アジア動向年報
Online ISSN : 2434-0847
Print ISSN : 0915-1109
各国・地域の動向
2020年のフィリピン 強権的統治を強めるドゥテルテ政権と新型コロナウイルス対策
渡辺 綾(わたなべ あや)
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2021 年 2021 巻 p. 287-314

詳細

2020年のフィリピン

概 況

2020年のフィリピンは,新型コロナウイルスの感染抑制に苦慮した。政府は,3月中旬から新型コロナウイルスへの対策を矢継ぎ早に打ち出した。厳格な隔離措置を実施することで感染拡大を抑えようとしたが,5月以降に隔離措置の段階が引き下げられると,感染者は増加し8月にはピークを迎えた。感染抑制の切り札といえるワクチンについては,2020年末において十分な量を確保する目途は立っていない。

政治面では,ドゥテルテ政権による強権的な統治手法が際立った。ドゥテルテ大統領の批判の的となってきた最大手メディアABS-CBNは,テレビとラジオの無料放送の停止に追い込まれた。また,政権の強硬的な麻薬取り締まりに批判的なインターネット・メディア「ラップラー」のトップで2019年に逮捕されたマリア・レッサには,マニラ地裁により有罪判決が下された。さらに,反テロ法の成立によりドゥテルテ政権に批判的な勢力へのけん制が強まっている。

経済面では,コロナウイルスの感染拡大と厳しい隔離措置の影響が第2四半期以降顕著に表れ,実質国内総生産(GDP)成長率は統計史上,最低水準の落ち込みとなった。景気が失速するなか,政府にとってコロナ対策の財源確保が最大の課題であった。中央銀行は政策金利の引き下げや国債の買い入れで経済の下支えを図った。

外交面では,対立を深めるアメリカと中国の間で難しいかじ取りを迫られた。中国に宥和的姿勢をとってきたドゥテルテ大統領であったが,中国からの経済支援が滞るなか,距離を置く兆候がみられた。しかし,コロナワクチンの確保が難航しており,ワクチン確保で中国への依存が高まれば再び宥和的姿勢をとる可能性もある。対米関係では,軍事同盟の要諦である「訪問米軍に関する地位協定」を破棄する動きがあったが,破棄保留を繰り返し,再交渉の姿勢をみせている。

国内政治

新型コロナウイルス感染抑制のための隔離措置の実施

フィリピンでは2月1日に新型コロナウイルスによる初の死者が確認された。国内で確認された感染者は十数人であったが,大統領は3月8日にフィリピン全土を対象に公衆衛生の非常事態宣言を発出し,その1週間後にはマニラ首都圏を対象とした隔離措置を発令した。しかし,隣接地域から首都圏への通勤者が多く,地域間の人の移動を制限するには効果が限定的であるため,その翌日にはルソン島全土を対象とした広域隔離措置にロックダウンの段階を引き上げた。

5月1日以降,感染者数が少ない地域を対象に隔離措置の段階が引き下げられた。マニラ首都圏は6月1日に引き下げが行われるまで,約2カ月半にわたって人々の移動や企業活動を厳しく制限する隔離措置が実施された。フィリピン国内の感染者数の半数弱を占める同地域は,2020年をとおして緩やかな隔離措置下に置かれ,1年を終えることとなった。

フィリピンの隔離措置の段階は広域隔離措置(ECQ),緩和された広域隔離措置(MECQ),一般的隔離措置(GCQ),緩和された一般的隔離措置(MGCQ)の4つに分けられる。ECQとMECQでは規制の対象となるビジネス活動や移動制限の違いはあるものの,人々の外出や自治体間の移動は厳しく制限され,外出は食料品や生活必需品の買い出しに限られる。また,学校は休校となり,公共交通機関は原則停止される。GCQでは,若年層と高齢者を除き,人々の外出が可能となるが,観光などのレジャーを目的とした移動は制限される。また,フィットネスジムなどのスポーツ施設,映画館,カラオケ店などの娯楽施設も営業禁止となる。もっとも活動制限が緩やかなMGCQでは,人々の移動制限は解除され,サービス業などは集客人数の上限を設けたうえで営業が許可される。

厳格な隔離措置の実施による人々への影響は大きかった。体系的な経済への影響は「経済」の項で詳述するが,ECQが発令された数日後には,フィリピン経済区庁は隔離措置によりルソン島全体で約700の工場が操業を停止しており,その従業員の多くが補償なしでの休職状態にあるとした。また,フィリピン商工会議所を含む32の経済・業界団体は,何百万もの失業者の発生は社会的不安定を生み出す可能性があるとし,政府にそのような人々への経済的支援を要請した。4月1日には,低所得者層が多く暮らすケソン市のサンロケで食料などの支援を求める抗議活動が発生し,21人が逮捕された。その夜にドゥテルテ大統領はテレビ演説を行い,政府の命令に従わず社会秩序を乱す者は射殺する,そのように国軍や国家警察に命じたと語った。また,都市貧困層組織カダマイを社会に混乱を起こす厄介者だと断じたうえで,政府に挑戦するなと警告した。その翌日にエドゥアルド・アニョ内務自治長官は,抗議に参加した人々は隔離措置下で違法な集会を行っており,左派系団体が主導したとした。抗議活動の参加者に情けをかけないとも語った。

このようなドゥテルテ政権の強硬な反応は違法薬物取り締まりへの対応と似ている。大統領は,厳格な隔離措置を実施することによって人々の行動を制限し,秩序を保つことで新型コロナウイルスとの闘いを乗り切ろうとしたようである。

バヤニハン法を通したコロナウイルス対策

ドゥテルテ政権は,「バヤニハン法」を3月24日に成立させ,新型コロナウイルスへの対応を実施した。同法は,新型コロナウイルスの感染抑制に機動的に対応するために大統領に広範な権限を付与している。たとえば,大統領は議会の承認なしに未使用の予算を組み替えられる。また,民間の医療機関や交通機関などの運営を一時的にコントロールし,新型コロナ患者の隔離施設に転用したり,医療従事者などに宿泊施設や移動手段を提供する。政府の政策や命令に従わない者は2カ月の懲役もしくは1万ペソ以上100万ペソ以下の罰金,またはその両方が科せられる。バヤニハン法は3カ月の時限措置立法だったため9月11日にバヤニハン法第2弾が成立した。

ドゥテルテ政権の経済支援策は,低所得層,中小零細企業の労働者層,中間層向けなどに大別される。低所得者層向けの支援策は,現金給付プログラムである。これはECQが実施された地域の人々が対象となり,居住地域の物価に応じて5000~8000ペソが2カ月にわたり給付される。当初,政府は2015年の国勢調査を基に対象世帯を1800万と算出していたが,その後試算を修正し,500万世帯を追加した。

労働者への支援政策は,中小企業従業員への賃金補助である。ECQの適用により事業の停止もしくは事業活動の縮小を余儀なくされた中小企業が対象となり,従業員の雇用維持を目的として雇用者が同プログラムに申請する。地域の最低賃金に応じて,従業員1人あたり5000~8000ペソが2カ間給付され,従業員の給与が支払われる。

