アジア動向年報
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各国・地域の動向
2020年のアフガニスタン 史上初めて政府とターリバーンの和平交渉開始
登利谷 正人(とりや まさと)
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2021 年 2021 巻 p. 565-586

詳細

2020年のアフガニスタン

概 況

2020年のアフガニスタンはターリバーンをめぐる状況が著しく変化した1年となった。2018年12月から10回以上にわたり協議を継続してきたアメリカとターリバーンは,2020年2月29日にカタールの首都ドーハで和平合意に署名した。この合意では,米軍は段階的に撤退を進め,135日以内に全面撤退することが明記された。さらに,アフガニスタン政府とターリバーンが収監している囚人を相互に釈放することなどを条件に,両者が和平交渉を開始することも明記された。以後,囚人釈放をめぐる対立もあったが,アメリカの調停により9月12日にはドーハで史上初めて政府とターリバーンによる和平交渉が開始された。

他方,2019年9月の大統領選挙の最終結果発表は,大幅な遅れへの批判が集まるなか,2020年2月18日に独立選挙管理委員会(IEC)により行われ,ガニー大統領が僅差で再選を果たした。しかし,次点のアブドゥッラーは結果を受け入れず,自らが当選したと宣言し,3月9日にはガニーとアブドゥッラーがそれぞれ大統領就任式典を挙行するという事態に至った。政府とターリバーンとの和平交渉を仲介する立場のアメリカは,政治的分裂を回避するため,支援削減を含めた強い姿勢で解決を迫った。最終的に,両者は5月17日に「包括的政府」樹立で合意し,政治的合意文書に署名した。アブドゥッラーは和平交渉を統括する国家和解高等評議会議長に就任し,全閣僚の半数を任命できる大きな権限を確保した。

経済社会面では厳しい状況が続いた。新型コロナウイルス感染症の蔓延により経済活動は停滞し,和平交渉を開始したターリバーンの攻撃拡大や民間人を標的としたテロ事件の頻発などにより治安情勢はいっそう悪化した。また,2021年からの4年間の国際支援について協議するため,11月に開催されたアフガニスタン支援国会合では,各国・機関からの拠出総額が4年前と比べて大きく削減された。

国内政治

ターリバーンとアメリカの和平合意成立から政府との和平交渉開始

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降のアフガニスタン政治では,ターリバーンを排除した形での自立した新たな国家を建設することが,アメリカと関係各国による支援の前提であった。しかし,アメリカは2018年からターリバーンを包摂した形での国家建設を進める方向に舵を切った。同年末から本格的に始動したターリバーンとアメリカとの和平協議は,パキスタンの仲介もあって2019年を通して急速に進展し,2020年についに和平合意という成果をみた。2020年は今後,アフガニスタン政治史における大きな転換点として記憶されることになるだろう。なお,この和平合意に至る過程でも隣国パキスタンが仲介者として果たした役割は極めて重要であった(詳細は「対外関係」参照)。

2020年1月2日,アメリカ政府関係者はターリバーンとの和平合意締結が間近であるとの発表を行った。2月12日にはトランプ大統領が,和平合意締結前に7日間の「暴力の削減」がターリバーンにより履行された場合という条件付きながら,和平合意を承認した。これを受けて,同月21日にマイク・ポンペオ米国務長官とターリバーンが同時に声明を出し,27日にドーハで和平合意を締結すること,およびその条件として翌22日から7日間の「暴力の削減」,つまり停戦を履行することが発表された。

2月29日,関係国や国際機関の関係者が列席するなか,ドーハでハリルザード米和平担当特使とターリバーンのナンバー2であり,ドーハ対外事務所所長を務めるモッラー・アブドゥル・ガニー・バラーダルが和平合意に署名した。その合意内容の骨子は表1のとおりである。同日ターリバーンの指導者アーホンドザーダは,合意はターリバーンによる「勝利」であり,外国部隊の占領の終結をもたらすものと評価し,同時にターリバーンのメンバーたちに合意内容遵守を指令した。アフガニスタン政府とアメリカも共同宣言を発表し,ターリバーンが合意内容を遵守した場合には14カ月以内に米軍が全面撤退すると明言した。

表1  アメリカ・ターリバーン間和平合意(2020年2月29日)内容骨子

(注)なお,合意文中でターリバーンは自称する国家名称である「アフガニスタン・イスラーム首長国」と記されている。同時にアメリカは未承認である点も明記されている。

(出所)各種発表と報道に基づき筆者作成。

和平合意には,3月10日から政府とターリバーンが「アフガニスタン人内部対話」,つまり両者の和平交渉を開始することが明記された。その前提条件として,政府は収監している囚人5000人を,ターリバーンは1000人をそれぞれ釈放する「囚人釈放」を行うことが定められていた。この点について,政府は当初拒否の姿勢をみせ,実際ガニー大統領は合意翌日の3月1日に政府がターリバーンの囚人の釈放に関与することはないと発言した。これを受けて,翌2日にターリバーンの報道官は,5000人の囚人が釈放されないかぎり直接交渉に参加しないと明言した。これにより,当初設定された3月10日の交渉開始は延期された。他方,アメリカはこの点に関してターリバーンを支持する姿勢をみせ,3月3日にはトランプ大統領がバラーダルと直接電話会談を行い,5日にはエスパー国防長官が合意内容を遵守しようとするターリバーン側の姿勢を評価する発言がみられた。

