2022 年 2022 巻 p. 219-238
2021年のカンボジアでは,世襲による権力継承がフン・セン首相によって示されるなど次期指導体制をめぐる準備が急速に進んだ。政府は新型コロナウイルス感染症の急拡大への対応に翻弄されながらも,フン・セン首相を中心とした人民党一党支配体制のさらなる安定のため,野党勢力の分断や言論統制を強化した。
経済面では2020年のマイナス成長から脱し,世界銀行(以下,世銀)とIMFの推計では2.2%,政府推計では3%の実質国内総生産(GDP)成長率が達成される見込みである。長年模索されてきた天然資源開発は金採掘が順調に始動したものの石油では失敗した。制度面では投資促進のために新投資法が制定されるとともに,中国と韓国との二国間自由貿易協定の国内手続きが完了した。
対外関係では,ワクチン外交や治安・経済協力を通して中国との蜜月が継続した一方,中国軍によるカンボジア領内の軍事施設利用疑惑や人権問題により対米関係は悪化した。また政府は2022年のASEAN議長国就任の準備のためミャンマー問題に着手するとともに,議長国運営上の重要分野を明らかにした。
2021年は将来の国家指導体制をめぐる準備として,指導者の国籍要件が改正されるとともに世代交代構想も示され,フン・セン首相が後継者を指名した。
10月,国家指導者4役(首相,国民議会議長,上院議会議長,憲法評議会議長)の二重国籍を禁止する憲法と関連法の改正がなされた。発端は,イギリスの『ガーディアン』紙でフン・セン首相がキプロスのパスポートを所持しているという記事が掲載され,それを国外から政府批判を活発に行うサム・ランシー旧救国党前党首がFacebookで拡散し,市民と軍に対してフン・セン体制打倒の声明を発表したことにある。外務省と司法省はすぐにキプロス政府に確認を求め,政府は同紙へ誤情報の修正を要求した。これに対し,フン・セン首相は自身への疑念を払しょくするため,国家指導者の二重国籍を禁止する憲法と関連法の改正を提案し,政府・軍高官などから相次いで支持が表明された。提案から2日後に大臣会議は国家指導者4役の二重国籍を禁止とする憲法第19条(新),第82条(新),第106条(新),第119条(新),第137条(新)と憲法附属法第3条,第4条の改正案を承認した。10月25日に国民議会で可決され,上院議会,憲法評議会での審議を経て,11月3日にシハモニ国王が署名し成立した。
二重国籍禁止を公職者全員ではなく4役に限定した背景として,内戦の影響により二重・多重国籍をもつ政府高官が多く,彼らの反発を防ぐためと考えられる。また国籍要件の改正には,フランス国籍ももつサム・ランシーの4役就任を阻むためという見方もある。しかし人民党は,「外国からの干渉を避け,国家に忠誠を示すために必要」と説明した。サム・ランシーは,「首相に就任する場合,カンボジア以外の国籍を放棄する」として同規定の影響を受けないと述べている。
年末には1985年より36年間の長期にわたり首相を務めているフン・センが自身の後継者について,明確な構想を示した。12月2日,フン・セン首相は,長男で国軍副総司令官・陸軍司令官のフン・マナエトを,国民議会選挙での当選を条件に首相後継者として全面的に支持すると初めて表明した一方で,人民党副党首で首相の党内ライバルと目されてきたソー・ケーン内相が「年齢の問題で将来首相になることはない」と明言した。フン・センは8月の段階で自身の任期は定めていないと述べていた。しかし後継者表明では,継承の時期を第8期国民議会議員選挙(2028年)後とし,12月末には第7期国民議会議員選挙(2023年)後の可能性を示唆した。後継者発表後,国家指導者の国籍案件同様に人民党高官から仏教指導者に至るまで首相への支持表明が相次いだ。一方,将来の首相就任の可能性がなくなったソー・ケーン内相は,他の最高幹部らに遅れて支持を表明した。その際には「フン・セン首相率いる人民党の決定に従う」との意向も示された。
人民党は,12月24日に第5期中央委員会第43回会議を開催し,満場一致でフン・マナエトを将来の首相候補に承認した。同会議ではティア・バニュ国防相とマエン・ソムオーン議会対策・査察相が副党首として選出され,副党首は4人となった。人民党は副党首を増やした理由を,膨大な仕事を分散させるためと説明したが,ソー・ケーン内相の影響力を削ぐ狙いともいえる。このプロセスをみるかぎり,フン・セン首相はソー・ケーン内相を警戒しており,同内相が条件として提示した党による後継者指名を早期に進めたかったと考えられる。