中間層以上への政策は,金融機関などからの借入金の返済繰延措置である。これは原則ECQの発令期間中に適用され,延長される返済期間への利息や罰金などの上乗せを禁止している。ECQが適用されていない地域も含めて全国的に実施される。

そのほかには,医療業界への支援,海外就労者への200ドルの現金給付,隔離措置で授業の停止を余儀なくされた学校や生徒への支援,農業従事者への経済的支援などが実施された。

メディアへのけん制

ドゥテルテ政権に批判的な勢力へのけん制は依然続いている。その対象となったのが国内最大手の民営放送局ABS-CBNである。ドゥテルテ大統領は,2016年の選挙キャンペーン時に自身の選挙広告を放映せずに批判的な宣伝を行ったとして同社を繰り返し非難してきた。さらに,2020年5月に放送権が失効するABS-CBNに対して,更新手続きへの否定的見解を示し,事業を売却するようにとまで述べた。

大統領のABS-CBNへの批判を反映して,放送権更新を審議する議会の動きは鈍かった。下院では関連法案がすでに10本以上提出されていたが,すべての審議日程が未定となっていた。その理由について,アラン・ピーター・カエタノ下院議長は,法案が提出されているかぎり放送権の暫定的な更新が可能であり急を要さないからだとした。

反応の鈍い議会は,放送事業を管轄する国家通信委員会にABS-CBNへ暫定的な放送権を付与するよう求めた。3月には,同委員会のガマリエル・コルドバ委員長は暫定的な放送権を付与する姿勢をみせた。これに対して,ホセ・カリダ検事総長は,放送事業者への放送権の付与は議会にのみ与えられた立法権であり,暫定的であっても国家通信委員会による付与は反汚職・腐敗防止法に抵触するとして,同委員会を起訴する可能性に言及した。カリダ検事総長が声明を出した翌々日の5月5日に国家通信委員会は,事業免許が失効したABS-CBNに放送事業を停止するよう命令を出した。これにより,同社はテレビ・ラジオの無料放送の停止を余儀なくされ,5月7日に国家通信委員会による放送停止命令の一時差し止めを求めて最高裁に提訴した。最高裁は,一時差し止め命令を出す代わりに,国家通信委員会と議会にABS-CBNの提訴の内容に対するコメントを10日以内に出すように命じた。

国家放送委員会による放送停止の発令後,下院ではABS-CBNへの5カ月間の暫定的な放送権の付与に関する法案6732号が提出され,審議が始められた。法案の発議者であるカエタノ下院議長は,10月末まで暫定的な放送権をABS-CBNに付与し,その間に正式な更新に関する審議を行うとした。法案6732号は第二読会で可決されたが,その後,カエタノ下院議長は,同法案を取り下げ,代わりに25年間の放送権の付与に関する審議を行うことを発表した。

5月26日にABS-CBNの放送権の正式な更新に関する法案の審議が開始された。審議は「議会許認可委員会」と「良い統治と国民のための説明責任に関する委員会」から成る合同委員会で行われ,13回にわたり1カ月以上続いた。7月10日に「議会許認可委員会」は70対11で法案を否決した。これにより,インターネット・メディアや有料放送などを除き,ABS-CBNは事業の柱であるテレビとラジオによる無料放送の継続が困難となった。2020年末には,一部の議員により同社への放送権付与に関する法案を再び取り上げる動きも出ている。しかし,大統領の影響力が強い下院において,ドゥテルテ大統領の任期中にABS-CBNへの放送権付与に関する法案が通過するかどうかは不透明である。

また,インターネット・メディア「ラップラー」もけん制の対象となった。ラップラーは,ドゥテルテ大統領による超法規的な麻薬取り締まりを批判する報道を行っており,大統領から非難の的となってきた。そのような背景のなか,同社が2012年に掲載した元最高裁判事レナト・コロナと実業家ウィルフレド・ケングの癒着疑惑に関する記事が「サイバー名誉棄損罪」にあたるとして,マリア・レッサCEOが2019年2月に逮捕された。レッサは,捜査機関の動きを政治的圧力だと反発したが,サルバドール・パネロ大統領スポークスパーソン(当時)は,今回の逮捕は政府とは関係ないとした。2020年6月にマニラ地裁は,レッサと問題となっている記事を担当したラップラーの元記者レイナルド・サントスJr.に6年以下の懲役刑を言い渡した。両者は判決を不服とし,マニラ地裁に再審を申し立てた。また,マカティ市の地方検察もケングの告訴に基づいてサイバー名誉棄損の容疑で起訴する動きをみせている。

政府に批判的なメディアへの圧力が強まるなか,世論操作が目的とみられるインターネット上の偽アカウントの存在が発覚した。9月,ソーシャル・ネットワーキング・サービス大手のFacebookは,情報操作を通した政治介入が目的とみられる100以上の偽アカウントを停止したと発表した。その多くは中国福建省を発信源とし,ドゥテルテ大統領や2022年の大統領選への出馬が取り沙汰されている娘のサラを擁護するものであった。また,大統領に批判的なメディア(ラップラーなど)を攻撃するものも含まれていた。さらに,中国政府にとって関心の高い,南シナ海や香港についての書き込みもあった。これらのアカウントが誰によって作られたのかは明らかとなっていない。

政権の意向に沿わないメディアへの圧力は,報道の自由を脅かす。メディアが社会や政府の問題点を明らかにし国民に知らせることは,国民が必要な知識に基づいて多様な意見を形成し,政治参加することを促す。しかし,政府に都合の悪い報道をするメディアが厳しく取り締まられるのならば,権力への監視機能が著しく損なわれるだけでなく,多様な意見に基づく政策決定の機会が失われ,ドゥテルテ政権による強権的統治に拍車がかかることが懸念される。

反テロ法の成立

7月3日に大統領の署名により「反テロ法」(共和国法11479号)が成立した。これは,2007年に制定された「人間の安全保障法」(共和国法9372号)を改正し置き換えたものである。主な変更点は,(1)「テロ行為」に該当する活動の対象拡大,(2)テロリスト,テロ行為を支援しているとみられる人々の逮捕命令を出せる反テロ評議会の設立,(3)容疑者勾留期間の3日間から24日間への延長,(4)無罪放免された場合の被疑者への補償規定(勾留1日当たり50万ペソの補償金の支払い)の撤廃の4点ある。

「反テロ法」は国内外から懸念が示され,下院が反テロ法案を可決した翌日に,ケソン市のフィリピン大学で大規模な抗議デモが実施された。とくに以下の2点が懸念されている。(1)「テロ行為」とみなされ刑罰の対象となる範囲が拡大したことにより,反政府活動や暴力行為への関与だけでなく,社会を不安定化させるとみなされる行為も処罰の対象となること,(2)反テロ評議会が関連省庁の長官などにより構成されるため,政権に批判的な人物への不当な取り締まりを可能にするとともに,言論の自由を脅かし,反対勢力を抑えこむ手段として悪用される可能性があること,である。また,誤認逮捕の場合の被疑者補償規定の撤廃により,「麻薬撲滅戦争」の大義のもとで横行する警察による超法規的な暴力行使・取り締まりに拍車がかかり,さらなる人権侵害が危惧されている。

