アジア動向年報
Online ISSN : 2434-0847
Print ISSN : 0915-1109
各国・地域の動向
2021年の韓国 「非好感度比べ」と化した大統領選と経済の回復
奥田 聡(おくだ さとる)渡邉 雄一(わたなべ ゆういち)
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2022 年 2022 巻 p. 25-50

詳細

2021年の韓国

概 況

2021年の国内政治では保守野党の勢力伸長が見られた。3月に発覚した政府関係機関職員による土地投機疑惑が痛手となり,与党は4月のソウル市長選で敗北を喫した。その後政界は2022年大統領選に向けて動き出した。与党は京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)を候補に擁立した。保守野党では36歳の若い党代表が選出され,大統領候補には検察改革で政権と対峙した尹錫悦(ユン・ソギョル)を擁立するなど,新風がもたらされた。大統領選をめぐっては,李候補の新都市開発疑惑,尹候補の妻など親族をめぐる疑惑などスキャンダル合戦の様相を呈した。年末にかけては新型コロナウイルス感染者が急増し,医療がひっ迫した。

経済は,前年に新型コロナの感染拡大を受けて大きく落ち込んだ個人消費や輸出が力強い回復を示してプラス成長に転換した。労働市場の改善を含めて,景気回復の進展には積極的な財政出動に基づく政府の景気対策が寄与した面が大きかった。一方で,前年に大規模な緩和策が実施された金融政策は引き締めに転じるとともに,継続的な物価上昇によってインフレ懸念が高まった。流動資金が不動産市場に流れ込み住宅価格を押し上げる構図は続き,政府の不動産対策は住宅供給の拡大路線へ大きく舵を切った。また,所得主導から投資主導への成長戦略の転換とあわせて,2021年には経済安全保障の強化に向けた動きも一層進んだ。

対外関係では,文政権が南北関係の改善に依然熱心な姿勢を見せたものの北朝鮮は反応せず,目立った動きはなかった。日韓関係は冷え込んだままの膠着状態が続いた。7月の東京五輪を機に文在寅(ムン・ジェイン)大統領の訪日が企画されたが実現しなかった。対米関係では,バイデン新大統領との首脳会談で韓国のこれまでの南北関係・米朝関係での取り組みが評価され,関係が改善に向かった。対中関係では,韓国が配備している終末高高度防衛ミサイル(THAAD)をめぐり,中国が大統領選の論戦での関連発言にまで警告を発するなど,神経質な対応が見られた。

国内政治

不動産疑惑でソウル市長選に敗北した与党

2021年前半の最大のトピックは4月7日に行われたソウル,釜山の2大市長選であった。この選挙は翌年の大統領選の前哨戦と位置付けられ,与党・共に民主党にとってこの選挙での勝利は長期政権への重要な里程標であった。

だが,文在寅政権は不動産問題に苦慮していた。前年に打ち出した住宅課税強化,融資制限,家賃上限制などの実効が上がらず,2月4日の不動産対策では住宅供給拡大へと方針転換することによって問題解決を図ろうとしていた。

こうしたなか,2大市長選を約1カ月後に控えた3月2日に発覚したのが,「LH疑惑」であった。国民への住宅供給を担当する公企業の韓国土地住宅公社(LH)職員が,同社が手掛ける光明・始興新都市事業の区域内に100億ウォン以上の土地を投機目的で先行取得していたという疑惑である。これを契機に政官界は不動産投機をめぐって大きく揺れた。不正行為が進行していた時期にLH社長を務め,国土交通部長官として文政権の住宅供給拡大策を主導していた卞彰欽(ビョン・チャンフム)が3月12日に辞意を表明した。疑惑の余波は政権中枢にも及び,29日には文大統領の腹心の金尚祖(キム・サンジョ)大統領府政策室長が更迭された。家賃上限制の発案者とされる彼は,同制度施行の2日前に自身の所有するマンションの入居者から家賃上限制の制限を上回るチョンセ金(家賃代わりの保証金)を受け取っていた。

不動産政策をめぐる文政権・与党への不信感が高まり,2大市長選で与党・共に民主党は大敗した。ソウル市長には最大野党「国民の力」の呉世勲(オ・セフン)候補が約10年ぶりに返り咲き,釜山市長も同党の朴亨埈(パク・ヒョンジュン)候補が当選した。

敗戦責任論で李在明一択化が進んだ与党

地方再・補欠選で厳しい審判を受けた与党・共に民主党では敗戦責任論が台頭し,選挙を指揮した李洛淵(イ・ナギョン)元首相の求心力が低下した。一方,選挙から距離を置いていた李在明・京畿道知事の存在感が増した。4月16日に首相と5閣僚の交代という大型の内閣改造が発表され,5月2日には与党の新しい党代表に非主流派の宋永吉(ソン・ヨンギル)議員が選出された。

この後与党内では大統領選公認候補者決定が焦点となった。直截な発言と地方首長としての行動力で以前から知名度の高かった李在明知事の優勢は変わらず,李知事は10月10日に大統領選の公認候補に選ばれた。しかし全国構図で見た場合,大統領候補としての李在明への支持はやや広がりに欠けた。文政権への支持率はコロナ防疫への評価により3割台後半で堅調に推移したが,李在明への支持率がこれを超えることはなかった。大統領候補擁立以降は進歩層を何とかまとめたものの,無党派層の取り込みは進展しなかった。

2大市長選勝利で勢いに乗り新風が吹く保守野党

2大市長選で勝利した保守の最大野党「国民の力」では,朴槿恵(パク・クネ)以前の時代を象徴する古い世代に代わって若い世代や外部人材が台頭した。同党への支持は2割台前半から4割を窺う水準にまで上昇し,支持率が3割台を維持しつつも低下傾向を見せた与党とは対照的であった(図1)。4月の2大市長選と11月の大統領候補予備選挙を契機に保守層が結集したほか,これまでの与党の政策運営に批判的な無党派層の支持も集まった。

図1 2021年韓国2大政党の支持率推移

(出所) 韓国ギャラップ。

6月11日,新しい党代表に36歳の李俊錫(イ・ジュンソク)元最高委員が選出された。「高齢者」「安定」というイメージが強い保守本流政党のかじ取りを30代の青年政治家に任せるという保守層の選択は衝撃的ですらあるが,裏を返せば保守層の強い危機感の表れと言える。

大統領候補の人選は外部人材と従来型人材の争いとなった。有力な外部人材と目されたのは,尹錫悦・前検事総長であった。彼は2019年以来の検察改革の過程で文大統領の腹心の曺国(チョ・グク)法務部長官を退陣に追い込み,反文在寅の象徴であった。尹錫悦は一貫して検事畑を歩んだ人物で政治経験はゼロだったが,政権奪還を狙う保守陣営から大統領選出馬を期待されていた。尹錫悦は3月4日に検事総長を辞職後,6月29日に大統領選への出馬を宣言し,7月30日には「国民の力」に入党した。党内の既存人材のなかでは2017年大統領選候補の洪準杓(ホン・ジュンビョ)議員が有力な対抗馬となった。党内予備選挙では党員投票で高い支持を受けた尹錫悦が大統領候補に選ばれた。保守層は経験豊富な政界のプロより,政治経験ゼロでも突破力のある新人材に期待をかけたのであった。