この時期,後述するように前年の大統領選挙結果をめぐるアフガニスタン国内の政治対立が深刻化し,ターリバーンとの関係をめぐっても政治的主導権争いが激化していた。このようななか,3月11日,ガニー大統領はターリバーンとの和平交渉開始のための障害となっていた囚人釈放について,その一部である数百人を同月15日に釈放することを承認する大統領令に署名した。しかし,釈放予定日の前日にその実施は突如延期され,和平交渉が頓挫する可能性も取り沙汰された。世界的には新型コロナウイルス感染症の流行が拡大したことで,外交使節の往来が困難になりつつあった時期にもかかわらず,3月23日にポンペオ米国務長官がカーブルに急遽来訪した。来訪の主目的は国内の政治的対立の解消であったが,停滞する政府とターリバーンとの和平交渉開始を促す目的も含まれていた。アメリカ側としては,11月の大統領選挙を控え,アフガニスタンから米軍の撤退を迅速に進めたいとの意図があった。そのためには政府とターリバーンの直接和平交渉開始が必要条件だったのである。

その結果,4月2日に政府は囚人100人を,ターリバーンは囚人20人をそれぞれ釈放することを発表した。その後,双方は段階的に囚人の釈放を進めたが,その最中の同月13日にドーハでハリルザードとミラー駐留米軍司令官がバラーダル率いるターリバーン代表団と会談した。会談後,ハリルザードはTwitter上で囚人交換の重要性について強調し,ターリバーンが囚人釈放を重視していることがうかがわれた。しかし,2月末の和平合意以降も国内の武力衝突の件数はむしろ増加し,4月末までのわずか2カ月間で4500件以上に上った。これを受けて,当初楽観的であったアメリカ側関係者からも状況を懸念する発言が頻発するようになった。事態打開のため,5月7日,ハリルザードはドーハでバラーダルと会談し,囚人釈放と政府との和平交渉開始について直接協議した。

後述するように,5月17日の「包括的政府」成立により国内の政治対立が一旦沈静化すると,同月20日,ハリルザードがカーブルに来訪してガニー大統領,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長と会談し,次いでドーハでバラーダルとも会談した。このシャトル外交は政府とターリバーンの直接交渉促進と増加する武力衝突緩和を目的としていた。会談後,ターリバーン指導者アーホンドザーダは,5月24日から3日間の断食月明けの祝祭期間中の停戦を指令したと発表した。政府はこの停戦期間中の同月25日に100人の囚人を釈放し,翌日には900人の囚人釈放計画を発表した。その後も紆余曲折がありながらも,6月末までに政府側は約4000人を,ターリバーン側は717人の囚人をそれぞれ釈放したが,和平合意で明記された人数の釈放は困難な状況となった。6月30日にオンライン形式で実施されたポンペオ米国務長官とバラーダルとの直接会談においても,バラーダルは和平合意に明記された5000人を釈放することが直接交渉の条件として一切妥協しない姿勢を明確にした。しかし,7月5日,政府は597人の囚人については,重犯罪者との観点から釈放しないと発表し,ターリバーン側も釈放する囚人リストの変更を拒否した。

状況打開の切り札として,カーブルで8月7日から2日間の日程で,囚人釈放問題を中心に議論するため,ロヤ・ジルガが招集・開催された。ロヤ・ジルガは憲法において,国民の意思を体現する国家の最高機関と位置づけられている協議の場で,国家の重要事の裁定の際に招集される。このロヤ・ジルガでの議論の結果,ターリバーン囚人の釈放と和平交渉開始の方針が決定された。これを受け,ガニー大統領は同月9日に囚人400人を釈放することを発表した。ターリバーン側も好意的に反応し,同月11日に,直接交渉の場では停戦も含めて協議されるとの観測を示した。そして,ついに9月12日,ポンペオ米国務長官も出席しての開会式典が挙行され,初めての政府とターリバーンとの直接和平交渉がドーハで開始された。以降,和平交渉は12月半ばに至るまで継続的に実施された。ただ,政府とターリバーンとの和平交渉開始後も,国内におけるターリバーンの攻撃はむしろ増加した。10月11日には南部ヘルマンド州の州都ラシュカルガーフの一部をターリバーン部隊が占拠し,6000世帯以上の住民が避難を余儀なくされた。ターリバーンと治安部隊との間の戦闘は全土で拡大し,沈静化する兆しはみられなかった。

そのようななかで,11月3日,アメリカ大統領選挙が行われ,バイデンの当選がほぼ明らかになると,同月10日にターリバーンはバイデン次期大統領に対し2月の和平合意を遵守するよう求める声明を発表した。また,停滞していた和平交渉にも進展がみられ,11月15日には,和平交渉の進め方に関する21項目の基本的な「規範」について政府とターリバーンが暫定的に合意した。そのうえで,12月2日に政府とターリバーンは,上記「規範」,および今後の交渉議題策定について協議するための合同委員会の設立で合意したことを共同で発表した。そして,12月13日,9月12日に開始された和平協議を一時中断し,2021年1月初旬から(後日1月5日からと発表)再開することを双方が明らかにした。

この間にアメリカは,和平合意に含まれた駐留米軍数の削減を着実に進めた。2月末時点での兵員数は約1万2000人であったが,マッケンジー米中央軍司令官が6月18日に8600人まで削減したことを発表した。8月4日には,トランプ大統領が11月末までに4000~5000人まで削減すると述べた。9月9日,マッケンジー米中央軍司令官が11月末までに4500人まで兵員数を削減するとし,さらに,米国防総省は11月17日,2021年1月15日までに2500人まで兵員数を削減すると発表した。

