アジア動向年報
Online ISSN : 2434-0847
Print ISSN : 0915-1109
各国・地域の動向
2019年のパキスタン IMFからの財政支援が決定
井上 あえか(いのうえ あえか)牧野 百恵(まきの ももえ)
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2020 年 2020 巻 p. 545-570

詳細

2019年のパキスタン

概 況

2019年のパキスタンは,イムラン・ハーン政権が2年目を迎えた。4月に内閣改造が行われ,6月には財政危機のため軍事費を削減するとの発表があった。一方,野党は年の後半にアーザーディー・マーチ(自由の行進)と称する反政府デモを実施し,現政権は軍の傀儡であると批判したが,新たに有力な野党指導者は出現していない。また,ムシャッラフ元大統領への死刑判決や陸軍参謀長の任期延長問題をつうじて,司法が一定の役割を果たす状況が見られた。

テロ件数は全体として減少傾向にあることは変わらないが,5月にグワーダルのパールコンチネンタルホテルで中国人を狙ったテロが発生した。また警察が法に則らない暴力を行使しているという批判がパシュトゥン地域で出ており,テロ対応の一方で人権が蔑ろにされている疑いが外国からの関心を引きつつある。

国際収支危機に直面したパキスタンは,前年度に重視したサウジアラビアや中国といった友好国からの支援のみでは足りず,結局IMFに支援を要請することになった。7月3日,13回目の条件付き融資パッケージが承認された。IMFの条件は財政赤字の削減,通貨切り下げ,利上げ,インフレの抑制,といった財政・金融緊縮政策である。結果として,GDP成長率は3.3%と伸び悩んだ。一方で,貿易赤字は改善し,国際収支危機は脱した。中パ経済回廊(CPEC)の「早期収穫」プロジェクトが完了したことで,それに伴う輸入が抑えられたことが大きい。

対外関係では年初にカシミールでインドとの軍事的緊張が高まり,2月から3月にかけて空爆,パイロット拘束,大使召喚,復帰などの応酬が続いた。イムラン・ハーン首相は戦争を回避すべくインドにさまざまに働きかけたが,インドからの反応は鈍い。またインドが東アジア地域包括的経済連携(RCEP)からの離脱を表明したが,中国は変わらずインド周辺への進出を進めており,パキスタンはその最前線として対中依存が続いている。

国内政治

安定的なハーン政権と軍の関係

ハーン首相は4月18日に内閣改造を行い,重要閣僚であるアサド・ウマル財務相を含め,数人が内閣発足以来8カ月での交代となった。政権発足後1年も経たない時期の内閣改造は稀である。より実務能力の高い閣僚を登用することで政権としての能力を示そうとした,という積極的な評価があると同時に,ウマル財務相がIMFとの交渉で成果を挙げられなかったことや,経済状況が改善しないことに軍や経済界から批判が出ていたことから,IMFや軍から能力を認められなかった閣僚が更迭されたとの見方もある。

さらに6月4日,ハーン首相は経済状況に鑑み,軍事費を削減すると発表した。これについて,バジュワ陸軍参謀長は「軍事費削減によって他国の脅威への対応が変更することはない」と,首相の発表を受け入れる発言をした。「ハーン政権は軍の傀儡である」という野党の主張を退ける意図があるにしても,軍の権威の下で軍事費削減が政権主導で実行されることには意義があろう。

とはいえ,国民のハーン政権に対する期待は衰えていないようである。3月17日に共和党国際研究所(IRI)による世論調査結果が報道された。選挙は適正に行われたとの回答が84%で,57%がハーン政権を「非常に良い仕事」(17%)もしくは「良い仕事」(40%)をしていると答えた。また,選挙中に約束したことを果たすためには1年(26%)もしくは2年(14%)の期間を与えてよいという答えが4割を占めた。識者のなかにはハーン政権が軍の言いなりになっているだけで能力がないという評価もあるが,後述するように時間をかけてハーン政権の成果を待とうとする意思が世論調査に現れていることは興味深い。

野党によるアーザーディー・マーチ(自由の行進)

こうした政軍関係に対して,ウラマー党(JUI-F)のファズルル・ラフマーン党首が主導するアーザーディー・マーチが,10月27日にカラチを出発し,31日にイスラマバードへ到着した。この行進にはJUI-Fの他に2大野党であるパキスタン人民党(PPP)とパキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派(PML-N),また,ハイバル・パフトゥンハー(KP)州のアワーミー国民党(ANP)の指導者らがイスラマバードで合流した。指導者らは,「ハーン政権はパキスタン経済を最悪な状況に陥れている」(アスファンディヤル・ワリー・ハーンANP党首),「ハーン首相に,政権の座を降りる時が来たと告げるべく,すべての野党が結束している。ハーン政権は操り人形にすぎず,私たちは彼を選んだ勢力にも独裁者にも屈服するつもりはない。権力の中心は国民であって国家ではない」(ビラーワル・ブットーPPP党首)と,訴えた。

アーザーディー・マーチという呼び名は,2014年にハーン現首相がパキスタン正義運動党(PTI)党首として行った運動と同じであり,イスラマバードで集会を行った場所もまた同じであった。このように野党が連合を組んで,議会外でデモを行って政府の退陣を求めるという手法が,与野党が逆転しても同じ構図で繰り返され,現在のパキスタン政治のひとつのパターンとなっている。今回の行進では暴力はなく,イスラマバードでは静かに座り込みが行われた。

ハーン政権は軍の操り人形だという批判には多くの国民が反対しないであろうが,だからといって,国民が野党政治家たちに強い支持を与える状況にはない。野党は,政権の退陣を求めるという一点で一致しているにすぎず,野党支持者がファズルル・ラフマーン党首を支持して結束しているわけではなく,さりとて複数の野党支持者をまとめうる人物がほかにいるわけでもない。PML-NもPPPも有力政治家が健康問題や,訴追を避けて国外にいるために活動できない状態にある。ファズルル・ラフマーン党首は,2018年の選挙でPTIの候補に敗れて議席を失い,現在下院にJUI-Fは議席がない。国民の間にも,取り立てて強い反政府感情があるわけではない。さらに宗教的な理由でJUI-Fが女性のデモ参加を歓迎しないこともパキスタンの一般的な市民感情に反している。

ハーン政権としては,今のところ野党から脅かされる状況にはない。とはいえ,軍の後ろ盾を頼みとしながらも民主化の歩を進めるためには,いずれ2大野党との合意や和解が必要となろう。