大統領候補としての尹錫悦への支持率は,与党の李在明の後塵を拝することが多かった。しかし,11月の「国民の力」の大統領候補指名を契機に尹錫悦への支持が李在明を上回る局面も見られた。

スキャンダル暴露合戦と化した大統領選

11月までに主要政党の大統領候補は出そろったが,その前から有力候補者たちは事実上の選挙戦に突入していた。この大統領選の特徴は,連日のように噴出するスキャンダルと候補者の暴言・失言・非難合戦である。取り沙汰されたスキャンダルは不動産疑惑,高位公職者周辺の不正など国民の強い反感を買うものが多く,一部では今回の選挙を「非好感選挙」と揶揄するほどであった。

与党の李在明候補の疑惑のうち最も問題視されたのが,李がソウル近郊の城南市長在任時に同市大庄洞一帯で進められた新都市開発事業をめぐる疑惑であった。2021年までに発生した開発利益は合計5903億ウォンに上ったが,この3分の2に当たる4040億ウォンがある法曹関係記者およびその周辺に配当されたほか,大法院判事や検察総長,国会議員子息などに顧問料が支払われていたという。この疑惑については,2021年9月23日に検察が捜査を開始したが,特異な開発利益分配の仕組みの形成過程を知る城南都市開発公社の幹部職員2人が12月に相次いで自殺したことで疑惑解明は困難となった。李在明に関してはこのほかにも,女優との不倫疑惑や長男の賭博疑惑,インタビュー時の粗野な応答など,本人と周囲の言動が物議を醸した。

一方,尹錫悦候補については,義母の医療法違反や残高証明書偽造,妻の経歴詐称や株価操作など彼の家族が関係する不祥事が取り沙汰された。尹錫悦の義母は療養型病院を不正開設し,健保報酬を不正受給したとして7月2日に懲役3年の1審判決を受け,法廷で拘束された。妻の金建希(キム・ゴンヒ)については度重なる経歴詐称が取り沙汰された。彼女は2001年から16年までの間に5つの大学で非常勤教員として教壇に立ったが,採用時に提出した履歴書に多数の虚偽記載があったとされる。この件について,金建希は12月26日に国民向けに直接謝罪した。株価操作については,ドイツモータース(BMWの韓国代理店)理事だった2010~2013年頃,同社株の売買で数億ウォンの差益を得たとされる。

尹錫悦本人の問題も大きい。「1日1失言」と言われるほど不用意な発言が多かった。与党をまとめるリーダーシップを不安視されたほか,尹が文政権の検察総長として保守系の大統領経験者である李明博(イ・ミョンパク),朴槿恵の2人を訴追した過去を保守層にどう説明するかも問題であった。予備選の後に李俊錫代表や金鍾仁(キム・ジョンイン)総括選対委員長との間で選対運営やスキャンダル攻撃への対応をめぐって不和が表面化し,12月21日には李俊錫代表が選対委員長の辞任を表明した。予備選の競争相手だった洪準杓議員は敗退後も尹錫悦に対する辛辣な批判を続けた。

12月31日,文政権は朴槿恵前大統領を特別赦免で釈放した。これについては「朴槿恵を迫害した張本人」としての尹錫悦を想起させることで保守の分裂を狙ったもの,就任後の政治報復をほのめかす尹錫悦へのけん制などの政権側の意図が取り沙汰されている。

検察改革のその後と与党の反対勢力封じ

2020年の韓国政界をにぎわせた検察改革は,2021年1月1日の警察・検察間の捜査権限調整,同月21日の高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の発足,そして3月4日の尹錫悦検察総長の退任を経て一段落した。文政権と与党が検察改革を進めたのは,検察が権力型犯罪の捜査を通じて政権交代期に事実上の権力機関として振る舞うことを封じるためであった。

検察改革が一段落しても,与党の検察権限縮小への執念は続いた。公捜処が発足して間もない2月,与党では韓国版FBIとも呼ばれる重大犯罪捜査庁(重捜庁)を新設し,検察に残された6大犯罪(腐敗・経済・公職者・選挙・防衛事業・大型惨事)の捜査権限をも奪う案が浮上した。重捜庁新設は4月の2大市長選での与党敗北で沙汰止みとなったが,与党は反対勢力に対する圧力を加え続けた。

一方,検察改革の結果発足した公捜処の独立性が疑われた。6月10日,公捜処は尹錫悦への告発(捜査縮小・妨害の容疑)を立件した旨を,告発者である市民団体に通知した。この事件は公捜処の扱う政治家案件第1号であった。9月9日には公捜処が別の事件で尹錫悦を被疑者として立件したほか,12月には公捜処をはじめとする捜査機関による尹錫悦夫妻や野党議員への通信資料照会が判明した。

与党は自身への批判を強めるマスコミへも圧力を加えた。捜査機関による通信照会はマスコミ関係者に広く及び,朝日新聞など外国メディアもその対象となった。このほか,マスコミへの圧力手段として言論仲裁法の改正が推進された。8月19日,与党は国会文化体育観光委員会で言論仲裁法改正案を強行採決した。この改正案の主旨は虚偽・操作報道で財産・精神的被害が出た場合,発信者に懲罰的損害賠償責任を負わせることにある。与党の対マスコミ圧力は海外でも反響を呼び,9月1日には国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が言論仲裁法改正案への懸念を表明した。これを受け,与党は法案の国会本会議への上程を断念した。

さらなる感染拡大に直面した韓国

韓国では年末に向けて新型コロナウイルスの感染者が急増した。年前半の1日当たりの感染者数は300~900人台と感染状況は比較的良くコントロールされていた。2月15日には感染者数が1日当たり300人台に低下したことを受け,5つに分けられていた社会的距離確保を緩和し,首都圏は2段階(5段階中3つ目)とした。ワクチン確保に手間取り,接種が本格化したのは5月頃からであった。7月8日には社会的距離確保の段階を4つに再編した。しかしこの頃からデルタ株による感染第4波が始まり,首都圏は最高の4段階とされた。飲食・宿泊など一部の業種で影響が長期化していることに配慮し,第4波が収束に向かう過程で11月1日から「ウィズコロナ計画」が施行されたが裏目に出た。同月半ばからの第5波では感染者数がそれまでにないペースで増加し,12月中旬から下旬にかけてピークを迎えた。第5波では特に医療の逼迫が目立った。重症者数の増加が顕著で,それまで比較的低水準だった死亡者も大きく増加した。12月16日,文大統領は医療体制の不十分さについて謝罪したが,同22日にはコロナによる死亡者109人,新規感染者6913人を記録した。

(奥田)

