2021 年 2021 巻 p. 25-50
2020年,韓国は新型コロナウイルス感染症に振り回された。国内政治の最大のトピックは4月の総選挙で与党「共に民主党」が圧勝したことであろう。2月に新型コロナウイルス感染症の大型クラスターが発生したが,大々的な防疫活動が奏功して感染はいったん下火となった。これにより与党は総選挙で圧勝し,議会運営でのフリーハンドを獲得した。しかし,その後は不動産価格高騰への批判が高まったほか,検察改革をめぐって法務部長官と検察総長との間の激しい攻防が繰り広げられたことで,文在寅(ムン・ジェイン)政権および与党への支持は次第に低下し,年末には政権支持率が不支持率を下回るに至った。
経済では,新型コロナウイルスの感染拡大による国内消費の落ち込みや輸出不振をうけて,22年ぶりのマイナス成長に陥った。市況回復の恩恵をうけた半導体輸出が輸出全体の底割れを防ぎ,調整局面から脱した設備投資も景気を下支えしたが,プラス成長には届かなかった。コロナ禍は労働市場を直撃し,幅広い業種で就業者数の減少や失業率の悪化がみられた。そのため政府は大規模な金融緩和と積極的な財政出動によって矢継ぎ早に緊急経済対策を打ち出し,中小・零細企業や基幹産業に対する流動性支援や雇用維持支援,全国民向けの緊急災難支援金の給付といった対策を講じていった。その一方で市中に溢れた流動資金が不動産市場や株式市場に流れ込み,実体経済の基礎的条件を伴わない価格高騰を招いた。
対外関係においては,文政権の北朝鮮重視の姿勢とは裏腹に南北関係が冷え込んだ。北朝鮮は4月の総選挙で脱北者が当選したことや対北ビラ散布に反発し,6月に開城の南北共同連絡事務所の爆破という挙に出た。日韓関係は懸案の徴用工問題での打開策が出ず膠着状態が続いたが,年末にかけて韓国側から関係改善に向けたアプローチが出てきている。対米関係では米新政権の対韓政策を瀬踏みするための韓国側要人の訪米が相次いだものの,作戦統制権の韓国移管や北朝鮮への制裁などに関してはすれ違いがみられた。
保守本流の朴槿恵(パク・クネ)前大統領が友人の国政介入を許して弾劾されたのは2017年のことだったが,国民の間では保守勢力に対する不信感は依然として強かった。これを背景に,進歩勢力のなかでは「執権20年論」といった長期政権ビジョンが台頭していた。したがって4月15日実施の第21代総選挙は長期政権確立のための重要な第一歩と位置づけられ,是が非でも勝たねばならない戦いであった。
総選挙では進歩勢力を基盤とする与党が有利との見方が多かったが,懸念材料もあった。最低賃金のハイペースな引き上げに代表される所得主導成長策の成果が上がらないことへの批判が高まり,検察改革や対北融和などの看板政策も思うように進んでいなかった。
しかし,2月下旬に大邱・慶尚北道で新型コロナウイルスの巨大クラスターが発生し,国民の関心が感染拡大抑制へ移ったことで,政権与党が懸念した政策論争は消し飛んだ(新型コロナウイルス感染の状況は後述)。そして政府を挙げての防疫活動の甲斐あって新規感染者数が減少した結果,国民の多くが目にみえる防疫成果を出した文政権と与党を支持したのであった。
総選挙の結果は表1のとおりである。進歩系の政権与党「共に民主党」(以下,民主党)は単独で180議席(比例区の衛星政党,「共に市民党」を含む)を獲得した。この議席数は国会先進化法で定められた「6割ルール」(与野党対立案件の上程は議員数の5分の3の賛成を得なければ不可)をクリアするものである。国会の全18委員会の委員長ポストも与党が占めた。改選前,与党民主党の議席数は4割強で,「6割ルール」に悩まされてきた。文政権と与党は目標の過半数(150議席)を大幅に上回ったことで,法案処理におけるフリーハンドを手に入れた。そしてこの勝利は,進歩勢力による長期政権確立に向けた大きな一歩となった。
(注)1)小選挙区253議席と比例代表47議席の合計。2)比例代表衛星政党を含む。
(出所)韓国中央選挙管理委員会(https://www.nec.go.kr),韓国国会(https://www.assembly.go.kr)。
最大野党で保守系の未来統合党(2月17日に自由韓国党と保守系中小政党を統合して発足)の総選挙での獲得議席数は103(比例区の衛星政党,未来韓国党を含む)にとどまった。この数は改憲発議阻止ライン(100議席)をわずかに上回るにすぎず,保守勢力への国民の拒否感の強さが改めて示された。未来統合党は総選挙が政権審判の機会と訴えたが,新たな争点の提示なしに政権批判を繰り返す戦術は国民の心に響かなかった。選挙結果をうけ,4月15日に黄教安(ファン・ギョアン)代表が辞意を表明し,非常対策委員会体制が採られることとなった。保革を渡り歩く異色の人材として知られる金鍾仁(キム・ジョンイン)・前選挙対策委員長が5月27日に事実上の代表となる非常対策委員長に就任した。9月2日,未来統合党は「国民の力」党に改称した。
中道政党が大きく後退したのも今回の総選挙の特徴である。中道3党が2月24日に新生党に合流し,議席数20とそれなりの存在感を示していた。政界における激しい保革対立の緩衝材として中道勢力の役割が期待されていたが,新生党は総選挙で全議席を失った。2大政党は比例代表議席の囲い込みをねらって衛星政党を設立しており,2019年末の公職選挙法改正で期待された中小政党の比例代表議席の獲得支援効果は表れなかった。結果,2大政党の議席占有率は94.3%に達した。政界での中道政党の存在感は薄れ,保革対立の構図は一層鮮明となった。
検察総長の排除に躍起となった文政権文政権が掲げる検察改革の長期ビジョンを象徴するのが高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設立である。公捜処は三権および軍,地方自治体の要人の犯罪捜査を行う反汚職機関を標榜するが,政権側のねらいは要人への捜査権限を検察から奪って政治介入を阻むこと,とくに政権交代期における捜査の暴走を防ぐことにある。しかし,文政権にはその前に取り組むべき難題があった。それは,現政権関係者が絡む不正の摘発に熱心な尹錫悦(ユン・ソギョル)・検察総長の扱いであった。文政権や進歩勢力の目には尹総長の動きが現在進行形の政治介入と映り,尹総長率いる検察の力を削ぐための対決に手間を割かれることとなった。
1月2日に就任した秋美愛(チュ・ミエ)・法務部長官は,進歩勢力による尹総長追い落としの先鋒として1年を通じて大立ち回りを演じた。1月8日,秋長官は検察幹部人事で尹総長の側近検事らの多くを地方へ異動させた。尹総長はそれでも不正摘発の手を緩めなかった。すると,秋長官は検察の独立性を侵しかねない奥の手である指揮権を発動した。指揮権発動はこれまでに4例あり,そのうち3例がわずか4カ月の間に秋長官により発令された。極めて異例といえる。