このように,ターリバーンとの和平合意に基づき,早期撤退を進めようとする米軍の動きに対し,アフガニスタン政府側からの懸念も高まった。10月20日,モヒッブ国家安全保障担当補佐官は,和平交渉が進展し,アメリカが全面撤退した場合にはアフガニスタンは内戦状態に陥ると危機感を露わにした。11月27日,ハーリド国防相はターリバーンとの戦闘について,全土の22州と広範囲に広がり,攻撃回数も激増していると発表した。これにより,兵士や戦闘に巻き込まれる民間人の死傷者数も増加した。

12月15日には,米軍の最高司令官であるミリー米統合参謀本部議長がドーハを訪問し,ターリバーン代表団とアフガニスタン国内での「暴力の削減」について協議するため「私的」な会談を実施した。ターリバーンは軍事力においてすでに政府と拮抗しており,米軍の全面撤退が実現した場合には軍事的均衡はターリバーン側に傾く可能性も大いにありうる。さらに,ターリバーンは対外的にも影響力を高めつつあり,12月19日,ユニセフとの間で未就学児14万人に教育機会を提供するため4000の非公式学校を建設することで合意した。

ガニー大統領の再選確定と政治対立激化,「包括的政府」成立へ

ターリバーンの軍事的脅威の高まりとさまざまな交渉が進展するなか,政府内では政治的対立が激化し,その収束が図られた。2019年9月28日実施の大統領選挙については同年12月22日に暫定結果が発表されたものの,最終結果は明らかにされることなく年明けを迎えた。2020年1月4日に選挙不服申立委員会は,約1万6500件の申し立てがあり,そのうち31州から寄せられた約8500件の申し立ては選挙結果に深刻な影響を及ぼす可能性があると発表した。さらに,1月9日に選挙不服申立委員会が18州の1645カ所の投票所における票の再集計作業を実施することを発表し,同月30日には約30万票が確定できない状況と明らかにするなど,選挙最終結果発表はさらに先延ばしされた。このようななか,2月7日にカーブルで選挙結果発表遅延に抗議するデモも発生した。

最終的に2月18日,IECは,ガニー大統領が得票率50.6%で再選されたと発表した。この結果に次点のアブドゥッラーは強く反発し,ガニー大統領と対立するドスタム第一副大統領は人々に街頭デモを実施するように呼びかけるとともに,各国大使館にも選挙の違法性を訴える書簡を送付するなどの行動に出た。ガニーとアブドゥッラー両陣営の対立は有力政治家などを巻き込みつつ拡大し,ついには3月9日の大統領就任式典を双方がそれぞれ挙行するという事態にまで発展した。これにより,アフガニスタンには2つの政府が併存する状態となった。政府が分裂した状態は,アメリカにとっても看過できる状況ではなく,まず3月18日にハリルザードが来訪しアブドゥッラーと会談して政治的対立解消を要求した。さらに,新型コロナウイルス感染症が広がりをみせていた同月23日にはポンペオ米国務長官が来訪し,対立が解消できない場合は支援を10億ドル減額するとの強い姿勢で双方に解決を迫った。

この結果,5月1日,アブドゥッラーはガニー側と政治的対立解消に向けた暫定合意に達したと発表した。そして17日,両者は「包括的政府」設立で一致し,政治的合意文書に署名した。この合意により,アブドゥッラーはターリバーンとの和平交渉を統括する国家和解高等評議会議長に就任した。さらに,アブドゥッラーは自ら要求していた全閣僚の50%および複数の州知事を任命する権限を保有することとなった。これは,前回2014年大統領選挙後,ガニーが大統領に,アブドゥッラーが新たに設置された行政長官職にそれぞれ就任し,対立を回避した状況と酷似している。ガニーとアブドゥッラーによる二頭体制の継続は,以降の権力分有をめぐる対立発生の可能性に不安を残した。

治安情勢の悪化と変化するテロ攻撃の手法

激化するターリバーンとの戦闘に加えて,テロによる被害も年間を通じて継続し,さらにテロ手法に変化がみられた。軍や警察,政府関係者への攻撃や市街地でのテロ攻撃が引く一方,女性や著名な民間人,人権活動家など比較的襲撃しやすい人物をあらかじめ標的にした形でのテロ事件が頻発した。上半期に発生した事例として,3月22日にカーブルで発生したワルダク州州都マイダーン・シャハル市の女性市長襲撃テロや,5月12日にカーブルのハザーラ人が多く住むダシュテ・バルチー地区の公立病院を武装集団が襲撃した事件が挙げられる。とくに病院襲撃事件は,乳児や看護師を含む13人以上が死亡する凄惨なテロ事件となり,6月16日には同地区において活動していた国境なき医師団が活動停止発表を余儀なくされた。

また,IS(「イスラーム国」)によるテロ事件も相次いだ。ISは3月25日にカーブルのスィク教寺院を襲撃して27人を殺害し,さらに翌日,犠牲者たちの葬列を標的とした攻撃を実施した。またISは,10月24日にカーブルの私立学校での自爆テロ事件を,11月2日にはカーブル大学での襲撃テロ事件を引き起こした。教育機関を標的としたこれらのテロ事件では,学生などにも多数の死傷者が出た。

このようなISの脅威に対して,政府は4月4日にISホラーサーン州指導者ファルーキーを拘束し,8月1日にはその後継者となっていたアサドッラー・オーラクザイをジャララバードで殺害した。さらに,ISと並ぶ安全上の脅威とアメリカが位置づけるアル・カーイダについても,10月24日に国家安全保障局(NDS)が同組織のナンバー2とされる人物の殺害を発表し,その後も継続的にメンバーの掃討作戦を実施した。ただ,政府の治安対策にもかかわらず,テロ事件は引き続き発生している。9月9日にはサーレフ第一副大統領に対する暗殺未遂事件まで起きた。全土で治安が不安定化し,首都カーブルでは10月16日にサーレフ第一副大統領が治安確保のための特別措置をとることを発表した。しかし,カーブルの治安は一向に改善することなく,政府の治安維持能力の欠如が露呈した。