フン・セン首相は後継者指名とともに,政府指導者層の世代交代を目的に全員が60歳以下の閣僚案を構想していることを12月9日に発表した。この時点でフン・センは2028年の首相交代を想定していた。2028年時点で60歳以下の閣僚となると,サーイ・ソムアル環境相など一部の若手閣僚しかおらず,現閣僚の多くが入れ替え対象となる。フン・センは,12月末には自身が引退した後の首相の年齢制限に関する法律制定を示唆し,長男の次は孫にその座を担ってもらいたいと世襲による首相継承の意向も明らかにした。党内ライバルや主要な野党指導者が軒並み高齢化するなか,年齢制限を導入することで,彼らの首相就任を阻むというフン・センの意図がうかがえる。
野党勢力の分断と無力化2021年も旧救国党関係者の政治活動への復帰が進み,2022年のコミューン評議会(地方議会)議員選挙に向けた新党設立の動きもあった一方で,野党指導者に対する締め付けは緩まず,野党の無力化が続いた。
主要な野党政治家としては,ポル・ハム旧救国党副党首が政治活動への復帰を認められ,カンボジア改革党(Cambodia Reform Party)へ参加した。同党の政党登録は提出書類の不備や,登録申請中に草の根レベルで活動を行ったとして内務省から警告を受けるなど容易には進まなかったが,9月に登録が完了し,ポル・ハムが党首に就任した。これで旧救国党関係者による政党は5つに増えた。しかし同時期に旧救国党関係者が申請を行ったカンボジア国民の心党(Cambodia National Heart Party)の政党登録は,長期化した。党の資金源をめぐりサム・ランシーとの関係を疑われたのである。最終的に同党は,内務省に提出した政党登録書類での拇印不正を指摘され,登録が拒否された。この決定に対し同党は政党法第25条(新)に基づき最高裁判所に対し訴訟を起こしたが,最高裁は内務省の決定を支持する判決を出した。人民党政権は野党勢力を分裂させるために新党設立を容認する一方,サム・ランシーとの関係が疑われる場合は厳しい対応をとっている。同氏と国内野党勢力の分断という意図がうかがえる。
一方,旧救国党指導者の2人は身動きが取れない状態が続いた。2020年3月以来,クム・ソカー前党首に対する裁判が新型コロナウイルス感染症の拡大により休止状態にあった。しかし,2019年11月のサム・ランシー帰国計画に関与した129人の旧救国党関係者のうち61人に対する集団裁判が2021年1月から開始されたことに鑑みると,審理休止の長期化は感染症拡大だけで説明がつかない。人民党政権は結審後にクム・ソカーが恩赦により政治活動へ早期復帰し,今後予定されている選挙で野党勢力を勢いづけるような可能性を排除したいのだろう。恩赦は首相からの要請を受けて国王が出すものだが,判決が出てしまうと民主的な選挙の実施という観点から,クム・ソカーへの恩赦を求める国際社会からの声が強まることが想定される。だが,判決が出ていなければ恩赦はなく,クム・ソカーの政治活動復帰を阻むことができる。とはいえ一転し,12月に翌1月からの審理再開が発表された。これは感染症との共生を謳う政府にとって,コロナを理由とした審理延長は難しかったことがうかがえる。公判でクム・ソカーは無実を主張し,早期に政治活動へ復帰したいと審理の迅速化を求めた。審理が長期化すれば,人民党の思惑どおり政治活動への早期復帰は難しくなる。サム・ランシーも3月に上述の集団裁判で禁錮25年が科され,帰国困難な状況が続いている。
その両者の関係性も揺れ始めた。在外から政治活動を余儀なくされているサム・ランシーに対し,クム・ソカーは自身の審理再開発表前の11月,自らの名前を政治利用しないよう求めた。
政府批判に対する取り締まり強化政府批判に対する取り締まりは2021年も強化された。6月,警察は下水処理問題などを指摘していた複数の環境活動家を「共謀罪」や「不敬罪」で逮捕した。彼らの逮捕をめぐっては人権団体や欧米諸国から批判があがった。一方政府は,人権侵害を理由としてアメリカが途上国向け一般特恵関税(GSP)のカンボジアへの再適用見直しを発表(後述)した直後の11月,ベトナム国境をめぐる言動で逮捕・収監されていた労働組合連合会長ロン・チュンを含む活動家を中心に18人を釈放した。しかし旧救国党関係者の釈放は2人に留まった。依然多くの同党関係者が収監されている。
近年強化傾向にあったインターネット上の言論統制もさらに進められた。1月,情報省はフェイクニュースの調査・立件に関する省庁間ワーキンググループ(2018年の共同省令第170号で設立)の監視対象を,新たな政治批判の場となりつつある動画投稿サイトTik Tokや私信に拡大する方針を発表した。6月には旧救国党関係者を父にもつ16歳の少年がTelegramのグループチャット上での発言を理由に「扇動罪」と「侮辱罪」の容疑で逮捕された。2月には政府によるインターネット上のコンテンツ・通信規制を効率化するナショナルインターネットゲートウェイ(National Internet Gateway)導入に関する政令第23号が制定され,2022年2月の導入が予定されるなど,私信においても自己検閲が進むことが懸念される。
