アジア動向年報
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各国・地域の動向
2020年の台湾 2期目に入った蔡英文政権と台湾海峡での軍事的緊張
竹内 孝之(たけうち たかゆき)池上 寬(いけがみ ひろし)
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2021 年 2021 巻 p. 149-176

詳細

2020年の台湾

概 況

国内政治については,1月の国政選挙で蔡英文総統が再選され,与党の民主進歩党(民進党)も立法院で過半数の議席を確保したことが最も大きな出来事であった。台湾は,新型コロナウイルスの流行を世界に先駆けて察知し,迅速な対応策によって国内での流行を抑え込んだ。蔡英文政権の支持率は一時7割を超えた。一方,国民党では親中路線の見直しを求める声が高まった。6月には高雄市民投票が実施され,総統選挙で落選した同党の韓国瑜同市長が罷免された。

2020年の経済成長率は,3.11%(速報値)であった。新型コロナウイルス感染症の影響で多くの国がマイナス成長になるなか,台湾ではプラス成長を達成することができた。その背景としては感染症を抑えたことに加え,実施した経済振興策が功を奏したことが挙げられる。また,台湾積体電路製造(TSMC)を中心とする半導体企業の受注が好調であり,半導体産業が投資や輸出を牽引したことも経済成長に貢献した。

対外関係では,アメリカやチェコの要人が相次いで来訪し,また両国は今日のいわゆる「米中冷戦」とかつての米ソ冷戦を重ねつつ,台湾への連帯を示した。アメリカ政府高官は台湾を中国と別個の国家とみなして国連加盟を支持し,中国を攻撃できるミサイルの売却を決めるなど,従来方針からの転換を示唆した。これらに反発した中国と米台の間には,軍事的緊張が高まった。

国内政治

新型コロナウイルスの流行と中央流行疫情指揮中心の設置

2019年12月31日,衛生福利部疾病管制署は中国・武漢市での新たな感染症の流行を察知し,世界保健機関(WHO)への通報や中国への問い合わせ,検疫強化を実施した。中国の回答(1月5日や9日)も新たな感染症の発生を示唆していたため,同署は15日にこれを法定伝染症に指定し,16日に武漢市に専門家を派遣した。20日には同署庁舎内の司令室である「国家衛生指揮中心」(NHCC)に,情報の一元管理と指揮統制を行う組織である「中央流行疫情指揮中心」(中央感染症指揮センター,CECC)が設置され,周志浩署長がその指揮官となった。

1月21日に中国からの帰国者の感染が判明すると,蔡英文総統は国家安全高層会議を招集し,対応を協議した。23日には武漢市の封鎖を受け,CECCが部級に昇格し,指揮官は歯科医出身の陳時中衛生福利部長に交代した。同日には武漢市,26日には湖北省在住の中国人の入国が禁止された。CECCは2月27日に院級に昇格したが,指揮官は行政院の正副院長に交代することなく,陳時中が続投した。3月9日には陳宗彦内政部次長が副指揮官を,王美花経済部次長(後日,部長に就任)が物資組長を兼務した。

こうしたCECCの仕組みは2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行後の2004年に,当時の衛生署長であった陳建仁副総統がアメリカの事例を参照して導入した。CECCの設置は今回で9回目であった。研究施設を併設した疾病管制署の新庁舎建設も当時から構想されていたが,これは今回の流行を受けて,4月10日に具体化された。

この間,1月24日には医療用マスクの輸出が禁止され,30日には行政院がマスクの製造や流通の統制を宣言した(6月に制限緩和)。海外との往来については,2月5日に中国人,2月7日に香港およびマカオ市民,3月24日に外国人の入国が原則禁止された。また,帰国した台湾人や入国許可を受けた中国人,外国人には,2週間の隔離と位置監視用スマートフォンの携帯が義務付けられ,違反者には最高100万元の罰金や氏名の公表の罰則が課された。

2020年末までの新型コロナウイルスによる国内の死者は7人にとどまった。また,陳時中指揮官は記者会見を6月まで毎日実施し,一般市民からの相談や苦情にも回答した。さらに,感染状況やマスクの店舗在庫を即時公開する仕組みも,プログラマーである唐鳳政務委員や民間協力者により構築された。これらの取り組みが評価され,年前半の蔡英文政権の支持率は7割を超えることもあった。

総統選挙と立法委員選挙

1月11日の総統選挙では蔡英文総統が再選され,その得票率(57.13%)は2008年の馬英九・前総統(58.45%)に次ぐ高さとなった(表1)。投票率は74.90%で,前回(66.27%)よりも回復した。また,同日の立法委員選挙では与党民進党が61議席を獲得し,立法院の過半数を維持した(表2)。民進党の支持を受けた林昶佐(台北市5区)と趙正宇(桃園市6区),未公認のまま出馬した民進党員の蘇震清(屏東県2区)ら無所属の立法委員当選者を含めると,民進党の勢力は64議席になる。蔡英文総統や民進党の勝因は,2019年に起きた香港情勢の悪化や中国との緊張の高まりであった(『アジア動向年報2020』を参照)。

表1  総統選挙の結果

(出所)中央選挙委員会ウェブサイト(https://www.cec.gov.tw/)。

表2  立法委員選挙の結果

(注)1)のカッコ内は改選前議席数と比較した場合の増減を指す。2)のカッコ内は得票率を示す。3)「山地原住民」と「平地原住民」の選出枠の合計。

(出所)政治大学選挙研究中心ウェブサイト(https://esc.nccu.edu.tw/)。

ただし,立法委員比例代表選挙での民進党と国民党の得票率の差は,前回(2016年)より縮小した。国民党には立場の近い親民党から票が流れて2議席増えた一方,民進党は立場の近い台湾民衆党(民衆党)に票を奪われて7議席減った。小選挙区でも,6選挙区で民進党や同党推薦の無所属候補と,立場の近い民衆党や時代力量が競合した結果,国民党の候補が当選した。

立法院長の選出と修憲委員会の設置

2月1日,新しい立法委員(第10期)が就任した。同日に行われた立法院長選挙では,前任の蘇嘉全と同じく,比例代表から初当選した民進党の游錫堃・元行政院長が当選した。なお,蘇嘉全・前立法院長は1月の選挙に出馬していない。

蔡英文総統の2期目就任演説を受けて,10月6日には非常設の修憲委員会が5年ぶりに設置された。民進党は監察院や考試院の廃止を,国民党は議院内閣制への移行を主張している。ただし,憲法修正の発議には立法委員の4分の3の出席と4分の3の賛成を要するため,発議できる修正案は,与野党双方が賛成で一致する選挙権年齢の引き下げに限られる。ただし,国民党内では改革派が監察院や考試院の廃止を主張し始め,同党保守派がこれをけん制している。

蔡英文政権2期目の開始

5月20日,蔡英文総統は2期目就任演説において,(1)新型コロナウイルス流行を踏まえ,マスクなどの衛生医療用品やエネルギー,食料の自給率を維持することや,(2)強大な中国軍をけん制する「非対称戦力」の整備(「対外関係」を参照),(3)憲法修正(特に選挙権年齢の18歳への引き下げ)などの政策課題を示した。(3)について,与党民進党の立法委員は監察院や考試院の廃止を主張したが,蔡英文総統はむしろ監察院の機能強化を図っている(次項を参照)。

