリンピック委員会はサラワク州クチンで同年7月に開催予定だったパラ水泳世界選手権大会の開催権をマレーシアからはく奪。同月20日に首相がイスラエル選手の参加,入国を拒否する方針を明言したため,委員会は政治的理由による参加制限は認めないとして,開催地の再募集に至った。 |
29日 | 政府,5カ年の「国家汚職防止計画」を発表。政治資金規制の新法制定や政治家,政府高官の資産公開などを盛り込む。 |
31日 | 第16代国王にパハン州スルタンのアブドラ・アフマド・シャーが即位。 |
2月 | |
15日 | 違法なオンライン賭博に関与した疑いで,カンボジア警察に逮捕されていたマレーシア人47人が政府間交渉の末,釈放。 |
22日 | 首都圏を走る軽量高架鉄道(LRT)3号線の計画再開の再契約に関連企業が調印。建設費用が当初より約4割削減される見込み。 |
25日 | プラスチック廃棄物の違法リサイクル事業者44社を環境品質法違反で摘発。140の工場が閉鎖。 |
3月 | |
2日 | スランゴール州議会スムニュ選挙区で補欠選挙。PH・Bersatu現職議員の死去により実施。BN・UMNO所属のザカリア・ハナフィがPH・Bersatu候補を退け勝利。 |
5日 | ブルネイのハサナル国王が来訪,首相と会談。 |
6日 | 首相,フィリピンを訪問(~8日)。 |
6日 | UMNOとPASが正式な政治協力を発表。 |
13日 | 韓国の文大統領が来訪,首相と会談。 |
14日 | マレーシア,シンガポール両政府は前年10月25日(マレーシア),12月6日(シンガポール)に両国が延伸し重複していた港湾境界線の適用をともに停止することで合意したと,両国外相が共同記者会見で発表。 |
21日 | 首相,パキスタンを訪問(~23日)。 |
4月 | |
1日 | 金正男氏殺害の容疑で起訴されていたベトナム国籍のドァン・ティ・フォン被告に傷害罪で禁錮3年4カ月の判決。逮捕後の勾留期間を差引き,模範囚として3分の1の刑期短縮も受け,5月3日に出所。 |
3日 | ナジブ元首相のSRCインターナショナル関連の汚職容疑に関する公判が開始。 |
5日 | 首相は国際刑事裁判所(ICC)ローマ規程の批准を撤回すると発表。 |
6日 | Bersatuがサバ州支部を開設。サバ伝統党率いる州政府を支援することを強調。 |
6日 | シンガポール政府はセレター空港への計器着陸装置(ILS)の導入を撤回し,マレーシア政府はジョホール州パシル・グダン上空の飛行制限を無期限停止することで両政府が合意。8日にはILS導入に代わり,両国民間航空局がGPSによる計器侵入手順の展開に協力と両国運輸相が共同記者会見で発表。 |
9日 | 下院で連邦憲法の改正案が否決。第1条2項での(a)半島部11州(b)ボルネオ島部2州による連邦制とする規定を統合する案。サバ,サラワク州を連邦内での対等な立場と認めるという選挙公約実現への動きだったが,両州選出議員からの反発が生じた。 |
9日 | ジョホール州のオスマン・サピアン州首相が辞任。州首相として史上最短である11カ月の在任期間だった。 |
9日 | シンガポールのリー首相が来訪,首相と会談。海上,空域の境界問題に関する合意を確認し,合同記者会見で共同声明を発表。協力的で前向きな二国間関係の継続を確認。 |
9日 | ナジブ元首相の妻ロスマ・マンスールをサラワク州の学校における太陽光発電プロジェクトに関連した収賄の容疑で逮捕。翌日起訴。2018年10月の逮捕以来2度目。 |
10日 | 経済省が連邦土地開発庁(FELDA)の財政金融状況に関する白書を下院に提出。 |
12日 | 政府は東海岸鉄道線(ECRL)計画の続行を決定したと首相府が声明を発表。マレーシア,中国両政府および両国関係企業間での交渉の結果,440億リンギの建設費用で補足協定に署名。経路を短縮し当初の計画よりも約30%費用を削減した。 |
13日 | ヌグリ・スンビラン州議会ランタウ選挙区で補欠選挙。BN・UMNOのモハマド・ハサンがPHのPKR候補を含む3人を抑えて4期連続で当選。投票率は74%。PKRのストレラム候補による前回総選挙での立候補届の不受理を不服とした請願が認められ,裁判所が選挙結果を無効としたため実施。 |
