アジア動向年報
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2020年のアジア 深刻さを増す不確実性
山田 紀彦(やまだ のりひこ)
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2021 年 2021 巻 p. 3-6

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2020年のアジア

概 況

2020年は前年にアジア地域で高まった不確実性が,政治と経済の両面で深刻さを増した。その一因は新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大にある。各国は年間を通じて未知のウイルスとの戦いに追われ対応に苦慮した。しかし感染症拡大の裏では,燻り続けていた不安要素が政治,経済,対外関係で具体的問題として立ち現れた。

政治では香港,タイ,ネパール,マレーシアなどで前年以上に情勢が不安定となった。ティモール・レステでは議会と大統領の対立が解消したが,安定は確立されていない。また中国,カンボジア,フィリピン,スリランカ,パキスタンでは政権の強権化が進んだ。総選挙が行われた台湾,シンガポール,ミャンマー,韓国,モンゴルではいずれも与党が勝利した。しかし一部の国では選挙後の情勢が安定せず,ミャンマーでは2021年2月に国軍によるクーデターが起きた。

各国経済は新型コロナウイルスの影響により軒並み大きく落ち込んだ。一部の国では経済成長率が統計史上最悪の数値を記録し,数十年ぶりのマイナス成長に陥った国もあった。米中貿易摩擦は1月に両国が第1弾の合意に達し前向きな変化がみられたが,中国を含めアジア諸国へのアメリカの保護主義政策は続いた。

対外関係では香港や新疆ウイグル自治区における人権問題などをめぐり米中が衝突した。また南シナ海では中国と東南アジア諸国との間で緊張が高まり,アメリカも関与を強めた。朝鮮半島問題は米朝関係に前年の首脳会談から進展はなく,北朝鮮と韓国の関係も冷え込んだ。日中や日韓はそれぞれ尖閣諸島や徴用工問題などを抱えた。中印,印パ,印・ネパールなどの隣国同士の衝突も続いた。

国内政治

2020年のアジアで大きな注目を集めたのはタイのデモである。2月に憲法裁判所が新未来党に解党命令を下したのを機に,各地で若者を中心に反政府集会が開催された。若者たちは王室を含む政治体制改革,プラユット政権の退陣,憲法改正を要求に掲げ,9~10月には数万人規模のデモ集会を行った。プラユット政権は憲法改正に着手したが進捗は遅く,年内に解決されることはなかった。

前年に激しいデモが行われた香港では中国の介入が強まった。6月に「香港国家安全維持法」が制定されたことで香港の政治的自由が奪われ,言論や政治活動への弾圧が増した。民主活動家らも多数拘束された。

一部の国では選挙を経ない連立与党の再編や与党の分裂があった。2月,マレーシアでは希望連盟(Pakatan Harapan)政権が崩壊し,国民同盟政権(Perikatan Nasional)が成立した。多くのアクターを巻き込むとともに政治家同士の遺恨も絡み,政界再編は複雑な様相を呈した。ティモール・レステでも連立与党が再編された。再建国民会議(CNRT)からティモール・レステ独立革命戦線(FRETILIN)主導の連立政権となったことで大統領と議会の「ねじれ」が解消した。しかし連立の安定が確保されたわけではない。一方ネパールでは12月,派閥争いが続いていた与党ネパール共産党が分裂し政治の不透明感が増した。

コロナ禍の裏で強権化が進んだ国もあった。中国では習近平国家主席が長期政権に向けた体制づくりを進め,強権的な法律の制定や知識人の取り締まりも行われた。カンボジアでも首相の権限が強化され,ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)や社会への管理が強まった。フィリピンでもドゥテルテ政権に批判的なメディアへのけん制が続いた。一方スリランカではラージャパクサ一族支配が復活し,パキスタンでは汚職問題を理由に野党の締め付けが行われた。

選挙後の情勢も国によって明暗が分かれた。台湾では1月に蔡英文総統が再選し,与党民主進歩党(民進党)が立法院で過半数を確保したことで,民進党優位が保たれた。モンゴルでも与党人民党が総選挙に圧勝した。自由選挙が実施されて以来,政権与党が総選挙を経て単独政権を維持したのはこれが初めてである。一方シンガポールでは,7月の総選挙で人民行動党が勝利したものの野党が議席数を伸ばし,変化の兆しが現れた。韓国でも与党が総選挙に勝利したが,不動産価格の高騰や検察改革問題で政権の支持率は年末にかけて低下した。

ミャンマーでは11月に総選挙が実施され,アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝した。しかし国軍は有権者名簿の不備・不正を訴え,2021年2月1日にクーデターを起こした。以降,国民はデモや不服従運動などで抗議したが,国軍による弾圧は続いており,問題は長期化の様相を呈している。