2期目の開始に伴い,蔡英文総統は民進党主席に復帰した。副総統は陳建仁から頼清徳に交代した。総統府秘書長は陳菊から蘇嘉全・前立法院長に交代した。立法院長経験者の総統府秘書長(閣僚級)就任は初めてであった。国家安全会議秘書長は李大維から顧立雄金融監督管理委員会主任委員に交代した。顧立雄は王美花経済部長の夫で,通商交渉や米中の技術覇権争いへの対応を担うとみられる。

その後,蘇嘉全は甥の蘇震清立法委員が収賄容疑で逮捕されたことを受けて,総統府秘書長を辞任した(8月2日)。その後任には,海峡交流基金会董事長に転じていた李大維が就き,李登輝・元総統の国葬の実務を担った。

監察院人事と国家人権委員会の設置

6月22日,蔡英文総統は,第6期監察委員に27人を指名した。蔡英文総統が2017年に指名した監察委員11人(1人は1月に辞任)のうち,再任されたのは7人にとどまった。監察院長には陳菊・前総統府秘書長が指名された。副院長には国民党員の黄健庭・前台東県長を指名する予定であった。しかし,黄健庭には汚職容疑での検挙歴があり,与党内からも批判が起きたため,指名は見送られた。

野党国民党は,陳菊市長時代の高雄市政府が監察院の糾正(是正勧告)や弾劾を度々受けたと批判したほか,民進党の創設メンバーで,蔡英文政権の中枢にいた陳菊は超党派性の求められる監察院長として相応しくないと主張した。陳菊は「就任を承認されれば,民進党を離れる」と表明したが,国民党は6月28日と7月14日に立法院の本会議場を占拠し,審議妨害を図った。しかし,与党民進党などの賛成により,監察院人事案は7月17日に立法院で承認された。

新監察委員は8月1日に就任した。そのうち7人は同日付で新設された国家人権委員会の委員を,陳菊委員長は同主任委員を兼務した。台湾は国連から国際人権規約の締約国と認められていないが,2009年に国内の批准手続きを行い,総統府人権諮詢委員会が国家人権報告書を自主的に作成してきた。しかし,同委員会は,国連が求める政府からの独立性がないため,5月19日に廃止された。その役割は,監察院人権保障委員会から改組された国家人権委員会に継承された。

国民党主席補欠選挙と親中路線の見直し

呉敦義国民党主席は総統選挙や立法委員選挙の敗北をうけ,同日中に辞意表明した。国民党内では,親中路線が選挙での敗因と主張する立法委員や地方議員と,退役軍人などの親中保守派の多い「黄復興党部」が対立した。

国民党中央常務委員会は1月15日に,同党主席補欠選挙の投票日を3月7日とした。補欠選挙には,本省人で前者に近い江啓臣立法委員と,外省人で後者に近い郝龍斌・前台北市長が立候補した。郝龍斌も「中華民国の存在を認めていない」と中国側への不満を述べたが,3月7日の投票では江啓臣が8万4860票(得票率68.8%)で,郝龍斌(3万8483票,得票率31.2%)に圧勝した。ただし,新主席の任期は前主席が残した2021年8月までと短いため,投票率は35.85%と,2017年の選挙(58.05%)を大きく下回った。

中国側は,江啓臣主席が「統一」に消極的と見なし,中国共産党総書記による祝電の送付を見送った。7日に国務院台湾事務弁公室が,「1992年コンセンサス」(中台対話の前提条件)の堅持を江啓臣主席に求めたにとどまった。

一方,江啓臣主席は親中保守派を含む歴代主席を党改革委員会に招き,「1992年コンセンサス」の見直しについては「中華民国憲法に基づく」との但し書きを加える程度にとどめた。しかし,「1992年コンセンサス」を中国との「妥協を見出す道具」と発言し,党内の親中保守派や中国側に不信感を抱かせた(6月19日)。

また,国民党は中国側の海峽論壇(9月20日,厦門市)に王金平・前立法院長を派遣しようとしていた。しかし,中国国営の中央電視台(テレビ)がこれを「戦況が危いため,和睦を乞うためだ」と,国民党が中国の軍事的圧力に屈服したかのように揶揄した(10日)ため,江啓臣主席は反発し,派遣を中止した。

民進党と国民党は,国民党側が立法院に提出した米台の国交回復と同盟強化を求める決議案に双方が賛成し,10月6日に可決させた。しかし,監察院人事や「中天新聞台」(ニュース専門テレビチャンネル)の放送免許取り消し,アメリカ産食肉問題(「対外関係」を参照)をめぐっては,双方が激しく争った。

韓国瑜高雄市長の罷免と同補欠選挙,与党側市議に対する罷免運動

総統選挙で落選した韓国瑜高雄市長は,就任直後の総統選挙出馬による職務放棄や失言などを理由として2019年12月に罷免を申し立てられた。2020年6月6日に行われた高雄市民投票では,罷免への賛成(93万9090票,有効投票数の97.40%)が成立の要件(有効投票の過半数かつ有権者の4分の1以上)を上回った(投票率は42.14%)。その結果,韓国瑜は直轄市を含む県市の首長として初めて罷免された(6月12日付)。今回の罷免への賛成は,2018年選挙における韓国瑜の得票(約89万票)を上回った。

8月15日には高雄市長補欠選挙が行われ,2018年の選挙で韓国瑜に敗れた民進党の陳其邁候補が圧勝した(67万1804票,得票率70.03%)。国民党の李眉蓁候補は24万8478票の得票(得票率25.90%),3位は民衆党の呉益政候補(3万8960票,得票率4.06%)で,投票率は41.01%であった。

補欠選挙の前後には,陳致中(陳水扁・元総統の息子)や高閔,黄捷ら高雄市議会議員(以下,市議)のほか,王浩宇桃園市議の罷免が提起された。黄捷は時代力量,他の3人は民進党に所属する。民進党や時代力量は,これらを韓国瑜や国民党の支持者による報復と考え,反対するよう有権者に呼び掛けた。しかし,王浩宇と黄捷については,有権者の10%を超える署名が集まり,罷免の是非を問う投票の実施が決まった。市議選挙は1選挙区の定数が多く,当選者の得票率が低いため,その罷免は市長の罷免より容易である。

李登輝・元総統の死去と国葬の実施

7月30日,本省人初の総統で,民主化を実現した李登輝・元総統が97歳で死去した。死去後は,31日に公的機関や学校で半旗が掲揚され,日本の安倍晋三首相(31日)やアメリカのマイク・ポンペオ国務長官(30日)が追悼メッセージを発した。8月1日から16日には,総統府近くの台北賓館に追悼場が設置され,4万人以上が訪れた。9日には森喜朗元首相ら日華議員懇談会の弔問団が,12日にはアメリカのアレックス・アザー厚生長官も来訪し,台北賓館で追悼を行った。