こうした批判に対して,発議者の1人で元国家警察長官のパンフィロ・ラクソン上院議員や国軍は反テロ法の重要性を訴えた。ラクソン上院議員は,「人間の安全保障法」の下では,警察などの捜査機関が被疑者の逮捕を回避する傾向にあった。また,テロ組織に指定されていたのがアブ・サヤフにとどまるため,テロを未然に防ぐ効果が小さいとした。2019年に発生したスルー州ホロの教会での爆破事件など,近年頻発するテロ事件を抑制するためにも実効性のある法整備の必要性を訴えた。また,ギルバート・ガペイ国軍統合参謀本部議長は,テロ組織に該当する武装勢力として共産主義勢力の新人民軍を挙げ,新法は50年にわたる共産主義系武装勢力との戦闘に終止符を打つうえで大きな一助となるとした。一方で,政府による権限濫用を抑制する条項は整っているとし,新人民軍の支持者であっても武装勢力の活動への関与がなければ処罰の対象にならないとの見解を示した。ガペイの発言から,長年にわたり共産主義系武装勢力と対峙してきた国軍のねらいは,反テロ法により同勢力への包囲網を強め,彼らによる反乱に終止符を打つことにあると読み取れる。

しかし,実際には,フィリピン共産党やその軍事部門である新人民軍,フロント組織である民族民主戦線といった共産党系の武装勢力だけでなく,政府はジャーナリストや活動家団体などを「共産主義者」と断じて,圧力を強めている。「共産党系反政府勢力の反乱を鎮圧するための国家タスクフォース」(NTF-ELCAC)のスポークスパーソンであるアントニオ・パーレード中将は,女性の権利擁護を訴える女優のリサ・ソベラノやモデルのカトリオナ・グレイを名指しで批判し,女性の権利促進を標榜する政党「ガブリエラ」と関係を絶たないと命が危ないという書き込みをソーシャル・メディアに載せた。11月末に,国軍と新人民軍の戦闘により死亡した女性の死体の横で,国軍兵士が戦果を誇るかのようなポーズを取った写真がインターネットで出回ると,国内で批判の声が上がった。それに対して,ドゥテルテ大統領は,死亡した女性の母親が所属する比例代表制政党「バヤンムナ」やその他の左派系政党を激しく非難し,所属議員に嫌悪感を表した。また,上記で触れたパーレード中将の一連の言動を擁護する見解を示した。NTF-ELCACのトップで国家安全保障顧問であるヘルモヘネス・エスペロンは,左派系政党はフィリピン共産党や新人民軍と繋がりがあり政党資格を満たしていないとして,選挙委員会にそれらの政党資格を問う申し立てを行う可能性に言及した。

国軍中将の言動やドゥテルテ大統領の発言に対して批判の声が上がっており,デルフィン・ロレンザーナ国防長官やヘルミニオ・ロペス・ロケ大統領スポークスパーソンは,彼らの発言を訂正する見解を示している。また,司法関係者,学識者,少数民族グループ,人権活動家などのさまざまな団体から反テロ法の施行停止や修正を求める訴えが40件ほど最高裁に提起されている。最高裁は2021年2月に口頭弁論の期日を設定し,反テロ法の合憲性に関する審議を開始する。

反テロ法成立後の政府の対応から,ドゥテルテ政権は,政府への批判者を「共産主義者」と呼び,彼らを弾圧する動きを強めたことがわかる。政府にとって,共産主義系武装勢力の反乱をいかに終わらせるかは積年の政策課題であった。しかし,反テロ法の成立が政府と異なる意見をもつ人々を犯罪者・テロリストに仕立て上げ,逮捕する,またときには殺害する法的手段として利用されるならば,政府に異議申し立てを行う市民的自由が著しく制限され,フィリピンの民主主義のあり方に大きく影響するといえる。

政府系機関の汚職スキャンダル

政府系機関による汚職スキャンダルは後を絶たない。国民健康保険を提供するフィリピン健康保険公社(フィルヘルス)の幹部による汚職疑惑が発覚した。同公社の反汚職担当法務官であるトーソン・モンテス・キースの辞任を発端に,本格的に調査が開始された。キースは,フィルヘルス内で汚職が蔓延していると断じたうえで,辞任の理由として幹部・職員への内部調査開始後に給与支払いの遅れがあったこと,また,公正性に欠ける昇進制度を挙げている。これを受けて,大統領は,メナルド・ゲバラ司法長官をトップに据えて,司法省,国家捜査局,会計検査委員会,反資金洗浄評議会から成る省庁間調査チームを立ち上げて,フィルへルス内部の調査を命じた。さらに,議会はフィルヘルスの汚職疑惑に関する調査委員会を立ち上げた。

フィルヘルスの不正疑惑は次々に明らかとなった。まず,取り沙汰されたのが,情報通信技術整備にかかる予算の水増し疑惑である。購入予定製品・システムの価格が一般的な価格よりも高額な価格で記載されており,一部の製品は市場価格の何十倍にもなっていた。また,当初購入予定になかった製品も計上されており,20億ペソもの予算が充てられていることが明らかとなった。

次に取り沙汰されたのが「診療報酬の仮払いプログラム」である。これは天災や戦争の発生など緊急対応が必要な場合に迅速な診療報酬の支払いを可能とするプログラムで,診療報酬確定前に請求があった医療機関に報酬の支払いができる。新型コロナウイルスの感染拡大により,フィルヘルスはこのプログラムに300億ペソの予算を計上し医療機関への支援を行った。しかし,感染者の受け入れは少ないものの,一部のフィルヘルス役員と繋がりが深いとみられる医療機関に偏重して資金の拠出があったことが明るみとなり,資金不正流用の疑惑が浮上した。

不正が次々と明らかになるなかで,政府は不正にかかわったとみられる幹部に懲戒処分を下した。国家捜査局は,診療報酬の仮払いプログラムの不正流用容疑で9人のフィルヘルス幹部を10月2日にオンブズマンに告訴した。また,新たにフィルヘルス総裁兼CEOに就任した前国家捜査局局長ダンテ・ギエランは43人の幹部を事実上懲戒免職し,同社の組織体質の変革を断行する姿勢をみせた。

出入国管理局による不正疑惑も明らかになった。これは,一部の職員が賄賂を受け取る代わりに中国国籍の人々を不正入国させていた問題である。賄賂がフィリピンの菓子「パスティリャス」の包装紙に包まれていたことから「パスティリャス贈収賄」と呼ばれている。それらの中国人の多くは中国国内向けのオンラインゲーム事業に従事する目的で渡航している。同事業の従事者を客とする売春の増加,それにかかわる人身売買なども社会問題化している。国家捜査局は,不正入国を手引きしたとみられる入国管理局の職員105人をオンブズマンに告訴した。

政府内や国内で問題が発生するたびに,ドゥテルテ大統領はタスクフォースを発足させて,問題の解明・対応にあたらせている。新聞報道ではすでに15ものタスクフォースが設置されているとの指摘もある。問題に即座に対応する姿勢をみせるドゥテルテのリーダーシップは国民から高い支持を得ているものの,その効果は限定的といえる。

