アジア動向年報
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2021年のアジア 高まる政情不安
山田 紀彦 (やまだ のりひこ)
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2022 年 2022 巻 p. 3-8

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2021年のアジア

概 況

2021年のアジアは,多くの国で政情が不安定になった一方で,経済は前年の落ち込みからおおむね回復傾向にあった。

政治では,過去2年のあいだに深まった不確実性が,徐々に現実問題として露わになった。ミャンマーとアフガニスタンで体制転換が起き,不安定な状態が続いた。マレーシアとネパールでは政権が交代したが,連立政権内は安定していない。タイ,インド,スリランカ,パキスタンでは政権の不安定要因が表面化し,インドネシアなどでは政府の新型コロナウイルス感染症対策に批判が高まった。

一方,一部の国では現体制による支配がいっそう強化された。中国では習近平総書記の権威強化が図られ,政権3期目に向けて基盤が整備されている。香港では民主派が政界から一掃され,「中国式」統治が強化された。カンボジアのフン・セン首相は後継者を指名し,モンゴルでは人民党が優位を固めた。

新型コロナウイルス感染症の影響により前年に大きく落ち込んだ経済は,その反動もあり回復に向かった。とはいえ新たな変異株の登場により,経済の不確実性は依然として高い。また多くの国が世界的な燃料価格高騰の影響を受けた。

対外関係では,アメリカが国際協調路線に復帰したものの,中国やロシアとの対立を深めた。バイデン政権は中国を睨み同盟国との関係を強化し,豪英米の新たな安全保障枠組みであるAUKUSを発足させた。ただしアメリカの動きに対しては,一部ASEAN諸国が懸念を示した。また南アジアでは二国間の領土問題が続くなかで,関係改善が模索された。

国内政治

政治では,体制の不安定化と強化・安定という2つの大きな流れがあった。

ミャンマーとアフガニスタンでは体制転換が起きた。2月1日,ミャンマー国軍がクーデタを実行し,民主的選挙で選ばれた政権を転覆させ,民政移管後の政治的自由化と経済発展の流れが突如として止まった。国民は大規模な抗議活動を行ったが,国軍の徹底的な弾圧により多くの死者や拘束者が出た。軍が統治の既成事実化を進める一方,反軍勢力は並行政府を樹立して二重政府状態となった。両者が妥協点を見出せないまま,内戦が拡大した。アフガニスタンでは8月30日に米軍が完全に撤退し,ターリバーンが権力を掌握した。国外に退避しようと人々が空港に殺到した光景は衝撃であった。

多くの国では政情不安が続いた。マレーシアでは前年からの政局不安が収束せず,8月に首相が交代したものの連立与党内は依然不安定な状態にある。ネパールでも7月に最大野党ネパール会議派を中心に新政権が誕生したが,連立内は安定していない。スリランカではラージャパクサ政権の強引な手法により連立内で不協和音が生まれ,パキスタンでもハーン首相と軍の軋轢が報じられた。タイでは政府のコロナ対策を非難するデモが起きた。インドネシアでも同様の批判が高まったが,ジョコウィ政権は言論統制を強めた。バングラデシュでは政府の言論抑圧を批判するデモが発生した。またインドのモディ政権は行き詰まりが目立ち,フランスからの戦闘機購入をめぐる疑惑などのスキャンダルにも揺れた。

反対に一部の国では現体制による支配の強化が進んだ。中国では習近平・中国共産党総書記が3期目を見据え,歴史決議の採択や建党100周年の重要演説によって自らの権威を強化した。香港では民主派が政界から一掃され,民主化が終わりを迎えた。警察出身者が政務長官に就く異例の人事が行われるなど,中央政府による「国家の安全」が強化されている。モンゴルでは人民党が大統領選挙で勝利し,人民革命党との再統合により勢力拡大を図り優位を固めた。またカンボジアではフン・セン首相が野党分断を続けるなかで息子を後継に指名し,体制安定化への道筋を整えた。シンガポールでは,野党への抑圧やメディア統制を強めるなど人民行動党支配が強化された一方で,ヘン・スイーキア副首相兼財務相が4月にリー首相の後継辞退を突然表明し,次期首相選びが迷走した。

そのほかの国では以下のような動きがあった。一党独裁体制のベトナム,ラオス,北朝鮮の3カ国ではそれぞれ支配政党が党大会を開催し,指導部の入れ替えが行われた。グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長が異例の3期目に入り,ラオスではトーンルン・シースリット新体制が発足した。

翌年に大統領選挙を控える国では準備が進められた。フィリピンでは故マルコス大統領の息子マルコスJr.と現職のドゥテルテ大統領の娘サラがそれぞれ大統領と副大統領候補となり,支持を集めた。韓国では与党がソウル市長選で敗北するなど,地方選挙で国民から厳しい審判を受けた。一方野党「国民の力」は世代交代を図り年間を通じて支持率を高めるなど,大統領選挙に向けて勢いをつけた。ティモール・レステでは7月から選挙人登録が始まったが,与党ティモール・レステ独立革命戦線(FRETILIN)と最大野党ティモール再建国民会議(CNRT)は候補者を発表せず,水面下での調整が続いた。