2022年のコミューン評議会議員選挙に向けた動き2022年のコミューン評議会議員選挙に先立ち,国家選挙監視委員会(NEC)の指導部が一部改編されるとともに,選挙関連の治安維持体制の整備が進められた。NEC指導部の改編では,6月に人民党推薦のシック・ブンホック委員長が病気のため辞任を表明したことを受け,同党所属の国民議会議員プラーチ・チャンが新委員長に就任した。12月には「選挙のための常設治安司令部」設立に関する政令第248号が制定された。同組織は国政・地方選挙と関連手続きを安全に実施することを目的としており,警察と国軍から編成される部隊を統轄する。設置期間は2022年から2024年である。内相を議長,国防相,外相,経済財務相を副議長とした組織であり,フン・マナエトも国軍副総司令官としてメンバーに入っている。選挙時の安全確保は重要であるが,このような治安維持組織は活動妨害に晒される野党側にとって新たな脅威にもなりうる。
また,当初5月に実施予定で6月に延期されたコミューン評議会議員選挙のパイロット選挙(2022年から導入されるオンラインによる候補者登録や結果発表の運用試験)は,新型コロナウイルス感染症拡大防止を理由に中止となった。
新型コロナウイルス感染症の急拡大と封じ込め2021年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が急拡大し,政府はその封じ込めに追われた。政府によると,隔離期間中に脱走した中国人観光客による国内3例目のクラスター感染(「2月20日クラスター事件」)が発端となり,1日の感染者数が1000人弱となる感染拡大へとつながった。当初は1カ月以内に抑え込めると思われていたが,4月には首都などをロックダウンするに至った。
「2月20日クラスター事件」を受け,政府は感染症の防疫措置に特化した法整備を進めた。「COVID-19とその他深刻かつ危険な感染症の蔓延防止に関する措置法」(3月11日成立・発効,以下,「COVID-19法」)が制定され,防疫のための保健対策・行政措置とともに,違反者に対して最大20年の禁錮刑も含む刑事罰・行政処分を科すことが規定された。3月31日には「COVID-19法」の具体的な行政措置を規定した政令第57号が制定され,州規模のロックダウンの場合,発出権限が当該州当局に認められた。同法は感染状況に応じて地方当局が柔軟に防疫措置をとれるようにしたものだが,2022年初頭には労働者による屋外デモにも適用されて逮捕者が出るなど,デモの封じ込めにも利用されている。
ロックダウン後もデルタ株の流入により感染者数は高止まりしていたが,1日の感染者数が900人前後で推移していた9月末,政府は全国的なスクリーニング検査(7月導入)を中止し,新型コロナウイルス感染症との共生を謳い社会活動再開に向けて動き出した。11月からは全国の公立・私立学校が全面的に再開され,ワクチン接種完了者で入国時の検査で陰性だった入国者への隔離措置も撤廃された。保健省の発表によると,12月末時点で2回以上ワクチンを接種した割合は全人口の8割以上に上っており,大半が中国製ワクチンを接種している。
経済は新型コロナウイルス感染症拡大があったものの,2020年のマイナス成長から脱し,世銀とIMFの推計でGDP成長率は2.2%とされた。一方,政府の見通しはこれより高く,2022年予算案に記載された数値は2.4%,2022年1月初頭時点でフン・セン首相は3%になると述べた。感染症拡大により観光業や小売業などのサービス業がマイナス成長だったものの,縫製業を中心とした工業が経済成長を牽引した。為替レートは,9~10月にかけて国立銀行が最大5億ドル規模で継続的に外国為替市場に介入しリエルの安定化に努めたため,1ドル=4100リエル前後で推移した。インフレ率はエネルギー価格の影響を受け変動したものの,年平均で2.9%に抑えられた。また,2013年以来,8年ぶりに貧困ラインの改定がなされた。改定は「社会経済調査2019-2020」に基づいており,新たな定義によると人口の約17.8%が貧困者と認定された。
貿易では縫製業を中心とした製造業の輸出が回復し,農産物の輸出も拡大した。政府発表では,1~10月までの総輸出額の6割以上を縫製品輸出が担い,衣料品が65億3800万ドル(前年比6%増),次いで旅行用品が11億7900万ドル(同49%増),履物が11億1300万ドル(同20%増)であった。カンボジア縫製業協会(GMAC)によると,縫製品輸出はパンデミック前の水準に回復した。外需環境の改善と,クーデタが発生し政治・経済的に不安定なミャンマーや近隣の衣料品生産国での新型コロナウイルス感染症の影響による原料不足から,カンボジアへの注文が増加したことが影響しているとみられる。