下院議長の交代をめぐる政治的駆け引き

2019年議会選挙後,有力者間の取り決めにより,2020年10~11月頃に下院議長がカエタノ議員からロード・アラン・ベラスコ議員に交代することとなっていた(詳細は『アジア動向年報2020』,「フィリピン」の章を参照)。しかし,2021年度予算法案の審議で,一部の下院議員から公共事業費の選挙区間への不平等な支出が指摘されると,カエタノ下院議長が議長職の交代を拒否する姿勢をみせ,予算審議が空転する危機が発生した。

下院議長の交代をめぐる混乱は,9月17日に実施された2021年度予算法案の審議で,一部の議員がカエタノ議長や彼に近い議員の選挙区に公表事業費の割り当てが偏重していると疑義を呈したことに端を発する。アルノルフォ・テベス議員は,彼の選挙区であるネグロス・オリエンタルに配分される公共事業費が20億ペソであるのに対し,カエタノ下院議長とルイス・レイモンド・ビリャフエルテ副議長の選出地区であるタギッグ市とカマリネス・スル州にそれぞれ80億ペソと110億ペソが配分されることを指摘した。これに対して,ビリャフエルテは,2021年度の予算法案の迅速な成立を目指すカエタノ下院議長のリーダーシップに対するベラスコ議員の陣営による妨害行為だと反発した。さらに,ドゥテルテ大統領の息子であるパオロ・ドゥテルテ下院議員が翌週の議会でカエタノ下院議長と22人の副議長の解任を求める決議案の提出に言及すると,カエタノは9月21日の審議を中断させた。

9月30日の下院での審議では,カエタノ下院議長は予算法案の審議を中断し下院議長の職を辞することを提案したが,300人中184人の議員から反対があったとして職に留まることを主張した。10月6日には,カエタノは会期がまだ10日ほど残っている下院を11月16日まで休会することを表明し,下院議長の交代時期を先延ばしする動きに出た。通常,8~12月は翌年度の予算法案の審議が行われる重要な時期であるが,カエタノ下院議長は下院での審議に代わり,彼に近い13人の下院議員から成る委員会により予算法案の審議を行い,法案を成立させる構えをみせた。

ドゥテルテ大統領は,一連の下院での騒動に対して,カエタノやベラスコを含む一部の議員と度々協議は行っていたものの,下院議長の選出や交代は下院の専権事項であるとして,静観する姿勢をみせていた。しかし,カエタノ下院議長が11月中旬まで議会を中断させる動きに出ると,10月9日に宣言1027号を発令し,10月13~16日に特別議会を招集させた。大統領は,新型コロナウイルスと闘うためにも2020年内に次年度の予算を成立させるべきだとして,下院に早期の予算法案の可決を求めた。ドゥテルテ大統領の介入により,10月13日にベラスコ議員が下院議長に選出され,下院議長交代をめぐる騒動の幕引きをみた。

カエタノが自身のリーダーシップの下での予算通過に固執したことから,予算配分のコントロールにこだわったことがうかがえる。2022年に選挙を控える下院議員にとって,2021年は自身の支持基盤を固めるために非常に重要な年である。その大半が小選挙区制で選出される下院議員は,公共事業への支出など利益誘導を行い,地元票を集めてきた。下院にとって,公共事業費の確保は議員の座を維持するためには決定的に重要となる。

とはいえ,公共事業費の支出に必要な予算執行の権限をもつのは大統領である。そのため,多くの下院議員は予算を確保するために,大統領選挙のたびに大統領陣営に鞍替えし,大統領による多数派形成を支えてきた。しかし,下院議長の交代をめぐる混乱から,大統領陣営が必ずしも一枚岩でないことがわかる。今後,2022年の選挙を見据えて議員間の合従連衡がより活発になると思われる。

経 済

経済成長率はマイナス9.5%

2020年のGDP成長率はマイナス9.5%で,東南アジアで最も悪く,また,1946年以降最低水準となった。実質GDP成長率の数値を四半期別,支出別にみると,1年を通してプラス成長を維持したのは政府消費支出のみであった。一方,GDPの7割以上を占め,堅調に推移してきた個人消費支出をはじめ,建設投資や設備投資などを反映する総資本形成も大きく落ち込んだ(図1)。とくに,第2四半期の落ち込み幅が大きく,3~5月に実施された広域隔離措置の影響が如実に表れたことがわかる。海外就労者の送金が反映される海外純要素所得はマイナス27.3%と大きく落ち込み,実質国民総所得(GNI)成長率はマイナス11.1%であった。

図1 支出別実質GDP成長率の推移

(出所)フィリピン統計庁の国民所得統計より作成。

隔離措置による経済活動の制限は産業別にその影響が異なる。公務,情報通信業,金融・保険業はプラス成長だったが,宿泊・飲食業は通年で44.7%減と落ち込み幅が大きい。また,運輸・倉庫業が31.2%減,建設業が26.0%減,製造業が19.9%減で,経済活動の規制・停滞の影響が大きかったといえる。

経済活動の制限による影響は労働市場にも表れた。隔離措置が実施される前の2020年1月の失業率は5.3%で平年とほぼ同水準であったが,同年4月は17.6%,7月は10.0%,10月は8.7%であった。3~5月に経済活動を厳しく制限した隔離措置の影響が4月の失業率の高さに顕著に表れ,その後は少しずつ回復傾向にあることがわかる。図2は産業別の就業者変化率を表しており,それぞれの棒グラフは前年同月比の増減率を示している。前年と比べて,全体的に就業者数が減っているものの,就業者数が増えている産業も見受けられる。たとえば,生活の維持に欠かせない農林水産業や電気・ガス・水道業は7月や10月にはプラスに転じている。また,始業が10月にずれ込んだ教育業界は10月に改善している。そして,新型コロナウイルスの感染抑制に欠かせない保健衛生・社会事業も7月以降プラスに転じている。逆に,4月に激しく落ち込み,その後も回復が弱いのは,宿泊・飲食業,運輸・倉庫業,建設業などである。上述した落ち込み幅が大きい産業と重なり,外食の規制や人々の往来の制限が観光業や外食産業,物流業などに打撃を与えたことがわかる。

図2 産業別の就業者変化率(前年同月比)

(出所)フィリピン統計庁の労働力調査より作成。

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大は,海外就労者にも影響した。就労先で仕事を失ったり,新型コロナに感染する人が続出し,2020年末で約40万人がフィリピンへ帰国した。しかし,海外からの送金額は当初の予想ほどは落ちこまなかった。在外フィリピン人からの現金送金額は,299億300万ドルで前年比マイナス0.8%であった。新型コロナウイルスの急拡大により世界各国が経済活動を厳しく制限した4月,5月には,それぞれ前年同月比16.2%減と19.3%減まで落ち込んだが,それ以降持ち直した。減少幅は当初の予想よりも小さかったものの,伸び率は過去20年で最低水準となった。

財貿易は,輸入額が前年比23.3%減の856億ドル,輸出額が同10.1%減の637億ドルで,輸入額の方が大きく減少した。ほぼすべての輸入品が前年と比べて減少しているが,とくに石油や石炭などの化石燃料が44.6%減と減少幅が大きく,経済活動の縮小が顕著に反映したといえる。輸出は,過半を占める電子製品が7.6%減で,一部の農産物や繊維製品を除いて,ほぼすべての項目で減少した。