経 済

マクロ経済の概況:コロナ禍でのプラス成長への転換

2021年の韓国経済は,前年に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて大きく落ち込んだ国内消費や輸出が力強い回復を示したことで,プラス成長に転換した。2022年3月に韓国銀行が発表した国内総生産(GDP)の暫定値によれば,2021年の実質GDP成長率は4.0%を記録し,前年に陥ったマイナス成長(-0.9%)からV字回復を果たした(表1)。経済成長率が4%台以上を記録するのは,2010年(6.8%)以来であった。ただし,リーマン・ショックによる低迷から急回復を遂げた当時と同様に,今回も前年の落ち込みからの反動増のほか,総額50兆ウォン規模の補正予算編成を含む積極的な財政出動によるところが大きいとされる。

表1 支出項目別および経済活動別国内総生産成長率

(注) 数値はすべて暫定値。四半期別数値は季節調整後の値。在庫増減はGDPに対する成長寄与度を表す。

(出所) 韓国銀行「2021年第4四半期および年間国民所得(暫定)」2022年3月3日。

支出項目別にみると,GDPの約半分を占める民間消費ではコロナ禍に関連した各種支援金の給付やカード利用時のキャッシュバック支援など政府による景気対策や防疫措置の緩和による効果もあって,財・サービス消費が幅広く復調して前年比3.6%増のプラス成長を取り戻した。民間消費に次いで高いシェアを占める輸出でも,前年より引き続き好調な半導体を中心に,市況が回復した石油化学や鉄鋼製品,自動車の好転などが追い風となり,前年比9.9%増の大幅なプラス回復をみた。また,半導体関連など機械類を中心に堅調な設備投資(前年比8.3%増)に加えて,新型コロナワクチンの購買や接種普及(健康保険支出)などによって拡大した政府消費(同5.5%増)も成長を後押しする役割を果たした。近年の住宅建設不振のほか,建材価格の上昇などを受けて建設投資は前年比1.5%減とマイナス成長が続いているが,政府の不動産政策が供給拡大路線に転換したことで,今後の復調が期待される。

経済活動別には,ICT分野を中心に好調な製造業が前年比6.6%増を記録してプラス成長へ大きく飛躍した。また,前年にコロナ禍の打撃を大きく受けた宿泊・飲食や卸・小売,運送,文化・芸術などの業種が回復したことで,サービス業全般についても前年比3.7%増に転じた。ただし,建設景気の回復が鈍い建設業(前年比2.1%減)では前年割れが続いている。実質国内総所得(GDI)の成長率は前年比3.5%増に好転したが,原油価格の上昇などによって交易条件が悪化したためにGDP成長率を下回る水準にとどまった。なお,1人当たり名目GDPおよび1人当たり国民総所得(GNI)はともに,為替レートや人口増加率などを勘案すると前年水準より10%程度高い3万5000ドル台に達する見通しである。

国際収支状況:史上最大の貿易額を達成

前年にコロナ禍により減少した貿易実績は活況を取り戻した。関税庁の発表によれば,2021年の通関基準の輸出額は6444億ドル(前年比25.7%増),輸入額も6150億ドル(同31.5%増)に達し,輸出入ともに過去最高額を記録した。ただし,貿易黒字は前年実績よりも縮小した。輸出の内訳を品目別にみると,前年に引き続き市況が好調で単一品目としては最大規模の半導体(前年比29.0%増)が1300億ドルに迫る過去最高を更新した。主要国の景気回復や原油価格上昇の恩恵を受けて,石油化学(前年比54.8%増)や一般機械(同10.8%増),石油製品(同57.7%増),鉄鋼製品(同37.0%増),自動車(同24.2%増),船舶(同16.4%増)など主力品目のすべてで増加をみた。また,バイオシミラーやコロナ検査診断キットなどを含むバイオヘルス(前年比16.9%増),OLED(有機EL)(同33.2%増)や2次電池(同15.5%増)といった新たな成長品目も引き続き好調なほか,新韓流ブームを受けて化粧品(同21.5%増)や農水産食品(同13.2%増)などの伸びも顕著であった。

地域別にみると,4大市場である中国(前年比22.9%増),ASEAN(同22.3%増),アメリカ(同29.4%増),EU(同33.9%増)向けでともに史上最高の輸出額を達成した。これらは上記で示した主要品目における輸出回復によるところが大きい。対日貿易では石油製品や鉄鋼などの輸出が拡大して対日輸出(前年比19.8%増)が好転するも,半導体製造装置など半導体関連の輸入が活発に推移して対日輸入(同18.7%増)も大きく伸びた。その結果,対日貿易赤字は246億ドルに拡大した。なお,2021年には原油や石炭など一次産品価格の上昇が大きく影響して,資源国であるオーストラリア,サウジアラビアやカタールなど中東諸国との貿易赤字も増大した。

韓国銀行によれば,2021年の経常収支は貿易黒字の縮減にもかかわらず883億ドルの黒字を達成し,黒字幅は前年水準よりも増加した。経常黒字の拡大には輸送サービスの改善に伴うサービス赤字の縮小,配当所得の増加による投資所得黒字の増大などが作用した。韓国輸出入銀行によると,2021年の海外直接投資額は759億ドル(前年比32.8%増)で過去最高額を記録した。欧米や中国向け投資などで回復がみられたとともに,業種別では金融・保険業を筆頭に製造業や情報通信業などでも増加をみた。2021年の外国人直接投資(申告基準)も,産業通商資源部の発表では295億ドル(前年比42.3%増)と過去最高額を達成した。オンライン・プラットフォーム向けのサービス投資が活発な情報通信分野をはじめ,サービス業での対韓投資が飛躍的に伸びたことが大きい。一方,製造業全体では若干減少したものの,半導体や金属などの分野では増加がみられたため,投資誘致策が奏功してサプライチェーンの拡充に寄与したという評価である。

積極的な財政出動による景気対策と金融政策の転換

前年にコロナ禍により大きな打撃を受けた労働市場は大幅に改善した。統計庁の発表によれば,2020年に激減した就業者数は2021年初めから増加に転じ,通年では前年比36万9000人増で前年の減少幅を大きく上回るとともに,前年に43万人増加した一時休職者数も2021年には34万7000人の減少をみた。雇用率や労働力率といった指標も再び上昇に転じたほか,失業者数の減少によって失業率も前年比0.3%ポイント改善して3.7%となった。就業者数の増加は特にサービス業で著しく(製造業では若干の減少),情報通信や運輸・倉庫など非対面型およびデジタル転換が進む業種や保健福祉業などでは増大した一方,宿泊・飲食や卸・小売,芸術・スポーツ・レジャーなど対面比重の高い業種では減少が続いた。年代別には,政府の直接雇用事業によって60歳代以上の高齢者就業の増加が引き続き堅調であるが,20歳代を中心とする若年層の雇用情勢も回復した。