総統府は7月31日に国葬の実施を決め,8月3日には現政権と退任後に対立した連戦・元副総統を含む李登輝政権の国家要職者が「治喪大員」(国葬委員)に任命された。総統府は李登輝・元総統が信仰したキリスト教長老教会と協力し,火葬前礼拝(8月14日)や追悼礼拝(9月19日),埋葬式(10月7日)を行った。正式な国葬は国軍示範公墓で行われた埋葬式であったが,規模が大きかったのは長老教会の真理大学で行われた追悼礼拝であった。追悼礼拝には日本の森元首相やアメリカのキース・クラック国務次官が参列したほか,泉裕泰日台交流協会台北事務所代表が安倍前首相の弔辞を代読し,チベット亡命政府の精神的指導者,ダライ・ラマ14世のビデオメッセージも紹介された。

(竹内)

経 済

マクロ経済の概況

2020年の実質経済成長率は3.11%(速報値)であった。四半期ごとの成長率(前年同期比)をみると,第1四半期2.51%,第2四半期0.35%,第3四半期4.26%,第4四半期5.09%であった。多くの国で2020年の経済成長率がマイナスとなったのに対し,台湾ではプラス成長を確保した。年前半は新型コロナウイルス感染症の影響を受ける形で経済は低迷したが,年後半は政府が実施した経済振興策が功を奏したといえる(後述)。

税関統計に基づく財貿易については,輸出総額が前年比4.9%増の3452億ドル,輸入総額が同0.1%増の2858億ドルであった。主要輸出品は電子部品1356億ドル,情報通信機器492億ドル,機械類219億ドルであった。とくに,電子部品を代表する半導体は輸出総額の35.5%を占める1225億ドルであり,前年から221億ドル増加した。新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大によって,欧米を中心にテレワークが広まったため,ノートパソコンやタブレット端末などの情報通信機器の需要が増加したことが背景として挙げられる。主要輸入品は電子部品695億ドル,機械類333億ドル,情報機器209億ドルであった。とくに,電子部品は前年比で100億ドル増加した。

投資については,建設や航空機購入による輸送機材への投資が増加する一方,半導体設備の投資も堅調に増加した。とくに,台湾積体電路製造(TSMC)による2020年の投資は172億3500万ドルに達した。

新型コロナウイルス感染症の影響と特別予算の編成

新型コロナウイルス感染症の台湾経済への影響は2020年前半には顕著であった。入境制限により観光業や運輸業などが打撃を受け,また製造業では中国などでの都市封鎖によって部品不足が生じ,サプライチェーンが影響を受けることになった。新型コロナウイルス感染症に対する対策として,台湾政府は1月30日に経済面での影響を緩和するための措置を講ずることを発表した。主な内容は,株式市場の安定化,小売業や観光業への支援などであった。

また,行政院は2月13日,感染症防止策と影響緩和のための特別法案の策定を決定し,2月20日に法案(厳重特殊伝染性肺炎防治及紓困振興特別条例)を立法院に送付した。同法案は同月25日に立法院を通過し,蔡英文総統が同日に特別法に署名をして公布した。この法律のなかには600億元を上限とした特別予算案も含まれた。特別予算案は2月27日に決定して立法院に送付,立法院を3月13日に通過した。しかし,新型コロナウイルス感染症は世界経済に影響を与え,台湾でも株価の急激な下落が起きた。特別予算案が通過した3月13日の台湾株式市場では,1年ぶりに株価指数である加権指数が一時1万ポイントを割り,3月19日には年初最安値である8681.34ポイントとなった。中央銀行はこれを受け,翌20日に3年9カ月ぶりに政策金利を引き下げ,過去最低の1.125%とした。

経済への影響を食い止めるため,行政院では特別予算の上限を最大4200億元に引き上げることを決定し,この改正案は4月21日に立法院を通過した。行政院では,4月に1500億元,7月に2099億元と,2度にわたって追加予算を編成した。追加予算案はいずれも立法院を通過し,特別予算の規模はほぼ上限額である4200億元近くになった。また,予算期間は2020年1月15日から2021年6月30日までとなった。

特別予算で実施された主な経済振興策

特別予算は1年半にわたる長期予算であるが,2020年に実施された経済振興策としては,年前半にはマスクの自給体制の整備や雇用の維持に対する政策が中心であった。マスクの自給体制の整備では,政府は予算を投じて工作機械メーカーから設備を購入し,マスク製造企業にその設備を無料で提供した。マスク製造企業は代わりに,製造したマスクを政府に一定数まで納入した。設備費用が回収された後も,政府は一括買い上げを6月末まで続けた。とくに,マスク生産設備を製造した工作機械メーカーや技術者たちはマスク・ナショナルチームと呼ばれ,短期間でのマスク自給体制の整備に貢献した。

政府は新型コロナウイルスで影響を受けた労働者や企業に対しても雇用を維持するためにさまざまな政策を実施した。主なものとして,労働者に対する研修プログラムがある。自宅待機を命じられた労働者に対し,自宅待機期間中に研修プログラムを受講し,その費用を政府が負担する政策を実施した。また,子供を持つ労働者で新型コロナの影響で失業した人々に対し,政府は従来の失業給付金だけではなく,子供に対する就学補助金を加算して支給する政策を実施した。

2020年後半からは台湾内の消費刺激策を実施した。この背景には,外国人観光客の入境が3月19日から制限され,観光業や小売業,飲食業など多くの業種で影響が出たことが挙げられる。代表的な消費刺激策は消費クーポン券の発行であった。この消費クーポンは「振興三倍券」と呼ばれ,市民が1000元で3000元分のクーポン(紙,あるいはデジタル)を購入し,差額の2000元を政府が負担するものであった。このクーポン券は6月に行政院で発行を決定,使用期限は7月15日から12月末までであった。当初クーポンの購入は台湾に居住する中華民国籍を有する者を対象としたが,11月にはその外国籍の配偶者,永久居留証を持つ外国人,外交官にも対象を拡大した。

このクーポンでは幅広い商品やサービスの購入ができ,台湾内の消費刺激策になった。大手の小売業や飲食業の売上高は急速に回復し,一定の効果はあったといってよいであろう。

また,観光業への刺激策として,域内での旅行を奨励する政策も実施した。その内容は,防疫旅行と安心旅行のふたつに分けることができる。前者は5月に旅行業界関係者5万人が参加した旅行であり,団体旅行における感染対策を学習するという内容であった。後者は前者を踏まえて7月から10月までの4カ月間実施され,台湾内での個人旅行や団体旅行などに補助金を出す,というものであった。所管の交通部では利用者数524万人,235億元の経済効果を見込んでいたが,最終的には利用者数1821万人,640億元の経済効果があった。