ムシャッラフの死刑判決と陸軍参謀長の任期延長問題

12月17日,イスラマバード特別法廷は,2007年当時大統領だったムシャッラフが非常事態宣言により憲法を停止したことは国家反逆罪にあたるとして,死刑判決を下した。これに対してムシャッラフ側は12月27日にラホール高裁に死刑取り消しなどを求める訴えを起こした結果,ラホール高裁は2020年1月13日,シャリーフ政権時代の特別法廷設置が必要な手続きをとらずに行われたとして,特別法廷の死刑判決を無効とした。

そもそもイスラマバード特別法廷が下した死刑判決は,2013年6月にナワーズ・シャリーフ首相(当時)が訴追した事案についての判決である。判決まで6年半かかったのは,ムシャッラフがたびたび召喚に応じなかった(基本的に外国に滞在しており,2013年の選挙前に帰国したが逮捕され,2016年に病気治療のため再び出国した)ということもあるが,イムラン・ハーン政権に代わって以後は,原告である政府がこの裁判に消極的で,特別法廷の審理中止を求める訴えを起こすなどしていたということがある。

この判決をめぐっては,2つの見方ができるだろう。ひとつは,軍は特別法廷の判決を批判しているが,現政権は軍の傀儡だという見方を否定するために,司法に独自の判断を許容した,という見方である。すでに過去の人であるムシャッラフへの判決なら政治的影響は少ない。もうひとつはまったく逆に,軍が死刑判決を強く非難していることと,ハーン政権がこの裁判に消極的であったという経緯から,司法は軍および現政権と対立的な状態にあるという見方である。この場合,2008年にムシャッラフを退陣に追い込む原動力となって以来の,政治からの独立性を示そうとする司法の姿勢は維持されているということになる。ここでは後者の見方をとっておきたい。

さらに,2019年11月末で退任の予定だったバジュワ陸軍参謀長の任期を,8月にハーン首相が「地域の安全保障上の状況」(インドによる憲法370条無効化に伴うカシミールの問題,およびアメリカとアフガニスタンの和平交渉[後述])を理由に3年延長することを決めたのに対し,最高裁は11月26日にこれを無効として,延長の決定を停止させた。そもそも首相に任命権限はないうえ,必要な手続きを経ていなかったためという。ハーン首相にとっては,政権の後ろ盾であるバジュワ将軍の任期を3年延長することは,すなわち自分の政権もあと3年は安泰ということだ,と揶揄する論評も見られた。陸軍参謀長を含む将官の任期延長の例は過去にもあったが,いずれも慣例によって行われてきた。この一件により,任期延長を規定する法律がないことが明らかになったため,最高裁はこうした不備を精査することを理由として,暫定的に参謀長の任期を半年延長することを認めた。

陸軍参謀長は実質的にパキスタンの権力の中枢であり,その任期延長に異議が唱えられたことは史上初めてのことである。その後,三軍に関する法律の改正法が2020年1月7日に上下院を通過し,それに基づいてバジュワ将軍の任期は3年延長された。この法案に関しては,野党PML-Nのナワーズ・シャリーフは与党に協力する姿勢を示し,PPPは一度は修正案を出したが後に取り下げた。最高裁の判断がきっかけとなって,事実上与野党一致して軍の人事手続きを明文化したということは,政府や軍の影響の下にありながらも司法が法の番人としての役割を果たしたと捉えることができ,パキスタンが変化する可能性を示唆している。

KP州のパシュトゥン人権保護運動(PTM)と州議会選挙

テロ取り締まりなどの過程で警察が法に則らない暴力を行使し,人命が失われているとして,2018年末ごろからパシュトゥン人の人権団体PTMによる抗議運動が高まってきている。PTMは,KP州とバロチスタン州を拠点として,州内各地やカラチ,ラホールのほか,ドイツのケルンやスイスのジュネーヴでも集会を開いている。2019年2月に,PTMのリーダーの1人であるアルマン・ローニーがバロチスタン北西部ロラライで,警察によって殺害されたとの疑惑が起こると,この問題が人権問題として外国のメディアにも報じられた。PTMの要求は,2018年にカラチでパシュトゥン青年を殺害した警察官アンワル・ラオらの処罰,パシュトゥン地域に埋設されている地雷の除去,警察に拘束されたままの人々の所在を明らかにし裁判を受けさせること,軍のチェックポイントで地元の住民が屈辱的な扱いを受けないようにすること,などである。今後,パキスタンにおける人権侵害のひとつとして外国からの批判が強まる可能性がある。

なお,2018年5月に連邦直轄部族地域(FATA)のKP州併合が決まったことに伴い,KP州議会に部族地域の16議席が増やされたため,7月20日にこれらの選挙区で州議会選挙が実施された。無所属の候補が6,PTIは5,JUI-Fが3,イスラーム党(JI)が1,ANPが1,それぞれ議席を獲得した。この選挙で女性の投票率は平均28.6%で,全国の女性の投票率46.64%(2018年下院選挙)には及ばないものの,一番高かったクッラムの選挙区では44.5%に上り,部族地域の女性は政治に関心がないという「神話」を一掃したとして歓迎された。

治安の改善と局地的テロ

パキスタン平和研究所(PIPS)の年次報告書によると,2019年のテロ件数は229件で,前年に比べ13%減少し,テロによる死者数は40%減357人で2014年以降の減少傾向が継続している。ただし,KP州で起きたテロ件数を見ると125件で,うち53件(42%)はKP州の北ワジリスタンに集中している。PIPSの分析によると,2018年にFATAのKP州への併合が決まってから,政治的,法的に必要な整備が遅れていることへの不満も反政府的な活動が増えている一因と見られ,早急な対応が求められるとしている。

5月11日,バロチスタン州グワーダルのパールコンチネンタルホテルが武装集団の襲撃を受けた。武装集団は4人で,治安部隊との交戦となった。宿泊客に被害はなかったが,海軍兵士1人,ホテル従業員3人,襲撃犯4人が死亡し,6人が負傷した。バロチスタン解放軍(BLA)が,中国人と外国の投資家を狙ったとする犯行声明を出した。その背景として,グワーダルではCPECの一環として中国が港湾を中心に建設から運営まで大きく関わっているが,地元住民の間には中国への批判的な見方が根強いことがある。中国人を狙った誘拐事件も起きており,BLAは2018年11月にもカラチの中国総領事館に対して襲撃事件を起こしている。今回襲撃を受けたホテルは周辺では唯一の外国人向け高級ホテルで,中国人ビジネスマンも頻繁に利用し,パキスタンの治安当局は警備体制を強化していた。

7月17日にラホールで,ジャマーアト・ダワー(JuD)の指導者ハーフェズ・サイードがパンジャーブ警察対テロ局に逮捕された。彼はグジュランワーラーの自宅へ帰る途上であったという。彼は2008年のムンバイにおけるテロの首謀者とされ,計23件のテロ事件に関与しているとされる。この逮捕は,ハーン首相の初訪米の直前に行われた。ハーン首相はかねてよりOECDの金融活動作業部会(FATF)からパキスタン国外で活動するテロ組織への対応を迫られており,アメリカ訪問を前に成果をあげた形となった。