雇用動向の改善を含めて景気回復の進展には,政府の拡張的な財政政策を背景とした景気対策が大きく寄与した。前年には4次にわたって組まれた補正予算が2021年にも2度(3月と7月)編成されるなどの積極的な財政出動によって,コロナ禍の長期化に伴い営業・集合制限措置を受けた自営業者や低所得者層などに対して災難支援金が繰り返し給付され,10月からは小規模事業者向けの損失補償も実施された。2020年5月に全国民に対して緊急災難支援金の支給があったが,そのような大規模支給の第2弾として2021年9月には全国民向けではないものの,所得水準の下位88%までが広く対象となるコロナ相生国民支援金(1人あたり25万ウォン)が再び支給された。そのほかにも,10月から2カ月間限定でカード利用時におけるキャッシュバック支援(第2四半期の月平均使用額を超える分の10%を上限付きで還付)や,コロナ禍による被害が大きかった対面型業種を対象とした割引付き消費クーポンの発給といった消費喚起策もあわせて実施された。

政府により景気対策が図られるなか,前年に大規模な金融緩和が行われた金融政策は引き締めに転じた。韓国銀行は,過去最低水準が続いてきた政策金利を8月と11月に相次いで引き上げた。今回の利上げ判断の背景には,景気回復が進んでいることに加えて,継続的な国内物価の上昇によりインフレ懸念が高まったことがあった。消費者物価は年初より尻上がりに上昇を続け,通年では前年比2.5%増と韓国銀行が定める物価安定目標値(2.0%)を超えた。生産者物価も前年比6.4%増の大幅な上昇を示した。物価上昇の主な要因は,原油などエネルギーや農畜水産物,サービス価格といった供給側における上昇圧力が強まったことにある。そのため,政府は11月にガソリンや軽油などに課される油類税の20%引き下げと,液化天然ガス(LNG)輸入に対する関税撤廃を6カ月間の時限措置として実施した。なお,相次ぐ利上げにもかかわらず外国為替市場は1年を通してウォン安基調で推移した(前年末比9.0%のウォン安・ドル高)。

金融政策が転換したもうひとつの背景には,金融緩和策の副作用として起こった家計債務の累増および住宅価格の高騰があった。韓国銀行の発表によると,足元の家計負債総額は1862兆1000億ウォン(12月末現在)まで膨れ上がり,コロナ禍以降には増加ペースが加速している。家計の可処分所得に占める負債比率も180%を超えるとされる。政府は2021年には2度(4月と10月)にわたって家計負債管理対策を発表し,借主の償還能力審査(DSR)の基準強化やノンバンクからの融資に対する監督強化などに乗り出した。家計債務の多くは不動産融資や住宅担保貸出であり,流動資金が不動産市場に流れ込んでソウルや首都圏を中心に住宅価格を押し上げる構図が一方で続いた。政府は2月に過去最大規模となる住宅供給計画(2025年までに全国の大都市に約83万戸)を発表し,これまでの融資規制や課税強化中心の不動産対策から供給拡大の路線に大きく舵を切った。しかし,こうした一連の対策が家計負債の膨張抑制や住宅価格の安定化に寄与するかは予断を許さない。

成長戦略の転換と経済安全保障の強化

文政権は2017年の出帆当初,主に最低賃金の引き上げを通して家計の実質可処分所得を増大させることで,需要喚起と雇用創出を促す所得主導成長を目指した。実際に2018~2019年には最低賃金は大幅に引き上げられたものの,人件費負担が増加した中小・零細企業の経営は圧迫され,雇用はむしろ伸び悩んだ。そのため,文政権は2019年には早くも時給1万ウォンを目標とした最低賃金水準の任期内での達成を断念した(2022年度は前年比5.1%増の9160ウォン)。代わって,文政権は同年に「製造業ルネサンスビジョン・戦略」(システム半導体・次世代自動車・バイオヘルスの3大革新産業の育成)を発表し,実体経済や企業重視へ軌道修正を図った。そうしたなか,2020年にはポストコロナを見据えて「韓国版ニューディール」が発表され,社会全体のデジタル化,環境配慮型のインフラ構築や産業転換,次世代技術の振興などへの積極的な投資によって雇用創出(190万1000人)を図る計画が打ち出された。「韓国版ニューディール」は新たに創設された官民ファンドを資金源とした壮大な投資戦略であり,2025年までに総額160兆ウォンが投入される。2021年にはセーフティーネットや人的投資の強化,格差解消や若年層支援などを新たに盛り込んだ「韓国版ニューディール2.0」が発表され,投資規模も総額220兆ウォンに増大した。こうして文政権の成長戦略は,所得主導から投資主導による雇用拡大に転換していった。

2021年には経済安全保障の強化に向けた動きも一層進んだ。部品・素材などの調達を特定国に依存するリスクが顕在化した発端は,2019年7月に起きた日本による半導体材料3品目の対韓輸出管理強化であった。それに対して政府は同年8月,同3品目を含む戦略的重要度の高い100品目について,早期の国産化や輸入先の多角化などにより供給安定化を図る「素材・部品・装備競争力強化対策」を発表した。その後も米中対立に伴う貿易摩擦が続くなかでコロナ禍によって一部部材の供給ストップや物流混乱も重なったため,広くグローバル・バリューチェーン(GVC)を分断させる攪乱要因に対応するべく,2020年7月には対象品目や対象国・地域を拡大した「素材・部品・装備2.0戦略」が発表された。2021年に入ると,アメリカが重視する戦略物資のGVC囲い込みの動きに呼応する形で,2.0戦略の半導体版の性格を有する「K-半導体戦略」が5月に発表された。同戦略は世界最大の半導体供給網(K-半導体ベルト)の国内構築を目的として,半導体企業による巨額投資(今後10年間に510兆ウォン以上)や政府による投資税額控除および人材育成などの支援策を盛り込んだものになっている。一方,10月以降には中国による尿素輸出規制によって,ディーゼル車の排気ガス浄化に用いられる尿素水が不足して物流が停滞する懸念が高まった。政府や企業による懸命な確保努力により,年内に事態は沈静化したものの,サプライチェーンの中国依存リスクがあらためて認識された。これを受けて政府は10月に対外経済安保戦略会議を新設したほか,半導体や車載電池などの技術開発や競争力強化を支援する国家先端戦略産業特別法の制定に向けた動きが加速した。

主要企業業績:独走する半導体と自動車・鉄鋼などの回復

前年にコロナ特需がもたらされた半導体では引き続き好況を呈したほか,自動車や鉄鋼,造船といった主力業種でも復調をみた。韓国最大企業のサムスン電子は,2~3月にかけてアメリカ・テキサス州の半導体工場が寒波に伴う停電で稼働停止を余儀なくされる事態に直面したものの,2021年連結決算では売上高279兆6000億ウォン(前年比18.1%増),営業利益51兆6300億ウォン(同43.5%増)を記録して2年連続の増収増益となった。前年にアメリカ・インテル社のNAND型フラッシュメモリー事業の買収を発表した半導体大手のSKハイニックスも増収増益が続き,足元の営業利益率はサムスン電子を上回るとされる。両社の好調ぶりの背景には,テレワークや遠隔授業などの普及によってパソコン・タブレット端末やデータセンター向けで半導体メモリーの引き合いが依然として強かったことがある。なお,前年に死去したサムスン電子の李健熙(イ・ゴンヒ)元会長の総額12兆ウォンにも上る相続税をめぐっては,遺族らによって系列企業の保有株式の売却などを通じて分割納付手続きが始まった。また,李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は朴槿恵・前大統領らへの収賄罪などで1月に再び実刑判決を受けて収監されるも,8月には仮釈放され経営復帰を果たした。そうしたなかでサムスン電子は,国内工場への設備投資の増額やアメリカでの受託生産工場の新設など,果敢な投資戦略を示している。