縫製品の最大の輸出先であるアメリカへの輸出は,大幅に増加した。鞄製品と旅行用品を対象としたGSPの認可が前年末に失効し,米議会による再適用の承認待ちとなっていたにもかかわらず,1~10月の対米輸出額は72億2400万ドル(前年同期比30.82%増)となった。第2の輸出先であるEUとは1~10月までの輸出額が26億2000万ドル(同1%増)で,輸出額が急落した前年から変化はなかった。農産物は中国向け輸出が増加傾向にあるとともに,ベトナムへの輸出が急拡大したことで,総輸出量は798万トン(前年比63.8%増)と大幅に増えた。ただし,物価の変動やインフレへのリスクヘッジから貯蓄資産としての金の輸入が急増したために,世銀の推計で経常赤字が対GDP比で26.9%(前年比18.7%増)になる見込みである。
一方で経済の要のひとつである観光業は,年間の外国人観光客数が19万6495人(前年比85%減)と,大幅に落ち込んだ2020年よりもさらに停滞した。11月のワクチン接種済み入国者への隔離措置撤廃により外国人観光客の増加が期待されるも,新型コロナウイルス感染症の変異株の影響で見通しは不透明である。
天然資源開発:石油,金長年模索されてきた天然資源開発をめぐっては,石油と金で明暗が分かれた。2020年末にシンガポール系企業クリス・エナジー(Kris Energy)社によってシハヌークヴィル沖アプサラ油田ブロックAで最初の原油採掘が開始されたが,失敗に終わった。事前の予想では1日当たり7500バレルが採掘される予定だったが,3月末時点で生産量がそれよりも大幅に下回り,連続性がないことがわかった。同社は4月中旬に操業継続が厳しいことを明らかにした。8月,フン・セン首相はカンボジアで最初の油田事業の失敗を表明し,採掘した原油29万バレルを積載した船舶が逃亡していることを発表した。タンカーは8月下旬にインドネシア海軍が拿捕したが,返還をめぐり両国間で合意に至っていない。
一方,金採掘は順調にスタートした。6月,オーストラリア系企業ルネッサンス・ミネラルズ(Renaissance Minerals)社によってモンドルキリー州で国内初の金の商業的採掘が開始された。12月末時点で1000キログラム以上の金鉱石が採掘・精錬され,100万ドルの鉱山使用料が政府に納められた。世界的にみてカンボジアの金産出量は決して多くはないが,同社は9月にトゥボーンクモム州での金採掘の権利を獲得したと発表しており,商業的金採掘の拡大が期待される。
投資の促進に向けて投資促進のための法整備も進められた。従来の投資法では,申請手続きが煩雑かつ長期にわたるとともに,投資家の資産保護が明記されていないという課題を抱えていた。10月に制定された新投資法ではそれらの課題が是正された。政府は,経済の主軸として期待される分野・業種を認定し,税制優遇の適用範囲およびその選択肢を拡大した。申請手続きに関しては,申請から最終証明書取得までの期間が10日間短縮されるとともに,オンラインでの登記が可能になり,労働許可証などの取得が容易になった。投資家や投資資産の保護なども明記された。新投資法の具体的な運用に関しては,今後の政令で規定される予定である。
後発開発途上国卒業を見据えた二国間・多国間貿易戦略今後数年以内に後発開発途上国を卒業する予定のカンボジアは,現在適用されている貿易面での優遇措置が受けられなくなることから,各国とのFTA締結を模索してきた。後発開発途上国卒業に関しては,2021年の国連開発政策委員会の報告書において第1回目の卒業基準を満たしたことが発表され,2024年に再び基準を満たせば卒業勧告がなされる予定である。そうしたなか,2021年は中国(2020年10月12日締結)および韓国との間でのFTAと地域的な包括的経済連携(RCEP)協定(2020年11月15日締結)の国内批准手続きが進んだ。
中国との関係では,9月,「カンボジア・中国自由貿易協定」が国民議会で批准され,2022年1月から発効される。中国への輸出品の大半はASEAN・中国FTAで関税が撤廃されているが,今回のFTAにより対中輸出の主要品目である精米やマンゴーなど農産物の関税が撤廃された。農林水産省によると,2021年の中国向けの精米輸出は30万9709トンで,初めて30万トンを超えた。11月には精米輸出の割り当て量40万トンの継続が決定しており,中国への農産物輸出の拡大が期待される。
韓国との間では,「カンボジア・韓国自由貿易協定」が10月26日に締結,12月末に国民議会で批准された。同協定により,カンボジアから韓国への衣料品,履物,旅行用品,電気機器,ゴムを含む農産品の輸出増加が期待される。