米中対立とTSMCの動き

米中の対立は香港問題や貿易赤字をめぐってだけではなく,ハイテク産業分野でも起きている。とりわけ,アメリカ政府は中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に対して厳しい姿勢で臨んできた。アメリカ商務省産業安全保障局(BIS)は2019年5月にファーウェイを事実上の禁輸リスト(エンティティー・リスト)に掲載した。この掲載によって,アメリカ原産の製品,技術やソフトウエアの組み込み率が25%を超えた場合,輸出にはアメリカ政府の事前許可が必要となった。しかし,この基準では世界最大の半導体受託生産企業であるTSMCからファーウェイへの製品供給を断つことはできなかった。そのため,BISは2020年5月15日にファーウェイとその関連企業に対してさらなる規制強化を発表した。この規制によって,ファーウェイは傘下のハイシリコン(海思半導体)が設計した半導体をTSMCに製造委託することができなくなった。しかし,ファーウェイは規制強化の発表後から実施されるまでの期間,台湾系の聯發科技(メディアテック)など半導体製造企業から大量の半導体を調達した。BISはファーウェイへの供給を断つために,8月17日に3度目の規制強化を実施した。この規制強化によって,ファーウェイは他社が設計した半導体も入手できなくなり,ファーウェイによる台湾からの半導体の調達は不可能となった。

アメリカによる一連の規制強化は,ファーウェイがApple社に次ぐ2番目の取引先であったTSMCやほかの台湾系半導体企業にも影響を与えることになった一方,駆け込み需要や振替需要を呼び込んだ。5月の規制強化は120日後の9月15日から実施されたが,発表から実施までの期間にファーウェイからTSMCに駆け込み発注が行われたとみられている。また,中国の半導体最大手である中芯国際集成電路製造(SMIC)が12月にアメリカ政府の規制の対象となった。クアルコム社などの顧客はSMICがいずれ規制対象になると見越し,TSMCなど台湾の半導体企業に振り替えて発注をかけたとみられている。

その一方,TSMCは積極的な投資を決定した。ひとつは,アメリカへの投資である。アメリカ政府がファーウェイヘの規制強化を発表した同じ日の5月15日,TSMCはアリゾナ州で線幅5ナノメートルの製造プロセスの12インチウエハー工場を新設し,2024年に稼働することを発表した。この工場新設は,アメリカ政府から強い要請を受けたものであった。海外投資を所管する経済部投資審議委員会ではこの投資に関する申請を2020年12月に承認した。承認された初期投資額は35億ドルであり,同年における対外投資認可総額の30%を占めるものであった。このアリゾナ工場には2029年までに120億ドルが投資される予定である。

TSMCの台湾の工場や施設では第5世代移動通信システム(5G)やスマートフォンの新機種に対応する最先端半導体の生産,さらに集積度を引き上げる技術開発を行っている。とくに,同社は2020年に最先端の線幅5ナノメートルの半導体の量産化に成功し,Apple社をはじめとする顧客に最新鋭半導体の供給を開始した。また,同社は拡大する最先端半導体の受注に対応するために,すでに工場を設置している南部科学園区でさらなる土地を取得した。購入した土地は3カ月間に4カ所(合計15万9000坪),その取得額は総額100億元に達するものであった。TSMCのこうした動きは,今後も台湾で最先端半導体の技術開発や生産を行う経営戦略を採っているといえる。

(池上)

対外関係

緊密化するアメリカとの政治関係

アメリカは蔡英文総統の再選を歓迎し,1月11日にポンペオ国務長官が祝賀メッセージを出した。アメリカ議会は台湾と第三国の外交関係の維持や台湾の国際組織への参加を促すため,「台湾友好国の国際保護強化イニシアチブ法」(略称,TAIPEI法)を上院で2019年10月に可決,下院でも2020年3月4日に可決した(同26日に成立)。8月12日には,ポンペオ国務長官がチェコ上院で演説し,「今日の状況は『冷戦2.0』でなく,さらに困難である」と述べ,また,同国上院議長の台湾訪問を称賛した。9月にはケリー・クラフト国連大使が台北駐ニューヨーク経済文化弁事処(領事館に相当)の李光章処長との会食(16日)や台湾側とのオンライン会合(29日)で,台湾の国連加盟を支持した。11月12日にはポンペオ国務長官が「台湾は中国の一部でない」と発言した。

また,新型コロナウイルスの流行にもかかわらず,米台双方の要人が相互に訪問した。2月には頼清徳・次期副総統が訪米した。4日には国際信教の自由円卓会議で講演し,サム・ブラウンバック信教の自由担当特任大使と意見交換した。5日には国家安全会議が入る大統領府のアイゼンハワー行政府ビルを訪れ,6日にはトランプ大統領を含む超党派の政治家が会する全米祈祷朝食会に出席した。就任前とはいえ,次期副総統がアメリカ政府要人と面会するのは異例であった。

8月9日から12日の間に来訪したアレックス・アザー厚生長官は,米台断交後に来訪した閣僚の中で大統領継承順位が最も高い。来訪中は李登輝総統の追悼式参列(12日)の他,蔡英文総統(10日)や頼清徳副総統(11日)との会談,陳時中衛生福利部長との医療協力覚書の調印式(10日)に臨んだ。

9月17日から19日の間に来訪したキース・クラック経済担当国務次官は断交後に来訪した同省高官として最高位であった。来訪中は18日に呉釗燮外交部長や沈栄津行政院副院長,鄧振中政務委員(通商担当),王美花経済部長と会談したほか,晩餐会で蔡英文総統や張忠謀・TSMC元会長とも意見交換した。19日には李登輝・元総統の告別礼拝に参列した。

11月20日には,クラック国務次官と鄧振中政務委員,王美花経済部長らが「米台経済繁栄パートナーシップ対話」をオンラインで開催した。第5世代移動通信のクリーン化(中国企業の排除),半導体産業などのサプライチェーン再構築,アジア太平洋のインフラ建設協力について協議した。台北駐米経済文化代表処とアメリカ在台湾協会(AIT)は,同対話の継続に関する覚書を締結した。

アメリカの野党民主党は8月18日の党大会で綱領を採択し,「一つの中国政策」に言及せず,台湾関係法にのみ依拠する台湾政策を掲げた。大統領選挙後は,当選したジョー・バイデン候補の外交顧問であるアントニー・ブリンケン元国務副長官(後の国務長官)と台湾の蕭美琴駐米代表が電話会談した(11月13日)。

なお,蔡英文総統は8月28日に,ラクトパミン添加飼料を用いたアメリカ産食肉の輸入を2021年1月に解禁すると発表した。これは,米台自由貿易協定(FTA)の交渉を行うための布石とみられる。しかし,2012年に馬英九前政権が解禁を試みた際,民進党はラクトパミンの安全性を疑問視し,解禁に反対していた(『アジア動向年報2013』を参照)。そのため,野党がその矛盾を追及しただけでなく,世論の多数も解禁に反対し,蔡英文政権の支持率は低下した。

強まるアメリカの台湾への軍事的関与

1月14日の沈一鳴参謀総長(2日に事故死)らの合同葬には,ブレント・クリステンセンAIT台北事務所長のほか,2019年に存在が公になった駐在武官の1人,マシュー・アイスラー空軍准将が出席した。8月23日には,蔡英文総統とともにクリステンセン所長が金門島砲戦(1958年)の慰霊祭に同職として初参加した。9月2日には台湾で殉職したアメリカ軍人の記念展示がAIT台北事務所に設置され,その開幕式に馮世寬国軍退除役官兵輔導委員会主任委員が出席した。これらは,アメリカが台湾を守るとの意思表明であった。