自動車最大手の現代自動車は国内や中国市場で販売不振が続いたものの,収益率の高い多目的スポーツ車(SUV)や電気自動車(EV)などを中心に欧米やインドといった主力市場での販売が回復して,2021年連結決算では売上高117兆6106億ウォン(前年比13.1%増),営業利益6兆6789億ウォン(同178.9%増)の増収増益に転じた。他の自動車メーカーと同様に,現代自動車グループも半導体の供給不足による生産調整に見舞われたが,EVや燃料電池車(FCV),自動運転技術などへの積極的な投資姿勢を崩していない。12月に持ち株会社への移行を発表した鉄鋼最大手のポスコも,自動車や造船,建設分野での鋼材需要の増加に伴う販売価格の上昇,中国メーカーの減産基調による需給の引き締めなどが奏功して増収増益の回復を果たした。ポスコは主力の鉄鋼事業のほかにEV需要の拡大を見据えて注力する電池材料事業でも,海外のリチウム・黒鉛鉱山の権益確保から原料抽出および電極材生産に至るまでの工程で近年は活発な投資拡大がみられる。車載電池については,国内大手のLG化学とSKイノベーション間の営業秘密侵害をめぐる係争が和解に至り(4月),その後は両社ともに米自動車メーカーとの合弁による対米増産投資の動きが目立った。また,現代自動車やSK,ポスコなど有力企業15社が参画して水素エネルギーの生産・活用を推進する協議体が9月に発足し,水素関連事業での韓国企業の連携も深まっている。

(渡邉)

対外関係

終戦宣言提案でも動意なき南北関係

文政権は南北関係の改善を果たして退任の花道を飾るべく強い意欲を見せたが北朝鮮はこれに反応せず,関係改善は進展を見せなかった。

文大統領は1月11日の新年辞でコロナ防疫協力などを挙げて北朝鮮に寄り添う姿勢を打ち出した。しかし,北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は文大統領の新年辞に先立って開催された朝鮮労働党大会で「南朝鮮当局は防疫協力,人道主義的協力,個別観光のような非本質的な問題を持ち出している」と韓国を批判した。

南北関係が膠着状態を続けるなか,文大統領は5月の韓米首脳会談でバイデン大統領から2018年の米朝首脳間のシンガポール宣言,同年の南北首脳間の板門店宣言を尊重するとの発言を引き出した。これまでの米朝仲介や南北対話の取り組みに関しバイデン政権の後ろ盾を得た文政権は,新たな対話の場に北朝鮮を呼び寄せようとした。だが,北朝鮮はあくまで韓米合同演習の中止にこだわった。7月27日,北朝鮮は南北間の通信線を復活させ対話への期待が高まった。しかし,8月10日に金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長が同日に始まった韓米合同演習を非難するとともに駐韓米軍の撤退を要求し,同日中に南北間の通信線は再び遮断された。9月29日の最高人民会議で金正恩が南北間の通信線復活に言及すると,10月4日に回線が復活した。

南北関係改善をあくまで進めようとする文大統領は,9月21日に国連総会で朝鮮戦争の終戦宣言を提案した。文大統領は2020年にも国連で同様の提案をしている。これに対し,同月24日に金与正が「興味深い提案,良い考え」と評価し,南北交流の再会を示唆した。しかし,上述の最高人民会議で金正恩は「終戦宣言の前に敵視政策が撤回されねばならない」と発言し,終戦宣言提案が北朝鮮を動かすことはなかった。

冷え込む日韓関係,過去史懸案の司法判断には変化も

慰安婦・徴用工問題についての韓国側の司法判断に変化が表れ,日韓関係改善に前向きな姿勢も見えた。だが,冷え込んだ関係を動かすには決め手を欠き,日韓関係の基調に変化はなかった。

1月8日,ソウル中央地裁は元慰安婦が提起した日本政府に対する損害賠償訴訟で外国への主権免除を否認し,原告勝訴の判決を下した。日韓過去史関連の懸案で日本側敗訴の流れが定着するかに見えた。しかし,1月18日の新年記者会見で文大統領は同判決に対して「困惑している」と述べ,2018年の徴用工判決についても日本側資産の現金化は「望ましくない」とし,その流れに疑問を呈した。

この後,過去史関連訴訟での司法判断は揺れた。4月21日の第2次慰安婦訴訟判決で,6月7日と8月11日の徴用工訴訟判決でも原告が一審敗訴となった。一方,1月の日本政府敗訴の慰安婦訴訟に関しては,6月に日本政府の財産目録の開示命令が下された。

日本企業への賠償を命じた2018年徴用工判決が国際法(1965年の日韓請求権協定)違反で,日本企業の資産売却は日韓関係を決定的に悪化させるとの立場を日本政府は堅持した。10月15日の日韓電話首脳会談で岸田首相は,徴用工判決など過去史関連の懸案での日本側の立場を強調したほか,5月と9月の外相会談でも日本は従来からの主張を繰り返した。韓国側での日本企業資産の現金化手続きは粛々と進められ,9月27日には三菱重工業,12月30日には日本製鉄の韓国内資産に対する売却命令が出された。

文大統領は上述のように1月に過去史関連の韓国側の司法判断に疑問を呈したほか,7月の東京五輪では訪日を強く希望していた。文大統領の日韓関係改善へのサインともとれる動きの背景には,日米韓協力を重視するアメリカのバイデン新政権との関係で得点を稼ぎ,これを米朝仲介,ひいては南北関係改善に利用したいとの思惑があったと見られる。しかし,文大統領のこうした動きは国内で理解を得られず,特に7月の訪日はネット世論の強い反対で取りやめとなった。

米新政権との協調で好転した対米関係

バイデン新政権の誕生で不協和音が目立っていた韓米関係は大きく変化し,両国が協調する場面も多くあった。しかし,南北関係をはじめとする朝鮮半島情勢に関する韓米両国の見解差は埋まらず,各論ではすれ違いも見られた。