新型コロナウイルスの感染拡大は前出の貿易をはじめ,対外勘定に変化をもたらした。経常収支は,5年ぶりに黒字に転じ,130億ドルであった。経済停滞による輸入の減少とそれに伴う貿易赤字の縮小に加え,先に触れた海外就労者からの送金が持ちこたえたことが黒字転換に大きく寄与した。海外直接投資(FDI)の流入額は,前年比24.6%減の65億ドルであった。新型コロナ禍で世界的にサプライチェーンが縮小し,経済の先行きが不透明であることがFDI減少の主要因として指摘されている。一方で,新型コロナウイルス支援対策などを目的とした多額の援助資金が流入し,総合収支は前年比104%増の160億ドルであった。その結果,外貨準備高(GIR)が過去最高の1101億ドルに達した。これは,輸入額の11.7カ月分,短期性対外債務の9.6倍に相当し,この水準は,外生的な経済ショックに備えるうえで十分すぎるほどの外貨を確保したといえる。

消費者物価指数の上昇率は,1年を通して2~3%台で推移し,年平均では2.6%と政府目標2~4%に収まった。11月には3.3%,12月には3.5%と上昇傾向であったが,フィリピン中央銀行はこの主要因として10~11月にかけて相次いだ台風の影響や交通機関の運賃の上昇を指摘しており,中長期的な影響は小さいとの見解を示した。

利下げを進める

国内外で新型コロナウイルスの感染が拡大するなか,フィリピン中央銀行は政策金利である翌日物借入金利(RRPレート)を2月,3月,4月,6月,11月の5回にわたり引き下げて,年初に4.0%であった同金利を2.0%に設定した。また,預金準備率の引き下げも実施した。商業銀行とユニバーサル銀行(拡大商業銀行)の預金準備率を2ポイント引き下げ12%に,貯蓄銀行と地方銀行・協同組合銀行の預金準備率を1ポイント引き下げ,それぞれ3%と2%にした。中央銀行は,インフレ率が安定的に推移するなかで,政策金利や銀行の預金準備率の引き下げにより,企業の資金調達を金融面から下支えし,金融・資本市場の活性化と経済活動の回復を後押しする必要があると説明した。

バヤニハン法の予算配分と政府による予算確保

予算行政管理省によると,3月に成立したバヤニハン法で執行された予算の総額は,3861億ペソである。その約半分にあたる約1758億ペソが低所得者層への経済支援に充てられており,また,中小企業従業員への賃金助成金のプログラムが500億ペソ以上を占め,支出の主な目的が新型コロナウイルスの感染拡大や隔離措置に影響を受けた人々への社会保障・経済支援にあることがわかる。

一方,9月に成立したバヤニハン法第2弾では,医療業界への支援と経済活動回復の後押しに重点が置かれた。予算総額は一般歳出が約1400億ペソ,予備費が255億ペソである。一般歳出の約15%が保健省に配分され,医療従事者への慰労金,医療従事者向けの交通手段・宿泊施設の確保,医療用防護服の購入などに充てられる。また,30%弱が中小企業などに融資を行う中小企業金融会社や企業の債務保証を行うフィリピン信用保証公社などの政府系金融機関への資本注入に充てられ,金融システムに流動性を注入して経済活動を下支えすることを意図している。3月に成立したバヤニハン法で実施された社会階層別の経済支援も継続されるものの,その割合は予算の10%程度である。

バヤニハン法では,新型コロナウイルス対策の財源を確保するため,大統領に,政府機関に配分済みで未執行の予算を組み替える権限を付与している。また,災害などの有事に人々の救済と援助を任務とする国家災害対策協議会が管理する緊急支援基金の充当額の上限を引き上げるなどして,予算の確保に努めた。その結果,バヤニハン法の財源の多くを2020年度予算の組み替えによって確保した。

中央銀行や国際機関なども政府の新型コロナウイルス対策を支援した。中央銀行は,3月に3000億ペソの短期国債を買い入れた。10月には政府の要請を受けて,ゼロ金利での5400億ペソの財政融資を行った。また財務省のレポートによると新型コロナウイルス対策の財源確保を目的として,政府は4回にわたり外貨建て国債を発行し,総額4億1000万ドルを調達した。さらに,アジア開発銀行,世界銀行,日本政府などから合計で約83億ドルの融資を受けた。

新型コロナウイルス対策のために機動的な財政支出を行い,財政赤字が拡大した。2020年度の中央政府財政収支(現金ベース)は,収入が2兆8560億ペソ,支出が4兆2274億ペソで,約1兆3714億ペソの赤字であった。その結果,政府の債務残高は9兆7950億ペソとなり,2019年末比で26%増加した。そのうち,対内債務は6兆6947億ペソで同じく前年度比で30%増となり,対外債務は3兆1003億ペソで同19%増加した。対GDP比債務残高は54%で,2019年末の40%から14%増えた。

対外関係

対米関係:訪問米軍に関する地位協定をめぐる動き

就任当初から「訪問米軍に関する地位協定」に不満を示してきたドゥテルテ大統領は,2月に同協定の破棄をアメリカに通告するようにテオドロ・ロクシン外務長官に命じた。ドゥテルテ大統領は,フィリピン政府の人権侵害に懸念を示す米政府が大統領の腹心であり国家警察長官時代には麻薬取り締まりを指揮したロナルド・デラロサ上院議員のビザ発給を拒否したことに憤慨し,このような動きに出た。訪問米軍に関する地位協定は,フィリピンでの米軍の法的地位を定め,国内での米軍の軍事演習を実施するにあたって不可欠である。同協定は相手国へ破棄を通告した日から180日後に失効するが,ロクシン外務長官は5月2日に政治の動向や地域の情勢に鑑みて,破棄を11月末まで保留することをアメリカ側に通達したと発表した。11月には再度,訪問米軍に関する地位協定を6カ月間保留したと公表した。その間,より実効性が高く持続可能な同盟を模索する方針を示した。11月にロクシン外務長官が米政府に送った書簡で南シナ海の情勢に言及していることからも,訪問米軍に関する地位協定は南沙(スプラトリー)諸島の領有権を中国と争うフィリピンにとって安全保障上の要諦といえる。同協定の破棄は中国からの脅威を高めるため,容易なことではない。

一方,ドゥテルテ政権は米中対立で難しい対応を迫られた。政府は8月に行われたアメリカ・日本・オーストラリアとの南シナ海での合同軍事演習への参加を見合わせた。7月以降,米政府が中国への強硬姿勢を強め両国の緊張関係が高まるなかで,フィリピンの領海外で行われる軍事訓練への参加は中国を刺激しかねず,大統領から参加を取りやめるべきだとの指示があったとロレンザーナ国防長官は説明した。対立が続いている大国のはざまで,フィリピン政府が難しいかじ取りを強いられている様子がうかがえる。