蔡英文総統は5月の就任演説で「非対称戦力」の拡充に言及し,アメリカ側もこれに呼応した。デービッド・スティルウェル国務次官補は8月31日に,レーガン大統領(当時)による1982年の「6つの保証」や「中国の脅威に応じた武器を台湾に売却する」とした「米中第2次上海コミュニケへの但し書き」に従い,台湾への武器売却方針を改めると述べた。9月1日には,上記の2つの文書を台湾に通知した当時の外交電文が公開された。10月7日にはロバート・オブライエン大統領補佐官も「台湾はヤマアラシになるべき」と述べ,台湾の「非対称戦力」保有を支持した。これらの言葉どおり,アメリカ国務省が2020年に売却を承認した総額57.8億ドルの兵器には,中国を攻撃できるミサイルが含まれた(表3)。

表3  2020年に台湾への売却が承認されたアメリカ製兵器

(注)太文字は中国沿岸部を射程に収める(RGM-84Lは澎湖諸島に配備した場合)。

(出所)各種資料を基に筆者作成。

11月22日には,アメリカ軍インド太平洋司令部情報部長のマイケル・スチュードマン海軍少将が搭乗したと見られる要人輸送機が台北松山空港に着陸した。同職の来訪が公になったのは,米台断交以来初めてである。

なお,アメリカ海軍艦艇の台湾海峡通過は2020年中に13回行われたが,4月11日の通過は台湾海峡中間線より中国側を航行した(表4)。米軍機による台湾海峡の通過や,中国軍機の挑発に対抗した台湾周辺での飛行も多数行われた。

表4  台湾海峡を通過した米中などの軍艦,軍用機(2020年)

(注)Aは空母,Cは巡洋艦,Dは駆逐艦,Fはフリゲート,MはMC-130特殊作戦機,後ろの数字は隻数を示す。

(出所)各種資料を基に筆者作成。

プラハ市と台北市の姉妹協定締結とチェコ上院議長の来訪

1月13日,チェコの首都プラハ市のズデニェク・フジブ同市長は,同国を訪問した柯文哲台北市長と両市間の姉妹協定を締結した。中国の上海市はこれに反発し,プラハ市との姉妹協定を破棄した。

1月20日には,2月に来訪を予定していたチェコのヤロスラフ・クベラ上院議長が急逝した。同議長の家族は,中国大使館が経済制裁に言及しつつ,同議長に台湾訪問の中止を迫っていたと非難した。後任のミロシュ・ビストルチル上院議長も,前議長に代わって台湾を訪問する意向を示した。チェコ政府は3月10日に議会両院と連名で中国を非難する声明を発表し,また,台湾と防疫(4月1日)や教育(5月3日)に関する共同声明に調印した。チェコ上院は5月20日に,蔡英文総統の2期目就任式に合わせ,ビストルチル議長の訪問を支持する決議を採択し,改めて同国に対する中国の圧力を非難した。

ビストルチル上院議長は8月30日から9月6日にかけて来訪した。9月1日には立法院で演説し,民主主義国が団結して権威主義国に対抗するよう訴え,またアメリカのケネディ大統領によるベルリン演説(1963年)に倣って「私も台湾人である」と述べ,立法委員から拍手喝采を浴びた。蔡英文総統は9月3日にビストルチル上院議長と会談し,故クベラ前議長に授与する卿雲勲章を手渡した。

また,チェコに対する中国の圧力は,ヨーロッパの対中感情を悪化させた。欧州議会の最大会派,欧州人民党は9月28日,中国の台湾に対する軍事的脅威やWHO参加の妨害を非難する声明を出した。欧州議会は11月,新型コロナウイルス流行の外交的影響(25日)や貿易政策に関する決議(26日)で,台湾のWHO参加を妨害する中国を非難し,また,台湾と欧州連合の投資協定の締結を求めた。

中国との関係

蔡英文総統は,新年談話(1月1日)で中国の脅威を強調し,BBCの取材(1月14日)では「戦争のリスクも排除できない」と述べた。2期目の就任演説では,台湾が中国を挑発することはないとし,中国にも挑発行為の中止を求めた。

しかし,2020年の中国軍機による台湾の防空識別圏(ADIZ)への進入は,過去30年で最多の380回となった。進入は総統選挙終了後に活発化し,蔡英文政権2期目の開始や海外要人の来訪前後(6月と8月,9月)に常態化した。特に9月9日,18日,19日には,それぞれ21機,18機,19機が進入した。また,9月までに中国軍機は台湾海峡中間線(米台が主張する軍事境界線)を49回超え,9月21日には中国外交部の汪文斌報道官が台湾海峡中間線の存在を否定した。ただし,中国軍機の接近は10月以降,台湾海峡を避け,南シナ海方面に集中した。

南シナ海の台湾と香港の中間付近には,台湾が実効支配する東沙諸島がある。日本の共同通信は5月12日に,中国軍が同諸島の奪取を想定した上陸演習を8月に海南島沖で計画していると報じた。台湾の国防部は警戒を強め,20年ぶりに海軍陸戦隊を東沙諸島へ派遣した。10月15日には,東沙諸島に物資を輸送する民間機が「危険な活動」を理由に香港飛行情報区への進入を拒否され,台湾本島に引き返した。しかし,軍事演習などは確認されておらず,中国が香港当局を使い,心理戦を仕掛けた可能性が高い。

また,新型コロナウイルス流行後,中国は台湾側のチャーター機派遣を受け入れず,2月初旬に中国側の旅客機5機で帰国を希望した台湾人の一部やその中国籍の家族を送り届けた。しかし,中国側は出発直前まで搭乗者名簿を台湾側に渡さなかったほか,発熱やせき症状のある搭乗者や到着後の検査で新型コロナウイルス感染が判明した搭乗者がいた。そのため,台湾側は中国側が搭乗者の選出や搭乗前の検疫を公正に行ったのか疑問を持った。

中国籍を持つ台湾人の家族について,大陸委員会は今後も受け入れると表明した(2月11日)が,これには反対の声が出た。特に出生時に中国籍を選択し,台湾の中華民国籍を取得する権利を放棄した子供の受け入れには,批判が大きかった。結局,CECCは防疫を優先し,大陸委員会の方針を却下した(12日)。こうした事情から,2月中の帰国便運航が見送られた。しかし3月には中台双方によるチャーター便(11日),29日と30日には定期便の枠内での帰国便運行が実施された。

8月と9月には,中国がアメリカやチェコの要人の来訪に猛反発した。王毅外交部長は外遊中,立法院で演説したチェコ上院議長に「重い代償を支払わせる」と述べ,フランスやドイツから批判された(9月1日)。10月8日にはフィジーで,台湾の双十国慶節記念パーティーに中国の外交官2人が乱入し,台北商務弁事処(台湾の駐在機関)職員を負傷させる事件が起きた。