(井上)

経 済

2018/19年度の経済概況

実質国内総生産(GDP)成長率は前年度の5.5%から3.3%に落ち込んだ。背景には緊縮財政・金融政策,パキスタン・ルピーの大幅な下落に伴ったインフレ圧力がある。セクター別の伸びは,農業部門が対前年度比0.8%(前年度3.9%),工業部門が1.4%(同4.9%),サービス部門が4.7%(同6.2%)であった。いずれの部門の伸びも緩慢であったが,とりわけ農業と製造業部門の不振が大きい。農業部門では,主要作物の小麦,コメ,サトウキビ,綿花が,天候不順と農薬価格の高騰を受けていずれも伸び悩んだ。主要な製造業は,農業に依存するパキスタンの経済構造を反映して,サトウキビと綿花を原料とする製糖とテキスタイルがそれぞれ47.3%を占めるところ,両者とも伸び悩んだ。自動車製造業も,脱税・税金未納者の車両購入の禁止,ルピー下落を受けた自動車価格の高騰,利子率の上昇を受けて不振であった。建設業部門も,公共事業の縮小を受けて伸び悩んだ。

前年度に史上最悪の赤字を記録した経常収支は,2018/19年度はその3分の2となる138億ドルの赤字にとどまった。輸出は対前年度比1.8%減と引き続き伸び悩んだが,それ以上に輸入が同8.3%減と大幅に減少し,貿易収支赤字が327億ドルと対前年度比13.4%減となったためである。CPECの優先事業とされていた「早期収穫」プロジェクトが完了したこと,公共セクター支出の抑制により,機械類,輸送,建設関連の輸入が大幅に減ったことが大きい。ルピー下落(図1)と利子率の上昇も輸入量を抑制した。また,国際石油価格の低迷は輸入額の抑制につながった。史上最高額を記録した海外労働者送金も,経常収支赤字の削減に貢献した。とりわけ,アメリカ,イギリス,マレーシアからの送金の増加(それぞれ,対前年度比20%,18%,35%増)は,好ましい変化である。いまだに送金シェアの半分以上は石油産出国で働く建設作業員や運転手に偏っており,送金はこれらの国々の労働者需要,ひいては国際石油価格に影響されるため,安定した送金が望めないからである。一方で,資本流入は限定的であった。4月15日には10億ドル分のユーロ債,12月2日には10億ドル分のスクーク(イスラーム債)の償還がなされるなど,過去に借り入れた対外債務の返済に追われた。また,CPECプロジェクトの完了に伴い,新たな資本流入が伸び悩んだ。

図1  2019年為替相場の動き(ドル/パキスタン・ルピー)

(出所)State Bank of Pakistan, Statistical Supplement, 各号。

2018/19年度の消費者物価指数(CPI)の上昇率は,前年度の3.9%から大幅に上昇し,7.3%であった。電気・ガス代,ガソリン代などエネルギー価格および食料価格の上昇,ルピー安などによるところが大きい。電気・ガス価格は,補助金によって低価格に抑えられてきたが,財政赤字の拡大,およびIMFの融資を受けるにあたっての条件として,電気・ガス代を引き上げざるをえなかった。また,石油を輸入に頼るパキスタンでは,大幅なルピー安がそのままガソリン価格の上昇につながった。食用油や茶なども輸入によっているため,同様に価格が上昇した。小麦は主要作物かつ主食であるため,毎年政府がいくらかの割合を買い取ることで,市場への供給量を調整し価格安定を維持してきたが,2018/19年度は,その調整が上手くいかずに需要超過となり,結果として小麦価格の上昇につながった。国内供給量が不足しているとの判断で,7月17日には経済調整委員会が小麦輸出の禁止を決定したほどであるが,国内の小麦ストックは実は不足していないとの試算もあり,卸売市場における買い占め行動などが考えられる。

インフレ傾向を受けて,パキスタン中央銀行(SBP)は,前年度に引き続き緊縮金融政策を実施した。政策金利は1月31日に0.25ポイント,3月29日に0.5ポイント,5月20日に1.5ポイント,そして7月17日に1.0ポイントと4回引き上げられ,13.25%となった。これは5年ぶりの高金利水準である。

IMF条件付き融資と2019/20年度予算案

パキスタン政府は5月12日,IMFと向こう39カ月にわたる60億ドル規模の救済パッケージを得ることで合意に至ったと発表した。これまで,パキスタンが国際収支危機になるたびに受けてきたものと同様の条件付き融資であり,13回目を数える。これは7月3日,IMF理事会で正式に「拡大信用供与措置」(Extended Fund Facility:EFF)として承認され,直ちに第1回目トランシュとなる10億ドルが融資された。もともとハーン首相は,就任前はアンチIMFの急先鋒として批判的な発言を繰り返してきた。IMFに援助を求めないことは選挙公約でもあった。IMFの条件は,補助金の削減や緊縮財政・金融政策,ルピー切り下げが典型的であり,国民の反感を買いやすく,実際にIMFに対する国民感情は悪い。就任後,国際収支危機に直面し,二国間についてはなりふり構わず救済を求めてきたが,ここへきてIMFへも援助を求めざるをえなくなった。逆に言えば,それだけ国際収支危機が現実味を帯びていたことが分かる。IMFから条件付き融資を受けることのメリットは額面の60億ドルにとどまらず,その他の国際融資機関などからの援助も受けやすくなることだろう。実際,5月12日の事務レベルでの合意後,世銀と矢継ぎ早に融資合意に至った(総額19億ドル)。実態は,世銀の融資予定プロジェクトはすでに決定しており,IMFの合意を待って解禁となったということだろう。

IMFの条件付き融資は,パキスタン政府が条件を達成できているかどうか,基本的には四半期ごとにIMFによる評価を受け,条件をクリアしていれば,その都度分割されたトランシュの融資を受けることができる,というものである。課された条件は予想以上に厳しいものであった。最も厳しい条件は,現在の財政赤字を2019/20会計年度末までにGDPの0.6%に抑えるようにというものである。2018/19年度の財政赤字が8.9%であったことからも,かなり実現が不可能にみえる条件である。しかしながら,条件を達成する姿勢が問われる以上,次年度予算案はかなり緊縮したものになると予測された。