経 済

新型コロナウイルスの世界的蔓延は各地で経済活動の停滞をもたらし,2020年の世界経済は大きく落ち込んだ。アジア開発銀行(ADB)の推計(2020年12月時点)によると,2020年のアジア全体の実質国内総生産(GDP)成長率はマイナス0.4%となった。主要先進国のマイナス5.1%成長と比較すれば落ち込みは低い。とはいえ民間消費支出や貿易の減少などにより,各国の経済が大打撃を受けたことには変わりない。地域別では東アジア地域が1.3%のプラス成長であり,東南アジアと南アジアはそれぞれマイナス4.4%,マイナス6.1%となった。

プラス成長を維持したのは中国,台湾,ベトナム,ラオス,ネパール,ミャンマー,バングラデシュであり,台湾は前年を上回る3.11%(速報値)の経済成長率を達成した。その他の国々は軒並みマイナス成長となった。特にフィリピンや香港は統計史上最悪の数値を記録し,パキスタンは68年ぶり,韓国は22年ぶりのマイナス成長となり,マレーシアやインドネシアはアジア通貨危機以来の落ち込みとなった。ワクチン普及への期待感もあり,ADBは2021年のアジアの経済成長率を6.8%と予測している。しかしIMFが指摘するように,各国の感染症対策や経済支援策の効果によって回復度合いに差が生じるだろう。

2020年もアジア諸国はアメリカの保護主義政策の影響を受けた。米中貿易摩擦は1月の第1段階合意で落ち着くかにみえたが,アメリカは中国の華為技術(ファーウェイ)に対する輸出規制を強化した。これにより半導体受託生産大手の台湾積体電路製造(TSMC)は大口顧客であったファーウェイとの取引が難しくなった。一方,アメリカ通商代表部(USTR)はタイに対して,合わせて800以上の輸入品目を一般特恵関税制度(GSP)の適用対象から除外する措置をとった。12月にはアメリカ財務省がベトナムを為替操作国と認定し,タイ,台湾,インドを監視対象国に追加した。これらの国々を含め,アジア各国は貿易の多角化などアメリカの保護主義への対応を迫られた。今後の鍵となるのが11月に署名された「地域的な包括的経済連携」(RCEP)協定である。インドは不参加となり,一部の国では国内産業への悪影響が懸念されたが,貿易創出効果への期待は高い。

対外関係

対外関係では,貿易摩擦以外にも米中間で多くの問題が生じた。アメリカ司法省は2月,中国人民解放軍所属の中国人4人とファーウェイを,それぞれ企業情報と機密情報窃取の疑いで起訴したと発表した。この問題により,両国はヒューストンと成都の総領事館を閉鎖するに至った。香港と新疆ウイグル自治区の人権問題でも両国は,相互にビザ発給停止などの措置をとり衝突した。

米中の争いは南シナ海問題でもみられた。2016年,ハーグの常設仲裁裁判所はフィリピンの提訴を受けて,中国が南シナ海で進める島や岩礁などでの埋め立て行為は国連海洋法条約(UNCLOS)に違反するとの裁定を下した。しかし南シナ海で中国はフィリピンやベトナムだけでなく,2019年末からマレーシアやインドネシアとも衝突するようになった。2020年には,インドネシア,マレーシア,アメリカなどが2016年の判決を支持する口上書を国連にそれぞれ提出した。同海域での「行動規範」(COC)の策定も進んでおらず緊張が続いた。

二国間関係は全体的に低調だった。朝鮮半島問題では前年に注目された米朝関係に進展はなく,南北関係も冷え込んだ。北朝鮮は6月,韓国の脱北者団体による対北ビラ散布などに反発し,開城の南北共同連絡事務所を爆破した。日韓関係も徴用工問題などで膠着状態が続いた。日中も尖閣諸島問題などで対立したが,中国は穏健的な対日姿勢を保った。両国関係の改善にとって,コロナ禍で延期された習近平国家主席の日本訪問の実現がひとつの鍵となろう。

領土問題による衝突もあった。6月,中印国境で両国軍による衝突があり死傷者がでた。関係改善の兆しがみえない印パ間でも散発的な衝突が続いた。また印・ネパール間の問題も深刻化した。これらの問題解決は容易ではなく時間を要する。

一方アフガニスタン問題では進展があった。2月にアメリカとターリバーンが和平合意に署名し,9月にはアフガニスタン政府とターリバーンが初めて直接和平交渉を開始した。和平実現に向けた進展が期待される。

2021年の課題

2021年はコロナ禍で低迷した経済の回復が各国の課題である。政治ではタイ,マレーシア,ネパール,香港,ミャンマーの政局の安定が焦点となろう。香港では選挙が予定されており,状況次第では政府と市民の衝突もあり得る。ミャンマーでは軍政が長期化する恐れがある。対外関係は米中関係が鍵であり,バイデン政権の外交政策次第でアジア各国も対応を迫られるだろう。また中国が南シナ海問題で妥協するとは考えられず,同海域で緊張がさらに高まる可能性もある。南アジアではアフガニスタン政府とターリバーンの和平交渉の展開が地域の安定にとって鍵となる。コロナ問題が収束したとしても,アジアには地域の安定化に向けて解決すべき問題が山積している。

(地域研究センター)

 
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