香港との関係

大陸委員会は,中国が香港国家安全維持法を制定すれば,香港の自治権や民主主義,人権を損なうと非難した(5月22日)。蔡英文総統は,香港マカオ条例の適用をやめ,香港を中国本土と同様に扱う可能性に言及しつつ,当面は同条例第18条にもとづき,迫害を受けた香港市民を支援する方針を示した(24日)。中国の国務院台湾事務弁公室は,これらを「香港への干渉」と非難した(30日)。

大陸委員会は,6月18日に香港人道援助関懐行動専案(香港人道援助行動計画)を発表し,7月1日には香港市民の台湾での就学や就業,起業を支援する台港服務交流弁公室を開設した。また,香港政府が国家安全維持法実施細則を発表すると,台湾人が香港で逮捕される恐れがあると指摘した(7日)。

駐香港経済文化弁事処(台湾側の出先機関)の高銘村代理処長は,香港での査証更新時に「一つの中国原則」に関する文書への署名を求められ,これを拒否したため,7月16日に帰国を余儀なくされた。李晉梅総合(総務)組長,周家瑞服務(領事)組長らも,その前後に同様の理由で帰国した。陳明通大陸委員会主任委員は16日に香港側への対抗措置を示唆し,19日には台湾側が香港経済文化弁事処(香港側の出先機関)職員の査証更新を拒否したことが明らかになった。

日本との関係

新型コロナウイルス流行のため,例年3月に開催される日台漁業委員会会合は中止された。そのため,尖閣諸島沖での操業規則は2019年版が適用された。

6月には,石垣市による尖閣諸島の字名変更の動きを受けて,宜蘭県議会が尖閣諸島の行政区画名の変更を同県政府に求める決議を採択した(11日)。台湾の外交部や蔡英文総統は尖閣諸島を「台湾の領土」と主張した(9日)。その一方で,張惇涵総統府報道官は22日に「日本側の動きは中国の公船が原因である」と述べ,日本側に強い姿勢を求める野党国民党をけん制した。

李登輝・元総統の死去(7月30日)後は,麻生太郎副総理兼財務大臣や菅義偉官房長官ら閣僚を含む4100人以上が台湾の駐日代表処を訪れ,追悼のため記帳した。また,森喜朗元首相が8月と9月に弔問のため来訪した。

11月には,福島,茨城,栃木,群馬,千葉の5県産食品輸入規制の見直しを禁じた2018年の国民投票結果の法的拘束力がなくなった。蔡英文総統は世論の反発を恐れ,12月12日に「謝長廷駐日代表から(解禁を求める)日本側の希望を聞いたが,まだ検討してない」と述べるにとどまった。しかし,台湾の環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(TPP11/CPTPP)参加について日本の協力を得るには,食品輸入問題の解決が必要である。なお,例年12月に開催される日台経済貿易会議は,新型コロナウイルス流行のため延期された。

(竹内)

2021年の課題

国内政治では,野党国民党と蔡英文政権の攻防が強まるだろう。2021年1月16日に王浩宇桃園市議の罷免が成立したが,黄捷高雄市議の罷免は阻止された(2月6日)。また2022年には地方統一選挙が予定されているほか,同時に憲法修正の賛否を問う国民投票が実施される可能性もある。そのため,2021年は同選挙の候補者選びや憲法修正案の審議が活発化するだろう。

行政院主計総処は2021年2月20日,2021年の経済成長率を4.64%,消費者物価指数の上昇率を1.33%とする予測を公表した。堅調な経済成長を実現した2020年に続いて,新型コロナウイルス感染症を抑えながら経済成長が達成できるかどうかが注視される。また,半導体産業の動向も引き続き注目される。TSMCは2021年4月15日,2021年の設備投資額を1月14日に公表した最大280億ドルから300億ドルに引き上げることを発表した。この投資額は前年より120億ドル以上増額したものである。同社は2021年に線幅3ナノメートルの試験生産を開始する予定である。一方,2021年初に車載用半導体の世界的な不足が顕在化し,台湾政府は1月27日に日本やアメリカ,ドイツなど各国政府からの要請を受け,TSMCなど主要半導体企業と増産の協議をした。TSMCを中心とした半導体企業の動きは引き続き世界に影響を与えるであろう。

対外関係では,蕭美琴駐米代表がバイデン新大統領の就任式に正式に招待された(2021年1月20日)。これに反発した中国は1月23日と24日にそれぞれ10機以上の戦闘機を台湾のADIZに進入させたが,アメリカのブリンケン新国務長官はこうした「台湾への圧迫」を止めるよう中国に求めた。今後も台湾海峡での緊張が続く可能性が高い。日台間では台湾のCPTPP参加と日本産食品輸入規制について協議される可能性があるが,これはアメリカ産食肉問題に続き,蔡英文政権の支持率を引き下げる要因になる可能性がある。

(竹内:地域研究センター)(池上:開発研究センター)