3例のうち,最も波紋を広げたのが10月の「ライム資産運用事件」に関する指揮権発動であった。ライム資産運用事件とは,資産運用会社の乱脈運用により1兆6000億ウォンに上る私募ファンドの換金停止という事態を招いたものである。事件のもみ消しの政官界工作の一環として姜琪正(カン・キジョン)・青瓦台政務首席秘書官に金品 が渡されたとの疑惑が10月になって浮上していた。検察の政権中枢に対する捜査を遮断するため秋長官が指揮権を発動したとみられる。
秋長官はついに尹総長追放に向けて実力行使に動いた。11月24日,秋長官は6項目の不正を挙げて尹総長の職務排除を命令した。12月16日には尹総長の停職2カ月の処分を文大統領が裁可した。また,この時点で文大統領は秋長官を事実上更迭した。政権と検察の泥仕合の長期化に批判が高まったことへの対応とみられる。12月24日にはソウル行政裁判所が尹総長から提起された処分停止の訴えを認容し,尹総長は職務に復帰した。尹総長と進歩勢力の争いは越年することとなった。
一方,公捜処については年内の設立・稼働には至らなかった。公捜処発足に際し,公捜処法が定めた野党枠の処長推薦委員による拒否権が足かせとなった。総選挙の結果,野党委員2人は公捜処に反対する「国民の力」党が出すこととなり,公捜処発足の見通しが立たなくなった。そこで,与党は議会での優位を背景に野党枠委員を無力化する法改正を推進し,12月10日に与党単独で公捜処法改正法案を成立させた。「検察の政治介入防止」という目的達成のために半ば強引な手段がとられたといえる。
相次ぐ政権周辺の不祥事と政策挫折保守政権の腐敗に対する国民の怒りが進歩系の文在寅政権を誕生させる原動力となった。しかし文政権および進歩勢力の周辺でも不祥事が相次いでいる。
まず,与党政治家によるセクシャルハラスメント(セクハラ)が挙げられる。7月9日には朴元淳(パック・ウォンスン)・ソウル市長が失踪し,翌10日に死亡が確認された。自殺とみられる。失踪前日に元秘書が朴市長のセクハラに関して警察に告訴状を提出していた。朴市長は人権派弁護士の出身で,韓国初のセクハラ裁判の被害者の弁護人を務めた。同市長は2022年大統領選の進歩系候補としても取りざたされていた。また,4月23日には呉巨敦(オ・ゴドン)・釜山市長が市の女子職員へのセクハラを認めて辞任した。これらの事件により,2大都市の市長の座が空席となる異常事態となった。
文政権の支持基盤であり,政策決定に隠然たる影響をもってきた市民団体の杜撰な実情も明らかになった。5月7日,元慰安婦のひとりが正義記憶連帯(元挺身隊問題対策協議会=挺対協)などの関連市民団体が集めた寄付金が元慰安婦のために使われていないとして,疑問を提起した。同連帯事務所への家宅捜索や尹美香(ユン・ミヒャン)議員(元正義記憶連帯理事長)への検察の取り調べを経て,9月14日に業務上横領などの容疑で尹議員が在宅起訴された。
文政権の看板政策だった対北融和策も行き詰まり,国内政局に少なからぬ影響を与えた。6月16日の北朝鮮による南北共同連絡事務所の爆破に伴い文政権は対北朝鮮政策の見直しを迫られた。7月3日,文大統領は統一・安保関係の閣僚級を一新する人事案を発表した。国家情報院長に朴智元(パク・チウォン)・元民生党議員,統一部長官に李仁栄(イ・インヨン)・民主党議員,国家安保室長には徐薫(ソ・フン)・国家情報院長が指名された。朴院長は与党外の人物だが,金大中政権下の2000年,「6.15南北共同宣言」の立役者となった進歩系の政治家としても知られる。朴院長と文大統領とは折り合いの悪さで有名だったが,対北政策立て直しのためあえて実利的な人事を断行した。
不況下での不動産価格の高騰と入居困難も文政権の失策のひとつとしてしばしば挙げられる(不動産をめぐる経済政策については「経済」の項を参照)。2021年初めに韓国ギャラップが発表した政権支持率は38%で,1年前に比べて9ポイント下がった。一方,不支持率は55%で,1年前と比べて12ポイント上昇した。この1年で政権支持・不支持の形勢は逆転したことになる。主な支持理由はコロナ対応(15ポイント),主な不支持理由は不動産政策(12ポイント)であった。
多住宅保有者への規制強化と関連して,7月2日に盧英敏(ノ・ヨンミン)・大統領秘書室長が多住宅保有の秘書官らに対して同月中に1軒の住宅を除いて処分するよう強く勧告した。同様の勧告が2019年末にも出されたが実行されず,再度の勧告に及んだ形である。しかし,住宅売却をめぐって秘書官の間で足並みが揃わず,8月7日には大統領秘書室長と首席秘書官5人が辞意を表明する事態となり,10日には首席秘書官3人が交代となった。政権中枢が不動産政策において率先垂範する姿勢を示そうとしたが,高官自身が政策に対応できないことが露呈したといえる。
韓国を翻弄した新型コロナウイルス感染症韓国では1月20日に初の感染者が発見された。2月19日には大邱の新興宗教の礼拝堂を舞台としたクラスターが発生し,感染は大邱・慶尚北道一帯に瞬く間に広がった。これに対し政府は,大量の検査と徹底した感染者隔離によって短期間での感染収束を目指した。2月26日に国会で「コロナ3法」(検査拒否や療養中の指示違反に対する罰則の新設・強化など)が成立したほか,感染者急増に伴う医療崩壊を防ぐため3月2日には大邱に軽症者用の「生活治療センター」が開設された。大邱での防疫活動では兵役中の医師(公衆保健医)が大挙動員されPCR検査に当たった。3月11日には療養者数(自宅療養を含む)が7470人となり,第1波の感染拡大はピークに達したが,これらの対策が功を奏して感染は比較的早期に収束した。5月6日には防疫レベルが平時に近い第1段階に引き下げられた。防疫活動の成功は,4月15日の総選挙で与党大勝の一因となった。政権支持率も上昇し,韓国ギャラップによると5月第1週には71%に達した。
しかし感染根絶には至らず,小規模なクラスターの発生を伴いながら感染拡大の中心は首都圏へ移っていった。8~9月の第2波を経て,11月後半からは第3波の本格的な感染拡大が始まった。首都圏の防疫レベルは11月24日に第2段階に,12月8日には2.5段階に引き上げられた。2.5段階では,遊興施設,スポーツジム,学習塾の営業禁止,21時以降の飲食店の着席営業禁止に加え,スーパーやデパート等も21時以降の営業が禁止された。しかし,年末にかけて感染者数は急増し,首都圏では12月下旬以降重症病床がほぼ満床となった。新型コロナウイルスへの対応で通常疾病の治療が手薄となり手遅れの患者が発生し,医療崩壊とみられる事例も続発した。12月24日には新型コロナウイルスの新規感染者数が1237人を記録し,31日時点の療養者数は1万7899人となった。年内の死亡者は917人であった。