バイデン政権は朝鮮半島問題をトップダウンではなく外交交渉でアプローチすることを打ち出した。こうしたなか,5月21日に行われた首脳会談では韓米同盟の強固さが再確認され,執権最終年を迎えた文大統領にとっては大きな得点となった。バイデン大統領は文政権による米中仲介や南北融和のための一連の取り組みを評価するとともに,韓国のミサイル開発の制約要因となっていた韓米ミサイル指針が撤廃された。米中間での競争が先鋭化している半導体やバッテリーなど戦略物資分野においても韓米が共同歩調を取り,核心・新興技術分野でのパートナーシップ強化が謳われた。それに関連し,サムスンなど韓国4大グループは合計394億ドルの対米IT投資を行うことを表明した。この首脳会談では,アメリカは韓国外交の立場を尊重し,韓国は米中対立においてアメリカ寄りの姿勢を見せた印象である。トランプ政権下で韓国側の大幅な負担増が要求されて暗礁に乗り上げていた韓米防衛費分担交渉では韓国側の主張が大幅に取り入れられ,3月10日に韓国側負担の前年比増加率を13.9%とすることで妥結した。

しかし,細部においては韓米の見解差が垣間見えた。文政権の南北融和策に対する総論賛成・各論懸念の見方はトランプ政権からバイデン政権へと受け継がれた。9月の文大統領による朝鮮戦争終戦宣言の提案について,バイデン政権関係者はいずれも言を左右にした。文政権は終戦宣言に法的拘束力ははく,北朝鮮を非核化交渉に呼び込むための入口と位置づけるが,アメリカは同宣言の休戦協定への影響を慎重に検討しており,宣言は非核化後に行われるべきだと考えている。

韓米合同演習についても文政権の北朝鮮への忖度から,2021年には野外実動訓練を伴う演習は実施されず,3月と8月に指揮所演習に縮小して行われた。そのため,戦時作戦統制権(戦作権)の韓国移管に必要な3段階の能力評価のうち,2段階目の完全運用能力(FOC)評価を実施できなかった。これについては,12月2日の第53回韓米定例安保協議(SCM)において2022年下半期に実施することとなり,文政権の任期(2022年5月まで)内に戦作権を韓国へ移管することは不可能となった。韓米合同演習の規模が縮小され,実動訓練が行われなくなっていることについては,有事の際の防御力低下を懸念する声も大きくなっている。一方,北朝鮮の核・ミサイル高度化に対応し,連合作戦計画の内容と方向を定める戦略企画指針(SPG)の修正が12月のSCMで決まった。韓国側は北朝鮮を刺激することを懸念していたが,この度11年ぶりの大幅修正となった。

中国の強い姿勢が目立った対中関係

中国は韓国に配備されたTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)への反対姿勢を一貫して示し,米中対立においても自国への支持を韓国に求めた。

5月の韓米首脳会談では韓国のアメリカ側への旋回が目立ち,台湾海峡の平和への言及があるなど中国の反応が心配されたが,中国はそれほど強い反応は見せなかった。だが,その後は中国の韓国に対する牽制的言動が増えた。

7月15日,大統領選の有力候補と目されていた尹錫悦が「THAAD配備は韓国の主権だ」など,韓中関係に関する考えを表明すると,その翌日に邢海明駐韓中国大使の反論文が新聞紙上に掲載された。外交使節による駐在国の内政への干渉とも取られかねない行為であり,物議を醸した。8月6日には王毅外相がASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議で韓米合同演習の中止を求める発言を行った。中国による韓米合同演習の中止要求は以前からあったが,その場合は北朝鮮の核・ミサイル開発の中止とセットになった「双中止」であった。今回の王外相の発言は韓国だけに向けられたもので,内政干渉の色彩が濃いものであった。

中国の高圧的な態度やキムチの起源をめぐるキムチ論争に代表されるような韓国側から見た文化侵略への反発もあり,特に若い世代で対中感情は悪化した。5月末の『韓国日報』の調査では,パーセンテージ尺度による対日,対中好感度はそれぞれ26.7,27.6と拮抗しており,20代に限ってみると,対日30.8に対し,対中17.1と,対中感情が対日感情に比べて大幅に悪いことがわかった。

久々に再起動したFTA

韓中FTAが発効した2015年以降,文在寅政権によるFTA推進はほぼ休眠状態にあった。しかし,コロナ前から続く経済停滞で政権の輸出重視の姿勢が徐々に強まるとともに,FTA再推進の機運が高まった。とりわけ重要視されたのが地域的な包括的経済連携(RCEP)協定と環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11/CPTPP)の2つのメガFTAであった。これらに対する中国の姿勢の活発化も韓国のFTA政策の再起動の後押しとなった。

RCEP交渉は2020年11月に妥結され,韓国国会が2021年12月2日に同協定を批准したことで発効を待つばかりとなった。発効により日韓貿易が初めてFTAでカバーされる。CPTPPについては,12月13日に加盟申請手続きの開始が宣言された。これに先立ち,同年9月に中国が対米融和,東アジアでの経済統合主導の観点から加入を表明している。CPTPPは対中包囲網と目され,中国への忖度から韓国は態度表明を控えていた。中国の加入表明で韓国はCPTPPに前向きに取り組めるようになり,メガFTA推進へと大きく舵を切った。

(奥田)

2022年の課題

国内政治では,3月9日の大統領選が最大の関心事である。有力候補2人のどちらが勝つにしろ,今後5年間の韓国政治の大枠が決まる。新政権には世代間,性別間,都市・農村間,所得階層間などの亀裂を解消できるかが問われる。政権交代につきものだった報復政治の再来があるのかも注目される。また,尹錫悦が当選した場合には少数与党となり,国会運営は困難を極めるだろう。

政府や韓国銀行は2022年の実質経済成長率の見通しを,前年実績を下回る3~3.1%としている。ただし,前年12月と1月の貿易赤字が示唆するように原油高や原材料価格の上昇によるインフレ圧力および追加利上げなどが景気の下振れリスクとして作用する懸念がある。住宅価格や家計負債の動向には引き続き注視が必要であるが,新政権の経済運営が回復途上にある個人消費や企業投資を後押ししていけるかも課題となる。企業活動をめぐっては,自営業者保護を目的として新興のITプラットフォーム企業(カカオ,ネイバー,クーパンなど)に対して優越的地位の乱用を規制する法案作りが進んでおり,その行方も注目される。

対外関係も大統領選の結果によって大きく変わる。尹錫悦が当選した場合には,南北関係において韓国が厳しい姿勢を取り,中国に対しても距離を置くと考えられる一方で,日米に対しては関係改善を進めるだろう。また日本との関係では,徴用工,慰安婦などの懸案の処理がどの程度進むか,ウクライナ戦争に伴う対ロシア制裁については日米欧と足並みをそろえられるかが注目される。

(奥田:亜細亜大学教授)

(渡邉:地域研究センター)