RCEP協定は10月に批准および寄託手続きが完了し,2022年1月1日より発効する。世銀の試算では,同協定によりカンボジアの輸出は6.5%増加する見込みである。12月のロシア代表団来訪時にはロシアおよびユーラシア経済連合とのFTAを政府が提案しており,二国間・多国間FTAの拡大を模索している。
中国との関係は特にワクチン外交,経済面,治安維持面で強化された。1月,フン・セン首相は中国製ワクチンの受け入れ決定を発表し,2月から中国製ワクチンの接種が開始された。2021年末時点で2700万回以上分の中国製ワクチンが届き,うち3割は贈与であった。2022年からは,国内でシノファーム(Sinopharm)社とシノバック(Sinovac)社のワクチン製造が開始される。
経済面でも引き続き協力が確認された。9月の王毅外相来訪時に両国政府は,2億7000万ドル規模の無償資金供与を含む6つの協力文書に署名した。また,中国が1億6000万ドル(無償資金協力)を支援して建設された,2023年の東南アジア競技大会用スタジアムの完成式典も行われた。フン・セン首相と王毅外相は,「運命共同体」構築に向けた準備を進めることを確認するとともに,同外相からは効果的かつ実用的な南シナ海行動規範(Code of Conduct: COC)を望む意向が示された。
治安維持面では中国人が関係する犯罪の摘発が進められるとともに,中国との越境犯罪撲滅に向けた協力継続が確認された。王毅外相来訪前には,以前より懸念されていたプレアシハヌーク州の中国人に関連した違法オンライン賭博,恐喝,身代金目的の誘拐などの治安問題に対処するため,駐在する中国公安部職員と協力の上でカンボジア警察が特別任務部隊を編成し,大規模に摘発した。9月末には,2019年締結の「越境犯罪の撲滅に向けた法執行分野での協力協定」の継続が,ソー・ケーン内相と中国の趙克志公安部長との間で合意された。
アメリカによる軍事的制裁と経済面での牽制アメリカとの関係は,中国軍によるプレアシハヌーク州のリアム海軍基地使用疑惑や人権侵害への懸念により悪化した。アメリカは,ウェンディ・シャーマン米国務副長官来訪直前の5月,「カンボジアが伝統的な二国間の軍事協力の一部を縮小した」として,アメリカ国内の陸軍士官学校で学ぶカンボジア人留学生に対する奨学金の打ち切りを通告した。これは,カンボジアがアメリカとの合同軍事演習を2017年以降延期し続けていることや,中国軍による基地使用疑惑への対応とみられる。米国務副長官はフン・セン首相との会談でも中国軍の基地使用疑惑を取り上げ,GSPによってカンボジアが得てきた経済的利益を引き合いに出しつつ中国寄りの外交姿勢を批判した。会談後に政府は,在カンボジア米国大使館付武官のリアム海軍基地視察を許可した。視察後に武官が一部施設のみしか視察できなかったと発表すると,軍は武官の発言が二国間の防衛関係にネガティブな影響をもたらそうとしていると批判した。
国務副長官来訪後もアメリカによる軍事面での制裁と経済面での牽制が続いた。9月,2017年の救国党解党後のカンボジアの人権状況悪化を受けて,2018年より毎年アメリカ議会で可決されている「カンボジア民主主義法」の2021年版が可決された。11月には,リアム海軍基地の改修費用の水増しに関与したとして,グローバル・マグニツキー法に基づき,チャウ・ピルム国防省資材・技術サービス局長とティア・ヴニュ海軍司令官のアメリカ国内の資産凍結と入国禁止措置が発表された。同日,米国務省・財務省・商務省はカンボジアで活動するアメリカの企業に対し,人権侵害に加担するカンボジア企業との関係を見直すよう勧告するとともに,米通商代表部はGSPを議会が再承認した後にカンボジアに関してはGSPの資格審査をする予定であると発表した。これは2021年1月1日以降のGSP失効期間中の関税に関しては遡及適用により還付する方針であるが,再承認後にカンボジアがGSP対象国であり続けられるか不透明であることを意味する。12月には,カンボジア政府による汚職や人権侵害を批判するとともに同国内における中国軍の影響力低減を狙い,アメリカはカンボジアへの武器禁輸措置を講じた。この制裁措置が取られる前週,フン・セン首相がリアム海軍基地問題は終わったとして,基地視察要請を拒否するよう指示したとされており,同措置は,中国軍をめぐる疑惑問題への調査を一方的に打ち切ったことへのアメリカ側の報復とも考えられる。フン・セン首相は同措置の影響はないとして,国内のアメリカ製武器の廃棄および倉庫格納を命令した。