(奥田)
2020年の韓国経済は,新型コロナウイルスの感染拡大をうけて国内消費の落ち込みや輸出不振が続いたことで,マイナス成長への転落を免れなかった。2021年3月に韓国銀行が発表した国内総生産(GDP)の暫定値によれば,2020年の実質GDP成長率は-1.0%を記録し,アジア通貨危機に見舞われた1998年以来となるマイナス成長となった(表2)。ただし,政府は自らの防疫対策(K防疫)や果敢な財政出動などによって,ほかの先進諸国よりも経済成長の落ち込みを小さく抑えられたとして評価している。
(注)数値はすべて暫定値。四半期別数値は季節調整後の値。在庫増減はGDPに対する成長寄与度を表す。
(出所)韓国銀行「2020年第4四半期および年間国民所得(暫定)」2021年3月4日。
支出項目別にみると,GDPの約半分を占める民間消費では個別消費税の引き下げをうけて自動車販売こそ堅調に推移したものの,コロナ禍によって財・サービス消費が全般的に低迷して前年比4.9%減と大きく落ち込んだ。民間消費に次いで高いシェアを占める輸出でも,市況が回復した半導体を中心に年後半からもち直す傾向にあるが,全体をけん引するには及ばず前年比2.5%減を余儀なくされた。ただし,輸入(前年比3.8%減)を差し引いた純輸出でみると,わずかではあるがプラスの成長寄与度(0.4%ポイント)を維持している。そうしたなかで,半導体市況の改善によって調整局面から脱した設備投資(前年比6.8%増)と政府消費(同4.9%増)が経済成長を下支えする役割を担った。その他,近年の住宅建設不振がやや緩和された建設投資(前年比0.1%減)では減少幅が大きく縮小した。
経済活動別には,製造業がICT分野や輸送機器などで年後半から復調の兆しがみられるが,通年では前年比0.9%減のマイナス成長に転じた。宿泊・飲食や卸・小売,運送,レジャー関連など幅広い業種でコロナ禍の打撃をうけたサービス業についても,同1.1%減とマイナスに陥った。また,建設景気の回復が鈍い建設業(前年比0.9%減)でも前年割れが続いている。実質国内総所得(GDI)の成長率は,原油価格の下落などによって交易条件が改善されたことでGDP成長率を上回る水準(前年比0.2%減)であるものの,2年連続のマイナス成長となった。ただし,名目GDPおよび名目国民総所得(GNI)はわずかにプラス成長を記録し,1人当たり水準では3万ドル台を維持する見通しである。
国際収支状況:貿易実績は2年連続で減少コロナ禍に伴う外需低迷によって,貿易実績は減少が続いた。関税庁の発表によれば,2020年の通関基準の輸出額は5128億ドル(前年比5.4%減),輸入額は 4675億ドル(同7.1%減)にとどまり,輸出入総額は1兆ドルに届かなかった。ただし,輸出額は第4四半期から上向きつつあり,一部品目の高度化をうけて輸出単価もプラス(前年比0.6%増)に転じるなど,明るい材料がないわけではない。輸出の内訳を品目別にみると,一般機械(前年比8.8%減)や自動車(同13.1%減)および自動車部品(同17.3%減),石油化学(同16.4%減),鉄鋼製品(同14.4%減),石油製品(同40.7%減),船舶(同2.0%減)など主力品目が軒並み減少するなか,単一品目としては最大規模の992億ドルを記録した半導体がプラス(同5.6%増)に好転して輸出全体の底割れを防いだ。また,SSD(ソリッドステートドライブ)をはじめとするコンピュータ(前年比57.2%増)も善戦したほか,バイオシミラーやコロナ検査診断キットが好調なバイオヘルス(同54.4%増),OLED(有機EL)(同6.4%増),二次電池(同1.3%増)といった新たな成長品目の台頭が注目される。
地域別にみると,最大の輸出先である中国向け(前年比2.7%減)を筆頭にEU(同1.2%減)やASEAN(同6.3%減),インド(同20.8%減),中南米(同25.9%減)といった主力市場向けで前年割れが続いた。一方でアメリカ(前年比1.1%増)やベトナム向け(同0.8%増)は比較的堅調であったが,力強さには欠ける。対日貿易では石油製品や鉄鋼などでの減少が響いて大幅な輸出減を記録するも(前年比11.7%減),半導体製造装置の活発な導入をうけて輸入の減少幅は相対的に小さかった(同3.3%減)。対日貿易赤字は逆に膨らみ,再び200億ドルを超えた。なお,輸入全体では原油価格の下落によって1次産品やエネルギー関連の輸入額が大幅に低減したことで,資源国である中東やCIS国家との貿易赤字は大きく改善された。
4月には貿易赤字への転落から一時的に経常赤字を記録したが,2020年の経常収支は貿易黒字の拡大により753億ドルの黒字を達成し,黒字幅は前年水準よりも増大した。経常黒字の拡大には,海外旅行・留学の減少や海上輸送(コンテナ船)運賃の上昇などによるサービス赤字の縮小,海外移転送金の減少に伴う所得収支の改善も複合的に作用した。ただし,韓国輸出入銀行の発表によると2020年の海外直接投資額は549億ドル(前年比14.6%減)と低調に終わった。欧米やアジア向け直接投資が大きく落ち込んだほか,業種別でも金融・保険業や製造業での減少が目立ったが,情報通信業では増加をみた。2020年の外国人直接投資(申告基準)も,産業通商資源部によると208億ドル(前年比11.1%減)にとどまり,製造業とサービス業ともに減少が続いている。一方で人工知能(AI)やバイオといった新産業関連での対韓投資には増加がみられる。
緊急経済政策:大規模な金融緩和・財政出動による流動性支援と雇用対策コロナ禍は国内消費の落ち込みを招くとともに,労働市場に対しても大きな打撃を与えた。統計庁の発表によれば,前年には順調な増加傾向をみせていた就業者数は生産や消費の縮減によって3月から減少に転じ,2020年通年では前年比21万8000人の大幅な減少をみた。とりわけ対面業務が中心の宿泊・飲食や卸・小売,教育サービスなどサービス部門での就業者数の落ち込みが著しく,製造業や建設業でも減少が続いた。雇用減のしわ寄せは就業が不安定で低賃金の非正規職(臨時・日雇い職など)や自営業層に集中する一方,正規職の就業者数は持続的に増加しており,労働市場の二極化が表面化しつつある。年代別でも20~50歳代まで幅広く就業者数は減少する一方で,短期雇用が中心の高齢層(60歳代以上)では伸び続けるという現象もみられる。また,政府の雇用対策の影響から失業者数の増加は緩慢であるものの(年間失業率は0.2%ポイント悪化の4.0%),一時休職者数や非労働力人口は大幅に増大しており,人的資本の遊休化が他方で進んでいる。雇用情勢の悪化は経済格差の拡大も招いており,実際に所得5分位比率でみた分配状況の悪化が続いている。