重要日誌 韓国 2021年

1月
1日 検察・警察間の捜査権限調整を実施。
6日 新型コロナウイルス対応の第3次災難支援金,申請開始。
8日 ソウル中央地裁,元慰安婦に対する日本政府の損害賠償責任を認定。
8日 国会,労働災害に対する企業と経営者の罰則を強化する重大災害企業処罰法の制定案を可決。
8日 現代自動車,アメリカのアップル社とEVの開発・生産での提携交渉を発表。
9日 朝鮮中央通信,金正恩・国務委員長が朝鮮労働党大会で韓国に対し「防疫協力など非本質的な問題を持ち出している」と批判したことを報道。
11日 文大統領,新年辞を発表。北朝鮮への防疫協力を提示。不動産問題へは初の謝罪。
14日 イースター航空,会社更生手続きにあたる法定管理を申請。
18日 ソウル高裁,崔順実ゲート関連でサムスン電子の李在鎔副会長に懲役2年6カ月を宣告。法廷にて拘束。
18日 文大統領,新年記者会見で日本政府の慰安婦訴訟敗訴について「困惑している」,徴用工判決の日本側資産現金化については「望ましくない」と発言。
20日 文大統領,外交部長官など3長官を交代。外交部長官には鄭義溶・外交安保特別補佐官を指名。
20日 ネイバー,カナダのウェブ小説サイト運営のワットパッド社の買収を発表。
21日 高位公職者犯罪捜査処(公捜処),発足。
2月
4日 政府,「公共主導3080+大都市圏住宅供給画期的拡大方案」を発表。
10日 アメリカの国際貿易委員会(ITC),LG化学とSKイノベーションの車載電池をめぐる営業秘密侵害の係争でSK側にアメリカへの輸入禁止を命令。
15日 新型コロナの社会的距離確保,首都圏は2段階へ緩和。
3月
1日 韓国銀行,スイスとの通貨交換(スワップ)協定を5年間延長し,106億ドル規模で再締結。
2日 参与連帯と民弁,韓国土地住宅公社(LH)の職員が新都市事業区域の土地を先行取得したと発表。
2日 SKグループ,水素燃料のインフラ整備に今後5年間で18兆ウォンの投資を発表。
4日 現代自動車とLG化学,EVのリコール費用の負担比率をめぐって最終合意。
4日 尹錫悦・検察総長,辞職。
8日 韓米合同指揮所訓練を実施(~18日)。
10日 韓米防衛費分担交渉,妥結。
11日 ネット通販大手のクーパン,ニューヨーク証券取引所に上場。
12日 卞彰欽・国土交通部長官,LH職員の土地投機疑惑と関連し辞意を表明。
18日 韓米外交・国防(2プラス2)閣僚協議,開催。
23日 サムスン電子,NTTドコモへ第5世代移動通信システム(5G)通信基地局を供給する契約の締結を発表。
24日 大韓商工会議所,SKグループの崔泰源会長を会長職に選出。
25日 国会,新型コロナ対策で14兆9000億ウォン規模の補正予算案を可決。
29日 金尚祖・大統領府政策室長,更迭。
29日 新型コロナ対応の第4次災難支援金,申請開始。
29日 洪楠基副首相,財産登録義務の対象を全公務員に拡大すると表明。
29日 ソウル中央地裁,日本政府敗訴の慰安婦訴訟について韓国国庫による訴訟救助取立(日本政府の訴訟費用負担を免除)を決定。
29日 マグナチップ半導体,中国系投資ファンドのワイズロードキャピタルによる買収提案の受け入れを発表。
31日 大韓航空,アシアナ航空との合併完了後にアシアナブランドの廃止を発表。
4月
1日 配車サービスのカカオモビリティー,アメリカのグーグル社からの出資を発表。
5日 LG電子,スマートフォン事業からの撤退を発表。
6日 SKグループ,ベトナムの流通最大手ビンコマースへの出資を発表。
7日 地方再・補欠選,実施。ソウル・釜山市長選で「国民の力」が勝利。ソウル市長に呉世勲候補,釜山市長に朴亨埈候補が当選。
7日 BTSの所属事務所HYBE,アメリカの同業イサカHDの買収を発表。
11日 SKイノベーション,LG側に2兆ウォンの和解金を支払うことで合意。
12日 米ホワイトハウス,「半導体CEOサミット」をオンライン開催。韓国からはサムスン電子が参加。
16日 文大統領,金富謙を首相に指名。このほか5長官を指名。
16日 ポスコ鋼板,ミャンマー国軍系企業との合弁事業の解消を発表。
21日 ソウル中央地裁,2件目の慰安婦訴訟で原告敗訴の判決。
28日 サムスン電子,死去した李健熙元会長の相続税が総額12兆ウォンを超えると発表。
5月
2日 共に民主党,宋永吉議員を党代表に選出。
5日 日米韓外相会談および日韓外相会談,開催。
13日 政府,「K-半導体戦略」を発表。
14日 現代自動車グループ,2025年までにアメリカでの74億ドルの投資を発表。
19日 文大統領,訪米(~23日)。
21日 文大統領,アメリカのバイデン大統領と韓米首脳会談。韓国企業による総額400億ドル規模の対米投資計画を発表。
23日 サムスンバイオロジクス,アメリカ・モデルナ製の新型コロナウイルスワクチンの受託生産を発表。
31日 CJエンターテインメント,コンテンツ事業に5年間で5兆ウォンの投資を発表。
6月
7日 ソウル中央地裁,日本企業16社への損害賠償訴訟で元徴用工敗訴の判決。
8日 共に民主党,不動産不法取引の疑いが浮上した尹美香議員など12人に離党を勧告。
9日 ソウル中央地裁,日本政府敗訴の慰安婦訴訟について,日本政府に財産目録の提出を命令。
10日 公捜処,尹錫悦・前検察総長を捜査縮小・妨害の容疑で立件したことを明かす。
11日 「国民の力」,党代表に36歳の李俊錫・元最高委員を選出。
17日 韓国銀行,アメリカとの通貨スワップ協定を年末まで3カ月間延長。
23日 秋美愛・前法務部長官,大統領選出馬を宣言。
24日 新世界グループ,電子商取引(EC)3位のイーベイコリアの買収を発表。
29日 尹錫悦・前検察総長,大統領選出馬を宣言。
7月
2日 議政府地裁,尹錫悦の義母に対し医療法違反で懲役3年を宣告。義母は法廷にて拘束。
8日 鄭銀敬・疾病管理庁長,新型コロナ感染の第4波入りを発表。
8日 新型コロナの社会的距離確保を5段階から4段階に調整。首都圏は最高の第4段階。
12日 最低賃金委員会,2022年の最低賃金を前年比5.1%増の9160ウォンで議決。
14日 政府,「韓国版ニューディール2.0」を発表。
16日 『中央日報』,尹錫悦のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)関連発言に対する邢海明駐韓中国大使の反論文を掲載。
19日 文大統領,東京五輪時の訪日見送りを決定。
24日 国会,新型コロナ対策で34兆9000億ウォン規模の第2次補正予算案を可決。
27日 北朝鮮,南北間の通信線を復旧。
29日 現代自動車とLG化学,インドネシアでのEV向け電池工場の建設を発表。
30日 尹錫悦,「国民の力」に入党。
8月
4日 SKイノベーション,電池事業の分社化を発表。
6日 王毅・中国外相,韓米合同演習の中止を要求。