新型コロナウイルス感染症の拡大状況

2020年は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が起き,アフガニスタンにも深刻な影響を及ぼした。1月に中国で感染拡大が確認された段階では,中国への留学生の帰国に対応して空港での検疫措置を行うなどの対処のみが実施されていた。しかし,イランで新型コロナウイルスへの感染拡大が確認されると,2月24日には西部ヘラートで国内初の新型コロナウイルスへの感染者が確認された。また,このイランでの感染拡大の影響により,同国に居住するアフガニスタン人のうち,3月11日までの約20日間で約3万人が帰国した。このような人の移動により,新型コロナウイルス感染症は瞬く間に全土へと拡大し,当初2月27日に開催予定であった大統領就任式典も延期となった。さらに,3月18日には多くの人が集まる娯楽施設やスポーツ施設などが閉鎖され,28日からは首都カーブルで3週間に及ぶロックダウン(都市封鎖)が実施された。

新型コロナウイルスの感染防止対策のため,アフガニスタンに対しては資金や物資などの国際支援がなされた。しかし,これらの国際支援を一部政府高官が横領しているとの疑惑が浮上するなど,政府内の汚職体質の深刻さを改めて示すことになった。

新型コロナウイルスへの感染者数は日々増加し続け,12月30日には累計感染者数が5万2428人,死者数は2195人に達した。このため,社会生活にも大きな変化が生じた。学校は閉鎖され,5月7日に教育省がオンライン授業の開始を発表したが,8月22日に学校閉鎖が順次解除されるまで就学機会を奪われた子供達が大多数であった。さらに,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により,ポリオワクチン接種が8月11日に再開されるまで数カ月間停止された。また,腸チフスが一部地域で蔓延するなど,他の病疫が拡大する傾向もみられた。

経 済

ターリバーンとの戦闘激化と不安定な治安に加え,新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響により,経済的には厳しい状況に直面した。6月9日に世界銀行が発表した「世界経済予測2020」によると,アフガニスタンは年間の経済成長率がマイナス5.5%と予測された。このような厳しい状況にある経済を立て直すため,11月6日にIMFは3億7000万ドルの融資決定を発表した。しかし,11月11日に国連開発計画のアル=ダルダーリー駐アフガニスタン事務所長は,アフガニスタン経済が新型コロナウイルス感染症拡大以前の状態まで回復するためには,少なくとも4年間必要との見解を発表しており,長期にわたって厳しい経済状況が続くものと予測される。

アフガニスタン経済を支える重要な柱である国際支援についても動きがみられた。2020年は民政部門への国際支援を協議するための4年に1度のアフガニスタン支援国会合が開催された年であった。11月23日と24日の2日間,アフガニスタン,国連,フィンランドの主催によりスイスのジュネーブに66カ国,12国際機関が集まり開催された。今会合は2021年から2024年までの4年間の支援について協議する場であった。その基本的指針は,2012年の東京,2016年のブリュッセルという過去2回の会合に続き,今後アフガニスタンが国際援助に依存せず,自立的な国家運営をできるよう支援するというものであった。しかし,支援各国の厭戦機運に加え,一向に改善しない治安情勢や政府内に蔓延する汚職などの状況から,前回に引き続き今回も支援総額が大きく減額されることとなった。前回2016年のブリュッセル会合においては以後の4年間で計152億ドルの拠出が約束されたが,今会合では4年間で120億ドルにとどまった。また,すでに政府との和平交渉を開始したターリバーン側は,支援会合開催直前の11月18日に国際支援が現政府にのみ支出されることに反対する声明を発した。

交易路という観点からは,1月14日にパキスタン南部のグワダル港に初めてアフガニスタン向けの輸送コンテナが到着した。すでに交易拠点として開発が進むイランのチャーバハール港と並んで,アフガニスタンにとっての重要な交易拠点となることが期待される。また,12月10日には2007年に建設が開始されたイラン国境付近から西部の主要都市ヘラートまでの約225キロメートルを結ぶ鉄道路が開通し,オンラインでの開通式典ではガニー大統領,イランのロウハーニー大統領が演説を行った。

対外関係

対パキスタン関係:強まる存在感と協調関係

ターリバーンをめぐる状況は,パキスタンがその影響力を行使したことで劇的に変化したといえる。1月16日,パキスタン政府はターリバーンが「暴力の削減」に合意する方向である旨を発表するとともに,アフガニスタン和平に同国が積極的に関与し,役割を担うことを強調した。同日,パキスタンのクレーシー外相はアメリカの首都ワシントンでポンペオ米国務長官,オブライエン米安全保障担当大統領補佐官と会談した。さらに1月19日には,アリス・ウェルズ米国務次官補が4日間の日程でパキスタンを訪問し,アフガニスタン和平に関して関係者と会談を実施した。上述のとおり,2月29日にターリバーンとアメリカは和平合意に署名したが,その立役者となったのは2018年末から両者の仲介役を果たし,ターリバーンに多大な影響力を有するパキスタンであった。