経 済

アジア地域の経済は,新型コロナウイルス感染症拡大の影響による低迷から回復の兆しをみせた。アジア開発銀行(ADB)の推計(2021年12月)によるとアジア開発途上国の経済成長率は7.0%となった。主要先進国・地域(アメリカ5.5%,ユーロ圏4.8%,日本2.1%)よりも高い数値だが,前年に大きく落ち込んだ反動という側面もある。地域別では東アジアが7.5%,東南アジアと南アジアはそれぞれ3.0%,8.6%成長であった。しかし年後半に向けて感染が再び拡大したことで,多くの国で第3四半期以降は成長が低下した。また,アジア地域はコロナ禍による供給ショックを比較的うまく回避し,インフレ率は推計で2.1%と管理可能なレベルで推移した。とはいえ,韓国やラオスなど一部の国では国際燃料価格高騰の煽りを受けた。反対にインドネシアは資源価格高騰の恩恵に与かった。

8%台という高い経済成長率を達成したのが中国とインドである。中国は輸出,製造業,サービス業が好調で8.1%成長となった。インドの2021/22年度(2021年4月~2022年3月)の成長率は8.9%と予想されている。しかし,「V字回復」ではなく格差の拡大を伴った「K字回復」との指摘もある。その他の国々は,後述するミャンマーとアフガニスタンの2カ国を除いてすべてプラス成長であった。とはいえタイなど一部の国では回復が遅れ,ほとんどの国では引き続き雇用など数々の問題を抱えている。一方で,コロナ禍が追い風となりデジタル経済が多くの国で拡大した。また世界的な半導体不足から,台湾積体電路製造(TSMC)など台湾の半導体産業が注目を集めた。

政治が混乱したミャンマーとアフガニスタンでは経済も大きく低迷した。世界銀行(世銀)は,2020/21年度(2020年10月〜2021年9月)のミャンマーの経済成長率を-18.0%と推計している。アフガニスタンではターリバーン政権が誕生したことで,国民生活が急変した。諸外国・機関が海外資産凍結などターリバーンに経済制裁を科したため,食糧不足の発生や失業率の上昇で国内経済が混乱した。国際社会は人道支援を行っているが,人々の生活は困窮を極めた。国連開発計画(UNDP)は両国で貧困率が急増する可能性を指摘した。

対外関係

アメリカで誕生したバイデン新政権は,中国やロシアなどを専制国家と位置付け,それらの国と民主主義諸国の競合を想定し,同盟・友好諸国との連携を軸にアメリカ主導の秩序維持を目指している。米中間の対立は,科学技術,経済,金融などの分野から,香港の民主化勢力への弾圧,新疆ウイグル自治区の人権侵害,台湾問題にまで及んだ。そしてアメリカは中国を意識し,日本,韓国,台湾との関係を強化した。また,2021年9月には,対中国を念頭に置いたとみられるAUKUSの発足が突如発表された。しかしインドネシアなど一部のASEAN諸国は,インド太平洋におけるASEAN主導の枠組みを形骸化するとして懸念を示した。8月に米軍がアフガニスタンから撤退しターリバーン政権が誕生したこともあり,バイデン政権の外交手腕に対する疑念が高まった。アフガニスタンをめぐっては,中国やパキスタンなど近隣諸国がイニシアティブをとろうとターリバーンとの関係強化を図った。

二国間関係は前年に引き続き大きな改善はみられなかった。インドは中国とロシアとの関係を維持しつつも対米関係を深化させた。一方,日中,日韓,韓国・北朝鮮の関係はともに膠着状態が続いた。北朝鮮はミサイル発射実験を6回実施しその技術力を高めており,懸念が高まった。南アジアでは国境を接する隣国同士の領土問題が続くなかで,印中,印パ,印・ネパールが関係改善を模索した。

2022年の課題

最大の課題は政治の安定である。ミャンマーでは軍政と反軍勢力が妥協点をみつけることは難しく,問題の長期化が懸念される。アフガニスタンではターリバーン暫定政権が安定した統治を行えるのかが課題となる。中国では習近平政権の3期目突入が確実視され,アメリカとの対立,香港や台湾への圧力が続く可能性が高い。韓国,フィリピン,ティモール・レステでは大統領選挙が行われ,新政権には前政権が残した政治・経済問題への対応という課題が待ち受けている。各国共通の課題は低迷した経済の回復である。対外関係は,2022年2月末にロシア軍がウクライナに侵攻したことでこれまでの国際秩序が崩れ,不透明感が漂っている。アメリカの同盟国などは対ロシア制裁などで協調を求められ,ロシアと関係が深い一部の国などは難しい対応を迫られるだろう。

(地域研究センター)

 
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