ASEAN議長国就任に向けた準備2022年にASEAN議長国に就任するカンボジアは,ミャンマー問題(2月の国軍クーデタを発端とする国内情勢悪化)を中心に準備に着手した。2021年12月,ミャンマー軍政任命のワナマウンルイン外相来訪時には,二国間関係強化とASEANとのより良い協力と連帯のための方策を協議した。また,ミンアウンフライン国軍最高司令官からの招待で,翌2022年1月にフン・セン首相はミャンマーを訪問した。首相の訪問をめぐり,ASEAN人権議員連盟のタイ人理事からは軍事政権に正統性を与えると批判された。ミャンマー問題への対処はフン・セン首相がASEAN議長国として掲げる最優先課題のうちのひとつであるが,あくまで国内当事者間の和解の問題であり,自国の経験から長期化するとの見解を示している。首相はミャンマー問題への新たな特使としてプラック・ソコン外相を指名するとともに,次回のASEAN首脳会議へのミャンマーの参加の可能性を示唆した。
もうひとつの課題は,2022年に策定期限が迫るCOCである。中国とASEAN当事国との間で交渉の難航が予想されることから,フン・セン首相は悲観的な見通しを示しており,2012年の外相会談が共同宣言なしで閉幕したときのように,合意形成に失敗した場合にその責任をカンボジアに問わないよう牽制している。
2022年は,対内的には6月にコミューン評議会議員選挙があり,対外的にはASEAN議長国に就任するため政治的に重要な年となる。2017年の救国党解党後最初の地方選挙であり,各党の集票状況を把握するという意味で翌年の国民議会選挙の前哨戦となる。旧救国党勢力がいかに選挙に参加するのかも注目される。ASEAN議長国運営は,特にミャンマー問題への対応で難しい対応を迫られるだろう。カンボジアは内政干渉に否定的で軍事政権との対話路線を示しているが,一部のASEAN諸国はそれに批判的である。また,これらの重要な問題に首相後継者であるフン・マナエトがいかにかかわっていくのかは,今後の継承時期の判断材料になろう。外国との通謀罪をめぐるクム・ソカーの裁判は1月に審理が再開されるが,長期化が予想され,彼の政治活動への早期復帰は難しいといえる。
経済面では政府が2021年末に「COVID-19との共生下における経済開発のための戦略的枠組みとプログラム:2021~2023年」を打ち出し,高いワクチン接種率を背景に社会経済活動を制限せずにGDP成長率5.6%を目指している。しかし,変異株の登場で新型コロナウイルス感染症の再拡大が危惧されており,楽観視できない状況が続くと考えられる。また,最大の輸出相手国であるアメリカとはGSP再適用問題をめぐり関係改善が課題である。
(地域研究センター)
1月 | |
14日 | 2019年11月のサム・ランシー帰国計画に関与していた旧救国党関係者129人のうち61人を対象(壊乱罪,共謀罪の容疑)とした集団裁判再開。 |
15日 | 首相,中国製ワクチンの受け入れ決定を発表。 |
26日 | 2019年に実施された人口センサスの結果発表。 |
2月 | |
1日 | 中国との合同軍事演習「ゴールデン・ドラゴン」(Golden Dragon)の延期発表。 |
2日 | 韓国とのFTA交渉妥結を宣言。 |
2日 | 韓国との雇用許可制(EPS)による労働者派遣継続の覚書締結。 |
7日 | シノファーム社製ワクチン第1弾到着。 |
10日 | ワクチン接種キャンペーン開始。 |
16日 | 首相,ナショナルインターネットゲートウェイ導入に関する政令第23号に署名。 |
20日 | 首相,国内3例目のクラスター感染発生を発表。「2月20日クラスター事件」として,その後の感染拡大の契機に。 |
3月 | |
1日 | プノンペン地裁,2019年11月の帰国計画に関して壊乱罪でサム・ランシーに禁錮25年,その他救国党幹部に対し20~22年の禁錮刑判決。 |
1日 | 旧救国党議員オウ・チャンラット,カンボジア改革党登録申請を内務省へ提出。 |
3日 | 政府,2022年6月5日にコミューン評議会議員選挙を実施すると発表。 |
10日 | ラオス,ベトナムとオンライン首脳会談実施。 |
11日 | 新型コロナ感染による初の死者。 |
11日 | COVID-19法制定。 |
29日 | コンポート州にボーコー市誕生。 |
31日 | 首相,COVID-19措置に関する政令第57号に署名。 |
4月 | |
12日 | 首相,ラオスのパンカム・ウィパーワン首相とオンライン会談。 |
14日 | 政府,15日から2週間の首都とタクマウ市のロックダウンを命令。 |
20日 | クリス・エナジー社,アプサラ油田での採掘継続が不可能という見通し発表。 |
24日 | 首相,インドネシアで開催されたASEAN首脳会議に出席。 |
5月 | |
5日 | プノンペン地裁,環境活動家3人に対して扇動罪で禁錮刑および罰金刑判決。 |
20日 | 旧救国党幹部ポル・ハムとパン・チャンサックの政治活動復帰を勅令で承認。 |