6日 カカオバンク,韓国取引所に上場。
10日 韓米合同演習,開始。
10日 金与正・朝鮮労働党副部長,韓米合同演習を非難。駐韓米軍の撤退を要求。
10日 北朝鮮,南北間の通信線を遮断。
10日 韓米合同指揮所訓練を実施(~26日)。
10日 ゲーム大手のクラフトン,韓国取引所に上場。
11日 ソウル中央地裁,三菱マテリアルに対する損害賠償訴訟で元徴用工敗訴の判決。
12日 韓国銀行,トルコと20億ドル規模の通貨スワップ協定を締結。
13日 京畿道,コロナ対応の第5次災難支援金を全道民に支給することを決定。
13日 サムスン電子の李在鎔副会長,仮釈放され経営に復帰。
19日 共に民主党,国会文化体育観光委員会で言論仲裁法改正案を強行処理。
24日 サムスングループ,今後3年間で半導体などに総額240兆ウォンの投資を発表。
26日 韓国銀行,基準金利を0.5%から0.75%へ引き上げることを決定。
31日 国会,アプリ事業者に対する特定の決済システム利用の指定を禁止する「電気通信事業法改正案」を可決。
9月
1日 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR),韓国の言論仲裁法改正案への懸念を表明。
6日 政府,コロナ相生国民支援金の支給開始。支給対象は所得下位88%。
7日 現代自動車,今後発売する商用車を全てEVと燃料電池車(FCV)にすると発表。
9日 公捜処,告発教唆疑惑事件と関連し尹錫悦・前検察総長を被疑者として立件。
9日 通信大手のKT,シンガポールの通信インフラ企業イプシロンの買収を発表。
14日 公正取引委員会,アメリカのグーグル社に2074億ウォンの課徴金納付を命令。
17日 現代重工業,韓国取引所に上場。
21日 文大統領,国連総会で朝鮮戦争終戦宣言を提案。
23日 検察,城南市大庄洞の新都市開発事業をめぐる疑惑の捜査に着手。
23日 日韓外相会談,開催。
24日 金与正・朝鮮労働党副部長,文大統領の終戦宣言提案について「興味のある提案で,良い発想」との談話を発表。
27日 大田地裁,2018年の徴用工判決に関連し,三菱重工業の韓国内商標権と特許権の売却を命令。
28日 日本の外務省,大田地裁による三菱重工業資産の売却命令について,韓国次席公使を呼び出して抗議。
30日 SKブロードバンド,回線使用料の支払いを求めてアメリカのネットフリックス社を提訴。
10月
1日 政府,相生消費支援金の施行開始。
4日 北朝鮮,南北朝鮮間の通信線を再度復旧。
10日 共に民主党,李在明を大統領選の党公認候補に選出。
15日 文大統領,岸田首相と電話で首脳会談。
20日 双竜自動車,売却先の優先交渉者に新興EVメーカーのエジソンモーターズを選定。
21日 初の国産ロケット「ヌリ号」,打ち上げ。軌道投入には失敗。
26日 盧泰愚・元大統領,死去。
29日 中央災難安全対策本部,11月1日からの「段階的な日常回復履行計画」(ウィズコロナ計画)を発表。
29日 SKハイニックス,半導体受託生産会社のキーファウンドリーの買収を発表。
11月
1日 安哲秀・国民の党代表,大統領選出馬を宣言。
5日 国民の力,尹錫悦・前検事総長を大統領選の党公認候補に選出。
22日 政府,ウリ金融持ち株会社の株式を民間投資ファンドなどに売却すると発表。
23日 全斗煥・元大統領,死去。
24日 サムスン電子,アメリカのテキサス州での半導体受託生産専用工場の新設を発表。
25日 韓国銀行,基準金利を0.75%から1.0%へ引き上げることを決定。
12月
2日 第53回韓米定例安保協議(SCM)開催。戦略企画指針(SPG)の大幅修正を決定。
2日 国会,地域的な包括的経済連携(RCEP)協定を批准。
2日 ポスコ,アメリカのGM社と合弁で北米での電池材料工場の建設を発表。
3日 国会,2022年度予算案を可決。
3日 中国で韓国映画『オー! ムニ』が公開。限韓令以後6年ぶりの封切り。
6日 新型コロナ感染急拡大によりウィズコロナ計画の施行を一時中断。
10日 ユ・ハンギ元城南都市開発公社開発事業本部長,自殺。
10日 ポスコ,持ち株会社への移行を発表。
13日 洪楠基・経済副総理兼企画財政部長官,環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11/CPTPP)への加盟手続きの開始を表明。
16日 文大統領,コロナ重症患者急増と病床確保の不十分さについて,謝罪。
21日 キム・ムンギ城南都市開発公社開発第1処長,自殺。
21日 李俊錫・国民の力代表,常任選挙対策委員長を辞任すると表明。
22日 新型コロナによる死亡者109人,新規感染者6913人を記録。
22日 双竜自動車,中国EV大手の比亜迪(BYD)との提携を発表。
23日 議政府地裁,尹錫悦の義母に対し私文書偽造などで懲役1年を宣告。
26日 金建希(尹錫悦の妻),国民に対して自身の経歴詐称を謝罪。
28日 ソウル警察庁,金建希の経歴詐称の捜査に着手。
29日 国民の力,公捜処など捜査機関が尹錫悦夫妻の通信資料を照会したと発表。
29日 SKイノベーション,トクヤマと合弁で韓国内での半導体材料工場の建設を発表。
30日 大邱地裁浦項支部,2018年の徴用工判決と関連し,日本製鉄の韓国内資産の売却を命令。
31日 朴槿恵・前大統領,特別恩赦により釈放。

参考資料 韓国 2021年

① 国家機構図(2021年12月31日現在)

(注)*個人破産や企業倒産,民事再生などを専門的に扱う司法機関。

(出所)大統領府ウェブサイト(http://www.president.go.kr)などから筆者作成。

② 国家要人名簿(2021年12月31日現在)

主要統計 韓国 2021年

1 基礎統計

(注)1)求職期間4週基準の数値。2)終値の平均値。

(出所)韓国統計庁 国家統計ポータル(http://kosis.kr)。

2 支出項目別国内総生産(実質:2015年固定価格)

(出所)表1に同じ。

3 産業別国内総生産(実質:2015年固定価格)

(出所)表1に同じ。

4 国(地域)別貿易

(注)受理日基準の数値。1)2020年以降のEUにはイギリスは含まれない。

(出所)韓国貿易協会ウェブサイト(http://www.kita.net)。

5 国際収支

(注)IMF国際収支マニュアル第6版に基づく。金融勘定と資本移転等収支の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。1)各勘定の数値は純資産ベースでの増減を表す。

(出所)表1に同じ。

6 国家財政

(出所)韓国企画財政部ウェブサイト(http://www.mosf.go.kr)。

 
© 2022 日本貿易振興機構 アジア経済研究所
feedback
Top