さらにパキスタンは,アフガニスタン政府とターリバーンとの和平交渉開始にも積極的動きをみせた。6月9日にはパキスタン軍のトップであるバジュワ陸軍総参謀長が初めてカーブルに来訪し,ガニー大統領,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長と会談した。7月5日には,パキスタン政府はターリバーンとの和平交渉を統括する役割を担うアブドゥッラーをパキスタンへ招聘すると発表した。このように,パキスタンはアフガニスタン政府関係者と連携しつつ,9月12日の政府とターリバーンの和平交渉開始へと導いた。2日後,ハリルザードはパキスタンを訪問し,バジュワ陸軍総参謀長ら関係者複数人と会談するとともに,和平交渉開始におけるパキスタンの役割を高く評価した。同月28日,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長が3日間の予定で初めてパキスタンを公式に訪問した。その目的は,開始された和平交渉について議論するためであった。

また,アメリカ大統領選挙前日の11月2日にもハリルザードはパキスタンを訪問した。さらに,同月19日にはパキスタンのイムラーン・ハーン首相が初めてアフガニスタンに来訪し,ガニー大統領と会談するとともに,停戦と「暴力の削減」のために可能なあらゆる支援を行うと表明した。ドーハでの和平交渉が一時中断した直後の12月16日には,バラーダル率いるターリバーン代表団がパキスタンを3日間の予定で訪問し,クレーシー外相らと会談を行った。

以上からも,今後の和平交渉におけるパキスタンの影響力は多大であるといえよう。もちろん,アフガニスタン政府や一般市民の間では,パキスタンへの敵対感情は根強く存在する。その一方で,パキスタンの現政権はアフガニスタン政府関係者と接触を重ねて信頼と協調関係を構築しようとしている。アメリカが駐留兵員の大幅削減と全面撤退を見据えるなか,パキスタンとの友好関係構築はアフガニスタンの安定にとって鍵となるといえる。

このようななか,7月7日にオンラインで開催された中国,パキスタン,アフガニスタンの3カ国外相による「戦略的対話」会議は,今後の地域秩序を検討するうえで示唆に富む。同会議は終了後に米軍の責任ある撤退を求める声明を共同で発表したが,そこではアフガニスタンがパキスタンや中国と協調しつつ,新たな地域秩序のなかで,自らの存立を維持しようとする姿勢がうかがえる。

対イラン関係:帰還民流入の懸念も強まる経済関係

1月3日,イラクの首都バグダッドでアメリカによるイラン革命防衛隊のソレイマーニー司令官殺害事件が発生した。その後のイランによるイラクの米軍基地攻撃と,直後に発生したイラン革命防衛隊によるウクライナ航空旅客機への誤射・撃墜事件といったイランとアメリカの対立は,アフガニスタンにも大きく影響を与えることが懸念された。

しかし,2月にイランにおいて新型コロナウイルス感染症が蔓延すると,その懸念はアフガニスタン人の帰還問題に取って代わられた。イラン国内での社会・経済活動停止に伴い,数万人に及ぶアフガニスタン人が帰還したのである。国連難民高等弁務官事務所は4月15日,イランやパキスタン国内に居住するアフガニスタン難民の生活状況が,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により深刻化し,大量の帰還民が流入する可能性について言及した。

また,ターリバーンとの和平交渉においても,イランは一定の役割を担っている。直接和平交渉が継続していた10月18日,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長が3日間の予定でイランを訪問し,ターリバーンとの和平交渉の状況についてイラン政府関係者と直接協議を行った。

近年は両国の貿易関係が深まりをみせている。7月23日にアジア開発銀行が公表した報告書では,アフガニスタンへの輸出入品の7割がイラン経由となっており,かつて大部分をパキスタン経由に依存していた国際交易路の転換が確認できる。また,8月31日にアフガニスタン経由でイランと中央アジア諸国を結ぶ新交易路を通じた貿易が開始された。これは,経済的関係の緊密化を示す一例である。

対インド関係:経済的連携を強化

インドは経済的観点からアフガニスタンとの連携を強めた。2月2日,インドのスィタラマン財務相は,イラン南部チャーバハール港開発などにかかわる今後の予算を倍増させると発表した。これは,インドからイラン経由でのアフガニスタン向け輸出量を今後増加させていく意思の表れでもあった。さらに,7月12日には,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により3月から停止していた,パキスタンを経由したアフガニスタンとの交易再開が発表された。また,11月23日から始まったアフガニスタン支援国会合において,インドのジャイシャンカール外相はカーブル近郊でのダム建設計画を発表し,首都での飲料水の安定的供給を確保すると発言した。他方,インド国内での新型コロナウイルス感染症の蔓延により,年末12月31日にはオスマーニー公衆衛生相がインド,パキスタンへの以後4週間の渡航中止勧告を発し,感染症拡大による経済的・人的交流への影響も危惧される。

対ロシア関係:和平交渉を後援しつつ関与拡大

ターリバーンが初めて国際会議に出席した2018年11月のモスクワ協議を主催したロシアは,ターリバーンとの独自の関係を保持してきた。政府とターリバーンとの和平交渉開始が遅れるなか,6月10日にロシアのアフガニスタン担当特使カーブロフは,ハリルザード,アトマル外相代理との3者間でのオンライン会談を実施することを発表した。このように,ロシアも和平実現のための交渉開始を後押しし,この点においてはアメリカと協調する姿勢をみせていた。しかし,6月26日にアメリカのThe New York Times紙が,ロシアからターリバーンに対する,駐留米兵殺害のための報奨金支出疑惑を取り上げたことで,アメリカ側はロシアへの態度を硬化させた。一方,12月18日の国連安全保障理事会会合においてロシアは,アフガニスタンにおけるテロ事件の背後にはISの存在があるとして,その影響力の拡大に強い懸念を表明した。すでに3月7日の段階で,カーブロフ特使はアフガニスタン国内の治安回復のため必要があればロシアは派兵する用意があると発言している。