6月11日,ハマド・アズハル歳入国務相が2019/20年度予算案を発表した。財政赤字目標は現実路線の対GDP比7.1%とされた。支出が前年度修正案より30%増であり,それほど緊縮的にはみえない。従来パキスタンの財政支出においては,利子払いと軍事費のシェアが高く(57%),それほど自由がない。前年度においても,利子払いの大幅な増加が財政赤字を悪化させたが,財政政策そのものというよりは,利子率の上昇によるところが大きかった。2019/20年度の予算案では,利子払いが対前年度比46%増である。防衛費は1.3%増,福祉・教育関連支出は削減である。ハーン首相はもともとパキスタンの既得権益に対抗するかたちで,社会福祉,教育,雇用創出といった公約を訴えて政権を勝ち取っており,その一環として3月27日,エフサース貧困削減プログラムを大々的に立ち上げたが,実効性は薄いだろう。予算案では,インフラ建設などの開発支出は24.6%増とされているが,おそらく削減せざるをえなくなると思われる。

一方で,収入目標はIMFに追従する野心的な内容であり,対前年度比19%増である。予算案には,付加価値税(VAT)の導入,所得税・売上税・物品税免除の撤回を盛り込んだ。たとえば,一般売上税は17%のまま据え置いたが,これまで免除されていた,テキスタイル,鉄鋼,砂糖,食料といったセクターにも課税されるようになった。液化天然ガス(LNG)などに対する輸入追加関税も加えられた。このように,パキスタンの財政収入は間接税に偏っており,このままでは小手先の税収増しか望めず,IMFの要求する水準の達成は不可能であろう。もっともメスを入れるべきは,所得税などの直接税である。実際に2018/19年度の対GDP比税収は9.9%と1桁に落ち込んでおり,これは南アジアで最低の水準である。税金を払っていない国民が多すぎることが問題であり,彼らを確実に納税者にする抜本的な改革が必要である。

財政赤字削減にも大きく関わるIMFの条件には,エネルギー向け補助金の削除,電気・ガス代の引き上げ,国営企業の民営化,などが含まれる。これらは基本的に国民の反感を買いやすい政策である。また,SBPの改革やルピーの変動相場制への移行もIMFの要求である。EFFの承認に先立って5月4日,レザ・バーキルがSBP総裁に就任したが,彼はもともとIMFのエコノミストであり,IMFを意識した人選のようであった。5月12日のEFF合意発表を受けて,SBPは,16日にはルピーのわずかな切り下げを実施したほか,20日には政策金利を一気に1.5ポイント引き上げ,12.25%とした。5年ぶりの緊縮金融水準である。また,公共支出の削減はCPECの進展にも影響を与えるだろう。

12月19日,IMFはEFFの第1回目(2019年7~9月分)の評価を行った。金融政策の引き締めと電力料金の引き上げを評価したようである。結果,EFF第2回目のトランシュとなる4億5250万ドルの融資を承認した。

中パ経済回廊

2016年に合意された中パ経済回廊(CPEC)は,総額620億ドル規模の電力および交通インフラ建設を中心とした融資プロジェクトであり,中国の一帯一路構想のなかでも,最大のプロジェクトである。とりわけ慢性的な電力危機に見舞われてきたパキスタンでは,バラ色のプロジェクトのように喧伝されてきた一方,財政赤字と経常収支赤字を悪化させた諸刃の剣でもあった。2017年,2018年と危機的な経常収支赤字を記録したパキスタンであったが,2019年は赤字を削減することができた。CPECのうち優先度の高い「早期収穫」プロジェクトがほぼ完了段階にあったこと,双子の赤字を考慮して,完了していないプロジェクトは中止,延期,規模の縮小となったことが大きい。9月16日,姚敬駐パキスタン中国大使は,「早期収穫」プロジェクトがほぼ完了したことを発表した。「早期収穫」プロジェクトは,電力と交通インフラにほぼ限られている一方で,パキスタン政府はCPECの重点を,これらのインフラより産業協力や社会経済開発に置きたいと考えている。たとえば,特別経済区(SEZ)の建設である。このようなパキスタン政府の思いとは裏腹に,CPECは2019年も,両インフラのうち,とりわけ電力に偏ったままであった。

8月14日,1320MWの発電容量をもつ中国電力ハブ発電会社(CPHGC)が,最大都市カラチから45キロメートルほどの距離にあるバロチスタン州ハブで商用操業を開始した。また,10月21には首相が出席し,開所式が行われた。これは,パキスタン独立系のハブ電力会社と中国電力国際有限公司の合弁会社であり,後者が74%の株式を保有する。このような合弁事業は,CPEC傘下では初である。

カラチ=ペシャーワルの主要鉄道線(ML-1)は,植民地時代の19世紀に敷設されたものであるが,この修復と改善はCPEC最大のプロジェクトである。当初は,総費用82億ドルを見積もり,2022年までに第1段階の工事が完了する予定であったが,資金繰りの目途がたたず,2018年には一旦総費用を62億ドルに減額した。11月5日のCPEC合同調整会議において,パキスタンは総費用見積もりを85億ドルに増額し,中国に対し低金利かつ長期返済期間の融資を求めた。7月に始まったIMFのEFFプログラムを受け続けるためには,IMFの要求する厳しい水準をクリアし続けなければならないため,パキスタンは高コストの対外債務を増やせない状況にある。ML-1修復・改善については,いかに資金調達を実現するか,また同プロジェクトの先行きも不透明なままである。

CPEC交通インフラ・プロジェクトのひとつであり,ラホールのメトロ・オレンジラインは,当初の2018年完成予定から大幅に遅れたが,12月10日に試運転を行った。本メトロは,パキスタン初の都市大量高速輸送インフラである。商業運転開始は,2020年を予定している。

2018/19年度当初の予想では,CPECに関連した純海外直接投資(FDI)は41億ドルほどが期待されていた。その一方で,完成したプロジェクトに関連した債務支払いが始まった。具体的には,CPEC傘下で完成したパキスタンの電力会社が,中国にある親会社への借り入れ返済を始めた。このため,CPECに関連した純FDIは前年度の10億ドルからマイナス2億6700万ドルに減少した。CPECに関係のない純FDIは前年度の24億ドルから20億ドルに減少したのみであったが,前者の影響が大きく,全体で純FDIは前年度の34億7000万ドルから16億7000万ドルと52%の大幅減となった。

「早期収穫」プロジェクトでは,電力インフラのうち,発電に重きが置かれてきたが,発電プロジェクトが完了した2018/19年度は,送配電プロジェクトへのシフトがみられた。中国電力技術装備が建設を担う「マティアリ=ラホール±660kV高電圧直流(HVDC)送電線プロジェクト」が送配電部門の最重要プロジェクトとして進められ,2月27日,中国との間でファイナンス・クローズ(融資面での合意)に至った。パキスタンでは,電力セクターのうち送配電部門はこれまでもっぱら公営であり,補助金依存と非効率性が問題視され続けてきたが,本プロジェクトが完成すれば,送配電部門では初の民営となる。シンド州からパンジャーブ州まで,石炭火力発電による電力4000MW以上を送電する予定である。