対中姿勢の変化と中国による新型コロナウイルス対策支援

就任以来,南シナ海問題をめぐり中国に宥和的な姿勢を示してきたドゥテルテ大統領であったが,2020年後半に入り中国への態度に微妙な変化が生じた。9月22日に行われた第75回国連総会でビデオ演説を行ったドゥテルテ大統領は,中国への言及は避けたものの,中国による南シナ海の領有権の主張を国際法違反だとする2016年の常設仲裁裁判所の判決に触れた。大統領は,同判決は国際法の一部であり,どのような国家であってもそれを軽視したり棄却することはできず,そのような試みを断固として拒否すると語った。また,他国が同判決を支持することを歓迎するとした。

11月12~15日にオンラインで行われた第37回ASEAN首脳会議でドゥテルテ大統領は,新型コロナウイルス対応に関する国家間連携や海外就労者の人権問題,環境変動などに加えて,南シナ海問題に言及した。大統領は,常設仲裁裁判所の判決に演説で触れて,南シナ海に関するフィリピンの主張は国際法に裏付けられており,いかに強力で巨大な国であろうとも同判決を無視したり,その重要性を軽んじることはできないと語った。また,南シナ海での関係国の活動を規制し紛争防止を目的とする「海洋行動規範」について,その策定に時間がかかりすぎているとして,早期成立を訴えた。

ドゥテルテ大統領の国際会議での発言を反映するかのように,国内でも動きがあった。エネルギー省のアルフォンソ・クーシ長官は,ドゥテルテ大統領が南シナ海にある3つの鉱区での石油探査の再開を許可したことを10月に公表した。中国との領有権争いにより,同海域での石油探査は2014年より停止されてきた。クーシ長官は,探査活動の再開は2018年に締結された「南シナ海のエネルギー資源共同探査に関する覚書」から逸脱するものではないが,2016年の常設仲裁裁判所の判決に則り,自国領土内での主権を行使すると述べた。これまで南シナ海問題を回避する姿勢をみせてきたドゥテルテ大統領であるが,中国をめぐる対応に変化が生じたといえる。

対中姿勢の変化の要因として,中国からの経済支援の停滞が指摘されている。ドゥテルテ大統領はこれまで,中国から多額の援助の約束を取り付けるのと引き換えに南シナ海問題を棚上げしてきた。2016年の訪中でドゥテルテ大統領は中国から90億ドルの経済支援の約束を取り付けたと報道されている。大統領の看板政策であるインフラ整備事業「ビルド・ビルド・ビルド」は,その財源の多くを政府開発援助に依存する。そのため,中国からの援助の滞りはインフラ整備事業の停滞に直結し,ドゥテルテ大統領にとっては看過できない。財務省の発表によると,大統領の任期1年半ほどを残して工事が開始されているのは,ルソン島北部のチコ川灌漑用水事業(6210万ドル)とマニラ首都圏の水不足解消を目的としたカリワダム建設事業(2112万ドル)のみである。

中国への宥和的姿勢に微妙な変化をみせたドゥテルテ政権であるが,中国は新型コロナ対策への支援を活発に行っている。感染拡大が世界的に深刻化し始めた3月21日には,10万個の医療用マスク,1万着の医療用防護服と10万回分のPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査キットをフィリピン政府に寄贈した。4月5日には中国は医療専門家チームを派遣し,フィリピン国内での新型コロナウイルス対策にあたらせた。また,4月と5月に追加で医療用防護服,マスク,検査キットが中国から寄贈された。

6月11日のドゥテルテ大統領との電話会談で,習主席はワクチンが開発された暁にはフィリピンに優先的に供給することを約束した。7月27日の施政方針演説で,ドゥテルテ大統領は領有権を争う南シナ海問題で中国に譲歩する姿勢をみせるとともに,先の電話会談で話題に上った中国からの優先的なコロナワクチンの供給に言及した。その翌日には,中国外交部が声明を発表し,南シナ海問題に適切に対応することを強調するとともに,世界的な公衆衛生危機の拡大以降の二国間関係の強化を称え,フィリピンに優先的にワクチンを供給する準備があるとした。

フィリピン政府は,2021年第2四半期から一般の人々にコロナワクチン接種を開始する計画である。2020年末時点で,英製薬大手アストラゼネカから260万回分のワクチンの供給を確保する見通しであるものの,その他の欧米系の製薬会社からの供給の目途は立っていない。中国のシノバック・バイオテックとは,2500万回分のワクチンの供給に合意している。ドゥテルテ大統領は,隔離措置の解除,全面的な経済活動の再開のためにはワクチンが必要だという見解を示しており,その確保は喫緊の課題である。中国からの経済支援が滞るなかで対中姿勢に微妙な変化をみせたドゥテルテ政権であるが,ワクチンの供給元を多国化できるか,それとも中国頼みになるのかによって,残りの任期における中国との関係が規定されると考えられる。

2021年の課題

フィリピンの民主主義のあり方は,ドゥテルテ大統領が彼の任期を超えてその影響力を維持できるかどうかに左右される。批判勢力を弾圧し人々の声を奪う大統領であるが,パルス・アジアの調査によると90%以上の有権者から支持を得ている。これを背景に,2022年の国政選挙にドゥテルテ大統領がどの程度影響力を及ぼすことができるのか,そしてどのような大統領候補者が出てくるのかによって,今後の統治のあり方が規定される。選挙委員会は2022年国政選挙への立候補の第1回届け出期間を10月1~8日と設定したが,2021年初頭において,大統領選挙へ立候補する意思を示した者はまだいない。

2021年に景気は回復すると見込まれている。ベンハミン・ジョクノ中央銀行総裁は,フィリピン・ペソが堅調に推移していること,公的債務が比較的少ないこと,対外債務が許容範囲であることを好材料として挙げ,ECQ解除後である第3四半期以降に経済が上向いていることから,2021年にはGDP成長率が6.5~7.5%程度に回復するとの見通しを示した。経済活動の全面的な再開のためには隔離措置の解除が前提となる。そのためには,コロナワクチンの接種がどの程度進むかがカギである。

その点において,ワクチン確保は重要な外交課題といえる。フィリピン政府がワクチン確保において中国頼みとなるようであれば,南シナ海問題に対する宥和的姿勢が維持される可能性もある。

外務省は,訪問米軍に関する地位協定の不平等とみられる条項について米政府と交渉する動きをみせている。2020年末に中国が成立させた「海警法」により,南シナ海での中国による軍事行動の拡大が警戒される。同協定は安全保障の要であるため,フィリピン政府が同協定を破棄する可能性は低い。とはいえ,米政府がフィリピン政府に大幅に譲歩することは考えにくいため,両政府間でどのように交渉が展開されるのかが注目される。

(地域研究センター)