重要日誌 台湾 2020年
   1月
2日空軍のUH-60Mヘリコプター,墜落。沈一鳴参謀総長ら乗員8人が死亡。
11日正副総統選挙,投開票。民進党の蔡英文総統と頼清徳副総統候補が当選。
11日立法委員選挙,投開票。民進党が勝利。
11日呉敦義国民党主席,辞意表明(15日に辞任)。
13日台北市とプラハ市,姉妹協定を締結。
15日衛生福利部疾病管制署,新型コロナウイルス感染症を法定伝染病に指定。
20日衛生福利部疾病管制署,中央感染症指揮センター(CECC)を設置。
20日チェコのヤロスラフ・クベラ上院議長,死去。21日,外交部,追悼の意を表明。
20日徐斯倹外交部政務次長,マーシャル諸島を訪問し,同国のカブア大統領就任式に出席。アメリカのロバート・ウィルキー退役軍人省長官と台湾が援助した保健センターを視察。
21日武漢からの帰国者の新型コロナウイルス感染が判明。国内初の感染者に。
22日蔡英文総統,国家安全会議を招集し,新型コロナウイルスへの対応を協議。
23日CECC,部級組織に昇格。陳時中衛生福利部長が指揮官に就任。
23日CECC,武漢在住の中国人の入国を禁止(26日,対象を湖北省全体に拡大)。
24日CECC,医療用マスクの輸出を禁止。
30日行政院,マスクの流通,販売を統制すると決定。2月6日より実施。
30日蔡英文総統,新型コロナウイルスの流行に対応するための8大経済措置を発表。
31日陳師孟監察委員,辞任。馬英九・前総統の汚職容疑を無罪とした裁判官の弾劾を提起し,批判を受けたため。
   2月
1日第10期立法委員,就任。立法院,游錫堃院長と蔡其昌副院長を選出。
2日CECCと教育部,小中学校などの旧正月休みの2週間延長と夏休みの短縮を決定。
3日武漢からの第1次帰国便,運航。
3日中台間の団体旅行,全面禁止。
4日CECC,14日以内に中国,香港,マカオに停泊したクルーズ船の受け入れ中止を決定。6日,対象を全てのクルーズ船に拡大。
5日CECC,中国人の入国を禁止すると発表。
6日CECC,マスクの購入を1人1週間2枚に制限。
7日CECC,入国した香港,マカオ市民に14日間の隔離を義務づけ。14日以内に香港,マカオを含む中国全土を訪問,経由した外国人の入国を禁止。
7日CECC,基隆に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号との接触者を特定したと発表。14日,感染者なしと発表。
12日CECC,台湾人の中国籍家族を受け入れるとの大陸委員会の決定(11日)を却下。
13日呉釗燮外交部長,グアテマラ訪問。ジャマティ同国大統領の就任式に出席。
13日行政院,新型コロナウイルス防止強化特別法案を策定,20日に立法院に送付。
22日CECC,ダイヤモンド・プリンセス号乗客のために,チャーター便を日本に派遣。
24日CECC,中国全土からの帰国者を位置追跡し,隔離違反に罰金を課す方針と発表。
25日立法院,新型コロナウイルス特別法案通過。蔡英文総統の署名で,即日公布。
27日CECC,院級組織に昇格。医療施設の徴用が可能に。
   3月
1日アメリカ在台協会(AIT)のジェームズ・モリアティ理事長,来訪(~7日)。
4日アメリカ議会下院,台湾友好国の国際保護強化イニシアティブ(TAIPEI)法案を全会一致で可決。11日,上院が再可決。26日,トランプ大統領が署名,発効。
10日武漢からの帰国便,運航(~11日)。
10日チェコ政府と議会上下院,上院議長に来訪中止を迫った中国側の圧力を非難。
13日立法院,新型コロナウイルス特別予算案を通過。
18日呉釗燮外交部長とクリステンセン米国在台協会(AIT)台北事務処長,防疫協力に関する共同声明を締結。
19日CECC,居留証や許可証を持たない外国人の入境を禁止。
20日中央銀行,政策金利を0.25%引き下げて1.125%に。過去最低金利。
25日内政部政風処,陳家欽警政署長を公文書偽造容疑で書類送検。台北地検,これを棄却(27日)。蘇貞昌行政院長,徐国勇内政部長を批判(29日)。
26日マスク販売「実名制2.0」,実施。制限数を1人1週間3枚に緩和。
29日定期便の枠内で中国上海からの帰国便を運航。30日に2回目。
31日パム・プライアー米国務省次官補代理と謝武樵外交部政務次長,台湾の世界保健機関(WHO)参加に関する電話会議を開催。
31日日本外務省,台湾への渡航中止勧告。
31日郝柏村・元行政院長,死去。
   4月
1日台湾とチェコ,防疫協力に関する共同声明を締結。中国の国務院台湾事務弁公室,「台湾独立の画策」と批判。
8日テドロスWHO事務局長,台湾から人種差別的な人格攻撃を受けたと発言。蔡英文総統と外交部,事実無根であり,WHOこそ台湾を差別,排除していると反論。
9日マスク販売制限を緩和。1人2週間9枚,子供は10枚に。海外の家族(2親等内)への送付も2カ月で30枚まで解禁。
10日法務部調査局,テドロスWHO事務局長への人格攻撃を謝罪した「台湾人のSNS投稿」を中国の捏造と断定。
12日中国の空母「遼寧」,台湾東部沖よりバーシー海峡を抜け,南シナ海を南下。
15日張上淳CECC専門家グループ議長,マリア・バン・ケルクホーフェWHO新興感染症担当官と電話会談。
18日CECC,海軍の練習航海で新型コロナウイルス感染,発症者3人が発生と発表。19日,24人に拡大。
20日定期便の枠内で中国上海からの帰国便運航(~21日)。
21日立法院,新型コロナウイルス特別法改正案通過。
22日マスク販売「実名制3.0」,実施。コンビニでの受け取りが可能に。
22日中国の空母「遼寧」,南シナ海からバーシー海峡を抜け,台湾東部沖を北上。
27日陳時中衛生福利部長,アメリカのアレックス・アザー保健福祉長官と電話会談。
28日台湾に駐在するオランダ経済投資弁事処,オランダ在台弁事処に改称。
29日日本政府,林碧炤・元政治大学副校長に旭日重光章を授与。
   5月
1日アメリカ国務省国際機構局と国連代表部,SNSで台湾のWHO参加を訴える。
6日ポンペオ米国務長官,WHO事務局に台湾のWHO総会参加を認めるよう要求。
8日新型コロナウイルス特別予算の第1次追加予算,立法院で成立。
13日アメリカ議会上院,台湾のWHO総会参加を支持する法案を可決。
15日台湾積体電路(TSMC),アメリカ・アリゾナ州に工場建設を発表。
15日アメリカ商務省産業安全保障局(BIS),中国の華為技術(ファーウェイ)や関連企業への輸出管理を強化。
20日蔡英文総統,2期目就任式。蔡英文総統,民進党主席に復帰。蘇嘉全・前立法院長,総統府秘書長に就任。
28日大陸委員会,中国の「香港国家安全維持法」制定を非難。立法院も超党派で非難決議を採択(29日)。
29日蔡英文総統,黄栄村考試院長,周弘憲副考試院長のほか,考試委員9人を指名。
   6月
1日外交部,AIT,日本台湾交流協会,グローバル協力訓練枠組5周年共同声明を発表。
2日蘇貞昌行政院長,「振興三倍券」(200%のプレミア付き商品券)発行を発表。7月15日から利用開始。
6日高雄市民投票,実施。韓国瑜市長の罷免が成立。
11日宜蘭県議会,尖閣諸島の行政区名の変更を同県政府に求める決議を採択。
16日国際獣疫事務局,台湾をワクチン非接種口蹄疫洗浄地域に認定。
22日蔡英文総統,陳菊院長候補を含む27人を第6期監察委員に指名。
28日国民党,監察院人事案に反発し,立法院本会議場を占拠。
   7月
1日呉釗燮外交部長,2月26日にソマリランドのヤシン・ハジ・モハムド外相と代表処の相互設置で合意したことを公表。
1日大陸委員会と台港経済文化合作策進会,「台港服務交流弁公室」を開設。
6日台湾博物館鉄道部園区(旧台湾総督府鉄道部),開幕式。7日より一般公開。
10日立法院,考試院人事を承認。
16日駐香港台北経済文化弁事処の高銘村代理処長,査証の更新を拒否され,帰国。
17日立法院,監察院人事を承認。
17日懲戒法院,発足。8月4日,裁判官や検察官を対象とする職務法廷参審員が就任。
22日立法院,国民法官法を可決。
30日李登輝・元総統,死去。
   8月
1日陳菊院長ら第6期監察委員,就任。
3日李大維総統府秘書長,就任。
9日森喜朗元首相ら日本の李登輝・元総統弔問団,来訪。蔡英文総統と会談。
9日アメリカのアレックス・アザー厚生長官,李登輝・元総統を追悼するため来訪。10日,蔡英文総統と会談。陳時中衛生福利部長と会談,医療協力覚書に調印。
11日鴻海精密工業とインテル,産業用5G製品開発で提携発表。
14日李登輝・元総統の火葬前礼拝,実施。
15日高雄市長選挙で,民進党の陳其邁候補が当選。
17日台湾駐ソマリランド代表処,設置。
17日アメリカBIS,ファーウェイと関連企業への輸出規制を強化。
18日アメリカの民主党全国大会,2020年版政策綱領を採択。「一つの中国政策」を削除し,台湾関係法のみに言及。
18日基本工資審議会,最低月給0.84%,最低時給1.26%引き上げを勧告。
23日クリステンセンAIT台北事務所長,金門島砲戦犠牲者追悼式に初参加。
28日蔡英文総統,ラクトパミンを与えたアメリカ産食肉の輸入解禁の方針を表明。
31日アメリカ国務省,1982年に「第2次上海コミュニケへの但し書き」と「6つの保証」を台湾に通知した外交電文を公開。
31日デイヴィッド・スティルウェル米国務次官補,米台の経済対話や経済協定に言及。
   9月
1日チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長,立法院で演説。
1日黄栄村考試院長,周弘憲考試院副院長ほか第13期考試委員9人,就任。
2日鴻海精密工業とマイクロソフト,特許ライセンス使用料に関する訴訟で和解。
9日ソマリランド,駐台湾代表処を設置。
14日与野党,立法院憲法修正委員会の発足で合意。
17日キース・クラック米国務次官ら,来訪(~19日)。
18日森喜朗元首相ら,来訪。
19日李登輝・元総統の追悼礼拝,実施。
27日台湾のはえ縄漁船,尖閣諸島周辺で海上保安庁の巡視船と接触。
29日ケリー・クラフト米国連大使,国連システムへの台湾の完全参加を主張。
  10月
6日立法院,国民党提出の米台国交回復を求める決議案を可決。
6日立法院,憲法修正委員会を設置。
7日李登輝・元総統の埋葬式,実施。
8日駐フィジー台北商務弁事処主催の双十国慶節パーティーに,中国大使館員が乱入。
10日蔡英文総統,国慶節記念式典で「中台関係の安定は双方の責任」と述べ,中国側の挑発をけん制。
13日台湾高鉄(新幹線),台北南港駅から宜蘭駅への延伸ルート決定。
15日東沙諸島へのチャーター機,香港飛行情報区の通過を拒否され,高雄へ引き返す。
21日アメリカ国務省,台湾への長距離ミサイルなど(18億ドル),26日には沿岸防衛システムなど(23億ドル)の兵器売却を決定。
25日内政部移民署,亡命した香港人政治活動家を追跡した香港人を国外退去処分。
26日コロナウイルス特別予算の第2次追加予算,立法院で成立。
29日空軍のF-5E戦闘機,台東沖で墜落。操縦士が死亡。
  11月
3日日本政府,輔仁大学教授(原子工学専攻)の謝牧謙(旭日中綬章),池上一郎博士文庫研究学会理事長の劉耀祖(旭日双光章),台湾歴史資源経理学会秘書長の丘如華(旭日単光章)の3氏を叙勲。
12日ポンペオ米国務長官,「台湾は中国の一部でない」と発言。
13日蕭美琴駐米代表,バイデン陣営のアントニー・ブリンケン外交顧問と電話会談。
15日丁怡銘行政院報道官,辞任。
16日台中捷運(メトロ)緑線,プレ開業(車両故障のため,22日に中止)。
17日空軍のF-16戦闘機,花蓮沖で消息不明に。
18日国家通訊伝播委員会,「中天新聞台」の衛星放送免許の更新を却下。
20日米台経済対話,開催。
20日張忠謀総統特使(元TSMC会長),APEC首脳会議(オンライン形式)に参加。
22日米インド太平洋軍のマイケル・スチュードマン海軍少将,来訪(~24日)。
24日蔡英文総統とクリステンセンAIT台北事務所長,潜水艦起工式に出席。
  12月
1日日本外務省,台北市立動物園と宝覚寺(台中市)の林善超主任委員を外務大臣表彰者に決定。
2日蔡英文総統,大陸委員会,黄之鋒ら香港の政治活動家への有罪判決を批判。
11日中天新聞台,ケーブルや衛星によるテレビ放送を終了。
15日外交部,AIT,日本台湾交流協会,第6回グローバル協力訓練枠組み連合委員会開催,2回目の共同声明を発表。
18日アメリカBIS,中国の半導体最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)等をエンティティー・リストに追加。
22日経済部投資審議委員会,TSMCのアリゾナ州での初期投資35億ドルを認可。