(牧野)

対外関係

緊張が続くインド関係

2月14日,インド側カシミールで治安部隊のバスを狙ったテロが発生し,兵士を含む40人以上が死亡した。ムスリム急進派ジャイシェ・ムハンマド(「ムハンマドの軍隊」,JeM)が犯行声明を出した。JeMはカシミールのパキスタン帰属を主張して2000年に結成されたが,アメリカ同時多発テロ後の2002年,パキスタン政府がJeMを非合法化し現在に至っている。インド政府は今回のテロにパキスタン軍が関与しているとして批判したが,パキスタン外務省は事件をパキスタンと結びつけるなら証拠を示すべきだと反論した。

両国の緊張が続くなか,トランプ米大統領は2月24日にアメリカのほか,いくつかの国が緊張緩和を試みていると明らかにした。しかし,26日にインドが報復としてバーラーコートを空爆すると,27日にはパキスタン空軍機が,領空侵犯したインド空軍機を撃墜し,パイロット1人を逮捕したと発表し事態は緊迫した。ただし,パキスタンはインドとのこれ以上の緊張は望まないと強調した。この事態を受けて,アメリカ,EU,中国が,相次いで印パ両国に状況の悪化を避けるよう求め,ロシアのプーチン大統領は電話でインドのモディ首相に危機の回避を望むと述べたと報じられた。28日に開催されたパキスタン上下両院合同議会でハーン首相が,拘留しているパイロットを平和の印として解放する,緊張はインド・パキスタン両国のためにならないと述べ,3月1日にインド人パイロットは解放された。3月5日にはハーン首相が国民向けの演説で事態は沈静化したと述べ,一時双方が引き揚げていた大使も3月上旬のうちにいずれも職務に復帰した。

シェヘリヤル・ハーン・アフリディ内務担当国務相(当時)は,3月5日にJeMの指導者マスウード・アズハルの息子ハマド・アズハルと弟アブドゥル・ラウフを含む44人を拘束したと発表した。アフリディ国務相は,今回の大量拘束は外国からのプレッシャーに応えるものではなく,あくまでもテロ取り締まりへのパキスタンのイニシアティブによるものであると強調した。アメリカ国務省の報道官によれば,「ポンペオ国務長官が直接外交的な関与を行い,緊張緩和に不可欠な役割を果たした」と述べており,アメリカの圧力は大きかったとみられる。ちなみに5月1日に国連安全保障理事会がJeMの指導者を国際テロリスト指名しており,パキスタンのテロ対応のアピールにはなったといえよう。

パキスタンはその後も,ハーン首相がモディ首相再選に際して電話をかけ(5月26日),地域の平和と安定のために協力する環境を整えることで合意したり,インド外相専用機のパキスタン上空通過を許可したり(5月27日),あるいは国連でインドの非常任理事国入りを支持する(6月27日)など,インドとの関係改善への働きかけを続けた。ところが,8月にインドが発表したカシミール政策によって,再び緊張が高まることになった。

8月5日,インドでモディ政権が,ジャンムー・カシミールの特別な地位を規定した憲法370条の無効化に署名し,同時に同地域をインドに併合する大統領令に署名したことが報じられた。これに先立ってジャンムー・カシミールには厳戒態勢が敷かれ,電話やインターネットの接続が切られたこと,地元の政治家たちが自宅軟禁におかれたことなどが報じられていた。憲法370条の無効化は,モディのインド人民党のもともとの目標であったが,このタイミングで実施に踏み切ったのは,7月にトランプ米大統領がカシミール問題について仲介の用意があると述べたことがひとつのきっかけであろうなどの報道が見られた。

ハーン首相はカシミールに関して積極的にインドを批判し国際社会へ訴える行動をとった。まず8月21日に国際司法裁判所にジャンムー・カシミールにおける暴力について提訴し,9月27日には第74回国連総会で演説し,インドが憲法370条の無効化に伴ってジャンムー・カシミールで残虐行為を続けていると批判した。さらに国連の報告を引用し,90万人の治安部隊がカシミールの解放運動鎮圧のために展開しており,10万人を超えるカシミール人が殺され,800万人が違法に拘束されているのに世界は見ぬふりをしている,なぜならインドは13億の巨大市場だからだ,資本主義が人道主義を打ち負かしている,などと述べている。

そのような敵対関係の一方で,パキスタン側にあるシク教徒の聖地にインド人シク教徒が巡礼できるようにする件について,印パ関係者が3月14日と28日に相互の首都を訪れ協議を進め,10月24日にインド人シク教徒のパキスタン領内へのビザなし巡礼が許可されるなど,インドに対してさまざまな緊張緩和の働きかけが行われた。緊張が続くなかでも,複数のチャンネルが維持されることで,外交ルートが繋がっているのは,パキスタンとインドの関係の興味深い点である。

深まる中国関係

2月にインドとの間で緊張が高まると,中国はパキスタンに対し緊張緩和を働きかけ,3月7日には孔鉉佑外交部副部長がパキスタンを訪問し,地域の平和と安定のために中国が協力する旨を述べた。また5月には王岐山副首相が来訪しCPEC新4事業が開始された。8月にインドが憲法370条の無効化を発表すると,9日にクレーシー外相が急遽北京を訪問し,王毅外相が「中国はパキスタンが正当な権益を守ることを支持する」と述べて,カシミールへの実効支配を強めたインドに反発するパキスタンへの支持を表明した。また同月,許其亮国家中央軍事委員会副主席がパキスタンを訪れて習近平国家主席のパキスタン支持のメッセージを伝え,9月には中国軍・パキスタン軍の合同演習が実施された。またハーン首相も,政権発足から1年で3回訪中している。中国にとって貿易相手であるインドとの関係悪化も,インドとパキスタンの緊張の高まりも好ましくない。しかしカシミールの中印国境問題は未決着であり,インドがカシミールに対して支配を強化することには「地域情勢を複雑にする一方的な行為」(王毅外相)として反対の立場を取らざるをえない。また,インドは11月に東アジア地域包括的経済連携(RCEP)からの離脱を表明した。インドによるこれらの政策は全体として中国とパキスタンとの関係を強化させる方向で影響を与えている。ハーン首相も,就任時にはCPECへの慎重な対応を示唆していたものの,中国との関係は深まっていると言えよう。