14日 | ジョホール州首相にサフルディン・ジャマル州議会議員が就任。Bersatu所属。 |
15日 | ECRL計画で前払いされた31億リンギのうち一部をマレーシア政府へ払戻することに中国交通建設が同意したと発表。払戻分は4月12日から1週間以内に5億リンギ,1カ月以内に5億リンギの計10億リンギ。 |
19日 | 政府,2017年5月に中断された首都での大型再開発計画「バンダル・マレーシア」を再開すると発表。 |
25日 | 首相,中国を訪問(24~28日)。「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに出席および習近平主席と会談。華為技術(ファーウェイ)を訪問(25日)。李克強首相とバンダル・マレーシア計画の包括協定,パーム油貿易促進の覚書に調印(25日)。 |
5月 | |
4日 | イスラーム教の統治権の守護を標ぼうするデモが首都で行われ,約2000人が集まった。イスラーム系NGOが主催し,UMNOやPASの政治家も参加。 |
7日 | 中央銀行(バンク・ヌガラ),政策金利(OPR)を0.25%引き下げ,3.00%へ。 |
9日 | PH政権就任1年記念式典。首相は2030年までに民族や地域に関係なくすべての国民が一定水準以上の生活が享受できるように「繁栄の共有」を目指すと演説。 |
11日 | サバ州サンダカン下院選挙区補欠選挙。PH・DAP現職議員が死去したため実施。現職の娘であるビビアン・ウォンがBN・PBS候補に大差をつけて当選。 |
21日 | ジョホール・バル=シンガポール間の高速輸送システム(RTS)線の建設計画の継続可否について,マレーシア,シンガポール両国政府は決定を9月30日まで延期することに合意し,追加協定に調印。マレーシア政府はシンガポール政府へ約60万Sドル(約180万リンギ)を補償した。 |
28日 | アメリカ財務省,マレーシアを為替操作監視対象国に指定したと発表。 |
29日 | 首相,日本を訪問(~31日)。安倍首相と会談(31日)。 |
6月 | |
4日 | 政府は反汚職委員会(MACC)のシュクリ委員長が辞任し,後任に弁護士のラゼファ・コヤを任命したと発表。しかし下院の主要公職任命委員会での協議が行われずに,首相が任命を決定したため,与野党から批判が生じた。同職への女性の任命は初めて。 |
15日 | 首相,イギリスを訪問(~17日)。 |
17日 | クランタン州グア・ムサンのオラン・アスリの集落で麻疹の集団感染が発生。17日までに15人が死亡。全住民の6割が予防接種を1度しか受けていないことに起因。 |
7月 | |
1日 | 国会議員と内閣を対象にした資産公開の特別動議が下院で承認。3カ月以内にMACCへ資産情報の提出を求める。 |
1日 | 甘味飲料に対する物品税が開始。100mlあたり5g以上の砂糖または甘味料を含む飲料に1ℓ当たり40セントが課税。税収は小学校での無料朝食プログラムに充てられる予定。 |
16日 | 連邦憲法の改正案が下院で可決。投票および候補者年齢を21歳から18歳へ引き下げ,有権者の自動登録化に関する改正。25日には上院でも可決。 |
25日 | 約1年の中断を経て,ECRLの建設作業がトレンガヌ州で再開。 |
8月 | |
14日 | 教育省は2020年から予定している小学校4年生以上でのジャウィ文字の書写科目の導入に関し,華語,タミル語の国民型学校ではPTAの同意があった場合にのみ,書写ではなく「ジャウィ文字入門」科目を実施すると発表。 |
17日 | 選挙管理委員会が2018年5月のサバ州議会選挙におけるキマニス選挙区の結果を無効と判断。当選したアニファ・アマンの贈賄疑惑については証拠不十分で棄却。 |
21日 | クアラルンプール国際空港において大規模システム障害が発生。約4日間にわたって運航に影響。 |
26日 | 首相,ベトナムを訪問(~28日)。 |
27日 | ナジブ元首相のSRCインターナショナル関連の汚職容疑に関する検察側の弁論が終了。28日から1MDBの汚職容疑に関する公判が開始。 |
9月 | |