27日 | アメリカ,国内の陸軍士官学校で学ぶカンボジア人留学生に対する奨学金打ち切りを通告。 |
6月 | |
1日 | 国家選挙監視委員会(NEC)のシック・ブンホック委員長,病気のため辞任。 |
1日 | ウェンディ・シャーマン米国務副長官来訪。フン・セン首相と会談。 |
4日 | 旧救国党議員シアム・プルック,国民の心党登録申請を内務省に提出。 |
9日 | NEC,新型コロナウイルス感染症拡大を理由にコミューン評議会議員選挙のパイロット選挙の中止を発表。 |
11日 | 在プノンペン米国大使館付武官,リアム海軍基地を視察。 |
16日 | 環境活動家3人,不敬罪と共謀罪の容疑で逮捕。 |
16日 | ルネッサンス・ミネラルズ社,モンドルキリー州オクヴァウ地区で国内初の金の商業的採掘開始。 |
23日 | ドミニク・ラープ英外務・連邦相,来訪。 |
24日 | NEC委員長として人民党所属国会議員プラーチ・チャンを承認する勅令発布。 |
7月 | |
1日 | 首相,新型コロナの迅速抗原検査を全国的に実施するよう指示。 |
25日 | ロシアのプーチン大統領,フン・セン首相に友好勲章授与。 |
8月 | |
1日 | 12~17歳へのワクチン接種開始。 |
1日 | 首相,カンボジア初の油田事業の失敗と原油を積載した船舶の逃亡を発表。 |
1日 | 首相,自身の退任時期を決めていないと表明。 |
9日 | 内相,タイからの帰国を希望する出稼ぎ労働者に対して条件付きで入国させるよう指示。 |
11日 | 国立銀行,電子通貨バコンにマレーシア資本メイ・バンクの加盟を発表。 |
16日 | カンボジア特別法廷,キュー・サンパン(第2-2事案)に対する控訴審開始(~19日)。 |
17日 | 首相,ミャンマーへの医療支援として20万ドル,ASEANの対ミャンマー人道支援として10万ドル拠出を発表。 |
9月 | |
6日 | 外相,訪韓(~8日)。 |
9日 | 国会,「地域的な包括的経済連携」(RCEP)協定承認。 |
10日 | 首相,第18回中国・ASEAN博覧会2021にオンライン出席。 |
12日 | 中国の王毅外相,来訪(~13日)。 |
15日 | 内務省,カンボジア改革党設立承認。 |
28日 | 2022年の最低賃金,月額194ドルに引き上げ決定。内2ドルは首相による上乗せ。 |
28日 | 内相,中国の趙克志公安部長と法執行分野での協力継続を合意。 |
28日 | 米議会,「カンボジア民主主義法2021」可決。 |
29日 | 首相,新型コロナの全国スクリーニング検査中止を命令し検査対象を縮小。 |
30日 | 洪水被害拡大。ボンティアイミアンチェイ州で約1万8000世帯が被災。 |
10月 | |
6日 | 首相,自身への二重国籍保持疑惑を受け国家指導者の二重国籍を禁止とする憲法改正を要請。 |
11日 | 内相,水祭り中止を発表。 |
15日 | 外相,ASEAN緊急外相会合に出席。 |
15日 | 新投資法施行。 |
15日 | RCEP協定の国内批准手続き完了。 |
19日 | 政府,オンライン上で発行されるe-VISAの再開を決定。 |
23日 | パリ和平協定30周年記念式典開催。 |
25日 | 国会,国家指導者4役の二重国籍を禁止する憲法改正案・関連法案を承認。 |
26日 | プノンペン地裁,2020年に労働組合連合会長ロン・チュン釈放を求める抗議活動で逮捕された14人の若手活動家に対して扇動罪で禁錮刑判決。 |
26日 | 首相,ASEAN首脳会議と関連首脳会議にオンラインで出席(~28日)。 |
26日 | 韓国とのFTAに署名。 |
11月 | |
1日 | 全国の公立・私立学校,全面再開。 |
5日 | グオン・ニュル国会第1副議長死去。 |
5日 | ロン・チュン逮捕に抗議した5人の活動家と5月に判決が出された環境活動家3人釈放。 |
7日 | マリズ・ペイン豪外相来訪(~8日)。 |
10日 | 米財務省外国資産管理局,国防省資材・技術サービス局長チャウ・ピルムと海軍司令官ティア・ヴニュのアメリカ国内の資産凍結と入国禁止措置発動。 |
10日 | 米国務省・財務省・商務省,カンボジアで活動するアメリカの企業に対して人権侵害を行う団体との交流を注意するよう勧告。 |
10日 | 米通商代表部,2020年末より議会の承認待ちであった途上国向けの一般特恵関税(GSP)を議会が再承認した後にカンボジアへの引き続きの適用を見直すと発表。 |
12日 | ロン・チュンを含む18人の活動家釈放。 |
15日 | 首相,中国の李克強首相とオンライン会談。 |
15日 | ワクチン接種済みの旅行者に対して隔離なしでの入国を許可。 |