アメリカとの両義的な関係

トランプ大統領はパキスタンに対して,テロへの対応が不十分などと非難を繰り返し,2018年にはイスラーム過激派との関係を断つまで経済支援を停止するなど,厳しい姿勢をとってきた。2019年6月13日にも,ポンペオ米国務長官が第44回米印ビジネス会議の場で,パキスタンと中国への対抗として,アメリカはインド側につくと発言した。9月22日にはトランプ大統領がヒューストンのインド系移民団体との懇談で,安全保障を含む多分野でインドとアメリカの協力関係を拡大すると述べるなど,アメリカはインドとの関係を強める方向を明示している。

しかしその一方で,ハーン首相が7月に初訪米した際には,アフガニスタンからアメリカを救い出してほしいという表現で,アフガニスタンからアメリカ軍が撤退するためにパキスタンの支援が必要であるとの発言があり,アメリカの態度の変化ではないかと報じられた。さらに,トランプ大統領はカシミール問題でも仲介の用意がある,モディ首相も仲介を求めていた,などと発言している(モディ首相は否定)。アメリカの南アジア政策の中心がアフガニスタン戦争の終結と米軍の撤退となれば,ターリバーンと強い関わりを持つパキスタンの協力が不可欠であるがゆえに,非難をトーンダウンしたようにも見える。アメリカとの関係改善はもちろん経済的,政治的に脆弱なパキスタンにとっては重要な外交課題であり,ハーン政権もそれを期待している。しかし,アメリカの都合次第でパキスタンとの関係が変化するということ自体が,パキスタン国民の反米感情の元になっているのは明白である。ターリバーンとの交渉の進展にともなって,米パキスタン関係は不安定な状態が続く可能性がある。

アフガニスタンへの関与

アフガニスタン政府には,パキスタンは依然としてアフガン・ターリバーンを支援しているのではないかという疑念があり,そのことが両国関係に影を落とす状況が続いてきた。しかし,6月27日にガニー大統領がイスラマバードを訪れ,アルヴィ大統領,ハーン首相らと,政治,経済,安全保障,平和,和解,教育,人的交流など,多岐にわたるテーマで協議を行った。報道によれば,この訪問はパキスタンが強く要請して実現したということである。

2月25日にカタールのドーハで始まったアメリカとターリバーンとの和平交渉は,9月にカーブルでターリバーンの攻撃を受けアメリカ人1人が犠牲になったことで中断した。その後10月2日に,対話再開を協議するため,アブドゥル・ガーニー・バラーダルが率いるターリバーンの代表団12人がイスラマバードを訪問し,ハーン首相はじめ,クレーシー外相や三軍統合情報局(ISI)の幹部と相次いで会談した。その1日前には,アメリカ側の交渉担当者であるザルメイ・ハリルザードもイスラマバードに到着しており,パキスタン政府は両者の会談を設定したものとみられ,交渉が再開された。

パキスタンとアフガニスタン政府との関係はターリバーンとのつながりによって阻害されているが,アメリカとはターリバーンとの関係を重視することによって関係改善が図られている。いずれにしても,東のインドとの対立を抱えるパキスタンにとっては,西のアフガニスタンとは少なくとも平穏な関係を保つ必要があり,今後とも和平交渉にさまざまな形で関わっていくことは間違いない。

イランとサウジアラビアを仲介

9月にイエメンのフーシ派によりサウジアラビアの油田2カ所が爆撃を受け,そのフーシ派を支援しているとされたイランとサウジアラビアの関係が悪化していることについて,パキスタンは両国の緊張緩和のための仲介を試みている。10月にハーン首相はテヘランとリヤドを訪問し,両国の対話のチャンネルを開くよう促したとされる。イランとサウジが戦争になれば,パキスタンはサウジ側に立たざるをえないが,イランとの関係が悪化することは国境を接するパキスタンとしては絶対に避けたいからである。

(井上)

2020年の課題

2018年に初めて2大政党以外による政権を樹立し,クリーンなイメージに加えて「福祉国家」というパキスタン史上初めての目標を掲げるハーン政権は,パキスタンの民主化という文脈でも新たな段階を象徴している。軍の力を背景にしていることや政治手法の不手際を指摘するより,当面は政権が発足以来掲げる政策目標がどう達成されていくか注視すべきだろう。また,司法が今後も独自の立場で法治国家の守り手として機能するかどうかも重要である。

IMFのEFF融資プログラムの条件達成度は四半期ごとに評価されるため,トランシュ分融資を受けるためには,条件をクリアし続けていかねばならない。とりわけ,IMFが課す財政赤字目標は非常に厳しく,単に税率を上げる,といった小手先の政策では到底達成できないだろう。南アジアで最低水準といわれる,対GDP比税収を引き上げること,要するに納税者ベースを拡大するといった構造的な改革に本気で着手できるか,注目される。また,IMFの条件は緊縮政策であるために,さらなる通貨切り下げや利子率引き上げがなされるかもしれない。実体経済へのマイナスの影響をどのように最小限に抑えていくか,PTI政権は難しい立場に立たされるだろう。

対外関係ではムスリムへの厳しい政策が続くインドとの緊張関係がどのような形で緩和していくかが注目される。アメリカの関与とともに,中国とパキスタンの関係が深いことが,インドのムスリム政策に影響を与えているという見方もある。軍を後ろ盾として存続するハーン政権であるが,2019年前半にインドに対して発せられた融和的なメッセージが軍によって許容されているというのも,新しい論点として注目しておきたい。

(井上:就実大学教授) (牧野:在ニューヨーク海外調査員)