2日 | 首相,カンボジア(~4日),ロシアを訪問(~5日)。 |
5日 | 首相,大阪,京都を訪問(~8日)。 |
13日 | 野党UMNOとPASが合同政治集会を首都で開催し,公式協力協定に署名。両党員約1万人が集まる。 |
13日 | Bersatu結党3周年記念パーティー開催。 |
24日 | 首相,アメリカを訪問(~28日)。国連総会で演説(28日)。 |
26日 | マレーシアとインドネシアでテロ攻撃を計画したとして両国出身の男女16人を7州で逮捕したと警察が発表。 |
29日 | RTS建設計画の継続可否の決定期限を1カ月延期することにマレーシア,シンガポール両政府間で合意。追加賠償費用は無しで,10月31日に期日を再設定。 |
29日 | 首相,イギリスを訪問(~30日)。 |
10月 | |
3日 | 通信大手マキシスは中国・ファーウェイ社と第5世代移動通信システムについて3年間の商用契約を締結。提携調印式には首相も同席。2020年下半期から展開予定。 |
5日 | 政府は「繁栄の共有ビジョン2030」計画を発表。 |
9日 | 新聞社ウトゥサン・ムラユが負債の増加や売上の減少により,営業を停止。同社が発行する各紙も発行停止となった。 |
10日 | 警察はタミル・イーラム解放の虎(LTTE)の支持者らがマレーシア国内での組織再建のために資金を集めていたとして,DAP所属のムラカ州とヌグリ・スンビラン州の州議会議員を含む12人を逮捕したと発表。 |
20日 | 首相,インドネシアを訪問(~21日)。 |
21日 | 国王,日本を訪問(~24日)。 |
24日 | 首相,アゼルバイジャン(~26日),トルクメニスタンを訪問(~28日)。 |
31日 | 政府はジョホールバル=シンガポール間のRTS建設計画の継続を発表。当初の予定よりもコストを削減する方向でシンガポール政府と交渉していると説明。計画の最終合意への調印は来年初頭を予定。 |
11月 | |
1日 | 首相,タイを訪問。ASEANサミットへ参加(~4日)。 |
9日 | カンボジア野党・カンボジア救国党党首で亡命中のサム・ランシーがマレーシアへ入国。タイ経由でカンボジアへ帰国予定だったが,タイ政府が入国を拒否。PKRのヌルル・イザを中心に与野党の議員と面会(12日)。 |
11日 | 高等裁判所はSRCインターナショナルに関わる権力乱用等の7つの罪状について,ナジブ元首相側の抗弁に進むよう命じた。 |
11日 | アメリカ連邦航空局がマレーシアの航空安全性評価をカテゴリー1からカテゴリー2に引き下げ。航空規制当局としてのマレーシア民間航空局(CAAM)への評価であり,技術面での専門知識や人材,点検プロセス等への不備を指摘。格下げに伴いアメリカへの増便が制限される。CAAMは不備を認め,11月1日付でCEOが辞任したことを発表。 |
16日 | ジョホール州タンジュン・ピアイ下院選挙区で補欠選挙。PH・Bersatu現職議員の死去により実施。BN・MCA候補のウィー・ジェックセンが約65%の票を得て,PH・Bersatu候補に大差をつけ当選。 |
24日 | 首相,韓国を訪問(~28日)。 |
12月 | |
3日 | 初の防衛白書を下院へ提出。 |
4日 | UMNO,年次党大会を開催(~7日)。ザヒド総裁は半年以内にPASと合同大会を開催し,Muafakat Nasional(National Consensus)として公式の野党連合を結成することを発表(5日)。 |
5日 | PKR,年次党大会を開催(~8日)。アンワル総裁が演説でアズミン経済相に対する個人攻撃を行ったとして,同氏と支持者らが大会を途中退席した(5日)。 |
6日 | Amanah,年次党大会を開催(~8日)。 |
11日 | 首相,カタールを訪問(~14日)。 |
12日 | 政府は国連海洋法条約(UNCLOS)下で設置されている大陸棚限界委員会(CLCS)に対し,ボルネオ島沿岸200海里を超える,南シナ海北部海域の大陸棚について,限界画定を要請する文書を提出した。当該海域は中国が主権を主張する海域と重複している。マレーシア政府の主張は2021年のCLCS第53回会合で議論される。 |