16日 | 第11回アジア欧州議会パートナーシップ会合主催(オンライン)。 |
17日 | 計画省,「社会経済調査2019-2020」に基づき貧困ライン改定を発表。 |
22日 | 首相,ASEAN+中国特別首脳会議に出席。 |
25日 | 国会,チアム・ジアプを国会第1副議長に選出。 |
25日 | 第13回アジア欧州会合主催(オンライン,~26日)。 |
25日 | 国会,2022年予算法承認。 |
25日 | 内務省,拇印資料偽造のため国民の心党の政党登録申請を却下。国民の心党,内務省の決定を撤回するよう最高裁に提訴。 |
28日 | フンシンペック党党首のノロドム・ラナリット,フランスで死去。享年77歳。12月8日に国葬。 |
29日 | ラオスのパンカム首相来訪(~30日)。 |
30日 | インドネシアのルトノ・マルスディ外相来訪(~12月1日)。 |
12月 | |
1日 | 首相,岸田首相とオンライン会談。 |
2日 | 首相,プレアシハヌーク州の国道37号線開通式・排水処理場落成式において長男フン・マナエトを首相後継者として全面的に支持することを発表。 |
3日 | 外相,訪中(~5日)。 |
6日 | ミャンマー軍政任命のワナマウンルイン外相来訪(~7日)。 |
9日 | 米商務省,カンボジアへの武器禁輸措置発動。 |
13日 | プノンペン地裁,クム・ソカーの裁判を2022年1月19日に再開するとの召喚状発行。 |
15日 | ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記らロシア代表団来訪(~16日)。 |
17日 | カンボジア特別法廷最高審裁判部,国際検事によるミアス・ムット(第3事案)の訴追要請を却下。 |
17日 | 「選挙のための常設治安司令部」設立に関する政令第248号制定。 |
18日 | ナーガ・コープ社から大量解雇された労働組合員,同社が経営する首都のカジノ前でデモ実施。 |
20日 | 首相,「2月20日クラスター事件」によって引き起こされた新型コロナウイルス感染症蔓延の終息を宣言。 |
21日 | ベトナムのグエン・スアン・フック国家主席来訪(~22日)。 |
22日 | 「COVID-19との共生下における経済開発のための戦略的枠組みとプログラム:2021~2023年」発表。 |
24日 | 人民党第5期中央委員会第43回会議開催。満場一致でフン・マナエトを将来の首相候補に選出。ティア・バニュ国防相兼副首相とマエン・ソムオーン議会対策・査察相兼副首相を副党首として追加選出。 |
24日 | 最高裁,内務省による政党登録拒否を不服とした国民の心党の訴えを却下。 |
27日 | 12年生修了試験実施(~28日)。 |
28日 | カンボジア特別法廷最高審裁判部,国際検事によるイム・ティット(第4-1事案)の訴追要請を却下。 |
29日 | 首相,国防省新管理棟落成式において,自身の引退後に首相の年齢制限導入を要求するとともに,フン・マナエトが早ければ2023年に首相になる可能性を示唆。 |
29日 | 国会,韓国とのFTA批准。 |
(注)*は副首相,**は上級大臣。
(注)インフレ率は2018年以降,籾米生産の2021年については予測値。為替レートは市場レートの中間値を参照。
(出所) 人口は計画省統計局,籾米生産はFAO “Country Briefs: Cambodia”(http://www.fao.org/giews/country-analysis/country-briefs/country.jsp?code=KHM),インフレ率と為替レートは中央銀行 “Monthly Average Exchange Rate”(https://www.nbc.org.kh/english/economic_research/monetary_and_financial_statistics_data.php)。
(注)1)予測値。
(出所)ADB, Key Indicators 2021(https://www.adb.org/publications/key-indicators-asia-and-pacific-2021).
(注)1)予測値。
(出所)表2に同じ。
(出所)IMF, Direction of Trade Statistics(https://data.imf.org/?sk=9D6028D4-F14A-464C-A2F2-59B2CD424B85).
(注)IMF国際収支マニュアル第6版に基づく。金融収支の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。
(出所)表2に同じ。
(注)1) 暫定値。
(出所)表2に同じ。
(注)1)暫定値。
(出所)表2に同じ。