重要日誌 パキスタン 2019年
   1月
3日ハーン首相,トルコ訪問(~4日)。
6日シェイク・モハメド・ビン・ザイード・アル=ナヒャン・アラブ首長国連邦(UAE)王子来訪。2018年末に発表した財政支援30億ドルを確約。
18日アーシフ・サイード・ハーン・コーサが最高裁長官に就任(~12月20日)。
18日中パ経済回廊(CPEC)で予定していた,1320MW規模の石炭火力発電プロジェクトが財政難のため中止と報道される。
21日首相,カタール訪問(~22日)。
21日パシュトゥン人権保護運動(PTM)の創始者アラムゼム・メフスード,扇動の容疑によりカラチで逮捕される。
23日政府,2018/19年度修正予算案を提出。
29日アーシア・ノーリーン事件で,最高裁が控訴を棄却し,無罪判決が確定。
31日パキスタン中央銀行(SBP),政策金利を0.25ポイント引き上げ10.25%に。
31日首相,海外労働者送金促進のため,バナオ証明書スキームを立ち上げ。
   2月
2日PTM指導者,アルマン・ローニー死亡。警察により不当に殺害されたとの報道。5日,抗議運動で集まったPTM活動家20人が逮捕される。
7日パキスタン政府代表団がインドを訪問することを発表。3月14日に訪印しカルタールプル回廊を巡礼者に開放することに合意。
10日イスラーム軍事同盟一行が来訪。ラヒール・シャリーフ司令官(元パキスタン陸軍参謀長)は就任後初来訪。
10日首相,UAE訪問(~11日)。
14日インド側カシミールで自爆テロ(40人以上死亡)。ジャイシェ・ムハンマド(JeM)が犯行声明。インド政府はパキスタンの関与を批判。
15日インドがパキスタンへの最恵国待遇を取り消し。
17日サウジアラビアのサルマン皇太子が皇嗣として初の公式来訪。210億ドルの投資を合意。
26日インドがパキスタン北東部バーラーコートを空爆。
27日パキスタンが実効支配線(LoC)を超えて空爆。インド軍機を撃墜しパイロットを拘束。ハーン首相はモディ首相に対し事態収束に向け対話を呼びかけ。プーチン・ロシア大統領は,緊張緩和のための調停の用意があると声明。中国,印パに対し緊張緩和を促す。
27日中国電力技術装備が建設を担うマティアリ=ラホール間の送配電プロジェクト,中国との間で融資面での合意。
28日ハーン首相が上下両院合同議会で,インド機のパイロットを解放すると発表。インドもこれを高く評価。
28日トランプ米大統領が,インドとパキスタンの対立はうまくいけば終わると述べる。
   3月
1日インド空軍兵士を解放。
1日パキスタン・エネルギー・スクーク(PSE),2000億ルピー分が初めて発行される。10月24日,パキスタン証券取引所に上場。
5日内務省がインド側カシミールの治安部隊襲撃事件でJeMのトップを含む44人を拘束。駐インド大使の復帰を発表。
5日ハーン首相が国民に向け演説。インドとの対立が収束したと述べる。
7日中国の孔鉉佑外交部副部長が来訪。
7日バジュワ陸軍参謀長は,軍司令官会議の席上,対テロ行動計画の下,政府を全面支援するよう命じた。
10日印パ双方の大使が任地に復帰。
11日メレドフ・トルクメニスタン外相来訪。12日,トルクメニスタン=アフガニスタン=パキスタン=インド(TAPI)パイプライン敷設プロジェクトで最終合意。
26日ナワーズ・シャリーフ元首相が6週間の拘束後釈放(保釈金500万ルピー)。
27日首相,エフサース貧困削減プログラムを立ち上げ。
29日SBP,政策金利を0.5ポイント引き上げ10.75%に。
29日首相,グワーダル新空港の着工式に出席。工事は10月31日に開始。
   4月
5日パキスタン政府は,拘束中のインド人360人を4月中に釈放すると発表。
12日クエッタで自爆テロ。21人死亡。IS(「イスラーム国」)とラシュカレ・ジャングビが犯行声明。シーア派のハザラ人コミュニティがテロに抗議行動(~15日)。
15日ユーロ債10億ドル分を償還。
18日ハーン首相が内閣改造を実施。ウマル財相辞任。アブドゥル・H・シェイフが財務・歳入・経済問題担当首相顧問に就任。
18日イラン国境でパキスタン軍兵士14人死亡。政府はイランからの越境テロ攻撃と非難。
19日国内最大のブックフェアがイスラマバードの中パ友好センターで開催(~21日)。
21日ハーン首相,イランに初の公式訪問(~22日)。ロハウニ大統領と会談し,国境警備の協力について共同声明。
25日ハーン首相訪中。北京で「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに出席(~28日)。
   5月
1日国連安全保障理事会,JeM指導者マスウード・アズハルを国際テロリストに指定。
3日バジュワSBP総裁辞任。4日,レザ・バーキル元IMFエコノミストが新SBP総裁に就任。
8日ラホールでスーフィー寺院を狙った自爆テロ。少なくとも12人死亡。
11日グワーダルのホテルを武装勢力が襲撃。海軍兵士1人,ホテル従業員3人,襲撃犯4人が死亡。6人が負傷。バロチスタン州の反政府武装組織「バロチスタン解放軍」(BLA)が,「中国人と外国の投資家を狙った」と犯行声明。
12日IMFと政府,13回目となる条件付き融資プログラム拡大信用供与措置(EFF)について合意に至る。向こう39カ月にわたる60億ドル融資パッケージ。
16日ルピーが前日比2%下落し,1ドル=144.09ルピーに。IMFとの合意を受けてSBPが切り下げを行ったため。
20日SBP,政策金利を1.5ポイント引き上げ12.25%に。
26日中国副首相来訪,CPECの新4事業開始。
26日ハーン首相がモディ印首相に電話,就任を祝い,関係正常化への期待を伝える。
26日カルカマールでPTMの集会に向けて軍が発砲。少なくとも13人死亡。
27日インド外相専用機のパキスタン上空飛行を許可。
30日首相,サウジアラビア訪問。イスラーム協力機構会議出席のため(~6月1日)。
31日世銀,教育改革のため,4億ドル融資を承認。
   6月
4日首相が軍事費削減を発表。
10日ザルダリ元大統領(パキスタン人民党[PPP]),資金洗浄の容疑で逮捕。
10日シェイフ財務首相顧問,2019年『経済白書』発表。
11日アズハル歳入国務相,2019/20年度予算案提出。
13日世銀,5億1800万ドル融資を承認。財政改革のため。
13日首相,上海協力機構(SCO)サミット出席のため,キルギス共和国訪問(~14日)。
14日ザルダリ元大統領の娘ファリヤル・タルプール逮捕。
14日ハイバル・パフトゥンハー(KP)州のユースフザイ情報相の会見を撮影した動画が,猫の耳をつけるアプリを起動した状態で撮影され,Facebookで生中継された。
17日1ドル=156.23ルピーに下落。バーキルSBP総裁,パキスタン・ルピー変動相場制への移行を否定。
21日パキスタン資金洗浄に関する金融活動作業部会(FATF)による審査。グレイ・リストのまま10月の再審査に持ち越し。
22日カタール国王来訪。30億ドル規模の投資を約束。
27日アフガニスタンのガニー大統領来訪。
27日1ドル=163.03ルピーに下落。史上かつ2019年中で最安値。
27日世銀,カラチ都市整備(輸送や下水など)のため,6億5200万ドル融資を承認。
   7月
2日アメリカ,BLAをテロ組織に指定。
3日IMF理事会,5月12日に事務レベルで合意したEFFを承認。
5日ADB,カラチのバス高速交通レッドライン・プロジェクトのため,フランス政府などと合わせて4億8400万ドル融資(うち1180万ドルは補助金)を承認。
10日シンド・エングロ石炭鉱業のタール石炭火力発電プロジェクト,商用操業を開始。
13日アメリカ国務省,米中ロはアフガニスタン和平のための4者協議においてパキスタンの役割を認めるという声明を発表。
17日パンジャーブ警察はジャマーアト・ダワーの指導者ハーフェズ・サイードを逮捕。
17日SBP,政策金利を1ポイント引き上げ13.25%に。
17日経済調整委員会,小麦輸出の禁止を決定。
18日汚職取締局(NAB),アッバースィー前首相(パキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派[PML-N])を液化天然ガス輸入問題で逮捕。
20日連邦直轄部族地域(FATA)のKP州への併合に伴い部族地域7県で州議会選挙実施。
21日ハーン首相初訪米。22日,トランプ大統領と初会談。
   8月
5日インド政府,カシミールの特別な自治権を撤廃する大統領令発表。同時に同州を分割する法案上院に上程。6日下院通過。
6日インド憲法370条が無効化。
6日首相,インドの370条無効化に関連し,「(インド人民党[BJP]は)ヒンドゥーが優越しているという差別思想を持っている。(ムスリムへの)民族浄化の恐れがある」と発言。
7日駐インド大使を召還。駐パキスタン・インド大使の国外退去要求,貿易停止,直通列車の運行中止。国連安全保障理事会に問題提起する方針。
7日ADB,貿易競争力強化のため,5億ドル融資を承認。
8日シャリーフ元首相の娘でPML-N副党首のマルヤム・ナワーズとその夫,資金洗浄の疑いで逮捕。
14日1320MW規模の発電容量をもつ石炭火力発電プロジェクト中国電力ハブ発電会社(CPHGC)が,商用操業を開始。CPEC初の中パ合弁会社。
19日ハーン首相が,バジュワ陸軍参謀長の任期を3年延長すると発表。
27日中国の許其亮国家中央軍事委員会副主席,来訪。
   9月
2日パキスタンでスパイとテロ活動の罪で死刑判決を受けた元インド空軍兵クルブシャン・ヤーダウが,国際司法裁判所の判断により領事に面会。
10日中パ軍事合同演習(中国北西部)。
18日首相,サウジアラビア訪問(~20日)。
22日ディアマルでバス事故,26人死亡。
27日首相,第74回国連総会で演説。カシミールでのインドの残虐行為を強く非難。
  10月
2日ターリバーン代表団,イスラマバード到着。アメリカとの対話再開を協議するため,ハーン首相,クレーシー外相らと会談。
4日ADB,公共セクター改革のため,2億ドル融資を合意。
8日ハーン首相,就任後1年で3度目の訪中(~9日)。
11日シャリーフ元首相,資金洗浄の疑いで再逮捕。
13日ハーン首相,イラン訪問。
14日ウイリアム英王子夫妻来訪(~18日)。
15日首相,サウジアラビア訪問。
18日FATF会議(パリ,13日~)で,パキスタンはブラック・リスト入りを回避。
21日首相,CPHGCの開所式に出席。
27日ウラマー党(JUI-F)率いるアーザーディー・マーチがカラチを出発。
28日IMF評価チーム,EFFの評価のため来訪。11月8日に評価を終え,第2トランシュの供与を承認。
30日マルパス世銀総裁来訪(~11月1日)。
31日JUI-Fがイスラマバードに到着し,座り込みと集会を開く。
31日ラヒムヤル・ハーンで列車火災事故。少なくとも75人死亡。
  11月
4日JUI-Fらの座り込みなど反政府運動収束のため与野党協議開始。
4日グワーダル港で輸入石炭火力発電プロジェクト着工式。
5日ペシャーワル=カラチ高速道路のムルターン=サッカル間開通式。
5日CPEC合同調整会議。
18日バジュワ陸軍参謀長がイラン訪問。
18日首相,カラコルム・ハイウェイのマンセラ=ハヴェリアン間開通式に出席。
19日シャリーフ元首相,イギリスに出国。
26日最高裁がバジュワ陸軍参謀長の任期延長の決定を停止。
  12月
2日スクーク(イスラーム債),10億ドル分の償還。
6日ADB,財政改革,エネルギー部門改革のため13億ドル融資を承認。
9日国際腐敗防止デーに際し,汚職摘発アプリの運用開始を発表。
10日パキスタン初の都市大量輸送網メトロ・オレンジライン,最初の試運転。
11日弁護士数百人がラホールの心臓専門病院を襲撃。医師への復讐のためと報道。少なくとも3人の患者が死亡。
14日首相,サウジアラビア訪問。
16日首相,バーレーン訪問。
16日CPEC初の病院および職業訓練所建設プロジェクトの着工式。
17日イスラマバード特別法廷が,ムシャッラフ元大統領に国家反逆罪で死刑判決。
17日首相,スイス訪問。「グローバル難民フォーラム」出席のため。
19日IMF理事会,第2回トランシュとなる約4億5000万ドルの融資を承認。
21日グルザール・アフマド裁判官が最高裁長官に就任。
23日NAB,イクバールPML-N幹事長をスポーツ施設に関する汚職容疑で逮捕。