重要日誌 フィリピン 2020年
   1月
2日大統領,人間居住・都市開発長官に居住・都市開発調整評議会の会長エドゥアルド・デル・ロザリオを任命。
3日政府,フィリピン人メイドの殺害に抗議して,クウェートへの新規の家庭内労働者派遣を停止。
4日大統領,新国軍参謀総長に前東部ミンダナオ統合軍管区司令官のフェリモン・サントスJr.を任命。
6日大統領,2020年度一般歳出法(RA11465)に署名。予算規模は4兆1000億ペソ。
9日茂木外務大臣,来訪。ドゥテルテ大統領を表敬訪問。
12日バタンガス州のタール火山が噴火。
13日フィリピン証券取引所,タール火山噴火による火山灰の被害で取引を停止。
15日政府,フィリピン人メイドの殺害に抗議して,全職種を対象にクウェートへの労働者派遣を原則停止。
17日大統領,国家警察長官代行のアーチー・ガンボアを国家警察長官に任命。
22日大統領,タバコ,アルコールなどの嗜好品により高い関税を課す法律(RA11467)に署名。
   2月
2日保健省,武漢出身の男性が新型コロナウイルスにより死亡と発表。中国国外で初の死亡例。
6日政府,クウェート政府との家庭内労働者の労働条件を定めた新たな協定に合意し,クウェートへの労働者の派遣停止を一部解除。
6日中央銀行金融委員会,政策金利の0.25ポイント引き下げを決定。翌日物借入金利を3.75%に。
11日政府,「訪問米軍に関する地位協定」の破棄をアメリカへ通告。
17日大統領,医薬品の価格高騰を防ぐため,133の製剤を対象に小売価格の上限を設ける行政命令(EO104)。施行は6月2日。
18日政府,クウェートへの海外労働者の派遣禁止を全面解除。
23日大統領,国家捜査局長に情報部のエリック・ディスター副部長を任命。
26日大統領,無認可のタバコ・電子タバコ製品の製造・輸入・販売を禁止する行政命令(EO106)に署名。
   3月
5日ラグナ州にて,国家警察長官を含む8人の警察官が乗ったヘリコプターが送電線に接触して墜落。長官は軽傷,2人が重傷。
8日大統領,「公衆衛生の非常事態宣言」発出(宣言922号)。
15日大統領,マニラ首都圏を対象とした隔離措置を発令。
16日大統領,ルソン島全土を対象とした広域隔離措置を発令。
16日大統領,新型コロナウイルス対応のため,全土に災害事態宣言発出。期間は6カ月。
17日フィリピン証券取引所,広域隔離措置により,すべての取引,業務を停止(外国為替・国債取引~18日,証券取引~19日)。
20日金融委員会,政策金利を0.50ポイント引き下げ,翌日物借入金利を3.25%に。
21日中国からマスク,医療用防護服などが寄贈される。
23日金融委員会,政府の新型コロナウイルス対策支援のために国債3000億ペソの買い入れを発表。また,銀行の預金準備率の段階的引き下げを決定。
24日大統領,「バヤニハン法」(RA11469)に署名。
25日選挙委員会,広域隔離措置の発令により5月に予定されていたパラワン州の分割を問う住民投票の延期を決定。
27日政府,世界的な新型コロナウイルス感染症の拡大のために,5月の米比合同軍事演習「バリカタン」の中止を発表。
   4月
1日サンロケで広域隔離措置への抗議デモ発生。
3日金融委員会,商業銀行とユニバーサル銀行の預金準備率を2ポイント引き下げ。
5日中国,コロナウイルス対策支援のために医療チームを派遣。
13日大統領,大統領スポークスパーソンにヘルミニオ・ロペス・ロケを再び任命。
14日大統領,ASEAN+3特別首脳会議(オンライン)に参加。
16日金融委員会,政策金利の0.50ポイント引き下げを決定。翌日物借入金利を2.75%に。
17日国家経済開発庁のエルネスト・ペルニア長官,辞任。長官代行にカール・ケンドリック・チュア財務次官就任。
19日大統領,トランプ米大統領と電話会談,新型コロナウイルス対応への意見交換。
21日警察官が外出・移動制限に従わなかったとされる元国軍兵士の男性を射殺。
22日外務省,2月に発生した中国海軍によるフィリピン海軍軍艦へのレーダー照射と中国政府が南シナ海の島々に2つの行政区を新設したことに対して抗議したと発表。
   5月
2日ロクシン外務長官,「訪問米軍に関する地位協定」の破棄を保留したと公表。
4日大統領,コロナ対策の財源確保のため,原油,石油製品への関税を一時的に10%追加で課税する行政命令(EO130)に署名。
5日国家通信委員会,ABS-CBNに放送停止を命令。
11日最高裁判事アンドレス・レイエスJr.,定年により退官。
13日海軍,南沙諸島のパグアサ島に大型上陸用舟艇(BRP Ivatan)が初入港と公表。
26日下院,ABS-CBNの放送権更新に関する法案の審議開始。
   6月
4日下院での反テロ法案可決に反対する抗議デモ発生。
9日パグアサ島での新しい船着き場の完成式典の開催。デルフィン・ロレンザーナ国防長官や国軍幹部が出席。
11日大統領,中国の習近平国家主席と電話会談。
15日マニラ地裁,「ラップラー」のCEOマリア・レッサらにサイバー名誉棄損罪で有罪判決。
25日大統領,道徳授業の実施を義務付ける法律(RA11476)に署名。
25日金融委員会,政策金利の0.50ポイント引き下げを決定。翌日物借入金利を2.25%に。
26日大統領,第36回ASEAN首脳会議(オンライン)に参加。
29日「ラップラー」CEOマリア・レッサら,マニラ地裁の判決に再審申し立て。
29日スルー州ホロにて,4人の国軍兵士が警察官によって殺害される。
   7月
3日大統領,反テロ法(RA11479)に署名(18日に施行)。
10日下院,ABS-CBNの放送権更新に関する法案を70対11で否決。
16日大統領,最高裁判事に控訴裁判所のプリシア・バルタザール・パディリャ前判事を任命。
17日大統領,学校年度の開始を8月末日以降に動かすことができる法律(RA11480)に署名。
27日第18議会第2会期開会。上院議長にソト議員,下院議長にカエタノ議員がそれぞれ留任。
27日大統領による施政方針演説。中国に対して無力だと語るとともに,議会に死刑制度の復活に関する審議再開を求める。
29日国軍,マギンダナオにてマウテ・グループの一派を追跡中にバンサモロ・イスラーム自由戦士(BIFF)と衝突。国軍兵士2人,BIFF兵士10人が犠牲になったとみられる。
31日金融委員会,貯蓄銀行,地方銀行,協同組合銀行の預金準備率を1ポイント引き下げ。
   8月
3日大統領,国軍統合参謀本部議長に南部ルソン統合軍管区合同司令官のギルバート・ガペイを任命。
3日ロレンザーナ国防長官,アメリカなどとの合同軍事訓練の見合わせを発表。
6日中国の調査船2隻が交互にリード堆海域に侵入していることが確認される。
6日政府,安全保障上の要衝であるフガ島に,海軍施設建設のために20ヘクタールの用地を確保するようカガヤン経済区庁に指示。
6日アナクパウィス(Anakpawis)のリーダーで,民族民主戦線のアドバイザーであるランダル・エチャニスが殺害される。
14日政府,新型コロナウイルスの感染状況に鑑みて,学校の始業を10月5日に決定。年度の終業日は6月16日。
14日南沙諸島海域のパグアサ島を管轄するパラワン州のカラアヤン町,パグアサ島周辺の砂州と礁を「パグアサ砂州」,「パグアサ礁」とそれぞれ命名。
20日金融委員会,不動産融資の規制を緩和し,金融機関の総融資残高に占める上限を20%から25%に引き上げると発表。
20日外務省,スカボロー礁付近で5月に発生した中国海警局によるフィリピン漁船への漁具の収奪に対して中国政府に抗議したと発表。また,南シナ海を航行するフィリピンの国軍機への電波妨害に関しても抗議。
23日ロレンザーナ国防長官,中国が自国の海域とする「九段線」をでっち上げだとし,スカボロー礁はフィリピンの排他的経済水域で中国により違法に占拠されていると述べる。
24日スルー州ホロにて爆破事件が発生し17人が死亡,75人以上が負傷。アブ・サヤフ関係者による犯行とみられる。
   9月
2日大統領,新国家警察長官にカミロ・キャスコラン副長官を任命。
3日環境天然資源省,マニラ湾復興プログラムの一環である,マニラ湾の景観改善工事を開始。マニラ・マラテ地区のベイウォーク砂浜をドロマイトで埋める。
7日大統領,殺人の罪で2015年から刑務所に収監していた米海兵隊員ジョセフ・スコット・ペンバートンに恩赦を与え,釈放。
7日大統領,日本の安倍首相と電話会談。
8日最高裁と国家警察,令状の発布履歴をデータベース化し迅速な令状の発布を行う電子令状発布強化システムの運用開始。
9日テオドロ・ロクシン外務長官,日ASEAN外相会議(オンライン)に参加。
11日中国の魏鳳和国防相が来訪。ドゥテルテ大統領とロレンザーナ国防長官と会談。
11日大統領,バヤニハン法第2弾(RA11494)に署名(施行期間~12月19日)。
15日オンブズマン,議員や公務員などの資産・負債などに関する報告書の一般公開を制限する覚書を公表。
18日大統領,全土を対象とした災害事態宣言を1年間延長(2020年9月13日~2021年9月12日)(宣言1021号)。
21日カエタノ下院議長,議会審議を中断。
22日Facebook,情報操作が目的とみられる100以上の偽アカウントの停止を発表。
23日大統領,第75回国連総会の一般討論会でオンライン演説(米東部時間の22日)。
  10月
1日金融委員会,中央政府に5400億ペソの財政融資を承認。
6日カエタノ下院議長,議会を11月16日まで休会すると発表。
8日大統領,最高裁判事に控訴裁判所のリカルド・ロザリオ前判事を任命。
9日ロクシン外務長官,中国訪問(~11日)。王毅外相と会談。
9日大統領,10月13~16日に特別議会を招集させる(宣言1027号)。
12日政府,2018年に法制化された国民IDシステムの登録作業を一部の州で開始(~12月31日)。対象は約900万人。
13日下院,カエタノ議員に代わり,ベラスコ議員を議長に選出。
15日アルフォンソ・クーシ・エネルギー長官,南シナ海の3つの鉱区での石油探査を再開すると発表。
23日労働雇用省,非常時にかぎり,雇用主が従業員の休職期間を最長1年間まで設定できる省令を発出(第2152020号)。
23日司法省,刑務所内での新型コロナウイルスの感染抑制のため,3月17日~10月16日に8万1000人以上の受刑者を保釈と公表。
26日バンサモロ暫定自治政府,マラウィ市の復興支援を目的としたマラウィ復興プログラムを立ち上げ(予算総額5億ペソ)。
26日台風キンタ(国際名:モラヴェ)が上陸。ルソン島南部を中心に死者22人。
  11月
1日台風ロリー(国際名:コーニー)が上陸。ビコール地方を中心に20人が死亡。
3日国軍,スルー諸島での軍事作戦の結果,8月に発生したスルー州ホロでの襲撃事件の首謀者でありアブ・サヤフ幹部を含む7人のメンバーが死亡したと公表。
3日7月に任命されたパディリャ最高裁判事,健康上の理由により退官。
10日大統領,マニラ首都警察署長のデボルド・サイナスを新国家警察長官に任命。
11日外務省,「訪問米軍に関する地位協定」の破棄を再保留すると公表。
12日大統領,ASEAN首脳会議(オンライン)に参加。
12日台風ユリシーズ(国際名:ヴァムコー)が上陸。マニラ首都圏を含む広範な地域で洪水被害が発生。少なくとも73人が死亡。
16日大統領,台風の上陸による洪水被害に地方自治体が迅速に対応することを目的に,ルソン島全域に災害事態宣言を発出。
17日大統領,自然災害などによるマニラ首都圏への深刻な被害に備え,行政機能を部分的に担う国家行政センターをタルラック州ニュークラーク市に設立する行政命令に署名(EO119)。
20日金融委員会,政策金利を0.25ポイント引き下げ,翌日物借入金利を2.0%に。
25日貿易産業省,台風により甚大な被害を受けた地域で生活必需品の価格を60日間凍結する省令を発出。
  12月
3日大統領,国連の特別総会でビデオ演説。国家間の公平なコロナワクチン配分を訴える。
14日大統領,日本の菅首相と電話会談。
18日熱帯低気圧「ヴィッキー」がミンダナオ島に上陸。激しい雨により9人死亡。
28日大統領,2021年度一般歳出法に署名(RA11518)。予算規模は4兆5000億ペソ。
28日大統領の警護官2人が未承認の中国製ワクチンを接種したことが明らかに。
29日大統領,2020年度予算の執行を2021年度末まで延長する修正法(RA11520)とバヤニハン法第2弾を2021年6月30日まで延期する法律(RA11519)に署名。