2021年の課題

国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)が2021年2月に公表した2020年年次報告書によると,2020年の民間人死傷者数は8820人(死者3035人,負傷者5785人)と前年と比較して15%の減少となり,2013年以来最小の数字となった。しかし,ターリバーンとの和平交渉が開始された後の10月から12月の3カ月間においては,民間人死傷者数は2792人(死者891人,負傷者1901人)となり,2019年の同時期と比較して45%の増加となった。また,第4四半期における増加はUNAMAが本格的調査を開始した2009年以降で初めてのことであった。これは,ターリバーンとの戦闘拡大に加えて,民間人を標的としつつ手製爆弾装置(IED)を用いたテロ事件が頻発していることも一因である。このようなテロ攻撃をいかに削減し,治安改善の道筋を描くのかについては未だ解決策を見出せていない。ターリバーンとの和平交渉が進展した場合,政府とターリバーンが共同で何らかの治安対策をとることはありうる。ただ同時に,和平交渉の進展は外国駐留部隊の撤退にも直結し,さらなる治安悪化の危険性も否定できない。

一方で,5月の政治的合意文書の署名により国内の政治対立がひとまずは安定し,ターリバーンとの和平交渉を最優先課題とした政府であったが,すでに水面下での権力闘争の兆しも見え隠れする。その代表的例として,新型コロナウイルス感染症対策を担当してきたオスマーニー公衆衛生相が12月30日にガニー大統領から突如辞任を促されるという事態が挙げられる。今後も政府内部の権力闘争は継続するものと予測され,汚職撲滅や治安改善,さらにはターリバーンとの和平交渉など課題が山積するなかで,厳しい状況が続くと考えられる。

(東京外国語大学講師)