参考資料 台湾 2020年
①  国家機構図(2020年12月末現在)

(注)1)「山地原住民区」のみ例外として,「地方自治団体」とされ,また「区民代表会」が設置される。

(出所)行政院(http://www.ey.gov.tw/),監察院(http://www.cy.gov.tw/)および司法院(http://www.judicial.gov.tw/)ウェブサイトを参照。

②  国家機関要人名簿(2020年12月末現在)

(注)1)*は女性。

   2)下線は行政院会議での議決権を持つ。

   3)点下線ほか,6直轄市の市長が閣議に列席可能。

③  主要政党要職名簿(2020年12月末現在)
④  台湾と外交関係のある国(2020年12月末現在)

(注)1)パプアニューギニア,フィジー共和国とは相互承認関係にあるとされてきた。しかし,パプアニューギニアは2018年2月に台湾側駐在機関の外交特権を剥奪した。

   2)2020年2月にソマリランドと二国間協定を締結し,相互に国家承認した。ただし,台湾のほかに,ソマリランドを国家承認している国はない。

   3)1),2)を除き,台湾と正式に国交を締結している国は15カ国。

主要統計 台湾 2020年
1  基礎統計

(出所)内政部ウェブサイト(https://www.moi.gov.tw),行政院主計総処ウェブサイト(http://www.dgbas.gov.tw/),中央銀行ウェブサイト(http://www.cbc.gov.tw/)。

2  支出別国内総生産および国民総所得(名目価格)

(注)2018年,2019年は修正値。2020年は暫定値。

(出所)行政院主計総処ウェブサイト(http://www.dgbas.gov.tw/)。

3  産業別国内総生産(実質:2016年価格)

(注)2018年,2019年は修正値。2020年は暫定値。

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別財貿易

(注)2019年は修正値。2020年は暫定値。

(出所)財政部ウェブサイト(http://www.mof.gov.tw/)。

5  国際収支

(注)2015~2019年は修正値。2020年は暫定値。資本勘定と金融勘定の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。

(出所)中央銀行ウェブサイト(http://www.cbc.gov.tw/)。

6  中央政府財政(決算ベース)

(注)2020年と2021年は法定予算。歳入および歳出には中央政府債発行に伴う収入と償却費が含まれないため,歳入と歳出は一致しない。債務費は中央政府債の利子支払いである。また,この数値に特別予算に対する決算は含まれていない。

(出所)表2に同じ。

7  産業別対中投資

(注)承認ベース。

(出所)経済部投資審議委員会ウェブサイト(http://www.moeaic.gov.tw/)。

 
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