こうした国内景気状況の悪化に対して,政府は大規模な金融緩和に加えて4次にわたる補正予算の編成や国債増発など,積極的な財政出動も駆使して総花的な経済対策を展開した。その費用は,総額310兆ウォン(名目GDPの16%水準)規模に上った。新型コロナウイルス感染症の流行初期段階(2月)から政府が積極的に打ち出したもののひとつに,中小・零細企業や小規模事業者(自営業者)向けの流動性支援がある。その後,3月には「民生・金融安定パッケージ・プログラム」として優遇金利による特別融資や公的保証の拡大および満期延長,債務調整支援,賃借料の軽減,債券市場の安定化措置などを含む総合的な支援策に発展していった。また,零細・中小・中堅企業以外にも航空や海運,自動車,造船といった基幹産業に対しては,一定水準の雇用維持や利益共有などを条件に金融支援を行う「基幹産業安定基金」を5月に整備している。そうした流動性支援をバックアップするため,韓国銀行は3月と5月の2度にわたって政策金利の引き下げを行って過去最低水準(0.5%)を更新したほか,金融機関への流動性資金の無制限供給(4~7月),証券会社や保険会社への緊急融資(5月~)といった「韓国版量的緩和」と呼ばれる措置も併せて実施した。
コロナ禍における経済対策のもうひとつの大きな柱は,雇用対策である。文政権は就任以来,最低賃金の大幅引き上げや公的部門での雇用創出などに注力し,雇用対策にかける思いはとりわけ強い。その中心は,在職者や休職者向けの雇用維持支援策であった。たとえば,雇用調整を余儀なくされた事業者に対して従業員の休業・休職手当の一部補償を行う雇用維持支援金の拡大や,無給休職者に対する支援金の新設,零細事業者や中小企業向けの賃金補助である雇用安定資金の追加支援,雇用保険の非加入者を対象とした緊急雇用安定支援金,生活安定資金の融資拡大などが挙げられる。また,失業者向け求職給付や職業訓練事業および就業支援プログラムといった失業対策も拡充されたほか,雇用創出策についても公共機関における直接雇用事業の拡大を中心に,新たに非対面型やIT・デジタル分野に特化した就業機会を主に若年層に対して提供する試みが行われている。さらに,政府はこれまでの所得主導成長に代わる新たな成長戦略として,「韓国版ニューディール」を7月に発表した。新たに創設する官民ファンドを資金源に,デジタル化や環境配慮型の産業転換への積極的な投資によって雇用創出を目指す壮大な国家プロジェクトであるが,その実現は今後の展開を待たねばならない。
その他の緊急経済対策のなかで特筆すべきものとして,5月から開始された全国民に対する緊急災難支援金の支給がある。緊急災難支援金は当初,高所得層を除外した世帯(所得水準の下位70%まで)に支給する方針であったが,4月の総選挙後に全世帯への給付に変更された。世帯規模による差等支給(単身世帯40万ウォン~4人以上世帯100万ウォン)になっており,支援金はクレジットカードのポイントやプリペイドカード,地域商品券などの形で給付され,利用先は地域の零細小売店や飲食店などに限定された。それでも,食料品や衣類・雑貨などを中心に一定の消費喚起効果があったとみられる。その後は,防疫体制の強化に伴う営業・集合制限措置をうけたサービス業種や低所得者層などに対象を限定した災難支援金の給付が,9月以降断続的に実施された。
主要企業業績:返り咲く半導体,明暗が分かれた自動車・航空コロナ禍は韓国の主力産業である自動車や造船,鉄鋼から流通・小売に至る幅広い業種で業績悪化をもたらした。対照的に,テレワークによるオンライン会議や遠隔授業などの普及によって,半導体企業には特需がもたらされる格好となった。とりわけ,データセンター向けのサーバー増設投資やパソコン・タブレット端末向けで半導体メモリーの引き合いが強まったことで,半導体市況は急速に回復した。韓国最大企業のサムスン電子は,柱のメモリー事業のみならず非メモリー分野の受託生産(ファウンドリ)も好調であった。年央からのウォン高進行(前年末比6.0%のウォン高・ドル安)による為替差損やスマートフォン事業の伸び悩みにもかかわらず,2020年連結決算で売上高236兆8070億ウォン(前年比2.8%増),営業利益35兆9939億ウォン(同29.6%増)を記録し,前年の減収減益からV字回復を果たした。10月にアメリカ・インテル社のNAND型フラッシュメモリー事業の買収を発表した半導体大手のSKハイニックスもまた,大幅な増収増益に転換した。なお,サムスン電子では李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が5月に経営権の世襲を今後行わないことを表明しているが,10月には病床にあった李健熙(イ・ゴンヒ)会長が死去し,自身も2021年初めに朴槿恵・前大統領らへの収賄罪などで再び実刑判決をうけて収監された。そのため,巨額の相続税支払いの問題と併せてグループ全体の事業戦略の行方に暗雲が漂っている。
一方,自動車産業では国内大手と中堅メーカーとで明暗が分かれた。国内最大手の現代自動車は,新型コロナウイルスの感染拡大による販売台数の低迷や第3四半期におけるリコール費用等の追加引当金の損失計上などが響いて,2020年連結決算で売上高103兆9976億ウォン(前年比1.7%減),営業利益2兆7813億ウォン(同22.9%減)を記録した。それでも,第4四半期からは利益率の高い車種を中心に新車販売が復調している。また,10月に新たに就任した鄭義宣(チョン・ウィソン)会長による経営体制の下,同グループでは盤石な国内市場に立脚した豊富な資金力を背景に,近年は電気自動車(EV)や燃料電池関連の開発投資を積み増している。他方で韓国GMやルノーサムスンといった中堅メーカーの業績悪化は続いている。インド・マヒンドラ傘下の双竜自動車もまた,資金繰りの悪化によって12月に会社更生手続きにあたる法定管理の申請を余儀なくされた。
再編の波が押し寄せる航空業界は,波乱含みの展開となった。前年から供給過剰や日韓関係の悪化などが重なり各社軒並み営業赤字が続いていたところ,新型コロナウイルス感染症の流行によって旅客需要が急減し,資金繰りが一気に悪化した。大手2社や格安航空会社(LCC)はともに政府系銀行による金融支援をうけながらコスト削減を進め,当面の危機は回避された。最大手の大韓航空は主力事業を旅客から貨物便に転換し,燃料価格の下落も手伝って収益減を最小限にとどめた。国内2位のアシアナ航空も貨物事業に活路を見出して経営再建を模索していたが,基本合意していたHDC現代産業開発による買収は破談になった。そうしたなか,大韓航空が持ち株会社である韓進KALへの政府系の韓国産業銀行による出資を資金源に,アシアナ航空を買収することが11月に決まった。造船業界での大手合併劇と同様に,今後は関係国の審査当局による判断が焦点となる。また,LCC業界でも最大手の済州航空によるイースター航空の買収計画がコロナ禍の影響により白紙撤回となる事態が起きており(7月),航空業界全体の先行きが混迷している。