参考資料 パキスタン 2019年
①  国家機構図(2019年12月末現在)
②  政府等主要人物(2019年12月末現在)
②  政府等主要人物(2019年12月末現在)(続き)

(注)1)PTI(Pakistan Tehreek-i-Insaf)パキスタン正義運動党

   2)BAP(Balochistan Awami Party)バロチスタン人民党

   3)PML-Q(Pakistan Muslim League Quaid-e-Azam)パキスタン・ムスリム連盟カーイデ・アーザム派

   4)MQM(Muttahida Qaumi Movement)統一民族運動

   5)GDA(Grand Democratic Alliance)民主大連合

   6)PPP(Pakistan People's Party)パキスタン人民党

   7)PML-N(Pakistan Muslim League Nawaz)パキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派

主要統計 パキスタン 2019年
1  基礎統計1)

(注)1)会計年度は7月1日~翌年6月30日。以下,同。人口,労働力人口は毎年6月30日現在の数値,その他は各年度平均値。2)暫定値。

(出所)Government of Pakistan, Finance Division, Economic Survey 2018-19; State Bank of Pakistan, Annual Report Statistical Supplement, Statistical Bulletin, 各号。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(注)1)修正値。2)暫定値。

(出所)Government of Pakistan, Finance Division, Economic Survey 2018-19.

3  産業別国内総生産(要素費用表示 2005/06年度価格)

(注)1)修正値。2)暫定値。

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別貿易1)

(注)1)再輸出/輸入を除く。

(出所)State Bank of Pakistan, Statistical Bulletin, 各号。関税統計ベース。

5  国際収支

(注)1)暫定値。

(出所)State Bank of Pakistan, Statistical Bulletin, 各号。銀行統計ベース。

6  国家財政

(注)1)暫定値。

(出所)State Bank of Pakistan, Statistical Bulletin, 各号。

 
© 2020 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
feedback
Top