重要日誌 アフガニスタン 2020年
   1月
2日アメリカ政府関係者が近くターリバーンとの和平合意締結の見込みと発表。
3日イラクでのソレイマーニーイラン革命防衛隊司令官殺害を受けて,国内の政治家たちから同調や反発などさまざまな反応。
4日選挙不服申立委員会,2019年9月の大統領選挙に関し,選挙結果に深刻な影響を及ぼす可能性がある不服申立が約8500件あったと発表。
5日ガニー大統領がロウハーニー・イラン大統領と電話会談。
9日選挙不服申立委員会が18州1645投票所における投票再集計開始の方針を発表。
14日パキスタン南部グワダル港にアフガニスタン向けの初のコンテナが到着。
16日パキスタンのクレーシー外相,ターリバーンが停戦に合意する方向であると発表。
18日ターリバーン報道官,パキスタンのDawn紙に対し,月内のアメリカとの和平合意の可能性に言及。
19日アリス・ウェルズ米国務次官補がイスラマバードを4日の日程で訪問。
25日公衆衛生省,空港での新型コロナウイルスの検疫措置を開始したと発表。
30日選挙不服申立委員会報道官,2019年9月の大統領選挙で投じられた約30万票が確定できない状況と発表。
   2月
1日ガニー大統領がカーブルでハリルザード米和平担当特使と会談。
2日インドのスィタラマン財務相,チャーバハール港開発関連予算の倍増計画を発表。
4日フェーローズ公衆衛生相,国内初の新型コロナウイルス対応施設を開設と発表。
7日カーブルで大統領選挙最終結果発表遅延に反対するデモ発生。
9日アメリカの第92回アカデミー賞にて,アフガニスタンを舞台にした「Learning to Skateboard in a Warzone (If You're a Girl)」が短編ドキュメンタリー映画賞を獲得。
12日トランプ米大統領がターリバーンとの和平合意を条件付きで承認。
18日独立選挙管理委員会(IEC)が大統領選挙最終結果を発表し,ガニー大統領が50.6%を獲得し再選。
21日ポンペオ米国務長官とターリバーンが同時に2月29日に和平合意署名と発表。
22日ターリバーンがアメリカとの和平合意前提条件である7日間の停戦開始。
24日西部ヘラート州で国内初となる新型コロナウイルス感染者1人を確認。
26日停戦期間中カーブルで爆弾テロ発生もターリバーンは関与を否定。
26日ガニー大統領が27日予定の大統領就任式を3月9日まで延期すると発表。
29日カタールのドーハにおいてターリバーン・アメリカ間の和平合意署名。
   3月
1日トランプ米大統領が和平合意を受けて早期の米軍撤退を明言。
1日パキスタンがチャマン国境を新型コロナウイルス感染症拡大防止のため一時的に閉鎖。
3日ターリバーンのモッラー・アブドゥル・ガニー・バラーダル副代表とトランプ米大統領が電話会談。
7日ロシアのカーブロフ・アフガニスタン担当特使が,治安安定化のためアフガニスタンへのロシア軍派兵に言及。
9日ガニー,アブドゥッラー両者が各自別々に大統領就任式を挙行。
11日ガニー大統領がターリバーンの囚人釈放を承認する大統領令に署名。
13日外務省,駐アフガニスタン国連大使がアブドゥッラーと会談したとして召喚。
18日ハリルザード米和平担当特使がカーブルに来訪しアブドゥッラーと会談。
23日ポンペオ米国務長官がカーブルを電撃訪問し,ガニー大統領らと会談。
25日ガニー大統領がターリバーンとの交渉団20人のリストを発表。
25日カーブル中心部のスィク教寺院をIS(「イスラーム国」)戦闘員が襲撃,27人が死亡。
28日新型コロナウイルス感染症拡大によりカーブルでロックダウン(都市封鎖)開始。
31日アブドゥッラー陣営が独自にターリバーンとの和平交渉チームを結成。
   4月
2日政府,ターリバーンが双方の囚人解放を開始と発表。
2日モーマンド鉱物・石油相(代理)が,ジョウズジャーン州の新ガス田から天然ガス採取を開始と発表。
4日国家安全保障局(NDS)がISホラーサーン州指導者のファルーキーを拘束。
8日国家安全保障評議会がターリバーンの囚人100人を釈放すると発表。
10日ミラー駐留米軍司令官がドーハでターリバーン指導部と会談。
12日ターリバーンが兵士20人を釈放。
13日ドーハでターリバーンのバラーダルとハリルザード米和平担当特使,ミラー駐留米軍司令官が会談。
   5月
1日アブドゥッラーがガニー大統領との暫定政治合意に達したと発表。
7日教育省がオンライン授業開始と発表。
7日ハリルザード米和平担当特使がドーハでバラーダルと会談。
12日カーブルで病院を武装集団が襲撃。乳児や看護師など13人死亡。
17日ガニーとアブドゥッラーが政治合意文書に署名し,「包括的政府」設立。
20日ハリルザード米和平担当特使がカーブルでガニー大統領,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長と会談。
24日ターリバーンの指導者アーホンドザーダが断食月明け3日間の停戦を発表。
28日ターリバーン代表団が囚人釈放について協議するためカーブルに来訪。
31日ガニー大統領がオスマーニー公衆衛生相を任命。
   6月
1日ガニー大統領とポンペオ米国務長官がオンライン会談。
6日パキスタンはアフガニスタン担当特使にムハンマド・サディークを任命。
6日政府は新型コロナウイルス感染症防止対策の指針を発表。
7日ドーハでハリルザード米和平担当特使とバラーダルが会談。
9日パキスタンのバジュワ陸軍総参謀長がカーブルに来訪。ガニー大統領,アブドゥッラー国家和解高等評議会議長と会談。
10日ガニー大統領がドスタム前副大統領の元帥昇格の決裁を実施。
20日パキスタンがトルハム国境を約3カ月ぶりに開放すると発表。
26日The New York Times紙がロシアによるターリバーンに対する駐留米軍兵士殺害への報奨金支出疑惑について報道。
30日ポンペオ米国務長官とターリバーンのバラーダルがオンライン会談。
   7月
2日米国防総省がターリバーンとアル・カーイダ間の密接な関係について報告書発表。
4日NATOが新型コロナウイルス感染症防止のための緊急支援物資供給を発表。
5日パキスタンがアブドゥッラー国家和解高等評議会議長の公式招聘を発表。
6日大統領報道官は各州副知事を女性が務めるための新ポスト創出を進めると発表。
7日アフガニスタン,パキスタン,中国の3カ国外相による「戦略的対話」会議がオンラインで開催。
9日アブドゥッラー国家和解高等評議会議長が自ら任命する閣僚名簿を提示。
12日パキスタンがインドからアフガニスタン向けの輸入品通過を許可すると発表。
13日ハリルザード米和平担当特使が国内5カ所の米軍基地閉鎖を発表。
28日ターリバーン指導者のアーホンドザーダが犠牲祭のメッセージを発出。
31日政府,犠牲祭開始に合わせ,ターリバーンとの3日間の停戦実施。
31日パキスタンとの国境開放を求めるデモ発生。南部国境では治安部隊と衝突。
   8月
1日NDSがISホラーサーン州指導者のオーラクザイを殺害と発表。
4日トランプ米大統領が11月末までに駐留米軍を4000~5000人に削減すると発表。
7日カーブルで和平交渉について議論するため,2日間の予定でロヤ・ジルガ開催。
8日ロヤ・ジルガにおいてターリバーンの囚人釈放と和平交渉推進の方針が決定。
9日ガニー大統領,400人のターリバーン囚人の釈放を発表。
15日IMFが汚職対策実施を条件として,3年半で3億6400万ドルの融資を決定。
21日パキスタンがトルハム,チャマンの両国境を開放と発表。
22日新型コロナウイルスの影響で閉鎖されていた学校が5カ月ぶりに一部再開。
25日パキスタンのクレーシー外相がイスラマバードでバラーダル率いるターリバーン代表団と会談。
26日洪水によりパルワーン州などで160人以上が死亡。
29日ガニー大統領が大統領令を発し,ターリバーンとの和平交渉団のメンバーを発表。
30日ガニー大統領が閣僚名簿を提示。
   9月
1日政府がもっとも危険とされるターリバーン囚人約100人を釈放と発表。
3日ガニー大統領が甚大な洪水被害の発生したパルワーン州を訪問。
9日カーブルでサーレフ第一副大統領に対する暗殺未遂事件発生。
12日ドーハで政府・ターリバーンによる史上初の直接和平交渉開始。
12日ターリバーンがカーブル州内の複数郡において,電気料金を各家庭から徴収とアフガニスタン電力会社が発表。
14日ハリルザード米和平担当特使がパキスタンを訪問し,バジュワ陸軍総参謀長らと会談。
14日パキスタンがアフガニスタン人に対するビザ規制緩和を発表。
15日国連女性地位委員会においてアフガニスタンから初の委員選出。
17日外務省がタジキスタンとの戦略協定への署名計画を発表。
19日オスマーニー公衆衛生相が新型コロナウイルス感染症拡大の第2波が到来している可能性に言及。
23日ガニー大統領が国連総会において事前録画映像を通して演説。
28日アブドゥッラー国家和解高等評議会議長が3日間の予定でパキスタン公式訪問。
  10月
5日ガニー大統領がドーハ訪問。
11日ターリバーンがヘルマンド州州都ラシュカルガーフへ侵攻し一部を占拠。
15日ハリルザード米和平担当特使とミラー駐留米軍司令官がターリバーンと会談。
16日サーレフ第一副大統領がカーブルの治安確保のため,特別措置をとると発表。
18日アブドゥッラー国家和解高等評議会議長が3日間の予定でイランを訪問。
24日NDSがアル・カーイダのナンバー2とされるアブー・アル=モフセン・アル=ミスリー殺害と発表。
24日カーブルの私立学校でISの自爆テロ発生。18人以上死亡,57人以上が負傷。
28日ハリルザード米和平担当特使とミラー駐留米軍司令官がドーハでターリバーン代表団と会談。
  11月
2日カーブル大学を武装集団が襲撃。大学生18人を含む22人死亡,27人負傷。ISが犯行を認め,ターリバーンは関与を否定。
2日ハリルザード米和平担当特使がパキスタンを訪問。
10日上海条約機構首脳会合をロシア主催のオンライン会議で開催。
10日ターリバーンがバイデン次期米大統領に対し,和平合意内容遵守を求める声明発表。
13日ミラー米国防長官代行は米兵向けのメッセージにおいて,アフガニスタンからの撤退を加速すると述べる。
15日政府とターリバーンが21項目の「規範」で暫定的合意。
19日パキスタンのイムラーン・ハーン首相が就任後初めてアフガニスタン来訪。
22日スターネクザイ和平交渉団代表らがカーブルに帰還しガニー大統領と会談。
23日ジュネーブで2日間の予定でアフガニスタン支援国会合開催。
23日インドのジャイシャンカール外相がカーブル近郊でのダム建設計画を発表。
24日バーミヤーン市で爆弾テロが発生し市民17人が死亡。
29日ガズニー州の軍基地への爆弾攻撃で30人以上が死亡。
  12月
1日人権擁護者保護のための合同委員会が大統領令により設置。
2日政府とターリバーンが今後の和平交渉の議題内容策定のための合同委員会設立などで合意と共同で発表。
3日ガニー大統領は国連の新型コロナウイルス感染症対応に関する特別セッションでワクチン供給を求める演説。
3日チャハーンスーリー鉱物・石油相,2021年に,ヘラートからTAPIガスパイプラインの建設が開始される見込みと発表。
10日イラン=アフガニスタン間鉄道が開通しオンラインでの開通式典挙行。
12日モヒッブ安全保障問題担当補佐官が和平交渉を国内で実施すべきとの見解発表。
13日政府・ターリバーン和平交渉を一時中断と双方が発表。1月5日再開予定。
15日マーク・ミリー米統合参謀本部議長がドーハでターリバーンの和平交渉団と会談。
15日ターリバーンが次回和平交渉をアフガニスタン国内で実施するという案を拒否。
16日バラーダル率いるターリバーン代表団が3日の予定でパキスタン訪問。
19日IECが遅延していたガズニー州の国会,州,郡議会選挙を2021年10月に実施予定と発表。
19日ユニセフがターリバーンと4000の非公式学校建設支援で合意と発表。
22日ミラー米国防長官代行がカーブルを電撃訪問。
25日ザーブル州議会議長は同州州都がターリバーンにより陥落間近との危機感表明。
27日政府・ターリバーンの和平交渉が2021年1月5日からドーハで再開される見込みと政府当局者が発表。
31日オスマーニー公衆衛生相が前日のガニー大統領からの辞任要求を拒否と表明。