高騰する不動産市場と株式市場コロナ禍における拡張的な財政金融政策を可能にした背景には,低金利・低インフレ(消費者物価上昇率は前年比0.5%)の持続という経済環境があるが,その弊害のひとつとして挙げられるのが家計債務残高の膨張である。韓国銀行の発表によると,足元の家計負債総額は1726兆1000億ウォン(12月末現在)まで膨れ上がっており,とくに下半期以降の増加ペースが加速している。現状では家計破綻に直結するリスクや金融システム全体への影響は少ないとされるが,事態を重くみた政府は家計負債の管理強化に乗り出すとみられる。
もともと家計債務の多くは不動産融資であるとともに,韓国では家計資産のうち不動産が占める割合が高い。そのため,投資資金が不動産市場に流入しやすい問題が指摘されてきた。2020年には金融緩和に伴う流動性の拡大によって,だぶついた流動資金が不動産市場に流れ込み,ソウルや首都圏を中心に住宅価格の高騰に拍車がかかった。政府は6月と7月に相次いで住宅市場の安定化対策を発表し,投機過熱地域の拡大指定や住宅担保貸出の要件強化,賃貸契約の一種である伝貰資金貸出に対する保証制限の強化,高額・複数住宅保有者に対する不動産関連税率の引き上げといった対応策によって投資需要の沈静化を図ろうとした。しかし,伝貰・月貰価格の上限制や契約更新請求権の保障などを定めた賃貸借3法が7月から施行されたことも影響して,不動産需要は分譲住宅から伝貰市場へスライドする形となり,伝貰価格の上昇が引き起こされた。そのため,政府は11月に中産層の実需要者向け公共賃貸住宅の供給拡大を骨子とした支援策の発表を再度迫られたが,不動産市場の安定化に寄与するほどの実効性には乏しく,全般的な住宅価格の高騰に歯止めがかかっていない。
大規模な金融緩和により増大した流動資金は株式市場にも流れ込み,実体経済が低迷するにもかかわらず株価を押し上げる要因となった。新型コロナウイルスの感染拡大によって3月まで続落していた韓国総合株価指数(KOSPI)は,その後は一転して上昇基調に転じ,医薬品株や電機・電子銘柄を中心に買い注文が多く入ったことでKOSPIは年末には史上最高値を更新して2873.47で取引を終えた。売り越しの続いた外国人投資家とは対照的に,国内の個人投資家が大きく買い越したことが株価上昇を支えた背景にある。取引金額に占める個人投資家の比重も飛躍的に高まった。それだけに市中に溢れた個人マネーが不動産市場や株式市場のリスクにつながらないよう注視していく必要があろう。
(渡邉)
2019年2月のハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わり,北朝鮮は仲介役を買って出た文政権に不信感をもつようになった。それ以降南北関係は膠着状態となり,2020年にも基本的にはそうした状況が続いた。
4月の総選挙で脱北者の太永浩(テ・ヨンホ)と池成浩(チ・ソンホ)両議員が当選したことや,脱北者団体による宣伝ビラの対北散布が放置されたことを捉え,北朝鮮は6月に入って韓国に対する揺さぶりを強めた。6月4日,金与正(キム・ヨジョン)・朝鮮労働党第1副部長は,ビラ散布に強い不快感を表明した。そのうえで金剛山観光と開城工業団地の廃止,南北共同連絡事務所の閉鎖,そして南北軍事合意の破棄に言及した。そして,16日には南北交流の象徴だった南北共同連絡事務所ビルを爆破するという挙に出た。
北朝鮮の拒絶姿勢にもかかわらず,文政権は対北融和の姿勢を堅持した。大統領は1月の新年の辞において,東京五輪での南北合同チーム推進,開城工業団地と金剛山観光再開などに言及した。6月の南北共同連絡事務所の爆破に際しては,この事態を文政権は南北関係の危機と捉え,政権中枢部の統一・安保の人事を一新し,南北関係の重視を改めて打ち出した(「国内政治」の項で既述)。9月22日には文大統領が国連総会演説で北朝鮮による非核化を前提としない朝鮮戦争の終戦宣言に言及した。12月13日には国家情報院法改正案が国会を通過し,国情院の対共捜査権を警察に移管することになった。北朝鮮のスパイ活動を特別視せず,一般の犯罪と同様に扱うことを意味する。また,翌14日には南北関係発展法改正案(ビラ禁止法)が国会を通過した。
対日関係:徴用工判決をめぐり冷却,韓国側からの秋波も日本企業への賠償を命じた徴用工判決に関して,日本政府は国際法(1965年の日韓請求権協定)違反であり,韓国側で対処すべきとの姿勢を崩さなかった。一方,韓国側では日本企業の資産現金化に向けた手続きが粛々と進められた。8月4日には日本製鉄,12月29日には三菱重工業に対する差押命令の効力が発生した。両社とも差押命令に対して即時抗告を申し立てた。日本企業の資産現金化についても日本側は強い調子で警告した。8月1日,菅官房長官は日本企業の資産が現金化された場合,「あらゆる対応策を検討している」と述べ,対抗措置を示唆した。
2019年7月以降日本が実施した3品目の輸出管理強化については,6月2日に韓国政府が世界貿易機関(WTO)提訴手続きの再開を表明し,7月29日には紛争処理小委員会(パネル)の設置が決まった。また,日本政府を相手取った元慰安婦による損害賠償訴訟第1審の審理が進められ,11月11日に最終弁論が行われた。
一方,関係打開に向けた韓国側からの働きかけも年末にかけて活発化した。10月11日には,国家安保室の秘書官が訪日し,徴用工賠償を日本企業が支払った場合に韓国政府が事後補填すると提案したことが伝えられている。11月10日には朴智元・国家情報院長が菅首相と会談した際に,2021年の東京五輪を契機とした4者会談(日韓朝米)の開催と日韓首脳の共同宣言発出を提案したとされる。韓国側がこの時期に日韓関係改善に向けて動いた背景としては,バイデン米政権が日米韓軍事協力を重視する観点から日韓関係改善を希望していることや,東京五輪を膠着している南北関係の動力として使うためだとみられる。しかし,韓国側の提案は日本が徴用工判決をいったん容認することが前提となっており,同判決を批判する日本側は冷淡な対応に終始した。
対米関係:戦作権移管・対北融和をめぐってすれ違い懸案となっていた戦時作戦統制権(戦作権)の韓国移管については,文政権が目指していた任期内移管(2022年5月)が難しい情勢となった。新型コロナウイルスの感染拡大により3月9日から2週間にわたり実施される予定だった上半期の韓米合同軍事演習は実施されず,8月16~28日に実施予定だった下半期演習も期間を2日間短縮し,規模を縮小して行われた。これに伴い,戦作権移管の前提となる韓国軍の能力検証が予定どおりに進まなかった。10月14日に開催された韓米安保協議会(SCM)では,エスパー米国防長官が会議の冒頭で「(戦作権を)韓国軍に引き渡すためにすべての条件を満たすには時間がかかるだろう」と述べ,早期の戦作権移管に否定的な考えを表明した。