参考資料 フィリピン 2020年
①  国家機構図(2020年12月末現在)

(注)各省には主要部局のみを記す。

②  国家機関要人名簿(2020年12月末現在)
③  地方政府制度(2020年12月末日現在)

(注)フィリピンは全部で81州,146市,1488町,4万2046バランガイにより構成される。

1)マニラ首都圏の各市町は独立しており,マニラ首都圏開発庁は各地方政府首長が参加する中央政府の機関。

2)ムスリム・ミンダナオ自治地域は,2019年1月と2月の住民投票によってバンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM)となり,5州・3市・116町で構成されることになった。ただし,2020年12月末時点においてまだバンサモロ組織法の実施規則・細則が制定されておらず,同地域の管轄区域が明確に定められていないため,内務自治省の公式発表に従いこのままとする。

主要統計 フィリピン 2020年
1  基礎統計

(注)1)2015年以降は同年人口センサスを基にした年央の推計値。2)2019年は修正値,2020年は暫定値。3)基準年は2012年。

(出所)Philippine Statistics Authority(PSA),Bangko Sentral ng Pilipinas(BSP).

2  支出別国民総所得(名目価格)

(注)統計誤差を除く。

(出所)PSA.

3  産業別国内総生産(実質:2018年価格)

(注)国民所得統計システムの改定により,基準価格を2000年から2018年に変更。

(出所)PSA.

4  国際収支

(注)2019年は修正値。

(出所)BSP.

5  国・地域別貿易

(注)2019年は修正値,2020年は暫定値。東南アジアは4カ国以外にブルネイ,ラオス,ミャンマー,ベトナムを含む。

(出所)BSP.

 
© 2021 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
feedback
Top