18日 | クアラルンプールサミット開催(~21日)。サウジアラビア,パキスタン,インドネシアを除くムスリム諸国の首脳が参加。 |
19日 | 反フェイクニュース法の廃止が上院で可決。前年8月に下院で可決された後,上院で否決されたが,今年再提出され10月9日に下院で再度可決されていた。再提出のため,上院での可否にかかわらず承認されるプロセスであった。 |
28日 | 国民型学校でのジャウィ書写授業導入を議論する華語学校理事/教職員組合主催の集会が中止。警察が治安維持を目的に中止命令を裁判所に申請,許可されたため。 |
30日 | 政府は2020年1月1日から導入が予定されていた新しいガソリン補助金制度の開始を延期すると発表。受給対象者(月収4000リンギ以下)に対し,補助金受取の登録方法の周知が十分でないと説明。 |
(注)*連邦元首,州元首に関わる訴訟を取り扱う。
(注)[ ]内は所属政党。略称は以下のとおり。Amanah(Parti Amanah Negara):国家信託党,Bersatu(Parti Pribumi Bersatu Malaysia):マレーシア統一プリブミ党,DAP(Democratic Action Party):民主行動党,PAS(Parti Islam Se-Malaysia):汎マレーシア・イスラーム党,PBB(Parti Pesaka Bumiputra Bersatu):統一ブミプトラ伝統党,PKR(Parti Keadilan Rakyat):人民公正党,UMNO(United Malays National Organization):統一マレー人国民組織,Warisan(Parti Warisan Sabah):サバ伝統党。
(注)1)推計値。2)速報値。3)年平均値。
(出所)人口:Department of Statistics Malaysia, Population Quick Info。労働力人口(2019),失業率(2019):Ministry of Finance, Economic Outlook 2020。労働力人口(2013~2018),失業率(2013~2018),消費者物価上昇率,為替レート:Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics,2020年1月号。
(注)1)修正推計値。2)+は資産の取り崩しを意味する。
(出所)2019年:Ministry of Finance, Fiscal Outlook and Federal Government Revenue Estimates 2020。2018年以前:Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics,2019年12月号。
(注)1)推計値。
(出所)2019年:Ministry of Finance, Fiscal Outlook and Federal Government Revenue Estimates 2020。2018年以前:Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics,2019年12月号。
(注)1)購入者価格表示。
(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Highlights and Statistics,2020年1月号。
(注)1)特別引出権,IMFポジション,金および外貨。
(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Statistical Bulletin,2020年1月号。
(注)1)EUという項目に含まれている国は,イギリス,ドイツ,オランダ,フランス,イタリア,ベルギー,ルクセンブルグ,デンマーク,アイルランド,ギリシャ,スペイン,ポルトガル,オーストリア,フィンランド,スウェーデン,その他(詳細なし)。
(出所)Bank Negara Malaysia, Monthly Statistical Bulletin,2020年1月号。