もうひとつの懸案だった在韓米軍の駐留経費負担交渉も2020年内に妥結しなかった。駐留経費分担に関する協定(韓米防衛費分担金特別協定=SMA)は2019年末に失効していた。3月末の段階でアメリカの要求は従来の4倍の40億ドル,韓国は13%引き上げという線まで両者が歩み寄ったが以降の進展はなかった。4月1日からは米軍基地で働く韓国人従業員の無給休職という実害が出はじめるようになった。
韓国の対北融和策についてもアメリカは引き続きけん制した。アメリカは1月7日に文大統領が新年の辞で鉄道と道路の連結や開城工業団地,金剛山観光の再開など,対北朝鮮制裁に抵触しかねない部分に言及したことを問題視した。同日,アメリカのハリス駐韓大使は「南北協力の構想はアメリカと協議が求められる」と指摘し,韓国の前のめりな対北支援にクギを刺した。10月21日,ポンペオ米国務長官は,文大統領が9月に提案した北朝鮮による非核化前提なしの終戦宣言について,「非核化に対するアメリカのやり方はまったく変化がない」と述べ,アメリカとしては終戦宣言が非核化後の措置であるとの認識を再確認した。
米次期政権の発足をにらんだ動きもみられた。11月11日,文大統領はバイデン米次期大統領と電話会談を行った。バイデン次期大統領は韓米同盟について,「インド太平洋地域の安全保障と繁栄のリンチピン」と表現し,その重要性にとくに言及した。これに先立つ11月8日には康京和・外交部長官がポンペオ米国務長官の招請で訪米したが,バイデン陣営との接触に力点が置かれた模様である。
対中関係:対中忖度と対韓けん制2020年の韓中関係は比較的淡々と推移した。対外的に「友軍」を増やす必要に迫られている中国が,韓国に対して強い態度で迫ることを自制したことがその背景にある。激化する米中対立や国際的な批判をうける人権・民主主義問題をめぐっても,韓国は「経中安米」(経済面では対中依存,安保では対米依存)を旨とした戦略的曖昧性に基づく中立的な対応に終始した。6月30日に発出された27カ国による香港国家安全維持法への反対声明に韓国は同調しなかった。
韓国が配備した終末高高度防衛ミサイル(THAAD)をめぐっては,中国の柔軟な姿勢が垣間みられた。5月29日に慶尚北道星州のTHAAD基地に装備が搬入されたが,中国はそのことに対して定例記者会見で非難するにとどめた。2017年のTHAADの韓国配備に際して中国がとった団体ツアーの訪韓禁止など各種の報復措置は,2019年に続き2020年にも一部緩和された。1月には中国の報復開始以来最大規模となる5000人の中国企業のインセンティブツアーが実施された。
2020年上半期に予定されていた習近平・中国国家主席の訪韓は実現しなかった。文政権および与党は習主席の訪韓を4月の総選挙での得点材料にしようとしたが,新型コロナウイルスの感染拡大のため延期された。5月13日の電話による韓中首脳会談では習主席訪韓の実現で一致し,11月26日の文大統領と王毅・中国外相の会見でも習主席の訪韓の意欲が伝達されたが,結局実現しなかった。
一方,中国が韓国に対する高圧的な「本音」を表す場面もあった。10月21日,南官杓(ナム・グァンピョ)駐日大使が国政監査の席上,THAADの追加配備をしないことなどを確認した韓中間の「三不協議」について,「約束でも合意でもない」と発言した。これに対し中国は「THAAD配備が中国の戦略的安保利益を損なう」などと直ちに反論し,上記協議を中国が極めて重視していることを確認した。同時に,韓国に対して「この問題を適切に処理」すること,すなわち協議の順守を改めて要求した。また,10月7日に男性音楽グループの防弾少年団(BTS)がバン・フリート賞受賞の際に語った朝鮮戦争への言及が中国内で激しく非難された。朝鮮戦争での韓米両国の多くの犠牲者を永く記憶しようという内容の特段変哲もないコメントだが,同戦争に介入した中国の犠牲者を無視しているとして問題にされた。このころ,習主席による中国の朝鮮戦争参戦70周年の記念辞が準備されつつあった。10月23日の演説で習主席は「中国の参戦は米国帝国主義侵略に抵抗する正義の戦い」と述べている。中国でのBTS発言批判は朝鮮戦争への中国の参戦を正当化する習主席の考え方を忖度したものと思われる。
(奥田)
国内政治では,4月7日に予定されているソウル市長選の行方が注目される。この選挙は2022年3月に予定されている大統領選の前哨戦の性格を帯びており,進歩,保守の一騎打ちとなる。この選挙に照準を合わせて保守勢力が起死回生の巻き返しを図っている。また検察改革と関連しては,年明けに尹錫悦検察総長が辞職し,その身の振り方に注目が集まっている。不動産問題は拡大の様相をみせ,政権与党の政治的負担となりそうである。
経済では,コロナ禍の長期化で低迷する景気状況の立て直しが大きな課題となる。政府や韓国銀行は2021年の実質経済成長率の見通しを3~3.2%としているが,そのためには民間消費と輸出の早期回復がカギとなる。政府が新たな成長戦略として発表した「韓国版ニューディール」は,2021年から本格的に始動するとみられる。また,不動産市場の不安定化が景気回復の足かせにならないよう,政府は市中に溢れる流動資金を「韓国版ニューディール」事業をはじめとする生産部門へ誘導するような対策を検討しており,その実効性も注目される。
対外関係では,バイデン米新政権の誕生に伴う文政権の対応が注目される。米中対立や米朝関係での新たな展開への対処や,バイデン政権が強調する同盟国との共同歩調,環境重視への対策などを注視していく必要がある。対日関係では,2020年後半にみられた韓国による秋波が韓国政府による徴用工判決への対処にまで至るかが注目される。
(奥田:亜細亜大学教授)(渡邉:アジア経済研究所 地域研究センター)
1月 | |
2日 | 秋美愛・法務部長官,就任。 |
7日 | 文在寅大統領,新年の辞で不動産対策の徹底や対北経済・スポーツ交流の推進などを表明。 |
7日 | ハリー米大使,文大統領の新年の辞に関連し,「南北協力の構想はアメリカとの協議が求められる」と指摘。 |
8日 | 法務部,検察幹部32人の人事異動を実施。尹錫悦・検察総長の側近らが大挙異動。 |
8日 | 中国の健康食品企業・溢湧堂,5000人規模のインセンティブツアーを韓国で実施(~13日)。 |
9日 | アメリカの化学大手デュポン社,半導体関連材料であるフォトレジストの韓国での生産を発表。 |
14日 | 高位公職者犯罪捜査処(公捜処)設置法,公布。 |