参考資料 アフガニスタン 2020年
①  国家機構図(2020年12月末現在)

(注)2004年1月4日採択のアフガニスタン憲法に基づき作成,その後の推移により修正。

②  内閣閣僚(2020年12月31日現在)

(注)1)国家和解高等評議会議長は大統領選挙結果再選されたガニー大統領と次点のアブドゥッラーとの対立解消のため,5月17日に締結された合意に基づき新設されたポスト。閣僚の半数の任命権などの権限を有する。

(出所)各種報道や発表などを参考に筆者作成。

③  州知事(2020年12月31日現在)

(注)*はこの1年間に新たに着任した州知事である。18州で知事が交代した。

(出所)Afghanistan Onlineのウェブサイト(https://www.afghan-web.com/government-politics/provincial-governors/)を参考に筆者作成。

主要統計 アフガニスタン 2020年
1  基礎統計

(注)2020年発行の年間統計から対象時期をアフガン暦から西暦に対応した会計年度に合致させた。従って,基本的に2019年統計資料に掲載されている過去3年間の統計のみについて記載する。1)2019/20年度の人口は推計。2)為替レートはカーブル自由市場の年平均値。

(出所)National Statistics and Information Authority, Afghanistan Statistical Yearbook 2019;NSIAウェブサイト。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(注)在庫変動と統計誤差(いずれも推定値)を除く。

(出所)表1に同じ。

3  産業別国内総生産(実質価格)1)

(注)1)2016年度を基準とした実質価格。

(出所)表1に同じ。

4  国家財政

(注)1)2019/20年度の国内収入については税収とその他の金額記載がない。

(出所)表1に同じ。

5  国別貿易

(注)輸出の「その他」にはウズベキスタン・トルクメニスタンが,輸入の「その他」にはイラクがそれぞれ含まれる。

(出所)表1に同じ。

 
© 2021 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
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