14日 | 文大統領,首相に丁世均・前国会議長を任命。 |
19日 | ロッテグループ創業者の辛格浩名誉会長,死去。 |
20日 | 新型コロナウイルス感染症で国内初の感染者発生。 |
21日 | セルトリオン,中国武漢にバイオ医薬品工場の建設を発表。 |
30日 | 開城の南北共同連絡事務所,新型コロナウイルス対策のため一時閉鎖。 |
31日 | LGディスプレー,テレビ向け液晶パネルの国内での生産中止を表明。 |
2月 | |
4日 | 現代自動車,中国からの部品供給の滞りにより国内工場の稼働を順次停止。 |
7日 | 政府,中小・中堅企業や小規模事業者・自営業者向け金融支援策を発表。 |
12日 | 食品医薬品安全処,マスクの緊急需給調整措置を発動。 |
17日 | 政府,国内格安航空会社(LCC)向けに緊急融資の実施を発表。 |
17日 | 未来統合党,発足。黄教安代表が就任。 |
19日 | 新天地大邱教会で新型コロナウイルス感染症のクラスター発生。 |
23日 | 国民の党,発足。安哲秀代表が就任。 |
24日 | 新生党,発足。 |
26日 | 「コロナ3法」,成立。自宅隔離指示違反時には懲役1年以下または1000万ウォン以下の罰金。 |
27日 | 韓米連合司令部,上半期の韓米合同軍事演習の延期を発表。 |
28日 | 政府,中小・零細企業向け金融支援など総額16兆ウォン規模の経済対策を発表。 |
3月 | |
2日 | 大邱に新型コロナウイルス感染症軽症者用の「生活治療センター」が設置される。 |
6日 | 外交部,日本人入国者に対するビザ免除措置を9日から停止すると発表。 |
9日 | 政府,マスク購買5部制を実施。 |
12日 | セルトリオン,新型コロナウイルス治療薬の開発を発表。 |
13日 | 金融委員会,株式市場での6カ月間の空売り禁止措置を16日から実施と発表。 |
16日 | 韓国銀行,基準金利を1.25%から0.75%へ引き下げることを決定。 |
17日 | 国会,新型コロナ対策のため11兆7000億ウォン規模の補正予算案を可決。 |
19日 | 韓国銀行,アメリカと600億ドル規模の通貨交換(スワップ)協定を締結。 |
22日 | 中央災難安全対策本部,「社会的距離の確保」に関する強化措置を実施。 |
26日 | 未来統合党,選挙対策委員長に金鍾仁・前共に民主党非常対策委員長を任命。 |
26日 | 韓国銀行,全額供給方式による流動性支援制度を4月から導入することを決定。 |
31日 | サムスン電子,テレビ向け大型液晶パネル生産からの撤退を表明。 |
4月 | |
1日 | 在韓米軍,韓国人労働者に対する無給休職を実施。 |
10日 | サムスンバイオロジクス,アメリカの感染症薬開発ベンチャー企業と新型コロナウイルス治療薬の受託生産契約を締結。 |
15日 | 第21代総選挙,実施。共に民主党が180議席を獲得。 |
15日 | 黄教安・未来統合党代表,辞意を表明。 |
16日 | 韓国銀行,証券・保険会社向け「金融安定特別貸出制度」の新設を決定(5月~)。 |
22日 | 元慰安婦の李容洙,総選挙で当選し国政進出を果たす民主党の尹美香を批判。 |
22日 | 政府,40兆ウォン規模の基幹産業安定基金の創設を発表。 |
23日 | 呉巨敦・釜山市長,セクハラを認めて辞任。 |
24日 | 韓国産業銀行,大韓航空とアシアナ航空への金融支援を発表。 |
30日 | 国会,緊急災難支援金給付のため12兆2000億ウォン規模の第2次補正予算案を可決。 |
5月 | |
6日 | 政府,防疫レベルを引き下げ,「生活のなかでの距離の確保」措置を実施。 |
6日 | サムスン電子の李在鎔副会長,経営権の世襲を今後行わないと表明。 |
7日 | 元慰安婦の李容洙,正義記憶連帯など市民団体の資金使途に疑問を提起。 |
13日 | 文大統領,習近平・中国国家主席と電話会談。 |
20日 | 検察,正義記憶連帯の事務室を家宅捜索。 |
27日 | 金鍾仁・未来統合党前選挙対策委員長,非常対策委員長に就任。 |
28日 | 韓国銀行,基準金利を0.75%から0.5%へ引き下げることを決定。 |
29日 | 国防部と在韓米軍,星州の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)基地へ装備を搬入。 |
6月 | |
1日 | 現代重工業など造船大手3社,カタールと液化天然ガス(LNG)運搬船の大型受注契約を締結。 |
2日 | 政府,日本政府による輸出管理強化についてWTO提訴手続きを再開すると表明。 |
4日 | 金与正・朝鮮労働党第1副部長,脱北者団体の非難ビラ散布に不快感を表明。南北軍事合意破棄の可能性に言及。 |
9日 | 北朝鮮,南北間の全通信手段を遮断。 |
10日 | LG化学,液晶パネル向け偏光板事業の中国企業への売却を発表。 |
16日 | 北朝鮮,開城の南北共同連絡事務所を爆破。 |
17日 | SKマテリアルズ,半導体生産に用いられるフッ化水素ガスの量産開始を発表。 |
17日 | 政府,「住宅市場安定のための管理方案」発表。 |
18日 | 秋美愛・法務部長官,韓明淑元首相事件に関する偽証事案について指揮権を発動。 |
18日 | 政府,日本の対韓輸出管理強化に関してWTOに紛争処理パネルの設置を要請。 |
23日 | 現代重工業,造船と海洋プラントの事業部門の統合を発表。 |
23日 | 金正恩・北朝鮮国務委員長,対南軍事行動計画を保留。 |
30日 | 韓国,27カ国による香港国家安全維持法への反対声明への同調を見送る。 |
7月 | |
2日 | 秋美愛・法務部長官,チャンネルA事件について指揮権を発動。 |
2日 | 盧英敏・大統領秘書室長,多住宅所有の大統領秘書官らに対し1軒を除いて処分するよう強く勧告。 |
3日 | 文大統領,国家情報院長,国家安保室長,統一部長官の交替を発表。国家情報院長に朴智元・前民生党国会議員を指名。 |
3日 | 国会,新型コロナウイルス対策で35兆ウォン規模の第3次補正予算案を可決。 |
7日 | 大韓航空,機内食と機内免税品販売の事業売却を発表。 |
9日 | 朴元淳・ソウル市長,失踪(翌10日に死亡確認)。 |
9日 | 政府,「素材・部品・装備2.0戦略」を発表。 |
14日 | 最低賃金委員会,2021年の最低賃金を前年比1.5%増の8720ウォンで議決。 |
14日 | 政府,「韓国版ニューディール」を発表。 |
21日 | ポスコ,浦項製鉄所の第1高炉を2021年に閉鎖すると発表。 |
23日 | 済州航空,イースター航空の買収撤回を発表。 |
29日 | WTO,日本の対韓輸出管理強化に関するパネル設置を決定。 |
30日 | 住宅賃貸借法改正案(賃貸期間4年に延長,家賃引上げ上限5%など),国会通過。 |
8月 | |
1日 | 菅義偉官房長官,徴用工判決と関連し,日本企業の資産が現金化された場合「あらゆる対応策を検討している」と述べる。 |
4日 | 不動産3法(多住宅保有・短期転売への税重課など),国会通過。 |
4日 | 日本製鉄に対する差押命令決定の効力発生。 |
7日 | 盧英敏・大統領秘書室長と首席秘書官5人が辞意を表明。 |
7日 | 大韓研修医協議会,政府の医科大学定員拡大計画に反対し,時限ストに突入。 |
10日 | 文大統領,首席秘書官3人を交代。 |
13日 | 検察,正義記憶連帯の不正経理に関連して尹美香議員を取り調べ。 |
16日 | 政府,首都圏の防疫レベルを第2段階に引き上げ。 |
18日 | 下半期の韓米合同軍事演習,開始(~28日)。 |
22日 | 徐薫・国家安保室長,釜山で楊潔篪・中国共産党外交担当政治局員と会談。 |
23日 | 政府,防疫レベル第2段階を全国に拡大。 |
29日 | 共に民主党,代表に李洛淵・前首相を選出。 |
30日 | 政府,首都圏の防疫レベルを2.5段階に引き上げ。 |
9月 | |
1日 | 検察,サムスン電子の李在鎔副会長ら11人を株価の不正操作や業務上背任などの容疑で在宅起訴。 |
2日 | 未来統合党,「国民の力」党に改称。 |
3日 | 政府,国民参与型ニューディールファンドの創設を発表。 |
11日 | アシアナ航空,自社の売却計画の撤回を発表。 |
12日 | 政府,疾病管理本部を昇格させ,疾病管理庁を発足。 |
14日 | 検察,業務上横領などの容疑で尹美香議員を起訴。 |
17日 | LG化学,電池事業の分社化を発表。 |
21日 | 現代自動車,基本給の据え置きで労組と暫定合意。 |
22日 | 文大統領,国連総会演説で朝鮮戦争の終戦宣言を提案。 |
22日 | 国会,新型コロナ対策で7兆8000億ウォン規模の第4次補正予算案を可決。 |
22日 | 北朝鮮,延坪島沖の海上で韓国政府職員を射殺,遺体を焼却。 |
25日 | 金正恩・朝鮮労働党委員長,韓国政府職員射殺を謝罪。 |
10月 | |
7日 | 防弾少年団(BTS),バン・フリート賞受賞の感想で朝鮮戦争と関連して「両国(韓米)の多くの犠牲を永遠に記憶するだろう」と発言。 |
12日 | 政府,全国の防疫レベルを第1段階に引き下げ。 |
14日 | 現代自動車グループ,鄭義宣首席副会長を会長に選任。 |
14日 | 第52回韓米安保協議会(SCM),開催。 |
19日 | 秋美愛・法務部長官,ライム資産運用事件について指揮権を発動。 |
20日 | SKハイニックス,アメリカ・インテル社のNAND型フラッシュメモリー事業の買収を発表。 |
21日 | 菅義偉首相,「日本企業の資産現金化は絶対に避けなければならない」と発言。 |
21日 | 南官杓駐日大使,THAAD配備をめぐる韓中間の「三不協議」が約束でも合意でもないと発言。 |
21日 | ポンペオ米国務長官,文大統領の終戦宣言に関連し,「非核化に対するアメリカのやり方はまったく変化がない」と述べる。 |
22日 | 韓国銀行,中国との通貨スワップ協定を延長し,590億ドル規模で再締結。 |
25日 | サムスン電子の李健熙会長,死去。 |
11月 | |
5日 | 国家安全保障会議,バイデン米新政権への対処方針を議論。 |
8日 | 康京和外交部長官,訪米。 |
10日 | 朴智元・国家情報院長,東京で菅首相と会談。 |
11日 | 文大統領,バイデン米次期大統領と電話で会談。 |
11日 | ソウル中央地裁で慰安婦損害賠償訴訟の第1審最終弁論が行われる。 |
15日 | 政府,地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に署名。 |
16日 | 大韓航空,アシアナ航空の買収を発表。 |
16日 | 共に民主党・朝鮮半島タスクフォース議員団,訪米。 |
18日 | 米下院,韓米同盟強化決議案を可決。 |
23日 | サムスン重工業,総額25億ドル規模のLNG船舶建造や機材供給契約を受注。 |
24日 | 政府,首都圏の防疫レベルを第2段階に引き上げ。 |
24日 | 秋美愛・法務部長官,尹錫悦・検察総長の職務執行停止を命令。 |
26日 | 文大統領,ソウルで王毅・中国外相と会談。 |
12月 | |
2日 | 国会,2021年度予算案を可決。 |
7日 | 政府,「2050カーボンニュートラル」推進戦略を発表。 |
8日 | 政府,首都圏の防疫レベルを2.5段階,首都圏以外の地域を第2段階にそれぞれ引き上げ。 |
9日 | 企業規制3法(商法・公正取引法・金融グループ監督法)改正案,国会通過。 |
10日 | 公捜処設置法改正案,国会通過。 |
11日 | 現代自動車グループ,アメリカのロボット開発ベンチャー・ボストンダイナミクス社の買収を発表。 |
13日 | 国家情報院法改正案,国会通過。 |
14日 | 南北関係発展法改正案(対北ビラ散布の禁止),国会通過。 |
16日 | 文大統領,尹錫悦・検察総長の2カ月停職を裁可。 |
16日 | 秋美愛・法務部長官,辞意を表明(事実上の更迭)。 |
21日 | 双竜自動車,会社更生手続きにあたる法定管理を申請。 |
23日 | LG電子,カナダの自動車部品大手とEV向け部品生産で合弁会社の設立を発表。 |
23日 | 政府,「全国民雇用保険ロードマップ」を発表。 |
24日 | ソウル行政裁判所,尹錫悦・検察総長に対する停職処分の停止を認容。 |
29日 | 三菱重工業に対する差押命令決定の効力発生。 |
30日 | 盧英敏・大統領秘書室長,金尚祖・政策室長,金宗浩・民情担当首席秘書官,辞意を表明。 |
(注)*個人破産や企業倒産,民事再生などを専門的に扱う司法機関。
(出所)大統領府ウェブサイト(http://www.president.go.kr)などから筆者作成。
(注)1)求職期間4週基準の数値。2)終値の平均値。
(出所)韓国統計庁 国家統計ポータル(http://kosis.kr)。
(出所)表1に同じ。
(出所)表1に同じ。
(注)受理日基準の数値。1)2020年のEUにはイギリスは含まれる。
(出所)韓国貿易協会ウェブサイト(http://www.kita.net)。
(注)IMF国際収支マニュアル第6版に基づく。金融勘定と資本移転等収支の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。1)各勘定の数値は純資産ベースでの増減を表す。
(出所)表1に同じ。
(出所)韓国企画財政部ウェブサイト(http://www.mosf.go.kr)。